ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第79話 ギャンブラーの街

「あらあら、飲み過ぎよぉお兄さん、それくらいにしときなさーい?」

「飲み過ぎると怒られちゃうわよー?殺されちゃうわよー?」

「うるへー…」

耳元に女性の色気の強い声が響く中、既に空っぽになっているジョッキの伸びる手はかなり震えていて、取っ手をつかむことすらままならない。

ようやく仕事が終わった彼の楽しみは常に酒だが、今の配属先はあまりにもひどい環境で、今までよりも深酒になってしまう。

別に前いたところと比較すると、趣味の酒をタダで飲むことができて、危険な前線に出ることはないため、職場としては悪い環境ではない。

しかし、問題なのはここを管理している上司だ。

最近のマイブームは酒池肉林らしく、屋上に作った専用のスイートルームには文字通り、高級酒の池を作り、超霜降り肉をつるした木をいくつも植えていて、その中でほぼ毎晩のように乱痴気騒ぎをしているとのこと。

こんな退廃的な趣味がまかり通っているこの場所では多くの仲間たちの気が狂い、快楽漬けになっていった。

その様をうんざりするほど見てきた彼も、こうして深酒しているようでは、その仲間になるのも時間の問題かもしれない。

そんな有能な部下をも無能へと変貌させる彼はとてもではないが褒められる上司ではない。

とはいうものの、そんな彼でも色事については相当にウブなようで、異性と本格的に関係を持ったことはない。

最近、新しくそばに置いた女性も一目ぼれして、あれやこれや手を尽くして手にしたようだが、いまだにベッドに誘うことができていなければキスもしていないらしい。

「こんなんなら、元の場所にいた方がよかったぜ…。ホメロス様のところによぉ…」

 

「いやいやー、ホメロス様ー。いや、大魔王様に選ばれし勇者ホメロス様!!わざわざこんなところまで来てくれてうれしいでじょー!さささ、このワイン、この街では最高級の代物。どうぞどうぞ」

例のスイートルームでは、そこの主であるはずの緑色のガマガエルのような見た目で、首にはグリーンオーブが中心に取り付けられた黄金のネックレスをつけた魔物が恭しくグラスに自慢のワインを注ぐ。

そして、主のものであるはずの席に座るホメロスはワインを口に注ぎ、その後でナイフで丁寧に切った超霜降り肉のステーキを口に運ぶ。

フワリととろけて、油も心地よく食堂を流れていくのを感じた。

「ブギー、このグロッタの街の象徴をカジノに改造するとはな。そして、あの像…」

ホメロスがこのグロッタの街へ視察に来たときに一番気になったのが改造されたグレイグ像だ。

ブギーの命令で改造されたようで、首から上が彼のものに変わっていた。

「この町のキングはボクちんでしゅからねー、せっかくなんでぇ、作り替えさせたってわけでしょー!いいでしょー!?」

「貴様はあの像のモデルとなった男のことを知っているのか?」

「さあーー?どっかの国の将軍って聞いただじょが、もうおっ死んでるでじょー?」

魔王直属の部下である六軍王、そして魔王によって強化された魔物たち。

デルカダールは滅亡し、サマディーやクレイモランも多くの兵士が魔物たちによって殺されている。

その中には当然、将軍クラスの兵もいて、敵なしだと考えるブギーにはあの像のモデル、グレイグのことは些末事なのだろう。

「教えてやろう。奴の名はグレイグ…。奴は大馬鹿だが、油断ならぬ男だ。奴ほど…戦術で戦略を覆す男はいない。せいぜい、その男に首を取られないようにするのだな。それから、もう1つ」

席を立ったホメロスは左手に宿る痣から閃光を放つ。

閃光を受けたつるされた肉には勇者の痣を模した焦げ目がついていた。

そんな肉を見たブギーはガタガタと震え始め、ホメロスを見返す。

「勇者とは希望の象徴。私は神殺し。絶望の象徴。そのことをゆめゆめ忘れるな」

そう言い残したホメロスは黒い羽根を散らすと同時にその姿を消す。

姿を消した彼に気圧されたブギーはしばらくその場でひざまずくことしかできなかった。

 

「これは…一体、どうなっているんだ??」

約一年ぶりにグロッタの街へ再び足を踏み言えたエルバの第一声がそれだった。

街中には魔物たちが確かにはびこってはいるが、一様にエルバ達に危害を加えようとする魔物はおらず、商売をしている魔物の姿さえある。

元々の住民がどうなっているかは分からないが、仮にも魔王の配下と思われる魔物たちのその姿にはエルバでなくても唖然としてしまう。

「まずは情報が欲しいな。ここの異変のこと、マルティナのことを…」

「そうじゃな。おそらくは、教会が一番安全じゃろう。おそらく、そこに街の人々も…」

攻撃してくる魔物はいないものの、すべてがそうと言い切れるわけでもない。

グレイグが殿となり、エルバ達はハンフリー達がいるであろう教会へと向かう。

そして、教会の近くには苦しみながら倒れるベンガルの姿があった。

「う、ああああ!?なんだ…?教会に近づいたら、気持ち悪くなって、うげええ…」

「…神の加護に感謝じゃな」

教会やロトゼタシア各地にあるキャンプ場を守る存在に感謝しつつ、ロウは教会のドアにノックをする。

「ハンフリー、おらぬか?儂じゃ、ロウじゃ。今の街の状況を知りたい。開けてくれい」

ロウがしばらくノックをしていると、ドアが少しだけ開いた。

わずかな隙間からハンフリーが顔を出す。

「ロウさん…本物か?」

「ああ、本物じゃ。久しぶりじゃのう。体の状態はどうじゃ?町のことも…」

「急いで入ってくれ。ご加護があるとはいえ、長い間開けるわけにもいかない。詳しい話は中で」

ドアが開き、急かされたエルバ達は教会に駆け足で入る。

ドアを閉じ、再び鍵を閉めたハンフリーは長椅子に腰掛ける。

「世界が崩壊してから半年…。正直、もう生きていないとさえ思ってしまったよ。よく無事で…」

「お久しぶりですわ、ハンフリー様。お体の調子はいかがでしょうか…?」

「マルファスの後遺症は…まだ発作はあるが、前と比べたら回数は減ったよ。くそ…発作さえなければ、俺も行けたのに…」

「魔物が町を乗っ取っているのか…?」

「そうだ、奴らは…闘技場をぶっ壊して、町の人間を強制労働させて、カジノを作らせた。今はそこを根城にしている。おまけに、町の人たちから家も財産も…何もかもを奪っていった。どうにか、闘士たちを集めて、カジノを攻撃したんだが、誰も帰ってこなかった…」

拳を握りしめるハンフリーの瞳には出発する闘士たちの後姿が焼き付いていた。

足手まといだと思ったら置いて行ってもいいから連れて行ってくれと頼む自分にガレムソンがかけた言葉を思い出す。

(チャンピオンがそんな情けねーことを言ってんじゃねえよ。おめーはこの町の希望なんだ。だから、ここでドーンと構えて待ってろ)

そんな彼らがカジノを攻めてから、もう1カ月近くが経過する。

闘士たちの中で唯一帰って来たのはミスター・ハン一人だけで、彼は今、子供たちに手当されている。

彼から聞いた話では、闘士たちは首領である魔物に罠にはめられて幽閉されており、彼だけは運よく罠から逃れることができたという。

捕えられた彼らがどうなっているのかはいまだにわからない。

すべてを伝えきる前に意識を失い、現在も意識不明のまま治療が続いている。

「その魔物は魔王と関係があるのか?」

「ああ…ガマガエルのような奴が自分から名乗っていたよ。六軍王の一人。妖魔軍王ブギーだと」

「ハンフリー、姫は…マルティナは来なかったのか?港で女武闘家がグロッタへ向かったという話を聞いて、よもやと思ったのじゃが…」

「ああ、マルティナ…。彼女も確かにここに来たよ。ちょうど、あんた達を探していた。…いろいろ、聞いたよ。ロウさんのこと、そしてエルディ…いや、エルバのことも」

「…すまない、ハンフリーさん。黙っていて」

「事情が事情だ。それに、仮に知っていたら俺が捕まえていたかもしれない。当然のことさ。マルティナが来たのは1週間前。彼女も闘士たちを助けに行くと言ってカジノへ向かったが、いまだに帰ってきていない。彼女のことだから、死んではいないだろう。だが…捕まっている可能性はある」

「では話が早い。早く姫様をお助けしなければ…!」

「ま、待ってくださいグレイグさん。そのマルティナさんって強い人でしょう?それに、闘士の皆さんが束になっても勝てなかったのに…」

カミュの脳裏には海でインターセプター号を沈めたジャコラの姿と海に呑まれたときの恐怖が浮かぶ。

あの時は運よく助かったが、そのような強大な魔物とここで戦うのだ。

記憶を取り戻す前に死ぬかもしれないという恐怖がよみがえる。

「カミュ…俺たちはその内の1体を倒している。ジャコラには勝てなかったが、今回のブギーに勝てないというわけじゃないだろう?」

「ですけど…死んだら、死んでしまったら終わりなんですよ!?特に、命の大樹がない今は!!」

命の大樹があるロトゼタシアであれば、死んだ命は大樹へと還り、再び新たな命へと生まれ変わる。

だが、命の大樹がない今はそのような生まれ変わりなんてことはできない。

ただ消えていくことしかできない。

永遠に消える恐怖、死への恐怖がカミュを襲う。

「カミュ様…」

「せめて、もっと味方を増やして、それで…」

「カミュ、悪いが…時間がないんだ」

立ち上がったエルバは右手に新たに宿った痣を見つめる。

淡い光を放つそれを見つめながら話す。

「勇者の力がよみがえって…右手にも痣が宿って…確かに実感した。勇者としての力が強まっていること。そして、同時に奴に…ウルノーガに奪われた勇者の力が俺に教えてくれている。奴は勇者の力と魔王の力を使って、魔王以上の『何か』になろうとしている」

「魔王以上に…どういうことじゃ??」

「あくまでも、教えてくれたことと俺の勘が混じっているが、ウルノーガは俺から勇者の力を奪った目的は勇者の剣を手に入れることだけじゃない。その力で、更に魔王の力を強めるため、光と闇を超える力を手に入れるためだったんだ」

「光と闇を超える…??」

「それがどういうものか…俺にも想像がつかない。でも、今こうしている間にも奴はその力を手に入れようとしている。これ以上、奴に時間を与えてはいけない…。それに、マルティナが…仲間が待っているんだ。放ってはおけない」

「エルバさん…」

「私も、デルカダールの将軍として、マルティナ姫をお守りする義務がある。姫の元気な姿を陛下にお見せしなければ…」

「もう、固いわねぇグレイグ。それに、ここにはいい思い出もあるし、放っておけないわー!」

グレイグが、ロウが、シルビアが立ち上がる。

そんな中、子供たちの部屋への扉が開き、そこからドラキーが入ってくる。

「魔物?!」

「ああ、待ってくれ!!こいつは悪いドラキーじゃないんだ!」

「キキー!キー!キー!」

剣を抜こうとするエルバ達とドラキーの間に入るハンフリー。

その周りをドラキーが嬉しそうに飛び回る。

「皆様、ハンフリー様のおっしゃる通りです。あのドラキーからは邪気が感じられません。それに、そもそも邪気を宿している魔物であれば、この修道院には入れないはず…」

「ウルノーガの影響が広がる中で…珍しいな…」

「どうやら、ミスター・ハンが目を覚ましたみたいだな。カジノへ向かうとしても、彼なら話を聞いて方がいいだろう」

「分かった、じいさん」

「うむ。参加していた儂らなら、放しやすいじゃろうからなぁ」

エルバとロウがドラキーの案内され、ハンの眠る部屋へと向かう。

その後ろ姿を見つめるカミュの手はまだ恐怖で震えていた。

 

「意識は戻りましたが、まだ傷が完全に治っているわけではありません。あまり、無理はさせないでください」

「うむ…分かっておるよ」

ハンの治療をしていた若い女性が退室し、エルバとロウがベッドのそばにある小さな椅子に座る。

意識を取り戻したものの、魔物から受けた傷が深いのか、起き上がるのもしんどそうな様子で、体中の包帯と顔についている新しい傷跡が闘士たちの激戦を物語る。

「よぉ…チャンピオンに、俺らを負かした爺さんか。お互い、まだ生きてるなんて運がいいみたいだな…」

「話はハンフリーから聞いたぞい。ブギー率いる魔物たちに挑んだようじゃな」

「ああ…。あの闘技場をぶっ壊し、グロッタの街を乗っ取ったあいつらが許せなくてな。まったく、闘士のくせに束になってもかなわねえとは…笑えるぜ。なんのための力なんだろうなぁ…」

「あまり自分を責めるでない。わしらはそのブギーを倒すために来たんじゃ」

「そうか…。チャンピオンとあんたがいるなら、もしかしたら…まだ望みがあるかもな。だが、正面切って戦うには分が悪い…。俺が逃げ出せた道から侵入出来たら、ちっとはマシかもしれないな」

「そういえば、あんただけが無事に逃げれたと言っていたな。どうやって…?」

「闘技場にはいざというときのための避難通路があってな…。確かに、闘技場はぶっ壊されたが、そこが残っていた。地下街の北側…闘技場のすぐそばにある地下通路を南へ進んで、階段を上っていけば…観客席だった場所にたどり着くことができる…。魔物の攻撃で吹っ飛ばされた時に、偶然そこに入ることが、できたから…」

話せば話すほど、自分の情けなさを感じてしまい、ハンの目から涙がこぼれる。

そこから仲間たちが捕まっていくのを見ていながら、尻尾を撒いて逃げることしかできなかった自分にいら立ちを覚える。

そんな臆病な自分だから、ドゥルダ郷で破門にされたのかもしれない。

「必ず皆を救って見せよう。安心して休むがよいぞい」

「くそ…情け、ねえなぁ…」

 

ハンの情報に従い、エルバ達は地下道を通り、観客席への長い階段を上っていく。

果てしなく続くと思われる長い階段だが、様々な地域を歩いたエルバ達にとってはなんでもないものだった。

「この先に姫が…。あの時、刃を向けたことをお詫びしなければ…」

「そういえば、もしあの時にマルティナを斬ったら、どうするつもりだったんだ?」

「お前を殺した後で、腹を切って、詫びるつもりでいた」

「なるほど…」

そう考えたら、グレイグが躊躇してくれたことはいろんな意味で正解だった。

あくまでも結果論としての話ではあるが。

「カミュちゃんは教会で待っていても良かったのよ?怖いんじゃないの?」

後ろをついてくるカミュにシルビアは心配そうに話しかける。

旅をする中でカミュの訓練をしたが、やはり記憶喪失の影響があり、動きのキレなどが鈍くなっている。

体が覚えている部分があり、本来の動きの一部が見えることはあるが、それでもこれからの激戦のことを考えると心もとない。

「確かに怖いですよ…。けど、俺が見ていないところで死なれるのも、もっと嫌ですから…」

「カミュ様…」

「そろそろだ。みんな、いつでも戦えるように準備しておけ」

出口が見えてきて、エルバ達はそれぞれの武器を手に身構える。

放置されている出入り口から外へ出ると、そこから先には足場はなく、あるのはポーカー台やルーレット台といったギャンブル用とそれで遊ぶ魔物たちだった。

女性だと強調する胸部のある体で、黒い体毛と赤い翼をもつ魔物であるブラッドレディがバニーガールの代わりを務めており、アンクルホーンやベンガルなどをもてなしている。

そして、このフロアの中央にはなぜかバニースーツ姿の人間まで見えた。

「人間…?どうしてここに…?」

「いえ…待ってください!あの姿は…」

「ああ、間違いない。間違いないぞ、これは!!」

セーニャとグレイグはその女性を見た瞬間、目を丸くする。

黒くて長いポニーテールに女性としてはやや長身な上に長い脚。

そして、手に持っている長刀の形状。

間違いなく、その姿はエルバ達が見知ったものだ。

「マルティナ様!!」

「マルティナじゃと…じゃが、捕まっておるのではなかったのか??」

様子を見ると、魔物たちから監視を受けている様子もなければ、拘束されてもいない。

どういうことかと様子をうかがう中、そのマルティナらしき女性がエルバ達に気付いたのか、そちらの方向に目を向ける。

「あら…?エルバじゃない。まさか生きていたなんて。カミュにセーニャ、ロウ様にシルビア、おまけにグレイグも…いいわよ、こっちにいらっしゃい。大丈夫、こいつらは賭け事にうつつを抜かしているから」

実際、エルバ達の名前を出したにもかかわらず、魔物たちからは特に反応がなく、それぞれが遊びに夢中になっている。

隙だらけで罠が仕掛けられている可能性も高い。

だが、マルティナがそこにいる以上は向かうしかない。

「いくぞ、みんな」

「ああ…姫様、今参ります!」

エルバ達は足場のないそこから壁づたいに下まで降りていくと、マルティナのいる中央の広場に足を踏み入れる。

そこで間近でマルティナを見た瞬間、彼女の異変を見ることができた。

肌は不健康な紫色の染まっていて、吸血鬼のように犬歯も長いうえに鋭くなっている。

「あらあら、エルバ。あなた…よく私の餌食になりにきてくれたわね」

「姫様…そんな、まさか、魔物に!?」

「あら…グレイグ。頭でっかちなあなたもここに出入りするなんて…やっぱり、あなたも男なのねぇ」

グレイグのそばに近づいたマルティナが誘惑するかのように自身の胸を腕で持ち上げつつ、グレイグの顎を撫でる。

いつものマルティナならしないはずの香水も使っているようで、その男を刺激する匂いがグレイグの鼻孔に伝わり、彼の顔を赤く染めていく。

「ウフフフ…あんたも刺激がほしいなら、たっぷりサービスしてあげる。ほら、アタシと一緒に遊びましょ?朝まで、しっかりあんたを癒してあ・げ・る」

「ひ、ひ、姫、様…ななななななな、なんと、なんとはしたない!?」

魔物にされた影響だとわかっているが、それでもマルティナの誘惑はあまりにも男を刺激するもので、これをもしモーゼフが見たら嘆き悲しむことだろう。

どうにか理性で自らのスケベ心を抑え込んでいく。

そんな葛藤がマルティナには心地良いが、同時につまらなくも感じた。

「グレイグ…あんた本っ当に、うんざりするほど真面目なのね。で・も、忠実なだけなら、イヌでもできるわよ?そ・れ・と・も、アタシの犬にしてあげようかしら?世界で一番幸せなペットにしてあげるわよ?」

「なんと、破廉恥な!?姫、正気に戻ってくれぇ!!」

モーゼフの嘆き悲しむ姿が目に浮かんだロウが懇願するようにマルティナに呼び掛ける。

魔物になった彼女を元に戻すには言葉による説得は無駄だとわかっているが、彼女のあんまりな姿にロウも冷静さを失っていた。

「マルティナよ、冗談を言って居る場合ではないぞ!打倒ウルノーガの信念を貫くため、わしらにはおぬしの力が必要なのじゃ!さあ、儂らと共に…」

「んもう、相変わらずうるさいジジイね。楽しい雰囲気が台無しじゃないの。だったら、カミュ。あんたを癒してあげましょうか?盗賊だったころは女の子と遊んだりしたでしょ?だったら、アタシと遊んでもいいじゃない?」

「と、盗賊!?俺には、なんのことかさっぱり…」

迫ってくるマルティナに腰を抜かしたカミュはガタガタと震えながら後ずさる。

そんな彼を笑うマルティナはじっと彼の下半身に目を向ける。

「ほら、そんなに震えないで。すぐにいやしてあげるから…」

「駄目です!!カミュ様に手は出させません!!」

怒ったセーニャが2人の間に割って入り、キッとマルティナをにらむ。

「あら、セーニャじゃない。何よ、あんたのカミュを楽しませてあげるだけなのに」

「わ、わ、私の…!?駄目です駄目です駄目です!!マルティナ様でも、それはダメです!!」

顔を真っ赤にしながら、いつものセーニャらしからぬ大声を出して拒否する。

恐怖に染まったカミュには何を言っているのか何もわからない状態だ。

「あら…?じゃあ、あんたが愛しのカミュを癒してあげるの?で・も、そんな体では無理ね。どうせいやすなら、アタシぐらいじゃないと…」

「そんなことありません!!私でも、私でもそれくらい!!」

「やめなさい!!!これ以上のことをしたら、もう収拾がつかなくなるわよ!!!!!」

頭に血が上り、自らの服に手をかけたセーニャにシルビアが制止をかける。

そんな暴走するセーニャにマルティナはケラケラと笑っていた。

「いい?今のアタシにとって、打倒ウルノーガなんて興味ないわ。もう壊れちゃってる世界なんだから、もっと壊してしまえばいいのよ。アタシが興味あるのは、このカジノと、このカジノを作った六軍王のブギー様だけ。この身も心も、ブギー様のものなのよ」

「いい加減にしてください姫様!今はそんなバカげたことを言っている場合ではありません!こんないかがわしい場所、気高き姫様にはふさわしく…」

「うるさいわ…ね!!」

グレイグの腹部にマルティナの蹴りが炸裂する。

強烈な一撃が不意に彼の腹部に衝撃を与え、グレイグの巨体が吹き飛び、柱にぶつかってしまう。

胃の中にも衝撃が感じられ、口から唾と胃液を吐き出すグレイグ。

仮にデルカダールメイルを身に着けていなければ、おそらく内蔵をいくつも粉砕されて死んでいたかもしれない。

「こ…の、蹴り…。人間の力だけではない…。やはり、魔物の力も…!!」

「しつこいのは嫌いなの。だったら、みんなお仕置きしてあげる。まずは…グレイグ。一番しつこいあんたからよ!」

もう一度蹴りを入れようと詰め寄ってくるマルティナ。

その間に入ったエルバは水竜の剣を抜く。

「やめろ、マルティナ!!」

剣を向けるエルバだが、同時にエルバの脳裏に迷いが生じる。

たとえ魔物にされたとしても、今目の前にいるのはマルティナ本人だ。

(マルティナは手加減して勝てる相手じゃない。おまけに、強化までされている。殺すくらいで戦わないと、俺たちが殺されてしまう、だが…!!)

「あら、勇敢ね。けど…スキだらけよ!!」

迷うエルバに真空蹴りを放ち、側面からの鋭い蹴りを受けたエルバもまた吹き飛ばされる。

地面を転がるエルバの手から水竜の剣が離れてしまう。

そして、マルティナ本人は引き続き、グレイグにとどめを刺そうと走り続ける。

「ぐうう…うなれ、業火ぁ!!」

グレイトアックスをどうにか手にしたグレイグが目の前に向けてそれを振り下ろすとともに炎が2人を隔てる。

思わぬ炎にマルティナは後ろへ大きく跳躍して距離をとる。

「へえ…これがグレイトアックス。ブギー様から話は聞いたけれど、すごいわね。グレイグのような単細胞でも呪文が使えるなんて」

「姫様…!」

グレイトアックスを手に起き上がったグレイグは盾を前面に構える形で、その場でマルティナの様子を見る。

斧の刀身が背中に隠れるように構え、深く呼吸をする。

(姫様…このような事態に陥ったは我が不明。必ずや、お救いして償いましょうぞ)

「あら、そんな消極的な構えでいいのかしら?でも…」

側面から飛んできたゴールドフェザー3本で長刀で斬り落とす。

エルバをはじめとした6人が相手では、さすがにマルティナ1人では分が悪い。

「さあ、あんた達!侵入者よ!!ブギー様と私のために、精一杯もてなしてあげなさい!!」

マルティナが口笛を吹き、同時に周囲に魔法陣が出現し、そこから次々とアンクルホーンやブラッドレディ、シャドーサタンなどの悪魔系の魔物たちが出現する。

数十の魔物に包囲される形となり、魔物たちは懐から瓶を取り出す。

「エルバ様、ロウ様!あの瓶は…!!」

「ああ、見間違えるはずがない。この瓶…前にハンフリーが飲んていたもの!!」

「そうね、アラクラトロは闘士たちのエキスを魔力に変換し、マホイミと同じ力を持つ液体を作り上げた。けど、それは1つの結論に過ぎない」

生物のエキスを魔力に変換する実験は古代に行われており、かつてのウラノスもそれの使い手だったと言われている。

彼の場合は自らの血液を媒介に使っており、それによって魔力を大幅に引き上げ、時には魔物の精神をも操ったという伝承もある。

そのウラノスの活躍があったことから魔法使いの中で、その研究が盛んとなり、中にはその力に溺れて、悪用して多くの犠牲者を出した記録もある。

そのことから、現在ではそれの研究が禁じられている。

だが、アラクラトロがそれを使用し、ブギーの配下であろう魔物たちが同じ薬を持っているということは、おそらくウルノーガはそれの研究を行っていると思われる。

「さあ、奴らから奪ったエキスの力を使うがいいわ!」

「あの薬を飲ませるなぁ!!」

嫌な予感がしたエルバが右手の痣を光られ、右手に宿った稲妻でライデインを魔物に向けて放つ。

セーニャはバギマを、ロウはヒャダルコを放ち、魔物たちを蹴散らす。

だが、魔物の数は多く、生き残った魔物たちは薬を飲むと、体から赤黒いオーラを放ち始める。

「遅かったわね…。さあ、お楽しみの時間よ」

キャハハハハと笑う数匹のブラッドレディが上空を舞い、エルバ達に向けてベギラゴンやメラゾーマを放った。


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