「おおお、おおおおお!!」
「どうしてだ…どうして、僕は死ななくちゃいけないんだ…」
「あんまり、あんまりよ…。もっとやりたいこともあったのに、どうして…」
徐々に蘇ってくる聴覚に老若男女問わず、怨嗟の声が響く。
そのすべてが、おそらくは世界崩壊とともに死んでいった人々の魂だろう。
足元からだんだんと冷たい泥を踏んだような感覚が遅い、目を開く。
そこは真っ暗な場所で、どこを向いても同じ真っ暗な空間で、方向感覚を失ってしまう。
どこへ進めばロウに会えるのか分からず、周囲を見渡す中で、突然何かがエルバの足元をつかむ。
「これは…!!」
「生きた…魂??どうして、ここにいるんだ?」
「なぁ、なぁ…こっちへ来いよ。お前だけ生きた魂なんて、不公平だろう??」
「お兄ちゃんもこっちへ来てよ…みんな、一緒…」
「くっ…離せ!!」
つかんでくる腕を振り払いながら、エルバは前へ進んでいく。
振り払った腕もまた泥でできていたようで、肌と髪、そして服を黒い泥で濡らしていく。
だが、何度振り払っても次々と泥の中から腕が伸びて来て、エルバをつかみ、引きずり込もうとする。
「これが…死者の声…」
本来なら、命の大樹へ還るはずだった魂達。
安らぎを得ることができたはずなのに、命の大樹を失ったことで、行き場を失い、さまよい続けている。
それに疲れ果て、命というもうすでにないものを持っているエルバの存在を許すことができないのだ。
「やめろ…やめろぉ!!」
「ふふふふ…どうだ?もう1人の俺、守れなかったものの味は」
「くそ…ここで、出てくるな…!お前は引っ込んでいろ!!」
もう1人の自分の声が響くとともに、それを振り払うように声を上げる。
しかし、次の瞬間、小さな腕がエルバの目をふさぐ。
目を覆う程度の小さいもので、その正体を察したエルバは凍り付く。
その頭上には黒い泥でできた赤ん坊の姿があった。
「どうした…?こういう時こそ俺の出番だろう?奴らをねじ伏せてやるからよぉ」
「ふざけるな…!また、彼らを…」
「苦しめる…?現在進行形で苦しんでいるから、そう変わりないだろう?というより、もうこいつらの魂は消えるだけ。それがほんの少し早まるだけだ。むしろ、慈悲深いんじゃあないのかぁ??」
「それは…」
「なら、俺が後戻りできないようにしてやる…よぉ!!」
急にまだつかまれていないエルバの両手柄が勝手に頭上の赤ん坊をつかむ。
そして、泣き始めるその泥を握りつぶした。
更には両手からベギラマを放ち、襲ってくる泥の腕を焼き尽くしていく。
「やめろ…やめろぉ!!」
「おい、こうして阻んでくる奴らをねじ伏せて、道を作ってやってるだろう?どうして喜ばない??矛盾しているぞ!!」
襲ってくる泥を呪文で容赦なく砕いていくとともに、先へと進んでいく。
しかし、死者の魂もそう簡単に道を開けてはくれない。
集まりはじめ、エルバの目の前で巨大なクジラへと変わっていく。
「大物か…甘っちょろい主人格の変わりに殺してやる!!」
もう1人のエルバが再びベギラマを放とうとする。
しかし、その直前に背後から光が飛んできて、それが槍となってエルバの背中から腹部を貫く。
「あ、ああ…」
「なんだよ、これ…ふざけた技を…」
もう1人のエルバの声が聞こえなくなるとともに、エルバ本人も激しい痛みでその場にうつぶせで倒れる。
足音が近づくと同時に、倒れたエルバを食らおうとクジラが顔を近づける。
「まだ痛みを感じるだけの感覚は残っているようだね、間に合ってよかったよ」
誰か女性の声が響くとともに、クジラの頭部にもエルバを貫いた光の槍が突き刺さる。
「悪いけど、少しだけ眠っていてもらうよ。大樹がよみがえるまで、我慢するんだね」
どうにか頭を動かしたエルバは声の主の姿を探ろうとする。
薄赤い着物を纏った肌で、クリーム色の長い髪をした女性が見え、ゆっくりとエルバに近づいていく。
「あんたの中で悪さをする奴は黙らせたけど、あんたにも痛みがあったみたいだね。ま、傷ついたわけじゃないんだ。悪く思わないでおくれよ」
「だ…れ…?」
冥府にいるにもかかわらず、また気絶してしまう自分を不思議に思いつつ、彼女の正体への答えを求めながら、エルバは目を閉じた。
「ほら…とっとと起きな。いつまでも寝ているわけにはいかないだろう?」
気絶してから聞こえなくなった声が再び聞こえるようになり、ぼやけた視界が冷たい石の天井を映す。
だんだんと視野が元通りになっていき、起き上がるとそこにはエルバを助けた女性の姿を見つめる。
「ここは…」
「ようやく目を覚ましたね。まったく、ここまでぐっすり眠られると、死者の仲間入りしたんじゃないかって思ってしまったよ」
やれやれ、と首を横に振った女性は起き上がったエルバをじっと見つめる。
彼の顔を見るとともに、ため息をつきつつ天井に視線を向ける。
「まったく、世界が崩壊したことで、人もおかしくなってしまったのかね。生きているのに、自分から進んで冥府に来るなんて。そんなバカ者を2人も見るなんてねえ」
「2人…?まさか、あの…!?」
もう1人のことがまさかロウなのかと詰問しようと急に起き上がったエルバだが、急に腹部から感じた痛みでその場にうずくまる。
腹部に手を当てるが、そこには痛みの正体と思える傷は一つもない。
にもかかわらず、刺されたような痛みを今も感じさせている。
「まったく、すぐに動くものじゃないよ。収まったとはいえ、副作用が伴うんだ。少し休むんだね」
「そうは言ってられない。俺には、探している人が…」
「だったらなおさらさ。そいつのためにも、休むんだよ。あと10分くらいで収まるから」
ま、冥府に時間の概念なんてないがねと付け足した彼女が指を鳴らすと、そばに向き合うように2つの椅子とテーブルが出現し、その一方に腰掛ける。
彼女が右手でもう一方の椅子を差すと、エルバはゆっくりと起き上がり、背もたれに身を任せる形で座った。
「さて…魔王なんてものが大樹を壊してしまったせいで、今ではここにいる命すべてがそのまま消え失せる運命にある。もう多くの命が消えちまったのを見たよ。おまけに、魔王は勇者の力と大樹の力まで手に入れた。命の循環、光と闇、すべてを得た魔王は無敵さ。多分、ローシュが生き返ったとしても無理だろうね」
「すべてを得た…か…」
彼女の言う通り、今のウルノーガは世界のすべてを手に入れたと言っても過言ではない力を持っている。
仮にウルノーガが邪悪の神だというなら、既にその枠を超えているのかもしれない。
「だが、倒さないといけない」
「何を言ってるんだい。只の人間に勝てる相手じゃあないさ」
「ああ、そうだ。今の俺には何も力はありません。でも…」
だが、そんな彼を倒さなければ世界をよみがえらせることも、消えていこうとする命達を救うこともできなくなる。
そして、グレイグをはじめとした抵抗する者たちの力はまだ生きている。
その力をつなげていき、ウルノーガに対抗する力にする。
それが命がけで救ってくれたセレン、そして村で待っているエマ達への約束だ。
「まったく、まだまだあきらめの悪い奴だよ。でも、あんたの中にいる奴は危険だね」
「俺の中の…」
「ああ、そうさ。どういう理由で生まれてしまったのかは聞かないことにするけど、見た限りはどうしようもないくらい悪意に満ちている。ま、そいつのおかげで今のあんたは冥府に取り込まれずに済んだけど」
クレイモランの時からずっと感じているそのもう一人の自分が与える恐怖がよみがえるとともに、震える手を見つめる。
「人間である以上、誰でも光と闇は持ってるものさ。厄介なのはその一方が強い奴ほど、もう一方も強いって話だ。勇者と邪悪の神というのは案外カードの表裏みたいな存在かもしれないね。その両面のカードを手に入れた奴に立ち向かうなら、まずはあいつと同じ土俵に立てるか、それにかかっているかもしれないね」
「奴と…同じ土俵に…!?」
徐々に目の前で座る彼女の姿がぼやけ始める。
彼女も体から出る光を見てそれに気づいたようで、エルバを安心させるように笑みを見せる。
「安心しな。あんたの探し人はこの先さ」
その言葉を最後に彼女は姿を消し、同時に彼女の背後の壁だった場所に大きな扉が出現する。
エルバが立ち上がると同時に椅子も机も消え、ゆっくりと扉へ歩を進めていく。
未だに痛みは消えないが、その先にロウがいるというなら話は別だ。
彼女が何者で、なぜ助けるような真似をしたのかを疑問に抱きつつ、エルバは扉を開く。
扉の向こうは大修練場とよく似た殺風景な空間が存在する。
そこで修行するような人間など一人もいないはずだが、唯一の例外がそこにいた。
「ふううううう…」
修行僧の袈裟を纏い、首にヒスイのペンダントをぶら下げた小柄な老人は深呼吸するとともに、全身から自らが秘める魔力を解放していた。
魔力を維持したまま、老人は舞をはじめ、それに従って足元に魔法陣が出現していく。
それを見たエルバは最初、彼の名前を呼ぼうとした。
しかし、彼から発するプレッシャーが扉のそばにいるエルバにも届いており、それが彼をためらわせた。
「奴が世をはかなんで自ら死を選んだ?むしろ、その逆さ」
「え…?」
急に先ほどの女性が隣に現れ、微笑みながら舞うロウを見つめていることにエルバは驚きを見せる。
そんな彼の反応を見ることなく、彼女はしゃべり続ける。
「あいつはあきらめていないよ。魔王をぶちのめすことをね。あいつは傷だらけになってドゥルダ郷にやってきて、そして冥府に来てまであたいに会いに来たのさ。郷に伝わる奥義を習得するためにね」
「あなたに会いに…?まさか、あなたが…」
「そうさ。あたいがニマ。今ここにいるロウの師匠で、もしかしたらあんたの師匠になるはずだった人間さ」
「そんな…あなたが爺さんの…!?」
見た限り、若々しい彼女はとてもロウよりも年上で、生きていたとしたら百歳は優に超えているかもしれない女性とは到底思えない。
そんなエルバの驚きをよそに、ニマは魔法陣を描き続けるロウを見る。
「今彼がやっているのは奥義習得の儀式さ。体中に魔力を放出させて舞い続けて、大樹の魔法陣を描く。それを成し遂げたとき、習得する。ドゥルダ郷に伝わる奥義を、ね。ここに来てから、とにかく動き続けていたよ。今の扇の習得もそうだし、秘術についても。体が自由に動く年齢でもないのに、本当無茶するよ」
修行をしていた時代は情けない姿を何度も見せて、そのたびにお尻たたき棒でたたいていた。
それだけであればただの落ちこぼれだが、ロウの場合は違った。
彼には最後までやり遂げようとする強い意思があり、厳しい修行も結局は最後までやり遂げてきた。
それがどんなに無茶なことであろうと。
そうした無茶をする遺伝子はしっかりとエルバにも受け継がれているように思えた。
だが、舞を続けているロウの体に限界が近づいており、汗を流す彼の動きが鈍くなる。
それが魔力にも表れており、描かれる魔法陣にズレが生じ、やがてロウの動きも止まる。
そんな彼を見たニマは即座にどこからかお尻たたき棒を出す。
「ロウ!!甘ったれるな!またお尻を叩かれたいのかい!!」
ニマが見る限り、魔法陣完成まであと少し。
奥義習得までこれまでにないくらい近づいている。
ここで動きが止まってはまた一からのやり直しとなってしまう。
彼女の喝と幼少期に抱いたお尻たたき棒への恐怖が疲れ果てた体に鞭をうつ。
再び動き出し、乱れた個所からやり直していき、魔法陣を修正していく。
そして、舞の締めとして右足を力強く踏み込むと、描き切った魔法陣が強く光り出し、ロウの体から放出される魔力も活性化していく。
「ぬおおおおおおおおおお!!!!!」
あふれだす魔力を制御しつつ、両手に凝縮させていき、それが青く燃える炎の球体へと変わっていく。
「おんどりゃあああああああ!!!!」
叫びと共に空へ向けてその球体を投げつける。
宙を舞うその球体を中心に青い魔力の十字架が上空に出現し、暗い冥府の空を照らす。
「あの野郎、やりやがったね。たまにはかっこいいところを見せてくれるじゃないか」
上空の十字架を見つめるニマは笑いながらお尻たたき棒をしまう。
だが、これですべてが完了したわけではない。
最後にロウは放出され続ける魔力を鎮めるべく、深く深呼吸しながら体を落としていく。
彼の体を纏う魔力は消えていき、足元の魔法陣もそれに合わせて消滅した。
終わった瞬間、ロウはニマに向けて振り返り、先ほどまで疲れなどどこへやら、たったかと彼女の元へ駆け寄る。
「うひゃひゃひゃーーー!大師様、ついにやりましたぞ!わしの勇姿を見ておられましたか!」
「根性無しのあんたにしたら、頑張ったじゃないか。しょうがない。褒めてやるよ」
「なっななな、なんと!大師様、今わしのことを褒めましたな!わしのこと褒めましたよねぇ!おひょひょーい!大師様のほめられるとは何十年ぶりか!そのお言葉だけでご飯十杯はいけますぞい!!」
スケベではあるが博識で冷静な彼しか知らないエルバはロウの子供っぽいふるまいに戸惑う。
おそらくそれもまた彼の一面であり、きっと両親や師匠の前ではそうした言動とふるまいをすることができたのだろう。
「はぁ…まったくあんたは調子に乗りすぎて大事なことを見落としてるんじゃないか。横を見な」
「横…??」
ゆっくりとニマの隣に目を向け、そこに立っているエルバを見る。
「爺さん…」
呼ばれたロウは信じられないかのように目を大きく開き、何かの冗談かと思いニマに顔を向ける。
いつも通りの表情を見せる彼女から今ここにいるエルバが本物だと確信する。
「な、なんと…まことなのか?エルバよ…おお、エルバ!!死んでしまうとは何事じゃ…!!」
エルバをはじめとした全員が生きていることを信じ、いつか共に戦うときのためにこの奥義を習得し、秘術も学んだ。
しかし、世界の希望の象徴であり、自らの孫であるエルバが既に死んでしまっていたとあっては、いったい何のためにここで修業をしてきたのか。
すべてが無駄だったのかと涙を浮かべる。
「落ち着きな、ロウ。早とちりはあんたの悪い癖だよ。エルバは生きている」
「生きて…いる??」
「本当だ、爺さん。あんたを冥府から引っ張り出すために来たんだ。ドゥルダ郷のサンポ大僧正の力を借りて」
「そうか…そうか…儂のために、こんな危険なことをしおって…」
ロウもまた、ニマの元へ向かうまでに冥府で恐ろしい目に遭った。
自分にも同じ目にあわせようとする死者の魂達の声と引きずり込む手を必死に耐え、ここまで来た。
「危険なことをしたのは爺さんもだろう。強くなるために一度死ぬなんてな」
「済まぬのぉ。儂は大丈夫じゃ。ならば、早々に冥府を出ねばな。奥義と秘法を得た儂と勇者のおぬしがいれば、もう恐れるものなどないはずじゃ。魔王めを我らの手でたたきのめしてやろうではないか」
「ああ、そのためにもみんなと合流しないとな。もうセーニャは一緒だ」
「そうか。ならば、なおさらじゃな。では、大師様。お暇致しま…」
「待ちな。まだ修業は終わっていないよ」
エルバを連れて帰ろうとするロウの前にニマが立ちはだかり、2人を制止する。
ロウには自分がやるべき修業が他には思いつかなかった。
ニマから教わった秘術も使いこなせるようになったうえに、奥義も習得した。
自分とエルバの体のこともあるため、急ぎかえらなければならないが、どうしてここで止めるのか。
「確かにロウの修業は終わったよ。けど、エルバ。あんたの修業はまだだ」
「俺の…?」
「そうさ。ドゥルダには奥義が2つある。一つはいま、ロウが放ったグランドクロス。浄化の光でゾンビを消滅させ、勇者の雷への抵抗力を奪うもの」
かつてウラノスが修行の末に編み出した技で、ローシュのデイン系の呪文への援護、そして高い耐久性と生物を同じゾンビ系の魔物に変えてしまうエキスを持つために対抗が難しいゾンビ系へのカウンターとして編み出されたものだ。
当然、ニマやサンポもその奥義を使うことができる。
しかし、ドゥルダにはもう1つ、歴代大師も使いこなせていない奥義がある。
「そして、エルバ。あんたがこれから覚えなければならない奥義は覇王斬。かつて勇者ローシュがドゥルダでの修行の末に編み出した奥義。グランドクロスに匹敵する技さ」
「なるほど…儂がウラノス様の奥義を覚え、エルバがローシュ様の奥義を覚える。向かうところ敵なしじゃ!」
「けどね…あたいをはじめ、ローシュ以外にこの覇王斬を使いこなせた人間は一人もいない。しかも、その技を短時間で覚えなければならない。きつい修行になることだけは覚悟してもらうよ」
実際に、ロウもぶっ通しの修行でグランドクロスの魔法陣を描く最終段階まで来るまでに2か月以上かかっている。
おまけにグランドクロスよりも難易度の高い奥義を習得するとなると、とてつもない時間がかかる。
ニマも自分が使いこなせないその奥義を習得させることができるか自信はない。
しかし、荒療治となるとはいえ方法は思いついている。
「エルバ。知っての通り時間がない。今この瞬間にも1つ、また1つと魂が消えてなくなっている。このままでは完全に世界が魔王ウルノーガのものになってしまう。あんたは魔王を倒すために、いかなる困難な修行でも乗り越える覚悟はあるかい?」
「覚悟…俺は…」
目を閉じると、イシの村で待つエマと今も行方の知れない仲間たちの姿が浮かぶ。
待っている人、探している人、これまでかかわってきた人たち。
勇者の力がないとしても、守れるものがあり、手に入れることのできる力があるとするなら。
「…やります。修行、お願いします」
「いい返事だ。さあ、覇王斬は使用者の自らの魔力を剣に変えて放つ技だ。まずは手を前に出して、剣をイメージして魔力を集中させてみな」
エルバは右手を伸ばし、目を閉じて剣をイメージする。
魔力でイメージしたものを生み出すという点ではこれまでの呪文と大差ない。
しかし、なぜこの覇王斬が特別なのか。
「ぐっ…!!」
右手から放出し続ける魔力の形が定まらず、額から汗が流れる。
ほんの一瞬だけ、親しみのあるイシの大剣に似た赤いシルエットが浮かんだが、すぐに消えてしまった。
「ま、これが普通さ。自然現象を魔力で再現するというのが呪文のスタンダード。剣なんて人工物とはわけが違うからね」
想定の範囲内とはいえ、ここからの荒療治で本当にエルバが覇王斬を覚えてくれるか、さすがのニマも不安に思う。
しかし、冥府にいる以上はそう長く時間を確保することはできない。
これからの困難な旅路にエルバ達を送り出すには足りなさすぎる。
「ちょいとお灸をすえる必要がありそうだね。ロウ、エルバと戦いな」
「ええ!?儂が、ですか??」
「ああ、さっき奥義を習得したばかりだろう。実践でも使えるようにならなきゃ、話にならないじゃないか。それに、覇王斬で一番大事なのはイメージと集中力。戦場じゃあどっちも簡単にそがれてしまうよ」
「それはそうなのですが…」
今のエルバは何秒か剣のシルエットを作ることができているだけで、呪文としてはチャチなものだ。
そんな今の状態の彼をいきなり実戦に出したとしても失敗するのが目に見えている。
「いいかい?ロウ、あんたは奥義と秘術でエルバを徹底的にいたぶってやんな。そして、エルバ!あんたはロウの猛攻をしのぎながら剣を形にしていけ。あんたの剣を、ね」
「俺の…剣…」
「ほら、これで魔力を回復しな」
ニマは手元に銀色の宝玉が埋め込まれた2枚の銀色の羽手裏剣を出し、それをエルバとロウに向けて1本ずつ投げつける。
ふいにそれを受けたエルバの腕に羽根が刺さり、ロウは逆にそれを素手でつかむ。
すると、宝玉が淡く光りはじめる。
「これは…」
「ロウに教えた秘法の1つ、シルバーフェザーさ。並みの魔法使いを2,3人は全快にできるくらいの魔力が詰まっている。こいつでどちらの魔力もすでに十分じゃ状態で戦えるだろう?」
ニマの手にはまだまだ十数本のシルバーフェザーが握られている。
エルバの修業が終わるまで、いくらでも魔力を供給してくるだろう。
「さあ…エルバよ、来い!!」