ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第2話 成人の儀式

「あ、ああ…うわああああ!!!」

洞窟を抜けると同時に、子供の叫び声が聞こえる。

エルバとエマの視界を真っ白な霧が包み込んでいて、前方がよく見えない。

「こんなに霧が…霧…??」

霧という言葉から、エルバはテオが話してくれた旅先で出会った魔物のことを思い出す。

真っ白な煙のような姿をしており、剣も槍といった物理攻撃が一切通用せず、煙に取り込んだ生物を煙のように分解して自らの栄養に変える魔物のことを。

その魔物の名前は…。

「まずい、スモークだ!!」

「助けてーーー!!」

「この声…マノロよ!」

「急がないと、取り込まれる…!」

煙に変わってしまうと、もう回復呪文で助けることができなくなる。

2人と1匹は急いで声が聞こえた方向に向けて走っていく。

そこにはエルバに言う通り、スモークの姿があった。

「エルバ兄ちゃん、エマ姉ちゃん!!」

スモークにおびえ、その場に座り込んでいる茶色いおかっぱ頭の少年が2人の姿を見つけ、這いずるように彼らの元へ急ぐ。

ルキは追いかけようとするスモークを威嚇するように何度も吠えた。

だが、通常攻撃が通用しないスモークはあざ笑うかのように子供をゆっくりと追いかける。

まるでハンターが獲物をゆっくり狩って楽しむかのように。

だが、スモークにはある誤算があった。

「メラ!!」

エルバがメラを唱え、火球がスモークに襲い掛かる。

通常攻撃が通用しないスモークだが、ヒャドで凍結させる、もしくはルカニで実体化させる、もしくはこのように呪文もしくはそれの力を受けた攻撃をするといったやり方しだいによって倒す方法はいくらでもある。

メラを受けたスモークは叫び声をあげながら消滅していく。

「ふぅ…。村長から呪文を少し教わっておいて、助かった…」

現在、イシの村で呪文を教えることができるのは村長のダンだけで、エルバは大人たちと一緒に近辺の魔物を退治しに出かけることもあって、彼から最低限の呪文を教わっていた。

使えるのはメラとホイミだけだが、儀式が終わったらもっと教えると約束してもらえた。

「エ、エルバ!!あれ!!」

左手でエルバの袖を引っ張ったエマは洞窟の入り口に指をさし、その方向に向けてルキが吠えている。

周囲を包んでいた霧が一か所に集まっていて、それがスモークの姿へと変わっていく。

「スモークは2匹いたってことか…」

メラを放ったエルバが危険だと判断したのか、スモークは魔物に目もくれず、エルバを取り込もうと直進する。

エルバはメラを放つが、当たる直前に煙を分散させ、ダメージを最低限に抑える。

そして、彼の背後で再び元の姿に戻り、背後から取り込もうとする。

「危ない!!メラ!!」

エルバのピンチに驚きながら、エマはメラを放つ。

彼女もメラが使えることに気付いていなかったスモークにメラが直撃し、先ほどの仲間と同じような悲鳴を上げながら消滅していった。

「ハアハア…」

持ってきていた魔法の小瓶を手に取り、エマはゆっくりとその中にある透明な液体を口に含む。

魔力がこもった水がその小瓶には入っており、少量ではあるが魔力を回復させることができる。

メラ2発で魔力が尽きてしまうエマにとってはそれで十分だ。

「もう、エルバ!魔物に背中を見せるなんて…!」

魔力を回復させたエマは怒った表情を見せながらエルバに顔を近づける。

「エマならメラでスモークを倒せるって信じてたから…っていっても、駄目か?」

「駄・目!」

信頼されていることは素直にうれしいが、それでも先ほどのエルバの状況は一歩間違えば彼が取り込まれてしまう恐れがあった。

それについては彼も分かっているようで、そこは素直にゴメンと謝罪した。

「エルバ兄ちゃん、エマ姉ちゃん!!」

マノロが2人に駆け寄ってくる。

「マノロ…どうして神の岩に…」

「2人をびっくりさせようと思って、ここまで来たんだ。そうしたら、魔物が…」

「おかしいわね…スモークは神の岩にはいないはずなのに…」

スモークはイシの村の西にあるナプガーナ密林という迷えば二度と出ることができないと言われている場所で真夜中に遭遇することが多いモンスターだ。

一説によると、迷い込んだまま命を落とした人々の魂がその無念の思いから変貌したものらしい。

しかし、スモークが神の岩に生息しているのを確認した例はこれまで存在しない。

出るとしても、洞窟の中で倒したスライムやモコッキーくらいだ。

「それはそうと、ダメよ!こんな危ないことをしたら!!さ、ルキと一緒に村へ帰りなさい!」

「う、うん…わかった。ごめんなさい…」

2人に謝罪したマノロはルキに先導され、来た道を戻っていく。

襲ってきた魔物は何匹か倒しており、ルキもこの程度の魔物を倒すのは造作もないこと。

無事に戻ることだろうと安心したエマは神の岩に目を向ける。

今の場所は神の岩の中間地点に当たる場所で、ここからは先ほどのような洞窟はない。

頑丈なツルや段差をよじ登り、細い足場を使って頂上まで進まなければならない。

「あと半分だね…」

「ああ…もうすぐだ。スカーフをひっかけるなよ?」

「そんなヘマしないわよ…って…」

ポタリと足元に雨のしずくが落ちる。

それを合図にしたかのように雨が降りはじめ、その勢いはだんだん強くなっていく。

「雨か…」

「やだ…。エルバ、急ぎましょう」

雨になると、手や足を滑られてしまうことが多くなる。

過去に、不運にも雨の日に儀式を受けることになった人はそのせいで途中で転落してしまい、大けがをしてしまったことがある。

そのこともあり、大雨が降った場合は儀式が延期されることがある。

エルバは上にある足場の木から垂れているツルを引っ張り、強度を確かめる。

「これなら登れる…。ついてきて、エマ」

「う、うん!」

エルバの後に続くように、エマはゆっくりとツルを上っていく。

イシの村のような田舎の村では、子供の遊びとしたら川遊びや木登り、かけっこなど、できることは限られている。

2人もそうした遊びをよくしており、この程度のことは多少の雨でも造作もなく行うことができる。

「足元、気を付けて」

細い足場に差し掛かり、エルバは岩に背中を張り付け、ゆっくりと横歩きで進んでいく。

「ねえ、エルバ…」

「何…?」

「私、うれしい…。あなたと一緒に成人の儀式を受けることができて…」

「どうした?いきなり…」

エマの急な言葉に苦笑し、エルバは先に開けた場所まで到着する。

そこから先は段差をよじ登って進むことになる。

「だって、普通は1人で行くことになるでしょ?だけど、同じ誕生日で一緒に育ってきたエルバと一緒に儀式を受けることができた…。きっと、私1人だとくじけてた…」

「エマ…」

「だって、私…なんだかエルバに…キャア!!」

しゃべっていたせいか、足を滑らせてしまったエマは足場から落ちてしまう。

このまま落ちてしまうと思い、目を閉じたエマだが、彼女の右手をエルバがつかんでいた。

「ハアハア…大丈夫…?」

「う、うん…ごめんなさい…」

エルバに引っ張られ、無事に引き上げられていく。

引き上げられていく中、エマはエルバの腕力を感じ、安心することができた。

それと同時に、どこか寂しさも感じられた。

(なんだろう…エルバ、こんなに近くにいるのに、あなたがどこか遠い所へ行っちゃう感じがする…)

 

雨が降り続ける中、エルバとエマは神の岩の頂上に到着した。

しかし、天気が天気なので、そこから見える景色は霧でおおわれており、何も見えない。

「雨が強くなってる…。きっと絶景が見れたかもしれないのに、残念だなぁ。早く、お祈りを済ませましょう!」

「ああ…」

ここまで来た目的は絶景を見るためではなく、儀式を行うため。

2人はひざまずき、神の岩に宿る大地の精霊に祈りをささげようとする。

遠くから雷の音が聞こえてくる。

「え…!?」

雷の音の中に、鳥の鳴き声のような音が聞こえてくる。

次の瞬間、霧の中から大きな鳥の影が見えてきた。

「危ない、エマ!!」

エマを抱き寄せ、後ろへ下がると霧を突き破り、紫色のコンドルの姿をしたモンスターが襲い掛かってくる。

光るものに目がなく、見つけては巣へ持ち帰ろうとする性質を持つモンスターだ。

しかし、その魔物をエルバもエマも見たことがない。

「くそっ!!儀式の邪魔をするな!」

イシの大剣を手にし、振り回すが空中で動き回るヘルコンドルには当たらない。

メラを使うにしても、雨のせいで当たる前に消えてしまう。

「だったら…!」

エルバは近くに転がっている石を拾い、それをヘルコンドルに向けて投げつける。

石は右目に命中し、一瞬ひるみはしたが、すぐにベホイミを唱えて負傷した目を回復させる。

そして、自分に攻撃してきたエルバをにらみつけると鉤爪で捕まえようと突撃してくる。

これはヘルコンドルの攻撃手段の1つであり、獲物をわしづかみして上空から叩き落すことで仕留めるという鳥型の魔物の常とう手段でもある。

(ここで避けたら、エマが…!)

エマがそばにいることから、避けるにも避けられない。

やむなくエルバはヘルコンドルの自身への接近を許す。

「エルバ!!」

このままではエルバが捕まってしまうと思い、声を上げるエマ。

しかし、エルバが待っていたのはこのタイミングだ。

捕まるギリギリのところで、エルバは至近距離からメラを放つ。

しかし、メラを受けたヘルコンドルはびくともせず、そのままエルバを捕まえてしまう。

「メラが効かない…!?」

「そんな…どうしたら…!?」

雨は勢いを増す一方で、メラを使うにも先ほどエルバがやったように、至近距離から放たなければ意味がなくなってしまう。

なすすべもなく捕まった獲物を早く地面に落としたいのか、ヘルコンドルが高度を上げていく。

そんな中、エルバの左手の痣が光り始める。

それに反応するかのように、上空には痣と同じ形の大きな魔法陣が展開され、それから雷がヘルコンドルに向けて落ちていく。

上への警戒を怠っていたヘルコンドルの頭に雷が直撃する。

「うわああ!!」

頭が黒焦げになったヘルコンドルと共に、エルバは地面に落ちる。

「エルバ!!」

慌てて駆け寄ったエマを見たエルバは心配させないよう右手で制止させながら立ち上がる。

雷を受けたことで即死したのか、ヘルコンドルはピクリとも動かない。

「何だったんだ…さっきのは…?」

「エルバ、痣が光ってる!」

「え…?」

エマに指摘され、初めてエルバは自分の痣の異変に気付く。

痣の光はだんだん弱まっていき、数秒で元の状態に戻ってしまった。

「もしかして、痣があの雷を…?」

ヘルコンドルから羽と少量の肉、骨をはぎ取りながら、エルバは左手の痣に疑問を抱く。

小さいころ、ペルラやテオにこの痣について尋ねたことがあるが、2人とも何も知らないと答え、村長やほかの大人たちに聞いても結果は同じだった。

命の大樹を見ているときにうずくだけで日常生活に影響を与えることがなく、成長するにつれて、それに対する疑問は薄らいでいった。

しかし、この雷が左手の痣がただの痣ではないということを示したように思えた。

「エルバ…私をかばってくれたのね。ありがとう…」

「別に…幼馴染として当然のことをしただけさ」

照れ隠しか、残ったヘルコンドルの死体を隅にどかしながらエルバは言う。

そんな彼がかわいいと思ったのか、エマはクスリと笑ってしまう。

邪魔をするものは雨以外なく、あとは大地の精霊に祈りをささげるだけだ。

「ほら、早く祈って、神の岩から降りよう」

「うん!」

2人は横並びになってひざまずき、目を閉じて祈り始める。

「われら、イシの民。大地の精霊と共にあり…」

前日にダンから教わった祈りの言葉をエマが最初に口にする。

そして、間髪入れることなくエルバが続ける。

「ロトゼタシアの大地の恵みをもたらす精霊たちよ。日頃の糧を与えてくださり、感謝します」

その言葉を口にしながら、エルバはダンや神父の言葉を思い出す。

魔物もまた、自然に一部であり、彼らから得た毛皮や肉、骨、羽などはいずれも大地の精霊からの贈り物だと。

だが、さすがに今回のヘルコンドルはとても贈り物とは思えなかった。

これが贈り物だとしたら、精霊はとてもへそ曲がりな皮肉屋に思えてしまう。

「どうか、その大いなる御心で…」

「悠久の大地に生きる我らを、これからもお守りください」

祈りの言葉を終えると同時に、雨が弱まっていく。

雨雲がはれていき、太陽の光が神の岩の頂上を照らし始める。

「すごい…エルバ、見てみて!!」

エマに服を引っ張られたエルバは目を開く。

そこからは山や森、大きな海など、イシの村の中では見ることのない広い世界が広がっていた。

渓谷の中にあるイシの村では、神の岩のような高所でなければ外の世界を見ることができないのだ。

初めて見る景色にエマは目を輝かせる。

「きれいな景色…」

「そうだな。虹もある…」

「世界って、こんなに広かったんだ。この儀式を考えた人たちって、きっとこの景色を見せたかったのかな…?」

嬉しそうに景色を眺めるエマの横顔をエルバは見る。

あの景色を見たこと、そして太陽の光に照らされているせいか、それとも成人の儀式をしたせいなのか、今のエマがいつも以上にきれいに感じられた。

「それじゃあ、儀式が終わったことをおじいちゃんに教えてあげましょ!」

エルバに目を向けたエマはにっこりと笑顔を見せる。

一瞬見とれてしまったエルバはそれを隠すためにも、しゃべることなく首を縦に振った。

 


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