ブチャラオ村はとにかく商魂たくましい人々の巣窟だ。
かつて、美女の壁画のご利益を観光資源として村おこしに成功した。
しかし、実はその壁画は人々の命を糧としたものであり、観光客を中心に多くの犠牲者を生み出す危険な代物だった。
それは観光客の中にいたとある強者たちによって倒され、壁画は失われた。
だが、村人はそれすらネタにして壁画のレプリカを大々的に売り出すことで再起した。
エルバ達にとっては一度きりの訪問で会ったとはいえ、これほど村人たちに強い印象を残した村は存在しない。
だが、そのような村でさえ、世界崩壊が生み出した災厄から逃れることはできなかった。
「ここは…本当にブチャラオ村なのか…?」
切通しを抜け、今の村の景色を見たエルバはかつて見たその村と同じ光景とは思えなかった。
観光客でごった返していた広場は今や人気がなく、物を売りつけてくる商人たちの表情も暗い。
かろうじて提灯の明かりがともっているものの、それが無かったらブチャラオ村だと信じることはできなかっただろう。
「あら…やっぱりこの村もどんよりした空気に包まれているわね」
ブチャラオ村だけでも、と思っていたシルビアも分かっていたとはいえ、肩をすくめる。
世直しパレードを結成し、各地を旅したシルビアだが、希望を残している町や村落を見たことがなかった。
「それじゃあ、オラはここで失礼するだ。ここまで世話になっただ。ありがとうな」
村の光景を見たバハトラはエルバ達に頭を下げると、一足先に村の中へと壺をもって戻っていく。
「…塩のこともそうだが、彼が遠くまで行ったのには何かわけがありそうだ。この村の悲壮な空気と関係するかもしれぬ」
「なら、やることは一つね!みんな!!まずはこの村で何が起こっているのかを調べるのよ!そして、みんなを笑顔にするのー!!!聞きこみーーー、はじめ!!」
シルビア達世直しパレードが先発して村に入り、暗い表情などなんのそのと村人たちへの聞き込みを開始した。
「うむ…」
「どうされましたか?グレイグ様」
「いや…あのシルビアという男、どこか引っかかるのだ。ずっと昔に会ったことがあるような…」
「会ったことがある…?シルビアと?」
「そうだ。だが、俺が知る限りあのような女口調をする男などいない。芸についてもまったくと言っていいほど覚えがないからな」
生憎、芸能について知っていることがあるとしたら、今は亡きバンデルフォン王国にあったというバンデルフォン音頭くらいだ。
騎士の道1本で生きてきたグレイグには芸能とはほぼ無縁で、知り合いの騎士とはそんな会話をしたことは一度もなかった。
「いや…俺の考えすぎだろう。俺たちも手分けをして情報を集めるぞ」
「ああ、そうだな…」
エルバ達もシルビアにならうように分かれていき、村人から情報を聞き出し始める。
だが、ナカマ達ですら最初に心を開いてもらうその段階にてこずっている始末だ。
いくら芸を見せても笑う気配がなく、問いかけても頑なに口を開かない。
それはエルバ達も同様で、壁画の事件の功労者である彼らにさえ似たような状態だった。
「あてがあるとすると、あとは…」
思い浮かぶのは先ほどシルビアと共に護衛したバハトラだ。
彼ならば、直近で助けたことから心を開いてくれるはずだろう。
問題は家の場所だが、ノックして声をかければわかるだろうというシンプルな発想で階段を昇っていく。
ちょうど、一番上の教会の有る広場の南東側に唯一民家があり、そこからシルビアとバハトラの声がかすかに聞こえてくる。
「ま、まさか…その声は!!」
「うん…?」
ノックをしようとしたエルバは振り返ると同時に赤髪の男に突き飛ばされ、男はノックもせずに家に入る。
「痛た…なんだ、あいつは…」
地面にぶつけた腕をさすりながら、エルバは彼に続く形で家に入る。
エルバの予想通り、部屋にはシルビアとバハトラの姿があった。
「おめえ…ボンサックか」
「いやぁ、良かった!!息子のチェロンだけでなく、お前までいなくなったと思って、心配したんだぞ!」
彼の無事な姿を見て、かつてエルバ達を無理やり自分の宿屋に泊めさせた男、ボンサックは笑顔になるが、肝心のバハトラはそっぽを向いている様子だった。
村おこしに成功したとはいえ、元々村は狭いコミュニティであり、全員が顔見知り以上の関係だ。
バハトラがやや気難しい一面があることは彼自身も知っているため、この程度の態度であれば、様々な客を相手してきたこともあり、許容範囲内だ。
「あれ…?あなたのおぼっちゃん、いなくなっちゃったの?」
家族のことは初耳だったシルビアは驚いたように彼に問いかける。
話をしていたときは独り身であり、危険を承知で塩を取りに行ったのは家族のいない自分にとっての唯一の知り合いである村人の助けになりたかったからだと言っていて、息子のことなどおくびにも出していなかった。
バハトラは一瞬、ボンサックをにらみつける。
しかし、ため息をつくと今度はボンサックだけでなく、シルビアからも視線を逸らす。
「ふん…チェロンみてえな自分勝手な息子なんて、知らねえだ!」
立ち上がったバハトラはシルビア達に目を向けることなく家を出ていく。
バンと扉が閉じる音が響く中、ボンサックは申し訳なさそうにエルバ達に頭を下げる。
「すみません、旅の方。…バハトラの奴、大事にしていた嫁さんに先立たれちまって、おまけに息子までいなくなったから気が立っているんです。酒浸りになっていないだけでもマシですけど…」
バハトラの妻は気立ての良い女性で、彼とは幼馴染だったこともあり、幼少期からまるで兄妹のように過ごしてきた。
やがて結婚し、息子であるチェロンを授かったものの、彼を生んだ翌年から体調を崩しがちとなってしまった。
せき込むことが多く、時折血を吐く彼女を気遣い、バハトラは彼女の回復する時を願いながら家事仕事を一手に引き受けていた。
しかし、その願いが届くことなく彼女は1年前に死んでしまった。
その日からバハトラはポッカリ胸に開いてしまった大きな穴を埋めるように酒に酔うようになり、チェロンとも口喧嘩が絶えない状態となっていた。
そんな彼を見ていられず、チェロンは時折ボンサックをはじめとしたほかの村人の家に厄介になることもあったという。
「おや…?そういえば、あなた方は…もしかして、あの壁画の呪いを破ってくれたお客さんか!?でも、その格好は…」
「放っておいてくれ。それより、どうして村人は気力を失っているんですか?」
「ええ…、フールフールの仕業です。大樹が落ちてすぐ、ヤツは魔物を引き連れてこの村にやってきたのです」
プチャラオ村は山に囲まれており、それらが熱風と衝撃波から盾になってくれたおかげで死者は出ず、建物も若干壊れるだけで済んだ。
しかし、闇に閉ざされ、魔物が闊歩することになり、いつにもまして物資不足に陥ることになった。
村に残され、帰れなくなった観光客の人々の手を借りながらなんとか過ごしてきたが、そんな時にフールフールが現れた。
学者のような帽子をかぶり、茶色く変色したドクロが飾られた杖を握った、紫で二本足のドラゴンだ。
村を守る戦士が戦ったが、なすすべなく討ち取られてしまい、抵抗できなくなった村人たちを彼は集めた。
そして、村人たちに殺した戦士の死体を見せつけながらこのようなことを口にした。
お前たちの一番大事なものを教えろ、そのものの命だけは助けてやろう、と。
「おびえた私たちはその言葉にすがるように、大切なものを教えたんです…。お金や愛する家族を…」
自分たちは死ぬことになるとしても、せめてそれだけでも守りたいと思った。
ボンサック自身も、妻の命だけはと思い、彼女を教えた。
「しかし…奴は奪っていた!一番大事なものを…妻を!!馬鹿だった…本当に、馬鹿だった…」
死者を丁重に扱わず、脅迫の道具に使うようなあの魔物が約束を守るはずなどない。
そんなことは薄々分かっていたにもかかわらず、魔物の力に太刀打ちできずに口車に乗せられてしまった。
悔やんでも悔やみきれず、自らの手で取り戻すこともできずに絶望しながらも、完全に失ったわけではないために自ら死を選ぶことすらできなかった。
時折、危険を承知で救出に向かった村人もいた。
その人は数日戻ってこなかったが、ある日村人たちにある手紙が送られた。
『大切なものは丁重に保管しているにも関わらず、持ち去ろうとする不届き者がいたことは非常に残念でならない。だが、そのような者は自ら大切なものを守ろうとする勇気ある者だ。そのものの勇気をたたえ、彼の大切なものは特別に返してやろう』
丁寧にスラスラと赤く描かれた手紙と共に、村人たちに送られた荷物は彼と彼が差し出した家族の無残にもバラバラにされた遺体だった。
それは救い出そうとするなら、その人や物を殺すというフールフールからのメッセージでもあった。
そのことがきっかけで、助け出そうにも助け出すことができなくなり、八方ふさがりとなってしまった彼らは絶望に沈むこととなってしまった。
「ひどい…」
「許せないわね…その魔物ちゃん!!アタシ達世直しパレードがさらわれた村人をみんな助け出してあげるわ!!」
「ほ、本当ですか!けれど…奴はずるがしこい化け物ですよ!?それに…」
彼らは壁画の美女から人々を救ってくれた英雄で、腕は立つ。
だが、そんな彼らがもしフールフールの元へ行ったら、自分たちに助けを求められたことに気付くだろう。
そして、人質をなった人々は全員殺されてしまう。
「ご心配なく!アタシたちにお任せあれ!騎士に二言はない、という奴よ!」
「騎士…だと??」
笑みを浮かべて言うシルビアに安心するボンサックをよそに、グレイグはシルビアの言動に違和感を抱く。
彼のことはエルバから聞いており、旅芸人であるにもかかわらず、剣術に長けているうえに乗馬についてもファーリス杯でエルバと優勝争いをするほどの腕前を誇る。
そして、騎士という言葉。
確かに、言動や振る舞いはともかく、騎士としての技量と器量を持ち合わせている。
だからこそ底知れず、だからこそ奇妙だ。
(何者なのだ…奴は…?)
その日の夜、村の明かりが消え、村人たちが絶望の中で寝静まる。
そんな中、3階の客室の1つだけが明かりがともり、そこではエルバ達がボンサックが用意した大きな机を中心に集まって作戦会議を開く。
机の上には村の南の地図と、そこにあるという洞窟の地図の2種類が置かれていた。
「斥候の子が洞窟の中を調べてくれたわ。おかげで、地図を作ることができたわ」
「大丈夫なのか…?見つかったら、村人が…」
「問題ないわ。あの子たちは隠れたりするのが上手なの。足跡も消してあるって」
「むぅ…そんな技量を持つ者がパレードにいるとはな」
「みんな一芸に秀でているのよ。だから、アタシ一人ではできないこともできるようにしてくれているの」
斥候のナカマの情報によると、村の南の洞窟にフールフールを中心とした魔物たちが集まっており、人質や奪った物はすべて一か所に集め、鉄格子に閉じ込めているという。
元々その洞窟はプチャラオ村が大昔に使っていた倉庫だったらしく、使われなくなったことで村人からも忘れ去られていたという。
「落盤でふさがることを想定して、複数入口があるみたいよ。魔物ちゃん達もそれを知っているから、交代で見張りをつけているわ。け・ど、魔物ちゃん達も気づいていない侵入ルートがあるわ」
地図の中でシルビアが指を差したのは山の中腹当たりで、なおかつ南西当たりの場所だ。
底へ行くための道は元々あったようだが、過去に土砂崩れで崩壊して、そのまま放置されたらしい。
「アタシ達がおとりになって、フールフール達をおびき出すわ。そして、隠れるのが得意なナカマで助け出す」
「おとりになるのはいいが、それでうまくいくのか?フールフールは狡猾な魔物だぞ」
策士としての一面があるというなら、ただのおとりでは見破られるだけだろう。
挙句の果てに人質を殺すように動くため、この作戦を実行できるのは1度きりだ。
「それはお任せよ。今、ナカマのみんなで準備をしているわ。フールフールをおびき寄せることのできる、絶好の餌をね」
「餌…?」
「ええ。それは明日のお楽しみに。さあ、みんな。明日の作戦のために今日は休みましょう。夜明け直前に動くわよ」
この時間が作戦実行には絶好のタイミングと言える。
必勝の策だというのか、シルビアはにこりと笑っていた。