ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第8話 ただいま

「ここだ、ここの切通を抜ければ…」

密林を抜け、イシの村の前の切通にたどり着いたエルバとカミュはそこへ入っていく。

一歩一歩フランベルグが進むたびにエルバの心に出迎えてくれる人がいることへの希望が宿っていく。

そして、それと同じように、最悪の事態が起こるという絶望が宿る。

手綱を握る手に力が入り、全身に嫌な汗が流れる。

「結局、3日経ってしまったな…。くそ、橋が壊れていなければ…」

いたずらデビルが橋を壊したのは3日前であり、たとえデルカダールへ寄り道しなかったとしても、足止めを食らうのは同じだ。

逆に寄り道したからこそ、ナプガーナ密林を早く抜けることができたかもしれない。

胸が苦しくなってきたエルバはぎゅっと再びお守りを握る。

(ペルラ母さん…エマ、ルキ、マノロ、ダン村長…みんな…)

切通を抜け、太陽の光が差し込み、左手で目を隠す。

光に慣れ、手をどかしたエルバは目の前に広がる光景を見て、言葉を失った。

「あ…ああ…」

近くには熱を帯びた大砲がいくつもあり、煙の臭いが鼻に伝わる。

崩れたり、炎上したりしたまま放置されている家があふれ、家畜である牛や豚、そして馬の死体もある。

「ひでぇ…」

無残な姿となったイシの村をみたカミュはエルバへどのような言葉をかければいいのかわからなかった。

フランベルグから降り、フラフラと歩くエルバは自分の家へ向かう。

やはりというべきか、ほかの家と同じく崩れてしまっており、使っていたベッドも暖炉も、なにもかもが埋まってしまっていた。

途中に寄った村長の家もおなじような状態で、近くには大砲の弾がいくつか転がっている。

「…大砲を使って、家をぶっ壊したみたいだな。そして、大砲の死角になるところには…火を…」

「誰か…誰かいないのか!?」

誰か生き埋めになっているのではないかと思い、エルバはガレキをどかしていく。

生きている人がいることへの望みをそれにかけていた。

カミュもエルバを手伝い、がれきをどかしていくが、何もなく、あるとしても村人の遺体が出てくるだけだった。

村のはずれにある広場や神の岩へも探しに向かうが、そこにも誰もいない。

手あたり次第に探し続け、疲れ果てたエルバは馬小屋の前の広場へ戻ってくる。

彼が探している間、カミュはがれきの中などから見つかった村人の遺体を布にかけた状態でそこへ並べていた。

誰かいたのかをカミュは尋ねようとしたが、エルバの悲しげな表情を見て、聞くのを辞めた。

遺体はいずれも大人の男性と女性であり、エマやペルラらのものはなかった。

遺体の中には黒焦げになってしまっているものもあり、中にはだれなのか判別がつかないものもある。

「あ…」

エルバは馬小屋の前にある木に目を向ける。

その木には大樹の根が巻き付いていて、木の枝には見覚えのあるスカーフが引っかかっていた。

(そうだ…確か、あの時…)

5年前のことを思い出す。

エマのスカーフがその時、同じ場所に引っかかっていて、泣いているエマのためにエルバは必死に村中を駆け回り、スカーフを取ることができた。

返した時にエマが見せた笑顔を今でも忘れられない。

風が吹くと、引っかかっていたスカーフが取れ、エルバの手元まで飛んでくる。

飛んできたスカーフを手にしたエルバの眼から涙がこぼれ、それを握りしめる。

「エルバ…」

「う…あ…あああああ!!」

崩れ落ちたエルバは何度も地面に拳をたたきつける。

旅立つ前にペルラやダン、そしてエマの言葉を思い出す。

(勇者が何なのかはわからないけれど、あんたは大きな運命を背負っているって、おじいちゃんはずっと言っていたわ)

(勇者とは伝説の英雄…。その昔、大いなる闇を払って世界を救ったという)

(遠い昔、世界中が魔物に襲われて大変だったとき、どこからともなく勇者が現れて、世界を救ったって…)

「ふざけるな!!ふざけるな!!ふざけるなぁ!!」

激しい悲しみと怒りがエルバの心をむしばんでいく。

悪魔の子である勇者を捕らえるために、ただ彼を育てたというだけの理由で故郷を滅ぼしたデルカダールへの憎しみがあふれる。

それは人々に勇気を与える勇者には程遠い感情だ。

そんな彼の痣が光りはじめ、同時に大樹の根も光り始める。

痣の光に気付き、それに目を向けた瞬間、その光に包まれていった。

 

光が消え、眼を開くと、エルバは村のはずれにある桟橋への道で立っていた。

「ここは…カミュ?どこにいるんだ…?」

周囲を見渡すが、カミュの姿がなく、涙を袖で拭いたエルバはその道を歩いていく。

生き残りを探しているときに感じた嫌な臭いは感じず、歩いていくとそこには川で釣りをしている老人の後姿があった。

「あれ…は…」

エルバはその老人が何者かを知っている。

桟橋の前へ走った彼はそこでその老人の名前を読んだ。

「じいちゃん…テオじいちゃん!!」

名前を呼ばれた老人は釣り竿を置き、振り返る。

丸っこい皺だらけの顔で、温厚な表情。

忘れもしない、確かに5年前に死んだテオだった。

「…ん?おぬしは…」

「テオじいちゃーん!!」

後ろから子供の声が聞こえ、エルバは振り返る。

「な…!?」

走ってくる子供を見たエルバは驚きを隠せなかった。

その子供は5年前のエルバそっくりな少年だったからだ。

エルバの前で立ち止まったその少年は首をかしげる。

「お兄ちゃん…誰?」

「お、俺は…」

「彼はワシの友人じゃよ。エルバ、どうしたんじゃ?」

少年の頭をテオは優しく撫でる。

撫でられて、嬉しそうにしていた少年は思い出したかのようにテオに尋ねる。

「テオじいちゃん!エマのスカーフが馬小屋の前の木に引っかかっちゃったんだ!」

「スカーフが…。それは大変じゃな。あとでワシが取ってあげよう。だから、木の前で待っていなさい」

「うん!わかった!!約束だよ!!」

素直に言うことを聞いた少年は手を振って村へ戻っていく。

再び2人きりになったことを確かめたテオはじっとエルバを見る。

「…そなた、エルバじゃな?」

テオの質問にエルバは何も言わずにうなずいた。

肯定と受け取ったテオは嬉しそうにうなずく。

「そうか、そうか…。雰囲気が似ておる。こんなに立派に成長するんじゃな…ワシの孫は。じゃが…少し、悲しそうな顔をしているのぉ。何があったのか?聞かせてくれんか?」

沈黙していたエルバはゆっくりと成人の儀の後で起こったことを自分の素性も含めて説明する。

成人の儀の後で、テオの遺言に従って村を出て、デルカダールへ向かったこと。

そして、彼が残したペンダントを見せることで、王に面会することができたこと。

しかし、そこで王に悪魔の子と呼ばれ、牢屋に入れられたこと。

死刑宣告されたため、脱獄して命からがら逃げてきたこと。

それをゆっくりと、思い出しながらテオに語る。

しかし、イシの村が滅ぼされたことを明かすことはできなかった。

そのようなことを伝えたら、どうなるかわからなかったからだ。

論理的にというわけではないが、なぜかエルバはここが過去のイシの村だということを理解していた。

「そうか…。それは、すまないことをしてしまったのぉ」

優しく抱きしめ、ポンポンと背中を叩く。

小さいころ、泣いたり悲しい思いをしたりしたとき、彼は決まってこうしてくれていた。

エルバを安心させるために。

「しかし、なぜあのデルカダール王がそのようなことを…」

エルバから離れたテオは腕を組み、考えるが何も答えが出てこない。

イシの村に落ち着き、たまに釣りをしにイシの大滝まで出ることがあるテオはそこを通る商人や別の町や村の釣り仲間たちから情報を仕入れることがあった。

それを思い出す限り、デルカダール王に不審な部分は見受けられない。

もう1度、エルバを見つめたテオは何かを察したように目をわずかながら大きく開き、そのあとで元の調子に戻ってから話し始める。

「デルカダール王があてにならないと分かった以上、包み隠さずすべてを話すべきじゃろうな」

「包み隠さず…?」

成人の日の夜にペルラから聞いた、勇者の生まれ変わりであることとデルカダール王の元へ行けば、すべてがわかるということ。

それが彼の知っている勇者と自分に関するすべてのことだとばかり思っていた。

だが、その口ぶりだと、まだ話し切れていないこと、ペルラにさえ話していないことがあるようだ。

「だが…詳しく話している時間はないようじゃな。いいか?よく聞くのじゃぞ?」

「時間がない?それはどういう…!?」

説明を求めるエルバだが、テオの姿を見た瞬間、その意味を理解できた。

目の前にいるテオの姿がだんだんぼやけてきていた。

まるで、そこに最初からいなかったかのようにだんだんと消えて行っており、既に影も見えない。

「村を出て、東にあるイシの大滝は覚えているじゃろう?」

「ああ。テオじいちゃんが…村の外で釣りをしていた場所…そして…」

「ワシがお前と初めて会った場所じゃ。そこにある三角岩の前を掘ってみなさい。いいか?東にあるイシの大滝、三角岩の前じゃぞ?」

「東にあるイシの大滝、三角岩の前…」

忘れないように、反復して口にする。

それを聞いたテオは優しい笑みを浮かべ、エルバを見つめる。

もうほとんど体は消えてしまっており、もうすぐ煙のように消えてしまう。

「しかし、大きくなったのぉ。これほど立派になったエルバを見ることができて、ワシは果報者じゃ」

「そんな…俺は、俺は…!」

それは違う、エルバは否定したかった。

彼と同じように、自分もまだテオに言っていないことがあった。

我慢できずに、それを言おうとしたが、もうすでにそのような猶予はなかった。

「エルバや、人を恨んじゃいけないよ。ワシは…お前のじいじで幸せじゃった」

「ま、待て…!待ってくれ、テオじいちゃ…!!」

引き留めようと、エルバが手を伸ばすと同時に周囲が光に包まれていく。

 

光が消えると、景色は馬小屋の前の木に戻っており、その手はその木に巻き付いている大樹の根に触れていた。

「エルバ、いったいどうしたんだよ!?エルバ!!」

「カ…ミュ…今のは…」

「それは俺のセリフだぜ!大樹の根に触れた瞬間、動かなくなっちまって、声をかけても返事無しだしよ…!」

「わからない…。ただ、まるで俺だけが過去に飛んだみたいに…」

大樹の根は過去を見せる力があるというのは密林での事件で分かったが、今回はその時とまるで起こることが違っていた。

過去を見るのではなく、過去へエルバ自身が飛んでしまっていて、実際にテオと話すことができた。

そして、その光景をカミュは見ていない。

「過去へ飛んだ…?突拍子もないことだが…」

自分の眼にはアストロンでもかかったかのように固まっているエルバしか映っていないカミュはその言葉に半信半疑だった。

過去へ飛ぶなんてことは非常にナンセンスで、まるで物語で起こる出来事だ。

だが、そのナンセンスなものをカミュもエルバも、形に違いがあれど密林にある大樹の根で見てしまっている。

そのためか、疑いが抜け切れていないものの、エルバの言葉をカミュは真実だと受け取った。

「そこで、テオじいちゃんと話をした。それで、イシの大滝の三角岩の前を掘れって…」

「イシの大滝か…。ここからだとすぐの距離だな。だが、その前に…」

2人は広場に並べた村人たちの遺体に目を向ける。

これから村を離れるにしても、彼らの遺体をそのまま放っておくわけにはいかなかった。

「なあ、どうすればいい…?俺はこの村でのしきたりがわからねえから」

「…。遺体は火葬にして、遺灰は神の岩の周りに埋める。そして、故人の名前を石碑に刻む」

「そうか…」

「大丈夫だ。火はすぐに用意できる。あとは…」

「分かってる。薪を集めてくるぜ」

 

広場には大きなかがり火がたかれ、そこで遺体を一つずつその中へ入れていく。

カミュが静かに死者の安らかな眠りと命の大樹へ還ることを願う中、遺骨を教会の地下室に保管されていた骨壺に入れていく。

イシの村では、骨壺は神父が手作りし、地下室に保管される。

そのおかげで、こうして遺骨を納めることができる。

壺の表面には遺骨の主の名前を書く欄があり、そこには炭を使い、わかる範囲で名前を書いた。

判別がつかない遺体については村の慣例に従い、『名前知らず』と書かざるを得なかった。

「間に合わなくて…守れなくて…ごめん…」

遺骨を拾い、骨壺に納めるたびにエルバは口にする。

「悪かったな…。俺みたいな見ず知らずの盗賊がこんなことをして…。安心しろ、ちゃんとアイツは俺が守るから…だから、どうか安らかにな…」

盗賊であるカミュは神父のように、死者を安らかに眠らせるような言葉を持ち合わせていない。

だから、率直に彼らの死を悼んでいることをいうことしかできなかった。

 

火葬を終え、骨壺を神の岩の前へ埋めていく。

埋め終わった後で、エルバは石碑に死んだ村人の名前をカミュから借りたナイフで刻む。

本来は村にいる職人に頼んで刻んでもらうのだが、その職人はもういない。

だから、唯一のイシの村人であるエルバの手で刻んでいく。

こういうことについては学んでいなかったため、不格好な小さい子供が初めて書いたものとあまり変わりない文字が石碑に刻まれ、ナイフはすっかり刃こぼれが目立つくらいボロボロになった。

「これで…いいんだな?」

ナイフを返してもらったカミュは確認するように尋ねる。

エルバは顔を向けることなく、石碑に刻まれたテオの名前を指でなぞる。

「人を恨んではいけない…か。テオじいちゃん…」

カミュの質問に答えることなく、静かにつぶやく。

テオの言いたいことはわかる。

復讐からは何も生まれない、残るのは悲しみや虚無だけという話はよく聞く。

「でもな…それは無理な話だよ。…こんなことをされて、憎まない、悲しまない人間がいたとしたら…そいつはもう、人間じゃない。ただの…物だ」

エルバは振り返り、カミュに目を向ける。

「行こう…イシの大滝へ」

 

村からイシの大滝はそれほど距離があるわけではない。

馬があったこともあり、10分足らずで2人はイシの大滝にたどり着いた。

「きれいな水だな。ここでなら、補給もできる」

エルバから水筒を受け取っていたカミュはそれに滝の水を入れていく。

旅をしていると、こうして武器や防具、物資を調達できるうちに調達するという癖がついてしまう。

特に、盗賊というアウトローな仕事をしていると、一般の旅人と比較するとそういう調達の機会が少ないため、なおさらそうなる。

エルバはテオの言っていた三角岩の前を剥ぎ取り用ナイフを使って掘っていく。

そこには大きめの木箱があり、中には手紙が2通入っていた。

そのうちの1通は変色しており、古い手紙であることだけは理解できた。

エルバは変色している方の手紙を広げる。

「この字は…!?」

手紙の書かれている文字はデルカダールとイシの村で使われているものとは全く違うものだった。

しかし、テオから教えてもらった文字であり、あっさりと読むことができた。

『私のかわいいエルバ…。この手紙は生まれたばかりで、眠っているあなたを見守りながら書いています。きっと、この手紙を読んでいるということは、あなたは大きくなっていて、そして私がこの世にいないのでしょう』

産後であることから、きっとこれは誰かに代筆してもらっているのだろう。

文字からは小さな子供がきれいに書こうと努力している痕跡が見受けられ、インクで汚れている個所もある。

そして、自分にとっての母親がペルラであることもあって、手紙を読んだとしても、なぜか心に響かない。

『あなたが生まれた日の夜、私は恐ろしい夢を見ました。あなたを狙う魔物たちがユグノアを滅ぼす光景です。そして、私はあなたを守るために命を落とす…。とても、生々しい夢です。もし、それが現実になってしまったら…そのことを考えて、いざというときのために書きましたが、もしそれが杞憂であったとしたら、この手紙は燃やします』

「ユグノア…」

16年前に滅びた王国の名前を読み、エルバは手紙の裏を見る。

そこにはユグノア王家か彼らと関係の深い人物が描いたことを証明する、ユグノア王家の紋章が刻まれていた。

手紙の表に戻り、エルバは続きを読んでいく。

『エルバ、あなたが心ある人に守られ、成長したとしたら、ユグノアの親交国であるデルカダールの王を頼るのです。あなたはユグノアの王子。そして、忘れてはならないのは大きな使命を背負った勇者であることです』

この一文を読んだエルバはなぜテオがデルカダールへ行くように言い残したのかを理解した。

そして、あのヒスイのペンダントは自分が亡国ユグノアの王子であることを証明するためのもの。

結果は惨憺たるものであったが、それでもこの手紙の文章を考え、口伝した自分の本当の母親にとって、精いっぱいのことだったのだろう。

『勇者とは大いなる闇を打ち払う者のこと。いずれ、この言葉の意味が分かるときが来るでしょう』

テオと同じく、この手紙でも勇者は希望の象徴のように書かれている。

この16年の間に、デルカダール王が新たな真実を見つけ、勇者が悪魔の子だと考えるようになってしまったということなのか?

そんなことを考えながら、エルバは手紙の最後の部分を読む。

『エルバ…あなたの名前の意味はユグノアでは相克の先、という意味があります。生きていく中で、きっと心には光と闇を背負い、それに苦しむ時があるでしょう。しかし、きっとあなたならその先にある光をつかむことができる。そう信じて、その名前を付けました。どうか、この手紙が灰になっていることを願っています。一緒にいてあげられなくてごめんなさい』

「…相克の先…か…」

きっと、憎しみという闇だけを背負っている自分にはエルバという名前はふさわしくないのではと思いながら、エルバは手紙をしまう。

そして、もう1つの新しい方の手紙を読み始める。

予想できたことだが、その手紙の字はテオのものだった。

『親愛なる孫、エルバへ。未来から来てくれたお前のために、ワシはあるものをこの箱の中に残しておいた。底の板を開けて、持って行ってほしい。もう一通の手紙はお前がここに流されてきたときに一緒に入っていたものじゃ。ワシはあの手紙に従い、お前をデルカダール王国へ向かわせたが、つらい思いをさせてしまったようじゃな…』

「辛い…か。それで片付いていれば、どれだけよかったか…」

自分が悪魔のこと呼ばれた以上に、イシの村を滅ぼされ、知人を殺されたことがエルバにとって、なによりもつらいことだった。

生き残った村人を見つけることができず、エマやペルラらも生きているのかわからない。

遺体に剣か槍による刺し傷があったこと、さらに大砲や火によって村を蹂躙していた可能性を考えると、生きている可能性は薄いだろう。

「俺が…村のことをしゃべってしまったばかりに…」

「エルバ…まだ、続きが残ってるぞ」

後悔と憎しみ、そして悲しみに押しつぶされつつあるエルバにはきれいごとを言っても届かないだろう。

カミュはただ、エルバに手紙を読むよう促すことしかできなかった。

『あれから、ワシはできる範囲で調べてみた。じゃが、なぜユグノアが魔物に襲われたのか、そして勇者が悪魔の子と呼ばれているのか、結局わからなかった。だとしたら、道しるべだけは残しておこう。あの箱の中にある物があれば、ここから東にある旅立ちの祠の扉を開くことができる。かつて、ワシはこの石を使って、世界中を旅してきた』

エルバは手紙の通りに、箱の底にある板を外す。

そこには彼の言う通り、青い魔力がこもった手のひらサイズの宝石が入っていた。

『これを使って、世界を巡り、真実を突き止めるのじゃ。お前が悪魔の子と呼ばれ、追われる勇者になった、真実のすべてを。エルバや、人を恨んではいけないよ。ワシはお前のじいじで幸せじゃった』

読み終えた2通の手紙を箱に入れ、それを袋に中に入れる。

そして、彼が残した石、魔法の石をぎゅっと握りしめた。

そんな彼の肩にカミュの手が乗る。

「カミュ…」

「旅立ちの扉を開く魔法の石か…。俺も一緒に行くぜ、エルバ」

「…予言に従って、か?」

「それも半分あるが、死んだ村の人たちに約束しちまったからな。お前を守るって…。ただ…」

「きっと、当分ここへは戻れない…」

追われる身であるエルバ達にとって、デルカダール王国領は虎の巣だ。

隠れることのできる場所は少なく、少しでも油断すると食われてしまう。

そして、真実を突き止めるためにここでできることはもうない。

立ち上がったエルバにカミュは首を縦に振る。

「そうだ。だから、レッドオーブを取り戻しておきたい。ちょうど、祠の途中にデルカダール神殿がある。頼む…」

懇願するように、カミュは直角になるように頭を下げる。

どういう理由でそこまでレッドオーブに執着しているのかわからない。

しかし、道連れにする仲間は1人でも多い方がいい。

「…わかった」

「ありがとうな、エルバ。じゃあ…行こうぜ」

笑みを浮かべたカミュは先に馬の元へ戻っていく。

エルバはイシの村が見える方向に目を向ける。

(テオじいちゃん…俺は必ず、真実を突き止める。だけど…一つだけ言いつけにそむくのを許してくれ…。俺は…愛する人と故郷を奪ったデルカダールに…復讐する)




イシの大滝
ロトゼタシアの中央にある大陸のはるか北に水源のある、イシの村の東の滝。
村にある滝と比較すると、倍近くの高さがあり、人の手が加わっていないこともあってか、水も自然のものとなっている。
旅人や付近に住む動物たちにとってはいい休憩スポットであり、水の補給のために立ち寄る人が多い。
テオが村の外で釣りをするときは決まってここに来ていたが、その理由はここでエルバと出会ったという点が大きいものと思われる。

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