ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第111話 祈り

「不愉快な光よ…消えろ!!」

ウルノーガのオーブが怪しく光り、同時に上空に複数の魔法陣が出現する。

魔法陣からは隕石が落ちてきて、それらがエルバ達が乗るケトスを襲う。

ケトスの周囲に展開されている光の障壁がそれを受け止めてはいるものの、頭上の浮かぶ神鳥の杖に祈りを捧げているエルバ達に激しい衝撃と揺れが襲う。

「今は…今は祈るしかないのね!!」

「耐えるのじゃ!今、焦って攻撃をしてもどうにもならぬ!とにかく…とにかく祈るのじゃ!!」

(そうです、祈りこそが今のウルノーガへの最大の攻撃となります。そして、呼び覚ましてください。命の大樹に眠る勇者の魂を!!)

エルバ達の祈りが神鳥の杖からオーブへと伝わっていき、やがてレッドオーブに宿るラゴスの魂が現出する。

現出されたラゴスのシルエットを見たウルノーガは手にしている剣をそれに向けてふるう。

山を切り裂くほどの力を秘めた剣劇だが、刃は魂を切り裂くことはできない。

ようやく魂の一つを呼び起こすことができたが、まだ1人目。

あと5人の魂を呼び覚まさなければならず、ケトスのバリアもいつまで持つかわからない。

「やるぞ…ここで倒れては、ロトゼタシアの終わりだ…!!」

 

「はあ、はあ…てやんでえ…ようやくお天道様が見えたってのに、いきなり夜になってんじゃねえぞ…」

返り血と己の血で赤く染まった鎧姿となったジエーゴの周囲には数多くの魔物の死体が転がる。

ソルティコにいる騎士やシルビアのナカマたちも長く続く戦いに疲れ果て、こうして魔物の攻撃が若干収まっているときのほんのわずかな時間だけでも睡眠と回復に使わなければ、もう戦闘不能になってもおかしくないくらいになっている。

こうして前線で戦っているジエーゴも、ここまで激しい戦いは初めてで、老齢に差し掛かっていることもあり、ここにきて体にガタがきはじめているのを感じ始めていた。

自分以上に高齢であるにもかかわらず、魔王とも戦っているロウがうらやましく思える。

「弱気になってんじゃねえぞ、てめえら!この真っ暗な空で、死に物狂いで戦っている奴らがいる!!ここであいつらの帰る場所を守らねえでどうする!!」

背後から迫るイビルビーストを逆手で握った剣で的確に心臓を貫く。

ジエーゴの脳裏に浮かぶのはウルノーガと戦っている息子たちの姿だった。

(ゴリアテ、グレイグ…てめえら、さっさと終わらせて帰ってきやがれ。特にゴリアテ…もし本当にこの世界に光を取り戻したってなら、この俺でも笑っちまうだろうな。ガーベラよぉ…まだおめえの元へ逝くのは…先になるぜ!!)

 

「撃て撃て撃てぇ!村に魔物を近づけるなぁ!!!」

ナギムナー村への入り口を封鎖するように布陣した漁船たちが取り付けられた大砲を放ち、マーマンなどの魔物たちを迎撃する。

大砲を使えない漁師たちは小舟に乗って船に迫る魔物を銛で迎え撃つ。

世界が崩壊してから漁に出られなくなった彼らは倒した魔物の肉を食べることでどうにか生活していた。

魔王にとっても戦略的な価値のないそこはほかの地域と比較すると魔物の侵攻も少なかったが今回は違った。

まるで今まで猫をかぶっていただけだったかのように圧倒的な数の魔物が迫り、中にはクラーゴンの姿もある。

大砲を撃つ漁師たちにとって気がかりなのは大砲の残りの弾数だ。

元々はクラーゴンなどの巨大な魔物を退治するためのものであり、そうした機会が少ないことから普段大砲の整備と弾薬の在庫の管理をしてくれている大砲ばあさんも世界崩壊後はどうにか大砲の数や弾薬の確保に動いてくれたが、それでもこの情勢では数をそろえることはできなかった。

しかし、漁師たちもまた魚だけでなく、襲ってくる魔物たちとも命がけで戦ってきた身。

そして、大切な故郷の危機という中では今ある武器で戦うしかない。

「くそ…倒しても、倒しても…次から次へと…」

折れて使い物にならなくなった銛を捨て、一緒の小舟に乗っている仲間の漁師から新しい銛を譲り受けたキナイだが、体中が傷だらけになっていて、左目は血でぬれて視界が赤く染まっている。

額に巻いている布は血で赤く染まり、銛を持つ手は少しでも気を抜くと力が抜けてしまう。

「キナイ!お前、戦いっぱなしだぞ!今からでも戻って治療を…!」

「今は一人でも抜けれる余裕があるのかよ…!!それに、まだ…俺は戦える!!」

キナイの脳裏に浮かぶのはあの夜に出会い、そして別れたロミアの姿だ。

かつては自分と母親の人生を狂わせた忌むべき存在として憎んでいたというのに、今はどこの海にいるかもわからない彼女の身を案じる自分がいる。

(俺たちの海を…彼女が歌う海を…これ以上汚させるわけにはいくか…!!)

 

「忌々しいものだな…希望の火というものは…」

エルバ達との戦いを始めてから、ウルノーガは余興としてデルカダールをはじめとしたロトゼタシアの国々をランダムに闇へと沈めていった。

勇者がここにいて、助けなどこない状況であるにもかかわらず、その闇から感じたのはこの状況にあらがおうとする人々の魂。

その一つ一つの心が光となり、それがウルノーガをいらだたせる。

「光の根源よ…消えよ!!」

光の源である勇者たちを殺すべく、口から闇の炎を放ち、炎がケトスを襲う。

バリアに阻まれながらも炎はバリアごとケトスを包み込んでいき、その視界を封じていく。

炎が晴れると同時に、正面からウルノーガの剣が襲い掛かる。

巨大な質量の剣とバリアがぶつかり合い、どうにか受け止めきることのできたケトスではあるが、バリアに大きなひびが入り、それが肉眼でも容易に見えるほどだった。

「あの剣に当たるわけにはいかない…!!」

距離を離したとしても隕石や呪文、闇の炎が襲い掛かり、接近すればウルノーガが手にしている武器による攻撃が来る。

あの巨体による攻撃を受けたとしたら、どんなに守りを固めたとしても人間であれば一撃で押しつぶされることになるだろう。

「頼む…こんなに祈ってるんだから、さっさと出てきてくれよ!!ロトゼタシアの危機なんだぜ!?」

両手を掲げ、祈りを捧げるカミュの言葉が届いたのか、グリーンオーブから放たれた光がネイルのシルエットを生み出す。

ラゴス、ネルセン、ネイル…。

ようやく3人の魂が現出し、あと3人。

 

「神よ…どうか、どうか…勇者たちに勝利を。ロトゼタシアに光を…」

闇に包まれた聖地ラムダの神殿の中で、ファーガスを戦闘に戦うことのできない人々がひざまずき、祈りを捧げる。

聖地ラムダにも魔物たちが襲来しており、戦える男たちは武器や呪文で戦いを繰り広げている。

エルバ達が来た後で、キラゴルドによる騒動が収まったクレイモランからラムダ防衛のために兵士を派遣してくれたものの、それでも今は聖地に入り込ませないようにすることだけで精一杯だ。

上空からも魔物たちが襲うものの、聖地ラムダを包む結界が、ファーガスが唱えたマホカトールがそれを阻んでいる。

そして、祈る人々の中にはセーニャとベロニカの両親、そしてマヤの姿もあった。

(兄貴…勇者様。どうすれば勝てるんだよ?どうしたら、ロトゼタシアが平和になるんだよ…!!)

もし戦うだけの力があるなら、今すぐにでも飛び出して自分を受け入れてくれたここを守るために戦いたい。

だが、黄金の首飾りは既に力を失い、キラゴルドになるための力の源であったゴールドオーブもない。

念のためにファーガスに体の状態を検査してもらったが、残留している力も何一つない状態とのことだ。

喜ばしいことかもしれないが、今はそれが恨めしいとも思えてしまった。

 

「負傷者は下がってください!!3組は上空の魔物に向けて炎を!!」

サンポの指揮のもと、ドゥルダ郷へ襲来する魔物たちが修行僧たちによる攻撃によって数匹が撃破される。

地面に落ちる魔物の死体に目もくれず、サンポは魔物たちの次の手を見定める。

デルカダールが闇に落ちたときでさえ、まだ光があったドゥルダ郷だが、今は夜のように暗く閉ざされ、魔物たちが時は今とばかりに襲い掛かってくる。

1匹倒したとしても、2匹3匹と続けて襲ってくる状況で、今では修業を初めて日の浅い修行僧をも駆り出さなければならないほどひっ迫していた。

負傷した修行僧は寺院の中で賢明な治療が施されており、戦えない者たちは炊き出しや負傷者の世話をする者がいれば、魔物への恐怖で身動きが取れないものもいる。

魔物の気配がより強くなり、数も増しているのをひしひしと感じる。

そして、傷ついたり戦死する修行僧が現れ、徐々に数が減っていくのは郷の方だ。

「私にも、ニマ大師と同じ力があれば…」

かつて、ニマが郷を守るために発動したメガトロン。

ニマやロウ、ファーガスが使うことができたマホカトール。

そうした行為の呪文を使うことのできない己に憤慨する。

にもかかわらず、郷を守るためにこうして先頭に立っている現状。

やはり自分はニマの代わりになれない、仮初でしかないのか。

(…いいや、まだです。今は嘆いている場合ではないのですから…!どうか、冥府でお見届けください、ニマ大師!!)

たとえニマの半分も力がなかったとしても、できることがあるはず。

眼鏡を直したサンポは再び集中し、魔物たちの動きの予測を開始した。

 

「もう…バリアが持たない!!」

修復が終わっていない箇所にウルノーガの放った隕石が直撃し、隕石ともどもバリアが砕け散る。

傷だらけになっているケトスの様子からして、再びバリアを展開できるかどうか不透明な状態で、同時にウルノーガの配下の魔物たちがケトスとその背に乗るエルバ達を襲う。

「くっ…皆は祈りを!!魔物は私が!!」

「グレイグ!!」

グレイトアックスを抜いたグレイスはそれでデルカダールの盾を激しくたたく。

「魔物どもよ!!デルカダールの将軍の一人にして、勇者の盾たるグレイグはここだ!!勇者を倒したくば、先にこの俺を倒して見せよ!!この俺がいる限り、指一本触れさせん!!」

そのことを証明するかのように、頭上にいるドラゴンライダーに向けてグレイトアックスを振るい、そこから発生する風の刃がドラゴンと騎士の肉体を両断する。

グレイグの声と彼自身の強さに反応し、魔物たちが大勢で彼に襲い掛かる。

デルカダールの盾とホメロスの遺志を宿した鎧が全方位から襲い掛かる攻撃を受け止め、グレイトアックスの刃と力が魔物たちを葬っていく。

その間にエルバ達は神鳥の杖に祈りを捧げ続け、ケトスはバリアを再び展開しようと力を籠める。

だが、足元から激しい振動が襲い、同時にケトスも体勢を崩しかける。

「な、なんだよ、急に!?」

(下です…下からも攻撃が!)

ケトスの真下、エルバ達にとっては完全に死角となっているところに魔物の一部が集結し、ケトスに集中攻撃を仕掛ける。

いかに神の乗り物と呼ばれ、鎧を身にまとったケトスでも、やがてはこの集中攻撃に耐えきれなくなる。

「俺が下に行って…」

(その必要はない)

「何!?」

声が響くと同時に、ケトスにブレスを放とうとした赤い瞳のスカイドラゴンの頭部が闇の魔力に包まれ、破砕されていく。

更にはドラゴンライダー数匹とビーライダーなどの魔物も風をまとった剣閃に襲われ、次々と脱落する。

魔物たちの視線はグレーの光に包まれ、浮遊する人間に向けられる。

「ホメロス!?お前…」

「お前は見える範囲の敵に集中しろ!お前がいけないところは…俺がやる。それが俺が為すべきだったことだ」

人間の、将軍だった姿に戻り、プラチナソード2本を握るホメロスの手は若干透けている。

(元々無理にここへきている身だ…。だが、今この体が持つまでの間は…)

ウラノスの力により、一時的に生と死のはざまでよみがえった霊体であるホメロス。

彼からも言われたが、この霊体の状態でロトゼタシアにつなぎとめられる時間はわずか。

その間だけですべてのオーブの魂を解放するまでケトスの死角を守り切るのは難しい。

「ホメロスよ…勇者の力まで与えてやったというのに、だが…いい余興であったぞ。貴様のおかげで強くなった勇者と戦うことができ、そして、邪神として覚醒することができた」

「俺からも礼を言わせてもらう。貴様のおかげで、俺の心の弱さを痛いほどに思い知ることができた。その礼をさせてもらう。貴様の邪魔をすることでだ!!」

「できるかな…?一度は闇に落ち、人であることすら捨てた貴様が…?」

「やる…。それがほんのわずかな時間であっても、それが…今の俺にできる贖罪だ」

「その贖罪、付き合わせてもらう」

「何??」

声が聞こえたと同時にどこからともなく飛んできた光の矢がホメロスとケトスの周囲で攻撃を仕掛けようとした魔物たちを次々と貫いていく。

生き残った魔物たちも、そこから矢継ぎ早に迫る光の人影によって斬られていった。

「おいおい、これは…」

「我ら、ホムラの里の武者!一時のみ死者の国より戻り、加勢いたす!!」

ホメロスと同じ淡い光に包まれた武者たちの中に、かつてのハリマの姿があり、刀を抜いた彼の指揮によって武者たちが更に襲い掛かる魔物たちへの攻撃を開始する。

「そうか、お前があの…」

「ホメロス殿…母から聞きました。思惑があったとはいえ、里を救う助力をして頂いたこと、心より感謝いたします」

「ホメロスだけでなく、ハリマ殿まで…」

「みんなが、俺たちに力を…」

「それは当然のことさ。なんたって、あんたたちが紡いできたつながり、あんたたちがともしてきた希望の炎を考えればさ」

「うおお…太師様、いつの間に!?」

当然のようにケトスの背の上に、ホメロスと同じ光をまとって現れたニマにロウ達が驚きを見せ、その中でニマは正面からとびかかるグレイトドラゴンを巨大な氷の刃で撃ちぬいた。

「ボサッとしてんじゃないよ!!あたいらがこの世界にいられる時間はわずか!!その間にさっさとお祈りを済ませちまいな!!」

「は、はいー--」

少しでも手を抜いたら、修行の時のようにお尻叩き棒で思いっきりひっぱたかれてしまう。

その恐怖がよみがえり、ロウは一心不乱に神鳥の杖に祈りを捧げる。

「勇者エルバ…よくぞここまで、暗黒に包まれたロトゼタシアに希望の炎をともしてくれました」

「その声は…女王セレン!!」

真上から放たれる青い光の中から、セレンを先頭にムウレアの戦士たちが出てくる。

いずれもホメロスらと同じ光で全身が包まれており、セレンの姿は初めて見たときと同じ若々しいものだった。

「エルバ…あなたは旅の中で人々に希望を与えた、あなたのあきらめない心が今、邪神と化したウルノーガを超える力を生み出しつつあります。勇者の力だけでも、勇者の剣だけでも…邪神を倒すことはできなかった。けれど、今は生死を超えて、ロトゼタシアを守るために戦っている人々が世界中にいるのです。聞くのです、その声を。見るのです、その姿を」

セレンの杖から放たれる光。

それがエルバ達に地上で戦っている人々の姿を映し出す。

そのいずれも、エルバ達が旅をする中で知り合った人々で、その誰もが今のこの状況をあきらめていない。

「パパ…みんな!!」

「ユグドラシルの…ユグノアの民たち…」

「陛下…!」

「エマ、ペルラ母さん、みんな…」

「へへ…マヤの奴、ビビっている奴の尻を蹴ってやがる!」

「ええい…あきらめの悪い亡者どもめ、闇の中へ還るがいい!」

「いいでしょう…邪神よ!ならば、その闇の中で、お前が滅ぶのを見させてもらいます!!」

「皆のもの、我に続け!!」

セレンとハリマ、ホメロス、ニマの姿が光へと変わり、それに続くように武者たちやムウレアの戦士たちの姿も光となり、それらがウルノーガに向けて突撃していく。

数多くの光がぶつかり、それに押されるように闇に守られていたはずのウルノーガの体が大きく吹き飛ばされる。

「これが…最後だ!!」

「お願いします…お姉さま!!」

最後に残ったブルーオーブから放たれた魂、ベロニカの魂が本来の彼女の姿を模した光のシルエットに変化する。

ネルセン、ネイル、ウラノス、ラゴス、パノン、ベロニカ。

6つの魂の輝きが立ち直ろうとするウルノーガの周囲に展開されていく。

「さあ、道は開けた…!」

「いけ、セニカ!!ローシュを目覚めさせるのだ!!」

「ええ…!!」

淡い光で身を包んだセニカが姿を見せるとともに、6人の力が生み出す巨大な魔法陣がウルノーガを縛り付ける。

そして、セニカはウルノーガの肉体へと飛び込んでいった。


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