ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第35話 不死鳥の眠り

「く…!」

「はぁ!!」

炎の爪と退魔の太刀がぶつかり合い、上段からの攻撃にエルバはこらえつつ、後ろに距離を取る。

そして、ハンフリーの動きを止めようとギラを放つが、その程度の火力はハンフリーにとっては怖がるものではなく、自分に当たりそうなものは炎の爪の炎で消し飛ばしてまっすぐ接近していく。

ハンフリーの腕力はエルバ以上で、仮に二刀流になって受けたとしても競り負けるのは変わりない。

また、エルバもまだまだ二刀流のコツをつかんでいるとはいいがたく、それよりはこの両手剣で戦った方がいい。

少なくとも、退魔の太刀のリーチは上回っている。

それは一緒に戦ってきたハンフリーも知っており、それでも接近してくるとしたら、なにか手があると考えるしかない。

ハンフリーは右拳を地面すれすれまで右下へ降し、アンダースロー気味に左上に向けて振るうとともに火球がエルバに向けて飛んでいく。

真正面から飛んでくるその火球を避けることができないため、エルバは剣で防御する。

防御したおかげで軽傷で済んだものの、炎が消えるとなぜか目の前にいたはずのハンフリーの姿がなかった。

何かの影がエルバを覆う。

「まさか!!」

エルバは上を見上げると、そこには上空を舞うハンフリーの姿があった。

このままでは落下してくるハンフリーの爪の攻撃を受けることになってしまう。

だが、両腕を大きく広げているため、胸部が無防備になっているのが見えた。

エルバはトベルーラを唱え、ハンフリーの胸部へ向けて飛んでいく。

「ぐお…!?」

「うおおおお!!」

左肩でショルダーアタックをする形でハンフリーに突撃していたエルバは前を見ることができず、トベルーラの魔力でただ一直線に飛んでいく。

だが、ある程度飛んだところでまだまだトベルーラを完全にものにしていないためか、魔力が切れて2人仲良く重力に従って下へ落ちていく。

落ちていく中で、ハンフリーはエルバを蹴り飛ばした。

蹴り飛ばされたエルバとハンフリーはリングの左右両端に落ちてしまう。

退魔の太刀を地面に突き刺し、起き上がるエルバはじっと向かいにいるハンフリーを見る。

起き上がろうとするハンフリーだが、急に胸が苦しくなり、左手で必死に胸を抑える。

「くそっ…発作が…!」

トベルーラで飛ばされているときから、痛みを感じ始めていたが、ここで急にひどくなった。

覚悟はしていたとはいえ、やはりこの発作が起こると今までの試合で見せた全力での勝負が難しくなる。

急に苦しみ出したハンフリーを見た観客たちに動揺が広がっていく。

「どうしたんだ…チャンピオン??」

「調子が悪いのかしら…?」

「ほら、おとといに一度倒れたでしょ?もしかしたら過労じゃなくって…」

(頼む…まだ、ひどくならないでくれ…!)

この罰は甘んじて受ける覚悟はある。

教会のこと、子供たちのことを言い訳にして取り返しのつかないことをしてしまった自覚はある。

だが、もし許されるなら、今はまだ戦うだけの力を残してほしい。

額の冷たい汗をぬぐい、軽く笑ったハンフリーは痛みに耐えながら立ち上がる。

(強い…チャンピオンの名前は伊達じゃないってことが分かる…)

この仮面武闘会で一緒に戦ったハンフリーの強さを正面から闘うことで改めて実感していた。

本当に望めるなら、怪我をする前の彼と戦ってみたかった。

そうなった場合、エルバは勝てるかどうかは分からない。

「エルディ…そろそろ余裕がなくなってきた。すまないな」

「だが…手加減するつもりはない」

「ああ。次で終わらせたいな…」

構え直したハンフリーはゆっくりと深呼吸をし、両拳に力を籠める。

そして、エルバに向けて全速力で駆けだした。

エルバもそれにこたえるように正面から突っ込んでいく。

ハンフリーが腕を伸ばすと同時に、エルバは突き刺すように退魔の太刀で突き刺そうとする。

だが、ハンフリーは体をそらしたことで刃は彼の頬をかすめ、エルバの腹部にハンフリーの右手のひらが当たる。

受けたのは拳でないにもかかわらず、当たった個所から激しい痛みを感じたエルバはその場で動きを止める。

「拳を食らったわけじゃないのに…これは…」

「発勁だ。この痛みなら、しばらく動けないだろう」

余計な力を加えず、運動エネルギーをダイレクトに、なおかつ一点にぶつける技はサークレットを装備しているはずのエルバにも大きなダメージになる。

気を抜くと気を失いかねないその一撃だが、エルバはどうにか立ち続けることができた。

「まだ立っていられるのか。だが、これで終わりだ!」

あとは渾身の一撃を叩き込めば、この戦いは終わる。

もう少し長く戦っていたかったが、今の自分の体にそれは許されない。

人生最後の一撃を放つかもしれない右拳に力を籠める。

「終わり…どちらにとっての、だろうな!!おおおおお!!」

エルバもこのまま甘んじてその一撃を受けるつもりはなかった。

自分に活を入れるかのように、大声で叫ぶと同時に彼の体が青いオーラに包まれていく。

ダメージが大きい以上、このオーラが短時間しか持たないことは分かっているが、今のエルバには十分だった。

拳が自分に届く手前で、そのオーラで強化された身体能力を活用し、ハンフリーを回り込むように回避する。

「何…!?」

「うおおおおお!!」

オーラが消えたエルバは背後からハンフリーに体当たりをし、互いにリング状に倒れる。

そして、剥ぎ取りナイフを抜いたエルバはそれをハンフリーの後頭部に突き立てる。

後頭部から伝わるヒヤリとした殺気を感じたハンフリーはどこか安心したかのように笑みを浮かべた。

「…降参だ」

「まさか…なんということだ!!チャンピオンがまさかの白旗だぁーーーー!!!」

チャンピオン、ハンフリーが敗れたことに会場に衝撃と動揺が走る。

そんな同様とは逆に、ハンフリーは穏やかそのもので、エルバがどいた後でゆっくりと起き上がる。

「ありがとう、エルディ。君のおかげで、ようやく俺は本当の意味で闘士に戻ることができた気がするよ…」

いつもと同じ笑顔を見せ、礼を言うハンフリーにエルバは何も言わなかった。

そして、ハンフリーが右手を上げると観客たちの視線が彼に向けられる。

「みんな、これが…俺のチャンピオンとしての最後の戦いになった。俺は…病気を抱えている」

「病気…!?」

「嘘…」

「やっぱり、病気だったのか…」

本当は魔物に利用されたことによって飲んでしまったマルファスの症状。

だが、グロッタの街の人々と仮面武闘会にやってきた人々にとってはハンフリーはチャンピオン。

エルバと話す中であったように、彼らの前では最後までチャンピオンらしくあらなければならなかった。

「今の戦いではっきりわかった。もう1度、みんなの前で白熱するバトルを見せられるようになるには、この病気を治すしかない。だから…俺は今日限りでチャンピオンの座を降りる。必ず病気を治し、再びチャンピオンの座を取り戻す!待っていてくれるか…!?」

治療の成功例があるとはいえ、マルファス漬けになった体を治すのは難しい。

その治療にどれだけの年月がかかり、本当に治るかどうかは分からない。

ハンフリーは子供たち以外の理由で自分を追い込む必要があった。

ハンフリーのまさかの宣言に客席は静まり返る。

「…がんばれ、ハンフリー…」

観客の中の誰かがハンフリーを応援する。

そのわずかな波紋がやがて大きくなっていき、大波へと変わっていく。

「ハンフリー!今までいい試合を見せてくれてありがとう!!」

「絶対に帰ってきて!私たちにもう1度チャンピオンになったあなたを見せてー!!」

「ハンフリー!ハンフリー!ハンフリー!!」

「みんな…」

みんなに嘘をついてしまったことへの罪悪感を抱くが、それでもこれほど応援してくれることを嬉しく思えて、涙

を浮かべる。

「ハンフリー、彼らにとってのあんたはチャンピオンだ。それで、いいだろう?」

「ああ…必ず帰ってくる。しっかり、自分の力で…」

ハンフリーは装備していた炎の爪を外し、それをエルバに渡す。

「俺がもう1度戦えるようになるまで、預かっていてくれないか?これは、俺を魔物から救ってくれたお前への誓いだ」

「ああ…」

受け取った炎の爪を見つめたエルバは静かにうなずく。

そろそろ発作がひどくなったのか、ハンフリーは片膝をついてしまい、スタッフ2人が彼を運ぶためにやってくる。

「そろそろ戻らないとな…しっかり、治さないと。そして、もう1度エルディ、君と戦いたい…」

「…楽しみにしている」

2人に抱えられたハンフリーは声援を背にリングを後にする。

声援はハンフリーの姿が完全に見えなくなるまで、やむことはなかった。

 

「それでは、エルディさんに優勝賞品である虹色の枝の贈呈を行います!」

客席が落ち着き、ようやく優勝賞品の贈呈式が行われる。

(虹色の枝…ここまで追いかけることになるとはな)

サマディーからダーハルーネ、グロッタと海原を渡ってここまでやってきた。

それを手に入れることで勇者の真実を知る大きな一歩になる。

アーサー王から託されたオーブも含めて。

「た、大変です!!」

リングに飛び込んできたスタッフが大慌てで司会の男に声をかける。

よほど必死に走ったのか、すっかりばてており、息も切れ切れだ。

「ど、どうしたのです!?」

「虹色の枝が…虹色の枝が盗まれました!!」

「な、なんと!!?」

「何…??」

寝耳に水な事態にエルバの表情が固まる。

ここまで追いかけ、やっと手が届くはずの虹色の枝が盗まれる。

何か悪い冗談に聞こえたが、2人の動揺する姿を見て、それが真実だと認めるしかなかった。

「虹色の枝を保管していた場所に、仮面と手紙が…」

スタッフの手にはロウが仮面武闘会でつけていた仮面と茶色い便せんが握られていた。

それだけで、誰が盗んだのかは一目瞭然だ。

裏には『優勝者へ』と書かれており、おそらく自分かハンフリーのどちらかに向けたものだと思われる。

エルバはその便せんを取り、表の文章を黙読する。

『エルディ、西にあるユグノア城跡地でそなたを待つ。見せたいもの、そして伝えたいことがあるのじゃ。虹色の枝はそれまでお預けじゃ』

「ユグノア…」

自分の本当の生まれ故郷。

グロッタから西へ行けば、そこへ行くことができる。

まさか、彼は勇者のついて何かを知っているのか?

それとも、何かの罠なのか?

どちらにしても、ユグノアへ行くしかないことをエルバは感じていた。

 

「ったく、あのじいさん!何のつもりだ!!」

宿屋に戻ると、カミュは腹を立てて机を叩く。

思えば、彼とマルティナはあまりにも不可解な人物だ。

商人のような身なりにかかわらず、秘術を使いこなす賢者としての側面がある。

そして、場所をエルバの故郷であるユグノアに指定した。

勇者と関係のある人物かもしれないが、回りくどいそのやり方が気に食わない。

「でも、場所を教えてくれてよかったわ。もし場所すら教えてくれなかったら、ロトゼタシア中を回ることになったかもしれないわ」

「んもう!!とにかくさっさと準備して出発しましょ!幸い、路銀はもらえたし」

仮面武闘会の運営は優勝賞品を奪われ、渡すことができない詫びとしていくばくかの資金をエルバに渡してくれた。

半分はエルバの要望で、ハンフリーの教会に渡されることになった。

荷物をまとめるエルバは虹色の枝のこともそうだが、それ以上に治療の日々に入るハンフリーのことを考えていた。

長期間にわたり、禁断症状に耐えなければならないうえに連日のように僧侶による回復呪文を受ける必要がある。

そこから闘士として復帰し、再びチャンピオンとして戻ってくる日が来るだろうか。

彼にその日が来ることを願うことしかできなかった。

 

街の地下にある酒場には仮面武闘会の観客や参加者たちが今年の勝利と敗北を胸に刻み、来年の勝利につなげようと皆で酒を飲み交わしていた。

そんな中、エルバに手紙と仮面を渡したスタッフの男がバーテンダーに耳打ちする。

そして、バーテンダーがカウンターのドアを開け、裏にあるドアの鍵を開けた。

スタッフはそのドアの先へ向かい、そこにある本団の中央に紫色の本を押す。

本棚が左へスライドし、その先にある下り階段を降りていくと、そこには赤い毛皮のコートを着た小太りの老人が椅子に座って待っていた。

「町長、手筈通りです。虹色の枝はロウ様の元へ…」

「手紙は確かにエルディ…いや、エルバ様にお渡ししたか?」

「はい。これで彼らはユグノアへ向かうはずです」

「よし…」

これで、あとは彼らがユグノアに合流し、エルバは本当の敵について知ることができる。

すべては計画通りだ。

「町長、デルカダールからの情報です。グレイグ将軍がエルバ様を討つためにバンデルフォン経由でユグノアへ…」

「インターセプター号で来たのだろう…まずいな」

仮面武闘会である程度エルバの力量は分かっているとはいえ、グレイグの実力はそれを上回る。

おそらく、あの2人が説得したとしても、王への忠誠心の強い彼を抑えることはできないだろう。

「すぐに助けに行かなければ…!」

「ならん。我らユグドラシルも狙われている。それに…我らが出たところで、足手まといとなるだけだ」

「く…!指をくわえてみているしかないなんて…!」

スタッフは16年前のことを思い出す。

魔物たちの襲撃によって数多くの兵士や国民が殺されるのを若い当時の彼は見ていた。

当時はユグノアの下級兵士で、自分も魔物に襲われて深手を負ったが、グロッタへ避難する住民に救助され、今はここにいる。

あの時の何も守れなかった無力感を再び味わうことになるのか。

だとしたら、何のためにユグドラシルに加わったのか。

彼の苦悩は分かっているが、まだ動くべき時でない以上は黙っているしかない。

「…いずれ、真実が分かるときがくる。その時はようやく、エルバ様…ユグノア、そして世界のために光の中で戦う時が来る。それまでは…隠れし者でいるしかない…。今は亡き国王アーヴィン様、そしてエレノア女王、どうか…エルバ様をお守りください…」

 

 


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