セーニャと合流した泉で体力を回復させた4人は更に迷宮の奥へと進んでいく。
魔法の小瓶の空き瓶にはその泉で汲んだ水が入っている。
セーニャとベロニカの話によると、この泉には不思議な力があり、HPとMPを回復させる力があるという。
実際、そこの水を飲んだことで、全員のHPとMPを回復することができた。
「にしても、あの泉の水でも、ベロニカの魔力が戻らないなんてな」
「どうやら、ご丁寧なことに魔力を奪った時に呪いまでかけられちゃったみたいね。ったく、面倒くさいことを!!」
腹を立てているが、呪いをかけられた可能性はベロニカも薄々と感じていた。
MPは休息をとることで回復することができるが、ホムラの里の近くで野宿をしても回復しなかった。
テントもなく、地べたの横たわって眠る形になり、最悪な環境で過ごしたから、回復できていないのではと思ったが、泉の水を飲むことで確信に変わった。
逃げているときは泉に目を向ける余裕がなかったようだ。
「大丈夫ですよ、お姉さま。エルバ様とカミュ様、それに私も一緒に行くんですから、必ずお姉さまをさらった魔物から魔力を取り戻せます!」
「魔力を奪うか…もし、その魔力を奪った魔物がそれを使いこなせたら、どうするんだ?」
カミュにとって、その魔物と戦う際に懸念としているのはそれだった。
相手がどんな存在かはわからないが、魔力を奪うということは、それを自分に取り込んで強くするためと考えるのが妥当だろう。
ベロニカは聖地ラムダからやってきた、最強の魔法使いと自称している。
仮にその話が本当だとしたら、ベロニカの呪文をそのまま使えるということになり、こちらにとって脅威となる恐れがある。
「セーニャ、あんたはマホトーンは使えるか?それがあれば、大丈夫だと思うが…」
マホトーンによって呪文を封じ込めることができれば、その脅威は消える。
しかし、困った顔をしながら首を横に振られたことで、当てが外れてしまう。
最も、元々マホトーンは魔法使いが習得する呪文であり、僧侶であるセーニャが覚えていない可能性の方が高い。
「それについては心配いらないわ」
「心配いらねえって、どういうことだよ?」
「悪いけど、今は手の内を明かすわけにはいかないわ。あいつと出会ってからのお楽しみってことで」
「お姉さまがそうおっしゃるのなら…私は信じます」
「待て…」
先頭を歩くエルバが右手を出し、3人を制止する。
彼の目の前にある広間には怪しい影に似たモンスターが1匹いて、彼は北の廊下を進み、重い鉄製のドアの前に立つ。
そのモンスターは扉に手を伸ばすが、何かを思い出したのか、手を引っ込める。
「ヤミ心あれば、カゲ心!」
「合言葉か…」
言い終わると同時に扉が鍵が外れ、モンスターが自分の手で開いて中へ入ると、再び扉は閉じ、鍵がかかった。
扉が閉まり、数分経ってからエルバ達は扉の前まで移動する。
「あの中に、あたしの魔力を奪った奴が…」
「ベロニカ、どんな奴にさらわれたのか、覚えてないか?」
「ええ。気が付いた時には壺の中にいて、ツボから出されたときは暗くてどんな奴に連れてこられたのか、全く分からなかったわ…」
何度も気が付いてから地下迷宮を脱出するまでのことを思い出そうとするが、肝心の自分をさらった相手の正体を彼女は見ていない。
魔物があふれるこの迷宮にアジトを構えることができ、先ほどの怪しい影がそれにかかわっていると仮定したら、少なくともその正体は魔物だ。
「まずは、中の様子を確認しようぜ。敵の正体を知りたいからな」
「ああ…行くぞ、ヤミ心あれば、カゲ心」
エルバが言った合言葉に反応し、鍵が外れる。
扉をわずかに開け、そこから中の様子を確認すると、先ほど扉を開けた怪しい影と彼と同じ種類のモンスターがブルブル震えており、彼の正面、エルバ達から見て右側に緑色の人1人入れるくらいの大きさの壺を見る水色のデンデン竜の姿があった。
「オレがあれだけ注意したのに獲物に逃げられやがって…」
プルプルと体を震わせる黒いデンデン竜が振り返る。
そして、思いっきり息を吸い込んで後で叫んだ。
「ごめんなさいじゃ済まねえんだよ!!」
「ひいいい!!!」
2匹の怪しい影が互いに抱き合い、震えあがる。
「あのベロニカという女は只者じゃねえ!桁外れの魔力と極上の素質を秘めた、何年の一度現れるかわからねえ逸材だったんだぞ!?この女の魔力をすべてお納めすれば、いずれ現れる魔王様の右腕になれただろうに…。それを…それをお前らはぁぁぁぁ!!!」
拳を握りしめ、水色のデンデン竜は後ろを向き、そこで手を上にあげる。
手には閃光が宿り、それを振り下ろすと、それが発射され、壁に命中した。
命中した個所には大きな穴が開いていた。
「てめえら…もしこのことを隠してたら、あの壁みてえになってたぞ!?」
「ひいいい!!」
「おいおい、魔王だって、それにあのデンデン竜、呪文を使いやがったぞ…?」
中の様子を見ているカミュは水色のデンデン竜が放ったギラの威力を見て、冷や汗をかく。
本来、下級呪文であるギラの威力はそれほど高くない。
しかし、そんな呪文でも本人に宿る魔力によってはその威力が高くなったり低くなったりする。
「あいつ…あたしの魔力を勝手に使って…!!」
盗まれた魔力で好き勝手する水色のデンデン竜に怒りを覚え、早く隠し玉を使いたいと思うようになる。
「間違いありません。あの魔力から感じる力…お姉さまのものです」
「そう、なのか?」
「セーニャは魔力の流れが直感で分かるのよ。それで、魔力が誰のものなのかとかがわかるのよ。どうしてそんな能力を手に入れたのかはわからないけれど…」
「おそらく、あの壺の中にお姉さまの魔力が詰まっています。ですから、それを破壊すれば、魔力を取り戻せるかもしれません」
「壊すにしても、どうやって壊すか…」
4人の中で、呪文か武器で遠隔攻撃ができるのはエルバとカミュ。
カミュの場合はジバリアで罠を仕掛けるか、手作りの吹き矢や爆弾、投げナイフを使え、エルバの場合はデインやギラを使うことになる。
ただ、一番確実な爆弾が現在1つしかない。
「となる、ジバリアで足を止めて…」
「俺が投げる…」
「お、エルバ。息があってきたみてーだな」
カミュはニヤリと笑い、懐の爆弾をエルバに手渡す。
あとはジバリアをどこに設置すべきかを考えるだけだ。
「お、お姉さま!」
急にセーニャが左手で口を隠し、驚きを見せる。
何事かと思い、ベロニカが振り返ると、そこにはもう1匹の怪しい影そっくりなモンスターがいて、正面からお互いに見合う格好となった。
「「ギャーーーーー!!!!」」
息ぴったりに1人と1匹が悲鳴を上げる。
悲鳴を聞いた黒いデンデン竜たちは扉に目を向けた。
「ああ、くそ!奇襲失敗かよ!」
「なら…やるだけだ」
ホムラの里で調達した鉄の剣を手にし、ベロニカをどかしたエルバはその刃をモンスターに突き刺す。
しかし、手ごたえを感じることができない。
「こいつも…スモークと同じか…!」
神の岩で戦ったスモークのことを思い出す。
目の前のモンスターはスモークと同じく、実体のないモンスター。
剣や槌、槍などの物理攻撃が通用しない。
「な、なんだ、オメーらはっ!?このデンダ様のアジトに勝手に入り込みやがって!!」
水色デンデン竜のデンダが左手を扉にかざし、扉を魔力によって強引に開いた。
そして、ベロニカの姿を見たことでニヤリと笑い始める。
「ハハーン…なるほど。オメーらは俺が取り逃がした獲物をわざわざ届けてくれたというわけか…」
「あんた!よくもあたしの魔力を勝手に使って!返しなさいよ!!」
「うるせえ!俺の物は俺の物、てめーの物も俺の物ってなぁ!こうなりゃあ、こいつら全員を捕まえて、魔力を吸収してやるぜぇ!!てめえら、こいつらの身動きを封じろぉ!」
デンダの子分達が浮遊をはじめ、上空からラリホーを唱え始める。
手からピンク色の波紋が発生し、エルバ達に向けて飛んでくる。
エルバとベロニカは回避に成功したが、セーニャは逃げ遅れてしまう。
「あぶねえ!!」
「キャ!!」
しかし、カミュがベロニカを抱いてジャンプして回避する。
「ヘヘヘ!空中だったらかわせねえよなぁ!ギラぁ!!」
デンダが再びギラを唱え、閃光が2人を襲おうとする。
しかし、閃光に割り込むように飛んできた電撃によって相殺される。
「デインで相殺できた…だと?」
デインを唱えたエルバだが、先ほどのデンダが唱えたギラを考えると、それで相殺できるとは思っていなかった。
少なくとも、威力を少しだけでも抑えることができればと思っただけだ。
だが、実際は相殺に成功した。
「ゲゲッ!まずいまずい!!」
デンダは急いで壺を手にし、その中にある魔力を口に流し込もうとする。
「させるか!!」
エルバはカミュから受け取った爆弾をデンダに投げつける。
魔力を飲んでいる最中のデンダは隙だらけで、あの大きな体では爆弾を回避することができない。
「お、親分!!」
「ヤバイイ!」
ラリホーを唱えていたデンダの子分は大急ぎでヒャドを唱え、氷の刃を爆弾に向けて飛ばそうとしる。
しかし、ラリホーで魔力を使い過ぎたのか、いくら唱えても氷の刃が生まれない。
「ば、馬鹿!!MP切れになってんじゃねーーー!!!」
爆弾がデンダの腹部に接触すると同時に爆発する。
爆発と同時に発生した煙がデンダを包み込んでいった。
「やったか…?」
「いえ。魔力の流れに動きがありません!もしかしたら…!」
「破壊できていないのか!?」
「正解だよ。クソ野郎ども!!」
煙の中からデンダの声が聞こえてきて、無傷のデンダが思いっきり息を吸い込む。
煙もろとも空気がデンダの肺へと吸収されていき、姿を現したデンダの体と壺は赤い魔力でできた薄い膜につつまれていた。
「はあ、はあ…ほんのちょっとでも回復が遅れていたら、やばかったぜ…!」
「あいつ、魔力でバリアーを!?」
「お返しだぁ!!」
青筋を立てたデンダが口から冷たい息を吐く。
思いっきり息を吸い込んだことで威力が増大しており、おまけに煙も含まれていることから、即席のマヌーサともいえる効果も加わっている。
それがエルバを襲い、体中に寒気が走る。
それ以上に、煙幕のせいで視界が封じられてしまう。
「エルバ!!」
「くらいええ!!」
煙幕で周囲が見えず、低温の空気で体の動きが鈍くなったのか、デンダが放ったギラの直撃を受ける。
一気に高温となったがために、通常よりもより強く温度を感じてしまい、エルバは歯をかみしめながら火傷に耐える。
「グハハハ!!もう1ぱ…」
「させないわ!!」
背後から声が聞こえ、デンダは閃光を指に宿したまま振り返る。
そこには両腕を背中に隠したベロニカがいて、キッと彼の眼を見ていた。
「おい、なにやってんだ!?逃げろ!!」
デンダの子分達からの攻撃をしのぎ、カミュはセーニャをエルバの元へ連れて行っている。
煙が晴れたことで、グレイグの大剣を地面に突き刺した状態で体を支えるエルバの姿が見えた。
MP切れで、もうヒャドやラリホーは使えないものの、デンダの子分達は両腕の爪で攻撃を仕掛けてくるため、回復に集中するセーニャを守らなければならない。
そんなカミュに、距離の離れたベロニカを支援することができない。
「よくもあたしの魔力を勝手に使ってくれたわね!!絶対に許さないわよ!」
「へっ!呪文が使えねーてめーに何ができるんだよ!?」
デンダはベロニカの頬をかすめるようにギラを放つ。
頬をかすめ、火傷ができるベロニカだが、痛がることなく、じっと見続けていた。
「できるわよ…これがね!!」
ベロニカはデンダに向け、水色の液体が入った透明の水晶玉を出す。
「こ…こ…こいつは!?」
「あんたがあたしの呪文を封じるために使ったものよ!!」
水晶玉が砕け、中の液体がデンダを襲う。
ベロニカを今度こそ怖がらせようと指に宿していた閃光が消えてしまう。
「て、てめえ…いつの間に、静寂の玉を!?」
デンダは魔力を奪う過程で、相手に反撃されることを考えて、その対策のアイテムを用意していた。
その1つがこの静寂の玉で、相手の呪文を封じ込める呪文、マホトーンの魔力がこもった水が封じ込められた水晶玉だ。
ベロニカもさらわれる際、これを使われたことで抵抗することができなくなってしまったことだけは強く覚えていた。
「ここから逃げたときに取っておいたのよ。これで、あんたはもう呪文を使うことができない!」
「しまったぁ!!」
「よそ見をするな…!」
セーニャによる回復を受けたエルバが大剣を手にしてデンダの背後に肉薄していた。
そして、肉厚な刃で右腕ごと壺を切り裂いた。
壺が砕け、斬られた右腕が床に落ち、デンダは悲鳴を上げる。
同時に、壺の中にある紫色の霧が現れ、ベロニカの体に吸収されていった。
「やりました!これで、お姉さまは元に戻れます!」
「そんなこと言ってる場合かよ!?エルバ、早く交代してくれ!!」
嬉しそうに手を合わせながら、魔力を取り戻す姉を見つめるセーニャだが、その背後にはデンダの子分がおり、カミュが彼らの爪による攻撃をさばいている。
浮遊できる彼らに対して、カミュが唯一使える攻撃呪文であるジバリアは効果がない。
デンダの悲鳴を聞き、動揺した隙をついてエルバが走ってきて、同時に彼らに向けてギラを放った。
閃光がデンダの子分のうちの1匹に命中し、彼は炎に包まれて消滅した。
「ぐううう…てめえ、よくも俺様の子分と右腕をぉ!!」
左手で右腕の出血を抑えながら、エルバに目を向けたデンダは怒りを爆発させる。
しかし、急に両足に冷たさを感じ、ゆっくりと自分の足元を見る。
「な、なな…どうなってんだ!?足が、足が!!」
氷漬けにされ、床にくっついている両足を見たデンダは必死に両足を動かそうとするが、氷は砕けない。
「ふう…魔力を使われたから、どうなることかと思ったけど、まだまだ使えるわね」
「ま、まさか…!」
「お姉さま、呪文を…!」
ベロニカの両手から冷気が発生し、デンダの両足を拘束する氷が大きくなっている。
姿はエルバが最初に会った時と同じ、10歳にも満たない少女のままだが、呪文が使えるということは魔力を取り戻した大きな証拠と言ってもいいだろう。
「セーニャ!今度はあいつの視界を封じて!!」
「は、はい!!マヌーサ!!」
セーニャは即座に印を切り、デンダの顔を白い霧に包んでいく。
動きを封じられ、更には視界まで封じられたデンダにできるのは首を振りながら冷たい息をぶちまけることだけだった。
「これでとどめを刺してやるわ!!」
ヒャドを止めたベロニカは深呼吸をし、両手に魔力を集中させる。
両手に発生したギラが手と手の間に集まり、濃縮されていく。
「てめええええ!!」
「これが、あたしのギラよ!!」
濃縮し、破壊力の増した閃光がデンダの胸部を貫き、その後ろにある閉じたドアに命中する。
命中したドアが吹き飛んでいき、おまけにデンダの体が貫かれた箇所から炎上を始めていた。
「お、親分が…!」
「ひええええ!!逃げろぉーーー!!!」
燃え上がるデンダを見た2匹の子分が我先にと逃げ出していった。
「ギエエエエエエ!?!?!?魔王様の右腕になるっていう俺の野望が…」
悲鳴を上げるデンダは自らのサクセスストーリーの終焉を嘆く。
「魔王…だと?」
「さっきもおんなじことを言っていやがったな?いったい何者なんだ!?」
「いずれ、魔王様に殺されるオメーらに言っても…無駄さ…命あっての特ダネとは…このこ…と…」
一気に炎の勢いが増し、デンダは灰となっていく。
デンダが消滅し、ギラを止めることができたベロニカはその場で尻餅をつき、ハアハアと息を整える。
「魔力が頭のてっぺんからつま先までギンギンに満たされているわ…。けど、ちょっと加減が効かなかったわね…」
魔力が戻ったばかりで、魔力を失った数日の間に体がその状態に慣れてしまっていた。
そのため、いつもであればコントロールできる魔力をはりきりすぎて一気に放ったせいでできなくなってしまっていた。
「でもお姉さま、体が…」
「さすがに年齢は元に戻らなかったわね。でも、せっかく若返ったんだし、まあいいわ」
「まぁ、お姉さまらしいですわね。なんだか、そのお姿のお姉さまも愛おしく思えてきましたわ」
クスクスと笑うセーニャはベロニカに手を貸し、彼女を立たせる。
エルバとカミュはデンダの灰の山をじっと見ていた。
「魔王…」
デンダが言っていた魔王のことが頭に引っかかる。
彼は魔王はいずれ現れると言っていた。
ということは、まだその魔王は姿を現していないということになる。
「情報が少なすぎて、ほとんどわからねーな。ったく、ベロニカの奴…」
カミュは情報源であるデンダを消し炭にしてしまったベロニカに不満を感じるとともに、彼女の魔力のすさまじさを感じていた。
その人に宿る魔力によって様々な呪文の威力に違いがあるということは常識として言っているが、やはり実際に見るのと見ないのとでは違ってくる。
最強の魔法使い、と自称するだけのことがある。
笑っていたセーニャだが、ハッと何かを思い出したのか、両ひざをつき、顔をベロニカに向ける。
「ところが…ねえ、お姉さま。エルバ様のこと、気づいてまして?」
「ええ、もちろんよ。セーニャ。あんたも気が付いたみたいね。さすがはあたしの妹だわ」
2人はうなずくと、エルバの前まで歩いていく。
「…どうした?」
急に目の前に来た姉妹を見たエルバは質問するが、ベロニカの右隣に立つセーニャは何も言わずにその場で正座する。
そして、セーニャとベロニカは互いの手を合わせ、自分の胸に手を置いた。
「「命の大樹に選ばれし勇者よ。こうしてあなたとお会いできる日をお待ちしておりました」」
「命の大樹に選ばれた…?」
エルバの脳裏に空に浮かぶ巨大な樹木の姿が浮かぶ。
それの根っこに触れたことで、いたずらデビルの罠を看破し、そしてテオが隠した魔法の石と亡き母の手紙のことを知ることができた。
そのため、大樹と勇者に何か関係があるかもしれないということは薄々とだが、感じていた。
「「私たちは勇者を守る宿命を負って生まれた聖地ラムダの一族。これからは命に代えてもあなたをお守りいたします」」
「お前たちは…勇者のことで何を知っている?」
「エルバ様、あなたは災いを呼ぶ悪魔の子ではありません。里の者から聞かされていました。私たち姉妹が探し求める勇者は瞳の奥に暖かな光を宿していると」
セーニャの言葉を聞き、エルバは沈黙する。
悪魔の子ではないという言葉はさておき、自分の瞳の奥に温かい光があるということについては信じられずにいた。
自分から故郷や家族、村人たちを奪ったデルカダールに復讐することを考えている自分にそんなものはないと思っているからだ。
セーニャから離れたベロニカは両手を腰に当て、じっとエルバを見る。
「ま、あたしは最初にあんたを見たときからわかっていたわ。ムッツリした奴だったのは意外だけど」
「勇者を守る聖地ラムダの一族か…。オレの読み通り、どうやらお前は本当に世界を救う勇者みたいだな」
「世界を救う…か」
エルバは滅ぼされたイシの村の光景を思い出す。
自分の故郷すら守れなかった自分が世界を救う勇者だというのは滑稽としか思えない。
ましてや、世界を救うよりもデルカダールの復讐することを優先して考えている自分はまさに彼らの言うとおり、悪魔の子に近いだろう。
そんな自嘲的な感情が芽生えていた。
「ま…納得できていないかもしれないけど、今ここで話している場合じゃないわね」
「そうだな…まだ捕まってるやつがこの奥に…」
カミュは北側にある大きな扉に目を向ける。
この部屋にはルコの父親と思われる人間がおらず、デンダが魔力を取り出す壺や静寂の玉を作るために設置したと思われる機材があるだけだ。
となると、その扉の先に囚われている人がいるのかもしれない。
カミュは鍵がかかっていないことを確かめると、扉の持ち手をつかみ、ゆっくりと押し開ける。
幸いなことに、鍵がかかっていないため、すんなりと開くことができた。
エルバは壁にかかっているたいまつを手にし、周囲を照らす。
「まあ…どこもかしこも牢屋ばかり…。なんだか、物々しいですわね」
「お、おーい…」
中央当たりの牢屋から男の声が聞こえ、エルバはそこに明かりを向ける。
両手が枷でつながれている、青い短髪で暗い青色の服の男性が牢屋の中にいた。
「もう大丈夫よ。おじさん。あの悪い竜はあたしたちがやっつけたから」
「こいつがこの牢屋の鍵か…」
不用心なことに、扉のそばにある木箱の上に置かれている、さびた鉄製の鍵の束を手にしたカミュはそれで牢屋の扉を開き、男の手についている枷を外す。
「いやあ、ありがてえ。魔力がねえってことだから、危うく魔物たちのエサになるところだったぜ」
「まったく、あんなかわいい娘さんをほったらかして、こんな所で魔物に捕まったらだめじゃない!」
「え…?まさか、あんたらルコのことを知っているのか!?」
ベロニカの会話に驚いた男は娘であるルコの身を案じ始める。
この牢屋に入れられてからどれだけの時間がたったかわからず、今彼女がどうしているか、不安になっていく。
「心配しなくても大丈夫よ。ホムラの里の酒場で預かってもらってるから。里に戻ったら、マスターにお礼を言うのね」
彼女の無事を知った男は安どしたのか、たっぷり息をする。
セーニャから受け取った水筒の水をがぶがぶ飲み、袖で口を拭う。
「ふう…生き返ったぜ。ありがとう、俺の名前はルパス。アンタたちから受けた恩はきっと忘れねえよ」
「ルパス…どっかで聞いたことがあるような名前だな…」
ルパスをじっと見ながら、カミュはその名前の人物を思い出そうとする。
盗賊の中では話題となっていて、デクが一度会って話してみたいと言っていた男。
「もしかしてあんた…」
「そ、それじゃあ俺はルコが心配だから、先に戻ってるぜ!」
冷や汗をかいたルパスは大急ぎで牢獄から飛び出していく。
「丸腰で飛び出したぞ…自殺行為だ」
この地下迷宮は落とし穴などの罠と魔物が多いうえに、出れたとしても、そこからホムラの里まではかなり距離がある。
馬を持っていない彼にとっては長い道のりになる。
しばらくして、男の悲鳴が聞こえてきた。
「あーあ…こりゃあ助けに行かねえとな…」
「んもう!自分から危険に飛び込んでいく真似をして!!」
頭を抱えらカミュと怒ったベロニカは彼を助けるため、牢獄を出る。
そんな彼らを追いかけるように、エルバとセーニャも出て行き、牢獄の扉が閉じた。
閉じると同時に、天井の中央あたりに止まっていた蝙蝠が目を光らせた。