「カミュ、しっかりしろ…!」
デスコピオンと戦っているため、手段を選んではいられないエルバは混乱するカミュの額に頭突きする。
頭に鈍い痛みを感じ、フラリと後ろに下がったカミュは右手で頭を抱える。
「痛て…俺、何してたんだ?」
「何してたんだ、じゃないわよ!まったく、混乱しちゃって…!」
「うるせぇな!混乱するなんて思わなかったんだよ!!って、うわ!!」
デスコピオンの鋏が振りかざされ、エルバとカミュは体勢を低くすることで回避したが、一瞬回避が遅れたことで、カミュの髪が何本か切れてしまう。
もう少し回避が遅れた場合、どうなっていたかを考えるとぞっとする。
度重なる攻撃を受けたことで、エルバ達を危険だと認識したのか、デスコピオンはファーリスから彼らに注意を向ける。
そして、鋏を使って穴を掘り、その中へ身を隠し始めた。
どうにか阻止しようと、ベロニカはギラを、セーニャはバギを唱えるがそんな呪文を受けてもまったく動きが変わらない。
穴の中に入っていくとともに、砂がその穴を隠してしまった。
「くそっ…どこだ、どこへ行きやがった!?」
「全員離れろ、一網打尽にされるわけにはいかない」
エルバの言葉に従い、カミュ達は固まらないように散開し、いつでもデスコピオンが地上に出てきてもいいように備える。
不気味な静寂に包まれ、ファーリスを守る兵士たちはブルブルと震えながら武器を構える。
「どこだ…どこからくる…??」
完全に見失ってしまったデスコピオンのいつ来るかわからない攻撃にエルバの剣を握る手が強くなる。
左足が滑るように後ろに動く。
その瞬間、デスコピオンの鋏がエルバの左腕をかすめる。
「ぐ…!?」
剣を手放し、鋏を破壊しようとデインを唱えるが、電撃が発射される前に鋏は砂の中に隠れた。
幸いなことに、サークレットを装備していたおかげで浅い切り傷で済んだ。
「奴は…俺たちをなぶり殺しにするつもりで…」
「砂の中から俺たちの動きは分かる見てーだが、動かない限りはそうじゃあなさそうだ…」
しかし、動かなければこちらもデスコピオンを攻撃することができない。
このまま我慢比べに入ると、砂の中でも自由に動くことができるデスコピオンに軍配が上がる。
おまけに、エルバの居場所は分かっており、動かなかったとしてもエルバに攻撃が集中するのは目に見えている。
「なら、まずは俺たちの居場所を少しだけわからなくしてやるか…みんな、耳をふさいで、いつでも走れるようにしろ!」
カミュは音響爆弾を地面に向けて投げ、それを聞いたエルバ達と兵士は慌てて耳をふさぐ。
爆弾が破裂するとともに激しい音が鳴り、エルバ達はその間に移動を始めた。
砂の上で爆発し、激しい音響によって砂が動いていることから、地下のデスコピオンはエルバ達の動きをつかむことができない。
ある程度移動ができたものの、あくまでこれは攻撃から身を守るための行動に過ぎない。
あとはどうやって砂の中のデスコピオンを攻撃するかだ。
「ベロニカ…?」
トベルーラで飛行を始めたベロニカがメラを砂の上に向けて何発か発射する。
火球は等間隔に、そして2本足で歩くような形になるように狙いをつけていた。
そして、最後にメラが命中した場所の近くの岩場にはセーニャが隠れていた。
(さあ…出てきなさい。その尻尾を切ってあげるわ…)
ベロニカのアイコンタクトにセーニャもステッキを構えて静かにうなずく。
あとはデスコピオンが尻尾を出すのを待つだけだ。
10秒経過すると、最後にメラが当たった場所にデスコピオンの尻尾が出る。
「いって、セーニャ!!」
ベロニカの叫びを聞き、セーニャはバギを唱えようとする。
しかし、その前に尻尾が砂の中に隠れてしまう。
「まさか、読まれていたの!?セーニャ、危ない!!」
この言葉と同時にデスコピオンが砂の中から飛び出す。
大量の砂が飛び、その砂が目に入ってしまったセーニャは視界を封じられてしまう。
そして、デスコピオンの鋏がセーニャを襲う。
「セーニャ!!」
鋏の一撃を受けたセーニャはあおむけに倒れ、とどめを刺そうとデスコピオンが彼女に近づくが、その前に尻尾の傷が炎上し、その激しい痛みで大きくひるんだ。
「蠍ちゃん!かわいい女の子に傷を負わせるなんて、許せないわ!!」
怒るシルビアの剣の刀身は炎で燃えていて、彼が息を吹きかけると、その炎はすぐに消えた。
芸の一つである火吹き芸を利用して剣を炎上させ、その状態で敵を斬る我流の火炎斬りだ。
「うおおおお!!」
更に、エルバが再び渾身斬りを放ち、今度こそデスコピオンの尻尾を切断する。
切断されたことでデスコピオンは砂の上を大きく転げ、倒れこむ。
予想外の大ダメージがよほど効いたのか、激しくのたうち回っている。
「セーニャ!!」
ベロニカは急いでセーニャに駆け寄り、傷を見る。
左肩あたりから胸の上あたりまでを斬られており、出血で服と砂が赤く濡れている。
「はあ、はあ…お姉…さま。大丈夫です…。スカラを唱えましたから…」
スカラを唱えたというのは本当のようで、出血は多いものの傷は浅い。
下手をすると左腕を斬り飛ばされた可能性もあり、スカラが間に合ったことにほっとする。
しかし、セーニャの様子を見たエルバは目を大きく開き、次第におびえた表情を浮かばせる。
「あ、ああ…これ、は…」
デルカダール城から脱出した後で見た悪夢にあった、自らの手でエマを殺した光景がフラッシュバックする。
性格や服の色はともかく、その透き通るような金色の長髪はエマとそっくりだった。
「何やってるの!?早くホイミを!!」
「あ、あ、ああ…」
ベロニカの声でどうにか現実に戻ったエルバはホイミを唱え、セーニャの傷口をふさいでいく。
しかし、ベホイミが使えるセーニャと比較すると回復魔力も使える回復呪文も劣っている。
それに、急いでデスコピオンを抑えているカミュとシルビアに合流しなければならない。
「セーニャ、セーニャ!!」
「だ、大丈夫ですよ…お姉さま…エルバ様が…治してくれましたから…」
完全にはふさがっておらず、痛みも消えていないものの、最低限の回復ができたのを感じたセーニャはゆっくりと起き上がり、ベホイミを唱える。
どうにか傷跡が残らないレベルに回復することができ、セーニャは落としたステッキを拾う。
ただ、血を流し過ぎたためか、少しけだるいそうな様子を見せていた。
「…」
セーニャに背を向けたエルバは両手剣を握る手の力を強める。
言葉には発していないものの、仲間を傷つけられたことで、静かに怒りを宿しているのだろう。
その怒りに反応するかのように、エルバの左手の痣が光り、彼の体を青い光に包む。
その光に連動するかのように、カミュの体も青い光に包まれていく。
「こいつは…」
デルカダール神殿の時と同じ状態になり、その時と同じくやることを瞬時に理解したカミュは大きく跳躍しつつ、投げナイフを3本連続で投げつける。
そのナイフにも青い光が宿っており、いつもよりも速いスピードでデスコピオンに迫っていた。
鋏でそのうちの2本を弾いたものの、残り1本はデスコピオンの固い皮を貫き、しっかりと突き刺さった。
しかし、デスコピオンにとってはそれは大した一撃になっていないようで、気にせずにシルビアを襲う。
シルビアは剣と鞭で鋏をさばくものの、デスコピオンは再び後ろを向き、背中の紋章を光らせようとする。
あの光を受けたらどうなるかをもう知っているシルビアは目をつむり、光をやり過ごす。
「さあ、やっちゃいなさい!!」
シルビアがわずかに体をかがめると、彼の背後を走っていたエルバが彼の背を踏み台にして大きく跳躍する。
エルバは自分よりも背の高いシルビアを目隠しに使っていた。
「受けろ…!」
そして、デスコピオンの投げナイフが刺さっている個所に両手剣の刀身の表面を思い切りたたきつけた。
より深々と、柄が見えなくなるくらいに刺さっていき、さすがのデスコピオンもあまりのダメージに悲鳴を上げる。
しかし、その悲鳴も徐々に弱弱しくなっていき、最後はガクリと力尽きた。
どうしたのかと思い、近づいたシルビアはデスコピオンを指でつつく。
デスコピオンは反応を見せないものの、寝息を立てていた、
「なぁーるほど、眠り薬ね」
カミュに目を向けたシルビアは笑みを浮かべ、カミュは砂の上に落ちた2本の投げナイフを刀身に触れないように気を付けながら回収した。
この投げナイフにはナプガーナ樹林で倒したおばけキノコから採取した夢見の花の花粉を混ぜた液体を塗っていた。
「さあて…砂漠のみんなを苦しめた蠍ちゃんにはお仕置きをしないといけないわね!」
どこからか出したのか、鎖を手にしたシルビアはそれで眠っているデスコピオンの体を拘束し始める。
「そういえば、カミュちゃん。今回使った薬、どれくらい持つのかしら?」
「そうだな…経験からすりゃあ、4日くらいはこのままだな」
4日もあれば、デスコピオンを持ち帰り、ファルス3世に見せた後でとどめを刺したとしても余裕がある。
エルバとカミュの手を借りて、しっかりと体を縛り付けることに成功した。
「問題は…これをどうやって運ぶか、ね」
デスコピオンと遭遇した際に戦車が破壊され、本来ならばそれを使って城までデスコピオンを輸送する予定だった。
城からここまでの中継地点にある関所まで連絡すれば、予備の場所を調達することはできるかもしれないが、どれだけ時間がかかるかはわからない。
「じゃあ、私が知らせに行くわ。待ってて頂戴!」
そういうと、口笛を吹き、逃がしていたマーガレットを呼ぶ。
数秒すると遠くへ逃げていたマーガレットが戻ってきて、それに乗ったシルビアは休息をとる必要があるセーニャを乗せ、颯爽とその場を後にした。
「頼んだわよ、シルビア…」
関所には兵士や旅人が休むための場所があるため、そこでならセーニャも回復に専念することができる。
ベロニカはセーニャとシルビアの後姿を見ながら、彼女の回復を願った。
一方、いつの間にか岩陰に隠れていたファーリスは急に回りが静かになったことが気になり、身を乗り出して様子を確認する。
自分に襲い掛かったあのデスコピオンが鎖で縛られているのが見え、夢ではないことを確認するために急いで近づいていく。
縛られていることがわかり、念には念をと顔を見ると、薬のせいでデスコピオンがぐっすり眠っていることが分かった。
念には念をと、眠り薬を塗ったナイフをカミュがもう1本差し、エルバが鍛冶セットのハンマーを使って深く差し込んでいた。
そんなデスコピオンの姿に驚いたファーリスだが、すぐに両拳を腰に当てて高らかに笑い始めた。
「わははははは!!なんだ、砂漠の殺し屋といわれたデスコピオンがまさかこの程度だとは!!全然大したことないじゃないか!」
「…」
まるで自分が1人で倒したかのように宣うファーリスをエルバは無言でにらみつける。
「てめえ…その言葉、もう1度言って…」
普段は少し距離を置いた状態で物事を言うカミュが腹を立て、拳を握りしめながら叫ぶが、急に響いたバチンという音に驚き、拳にこもっていた力がわずかに緩む。
ファーリスも何が起こったのか理解できなかったが、頬に感じる鋭い痛みから、ビンタされたことだけは理解できた。
そして、ビンタしたのはトベルーラしているベロニカだった。
「な…な、なんだよ!!父上にもぶたれたこともないのに!!」
どこかの内向的な主人公が言っていたようなセリフを言い放つファーリスだが、怒っているベロニカはまだそれでは足りないのかともう片方の頬にもビンタをした。
「大したことない…ですって?戦った人たちに、けがをした人たちに、デスコピオンに殺された人たちの前でも同じことが言えるの!?アンタは!!」
「怪我…??」
痛みが残る頬に触れ、ファーリスは周囲に目を向ける。
ジョエルら同行していた兵士たちはファーリスを守るために体を張り、怪我をした体を薬草を貼るなどして自分たちで治療をしている。
また、前に立って戦っていたエルバ、そしてカミュにも多かれ少なかれ傷があった。
おそらく、エルバ達と一緒に戦っていたシルビアも同様だろう。
そして、セーニャは休ませなければならないほどのけがを負っていた。
「アンタのちっぽけな名誉のために戦ったみんなの気も知れないで…ジョエルさん達にありがとうの一言も言えないの!?」
ベロニカのすさまじい剣幕と言葉に、ファーリスは力なく目をそらすしかなかった。
「ベロニカ…」
しばらくの沈黙の後、エルバはその場を離れて崖から景色を見ていたベロニカに声をかける。
今ファーリスを見ていたら、怒りのあまり我を忘れてしまうと思い、虹色の枝を手に入れるチャンスをこれ以上壊したくない彼女なりの配慮だった。
「分かってるわよ…虹色の枝を手に入れるには、あの馬鹿王子の頼みでも聞かないと…」
「そうじゃない…。セーニャのこと、本気で心配しているんだな」
「当たり前よ…。だって、ずっと一緒に暮らしてきた姉妹なんだから」
「そうか…。大切にしろよ。失ってからじゃ遅いんだ…」
エルバには兄弟も血のつながった家族もいない。
しかし、テオやペルラといった育ての祖父と母、そしてエマ達がいた。
村諸共彼らを失った今は、伝えきれなかったことやしてやれなかったことへの後悔ばかりが募っている。
そんな辛さをベロニカには体験してほしくないと、分かっているかもしれないがベロニカに言った。
バラクバ砂丘
サマディー国領の南西部に位置する砂丘で、そこにはストーンサークルやデスコピオンの住処があることで知られている。
ストーンサークルについてはサマディーをはじめとした各国の研究者がいつ、どのような目的で作られたのかの調査を行っているものの、いまでもはっきりと分かっていない。
なお、この地域はデスコピオンなどの魔物が存在することから一般的に立ち入りが禁止されている地域でもある。