ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第3話 動く運命

神の岩を降り、イシの村へと戻っていく2人。

村の南側出入り口にはダンやペルラ、マノロ達村人が集まっていて、彼らの帰りを今か今かと待っていた。

「ワン、ワン!!」

マノロの近くにいたルキが嬉しそうに吠えると、エマの元へ駆け寄ってくる。

「ルキ!マノロをちゃんと連れて行ってくれたんだね、ありがとう」

エマに撫でられたルキが嬉しそうに見えたエルバはダンの前に立つ。

「ただいま…帰りました」

「おお、エルバ。エマと一緒に無事に帰って着れくれて何よりじゃ。雨が降ったうえに雷まで落ちたから、けがをしていないか心配しておったのじゃ。何が起こったのじゃ?」

(信じてもらえないかもしれないが…)

エルバは頂上でヘルコンドルに襲われたこと、そして襲われた際に落ちてきた雷によって救われたことを話した。

その証拠として、ヘルコンドルからはぎ取った羽と黒こげになった羽を見せた。

痣についてはダンも知らないらしいため、話すことはなかった。

エルバとダンが話しているのを見たエマはルキにここで待つように言った後で、彼の前へ走ってくる。

「ふむ…。そのようなことが起こったのか。これは奇跡としか言いようがない。きっと、大地の精霊様のご加護じゃな…。ところで、エマよ。頂上からは何が見えた?」

ダンにとって、成人の儀式の本題はそれだ。

エマはそこで見た景色を思い出しながら話し始める。

「ええ、見渡す限りの海が見えたわ!お日様に照らされて、キラキラしてた!あんな景色、初めて見たわ!」

「うむ。この世界、ロトゼタシアがいかに広大かをイシの村しか知らないおぬしらも分かったようじゃな。おぬしらはまだまだ若い。もしかしたら、この村を出て、羽ばたくときが来るかもしれぬ。このロトゼタシアの広大さをワシは儀式を通じて二人に伝えたかったのじゃ…」

(村を出る…か…)

ロトゼタシアの広い世界を見たエルバだが、自分がこの村を出るというのは考え難いことだった。

ずっと、この村で野良仕事をし、村の脅威となる魔物を追い払い、誰かと結婚して、子供を授かって死んでいくという人生しか頭に浮かばない。

百歩譲って、村を出ることになるとしても、それはまだまだ先のことのように思えた。

「さぁ、外で過ごすのもなんだし、家へ帰ってご飯を食べましょう。エマちゃんも、よかったら来て?おいしいシチューができてるわよ?」

「はい!!ごちそうになります、ペルラおばさま!!」

「シチューか…」

ペルラが作るシチューはエルバの大好物だ。

村でとれた野菜と牛乳で作ったそれは甘くてとろける感じがする。

それに今回手に入れたヘルコンドルの肉を入れたら、きっとおいしいかもしれないと思いながら、エルバはエマとペルラと共に村の北部にある家へ戻っていった。

 

「うん…これで良し!ほら、できたわよ」

味見をしたペルラはできたばかりのシチューを盛り付ける。

エマが家から持ってきたパンをエルバがナイフで切って、3人の皿の上へ置いていく。

少しやわらかめのパンにつけて食べるのがイシの村でのシチューの食べ方だ。

シチューだけでなく、サラダやレッドベリーのジュースもある。

「「いただきます」」

3人は日々の糧を与えてくれた大地の精霊に感謝した後で、シチューを食べ始める。

いつもとは違い、ヘルコンドルの肉が入っているが、かなりシチューと合っているためか、とてもおいしく感じられた。

脂身の少ない硬めの肉で、食べることでようやく素直に大地の精霊からの贈り物だと認識できた。

「うーん、おいしい!!」

「よかったわ。ありがとうね、エマちゃんも手伝ってくれて」

「エヘヘ…料理を早く上手になれっておじいちゃんが…」

裁縫が得意なエマだが、料理についてはまだまだで、たまにペルラの手伝いをしているエルバの方が上手だ。

エマの家ではダンが料理をしていて、彼は何を考えているのか、最近は料理の勉強をするように言っているとのこと。

そのため、エマはペルラの元で勉強をし、少なくともシチューを作れるくらいにはなっている。

「エマちゃん、うちのエルバが足手まといにならなかったかい?」

「ぜんぜん。むしろ、いっぱい守ってもらっちゃって…」

「そうかいそうかい。ま、女の子1人守れるくらいにならなきゃ男が廃るって、死んだおじいちゃんも言っていたからねえ…」

「うん、そうだな…」

エルバは数年前に亡くなったテオのことを思い出す。

冒険家であった彼から何度もそう言われ、そのことから強くなりたいと思うようになり、小さいころから剣の修行をしてもらった。

彼の死後は村の大人たちから特訓を受け、そのおかげで成人の儀式でエマを守れるくらいには強くなった。

「ねえ、ペルラおばさま!エルバってすごいのよ!神の岩の頂上でヘルコンドルに襲われたとき、痣が光って雷が魔物に直撃したの!まるで、エルバが雷を呼んだみたいで…」

痣が光ったという言葉を聞いたペルラの食べる手が止まる。

そして、彼女の目線がエマからエルバへと移っていく。

「エルバ、その話は本当かい?」

いつもとは違う、真剣な表情を見せながらペルラは尋ねる。

エルバは肯定するように首を縦に振ると、ペルラは席を立ち、そばにある棚からヒスイでできたペンダントを出し、それをエルバに見せる。

ペンダントには痣を逆さにしたのと似た形の紋章が刻まれていた。

「…考えないようにしていたけれど、おじいちゃんが言っていた通り、運命には逆らえないのかねえ…」

寂しげにペンダントとエルバの痣を見つめ、ため息をつく。

なぜそんな表情を見せるのかわからない2人はじっとペルラを見ていた。

決心がついたペルラはじっとエルバに目を向ける。

「大人たちだけの秘密にしていたけれど、ついに話す時が来たみたいだね…?」

「秘密…?ペルラ母さんとテオじいちゃんが本当の親じゃないってことはもう…」

「そうじゃない、それよりも大きなことさ…エルバ」

ペルラはペンダントをエルバに手渡す。

そして、彼の両肩に手を置いた。

「エルバ…あんたは勇者の生まれ変わりなんだよ」

「勇者…?」

その言葉を聞いた瞬間、心臓が一瞬大きく高鳴ったのを感じた。

同時に何か頭の中でバラバラになったジグゾーパズルがあるきっかけで次々と埋まっていくような感じがした。

「勇者…?ペルラおばさま、勇者って…?」

意味が分からず、困惑するエマが尋ねる。

エマも勇者という言葉を聞いたことがないためだ。

大人たちだけの秘密と言っていたので、多分マノロをはじめとした子供たちも知らないことなのだろう。

「勇者が何なのかはわからないけれど、あんたは大きな運命を背負っているって、おじいちゃんはずっと言っていたわ。成人の儀式が終わったら、デルカダールという北の大国へ向かわせてほしい。そして、王様にこのペンダントを見せたとき、すべてが明らかになるだろうって…」

「ペルラおばさま…それって、もしかして…」

その言葉の意味を理解できたエマだが、どうしても納得できなかった。

それはペルラも同じようで、寂しげな表情をまたエルバに見せてしまう。

「だからね…あんたは勇者の使命を果たすために、この村を出てデルカダールへ向かわなければならない」

「そんな…」

「デルカダール…」

デルカダールという国の名前は何度か聞いたことがある。

5つある王国の中で最も栄えている大国であり、更に現国王はもっとも聡明で王の素質をすべて持った稀代の帝王とまで評価されているほどの名君。

そこへ行けば、きっと勇者について真実を知ることができるかもしれない。

「ペルラ母さん、俺は…」

「あんたはもう16なんだ。成人の儀式を済ませた以上、いつまでも母さんに甘えてたら、笑われちゃうよ?」

笑みを浮かべたペルラはエルバの肩を叩く。

無理に作り笑いをしていることくらい、エルバにはわかっていた。

彼女もエルバと別れるのがつらいのだ。

「…」

そんなエルバとペルラを見たエマは急に立ち上がり、家を飛び出してしまう。

ドアを開けっぱなしにし、走って行ってしまう。

「エマ…!!」

急に出ていったエマのことが心配になったエルバは追いかけるように出ていく。

彼の後姿を見たペルラはドアを閉めると、椅子に座って天井を見つめる。

(これで、よかったのかねえ…おじいちゃん…)

 

「エマ…」

馬小屋の近くにある木を見つめているエマを見つけたエルバは彼女に声をかける。

その木はほかの木とは違い、何か模様が刻まれた太いツタが巻き付けられており、それを見たエルバは幼いころのことを思い出す。

「この木は、たしか…」

「うん。5年前だっけ…スカーフをひっかけちゃって…」

「ああ。その時、君は大泣きしてたね。家からも聞こえるくらい…」

「もう、そんなところは覚えてるわけ!?」

変なところを思い出したエルバに振り向いたエマは怒った表情を見せる。

だが、それもほんのわずかの間で、寂しげな表情に変わるまでそんなに時間はかからなかった。

「それで、エルバは村中を駆けまわってなんとかしようとしてくれた…」

「放って…おけなかったから…」

「優しいね、そういうところはずっと変わらない。だから…」

エマは何かを言おうとしたが、言ってはいけないと思ったのか、首を横に振る。

「ふふ。今日も同じことがあったっけ…?私、子供のころからちっとも変わってない…。でも、エルバは変わっていく…」

「エマ…俺は…」

「私、ずっとこの村でみんなと一緒に穏やかに暮らしていくんだろうなって思ってた。だから、勇者の生まれ変わりだってペルラおばさまが言ったとき、びっくりしちゃって…」

びっくりしたというのはエルバも同じだ。

痣があること以外何もほかの人と変わりないと思っていた自分が突然勇者だって言われても、どうしても疑ってしまう。

だが、疑うのと同時にあの鼓動の高鳴りが真実だと伝えていた。

今まで止まっていた時計の針が動き始めるような感覚だった。

エルバの隣に駆け寄ったエマは夜空を見る。

エルバも一緒に眺めると、雲一つない、星の海の中に1つだけ紫色の光る星が見えた。

「おじいちゃんから聞いたことがあるの…。遠い昔、世界中が魔物に襲われて大変だったとき、どこからともなく勇者が現れて、世界を救ったって…」

世界中が魔物に襲われるという言葉、そして今日の成人の儀式で現れたスモークやヘルコンドル。

なぜかその時と今の状況が重なって見えてしまう。

「それで…勇者は星になって、今もこの世界を見守っているらしいの…」

「エマ…」

彼女が言わんとしていることがエルバも理解できた。

エマはエルバが自分の手に届かない遠い存在になってしまうことを恐れている。

星になるということは、もう2度とイシの村へ帰ることができない。

ペルラやエマ、ルキ達と過ごすことができない。

勇者の生まれ変わりと言われたエルバにはその話が本当のように聞こえてしまう。

「エマ…俺は、星になんかならない。必ず、帰ってくる…。帰らなくちゃ、いけないんだ」

だが、エルバにとって帰る場所はイシの村以外どこにもない。

自分に暗示をかけるように、静かに、そして強く願いながら言う。

眼を拭いたエマは作り笑いをエルバに見せる。

「だったら、ちゃんと帰ってくるように毎日教会にお祈りしないと!エルバも教会とか女神像を見かけたら、帰れるようにお祈りしてね!」

「エマ…」

「じゃあ、私はそろそろ家に帰らないと…。ペルラおばさまには謝っておいてね?」

エマはエルバを通り過ぎるように走り、ある程度距離を置くと、足を止める。

「じゃあね…エルバ…」

必死に泣くのを我慢しながらそうつぶやいたエマは家へ走っていく。

彼女を呼び止めることができなかったエルバはただ彼女の後姿を見ていることしかできなかった。

(エマ…。俺は何も変わらないよ。5年前からずっと…今だって…)

 

翌日の朝、イシの村の北側の出入り口には村人たちが集まっていた。

その集まりの中心にはエルバの姿があり、イシの大剣を背中にさし、紫色の丈夫な麻生地でできた旅人の服を着ていた。

「うう…すっかり立派になって…。おじいちゃんにも、見せてあげたかったわ…」

「ああ。でも、サイズがあっていたなんて…」

この旅人の服はテオが晩年仕立てたもののようで、話によるといつか旅に出るエルバのためにと用意してくれていたらしい。

5年前と体格が違うのに、なぜこんなにもサイズが合っているのか疑問に思ったが、別の疑問によってそれが消えてしまう。

「エマは…来てないんですね…」

「帰ってからずっと部屋に引きこもっておる…。よっぽどショックだったようじゃな…。それから、すまなかったのぉ…ずっと隠していて…」

「いや…感謝してます。勇者だからって特別扱いされるよりもずっといいですから…」

「エルバ、この先何が起きても、あんただったら乗り越えられるって、お母さん、信じてるから。だから、頑張ってくるんだよ」

ペルラの言葉に首を縦に振るエルバの元へ、1頭の白い馬が少女に手綱を引かれてやってくる。

クラにはテントや荷物入れなどもあり、旅をするために必要な荷物が入っていた。

「フランベルグ…」

数年前に生まれたその馬の名前をエルバは口にする。

生まれたときには呼吸をしておらず、死産かと思われたが、エルバが撫でたときに呼吸をし始めた不思議な馬で、今ではこの村でも一番の名馬と言われるほどに成長している。

「この馬をおぬしにやろう。大事にするんじゃぞ」

「ありがとうございます…」

「勇者とは伝説の英雄…。その昔、大いなる闇を払って世界を救ったという。そんな大それた人物の生まれ変わりだとは信じられぬが…テオが言っていたのなら、きっと真実なのじゃろう。それから…デルカダール王に会ったら、この村のことをよろしく伝えておいてくれ」

最後の部分は耳打ちをするように、いたずらをする子供のような笑みを浮かべながらダンは言う。

きっと、勇者を育てたことへの報酬を期待しているのかもしれない。

デルカダールへ行って、直に王に会うことはできると思えないが、口約束ということで深く考えないことにした。

エルバはフランベルグの背に乗り、そっと撫でる。

「よろしくな、フランベルグ…。じゃあ、ペルラ母さん、村長、みんな…元気で…」

馬に乗ったエルバを見たペルラは我慢できなくなったのか、涙を流しはじめ、ハンカチで涙を拭く。

「エルバ、あんたは自慢の息子だよ。つらいことがあっても、くじけずに頑張っていくんだよ」

「ああ…」

「エルバ!!」

ペルラと別れのあいさつを交わしたエルバの元へ、エマとルキが走ってくる。

もう来ないものだと思っていた村人たちが驚く中、エルバはフランベルグから降りてエマに目を向ける。

「エマ…」

「エルバ、これを受け取って!帰ってから、急いで作ったの!」

エマから青い小さな手作りのお守り袋が渡される。

首にかけることができるように紐もついており、エルバはすぐにそのお守りを首にかけ、服の中に入れる。

「ありがとう、エマ…」

「エルバ、どんな使命が待っているかわからないけど…けど、どこへいても、この村のことを忘れないで!そして、元気で帰ってきて!」

「わかってる…必ず、帰るから」

お守りのある位置に手を当て、決心をすると、エルバはエマを抱きしめる。

突然のことにびっくりするエマの耳元で小さな声で「行ってくる」とだけ言うと、再びフランベルグの背に乗る。

そして、切通を通って村を出ていった。

エマは抱きしめられた時に感じた彼のぬくもりを心に刻み、じっと彼が通った切通を見つめていた。

「エマちゃん…」

「大丈夫です、ペルラおばさま。エルバは必ず帰ってきます!だって、エルバが帰る場所は…ここだけなんですから!」

曇りない笑顔を見せながら、エマは言った。




イシの村
デルカダールの南方にある渓谷にある小さな農村。
大地の精霊を信仰しており、ペルラやエマといった穏やかな性格の人々が多い。
村の外からの情報は東にある漁村との交易によって仕入れており、今のところはイシの村の存在をデルカダール王国は認知していない様子。
村長であるダンは村のこれからの発展のことを考えており、今回旅に出たエルバが使命を果たして帰ってきたとき、勇者にちなんだイベントを作ろうとたくらんでいる模様。

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