「俺の力を見せてやる!うおおおおお!!」
激しく咆哮するキラゴルドに応えるように、周囲の黄金が変化していき、黄金のゴーレムであるゴールドマンへと変貌していく。
他にも黄金から錬成された黄金兵なども生み出され、それらがエルバ達を包囲していく。
「おのれ…!黄金化するだけでなく、黄金を自在にコントロールできるのがこれほどとは!!」
向かってくる黄金兵の1体をグレイトアックスで砕くが、キラゴルドの力によって時間がかかるものの、次第に欠片が集結する形で修復されていく。
「不死身だというの!?だったら、細かく砕いて時間を稼がないと…!」
アムドしたマルティナが爆裂脚で黄金兵を可能な限り砕いていき、ロウとエルバはそれぞれグランドクロスと覇王斬による強力な一撃でゴールドマンを粉砕する。
だが、そうした技を休みもなしに複数発使えるほどの体力は高齢のロウにはない。
呼吸を整えていくことでどうにか疲労を軽減させることができたが、仮にそれを使わなければ既に体が悲鳴を上げていたところだ。
「エルバちゃん、お願い!!」
「ああ!!」
シルビアが唱えたバイキルトを受けたエルバの肉体にビリビリと電流が流れるような感覚が走るとともに、それを強靭化していく。
本来の倍近い力を手にしたエルバのキングブレードがゴールドマンを一刀両断する。
だが、両断しただけではすぐに再生して立ち上がることから、グレイグが更に倒れたゴールドマンを破壊した。
破壊したゴールドマンを見てわかるが、物質系の魔物に備わっているはずのコアが存在しない。
おそらく、首飾りそのものがコアの役目も担っているのだろう。
結局のところ、キラゴルドを倒して、首飾りを破壊しなければいたちごっこが続くことになる。
そして、襲ってくる黄金の魔物たちにくぎ付けになっている間にキラゴルドは壁から壁へと飛び移っていき、死角からセーニャに向けて突っ込んでいく。
「セーニャ、伏せろ!!」
キラゴルドに真っ先に気付いたカミュがセーニャに覆いかぶさり、とびかかるキラゴルドの攻撃から回避させる。
「ちっ…クソ兄貴め!!」
「マヤ…セーニャを標的にしているのか!!」
セーニャのあの言葉があまりにも深く刺さったのか、再び飛び移りながら移動するキラゴルドの視線はカミュとセーニャに向けられ続けている。
その視線は明らかに殺意がこもっていた。
「くっ!!2人は奴の動きに集中しろ!どうにかこいつらを沈めたら、我々も攻撃に…!!」
「そんなこと、させっかよぉ!!」
右手に金色の光を宿したキラゴルドがそれをロウに向けて発射する。
黄金の魔物たちに注意が向いていたロウはその光を受けてしまい、同時に体が次第に黄金へと変わっていく。
「ロウ様!」
「じいさん!!」
「む…ぐぅ!!体が黄金に変わるというのはこれほどのものか…!?」
激痛が走ったかと思うと、徐々に消えていき、冷たくなる感覚。
少女であるマヤがこれほどの苦しみを味わったとなると、どれほど辛かっただろうか。
「アハハハハハ!!寿命ギリギリの爺さんなんだ!もっと生きたいなら、黄金になっちまえばいいのさ!!」
「マヤ…お前ぇ!!」
「フッ…儂には、まだ生きねばならん理由がある。じゃが…このような形になってまで生きようとは思わん!!」
アーヴィンとエレノア、そして17年前に死んでいったユグノアの国民の無念を晴らし、そしてユグノアを復興する。
それを成し遂げるには黄金になっている場合ではない。
かろうじて動く右手にゴールドフェザーを握ったロウはそれを自分の体に突き刺す。
鋭い痛みに耐えながら、黄金化していく中でまだ感覚の残っている肉体に酸素を送り、血液と魔力の流れをイメージしていく。
「マホ…カトール!!」
呪文発動と同時にゴールドフェザーの輝石が輝き、ロウの肉体の黄金化していた部分が元の肉体へと戻り、血色を取り戻していく。
しかし、それと同時に急激に息が荒くなったロウはその場に座り込んでしまう。
「はあ、はあ…まったく、年はとりたくないのぉ…」
「じいさん!黄金化を解除できたのか!?」
「ああ…すっかり、息切れしてしまっておるがのぉ…」
バイキングのアジトでマホカトールを発動したときは、魔物化したバイキング達を元に戻すことはできた。
しかし、そこにあった黄金像は解除することができなかった。
マホカトールの魔力であっても、完全に黄金化してしまうとその魔力すら耐えてしまう。
マホカトールは魔法陣を作り出す必要がある分、使用者の魔力によっては広範囲に影響を与えることができるが、どうしても『面』を重視した呪文であることから単体をターゲットにした強力な魔力に対しては解除できない、もしくは突破される可能性もある。
だとしたら、黄金化する前にマホカトールの魔力そのものを注ぎ込めばいい。
そのためには肉体に魔法陣を描く必要があるが、それを代用できるゴールドフェザーが手元にあることに救われた。
確かに黄金化を防ぐことはできたが、副作用があった。
「くうう…やはり、儂の魔力も無事ではすまぬか!!」
マホカトールの強すぎる破邪の魔力が打ちこんだロウ自身の魔力にも影響を与えており、呪文を使うことができない。
しばらく待って、魔力が流れるようになれば再び使えるようになるが、すぐにその状態に戻すのは難しい。
「黄金化しないだけマシだ!あとは…」
「そんな老いぼれジジイに気を取られている場合かよぉ!!」
再び壁を蹴って飛び込んでくるキラゴルドが動けないロウにとどめを刺すべく、腕を伸ばす。
たとえ黄金化できないとしても、この爪であれば人間の体を細切れにすることくらいたやすい。
そして、黄金化に対抗できる手段を持っているとわかった以上、生かしておくわけにもいかない。
「ロウ様!!」
急いで割って入ったグレイグがデルカダールの盾を構えて受け止めるが、受けると同時に左腕の感覚がなくなるかというくらいの強いしびれが襲う。
何か違和感を感じたキラゴルドはすかさずグレイグと距離を取る。
「はあ、はあ…どうした?まだ攻撃の手段があるだろう…?」
左腕や両足、尻尾、やろうと思えばここからグレイグに連撃を放ち、守りを突破することができただろう。
今からでも攻撃して来いと挑発するような言動を見せるグレイグにキラゴルドが舌打ちする。
強度の高いダイヤモンドでできたいるはずのキラゴルドの爪に刃こぼれが生じていて、攻撃を受け止めたデルカダールの盾には傷一つついていない。
「てめえ…盾に細工しやがったな!それで耐えやがったな!?」
「ああ、そうだ。伊達に勇者の盾を名乗ってはいない」
グレイグが行ったのは単純なことで、デルカダールの盾そのものに呪文を唱えただけだ。
ただし、使ったのはスカラではない。
スカラと比較すると、武具そのものにしかかけることができないものの、その強度を一時的に高めることのできる物質強化呪文のバイシルドだ。
現在は僧侶が習得するスカラが汎用性が高く、元々鎧や盾が守りを固める戦士に対してさらに守りを固める理由があったとしても、元々守りが高いことからスカラで十分な状況が多いことから習得する人はほとんどいない、ロトゼタシアではかなりマイナーな呪文と言える。
スカラとスクルトを習得しているグレイグも当初はそれを覚えずともよいと考えていた。
だが、習得しておけと薦めてくれたのはホメロスだった。
時には耐え凌げないほど強大な攻撃を仕掛ける魔物がいるかもしれない、そんな相手に対抗できる手段がなければ総崩れになるからと。
そのホメロスの薦めのおかげで、キラゴルドの爪から身を守ることができた。
(最も、受ける可能性のある場所にピンポイントにかけなければ、無傷では済まなかったが…)
「ちっ…でも、黄金化したらそれでしまいだ!!はあああ!!!」
再びイエローオーブの力を右手に凝縮し、今度はグレイグに向けてそれを発射する。
後ろにはようやくマルティナの手を借りて動くロウがいて、グレイグには動くことができない。
これでグレイグを黄金化し、ホメロスに献上することができる。
そうすれば、更に山ほどの黄金や財宝を手に入れることができる。
そう思っていたキラゴルドだが、その光が稲妻の宿る光と正面からぶつかり合う。
「何!?これは…!!」
「紋章閃だ…!!勇者の、光だ」
両手の痣から放つ光とイエローオーブの光が相殺する。
だが、イエローオーブの力と黄金化してしまう恐れから全力で放たざるを得なかったこともあり、疲労を覚えてしまう。
(くそ…!全力でないと防げないことは分かった。負担を考えると、また防ぐことができたとしても、1発だけか…!)
「勇者の光…!?まさか、てめえ勇者なのか!?ホメロス様、確かに勇者は死んでいるって…」
(何…?どういうことだ、ホメロス?)
デルカダールで対面してからある程度日にちは経っていて、勇者が生存していることは既に六軍王や魔王も知っているはず。
だが、六軍王の一人であるはずのキラゴルドがそれを知らず、よく考えるとジャゴラもエルバの力でバリアを解除されるまで勇者が生きていたことを知らなかった。
勇者の力を失っているからと捨て置かれたのか、それとももっと別の理由があるのか。
「んじゃあ、なんだよ?なんで勇者様であるお前がクソ兄貴の味方なんだよ!?なんであの時、俺を助けてくれなかったんだよ!?勇者のくせに!あんなクソ野郎の味方をしてんじゃねえよぉ!!!どれだけ俺をみじめにさせんだよぉ!!」
「マヤ…」
「もうみんな、黄金になっちまえ!!勇者のアバズレ女もクソ兄貴も、みんなみんなみんな黄金になれぇ!!」
キラゴルドの心の激しい揺らぎと共鳴するかのようにイエローオーブも激しい光を放ち、その光を両手に凝縮させていく。
「まずいわ…何もかも黄金化するつもりね!!」
「あの力…紋章閃を使ったとしても!!」
「く…間に合って!!」
力が解放される前に倒そうと、マルティナとシルビアがキラゴルドに向けて突撃しようとする。
だが、その行く手を阻むかのように床や壁から出てくる黄金の魔物たちが襲ってくる。
「くっ…この、ままじゃ!!」
「はああああああああ!!」
凝縮された黄金の力を一気に解放し、部屋中が黄金の光に包まれていく。
キラゴルドの視界を完全に覆うほどのまばゆい光に包まれ、その光は次第に消えていく。
光が収まると、エルバ達がいた場所にはそれぞれの黄金像が出来上がっていた。
「ハハハハハハハハ!!クソ兄貴もクソ女も、勇者様もみんな黄金になっちまった!!これで、俺が勇者を討ち取った!ついでにグレイグって野郎も始末したんだから、ホメロス様とウルノーガ様がほめてくれる!こんなチンケな城よりもいいものをくれる!!」
キラゴルドの脳裏に黄金と財宝でできた島、そしてそこにある巨大な城に暮らす自分の姿を思い浮かべる。
黄金でできたデク人形を操って自らの世話をさせて、一生遊んで暮らす。
それが六軍王となって、手に入れたいと願った未来。
正義のない暗黒の時代での楽園。
「へへへ…馬鹿な兄貴たちだよなぁ。ウルノーガ様に逆らわなければ…あれ?」
ツーと頬に感じる違和感を覚えたマヤはその頬に触れる。
頬と、それに触れた手はかすかに濡れていて、塩の匂いがする。
「んだよ…なんだよ、これ…!?」
ふと気づくと、次々と目から涙が浮かんでは流れ始め、いくら拭っても枯れることなく流れていく。
なぜここまで涙を流すのか、マヤ自身気づくことができなかった。
あれほど願っていたものが叶うというのに、これ以上ない満足を得ることができるというのに。
なのに、涙が止まらない。
涙と共に、なぜか胸が痛くなってきて、穴が開いたような感覚を覚える。
「違う…違う違う違う違う違う違う!!!なんでだよ!?なんだよ、これ!?黄金が手に入って、クソ兄貴もアバズレ女も勇者も黄金に変えて、一生気ままに遊んで暮らして、今まで俺を馬鹿にしてきた奴ら全部を見返してやったってのに、なんだよ!!なんでこんな…なんで涙が流れて、胸も痛くなるんだよぉ!?」
「お前がほしいのが、そんなのじゃねえから…だろ?」
「何…!?」
もう聞こえるはずがないカミュの声に困惑する。
まさかと思い、エルバ達のいる場所に目を向けると、そこにはなぜか五体満足で無事にいるエルバ達の姿があった。
「な…!?なんでだ!?確かに、俺の力でみんな黄金になったはずだろう!?確かに、確かにこの目で…!!」
どんな手品を使ったのか、マホカトールも使えない状態だというのにどうして?
よく見ると、エルバ達の足元には黄金の欠片が散らばっている。
「間一髪だったが、うまくいってよかった」
「うむ…じゃが、儂らはこうして生きておる。まだ望みはあるというものじゃな」
エルバが行ったのは全員に鉄化呪文アストロンを唱えたことだ。
対象や自らを鉄の塊にするもので、それによって鉄の塊となり、その後で黄金像へと変化した。
そして、アストロンが解除されたと同時にそれに巻き込まれる形で黄金化も解除された。
最も、アストロンを唱えたエルバ本人もこれで黄金化から身を守れると確証があったわけではない。
下手をすると黄金化を解除できない可能性もあったが、エルバ達は賭けに勝った。
「マヤ様…あなたは確かに黄金がほしい。けれど、それよりも一番欲しいものがあるはずです。きっと、それは…」
それはカミュと一緒に過ごすこと。
唯一の家族であり、ずっとそばにいてくれた彼と一緒にいられる未来。
「うるさいうるさいうるさい!!てめえに…クソ兄貴を奪った泥棒が…何を言って!?てめえに俺の何が…!」
「分かります!私も…私も同じですから。本当なら、すぐにでもお姉さまを探したい。お姉さまに会いたい…」
世界が滅び、どうにかイシの村にやってくるまでずっと一人だったセーニャはどうしようもなく不安だった。
エルバ達がどこにもおらず、生きているかどうかすらわからないということもある。
だが、それ以上にこれまでずっと一緒だったはずのベロニカがいないことが心細かった。
ラムダの里にいるとき、そしてそこからエルバを探しに旅立って、時折離れることがあったが、それでもベロニカの気配を感じることができ、それに従って探していると見つけることができたから心細くなかった。
だが、世界が滅び、命の大樹が失われた影響があるのか、あれからベロニカの気配を感じることができなくなった。
エルバと再会し、それから世界を回ったが、それでもベロニカの気配が感じられない。
その不安を抱えながら、戦い続けてきた。
「マヤ…俺が悪かった。お前をこんなにしちまうとわかっていたら、ずっとお前と…たとえ黄金になっちまったとしても、一緒に…」
「やめろ…やめろやめろやめろ!!今さら…今さらなんだよクソ兄貴!!なんで、なんで今になって…今になって俺に優しくするんだよぉ!!なんで構えない!!なんで攻撃してこない!?俺に…俺にこんな気持ちをさせないでくれぇ!!!!!」
溢れる感情に飲み込まれたかのように、マヤを包む甲冑にも変化が生じる。
そこから黄金の蔓が次々と伸びて来て、それが黄金の魔物を巻き込んでエルバ達に襲い掛かる。
「く…これは!?」
「黄金の力が暴走しておるのか!?」
「これだと…近づけない!!」
現在進行形で数を増やし、襲い掛かる蔓は城の屋根や壁を砕き、黄金のガレキが降り注ぐ。
それがエルバ達とカミュ、セーニャを分断してしまった。
「カミュ、セーニャ!!」
「まずいわ!!もし力の暴走を止められなかったら、クレイモランが…!!」
シルビアの脳裏に暴走する黄金の力が生み出す最悪の未来が浮かぶ。
だが、もしかしたらクレイモランだけではとどまらないかもしれない。
これがラムダの里、そして世界を襲う可能性もあり得る。
「マヤ様…」
「マヤ…」
「お兄…ちゃん…」
甲冑がひび割れ、その中にいるマヤの姿がカミュの目に映る。
悲しみを抱く弱々しい姿。
それは呪いで黄金になった時のマヤそのものに映った。
「マヤ…」
「お兄ちゃん…俺…を…俺を、殺して…」
あまりにも悲痛な願い。
それがカミュの心を締め付ける。
だが、マヤは許されないほどの大きな罪を犯した。
キラゴルドとして戦い、欲望をまき散らしたことで死んだ人間もいる。
「カミュ様…」
「…マヤ、これ以上俺のせいでお前に罪を背負わせるわけにはいかない。だから、せめて…俺が!!」
せめてもの願いをかなえるためにもと、カミュは短剣を構える。
甲冑の外に出たマヤの心臓をそれで貫けば、すべては終わる。
それでようやく、預言者の言っていた贖罪が終わる。
「カミュ様、やめてください!あきらめないで…!」
「セーニャ…!?」
急にカミュの前に、マヤをかばうように出たセーニャの目に映るカミュの顔は覚悟と悲しみでゆがんでいる。
短剣を握る手は震えている。
たとえ罪を犯したとはいえ、唯一の家族であるマヤを自らの手で殺すとなると、平常でいられるはずがない。
「どいてくれ、セーニャ!あいつを…マヤを助けるには、もうこうするしかねえんだ!!」
「駄目です!どきません!!そんなことをしたら…カミュ様は、カミュ様はもう立ち上がれなくなります!!それに…カミュ様に、そんなことを…してほしくありません…」
自分の家族、兄弟を殺すようなことに目をつぶることはできない。
セーニャの知るカミュならば、本当にそれをしてしまったら、その後何をするのか、その最悪な未来が頭をよぎる。
マヤに対してもそうだが、セーニャはカミュにも生きていてほしい。
生きて、そばにいてほしいと願っている。
「セーニャ…!それでも、俺は…俺は!!」
「カミュ様!!」
パアン、と高い音が響く。
涙を浮かべるセーニャの右掌を見たカミュはようやく鋭い痛みを感じる己の頬に触れる。
痛み以上に、あのセーニャが自分の頬を叩いたことにカミュは驚いていた。
「カミュ様…。本当はマヤ様を生きて、助けたい…そうですよね?自分の心に嘘をつかないでください。そんなの…私の…私の大好きなカミュ様ではありません…」
「セーニャ…マヤ…」
セーニャを見た後で、再び助けを求めるマヤに目を向ける。
「早く…早く、たす、けて…」
「マヤ…」
ふと、短剣を握る自分の手を見る。
その手はあの時、呪いを恐れて伸ばすことのできなかった手。
今度は殺すことでその手を断ち切ろうとしているのか?
それが本当に贖罪につながるのか。
いや、元々贖罪なんて考えること自体おこがましい。
自分のやるべきことを心に従って行い、もしそれが過ちだというなら地獄でその報いを受けるだけだ。
「悪い、セーニャ…。目が覚めたぜ。俺は…あいつを助けたい!あいつは俺の…たった一人の妹なんだ!!」
「カミュ様…!」
(ふん…ようやく心に従ったか。愚かな義賊よ)
「何!?」
急に男の声が聞こえてくる。
同時に黄金の蔓が2人に迫るが、赤い光が障壁となって受け止める。
そして、カミュは懐に入れたままのレッドオーブを手に取る。
(ずいぶんと待たせたものだな。助けたいのだろう?ならば、さっさと動け。その道を切り開く力はくれてやる)
レッドオーブがカミュの手から離れて宙を舞い、そこで2つに割れる。
そして、割れたレッドオーブを中心として次第に紅蓮の炎を彷彿とさせる赤い刃の短剣が生まれる。
それらの剣が柄の部分で連結した状態でカミュの手へと降りてくる。
(俺はラゴス…今こそ断ち切れ!過去の弱き己に!古の盟約に従い、この刃…レーヴァテインをくれてやる!!)
レーヴァテインを握ると同時に、カミュの両手に炎を直接握ったかのような熱が襲う。
一瞬、全身の血が沸騰するかのような錯覚に襲われるが、それが収まるにつれて力が湧いてくる。
「よけ…て…!!」
カミュに起こった状況の分からないマヤの小さな叫びと共に制御不能な黄金の蔓がカミュとセーニャを襲う。
それに気づいたカミュは大きく跳躍し、レーヴァテインを分離させ、逆手に握った状態で黄金の蔓を切り裂いた。
ふと、その刃を見たカミュだが、レーヴァテインは黄金化した様子はなく、刀身は赤く燃えていた。
「うおおおおおおお!!!」
この刃でなら、いける。
レーヴァテインの紅蓮の刃で邪魔な黄金を切り裂いていったカミュはついにマヤの近くまで来る。
そして、二刀に分離すると右手の刃を甲冑に向けて投げつける。
炎を帯びた刃が甲冑を溶かし、突き刺さると柄頭から伸びた緑色の実体のない鎖がもう片方の柄頭と接続する。
その鎖が収縮するとともにカミュの体が甲冑側の刃に引っ張られていき、マヤに迫る。
「マヤーーーーー!!」
「兄…お兄、ちゃん…」
ようやくマヤにたどり着けるところで、2人を阻むように黄金のバリアがマヤを覆う。
それに接触したカミュはバリアに触れたところから徐々に体が黄金に変わっていく。
「カミュ様!!」
「兄貴…やめ、ろ!!このままじゃ、このままじゃ…」
「うる…せえ!!邪魔を…すんじゃねえ!!」
黄金化していき、鈍くなる感覚を奮い立たせ、レーヴァテインを投げ捨てたカミュは左拳をバリアに向けてたたきつける。
レーヴァテインの力が残留したのか、それとも無意識に発動したのか、赤い光を帯びたその拳は本来は砕くことができないはずのバリアを一撃で粉砕する。
そして、ようやくマヤを抱きしめることができた。
「ごめんな…マヤ…」
「お兄ちゃん…!?」
黄金になりつつある手でマヤから首飾りを奪い取ると同時に、カミュの体が完全に黄金となってしまう。
マヤの体から首飾りが離れた影響か、暴走していた黄金の蔓が動かなくなり、マヤを捕らえていた甲冑も2人と共に地面に落ちる。
「カミュ!!」
「カミュ様!!」
ようやくカミュとマヤの元まで駆けつけることができたが、セーニャ達の目に映るのは黄金化したカミュとそれに抱き着いて涙を流すマヤの姿だった。
「ごめん…ごめん!!俺…俺はただ、兄貴と…お兄ちゃんと過ごしたかった…それだけなのに…」
誰の手にもわたらないようにと首飾りを握りしめた状態で動かないカミュ。
ようやく自分のことを許すことができたのか、その表情はあまりにも穏やかなものになっていた。
「そんな…こんなのって…」
「お前も無事でないと…意味がないだろう。…馬鹿野郎」
「ロウちゃん…マホカトールでどうにかならないの!?」
「駄目じゃ…完全に黄金化してしまっておる以上…たとえマホカトールを使っても、もう…」
手元にあるシルバーフェザーを使って、魔力を回復させることでマホカトールを発動させることもできるだろう。
だが、あくまでロウが黄金化を回避できたのは完全にそうなる前に発動することができたため。
完全に黄金化したものを救うすべはもうない。
「嫌です…カミュ様、やっと…やっと記憶が戻ったのに。やっと…マヤ様とお会いできたのに…」
「俺のせいだ…俺のせいで…うわあああああああ!!」
強烈な罪悪感に耐え切れず、幼いマヤにできるのは泣き叫ぶことだけ。
もう、あの小屋でケンカしていた日々も、バイキング達にどやされながらも一緒に過ごした日々は戻ってこない。
誰もがもう動かないカミュを悼む。
そんな中で、甲冑の残骸の近くに落ちていたレーヴァテインに宿るレッドオーブが光る。
(ふん…力をくれてやったというのにこのザマか。所詮、その程度の男だったということか)
浮遊をはじめ、カミュのそばまでやってきたレーヴァテインから聞こえるカミュを冷笑するような言葉。
その言葉に穏やかなセーニャも我慢できず、涙を浮かべたまま怒りを見せる。
その感情のままに言葉を吐き出そうとするが、その前にレーヴァテインに宿るラゴスの魂が言葉を紡ぐ。
(それじゃあ三流だ。だから、特別にお前に一流というものを教えてやる。おい、そこの女。それとじじいに、馬鹿勇者の生まれ変わり。ラゴス様が教えてやるんだ、力を貸せ)
「ラゴス様じゃと…?」
「盗賊というだけあって、ひどい口ぶりだ…」
レーヴァテインを中心に赤い光が発生し、それが次第に人型の幻影となる。
ドクロのついたベルトがついた赤い海賊服と皮の帽子をつけ、カミュと同じように眼帯をつけた優男だが、その口に葉巻煙草が加えている。
(じじいは聞いたことはないか?マホカトールを超える究極の破邪呪文を)
「マホカトールを超える…?」
(そうだ。まぁ、その様子だと廃れたみたいだな。ま、仕方のないことだな。こいつは使いにくいことこの上ない呪文だ。いいか?こいつは魔力は要求しない。まあ、強いて言えばそいつを唱える中心となる奴以外は魔力を使う必要はないだけだがな。そいつを中心にまぁ、強く清らかな精神を持っている奴を…まぁ、最低5人は必要だ。その心の強さを使って発動する究極の破邪呪文…ミナカトールだ)
「ミナカトール…そのような呪文が存在するとは…。大師様からも聞いたことがないぞい」
ラゴスが自信をもってその存在を教えてくれたということは、もしかしたらマホカトールでは解けなかった完全な黄金化を解くこともできるかもしれない。
だが、マホカトールそのものは若いころのロウが数カ月単位で修業してようやく習得できたもの。
グランドクロスを覚えるにも、冥界で半年近く時間がかかった。
ミナカトールはどれほど時間がかかるのか、そしてその間に失われるかもしれない命は。
(おいおい、誰が一から修行して覚えて来いって言ったんだよ?ちょうどいいものがある、おい、爺さん。持ってんだろ?俺のコインを)
「ラゴス様の…これのことですかのぉ?」
彼の言うコインは1枚しか思いつかない。
盟友から託された、イシの村で見つかった硬貨を出すと、急にそれがレッドオーブと同じ光を放ちながら宙を舞う。
そして、それが徐々に大きくなっていき、やがて天井を包むように巨大な円盤と化した。
「ラゴス様、これは…!?」
(ローシュの奴を手伝ってから、いろいろと宝が見つかってな。だから、入れておいたのさ。この中に。ああ、ちなみにお前らがオーブの力で使ってる武器、あるだろ?そいつらはこの中にあったものさ)
言い終わると同時にコインの切り傷の痕を中心にまるで扉のように横開きになっていく。
その先は夜の星空のような空間になっており、そこから7つの首飾りが落ちてくる。
水色の淡い光を放つ石がついていること以外は何の変哲もない首飾りだ。
それが落ちた後で、門が閉じて再び硬貨へと戻ってしまう。
「まさか、鍵そのものが…ラゴス様の遺産への入口であったとは…。それに、因果なことじゃ。それがエルバの暮らしていたイシの村にあったとは…」
(イシの村…?ああ、神の岩って奴のある村か。それだけどな…実は、落としたの…セニカなんだよ)
「セニカ様が…!?」
(おっと…その話はあとにしてくれ。俺らも俺らでいろいろあったんだよ…。それより、早く始めるぞ。そいつをつけろ!!こいつは勇者の印。仲間の証ということでローシュが作り出したもの。なんでも、輝聖石って石で作られてるんだとよ。その後で、あいつの周りを囲め)
「輝聖石…状況がどうであれ、本物を初めてみることができるとは…」
ラゴスの話が正しければ、これはローシュ達が実際に着けていたもの。
おまけに輝聖石はゴールドフェザーとシルバーフェザーについている輝石と聖石の2つの特性を併せ持つ貴重なもので、現在ではその製造方法の難しさから作れる職人が存在しない。
それを手にすることができたことに一種の奇妙さを感じながらも、ロウ達は勇者の印をつける。
黄金となったカミュにもつけ、7人は彼の周囲で円陣を組む。
「兄貴…みんな…」
エルバ達から離れたマヤはじっと黄金のカミュを見つめる。
(神様…本当にいるなら、本当にこの世界はまだ終わってないっていうなら…兄貴を…お兄ちゃんを助けて…。俺のことなら…もう、どうなってもいいからよぉ、頼む…!!)