ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第66話 剣と十字架

「くぅぅ…!」

「どうしたんじゃ、エルバ!!そんなへっぴり腰では今の儂は倒せぬぞ!!」

「そうは…いう、けれど!!」

青いオーラをまとったロウの鉄の爪による猛攻を魔力の剣で受け止め続けるが、抑えきれずについに剣が消えてしまう。

刃が腕をかすめ、どうにか後ろに下がったエルバは荒くなった息を整えながら今のロウの動きをみる。

「ほほほーーい!まるで若いころに戻った気分じゃ!さあ、どんどんいくぞーい!!」

オーラをまとってからのロウの動きはこれまでと段違いだ。

確かに戦闘中に爪を使った格闘技の動きにはキレがあるものの、マルティナと比較すると劣っており、むしろ相手の力を利用する、受け流すといった動きにたけたものがある。

しかし、今のロウの動きはマルティナ並みの鋭さがある上に、まったく息切れをしていない。

「ほらほら!さっさと集中して剣を作りな!今のあんたはとにかく剣を作るんだ!立ち止まっている暇はないよ!」

背後から聞こえるニマの叱咤とともにシルバーフェザーが飛んできて、エルバの腕に刺さる、

痛みとともに乾き始めていた魔力に潤いが戻ってくる。

エルバは再び魔力で剣を作り上げていく。

「そうだ。何度壊れたって、何度でも作り上げればいい。熱した鉄をたたくのと同じだ。そうして強くしていけ、そして習得しろ!覇王斬を!」

ロウとの実践を始めてから1時間。

最初は幻影を作ることしかできなかったが、今では十数秒だが実体を持たせることが可能となっている。

それを握って、武器の代わりに振るうことはできる。

だが、そんなものは高度な魔法使いであればだれでもできる芸当だ。

その程度で覇王斬が奥義であるはずがない。

「少しやり足りないって感じだね…ロウ!」

「合点承知!ほあああああああ!!!」

ロウもまた、ニマから投げられたシルバーフェザーで魔力を回復させると、今度はその魔力を使って2体の分身を作り出す。

魔力でできた2体の分身はエルバに向けて突撃し、ロウ本人は力を籠める。

「魔力で分身だって!?ああ…!!」

大急ぎで剣を作り出すことはできたが、突然のロウの分身への動揺が魔力にも影響を与えていた。

先ほどは10回程度受け止めてくれた剣がたった1回受けただけで消滅してしまう。

受け止めたときに感じた腕への衝撃から、その一撃は先ほどの物とあまり変わりないことは分かっている。

「何やってんだい!その程度で集中力を切らすとはなってないねえ!」

「く…そぉ!!」

「おんどりゃあああああ!!!」

分身への対応により、本物のロウの動きを見逃していた。

彼はエルバに向けてグランドクロスを放つ。

エルバの視界を真っ白な光が包む。

エルバがいる場所を中心に巨大な光の十字架が発生し、グランドクロスが直撃したエルバは大きく吹き飛ばされる。

落下したエルバはうつぶせに倒れ、体は傷だらけになっていた。

「良かったねえ、ゾンビじゃあなくて。ゾンビがそいつをまともに受けたら、骨すら残らないよ。けど…うかつな動きだったね」

「く…そ…!!」

体中に痛みを感じるが、起き上がれないほどの者ではない。

左手でベホイムを唱え、傷をいやしながら立ち上がる。

どうせニマがシルバーフェザーで魔力を回復させてくれることは分かっているため、出し惜しむ必要はない。

「再び立ち上がったことはさすがじゃ。じゃが…儂はまだまだ動ける。またグランドクロスをまともに受けるだけじゃぞ?」

再び2体の魔力の分身を作り出す。

ロウの言葉はまともにそれを受けたエルバが一番よく知っている。

(だが…どうすればいい?どうしたら、グランドクロスを止められる…!?)

攻撃を受けるにはどうしての剣で受け止めなければならない。

だが、それで守りに回ったとしても同じことの繰り返しだ。

(さあ…エルバ。こんなことをしていても、覇王斬は完成しない。ここからが正念場だよ…)

剣は形になった。

そこからあと一歩踏み出した時が覇王斬完成の産声となる。

「ほおおおおお!!!」

再び2体の分身がエルバに向けて突撃していき、ロウ本人はグランドクロスを放つ準備を始める。

今度は分身することは分かっていたために集中力が途切れることなく、剣は分身による爪の攻撃を受け止め続けるが、そこから先の糸口がつまめない。

ふと、エルバはグランドクロスを受けた瞬間のことを思い出す。

魔力で分身を作り、動かすことはそれだけでも多くの魔力を消耗する。

グランドクロスを放つことを考えたらなおさらそうで、それをためきってから放つそのわずかな時間、その分身たちの動きが止まっていた。

「だったら…!!」

こうなったらどんなに滑稽な行動だと思われようがやるしかない。

分身の動きが止まった瞬間、エルバは持っているその剣をロウに向けて投げつける。

「うおっとぉ!!」

急に飛んできた剣に驚いたロウはグランドクロスを解除してその剣を避け、目標を失った剣は床に刺さって数秒後に消滅する。

魔力で剣を作ることだけをこの時間何度もやり続けたことで、体から離れたとしてもすぐには消えないくらいには進歩していた。

追撃のため、再び魔力の剣を作ろうとするエルバは先ほどの剣のことを考える。

(何が違うんだ…覇王斬と、他の剣技の違いは…)

エルバは剣技の名前と魔力で剣を作ること以外にニマからは何も教えられていない。

訓練の中でニマに言われた言葉を思い出していく。

(ほらほら!さっさと集中して剣を作りな!今のあんたはとにかく剣を作るんだ!立ち止まっている暇はないよ!)

「剣を…作る…とにかく…」

「エ、エルバよ??どうしたのじゃ?こんのか??」

急に動きを止めたエルバにさすがのロウも何かあったのかと思い、動きを止めてしまう。

そんなロウを見たニマはすかさずロウのトラウマであるお尻たたき棒を出す。

「何をやってるんだい、ロウ!!あたいがいつ攻撃を辞めていいと言った?丸腰なら大チャンスじゃないか!さっさと攻撃しろ!」

「し、しかし大師様。そんな…」

「いいから戦いな!尻を叩かれたいか!?」

「い、いいえーーー!!済まぬな、エルバよ!覇王斬習得のため、心を鬼にするぞい!!」

覚悟を決めたロウは分身を作り出し、3人がかりで魔力をため始める。

その手には十字架状の魔力の光が発生しており、グランドクロスを放つ準備を整えていく。

3発ものグランドクロスを同時に放つ、今のロウにとっての全力だ。

その一発を今のエルバにしのぎ切ることはできない。

だが、エルバはその一撃が放たれるにもかかわらず、考えに浸るだけだ。

(そうだ。何度壊れたって、何度でも作り上げればいい。熱した鉄をたたくのと同じだ。そうして強くしていけ、そして習得しろ!覇王斬を!)

「熱した鉄…この剣は…」

エルバは再び魔力の剣を左手で作り上げる。

そして、右手に拳を作ると、その拳に魔力が帯びる。

「何!?」

「ほぉ…」

「うおおおおおお!!」

エルバは作ったばかりの魔力の剣に右拳を力いっぱいたたきつける。

拳を受けた魔力の剣は粉々に砕け散るとともに、オレンジ色の強い魔力の光が発生する。

しかし、発生した光は目くらましになるだけですぐに消えてしまう。

「もう1度だ!!」

すかさずエルバは何を考えたのか、再び魔力の剣を生み出し、再びそれを拳で叩き壊す。

目くらましになるとはいえ、あくまでもその程度。

「いくのじゃ!!」

再び分身を生み出したロウは分身と共に目を閉じたままエルバに向けて突撃し、一撃離脱の要領で彼を爪で何度も攻撃していく。

(修行を怠らなかったって言葉、嘘じゃないみたいだね。心眼の心得を今も覚えている…)

ドゥルダの格闘術の中で、相手の挙動と周囲の環境を頭の中で思い浮かべ、それに従って動く。

視力や聴覚に頼ることのできない状況での接近戦の心得の一つだ。

賢者であると同時に武闘家でもあるロウも当然、その心得を習得しているから、目がくらんでも問題なく動くことができる。

攻撃を受けているにもかかわらず、それでもエルバが行ったのは魔力の剣を作り出し、受け止めて隙ができると同時に自らその剣を破壊することだった。

無意味とも思える行いをいつまでも繰り返し、ロウの視界が回復する。

(さあ…エルバ、あと少しだ。もう少しでできるかもしれないよ?)

剣を壊し続けたエルバを見たニマはかつて自分も行った覇王斬の修行を思い出す。

ニマもまた、覇王斬完成のためにエルバと同じような何度も魔力の剣を壊したことがある。

ニマの場合はそれでも覇王斬にたどり着くことができなかった。

だが、エルバの場合は少しずつ変化が見えてきた。

少し離れた場所から見たからこそ分かるのだが、壊したと同時に発生する光が剣のような形になっていた。

「うおおおお!!」

もう何度目か分からないくらい、エルバは再び魔力の剣を叩き壊した。

右拳は何度も殴ったことで血が流れており、真っ赤に染まっている。

だが、傍から見たら無意味に見えるかもしれないその行いがついに実を結ぶことになる。

「こ、これは…!!」

「ああ…」

砕けたことで生まれたまぶしい光が上空で巨大な剣へと姿を変える。

それはまっすぐにロウに向けて落ちていき、すさまじいプレッシャーを感じたロウは大急ぎで後ろへ飛ぶ。

落ちた剣は深々と地面に突き刺さると同時に爆発し、大きなクレーターを作り出した。

「これが…覇王斬…はあはあ…う!!」

巨大なクレーターを見て、覇王斬を習得したのだと思ったエルバはようやく右手の痛みを自覚し始めたようで、痛みで顔をゆがめてその場で膝をつく。

「み、見事じゃエルバよ!まさかローシュ様しか習得できなかった覇王斬を覚えるとは!!さすがは我が孫じゃ!ほれ、儂が治してやろう」

血まみれのエルバの右腕を包むように両手をかざしたロウはベホイムを唱える。

優しい緑色の光がエルバの右手をいやしていく。

そんな二人にニマが拍手をしながら歩いてくる。

「見事だよ、エルバ。まさかわずかなヒントで覇王斬を習得するとはね。何もできないじゃないかって思ってしまったけど、どうやら取り越し苦労だったようだね」

「…最初から魔力の剣を自分で壊せば放てると教えてくれてもよかったでしょう?」

結果として、ニマの言葉でそこにたどり着くことができたが、それを教えなかったことでエルバに何をさせようとしたのか。

本当は思惑を教えようとは思わなかったが、ローシュ以来習得できなかった覇王斬を習得したエルバには言っておくべきだろうと思ったニマは口を開く。

「師匠も親も、どうしても一言足りないものさ。弟子というのはそれを埋め合わせて、飲み込んで、己の技にする。確かに教えられたものかもしれないけど、自分なりに考えて、手に入れたものをね」

習得した覇王斬も、もしかしたらローシュが本来発動したそれとは違うものかもしれない。

しかし、重要なのは己の血肉となっているか否かだ。

ニマはニヤリと笑いながらエルバの胸を叩く。

「覇王斬はあんたの心の剣だ。心の剣が折れない奴は誰にだろうと負けない。だから、鍛え続けるんだ。あんたの拳で、あんたの力で…決して折れない強き剣に」

「強き…剣…」

「ま、こんな厳しい修行に耐え抜いたあんたなら大丈夫さ。これでもうあんたも立派なあたいの弟子だよ」

「ニマ大師…」

冥府には似合わない、心地よい安らぎのある空気がエルバ達を包む。

エルバもロウも、ドゥルダの奥義を手にして、強くなることができた。

その偉大な一歩を認め合う。

だが、そんなささやかな安らぎも許されないのが命の大樹なき世界だ。

「…!!」

「これは!!」

殺気を感じたエルバ達の視線が一直線に、真っ黒な空に向けられる。

そこから渦が生まれ、その中からまがまがしい黒の光を宿す触手が出てくる。

「見つけたぞ…」

「その声は…まさか!!」

「ウルノーガ…」

聞こえるのは声だけで、本体の姿はどこにも見当たらない。

触手が本体だと思いたいが、それも違うようだ。

間近でウルノーガに触れられた時に感じた冷たい気配と背筋に感じた恐怖心はそこからはわずかしか感じられない。

「ほぉ…冥府で貴様に会えるとはな…。ただのエルバよ。貴様から頂いた力は良き物ぞ…」

「事情はロウから聞いているよ。魔王ウルノーガ、魔王を名乗るのに勇者の力なんて不釣り合いじゃないのかい?さっさと返してやりなよ」

「ふっ…魔王などに満足するわけがなかろう…。我が望むは…神。光も闇も奪い尽くす神」

「はっ、そんなものに簡単になれるなら、誰も苦労はしないんだよ!!」

「だが、その道もあとわずか。さあ…死滅した世界で這いずり回る虫けらどもよ…。ここで滅ぼしてくれよう!!」

「いけない!!ロウ、エルバ!!あたいの近くに!!」

ニマの言葉に反応し、2人は彼女のそばに駆け寄る。

触手は鋭くエルバ達に向けて襲い掛かり、ニマはとっさに両手から魔力を放出して結界を張る。

結界に接触した触手はそれて結界の周りの床に突き刺さる。

分厚く頑丈な床をたやすく貫通する破壊力にニマは冷や汗をかくとともに改めてウルノーガが得てしまった力の大きさを感じずにはいられなかった。

「ちっ…魔王の力を甘く見ていた!!」

「ふっ、よくしのぐ。だが、貴様の力の底は知れた!早々に消滅するがいい!!」

焦るニマの様子が見えたのか、ウルノーガの触手が何度も結界を叩くように襲い掛かる。

「た、大師様!儂も…」

「駄目だ!ああ…もう、もっと2人に教えたいことがあったというのに、忌々しいやつだよ!!でも…こうなったら仕方ないね!この場であんた達に最終奥義を授けるよ!!」

「最終奥義ですと!?それは儂が覚えたグランドクロスではなかったのですか!?」

「それは…違う!!ローシュとウラノスが力を合わせて放つ合体技。これこそが初代大師が生み出した、ドゥルダの最終奥義!!」

覇王斬と共に使い手がいなくなったことで伝承のみで伝えられた奥義。

だが、エルバが覇王斬を、ロウがグランドクロスをそれぞれ習得したことでそれは可能となった。

1人が2つの奥義を習得したとしても、それを最終奥義につなげることはできない。

互いに奥義を習得するからこそ、その最終奥義は意味を成す。

「さあ、二人とも…準備はいいかい!?はるかなる時を越えて、もう1度伝説を繰り返すんだ!アンタ達が放つ最終奥義!これをアタイの冥途の土産にしてくれ!!」

「大師様…」

根性の別れと言わんばかりのニマの言葉にロウは涙を浮かべる。

よく見ると、結界の力の代償なのか、徐々に若々しかったニマの肌に皺が出て来て、それが腕だけでなく顔にも出てくる。

おそらく、この結界はニマが郷を守るのに発動したものと同じもの。

「嘆くな、ロウ!!一度は死んだアタイが勇者と愛弟子の未来の道標となるんだ!その上、魔王をぶちのめす最終奥義まで手にできた!それで…本望ってものさ!!」

「大師様…」

ニマは今、消えていくことすら恐れることなくエルバと共に自分を守ってくれている。

後ろには扉があり、触手によって砕かれているため、そこから逃げることもできる。

しかし、ここで尻尾を巻いて逃げてしまったら、ニマの覚悟は無駄になる。

そうなったら一生ニマのことを師と仰ぐことができなくなる。

「大師様…ふたたびお目のかかれて光栄でございました!いくぞ、エルバよ!!」

「ああ…爺さん!」

「…ありがとうよ。さあ、あたいの掛け声に合わせて技を放ちな!チャンスは一度っきりだ!!まずはロウ!!上空に向けて力いっぱいグランドクロスを放て!」

「合点承知ぃ!!」

これが師匠であるニマに見せることのできる最後の勇姿であり、精一杯の感謝を示す時。

ロウは全身全霊を込めてグランドクロスを上空に向けて放つ。

上空で青く燃え上がる十字架が生まれ、その光を浴びた触手の動きが若干鈍る。

「これは…ドゥルダの奥義!!老いぼれも、そのような技を…!!」

「さあ、今だよエルバ!!覇王斬を!!」

「はああああ!!」

生み出した魔力の剣を叩き壊し、巨大な剣へと変化させると、それがまるで重力に引っ張られるかのように十字架の中央へと向かい、それを貫く。

「はあああああ!!」

「ぬおおおおおおお!!!」

2人の体を魔力が駆け巡るとともに、同時に青いオーラを纏う。

すると、魔力の剣が螺旋を描くように回転をはじめ、それに合わせるように十字架も回転し始める。

「そうだ!これが…ドゥルダの伝わる真の最終奥義!!」

かつて、共に修行をして絆をはぐくんだローシュとウラノスが手にした奥義。

同胞の絆が生み出した技を家族の絆が放つ。

「光の星雲、グランドネビュラだ!!」

十字架の炎が剣を包んでいき、星屑のようなきらめきを放ち始める。

剣は一直線に渦に向かって飛んでいき、その進路を阻む触手を切り裂いていく。

「エルバ!!」

呼ぶ声を聞いたエルバはニマに顔を向ける。

グランドネビュラ成功と触手が切り裂かれたことで結界を解いた彼女はなぜか白い光に包まれており、徐々にその姿を消しつつあった。

すべての力を使い果たした、エルバの直感がそうささやく。

おそらく彼女はここにとどまる魂達の元へ還り、命の大樹がよみがえらない限りはただ消滅するという運命へと戻ることになるだろう。

「悲しむんじゃないよ…。見せてくれよ?ローシュではなく、エルバ。あんたが作り出す勇者の伝説を…」

「ニマ大師!!」

グランドネビュラが渦を貫いた瞬間、周囲がまぶしい光に包まれ、エルバの視界を白く消し去っていった。

 

「ニマ大師!!」

視界が元に戻り、右手を伸ばしながら叫ぶエルバだが、そこは冥府の修練場ではなかった。

赤く塗装された天井に足元を毛布が温め、体は茶色い布の服で包まれていた。

「ここは…」

見覚えのあるその部屋は大師の間であり、ドゥルダ郷でエルバが宿泊した場所だった。

山頂にいたはずの自分がどうしてここにいるのか?

ロウとニマ大師はどうなったのか?

疑問が浮かぶ中で駆け足の音が聞こえ、勢いよく扉が開く。

「エルバ様!!」

「セーニャ…」

おそらく、先ほどの声を聞きつけたのだろう、セーニャが息を荒くして駆け寄る。

そして、目を覚ましたエルバを見た瞬間、ひざを折って涙を浮かべながら彼を見つめる。

「エルバ様…目を覚まされたのですね…良かった…良かった…」

「すまない、心配をかけた…」

ロウを助けるために必死だったとはいえ、セーニャやグレイグを不安にさせてしまった。

涙を流すセーニャに詫びるが、セーニャは首を横に振り、涙を指で拭う。

「俺は…確かに、山頂にいて、そこから…」

「はい、無事に戻ってまいりましたが、衰弱していました。ですので、私たちが郷まで戻したのです。そして、それから2週間ずっと眠っていらっしゃいました」

「2週間もか…」

「仕方ありません。冥府にまで行っていたのですから…。これから、グレイグ様とロウ様をお呼びしますわ」

頭を下げたセーニャは2人を呼びに大師の間を後にする。

再び1人になったエルバは再び布団に横になり、目を閉じてニマの最期の言葉を思い出す。

(悲しむんじゃないよ…。見せてくれよ?ローシュではなく、エルバ。あんたが作り出す勇者の伝説を…)

「俺が…作り出す…」

勇者の生まれ変わりなどというが、どこまでいこうとローシュはローシュであるように、エルバはエルバでしかない。

その人そのものにはなれないだろう。

(勇者の力を失った俺に、作れるのか…?勇者の伝説を…)

 

「おお、エルバよ。ようやく目が覚めたか。良かったわい」

しばらくして、大師の間に入って来たロウはエルバの無事な姿を見て安堵の表情を浮かべる。

「あ、ああ…爺さんも」

「どうしたのじゃ?どうも戸惑っているようじゃが」

「いえ、おそらくはすっかり元通りに戻ったので、驚いているのでしょう。運び込んだ時はもう骨と皮だけでしたから」

無事に冥府から戻って来た時のロウを間近で見てしまったグレイグはそのことを今でも焼き付いている。

死体同然の彼が何の前触れもなく急に身を乗り出した動き出し、それがどれほどの恐怖だったか。

ロウが目を覚ましたのは3日前で、それまではずっとあの姿のままだった。

しかし、今のロウはもうすっかり見慣れた姿に戻っていた。

「フォッフォッフォッ!あんなもの、大師様からの修行と比べればなんでもないわい!メシを食えば、すっかり元通りじゃ!」

「そうですわね。あそこまで食べられているお姿を見たときは驚きましたわ」

「修行の後のメシは大事じゃからのぉ。おいしくておいしくてたまらなかったわい!」

復活してからのロウはただひたすらにご飯をほしがっていた。

そこでサンポの命令により、厨房はロウのために料理を作り続けてくれた。

そして、ロウは骨と皮だけの姿だったにもかかわらず、そうとは思えないくらいバクバクと食べていき、みるみるうちに元通りに戻ってしまった。

「エルバ様、ご無事で何よりです。冥府での修行、大変お疲れさまでした」

「サンポ大僧正…。ニマ大師は…」

「ニマ様の夢はドゥルダに伝わりし最終奥義の伝授でした。それを見届けることができた。本望だったでしょう」

「そうじゃな。セーニャ。また会えてうれしいわい。グレイグ、儂が冥府に行っている間、2人が世話になったようじゃな。礼を言うぞ」

「それには及びません。これまでの無礼を考えれば、当たり前のことをしたまでのこと。むしろ、こちらがお詫びする立場です…」

敬礼し、頭を下げるグレイグにロウは静かに首を横に振る。

「いいんじゃ、グレイグよ。そなたもまたウルノーガに運命を翻弄された哀れな男。わしらと同じじゃ。そんなおぬしをどうして責めることができよう」

「ですが、ロウ様。これから私たちはどうしましょうか?ここに行けば、何かこれからの手掛かりをつかめると思ったのですが…」

ロウと合流できたとはいえ、それでもまた行くべき道を失ったことには変わりない。

それを聞くことができるかもしれないニマももうすでにいない。

肩を落とす3人にロウは笑みを見せる。

「心配には及ばん。手がかりはつかんでおるぞ」

「え…?」

「儂が3日ずっとメシを食って居ったわけではない。儂は大師様が遺した書物を調べたのじゃ。その中で、先代勇者ローシュ様が神の乗り物に乗っていたという文献があったのじゃ」

「神の乗り物?それは…」

「詳しくは分からんが、それを手に入れることができれば、天空にいる魔王を倒す力となるやもしれん。故にもう1度世界を巡り、皆を集める。皆、あきらめの悪い連中じゃ。必ずどこかで生きておる。最終目的地はラムダの里じゃ」

「ラムダの里へもう1度…か…」

神の乗り物という雲をつかむようなあいまいな情報だが、なにも手掛かりのない今のエルバ達にとってはすがらずにはいられない情報だった。

「神の乗り物…私もお姉さまも聞いたことはありません。何かラムダの里に手がかりがあればいいのですが…」


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