ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第31話 エルバとレディ・マッシブ

「むんっ!!」

飛んでくる2本のブーメランをハンフリーはアッパー気味に拳を叩き込む。

鉄製の刃のブーメランは下方向からの衝撃で吹き飛び、力なく地面に落ちる。

そして、武器を失ったマスク・ザ・ハンサムに向けてハンフリーは接近する。

「ブーメラン以外には、武器はあるのかな?」

「フッ、当然さ!」

マスク・ザ・ハンサムはすぐに2本のイーグルダガーを手にし、ハンフリーの炎の爪とつばぜり合いを演じる。

だが、力勝負ではかなわないことが分かっているため、すぐにハンフリーの腹を蹴って距離を取り、眼を閉じて集中し始める。

(マスク・ザ・ハンサム…女性に人気だが、これまでの闘士と比べると弱いはずだが…)

マスク・ザ・ハンサムは3年前から仮面武闘会に参加しており、その甘いルックスから女性陣からの人気が高い。

だが、ハンフリーやガレムゾン、ベロリンマンなどと比較すると成績が低く、本人が恥ずかしがり屋で仮面で顔を隠さないと人前に出られないらしく、あまり本人の姿をグロッタで見たことがない。

そのためか、女性陣からはミステリアスなイケメンとして認知されていて、どこかの国の貴族か王子などという根も葉もないうわさが流れるほどだ。

だが、今の彼の動きはこれまで対戦したときよりも軽やかになっており、隠し玉らしい2本のイーグルダガーをこうしてみるのは初めてだ。

「はは、これは油断できる相手ではないな」

意外な相手になったマスク・ザ・ハンサムをうれしく思うハンフリーは深呼吸し、再び構え直した。

 

「さあ、エルディちゃん。近づいたらまずいわよー?」

レディ・マッシブは口から火を噴き、エルバをけん制する。

ドラゴンが放つブレスよりも威力が弱く、距離も短いため、少し距離を離すことで十分回避することができる。

だが、エルバが知っているレディ・マッシブはそのようなことを分かってうえで、既に次の手を打っている。

炎が収まると、エルバの目の前にいるはずのレディ・マッシブが姿を消していた。

「移動するなら…そっちか!!」

後ろから気配を感じたエルバは振り返り、退魔の太刀で背後から切りかかろうとしたレディ・マッシブのレイピアを受け止める。

「ホホホホ!さすがね、わずかな気配で見破るなんて!」

「ここまで速いのは予想外だがな…!」

あっという間に後ろに行って切りかかる。

それだけのスピードをレディ・マッシブが素で持っているとは思えない。

あるとしたら、ピオリムの影響が大きいかもしれない。

「そろそろピオリムも切れるわね…なら、こうはどうかしら!?」

距離を取ったレディ・マッシブが握っているレイピアがいつの間にかローズウィップに変わり、それがエルバに向けて振るわれる。

赤いとげのついたムチだが、サークレットを着用しているエルバには棘がわずかに肌に当たる程度で、軽傷で済む。

だが、これで身動きは封じられてしまった。

「さあ、ここから受けてもらうわよ!!あっついキッスを!!」

レディ・マッシブがエルバに向けて投げキッスをすると、紫色のハートがエルバに向けて飛んでいく。

動けないエルバにそれが命中すると同時に、息苦しさを感じ始めた。

「な、なんだ…これは…!?」

「ワタシの技、ポワズンキッスよ。当たり所が悪いと毒になるわ。乙女のキッスには棘があるのよ♡」

「説明はありがたい…だが!!」

エルバは毒で弱った体を押して、レディ・マッシブに向けて走って接近する。

レディ・マッシブに近づくにつれて縛っていたローズウィップが緩み、エルバは素手でそれを外すと、そのまま右手をレディ・マッシブにかざす。

「受けろ、ベギラマ!!」

右手から火炎放射のような閃光がレディ・マッシブに向けて放たれる。

閃光はレディ・マッシブを包み込んでいった。

「どうだ…!?」

「エルディ!お前、どこに攻撃をしている!?ヤツはそこにはいないぞ!!」

「何!?」

「オホホホホ!!見事に術中にはまったわね、エルディちゃん。ローズウィップがただの鞭ではないわ!」

ハンフリーとレディ・マッシブの言葉で我に返ったエルバはベギラマを解く。

そこには直撃を受けて黒焦げになるはずのレディ・マッシブの姿はなかった。

同時に、エルバの視界がなぜか紫色の霧に包まれているような状態となり、その霧の中にはレディ・マッシブの幻影が見えた。

「くそ…まさか、マヌーサか!?」

「ローズウィップの棘はミストローズの棘。その棘には相手をマヌーサ状態にする毒が入っているのよ」

「毒と幻惑か…くそ!」

毒のせいで体力が抜けていくのを感じ、退魔の太刀も落としてしまったようで、どこにあるのかわからない。

幻惑のせいで視界に頼ることができない以上、気配でレディ・マッシブの攻撃を見切るしかない。

「マスク・ザ・ハンサムちゃん。このままハンフリーちゃんと遊んであげて。エルディちゃんと決着をつけたら、合流するわ!」

「はい、任せてください!シル…いや、レディ・マッシブさん!!」

(エルディ、毒とあいつの言っていた幻惑のせいで動けないのか!それに、奴め…!余計動きが鋭くなったぞ!?)

2本のイーグルダガーでハンフリーの炎の爪を何度もさばいていき、1度だけ発射したメラミレベルの火球もバック転して回避していた。

おまけに、ハンフリーの胴体には軽い切り傷がいくつかあり、既に彼の攻撃を何度か受けてしまっているが、軽症であるため、戦闘続行は可能だ。

(彼を野放しにしたら厄介だ。それに…あいつが好調な理由、分かってきたぞ)

それは同時に、彼にとっての落とし穴になりえることもハンフリーは理解していた。

勝利し、決勝へ行くためにはこの穴を利用しない手はない。

だが、そのためにはエルバにその幻惑から脱出してもらう必要がある。

「さあ、エルディちゃん!アタシの攻撃、受けてもらうわよ!!」

「く…!!」

霧の中からレディ・マッシブが出て来て、レイピアで切りかかってくる。

腰にさしてあるユグノアの剣を抜き、受け止めようとするが、刃がぶつかり合うと同時にレイピアごとレディ・マッシブの姿が消えてしまう。

同時に、側面にいきなりレディ・マッシブが姿を現し、レイピアで右腕を斬りつけられる。

切り傷と出血でそのレディ・マッシブは本物だと確信し、剣で切ろうとするがその前に彼は霧の中へ消えてしまう。

(ここまでの搦め手…こいつが、奴の全力か…!?)

訓練中は純粋に身体能力と武器の扱いだけでエルバやカミュと戦っていたが、今の彼はまったく戦い方が違う。

毒や幻惑を活用し、力を奪ったうえで仕留める。

この戦い方は共に戦っている間も見せなかったものだ。

斬られたせいで右腕の力が鈍くなるが、それでも剣を振るうことだけはできる。

だが、それだけではレディ・マッシブを倒せない。

エルバは予備としてもう1本差してある鋼の剣に目を向ける。

カミュが2本の短剣を使い、彼から武器が何らかの理由で手から離れてしまった時に備えておいたほうが良いと、2本の片手剣を差しておくことを提案されていて、素直に従った結果だ。

同時に、エルバの脳裏にカミュ、シルビア、ホメロスの姿が浮かぶ。

カミュの2本の短剣、シルビアが時折見せる異なる武器による二刀流、そしてホメロスの2本のプラチナソード。

(ふむ…どうやら、両利きらしいのぉ。もしかしたらその重苦しい剣以上に戦う術があるのではないかと思ってのぉ)

脳裏に響く、抽選の時のロウの言葉。

エルバの左手は自然と鋼の剣に向かい、それを引き抜いていた。

「あら…?二刀流のつもりかしら?」

意外な動きを見せるエルバにレディ・マッシブは軽く驚きを見せる。

エルバが二刀流になるのは初めてで、訓練の様子を見た中でもそれをした姿は見ていない。

訓練もしたこともない、ぶっつけ本番の、しかも毒で幻覚で満身創痍な状態の動きでどこまでやれるのか?

エルバの眼には2人のレディ・マッシブの姿が見え、一斉に自分に切りかかってくる。

「…!」

エルバの握る2本の剣が迷いなく2本のレイピアを阻む。

左側は幻影だったのか、すぐに消えたものの、右側のレディ・マッシブは本物のようで、鍔迫り合いになる。

右腕が斬りつけられている分、力の入りにも影響が出ており、徐々にレディ・マッシブに押されていく。

右手にしか武器がないならまずいかもしれないが、今のエルバの左手にはもう1本の片手剣がある。

エルバは左手の鋼の剣の柄を思い切りレディ・マッシブの脇腹に叩き込む。

「うぐ…!!」

このまま押し切る前に重い一撃を受け、レディ・マッシブは体勢を崩してしまう。

同時に、エルバにかかっていた幻惑が消え、視界を覆っていた霧も消えていく。

エルバは動きの止まったレディ・マッシブの腹部を右足で蹴る。

蹴られたレディ・マッシブは吹き飛ばされ、ステージ上にあおむけに滑るように倒れる。

「レ、レディ・マッシブさん!!」

レディ・マッシブが倒れたのが見えたマスク・ザ・ハンサムは驚いたように、彼に注意を向けてしまう。

これはハンフリーに大きな隙を与えることになってしまった。

「そこだ、はああ!!」

駆けだしたハンフリーはマスク・ザ・ハンサムに向けてドロップキックを放つ。

走り出す音が聞こえたマスク・ザ・ハンサムはすぐにハンフリーに目を向けたが、その時には既にそれの直撃を受けており、場外に突き飛ばされてしまった。

相手の攻撃によって場外に出されてしまった以上は、負けが確定する。

重い一撃を受けたものの、やはり闘士として訓練を受けているだけあって、持っている短剣は手放しておらず、受け身もとってダメージを軽減していた。

だが、もらった一撃が大きすぎて、そのまま気を失ってしまう。

更に、レディ・マッシブも起き上がると同時にエルバに剣先を喉元に向けられる。

動きようがないレディ・マッシブはフゥとため息をつき、持っているレイピアを手放した。

「マスク・ザ・ハンサムダウン!そして、レディ・マッシブも降参!!勝負ありだーーー!!エルディ・ハンフリーペアが決勝進出だーーーー!!」

勝者が決まり、会場が激しい声援に包まれていく。

エルバは傷を負った右腕にベホイミを唱えて治療をしつつ、レディ・マッシブに目を向ける。

「ふふ…このシル…じゃなかった、レディ・マッシブに勝つなんて、成長したわね。エルディちゃん。それに、磨けば光る物も見つけることができたわ…」

「…別に。ただ使えるかもしれないと思っただけだ」

「そうかしら?でも、磨いても悪いことはないんじゃなくて?」

エルバは両手に握っていた2本の剣をしまい、自分の両手を見る。

生まれて初めて2本の剣で戦うことになったが、どこかこれまで両手剣を使っていた時とは違うものを感じられた。

力強い一撃では確かに負けているが、手数は二刀流の方が上で、複数人を同時に相手する時、素早い連撃を行う相手と戦うときが来たら、もしかしたらこちらの方が良いのかもしれない。

フッと笑ったレディ・マッシブは大きくジャンプし、倒れているマスク・ザ・ハンサムをお姫様抱っこする。

何かによって体が浮いたのを感じたマスク・ザ・ハンサムはうっすら眼を開き、レディ・マッシブを見る。

太陽の光が差し込んでいて、彼の顔はよく見えない。

「ありがとう、あなたのおかげで面白い時間を過ごせたわ。ゆっくり休んで…」

「ああ…レディ・マッシブ。あなたは僕の…愛の戦士…」

マスク・ザ・ハンサムは彼のような戦士と共に戦える時間を与えてくれた運命に感謝するように手を伸ばし、再び意識を失った。

レディ・マッシブは彼を抱えたままジャンプしてステージ上に立ち、エルバを見る。

「あなたに負けたのなら、悔いはないわ。最高の勝負をありがとう!アディオス!エルディちゃん!」

そう言い残すと再び大きくジャンプをする。

エルバが上を見上げると、既に2人の闘士の姿は消えていた。

「…なんだったんだ、あの人は…?」

「気にするな。だが、あんたがダメージを負うなんてな」

声援に包まれる中、エルバはハンフリーの傷をベホイミで治療していく。

「はは、チャンピオンでも無傷とはいかないさ。だが、他の闘士たちも力をつけていっている。俺も、いつまでもチャンピオンの座であぐらをかくわけにはいかないな」

実際、マスク・ザ・ハンサムはレディ・マッシブの影響を受けたとはいえ、短剣とブーメランで自分に今大会では初めてのダメージを与えている。

来年、力をつけて戻ってきたときのための鍛錬のメニューを既に考え始めていた。

 

そして、2時間が経過し、一番熱い時刻となったことで、観客は皆水分を取り始めていた。

しかし、チャンピオンが決まる大切な戦いがこれから始まることから、誰一人その場を離れようとしなかった。

「皆様、たいへん長らくお待たせいたしました。準決勝の勝者の休養も終わり、体力万全!最高のバトルが今、ここで始まろうとしています!!まずは勝ち上がった2チームの入場です!!」

2組のペアが左右の入場門から入り、ステージ上で戦うべき相手と対峙する。

「今回の大会はマジですげえな…」

「ああ、チャンピオンを除いて、まさかのルーキーだからな」

チャンピオンを除く古参の闘士たちが倒れ、今ここで向き合う闘士たちに観客たちはこれまでの仮面武闘会の歴史の大きな分岐点となるように感じられた。

だが、エルバはそのようなことはどうでもよく、それ以上に虹色の枝が手に入るという事実だけが重要だった。

(相手が誰であろうと、負けるつもりはない。虹色の枝は勇者の真実を知るために必要だ…)

「エルディ・ハンフリーペア、マルティナ・ロウペア。どちらのこれまでの戦いぶりも、チャンピオンとなるにふさわしいものばかりです。ですが、両雄並び立たず。チャンピオンとなるのは1ペアのみ!!」

「気を抜くなよ、エルディ。奴らからは感じるプレッシャー、ただ者じゃないぞ」

「ああ…分かっている」

エルバはじっとマルティナとロウに目を向ける。

観戦していたセーニャの話では、マルティナ1人でカミュとミスターハンを撃破するだけの力がある。

女だからと油断していると痛い目に合うのは確実だ。

ハンフリーは気合を入れなおすためか、懐から例の瓶を出す。

「気合を入れるためか…?」

「大丈夫だ、お前の分も用意してある」

朝のこともあり、彼も飲むだろうと思っていたハンフリーはさらにもう1本の瓶を出し、エルバに与える。

そして、ハンフリーは先に中身を飲み干して、空の瓶をしまう。

再びこのような得体のしれないものを飲むことになったエルバは表情を変えないものの、体に害が発生するかもしれないそれに警戒する。

まだセーニャとベロニカに自分の体を見てもらえていないため、今自分の体がその液体のせいでどうなっているのかわからない。

何らかの作用で強化されてしまっているのか、それとも気が付いていないが毒のようにダメージが発生しているのか。

だが、ここで警戒心を見せてはハンフリーに怪しまれてしまう。

意を決したエルバは瓶の中身を一気に飲み干した。

「…!?」

エルバがそれを飲んだのを見たマルティナとロウは目を丸くする。

瓶とハンフリーのことで頭がいっぱいになっていたエルバはそのことに気付かず、空の瓶をハンフリーに返す。

「よし…エルディ。この戦い、必ず勝つぞ」

「ああ…」

エルバは退魔の太刀を抜き、いつでも戦えるように構える。

「ロウ様…」

「うむ、姫…。そろそろ儂も動くべきじゃな」

ロウは背中に背負っている荷物から鉄の杖を出し、深く深呼吸をする。

「おい、あのじいさん。いよいよ動くのか??」

「今まで武器も握ってなかったのに…どんな戦いを見せるんだ…??」

決勝戦になり、出し惜しみなしの状況になったからか、武器を構え、臨戦態勢となったロウに観客たちはざわつき始めた。

「それでは…仮面武闘大決勝戦…開始!!」

マルティナは背中の長刀を抜き、あいさつ代わりにそれでエルバの退魔の太刀とつばぜり合いを始める。

長刀を受け止めるエルバだが、グレイグのものと比較するとその長刀の一撃は大したことがない。

それ以上に問題なのは彼女の脚だろう。

「はぁ!!」

エルバの腹部に向けて素早い蹴りを入れる。

「うぐ…!?」

あまりにも素早いにもかかわらず、重たい一撃が腹部を襲い、エルバは2歩後ろに下がって左手で腹を抑える。

一瞬でも気を抜いたら意識が飛んでしまいそうな一撃で、飲んだばかりの水が食道へ逆流していくのを感じる。

我慢できなくなったエルバは左手で口元を抑え、その水を吐き出した。

その姿を見たマルティナとどこかほっとした様子を見せるが、すぐに表情を凛としたものへと変え、今度はエルバに何度も蹴りを入れ始める。

エルバは痛みに耐えながら、両手で握りなおした退魔の太刀を盾替わりにして受け止める。

だが、あくまで細身の太刀であるため、衝撃が刀身にビシビシと伝わっていき、それが両手に伝わっていく。

「守りに入ったら負ける…なら!!」

「そんな重苦しい剣では勝てないわよ、はぁ!!」

エルバをすっ転ばせようと足払いを放つが、その前にエルバの体が宙を浮く。

トベルーラを利用して空を飛ぶエルバは上空からマルティナに向けて何度もギラを唱えた。

狙いが定まっていないものの、連続で飛んでくる閃光で彼女の動きをけん制できるものと思われた。

「ロウ様!」

自分に飛んでくる閃光だけ、素早い回し蹴りで起こす風でかき消したマルティナは相方の名を呼ぶ。

自分が呼ばれたのを聞こえたロウは静かにうなずくと、彼の体も宙を舞う。

「何!?」

「トベルーラ…まさか、お前さんのような若者も使うことができるとは…最初に会った時から思っていたが、ただ者ではないのぉ」

「杖を装備しているとなると、賢者か魔法使いか…だが、接近すれば!!」

「接近すれば勝てるとでも?舐めてもらっては困る」

接近し、ロウに向けて退魔の太刀を振り下ろす。

杖で受け止めれくれたら、あとは力でその杖を手放させることができると思った。

しかし、エルバは信じられないものを見て、動きを止める。

なんと、ロウの体が青い光に包まれており、杖で正面からエルバの一撃を受け止めていた。

「重い一撃じゃ…この力がなければ、どうなっていたことか…」

「あんた…何者だ??」

「修行僧…とでも言っておこうかのう」

光に包まれたまま、ロウは一気にエルバから距離を離す。

その時のトベルーラのスピードはベロニカのもの以上だった。

そして、宙に浮いたままロウは杖を腰にさすと、その場で静かに舞い始める。

手足と指の動き、そして呼吸と連動するようにロウの目の前に魔法陣が出現する。

ロウを追いかけていたエルバはその魔法陣に危険を感じる。

「ヒャダルコ!!」

魔法陣から根っこのような太い氷の刃が発生し、エルバに襲い掛かる。

質量の大きい氷だが、距離を離していたおかげで飛びながら回避することができる。

だが、回避の際に肌に感じた冷気にエルバはこの氷に当たるわけにはいかない緊張感を覚えた。

その緊張感に追い討ちをかけるように、今度は真上から闇の球体が飛んでくる。

死角からの一撃をまともに受けてしまったエルバはトベルーラを維持できず、ステージ上の転落する。

「エルディ!!」

「よそ見している場合かしら?チャンピオン!」

落ちたエルバを助けたいハンフリーだが、彼は正面から攻撃してくるマルティナに対処するだけで精一杯だった。

だが、彼の眼には先ほどまでのロウの動きが見えていた。

(まさか…あの氷で足場を作って、そこからドルマを唱えていたとは…しかも、ヒャダルコの氷というのはここまで持つものなのか!?)

ヒャドやヒャダルコの氷は魔力供給を維持すれば、周囲の気温などの状況にもよるが氷の状態を維持することが可能だ。

だが、ロウは魔力供給をすることなくそのまま移動し、エルバの頭上からドルマを唱えていた。

彼が生み出したヒャダルコの魔法陣は、彼がドルマを唱えるまで消えていなかった。

(闘士仲間から聞いたことがある…確か、ランダ流、だったか?体術を組み合わせた賢者の技…)

これはうろ覚えでしかないが、賢者にもいくつか流派が存在するらしい。

その1つがランダ流で、魔力の制御や伝達の手段として肉体の動きを取り入れたものだ。

呼吸、血液の流れ、筋肉の動きにより、魔力をよりダイレクトに現実に作用させる。

その都合上、使い手は魔力と肉体の双方に優れた人物が求められ、それ故に数が少ない。

ハンフリーもその使い手を見るのはロウが初めてだ。

「う、うう…」

退魔の太刀を支えにして起き上がるエルバは額に手を当て、首を横に振り回す。

頭が響き、ダメージのせいで若干視界がぼやける感覚がするが、戦闘継続は可能だ。

「エルディ、大丈夫か!?俺が女格闘家を抑えるから、お前はあの爺さんを倒せ!!」

「ハンフリー…」

ハンフリーはマルティナの蹴りを両籠手を縦にして受け止めている。

助けに行きたいが、ロウが健在で、あの呪文を受け、その威力を肌で感じてしまった以上はこのまま放置するわけにはいかない。

マルティナのことをハンフリーに任せ、エルバは再びトベルーラで飛ぶ。

ヒャダルコの氷は魔力が切れたせいか溶けていき、その水が雨のようにステージ上を濡らす。

「あの爺さん…どこにいる?」

周囲を見渡すエルバだが、上空にいるはずのロウの姿がどこにも見えない。

死角となる可能性があるのは上空で交差している巨大な剣の像。

その影を探るが、ロウの姿はなく、気配も感じられない。

「儂を探しておるのか?」

急に背後から声が聞こえ、振り返ると同時に真後ろにいたロウが至近距離からドルマを唱え、右手に闇の球体を出現させる。

至近距離でこの一撃を再び受けたら、今度こそ戦闘不能になってしまう。

エルバはとっさに退魔の太刀を捨て、左手を伸ばし、闇の球体をつかむ。

「な…!?」

「この呪文を受けるわけにはいかない!!」

左手から鋭い痛みを感じ、手袋も破れていく。

手袋の中に隠れていた痣が丸見えになると同時に、白い光を淡く放つ。

「デイン!!」

闇の球体にダイレクトに勇者の雷が遅い、相殺するように消滅する。

(デイン…じゃと!?)

ドルマが相殺された以上に、ロウはエルバが唱えたその呪文の名前に驚きを見せていた。

その呪文を使える人間はロウが思いつく限り、この世界では1人しかありえない。

しかも、その人物は記憶違いでなければもうこの世には存在しないはずだ。

ロウの視線が次第に丸見えになったエルバの左手の甲に向けられる。

ドルマを受けたためか傷だらけになっていて、血で濡れていて全体が見えないものの、それでもロウには分かった。

(まさか…彼は!?)

「はあ、はあ、はあ…」

ロウがなぜ目を丸くしているのかわからないエルバは肩で息を整えつつ、疲労を少しでも回復させようとしていた。

印を切ることなく、無我夢中で放ったためにいつも以上にデイン1発で消耗していた。

剣の像の上に降り、トベルーラの魔力消耗を防ぐことで回復しようとする。

もっとも、ロウがそれを許せばだが。

(いいや、今は仮面武闘会。戦わなければ…。それに、確かめるのは大会の後でもできることじゃ)

深呼吸をし、体の中の魔力の流れを敏感に感じ始めていた。

 


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