「そうだ、今世の勇者よ。これがお前たちが預言者と呼ぶ者の正体だ」
光の中で服装が徐々に緑色の魔導士のローブへと変化させ、背丈や髪の色も別人のように変わっていく。
その姿はエルバ達が先ほど見た光景で見た男と同一と言っていい姿だった。
「ウラノス…様!?」
「どういうことだよ…だってよ、ウルノーガがウラノスなんだろ?じゃあ、ここにいるのは偽物なのかよ!?」
「偽物…。それは正しいとも言えて、間違いともいえる。いかにも、私はウラノス。しいて言えば、ウラノスの砕けた心の一部…。彼の心は嫉妬するとともに、尊敬していた男をこの手で殺したその時、壊れたのだ。肉体と残った心の一部はウルノーガとなってしまったが、わずかにウルノーガとならずに済んだ心が集まり、我となった。すべては、闇に落ちたウラノスを殺すため、そして来るべき時、今度こそニズゼルファを倒すために」
「信じられねえ…」
「信じられない…そう思うのも致し方のないことだわ。実際に、私もこうして預言者となったウラノスと直接会ってもなお、なかなか信じられなかったわ」
ウラノスのそばに突然現れる女性が目を閉じて、その時の光景を思い浮かべながら口を開く。
死んだローシュにもう1度会うすべを求めて立ち寄った古代図書館の中で本を読み漁っていた時に会ったとき、思わず彼を殺しそうになった。
だが、彼の意志とやるべきことを聞いたことで時間はかかったものの、矛を収めることができた。
「セニカ様…どうして!?」
「セニカ様は忘れられた塔の中で…」
「ええ…私はローシュのことが忘れられなかった。そして、時の流れに逆らってまで会おうとして、果たせなかった…。そして、時の番人と化した。けれど、ようやく目を覚ましたわ。あの人に会うために、そして…世界のために」
「セニカは何も、自分のためだけの時を遡ろうとしたのではない。ニズゼルファを倒すためには、是が否でもローシュの存在が必要なのだ。時のオーブの破壊はその可能性の一つ。それがついえた今、なすべき手はもう1つだけ残っている。今、シルバーオーブが生み出した神鳥の杖、そして6つのオーブに宿りし我らが魂だ」
宙に舞う神鳥の杖を中心に、カミュ達が持っている5つのオーブが輪になって回り始める。
1つ1つのオーブは光を放ち、次第にそれに宿る魂の正体のシルエットとなり、やがて神鳥の杖に宿るシルバーオーブにもウラノスを模したシルエットが浮かぶ。
「ニズゼルファの力をも奪った今のウルノーガはもはやニズゼルファに匹敵する邪神と言えよう。だが、世界は調和を保つために動くもので、邪神の闇が世界を覆うまさにその時、それにあらがおうと光が強まる。その光の源は命の大樹」
「命の大樹にはロトゼタシアで生まれ、生き、死んでいった命が宿る。もちろん、その中にはあの人もいる。神鳥の杖に祈りを捧げ、それぞれのオーブに宿る魂の力を解放し、命の大樹に眠るあの人を呼び覚ます」
「ローシュの元にわれらの力を結集させ、邪神を包む闇の障壁を払おう。これで、ニズゼルファに肉薄することができる。そのあとは、今世の勇者よ、おぬしたちの手で邪神と化した我を滅ぼし、ロトゼタシアを救うのだ」
ローシュが倒れてからの気の遠くなる時間をかけて、残されたローシュの仲間たちが作り出した、ロトゼタシアを救うための一手。
どれほど困難な道なのかはたとえロウであったとしても分からないだろう。
だからこそ、わからないからこそ、その道の困難の道を進む必要のない未来を作る必要がある。
セニカがエルバの前へ歩いて近づき、彼の頬にそっと触れる。
「ローシュの生まれ変わりのエルバ…。確かにあなたは、あの人とよく似ているわね。あなたたちに後を託すしかないことは悔しいけれど、あなたたちなら…きっと、できるわ」
「セニカ様…」
「あなたの愛する人を、幸せにしてあげなさい。私たちのようになってはだめよ」
「役者がそろったようだな」
パープルオーブが光るとともに姿を現したネルセンの言葉にセニカとウラノスがうなずく。
ネルセンだけでなく、それぞれのオーブに宿る魂であるパノンやラゴス、ネイルも姿を現した。
「さあ、始めるぞ。セニカ、ウラノス。奴を叩き起こしにな。貴様にも協力してもらうぞ、ホメロスよ」
「ああ…。これが、俺の最期の役目だ」
ネルセンの言葉にうなずき、腰に差している剣を抜き、切っ先をグレイグに向ける。
「ホメロス…俺は…」
「何も言うな、友よ…いや、もはや俺にお前の友と呼ばれる資格はないな。あれほどのことをしたのだから…」
「すまない…もっと早く、お前の思いに気づいていれば…」
「何を言っている。気づいてどうしたというのだ、お前は…。甘すぎる男だな、いや…そういう甘さを、優しさを最後まで捨てない人間だからこそ、英雄になれるということか」
事情など聴くことなく、さっさと自分を切り捨てればよかったものを。
結局天空魔城まで決着に時間がかかってしまったが、それでもロトゼタシアを救うにはまだ間に合う。
「ともに戦おう…。あの頃のように」
「ああ、友よ…」
ホメロスとグレイグの拳がぶつかり合うとともに、ホメロスが白い光となって消えていく。
光はグレイグの鎧に宿り、やがてそれは白と黒のツートンのマントのついた金色の鎧へと変化していく。
(黄金色に輝くであろうロトゼタシアの未来…必ず守れよ、グレイグ…)
「ああ…もちろんだ。ホメロス」
「神鳥の杖に祈りを捧げてオーブに宿る魂を解放して、その力でローシュ様を目覚めさせて、闇を払う…。やることはわかったけれど、問題は奴の攻撃を耐え続けることね」
「そうね、それにあの闇のせいでトベルーラも維持できないわ。実際、そのせいでアタシ達は落ちちゃってたわ」
「それならば心配いらぬ」
「…お前は!?」
目の前に突然現れた存在にエルバは声を上げる。
何の脈絡もなく現れたそれはこんな場所に決しているはずのない存在だ。
「嘘だろ…フランベルグかよ!?」
「こんなところまでエルバちゃんの元に来て…どうなってるのかしら??」
神出鬼没な彼には何度も助けられることにはなったものの、このあり得ない空間にも姿を見せたのだとしたら、もはや馬の姿をした何か別の存在のように見えてしまう。
「何を言っておる、確かにフランベルグと呼ばれているその馬は天空魔城に突入するまで、お前たちとともにいたぞ。最も、サマディーとホムラの里では話は別のようだが」
「一緒にいた…??」
フランベルグは確かにケトスに乗って聖地ラムダを旅立った時に他の馬とともに預けていたはず。
それからは馬をほとんど使っておらず、サマディーからホムラへ向かう際もほとんど徒歩で移動していた。
フランベルグが一緒にいるはずがない。
「まだわからぬか。ならば、見せてやろう。お前の馬の正体を」
ウラノスが指を鳴らすと、フランベルグの背後に巨大な光のシルエットが現れ、その形はクジラのような形をしていた。
「クジラ…まさか!?」
「まさか…フランベルグが、ケトス様なのか!?」
「ケトスは勇者を見守り、時にはその身を守るためにその魂を地上に移していたの。ちょうど、あなたが暮らしていたイシの村で…」
「とても信じられない…でも、どこか納得する感じがする…」
おそらく、そのことを知ったら村の人々は驚くかもしれない。
自分たちが村一番の名馬と呼んだそれがまさか神の乗り物で、ローシュとともに戦っていた存在のかりそめの物だったとは夢にも思うまい。
「さあ、始めるぞ…。最後の戦いだ」
エルバの手に握られている2本の勇者の剣。
2本が生み出す光がエルバ達を包みこんでいった。
「落ちたか、哀れな勇者め」
エルバ達が落ちて行ってしばらく経過し、その間にもウルノーガを包む闇の瘴気が濃くなっていく。
あとはその瘴気をロトゼタシアすべてに注ぎ込み、完全な闇に閉ざす。
ゆくゆくはロトゼタシア以外の世界にも闇をもたらす。
もうそれを邪魔をするものは存在しない。
六軍王などという存在も用意したが、こうなった以上そういった存在も必要ない。
「我こそが、この新たな世界の…うん??」
黒一色に染まりつつある闇の中には似つかわしくないシミのような白い光。
最初は見間違いかと思えるくらいのか弱い光だったが、徐々にその光は強まっていく。
「忌々しい光だ…消えろ!!」
ウルノーガの手がその光に向かって伸びる。
だが、その光に触れた瞬間しびれるような痛みが襲う。
そして、ウルノーガはその光の正体を目にする。
黄金の鎧を身にまとったケトス、そしてその背に乗るエルバ達の姿だった。