馬小屋でそれぞれの馬を置いたエルバ達は潮風の匂いがする屋内の通路を通る。
若干くの字型になるような上下の傾斜があり、その先には町へと続く大きな扉がある。
先頭に立つエルバがどの扉を開けると、強い風が5人を襲い、エルバ達はわずかに目をつぶる。
風が収まり、眼を開くとそこにはレンガ造りの足場と埋立地でできた街並みが広がっていた。
3つの通りの間にはゴンドラが商品を積んで移動していて、商店が立ち並んでいる。
また、3つの通りの先には大きな広場があり、そこでは何かのイベントのために船乗りたちが準備をしていた。
サマディーを出て、5日かけてダーハラ湿原を抜けたエルバ達はその街並みを見て、ようやくダーハルーネについたことを実感する。
「ダーハルーネ…世界有数の港町よ」
「世界で一番デカイ港町ってだけあるな。よさげな家がたくさんあるぜ」
デルカダールの貴族が住んでいる区域の家ほどではないが、それでも一介の商人や住民が住むには大きすぎるような家が立ち並んでいる。
元々は小さな漁村だったが、30年前にとある商人がこの土地に港としての価値を見出し、私財を投じ、サマディーの協力を取り付けて大きな港を建てた。
そして、この港町はサマディーとデルカダールの中継貿易を初めて富を築いていった。
その商人の息子がギルドを築き、商人たちが商船を持つためのハードルを下げた上に、北方にある街、グロッタや外海との貿易も開始し、ダーハルーネは世界一の港町として名をはせることになった。
そのことから、天才商人親子と呼ばれるようになり、子であるラハディオが現在、ダーハルーネの町長とギルドの頭目を兼任し、サミットで自治権が承認されるに至った。
「ふーん…で、そんな街で船を持っているシルビアって、本当はすごい人じゃ…」
「ウフフ、ベロニカちゃん。余計な詮索は野暮ってものヨン♪アタシの船ちゃんは南西にあるドッグでお休み中なの。さあ、行きましょー!」
「あ、ああ…」
シルビア達が歩きはじめ、エルバも後から続こうとしたが、急に視線を感じ、エルバはその視線がする場所に目を向ける。
左側の通りの柱の陰から、茶色いたった髪をしている10歳くらいの子供がいて、エルバに見られたことにびっくりしたのか、そそくさと逃げていく。
(…港町ということは、もう俺の話が届いているということか…?)
もし、そうだとしたら、すぐに船でこの街を出たほうがいい。
そう考えながら、エルバはシルビアの後に続く。
シルビアの案内で、エルバ達は南西にある大型のドックへ向かう。
ちょうど帰って来た商船がドックに入ってきており、その船の大きさを考えると、同じ程度の者の船をあと5隻は要れることができるほどの大きさだ。
ドックの警備をしている若い船乗りとシルビアが1対1で話をしているが、どうもとんとん拍子には進まないようで、シルビアが困った顔になり、それをエルバに見せる。
「んもう、エルバちゃん聞いてー。この男の子が意地悪してアタシをドッグに入れてくれないのよー」
「船の持ち主なのにドッグに入れない…だと?」
百歩譲って出港できないからだとしても、整備状況や物資の積み込み状況などを見るためにドッグに入ることができる。
これはダーハルーネの条例にも明記されている。
それでも入れないということは、何かがあると考えるしかない。
「もうすぐ、この町でコンテストが開かれるんです。その間、ドッグは閉鎖することに…」
「ふーん…なんだか変な話ねー」
「ここまで来て、なんだ、そりゃ。で、俺たちはそのコンテストとやらが終わるまで入れないってことか?」
「はい、申し訳ありません。海の男コンテストはこの町にとって大事な行事ですので…」
「海の男コンテスト…ですって!?」
急に目をキラキラさせ、好奇心が抑えきれなくなったシルビアは更にその男性に尋ねる。
心に宿る乙女心がそうした強い男にあこがれを感じてしまうのだろうか。
「ねえ、詳しく教えてくれない?」
大男がキラキラした目でズイッと近づいてきたことに男性はびっくりし、一瞬ビクリと震えてしまうが、気を取り直してその海の男コンテストについて説明を始める。
「えー、海の男コンテストとは、波のように荒々しく、空のようにさわやかで、海のような深みを持つ、その三拍子がそろった男を決めるものです!そして、その男たちが自らが持っている技術を競い合う姿を海の神様にご披露することで、これまでの繁栄の感謝と、これからの繁栄への祈りを捧げます。もちろん、この町以外の方の参加も大丈夫です。ですので、この時期になると、この時期が来ると美しい肉体を持つたくましい男や潮風の似合う美男子が続々とこの町に集まってくるんですよ」
ラハディオが町長となってから続いているこのイベントは今ではダーハルーネの住民にとって1年に1度の大事なイベントとなっている。
商人たちも大きなビジネスチャンスであるため、相次いで露店を開いて参加者や観戦客相手に商売をしている。
なお、海の男コンテストでの露店設置は許可制となっており、コンテストの経費や商品の購入のために露店を出した商人にはいくらか寄付金を募る形になっている。
この海の男コンテストの優勝者には副賞として、自らの手で海の神へ神酒を奉納する権利が与えられる。
これはダーハルーネの海の男にとっては最大の栄誉だ。
夜になってから、優勝者は神酒の入った樽と共に小舟に乗って海に出る。
白い小皿で酒を一口すくい、飲んだ後で海の神様に向けて自分の言葉で感謝とこれからの加護を願う。
そして、花火が上がると同時に樽の中の神酒を海へ流すことで奉納の儀式を終える。
これが海の男コンテストのクライマックスとなり、海の神によって海の男と認められる瞬間となる。
この儀式は漁村時代に行われた漁師たちによる祭りが参考になっている。
「やだ…なんだかおもしろそうじゃない!それなら、この町で少し休んで海の男コンテストを見てから出発しましょ!そうそう、ベロニカちゃんとセーニャちゃん。せっかくだから、女だけでお洋服やスイーツを見に行きましょ!」
「待て…俺たちは…」
「…海の男コンテストには興味ないけど、ショッピングは面白そうね。そろそろ、装備を整えないといけないし、前に来たときに見た新しい靴も見ておきたいし!」
「ちょっと待てよ!俺たちは虹色の枝を探しに来たんだぜ、遊んでる暇はねえっつーの!」
このままでは何も手を打たず、遊んですごす状態になってしまうことを危惧したカミュは怒りながらも早く出港するための手段を考える。
このままのんびり港町で待っていたら、必ずデルカダールからの情報が何らかの形で入ってくる。
そうなったら最後、追われる身である自分やエルバは捕まり、逃げようにも出港できなくなってしまう可能性が高い。
それに、時間が経てばたつほど虹色の枝の行方が分からなくなっていく。
しかし、そんなカミュをセーニャは少し泣きそうな表情になって見つめていた。
「な、な…セーニャ?」
のんびりとしているが、自分の使命を果たすことにすべてをかけることができる。
カミュはセーニャをそんなふうに見ていた。
だが、そのセーニャは横歩きにベロニカとシルビアのそばまで行ってしまう。
そして、エルバとカミュに向けて直角になるように頭を下げた。
「ごめんなさい!私…甘いものには目がないんです!」
「セ、セーニャ…嘘だろ…?」
女性陣のストッパーになると期待していたセーニャがまさかとカミュは絶句する。
そして、シルビアを先頭に女性陣3人はそのままその場を後にし、店を見に回り始めた。
「はぁ…あの女3人組はどうしようもねえな…」
「俺たちはどうする?何か手立てはあるということか?」
「まあな、俺のこと…分かってきたみたいだな」
「…」
「だんまりか。ま、いいぜ。ここの町長のラハディオっておっさんに直接交渉だ。きっと、このコンテストの主催もその人だな」
「だが、町長が簡単に旅人に会うと思うか?」
サマディーでは、運よくバトルレックス討伐の傭兵という立場になることができたから王に直接会うことができた。
しかし、運よくそういう話が転がっているほど世の中は甘くない。
そうなるとラハディオの知人に口添えしてもらうなどする必要がある。
そんなことを考えていると、先ほどまでエルバ達の話を聞いていた若い男が口を開く。
「大丈夫だと思いますよ。ラハディオさんはどんな相手でも優しく接する人格者ですから。町の北東のお屋敷がラハディオさんの家です」
「そうか…ま、行ってみるか」
「ああ、セーニャ達をこのまま待つわけにもいかないからな」
屋敷へ向かったエルバは男が言っていた屋敷のドアの前に立つ。
他の街の豪商の屋敷と比べると大きさも構造も大して変わりはなく、ドアに刻まれている家主の名前を見ることでようやく特定することができた。
てっとり早く済ませようと、カミュはドアをノックする。
するとドアの向こうから執事と思われる男性の穏やかな声が聞こえてきた。
「はい、いらっしゃいませ。どちら様でしょうか?」
「しがない旅人だ。町長のラハディオさんに用がある。会わせてくれねえか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
扉の向こうから足音が聞こえ、ギイギイと階段を上るような音に変わっていく。
しばらくすると扉が開き、頭頂部が剥げている、小太りで背丈はエルバとカミュよりも低い男性が出てくる。
着ている茶色い革のコートと白いジャボから、少なくとも執事ではなく、この家の家主だということは理解できた。
「あんたがラハディオさん?少し頼みたいことがあるんだ」
「ええ。私がラハディオです。どのようなご用件で…」
笑みを浮かべたラハディオがカミュと話を進めようとするが、ふとその隣に立っているエルバに目を向ける。
彼の顔を見たラハディオは驚くと、一歩後ろに下がってドアノブに手を置く。
「…あんたたちと話すことはない。さっさと消えてくれ」
そう言い残すと、勢いよくドアを閉めた。
同時に施錠する音が2人の耳に届いた。
「全然取り合ってくれなかったな…」
「…知られていると思ったほうがいいかもしれないな。俺たちのことを。それで、パニックを避けるためにまだ公表していない…」
後半は、あくまでエルバの希望的観測だ。
街に入ったときに受けた少年の目線は明らかにエルバを警戒したものだった。
きっと、もうすぐ町人全員にエルバ達のことが知れ渡ることになるかもしれない。
そうなると、もう船とか虹色の枝とか言っていられなくなる。
「港町ってことで、嫌な予感がしたが、こうなったら俺が1人ででも侵入して…」
「カミュ様、エルバ様!そちらにいらっしゃったのですね!」
2人の姿を見て、駆け寄ってきた幸せそうな笑みを浮かべつつ、左右それぞれの手に握られているマドレーヌの右手側のそれを口にする。
食べ過ぎると太ることは分かっているし、踊り子の服を着ていて、普段と違って露出の多い服装なために目立つのは分かっているものの、やはり年頃の少女の誘惑からは逃れられない。
「そういやぁ、おっさんとベロニカはどうしたんだ?」
「一緒じゃないのか…?」
「それが…」
もう1つのマドレーヌを腰に下げているスイーツ専用の袋に入れた後、セーニャは困った表情を見せる。
エルバ達の素性が知られているかもしれない状況下では、これ以上のトラブルは避けたいところだ。
「お姉さまが大変なんです。すみませんが、一緒に来ていただけますか?」
「まったく、あのチビちゃんには世話が焼けるぜ。いいぜ、案内してくれ」
「はい!こちらです!」
セーニャの先導に従い、エルバ達は階段や迷路のような路地を通り、東端にある通路に到着する。
(あいつは…)
エルバの目に飛び込んだのは、ベロニカの杖を持った少年に対し、取り返そうと突っかかるベロニカの姿だった。
ちなみに、今のベロニカの服装はなぜか茶色い虎猫柄の着ぐるみ姿になっている。
驚きだったのはその少年があのエルバを見ていた人物だった。
「ちょっと、返しなさいよ!あたしの杖!アンタみたいな子供がこのベロニカ様の杖を使おうなんて100年早いわ!」
「お前だってガキじゃねーか!ちょっと借りるだけって言ってるだろ!?」
突っかかる2人の間に立つ、茶色い坊ちゃん頭で薄緑の服を着た、あの少年と同年代の少年がオロオロした様子を見せている。
「なぁ…こいつは何があったんだ?」
「買い歩きをしていたら、突然あの男の子がお姉さまの杖をひったくって…やっとここまで追い詰めてきたんです」
盗賊である自分が言えたことではないが、もっと用心して歩くことができなかったのかと思い、カミュは後頭部をかく。
こういう都会では窃盗やスリがあるのは当たり前で、エルバもデルカダールでスリ未遂にあっている。
女3人組で楽しく歩いて気が抜けたのだろう。
カミュは少年の背後に回ると、片手で杖を取り戻す。
少年は放すまいと両手で握って抵抗したが、大人であるカミュとの腕力は雲泥の差だった。
「ほらよ、もう盗まれたりするんじゃねーぞ」
カミュは取り返した杖をベロニカに返す。
杖を取り戻し、一安心したかのように笑みを浮かべたベロニカはある疑問を頭に浮かべる。
「ねえ、アンタ。あたしの杖を盗んでどうするつもりだったわけ?売っても、大した値にはならないわよ」
ベロニカの杖は市中では出回っていないデザインの一品物だ。
前にエルバとカミュはベロニカやセーニャが使っている杖とステッキについて聞いたことがある。
どれも長旅に使用することを想定されていて、そのために安価で調達しやすい素材ばかり使われている。
そのため、デザインは評価されるかもしれないが、どちらも売ったとしてもあまり価値がない。
「…」
少年は口ごもり、顔を下に向ける。
「どうしても…言えない事情があるのか?」
そばに行って聞こうとエルバが歩き出した瞬間、先ほどまで気弱な態度を見せていた少年が杖を盗んだ少年をかばうように前に出る。
「…なんだ、お前?」
カミュの質問に少年は答えようと口を動かすが、なぜか声が聞こえない。
どうしても伝えることができず、頭をかきむしる彼のことが見ていられなくなった少年は彼の肩に手を置く。
「ヤヒム、ここは俺が話す。無理すんなよ。俺はラッド、で、こいつが俺のダチのヤヒム。こいつはこの町の町長、ラハディオさんの一人息子なんだ。こいつとはよく一緒に遊んでたけど、数日前から声が出なくなっちまったんだ。何があったのか聞いても分からねえし、医者や神父様に相談しても原因がわからねえ」
「でしたら、筆談では…」
「そいつもダメだった。証明してやろうか?ペンと紙を貸してくれ」
エルバは軽く首を縦に振り、袋から旅費計算のための帳簿とインク、羽根ペンを出す。
そして、帳簿の使われていないページを1枚ちぎり、羽根ペンにインクをつける。
それらを受け取ったラッドはヤヒムにそれらを渡し、ヤヒムは壁に紙を押し付けて、何かを書こうとする。
しかし、急にヤヒムの右手が震え始め、字を書こうとしても書けず、ただ震えた線を引くことしかできなかった。
「筆談もダメだ。町の学校で字を勉強してるのによ。それで、魔法使いの杖でも使えば、魔法の力でこいつのノドと腕を治せるんじゃないかって思ったんだよ…」
事情を聴いたベロニカはじっと取り戻した杖を見る。
呪文を少し学んだ人にならわかることだが、杖はあくまで装備している人の魔力を増幅させる媒体。
見たところ、ラッドからは潜在的な魔力は感じられず、仮にこのつえを使ったとしても何の解決にもならない。
だが、友達のために何とかしたいという思いは理解できた。
「杖のことはひとまず置いておいて…それよりも声が出ないし字も書けなくなったヤヒムが心配ね。医者に聞いてもダメだったということは…」
ベロニカがセーニャを見て、首を縦に振ると、セーニャはヤヒムの前へ行き、ゆっくりと姿勢を低くする。
そして、利き腕とノドに手を当て、深呼吸してから彼をじっと見た。
「これは…とても強い呪いですね。のどと腕の両方に。一体、誰がこんなひどいことを…」
「それは後からでいい…治るのか?」
「はい。さえずりの蜜を媒介にして、シャナクを使えば、どちらの呪いも解くことができます。ですが、それを作るには清き泉の神聖な湧き水が必要です」
「湧き水…俺、その話聞いたことがあるぜ!ヤヒム、ペンと紙、借りるぜ!」
紙とペンを手にしたラッドはとりつかれたかのように、紙にダーハルーネを中心とした湿原の地図を描き始める。
街道の形や木の場所などを思いつく限り正確に記入し、最後にダーハルーネから見て西側の地点に印をつける。
「ここだ!この町の近くに流れている川の上流に霊水の洞窟ってところがあるんだ!すっごくきれいな泉がその奥にあって、昔はその水を使って神酒を作ってたって」
紙をベロニカに渡し、ラッドはエルバ達に向かって頭を下げる。
「頼むよ、見ず知らずのあんた達に頼むのは筋じゃないってのは分かってる!けど、俺とヤヒムは小さいころから兄弟みたいに仲良くしてきたんだ!ドロボーしたのは謝るし、できる限りもお礼はするから、ヤヒムを助けてくれ!」
(また、面倒事か…)
旅に出てから、こうしたトラブルに巻き込まれることが多くなったエルバはまさか勇者の痣がそれを招いているのかと思い、ため息をつく。
だが、ヤヒムのことは放っておけないうえ、必死に頭を下げて頼んでいる彼を無下にはできない。
それに、ヤヒムがラハディオの一人息子であるため、仮に助けることができたとしたら、もしかしたら彼にもう1度掛け合うチャンスができるかもしれない。
「…分かった。なんとかしてみる」
「あ、ありがとうな!兄ちゃん!!」
「仕方ねえな…じゃあ、おっさんと合流して、まずは装備を調達しようぜ。少し、急ぐことになるけどな」
世界一の港町であるダーハルーネなら、様々な武具が入ってきてもおかしくない。
これからのことも考え、可能な限り装備を調達した方がいいと考えたカミュの意見に賛同した。
「…それだけでいいのか?」
「ああ。こいつなら、動きの邪魔になりにくいうえに急所が守れる。俺には鎧よりもちょうどいいのさ」
購入したばかりの鉄の胸当てを装備したカミュは練習用に設置されている広場で2本のナイフを手に少しだけ体を動かす。
持っているのは毒蛾のナイフで、毒蛾の鱗粉を塗り込んだ刃で傷つけた相手のしびれさせることができるとのことだ。
また、道具屋で吹き矢や爆弾、罠の素材もある程度購入していた。
「ほら、エルバちゃん。少し剣のテストを手伝ってくれないかしら?」
折れた剣の代わりとして購入したレイピアを手にしたシルビアがウインクしてエルバを誘う。
サマディーで鎧を手に入れ、更にはグレイグの大剣を手にしているエルバや武器や防具が他の職業よりも重視されないセーニャとベロニカは特に購入したいものはなく、買ったとしても杖とスティックの修理用素材とさえずりの蜜を作るのに必要な薬草だけだ。
「ああ…」
シルビアと対峙し、両手剣を抜いたエルバはじっと剣先をこちらに向けるシルビアを見ながらゆっくりと構える。
「いい構えね。何度も練習している…」
「ああ…あんたに勝ちたいからな」
ダーハルーネへ向かうまでのキャンプで、エルバは特訓を兼ねて何度か模擬剣でシルビアと試合をしたが、勝てたのはマグレの1本のみで、残りはすべて負けてしまった。
そのうちの3本は逆転負けで、決め手に欠いていた。
「そう、けれどそんなに悠長にはできないわ。1本勝負よ」
「その通りだ…な!」
重量がある分、動きでは軽量なレイピアで旅芸人故の身軽さを持つシルビアのフィールドで戦うわけにはいかず、彼から動くのを待つ。
シルビアもその思惑がわかっているようで、笑みを浮かべ、剣先を向けたままエルバの周囲を回るように足を動かす。
エルバもそのシルビアの動きを見逃さないよう、シルビアに目を合わせた。
「構えは悪くないわ…けど、相手が動き出すのを待つ割には強張ってるわよ?」
笑みを浮かべ、余裕な態度を浮かべるシルビアに対して、エルバの表情は硬く、それもポーカーフェイスというわけではなくどこか焦りの色もある。
こういう余裕の有無で明白な違いがあり、このままではエルバがしびれを切らして飛び出す可能性もある。
(うーん、なんだかそっくりね。彼と…)
ふと、昔を思い出してしまったシルビアはクスリと笑ってしまう。
目の前の彼の装備、そして彼の表情があまりにも昔見たものとそっくりだったからだ。
「動く気はない…レイピアのテストがしたいなら、来い」
「あら、相手の有利な土俵で勝負をすることはないわ。でも、このまま動かないのも、つまらないわね」
そうつぶやくと、シルビアはレイピアは鞘に納め、両足を広げてかがむように上半身を前に腕ごとおろしていく。
(何を…?)
「ウフフ、とっておきの技を見せてあ・げ・る♡」
ウインクしたシルビアはブルブルと体を震わせると、体を起こして両腕を上へ伸ばしていく。
そして、両手を握るとその手にはピンク色の光が宿り、両手を拳銃のような形にして、重工となる人差し指をエルバに向けると、指先にそのピンク色の光が収束していく。
「ま、まさか…呪文を!?」
「ア・モーレ!」
叫びと共にハートの形になった光が発射され、エルバの両手剣の刀身に命中、爆発を起こす。
両腕にビリビリと衝撃が伝わり、そのよくわからない技の威力に困惑する。
両手剣で完全にガードできているため、ダメージには至っていないものの、動きが止まってしまう。
それをシルビアは見逃すはずがなく、一気に間合いを詰めて、居合切りのごとくレイピアを抜く。
隙を突かれたエルバは両手剣を盾替わりに防ごうとしたが、間に合わず、レイピアの刀身が左の首筋にあと数センチというところに迫っていた。
「…よくわからない飛び道具を使うとは聞いてないぞ…?」
「それはそうね。言ってないだけで、あなたも呪文を使ってよかったのよ。これで一本ね」
レイピアをしまい、終始余裕な態度を崩さなかったシルビアは悔しそうに見るエルバの肩を叩くと準備のために広場を後にする。
(うーん、エルバちゃん。ちょっとてこずっているみたいね)
両手剣の型はあらかた習得し、デスコピオンとの戦いでその動きの変化をつかむことができた。
しかし、サマディーを出てからの特訓ではエルバの成長を中々感じ取ることができなかった。
どうすればよいのか考えているが、剣術指南役ではないが故の限界なのか、答えが出ていない。
(これから何かきっかけか、天啓…みたいなものを見つけることができたら、きっとエルバちゃんは…)
ダーハルーネ
ダーハラ湿原に現在の町長であるラハディオの父親であるカリディオが建設した港町。
陸路を通じてサマディー王国とホムラの里がつながっており、海をまたいだ北側には外海につながる水門やリゾート地であるソルティコ、そしてデルカダールに向かうことができる最高の立地であるため、ここでは各地の産物が集まっては世界中に船で輸出されている。
それによって得た富や商人たちが結成したギルドを中心に政治活動を行っていることから、ラハディオの代でサミットによって自治都市の指定を受けることに成功している。