ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第33話 グロッタの地下迷宮

「ふむ…なるほどのぉ」

教会の地下庭園に到着したロウは壁にある巨大な穴の前に立ち、その中から発している邪気を感じ取っていた。

子供たちも長い時間を教会で暮らしていたにもかかわらず、このような穴の存在に気付かなかったようで、みんな動揺している。

「どうしよう…ハンフリー兄ちゃんがあの中に入って行っちゃって…」

「ふむ、反応が消えた原因はこの中に入ったからのようじゃな。となると、すべてはこの穴の中に…」

「だったら、さっさと行こうぜ。じいさん。姫さんが待ってんだろ?」

ランタンに火をつけたカミュはその明かりを頼りに先行して先へ進んでいく。

「みんな、この先は危険だから、絶対に入っちゃだめよ!私たちがハンフリーさんを助けてくるから!」

「そうです、皆さんは私たちが戻ってくるまでは、地下庭園から離れて、誰も入らないようにしてください」

この穴の奥でどのような結末が待っているのかはわからない。

だが、子供たちに不安を与えるわけにはいかない。

「お願いします、ハンフリー兄ちゃんを必ず助けて…!」

「俺、戻ってくるまでここ見張ってます!」

「頼むわね!」

エルバ達が穴に入っていく。

少し歩くとすぐにひび割れがあちこちで見える長い下り階段にさしかかる。

「この階段…明らかに人工物だ」

「グロッタの街は元々、巨大浴場として建設された街じゃ。地下は下水処理や労働者の休憩所、倉庫として使われていたかもしれんのぉ」

階段を降りると、彼の言う通り古びたレンガでできた空間が広がっていた。

長年放置されているためか、蜘蛛の巣が張っており、留め金が外れたドアが傾いていたり、床に落ちていたりしている。

更に、魔物の物と思われる異臭が鼻につく。

「げえ、この匂い、ゾンビ系がいるみたいだぜ」

「ふむ…となると、この穴を使って外へ出てしまう可能性が考えられるのぉ。ならば…」

ロウはゴールドフェザーを何本か出入り口に続く穴の壁に突き刺す。

そして、杖を使ってガリガリと岩に傷をつけて魔法陣を作り出す。

「さて…エルディ、トヘロスを使ってくれんか?それを使えば、強力な結界を作ることができる」

「ああ…」

エルバは魔法陣の手をかざし、退魔呪文トヘロスを唱える。

自分よりも弱い魔物を寄せ付けなくする呪文だが、ロウの秘術によって魔物が出入りできない結界を生み出す呪文へと変化していく。

これで憂いを断つことができる。

「ねえ、おじいちゃん。その秘術…どこで学んだの?使う人がいないのに…」

その術はかつて、勇者と共に旅をした仲間の一人が編み出したもので、その人物が謎の失踪を遂げた後は伝承者もおらず、名前だけを残して歴史から消えたものだ。

そんな術をよみがえらせ、使いこなすとなると賢者ですら難しい。

「まぁ…いろいろとツテがあっての。おかげでこの秘術を使うことができるようになった。さて…どうやら、儂ら異物を追い出そうと魔物がやってきたみたいじゃな」

ロウが杖を構えると、暗闇の中から次々と魔物が飛び出してきた。

長期間腐敗したことで、猛毒を体内に宿した死体、どくどくゾンビや灰色の岩石でできた巨人、ストーンマン。

オレンジ色の肌をして、手作りの巨大な棍棒を振り回す巨大な怪人、トロルに水色と白の装甲で、発射することのできる刃の羽根をつけた小型の鳥型兵器、ガチャコッコなどが群れとなって襲い掛かる。

「なんで町の地下にこれだけ魔物がいるんだよ!?」

「どくどくゾンビはともかく、外部から召喚した可能性があり得る。おそらくは…」

長年放置されていたとはいえ、頑丈なレンガでできたこの空間に小さい虫ならともかく、魔物が生息するのはあり得ない話だ。

そうなると、外部から持ち込むか、召喚するといった形で魔物を呼び出したと考えるべきだろう。

魔物が魔物を召喚するためには、召喚者の魔物が召喚する魔物よりも上位でなければならない。

だが、その上位の魔物がここに来る可能性はゼロではない。

(おそらくは…16年前の…)

ロウは右足を前に出し、そこから半円を描いた後で両手に青い魔力を蓄積させる。

一番早く接近してくるのはガチャコッコで、羽根を発射されると特に防御力の低いセーニャとベロニカが危険だ。

「壁を作れ、ヒャダルコ!!」

ヒャダルコが5人と魔物たちの間を遮る分厚い氷の壁となり、ガチャコッコが発射する羽根の弾丸を受け止める。

どくどくゾンビは何度も氷を腕で叩くがびくともしない。

だが、動きの遅いストーンマンとトロルがズシリ、ズシリと接近し、床が揺れる感覚がする。

「ふむ…トロルとストーンマンか。トロルはともかく、ストーンマンは少し厄介じゃな」

怪人とはいえ、生物であるトロルはダメージを与えることである程度動きを止めることができる。

ストーンマンはその体を構築する岩石を壊す、もしくはコアとなっている命の石を排除しない限りいつまでも動く。

心を持たない物質系やマシン系の恐ろしいところは、何のためらいもなくほかの生物を殺すことができるところだ。

恐怖する顔を見るのを楽しむ感情も、殺した人間で遊ぶこともせず、淡々と殺す。

「俺に任せろ!」

2本のナイフをピッケル替わりにして氷に突き立て、上へ登っていく。

ロウが作った氷の壁は分厚く、高いものの、天井にまでは達していない。

壁を上り終え、こちらへ迫るストーンマンを見る。

「ここは、こいつの出番だ!」

フック付きロープを出し、フックを屋上のひび割れに向けて投げる。

フックはひび割れに刺さり、カミュはロープを右手で握ったまま跳躍する。

「ストーンマンの命の石は…そこだな!!」

ストーンマンの背後に回ると、左手で爆弾をうなじに向けて投げつける。

爆発と共にストーンマンは前のめりになって倒れ、何匹かの魔物がその巨体に押しつぶされる。

爆発を受けた個所にはひび割れができており、飛び降りたカミュはその個所に短剣を突き立てる。

ひび割れた岩石は容易に砕け、その中にある水色の水晶が露出する。

だが、ストーンマンはダメージを受けたことを気にすることなく、起き上がろうとする。

しかし、カミュが命の石を引き抜いた瞬間、動きを止めた。

「へへっ、この命の石は武器作りにも使えるからな!」

だが、ストーンマンを倒したとしても安心できず、まだトロルがいる。

「ま…充分引き付けただろ。やってくれ、ベロニカ!!」

「分かったわよ!手を貸して、エルバ!」

「ああ…」

エルバとベロニカは集中し、魔力を形成していく。

そして、2人同時にイオを唱え、氷の壁のそばで爆発を起こす。

爆発によって氷の壁が前に倒れ、壁を壊そうとしたどくどくゾンビ達を下敷きにした。

氷の壁が倒れたのが見えたガチャコッコが羽根を発射するが、セーニャのバギで吹き飛ばされる。

「よし、道は開けた…まっすぐ進むんじゃ!」

「道が分かるのか…?」

「ここの地図は見たことがある!」

カミュを殿とし、エルバ達は包囲の穴となっている前方の大きな通路に向けて走る。

念には念をと、カミュは最後に煙玉を投げて魔物たちの視界を奪った。

 

薄暗く、広い洞窟のような空間の中、気絶したマルティナが冷たい床の上に横たわらせられる。

天井にはいくつもの人間と同じくらいの大きさの繭がぶら下げられている。

繭の隙間からは水色の光が漏れている。

「…獲物を連れてきたぞ、姿を見せろ」

男の声にこたえるように、広間の奥深くから赤と黄色を基調とした色彩で、真っ白な髪を生やした蜘蛛型のモンスターが大きな足音を立てながら歩いてくる。

片目に大きな切り傷の痕があり、その魔物は倒れているマルティナに舌なめずりをする。

「シュルルルル…極上な女闘士だ…」

先日には2人の女闘士が獲物として連れてこられており、その2人も色気がある上に力もあり、この魔物にとっては楽しめるものだった。

だが、マルティナはその2人以上の力が感じられる。

そんな女を連れてきてくれた男の働きぶりに魔物は笑みを浮かべる。

「よし…こいつの力で新しい薬を作ってやろう。さあ…差し出せ」

「…」

「うん…?どうした?何をためらっている?」

そろそろ、良心の呵責に耐えられないだろうというのは魔物も分かっている。

人間には多かれ少なかれ、良心などというものを持っているから動きを制限され、力をつかむことができない。

それが人間の魔物に劣る点、それがこの魔物の持論だ。

「よいのか…?私の薬があるからこそ、今のお前は生きている。もし、薬が断てばどうなるか…今のお前が一番よく分かっているはずだ。さあ、差し出せ」

魔物の言う通りで、今の自分はその薬がなければ禁断症状を引き起こすほど依存してしまっている。

おまけに、長期間断つと最悪の場合、発狂するか死ぬ可能性だってあり得る質の悪いものだ。

自分のような罪人がどうなろうとかまわないが、今自分が死んだら守れない存在がある。

それを守るためには、今は悪魔にすがるしかない。

男はマルティナに手を伸ばそうとする。

だが、急にマルティナが立ち上がり、彼に向けて回し蹴りをする。

辛くもそれを回避されたが、男の顔を見ることができた。

そして、その後ろにいる黒幕の存在も。

「わざと捕まった甲斐があったわ…。黒幕。16年前に街を襲った魔物の軍勢をグレイグが倒したと聞いたけど、まさか生き残りがいたなんてね…」

ここはユグノアの東にあり、ユグノアを攻撃した魔物たちがついでと言わんばかりにこの街も襲った。

その軍勢は当時デルカダール王自らが率いる近衛兵の部隊によって撃退され、最大の戦果を挙げたのがグレイグだった。

大将を討ち取った彼はグロッタの街の人々から英雄視され、像が建てられた。

「ええい、しくじったな…貴様」

魔物は男の失態に舌打ちすると同時に、広間への入り口となっている丸型のドアが吹き飛び、そこからエルバ達が入ってくる。

ロウは男と魔物を見て、自分の予想が正しかったことを確かめる。

「うむ、姫よ。ご苦労であったな」

「さらわれた…というよりも、わざとさらわれたといったところか」

エルバはどう見ても無事なマルティナを見る。

そして、魔物の手先であろうと男にも目を向けた。

「まさか…あんたが闘士行方不明事件の犯人だったなんてな…ハンフリーさん」

正直に言うと、この予想は外れてほしかった。

魔物の手先となった男、ハンフリーは若干視線を下に向ける。

「ハンフリーよ、済まぬがおぬしの部屋を調べさせてもらった。どうやら…おぬしが飲んでいたものはその魔物が作ったものじゃな」

「そうか…俺の部屋に侵入したのはあんたらだったのか…。そして、エルディ。君と君の仲間だけは巻き込みたくなかったよ」

これで、先日の強盗騒ぎの真相がわかった。

おそらく、証拠となる例の物も持っている。

言い逃れはできないだろう。

だが、見つかったことでどこかほっとしている自分も感じられた。

「シュルルルル…貴様、どこかで見たことがあるな…。だが、どうでもいいか。16年前、憎きグレイグによって傷を受けた…。その傷をいやすため、そしてあの男を殺す力を得るためのエキスを集めるためにこの男を利用した。奴は足に傷を負い、闘士として再起不能の状態だったからなぁ。余ったエキスを使って薬を作ってやった。良い取引だった」

「…そうだ。3年前、俺は相棒だった男と一緒に街の周辺で魔物を退治していた。だが、徒党を組んだ魔物に襲われて相棒を殺され、生き残った俺は足に回復不能のダメージを負った…」

僧侶や医者を回り、足を直せる人物を探し回ったが、結局見つけることができず、闘士としての自分に死刑判決を出されることになってしまった。

将来有望な闘士だったことから、力を持っていながら再起不能となった悲劇の闘士としてそのころは有名になった。

だが、腕っぷしにしかとりえのないハンフリーは必死に足を直すすべを探し続けた。

そんな中で偶然、地下庭園の穴を見つけ、その中に入ったときにあの魔物と出会った。

「奴は闘士としてもう1度立ちたいと願っていた…。だから、その願いをかなえてやったのだ。闘士のエキスを魔力に変換し、マホイミにして…」

「ああ…確かに、俺の足は治った。だが…やはり魔物にすがるべきではなかった。あの薬には中毒性があった…!」

「それは分かっておる。液体の中にはマルファスが入っておった」

マルファスは医者が患者の痛覚を一時的に抑えるために使う、貼薬のようなものだが、依存性の強い麻薬の側面もある。

しかも、ごく少量とはいえ、それでも口で摂取すると強い中毒となってしまう。

あの魔物は多くの闘士のエキスを得るために、ハンフリーにわざとその麻薬を混ぜた液体を飲ませ、マルファス漬けにした。

「それでも、俺はやるしかなかった…。せめて子供たちが自分たちの身を守れるくらい大きくなるまでは…」

「ハンフリーさん…」

「だが、それももう…終わり…か…」

再び胸に強い痛みを感じ始めたハンフリーはその場で座り込む。

心臓をナイフで貫かれたような痛みがとめどなくハンフリーを襲う。

「哀れじゃな…一度魔物と取引などしてしまったばかりに…」

「はあ、はあ…こんなこと、俺が頼める立場ではないが…頼む。あの繭の中に…闘士たちがいる…。奴は少しでも多くのエキスを得るために…生かさず、殺さず…」

「ならば、あの繭を破壊すれば、助け出せるのじゃな?」

「そう…だ。そして、奴をアラクラトロ倒してほしい…。罪を…終わりに…!!」

「…いいじゃろう」

本当は善良な男だということは分かっている。

彼のやったことは許されることではないが、アラクラトロを放っておくわけにはいかない。

ロウの返事を聞き、かすかに笑みを浮かべたハンフリーはそのまま意識を手放した。

「あんた…よくもハンフリーさんを!!」

「許すわけにはいかないわね…お仕置きしてやるわ!」

怒ったベロニカとシルビアはそれぞれの得物を手にする。

「姫はハンフリーを下がらせるのじゃ。そして、闘士たちを!」

「分かりました。…任せたわよ」

エルバに目を向け、静かにつぶやいた後で、マルティナは倒れたハンフリーを抱えてその場を離れる。

「ふん…使い物にならん男だ。ならば、貴様らを捕まえて、エキスを奪ってやろう!」

アラクラトロが背中から次々と棘を発射する。

即座にロウはヒャダルコで壁を作り、動きの遅いエルバ、セーニャ、ベロニカがその後ろに下がらせる。

氷の壁が棘を受け止めるが、ガチャコッコの羽根と比較すると質量・勢い・破壊力いずれも高く、一撃当たるごとに衝撃と大きなひびが入る。

氷の壁だけでなく、周囲の壁も棘が刺さったことで大きなひびが入っている。

「なんだ…?棘から変なにおいがするぞ!」

「どうやら、あの棘に当たるわけにはいかないみたいね」

岩に刺さった棘から紫色の液体が出て来て、それが岩を溶かしていた。

どうやら棘の中には強い酸性の毒が混ざっているようで、その毒で物を溶かすことさえできる。

「シュルルルル…動くなぁ!」

カミュに向けて金色の蜘蛛の糸を発射する。

「蜘蛛の糸…!?こいつに当たるわけにはいかねえよ!」

通常の蜘蛛の糸でも鋼鉄の4倍の強度を誇る。

仮にそれをモチーフとした魔物の糸となるとどれだけの強度になるかは想像がつかない。

拘束されると抜け出せないかもしれないその糸の本流からカミュは走って逃れる。

「ええい、うろちょろするなぁ!!」

アラクラトロの瞳が黄色く光り始める。

「光を見るな!!」

ロウの叫びと共に同時に、エルバ達は腕で目を隠すと目をつぶって光を凌ぐ。

「あの光からはメダパニーマの魔力を感じた…。あの光を見ると混乱してしまう」

「ちょっと待って!じゃあ、カミュとマルティナさんは!?」

ロウの声が聞こえないところにいるかもしれない2人はもしかしたらアラクラトロの光を見てしまったかもしれない。

だが、ドアがあった場所のところから此方へ戻ってくるマルティナの姿が見えたため、彼女の心配はなかった。

「な、なんだよ?さっきの光。あの蜘蛛野郎は…??」

一方、カミュは急に視界からアラクラトロの姿が見えなくなり、周囲をきょろきょろ見渡すとともに動きが鈍る。

そんな彼の体に糸の奔流が飛び、彼の体に絡みつく。

「ああ、なんだ…?体が、動かねえ…!?」

彼の眼には糸も見えなくなっているのか、どうして動けなくなっているのかわからず地面に転がる。

「そおら…よぉ!!」

「まずい…!みんなここから離れるんじゃァ!!」

「カミュ様!!」

糸にからめとられ、ハンマーのように振り回されるカミュがエルバ達のいる氷の壁に向かって飛んでくる。

急いで氷の壁から離れると、カミュの体が氷と接触し、氷が粉々に砕け散る。

振り回されたこととぶつかった衝撃でカミュは吐血するとともに、意識を失った。


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