ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第20話 デスコピオン出現

「踏み込みが甘いわね。そんなのじゃあ、その剣に振り回されるわよ?」

「く…!」

夜の砂漠で、ベロニカとセーニャ、そしてジョエルの3人が夕食を作っている間、キャンプの外でエルバはシルビアから剣の特訓を受けていた。

今は特に使っている両手剣を手にしており、シルビアは聞き手である右手に片手剣、左手に短剣の変則的な二刀流の装備だ。

ある程度攻撃の動きを見た後で、今度は構え方のチェックに映る。

「うーん、フォム・ダッハ以外の構え方は覚えていないみたいね?」

「フォム・ダッハ…?」

「相手が多人数の場合使いやすい構えで、基本中の基本の構えね。右でも左でも剣を動かせるわ。剣を立てるから、その分疲れも少ないわ。でも、両手剣で重要なのは構えよ。攻撃は構えから次の構えまでの間で、攻撃を終えたからと言って油断しちゃダメ。すぐに次の構えに入って連続攻撃が両手剣の基本。忘れないで」

「そ、そうか…」

村にいたころは両手剣の使い手がテオ1人だけで、彼も我流であったことから、その話は聞いたことがない。

旅芸人である彼で、両手剣を使ったことのない彼がなぜそれについて詳しいのかはさておき、左足を前に出し、切っ先を相手に向け、右の頬の横で雄牛の角のごとく構えるオクスの指導を受け始めた。

「エルバの奴、大変だな…」

カミュはその特訓の光景を寝転がって短剣の手入れをしながら見ていた。

エルバが特訓を受ける前に、カミュも短剣の使い方をシルビアから教わり、特訓を受けた。

そのため、体はへとへとで、普段は座ってやる手入れも寝転がってやろうと思ってしまうほどだ。

投げ方や持っているときの体の動かし方を中心としたもので、シルビアから特に集中して受けさせられたのは体の動かし方だ。

カミュの場合は吹き矢や爆弾など、他に投擲できる武器があることから、短剣の投擲についてはあまり使い道がないためらしい。

片手剣や両手剣と比較してリーチの短い短剣では、スピードと攻撃をかわしてからの痛撃がポイントらしい。

「3人とも、ごはんできたわよーー!!」

「今日の晩御飯はカミュ様が倒したキメラの肉を使ったスープです」

出来上がったスープがセーニャの手で器に注がれ、パンと一緒に全員に渡される。

近くの港町から仕入れた野菜とサマディー産の野菜が混ざって入っており、それらとキメラの肉を塩コショウで味付けして煮込んだシンプルなもので、野菜を多くとることができることから、栄養バランスを崩しやすい旅人にとってはありがたい料理だ。

また、キメラの肉は鶏肉よりも肉そのものに味がついており、塩やコショウだけで十分においしい料理を作ることができる。

そうなったのはキメラがハゲタカと蛇が合成されて生まれた魔物であるためで、蛇の肉は鶏のササミに似た触感で旨みが豊富であるためだ。

実際、蛇は薬を作ることができるほど滋養効果の強い生き物で、バンデルフォン王国では蛇を使った宮廷料理が豊富にあったらしい。

「うう…」

「おい、食わねえのかよ、ベロニカ」

スープの中に入っているキメラの肉をスプーンで拾い上げ、不快な表情を浮かべるベロニカを不思議に思いながらカミュはスープを口にする。

ようやく旅の中でまともな料理を食べれるようになった嬉しさをかみしめようと、ゆっくり咀嚼していた。

「あんなものを見せられて、食べる気になる方がおかしいわよ!」

「そう…なのか?」

「だったら、見なきゃよかったじゃねえか」

「それはそう…だけど…」

ベロニカが見たのは移動のさなかにエルバとカミュが行ったキメラの解体だ。

ベロニカとセーニャが生活していたラムダの里では、卵を口にすることはある物の、基本的に肉や魚を食べる習慣がない。

旅に出てからは食肉の習慣が外の世界にあることを学び、旅の中では贅沢に食料を選んでいられないことから、肉や魚を食べるようになった。

最初は脂のある肉や生臭さのある魚に抵抗感があったものの、今では人並みに食べることができるようになっている。

その中でベロニカは肉をどうやって作っているのかが気になっていた。

魔物や家畜を殺し、解体して作るという話は聞いていたが、それが実際どのような光景なのかは知らなかった。

途中でオアシスにより、水の補給を行う際にエルバとカミュは女性陣とファーリスにその光景を見せないよう、運んだキメラの死体を近くの洞穴まで運び、そこで解体を行った。

道中で魔物と戦っていた兵士の治療を行うセーニャを置いて、興味半分にそれを外から見た瞬間、ベロニカは自分の行いを後悔した。

赤い血でべっとりとしている刀身の剥ぎ取りナイフを握る2人の足元の板には、キメラの者と思われる内臓が転がっていて、桶には真っ赤に染まった水で満たされていた。

もうすでに解体し終えていたのか、俎板代わりの平らな石の上にはキメラだったものの肉が残っていて、それだけが彼女にとっての救いだった。

もし、解体のさなかの光景を見てしまっていたら、きっともう肉が食べられなくなっていたかもしれないからだ。

なお、解体を終えた後でエルバが行った行動がベロニカにとっては印象的だった。

座った状態で解体したキメラの血を右手人差し指につけ、左手の甲に正三角形を書き、その上に右手のひらを置き、さらにその上に自分の額を当てて10秒間祈った。

なぜそのようなことをしたのかを尋ねると、これはイシの村での習慣らしく、生きる糧となった命に対する感謝とその命が命の大樹へ還っていけるようにという願いが込められているとのことだ。

むしった羽はボウガンで使うボルトの矢羽や不思議な鍛冶セットで装備を作る際の素材として使用し、骨についてもだしに使い、可能な限り無駄は残さない。

「食べてやってくれ。肉になったキメラのためにも」

「わ、分かってるわよ…」

エルバの言葉に背中を押される形で、ベロニカはキメラの肉を口に運ぶ。

その肉は普段食べている肉よりもなぜか重く感じられ、しかしそれ以上においしいと感じられた。

 

「ぐがー…ぐがー…」

食べ終わり、真っ暗になるとファーリスと兵士たちはよほど疲れがたまったのか、設営したテントの中でぐっすりと眠ってしまい、おきているのはエルバ達5人だけになった。

キャンプで設営しているテントは4つあり、赤いテントは女性陣の、青いテントはエルバとカミュのものとなっている。

また、サマディー国章が刻まれている黄色いテントにはファーリス1人が入り、もう1つの黄色いテントには兵士たちが入っている。

兵士たちは魔物と戦っていたためわかるものの、戦車に乗っているだけで何もしていないファーリスもこうして眠ってしまうということは、このような城の外に1日以上離れるのはまれということだろう。

ジョエルの話では、ファーリスは何度か魔物討伐の任務を受けることがあったものの、その時は討伐は部下に、そして自分の影武者を立てた後は城付近にある隠れ家で過ごしていたとのことだ。

兵士たちを無理に起こすことができず、火の番は5人でやらざるを得ない。

「それにしても、アナタ達。男2人女2人の四人旅って、ロマンチックじゃない?特に、カミュちゃんとセーニャちゃん、なんだかお似合いよ」

「あ、あの…お似合いというのはどういう…?」

シルビアにまさかの発言にカミュは驚きと共に、近くから感じる怖い目線に顔を引きつらせる。

一方、セーニャはどういう意味かよくわからないようで、首をかしげていた。

「あの、お姉さま。お似合いというのはどういう…」

「今は知らなくていいわ。特に、今は…」

ギロリと再びカミュをにらみつける。

カミュがセーニャに一体何かしたのかと誤解してしまうほどのすごみを覚え、内心彼がかわいそうに思えてしまった。

そんなことを気にせず、シルビアは食後の水を一口飲み込んだ。

「それで、どうして旅をしているのかしら?」

シルビアは一番彼らにと痛い質問をぶつける。

旅芸人として、いろんな客を見てきたが、彼の目利きでは、彼らの旅は普通の者とは違うように思えた。

少し困ったセーニャは夜になって寒くなり、冷たくなった指先をたき火にかざして温めながら話し始める。

「勇者にまつわる伝説の謎を解き明かすために旅をしています。まだ全部が明らかになったわけではありませんが…もしかしたら、世界に災厄をもたらしたという邪悪な神と戦う日が近い将来に訪れるかもしれません」

「セーニャ!いくらシルビアさんだからといって、見ず知らずの旅芸人にそんなことまで話しちゃ…!」

勇者にまつわる伝説の謎を解き明かすという点についてはもしかしたら話していい内容かもしれないが、さすがに邪悪の神の話をするのはまずい。

眉唾物で、笑われるのがオチならまだいい。

だが、仮に彼が勇者がデルカダールに追われていることを知ったらどうするか。

恐る恐るシルビアを見ると、彼はコップを落としていて、びっくりしながら4人を見ていた。

「へえ…みんなの笑顔を奪おうとする邪悪の神ちゃんって悪いやつがこれから復活するかもしれなくって…アナタ達がそれを倒すために旅をしているっていうの??なにそれ、面白そうじゃなーい!」

「こんな話をうのみにするなんて…あんた、変わってるな」

予想外の反応を見せたシルビアにため息をつくカミュだが、自分も勇者の奇跡を信じてこうして行動を共にしていることから、人のことが言えない気がした。

「そういうシルビアさんは…」

「シルビアでいいわよ、ベロニカちゃん」

「そ、そう…。じゃあ、シルビアはどうなのよ?なんで旅をしてるの?」

普通、芸人はどこかのサーカス小屋や劇団に所属して活動をしているため、シルビアのように無所属の旅芸人は少数派だ。

旅芸人の暮らしは楽ではなく、オファーを受けるためには人並み以上の芸を習得しなければならず、常にほかの芸人との競争にさらされることになる。

そして、それとともに自分を売り込むために世界中を旅することになるため、魔物が活性化している現在はとても危険だ。

目を閉じ、少し考えたシルビアは両腕を伸ばし、その後で手で口を隠して欠伸をする。

「フフッ…アタシの話はいいの。さっ、明日はあのサソリちゃんと戦うのよ。おしゃべりはこれくらいにして、早く寝ましょう」

疲れた様子のシルビアは先にテントに入り、眠ってしまった。

「なんだよ…勿体ぶりやがって。本当に変な奴だな」

「…お前の言えたことか?」

 

「ん…んん、ふああ…」

テントの中で目を覚ましたセーニャは左手で口を隠しながら欠伸をし、背伸びをする。

隣に寝ているベロニカはまだ寝ており、テントの中はまだ薄暗い。

「まだ朝まで時間がありますわね…あれ?」

朝の弱い自分がまさか早起きできると葉と驚きながらも、もうひと眠りしようと思ったが、外から物音が聞こえて来る。

ランタンを手に取ると、セーニャはテントを出た。

たき火の近くにはカミュの姿があり、短剣の特訓をしていた。

「カミュ様…?」

「お、セーニャ…珍しいな」

若干薄暗いものの、セーニャの姿が見えたカミュは驚きながら彼女を見る。

4人の中では一番朝が苦手で遅く起きる彼女がなぜ、と。

「私でも驚きです。カミュ様は…訓練をしていらっしゃるのですか?」

「まあな、おっさんの言う通り、俺もまだまだみてーだからな」

「そうなのですか…」

「それに、暑いのが苦手だからよ、こういう時くれーしか、ここじゃあ思い切り体を動かせねーのさ」

「暑いのが苦手…ということは、カミュ様は雪国か山のお生まれでしょうか?」

セーニャの素朴な質問にカミュの動きが止まる。

しばらく沈黙したままでいると、また体を動かし始めた。

答えたくないのかと思い、セーニャはこれ以上追及せず、西に目を向ける。

ゆっくりとだが太陽が出てきている。

もうすぐ起きる時間になるため、セーニャは急いで昨日の残りのスープを温め始めた。

 

「ふぅー…うまいぜ…」

全員が目を覚ますと、たき火を囲い込むように座った状態で昨日のスープを飲み始める。

昨日と同じ味では飽きてしまうため、別の野菜をいれたうえでさらにはサマディーで買った調味料、魚醤を一滴入れている。

サマディーの南にある港町、ダーハルーネで生産されているものだ。

「しっかり食べておかないといけないわね。今日はあのサソリちゃんとの決戦なんだから」

真っ先に食べ終えたシルビアは出発の準備のため、すぐにテントの片づけに向かう。

「それは心配いらないさ。デスコピオンのような蠍型モンスターはほとんどが夜行性だ。眠っているところに奇襲をかければ…」

「それができれば。あの蠍ちゃんの犠牲者はもっと少ないはずよ…」

シルビアはエルバ達と合流する前に、サーカスの団長や仲間からデスコピオンに関する情報を聞いていた。

蠍型モンスターが夜行性であることは確かだが、デスコピオンの場合は若干の例外がある。

蠍は櫛状板という感覚器が生殖口蓋よりも下に位置しており、人間の嗅覚のような役割を果たしていると言われている。

その櫛の歯の数によって性別がわかり、オスの方が多い。

デスコピオンは砂の中で身を隠している間、それを使って自分の上にいる獲物や敵の存在を感知している。

そして、なわばりに入ってきたことがわかると、たとえ昼であってもすぐに起きて襲い掛かってくる。

そのため、奇襲を仕掛けた結果返り討ちになり、戦死した騎士もいるという。

「それは心配いらない!こちらには戦車がある。戦車の機動性があれば、音を立てたとしても簡単には捕まらない。そして、この弓を使う!」

ファーリスは自信満々に戦車に乗り、それに備え付けられている弓に触れる。

戦車に装着して使うだけあり大型のもので、羽根がついた槍だけでなく、石や火炎弾などを使用することもできる。

そして、今は供給が難しくなっている爆弾石を矢じりにした専用の矢もわざわざ用意している。

刺さった瞬間爆発する設計となっているため、これを当てることができたらさすがのデスコピオンでもただでは済まない。

「よし、すぐに出発するぞー!」

ファーリスの命令を受け、ジョエルが戦車を引っ張る馬に鞭を打ち、前へ進ませる。

得意げなファーリスの後ろ姿をマーガレットに乗ったシルビアがじっと見ていた。

「問題は…その矢が当てられるかどうかと、あの兵士たちがちゃんと戦車を使えるかどうかね…。さ、行きましょう」

「ああ…行こう」

テントを片付けたエルバ達が馬でファーリスを追いかけるように進む。

岩山の中に自然にできた洞窟を抜け、サマディー地方の北端の開けた平地に出る。

外側に草やサボテンが生えていて、岩にはピンク色の光るコケがついている。

幸運にも、ここに来るまで魔物に遭遇することはなかった。

「このあたりにいるはずなのですが…」

ジョエルは戦車に乗ったまま周囲を見渡し、他の馬に乗っている兵士たちもまねるように見張る。

しかし、聞こえるのは風の音だけで足元の砂も風邪で飛んでいるものを除くと動く気配がない。

「嫌な静けさだぜ…」

今日起きてから魔物と遭遇していないこともあり、今の静けさがカミュにとっては嵐の前のそれのように感じられた。

本当なら、ここまで来る途中に盗人兎やウィングスネーク、地獄の鋏などと遭遇するはずだ。

しかし、ファーリスは一安心すると、両拳を腰の両端に置き、なぜか胸を張って見せる。

「なんだ、どこにもいないじゃないか。仕方ない、デスコピオンは僕を恐れて逃げたと父上に報告しよう。さあ、城へ戻ろう」

「りょ、了解…」

本当にいないのか、怪しく感じたジョエルだが、王子であるファーリスの命令に逆らうことができないため、引き返させようとする。

だが、なぜか2頭の馬は足を止めてしまっていて、いくら鞭を打っても動かない。

(油断するな、主よ…奴は地中にいる)

「地中…だと!?」

ファーリス杯の時に聞いたあの声が再びエルバの脳裏に響き、叫ぶとともに戦車のちょうど目の前の砂が盛り上がっていく。

何が起こったのかと不審に思った次の瞬間、黄色い巨大な蠍の尻尾がそこから飛び出した。

あと1歩前に進んでいたら、馬の頭はそれによってきれいに宙を舞うことになっていたかもしれない。

「出やがった…!」

「あれがデスコピオン、砂漠の殺し屋ね。戦車を捨てて逃げなさい、ファーリスちゃん!!」

至近距離まで敵が迫っている状況で、矢の装填もしていないため、今の戦車には攻撃手段がない。

今矢を装填したとしても、その前にデスコピオンの尻尾で粉々にされるか鋏で切り裂かれるかのどちらかの結末しかない。

しかし、あまりの事態にびっくりしてしまったせいか、足がすくんでしまい、動けないでいる。

「あ、あわわわ…」

「王子!!」

馬を切り離したジョエルはファーリスの腕をつかんで戦車から飛び降りる。

同時に、砂の中に隠れていたデスコピオンがその姿を現し、切り離されていた馬は逃げ出していく。

エルバ達も馬から降りると、戦闘に巻き込まないように尻を叩いてその場から離れさせた。

「こりゃ、ご立腹みてーだぜ…」

デスコピオンの姿を見たカミュは最悪なタイミングでそのモンスターと出会ってしまった自分の不運さを軽く笑いながら嘆いた。

口元と鋏は血で濡れており、それを見るだけでも食事中だったということだけは分かった。

デスコピオンが地中から飛び出した時、同時に魔物のものと思われる骨の残骸も一緒に飛ぶのが見えた。

そのおかげで、魔物がいなかった理由を理解することができた。

デスコピオンは尻尾で馬車を薙ぎ払い、戦車を粉々にした後で更に鎌のような鋭い鋏でファーリスを切り裂こうとする。

「王子!!」

大柄な体の兵士が大剣を手にしてファーリスをかばい、その鋏を受け止める。

ガアンという大きな音が響くも、刀身にはひびが入っておらず、攻撃を防ぐことができていた。

しかし、あくまで防ぐことができたのは1本だけ。

反対側の鋏がその男を真っ二つにしようと横一直線に切りかかってくる。

「危ない!!」

トベルーラで宙を舞うベロニカがデスコピオンの頭上めがけてイオを唱える。

突然の爆発でわずかの体が揺らぎ、その間に兵士はファーリスを抱えて逃げることができた。

しかし、イオ程度では大したダメージにならないのか、痛みを感じている様子がなく、上空のベロニカをギロリとにらむ。

そして、彼女の地面に引きずりおろそうと尻尾を振り回し、ベロニカは急いでデスコピオンから離れ、トベルーラを解除した。

「もう、何やってるのよ!?騎士の国の王子さまでしょ!?しゃんとしなさい!!」

ベロニカが叫ぶも、ファーリスはおびえてばかりで体が動かない。

ジョエルら兵士たちはそんなファーリスを守るために前に出る。

「くそ…だからこの任務はいやだったんだ!」

「泣き言をいうな!王子を守れ!!」

デスコピオンは食事を邪魔する騒音を立てた戦車に乗っていたファーリスとジョエルに狙いを集中している。

ファーリスを守るため、ジョエルは普段使っている弓で矢を放ち、それを合図にほかの兵士たちはデスコピオンを包囲するように陣を組む。

矢はデスコピオンの尾に命中するが、皮は鉄よりも強固であるためか、カチンと音が鳴っただけで刺さることなく、矢はむなしく砂へと落ちていく。

「私たちも行くわよ!」

シルビアは剣を抜き、兵士たちを援護しに走る。

「どんな生物でも、口の中は!!」

1人の兵士が槍で口の中を突き刺そうとするが、デスコピオンの牙によって防がれてしまう。

そして、彼の思惑をあざ笑うように口から強い勢いで砂を吐き出した。

「うわああ!!」

砂と共に吹き飛ばされた兵士は目の中にもそれが入ってしまい、かゆみで目が見えなくなってしまう。

更に尻尾でぐるりと薙ぎ払い、周囲の兵士たちも吹き飛ばした。

「ジョ、ジョエル!?」

「ぐう、くそぉ!!」

ファーリスの前に倒れたジョエルはゆっくりと立ち上がるが、持っていた弓は薙ぎ払いを受けた際に壊れてしまい、使い物にならない。

おまけに重い質量の一撃を腹部に受けたためか、左手で口を押えて吐血してしまった。

ポタリと砂を赤く染める血を見て、本当の戦いだということを知ったファーリスは目に涙を浮かべ、思わず失禁してしまう。

騎士の国の王子としては極めて屈辱的な姿だが、そんなことは今の彼にとってはどうでもいいことだった。

「まずはあの尻尾をどうにかしねーとな…エルバ、行くぜ!」

「ああ…」

ジョエルとファーリスを狙っているデスコピオンは背後への注意が散漫になっている。

チャンスだと考え、まずカミュは背中に飛びつき、そこからデスコピオンの頭部までよじ登る。

背中に違和感を覚えたデスコピオンはキョロキョロと見渡す。

「今だ…!」

深呼吸をし、大剣を握る両手に力を込めていく。

大剣にゆらりと黄色いオーラが宿り、力がこもったことで両手がびりびりと震える。

「うおおおお!!」

跳躍したエルバはそのまま力任せに大剣をデスコピオンの尻尾めがけて振り下ろした。

尻尾から生じる痛みに驚いたデスコピオンは叫びをあげる、大きく体を揺らす。

思わず左手を離してしまったカミュだが、振りほどかれまいと右手で体を支える。

しかし、肉質が良いためか、刃は尻尾の肉の5分の1しか入ることができず、完全に切断することができなかった。

「くそ…渾身斬りでもこれか」

エルバはすぐにフォム・ダッハの構えになり、体力の消耗を減らしつつ、振り下ろされる尻尾を右に転がって回避する。

「それにしても、気になるのはあの背中の模様ね…」

負傷した兵士たちをセーニャの元へ下がらせながら、シルビアは今カミュがとりついている背中に描かれているまがまがしい模様に目を向ける。

あの模様に関する情報は何もないが、それが何の意味もなしにあるとは思えない。

「まさか…カミュちゃん!背中の模様に気を付けて!!」

「え…?」

どういう意味かとカミュが反応した瞬間、デスコピオンの背中の模様が一瞬、怪しく光る。

その光を間近で見てしまったカミュは目がくらみ、両手を離してしまう。

「カミュ!」

落ちてくるカミュを剣を手放したエルバが両手でつかむ。

頭から落ちていたため、もしエルバがつかまなかったら、頭を強く打っていたかもしれない。

「大丈夫か!?カ…うぐ!?」

様子を確認しようとしたエルバだが、その前にカミュの拳が顔面に当たり、痛みで一瞬見えなくなる。

エルバの腕から脱したカミュの眼が虚ろになっており、足取りもおかしい。

「ちょっと、あんた!?戦闘中に何してんのよ…って、まさか…」

あの光を見た後であのような状態になってしまったカミュを見て、ベロニカはあの模様の意味を理解した。

「まさか…あの模様、メダパニと同じ効果があるってこと!?」

里で呪文の勉強をしていたときに学んだ魔法陣のことを思い出しながら、ベロニカは叫ぶ。

デスコピオンに描かれている模様がそのメダパニの魔法陣とそっくりだった。

鋭い鋏と巨大な体、そして敵を混乱させる光。

「あわ、あわわわ…駄目だ、こんな任務…本当に断ればよかった!!」

涙を浮かべたファーリスはだれに聞かれようとかまわないと言わんばかりに大きく弱音を吐いた。


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