(エルバ、エルバ…)
魔力を失い、落下してからどれだけの時間が経過したのかはわからない。
いつの間にか意識を失っていたエルバの耳に誰かの声が届く。
起きようとするが、まるで体中に重りをつけられたような感覚があり、瞼を開くだけの力もない。
(真実を知る時が来たのよ。ウルノーガ…いいえ、邪神を倒すために。そのカギが今、ここにあるわ)
その言葉に対して、エルバが抱いたのは信じられないという思いだ。
ウルノーガが生み出した圧倒的な闇の力は一瞬で魔力を空っぽにしてしまった。
そんな力を攻略する鍵が本当にあるのかと。
あのローシュでさえ持つことがなかった2つの紋章の力をもってしても不可能だったというのに。
(ああ…もう!!いつまでも寝てるんじゃないわよ!さっさと起きなさい!!!)
とうとう声の主は堪忍袋の緒が切れ、ベシベシと頭を叩いてくる。
幼いころにペルラにいつまで寝ているんだとげんこつを受けた時があったのを思い出し、ようやくエルバは目を開く。
それと同時に、自分がいる空間に驚いたように飛び上がる。
そこは意識を失う直前に見た真っ暗な闇とは正反対の真っ白で透き通った空間だった。
そして、そこにいるとはベロニカだ。
「まったく、いつまで寝てるのよ!ほら、さっさとついてきなさい!!」
「ベロニカ…?ここは、いったい…?」
「説明は後!みんな、待ってるわよ!!」
エルバの腕をつかみ、強引に引っ張られるエルバはベロニカによって白い空間の先にある扉の前まで連れていかれる。
ベロニカが扉を開くと、そこにはカミュ達の姿があった。
「エルバ!お前も無事だったんだな!」
「カミュ…みんな…」
「私たち、お姉さまに連れられてここへ…」
「で、あんたが最後ってこと。さあ…説明してもらうわよ。ホメロス」
「何…!?」
「ホメロスですって!?」
ベロニカが口にしたまさかの名前に騒然となる中、ベロニカの隣にいきなりホメロスが姿を現す。
その姿は世界が崩壊した後の道化師の物でも、魔人化したものでもない、かつてのデルカダール将軍であったころのものだ。
「待っていた、お前たちを」
「待っていただと…?ホメロス、お前は…」
「今更許されるとは思っていない。だが…俺なりに、助力をさせてもらう。デルカダールを…いや、ロトゼタシアを守るために」
「今更信じられるかよ…お前のために、どれだけの人間が!?」
「そのようなことは百も承知だ。それだけのことを確かにしてきたのだからな…信じられないなら、今この場で俺を切れ」
「言われなくても…」
「待て、カミュ」
レーヴァテインを抜くカミュの前にグレイグが立ちはだかり、今にも燃え上がろうとする刃をつかむ。
「確かに、俺は己の闇に付け込まれ、ウルノーガに味方した。そして、命の大樹を奪い、世界を崩壊させた。決して許されぬ罪。おそらく、たとえ命の大樹の加護を受け、何度生まれ変わろうとも消えない…。そして、ウルノーガに従い六軍王とともにロトゼタシアを侵略する中、俺は預言者と出会った」
「預言者…だと!?お前も!?」
「そうだ…貴様も預言者と出会い、勇者とともに戦う宿命を背負ったな、カミュよ。俺は預言者から教えられた。俺に待つ運命、俺の破滅を…」
「ホメロス…」
「預言者に救われた俺の為すべきこと、それはロトゼタシアに未来をもたらすもの達を闇の立場から導くこと。たとえ命を失おうとも、成し遂げなければならない。これが俺のできる贖罪…。もっとも、自己満足にすぎないがな」
自嘲するように笑うホメロスの言葉にエルバ達は言葉を失う。
ホメロスの言葉が正しければ、エルバとグレイグがデルカダールで相対したときには既にそのために動いていたということになる。
彼がその腹積もりで動いているとはだれも思わなかった。
「邪悪の神と化したウルノーガは今、ロトゼタシアすべてを闇で覆うだけの力を手に入れた。だが、これはウルノーガもろとも邪悪の神を葬る最大の好機でもある」
「邪悪の神もろとも…じゃと?」
「そうです、ホメロス様。既にあなた方はその名前を知っている…。そう、勇者の星に刻まれた名前を…」
「お待ちください!まさか…勇者の星は…」
「そう…勇者の星に封印されていた邪神の名、それがニズゼルファだ。奴は勇者の星を破壊し、封印されたニズゼルファの力を手に入れた。だが、邪神の力はあまりにも強大すぎた。ウルノーガが望むのはロトゼタシアを支配すること。だが、ニズゼルファの力はロトゼタシアを完全に破壊するほどのもの。それを使うことを決意したということは…もはや奴はこの世界もろとも勇者を滅ぼすつもりだろう」
「そうじゃ、これは勇者と邪悪の神の戦い…かつての戦いはまだ終わっていないということじゃ」
ホメロスの隣に淡い光が生まれ、声とともに光の中から預言者が姿を現す。
その手には赤い魔石が埋め込まれた金の首飾りが握られていた。
「セーニャ、ベロニカ。賢者セニカの魂を受け継ぐ者たちよ、おぬしらの勇者の導き手としての使命を果たすときじゃ」
「私たちの…?」
「セニカの魂が記憶している。あの戦いの真実、ニズゼルファの真実を。この首飾りをつけよ。そして、それから聞こえてくる声に身を任せるのじゃ」
「声…」
「セーニャ!」
ベロニカが駆け寄り、2人の体が首飾りから生まれる淡い光に包まれていく。
光はやがて部屋中を包み込んでいき、それが消えたと同時に広がったのは真夜中の禁足地。
「禁足地…?」
「セーニャ…ベロニカ、おい、どこへ行ったんだよ!?」
2人の姿が見えないカミュがあたりを見渡す。
その中で見つけたのは4人の人影。
同時に聞こえたのは槌が金属を叩く甲高い音だった。
「これは…」
「そう…忘れもしないわ。この光景を…」
背後から聞こえた声にエルバ達は振り返る。
そこには青いオーラに包まれ、瞳の色が青く染まっているセーニャの姿があった。
声は確かにセーニャのものだが、その言動は彼女の物ではない。
「セーニャ…なのか…?」
「今の彼女はセニカの魂に身を任せている。安心せよ、真実を伝え終えれば元に戻る。見よ」
預言者が空を指さすと、見えたのはケトスの姿で、人影の一人が剣を空に掲げる。
その剣はエルバの手にある勇者の剣で、彼の左手には勇者の痣が刻まれていた。
「ローシュ…ネルセン…ウラノス…。そして、私…セニカ。私たちはケトスとともに空へ向かい、邪神を追った」
ケトスの鳴き声が響き渡ると同時に光景が変化し、今度は暗闇に包まれた空の上へと変化する。
金色の光に包まれたローシュ達と相対するのは薄緑色の甲冑と白い仮面をつけた巨大な人型の化け物。
化け物の右手は3本の鋭い爪であり、左手が球体のような形状をしていて、仮面に隠れた目からは冷たい何かが感じられた。
「あれが…邪神なの!?」
「そう…。邪神ニズゼルファ。かの邪神によって、ロトゼタシアは滅びの時を迎えていた。その中で命の大樹に選ばれたローシュが生まれ、仲間たちが集い…こうして決戦を繰り広げた」
彼らの戦いは熾烈を極め、どんな呪文も技もニズゼルファが生み出す闇がかき消していく。
そして、彼が放つ炎や呪文によって一方的に傷つけられていく中、ローシュが持つ勇者の剣が痣に反応して光り輝き、闇を消し去った。
そのことで彼らの攻撃が通じるようになり、やがてローシュがギガスラッシュで胴体に大きな一撃を与えると、ニズゼルファの巨体が地上へと転落していく。
その落ちた場所は今ではサマディーが存在する砂漠地帯だった。
巨大なニズゼルファの肉体が落ちた場所には巨大なクレーターができ、あおむけに倒れているそれに頭上に降り立ったのはローシュとウラノスだった。
「はあ、はあ…邪悪の神、ニズゼルファ…。ここで、とどめを刺す…!」
あとはこの勇者の剣で一撃をぶつければいい。
長い旅も、勇者の使命もこれで終わる。
(邪悪の神の最期か…)
ローシュの後姿を見つめるウラノスの脳裏に浮かんだのはローシュとの旅の思い出だ。
ドゥルダ郷で初めて出会ったとき、ウラノスは一介の修行僧だった。
恵まれた才能と力や技術を得るための貪欲な姿勢が初代大師に認められ、周囲からも一目置かれていた。
その中で、勇者としての力を得るために訪れたローシュと出会った。
入って早々、次々とドゥルダに伝わる呪文や技術を習得していくローシュに対して抱いたのは嫉妬だった。
自分よりも後から来たくせに、自分を上回るスピードで成長していき、しかも勇者といういかに努力したとしても決して届くことのない力を持つローシュ。
その存在を許すことができなかった。
それでも、ともに修行を続ける中で互いのことを知り、修行を終えた旅立つローシュについていく道を選んだ。
多くの敵と戦い、その中でドゥルダ郷の中では学ぶことのできないものを学ぶことができ、強くなることができた。
だが、ローシュは自分以上にさらに力をつけていき、勇者として多くの人々から称賛された。
もちろん仲間であるネルセン達も称賛されるが、ローシュほどではない。
いつまでも自分にないものをすべて取っていき、見せびらかすローシュ。
そんな彼に勝てないまま、終わってしまうのか。
(どうした…?ここで終わっていいのか?)
急に空が黒く染まり、風がやむ。
剣を手にしたローシュの動きが止まり、ウラノスの目の前には真っ黒なオーラで包まれたウラノスに似た幻影が姿を現す。
「貴様は!!」
(答えろ、ここで終わっていいのか?これでは、お前は一生ローシュに勝てない)
幻影の声は明らかにウラノスと同じものだが、どこか自分を見下し、嘲笑っているような感じがした。
身構えるウラノスに幻影は口角を吊り上げていく。
(気に入らない、気に入らない奴だよな。勇者というものは。命の大樹に選ばれたというだけで周りから称賛され、お前が血反吐を吐くほどの努力をして習得したものでさえ、あっさりと、何事もないように覚えていく。これじゃあ、お前の立つ瀬がないよなあ…)
「それは、仕方が…」
(仕方がない?勇者と自分とは違う生き物だから?それでいつも納得していたな。本当はそんなことを望んでいないにもかかわらず)
「黙れ!!」
(くれてやろう、勇者を超える力を…。ローシュに勝つ力を…)
「ウラノス、どうした?」
ウラノスの様子がおかしいことを感じたローシュの声がかすかに聞こえるが、それ以上にあの幻影の声がウラノスの心を深く浸食していた。
己の心を見透かし、甘くささやいてくるその声をいつもなら抑えることができただろう。
だが、その声が指摘する本心は事実であり、それこそがウラノスの心を揺さぶる。
それを仕向ける存在の正体が何か、それはわかっていた。
「ウラノス!!」
「ローシュ!!くっ…!!」
近づいてくるローシュを振り払うようにウラノスが腕を振るうとともに炎が発生する。
いきなり起こった炎に思わず下がったローシュの目に映ったのはナイフを抜いたウラノスの姿だった。
「どうしたというんだ、ウラノス!!」
「ローシュ…すまん!!奴は…ニズゼルファが私の心にとりつきおった!今にも…お前を殺そうと!!」
脂汗をかき、震えるほどに力の入った右手を見る。
頭の中では必死に力を抜き、ナイフを手放すことを命令するが、腕はそれを一切聞く様子がない。
このままではローシュを殺そうと動くだろう。
そして、ローシュは助けようと動く。
「ローシュ!!早くニズゼルファを殺せ!!取り返しがつかなくなる前に!!」
「ウラノス!!」
「うわああああああ!!!」
絶叫とともに、ウラノスは己の腹に向けて何度もナイフを突き出す。
血が噴き出て、鋭い痛みと熱が腹から伝わってくる。
ウラノス本人はどうせナイフを手放せないなら、首を切って死んでやろうと考えていた。
だが、刺すのは腹ばかりだ。
簡単には死ねないうえに苦痛を感じる箇所を何度も。
そして、そんな仲間の異変に目をつむり、ニズゼルファを殺すことだけを考えることができるほど、ローシュはできてはいなかった。
「やめろ、やめろウラノス!!ニズゼルファ、ウラノスを解放しろ!!」
これ以上己を傷つけるウラノスを見ているわけにはいかず、勇者の剣を手放したローシュがウラノスの血でぬれた右腕を両腕で抑える。
抑える両手から伝わる力はとても普段のウラノスのものとは思えないほどで、下手をするとネルセンの怪力をしのぐのではないかとさえ錯覚してしまう。
「離れろ!!離れろローシュ!!私一人のために、このチャンスを無駄にするつもりか!?やめろ、ロー…」
これ以上の言葉が出なかった。
わずかに揺れる視線が写したのはローシュの腹部に触れる己の左手。
そこから放たれる呪文によっておこる爆発の光。
至近距離まで接近されたときに無力となることの多い魔法使い。
それ故に抱くであろう相手の油断をつく、ウラノスが生み出した呪文の一つであるライトニングバスター。
振れた相手の体内に幾十幾百ものイオを炸裂させるそれはたとえ相手が鎧をまとおうと分厚い毛皮に覆われようとも関係ない。
体内で炸裂するそれは骨も内蔵も粉砕し、皮の中は血と肉のたまり場へと変貌させる。
その証拠に、ローシュの体は見た目では変化はないものの、グニャリと骨がなくなったかのように曲がり、そのままあおむけに倒れてしまった。
目を開いたまま、口から血を流して倒れるローシュの顔を見たウラノスの目が大きく開く。
「あ、あ、ああ、ああああ、あ…」
(よくやった、ウラノス。契約として、お前にくれてやろう。闇の力を…)
「あああああああああああ!!!!!!!!」
両手で頭を抱え、涙を流しながら絶叫するウラノスの体がどす黒い闇に包まれていく。
やがて、その姿はエルバ達にとっては見覚えのある姿に変わっていく。
「なん、じゃと…!?」
「まさか、ウラノス様が…」
ただでさえ、ローシュが殺された光景だけでもショッキングであることにもかかわらず、さらに追い打ちをかけるように見せられる光景をだれも信じられない。
ポツリと、エルバだけが変化したウラノスの名を口にした。
「…ウルノーガ…」
変化した当初は無表情であったウルノーガだが、ローシュの遺体を見た後でニヤリと笑うと、一瞬でその姿を消してしまった。
やがて、どこからかセニカとネルセンがやってくる。
「これは…いったい、どうなっているのだ!?」
倒れているニズゼルファは戦っていた本人であるネルセンにはわかり切っている光景だ。
確かに上空での戦いでニズゼルファはローシュの一撃によって深手を負ったのだから。
だが、その肉体の上で血を吐いて横たわっているローシュの姿にネルセンの思考が凍り付く。
ともにいるはずのウラノスの姿がないことも気になる中、セニカがローシュに駆け寄る。
彼の肉体に触れ、その冷たさと状態からわかりたくないことがセニカにはわかってしまう。
内臓と骨を完膚なきまでに粉砕されてしまったローシュをもう自分の呪文では治すことができない。
たとえ、肉体を修復させることができたとしても、もうローシュの生命力が失われている以上、生き返ることなどない。
「ローシュ…ローシュ、どうして…どうしてぇ!?」
「くっ…!!」
ローシュの遺体に縋り付き、泣き崩れるセニカの姿を見るネルセンは拳を握りしめ、空を仰ぐことしかできなかった。
「そう…ウラノスは勝てなかった。己の闇に。その闇が勇者を殺し、ウルノーガへと変貌させた。そして、このロトゼタシアを破滅へと導いたのだ」
「じゃあ…勇者の星というのは…」
「見ておけ、勇者の星の正体を…」
預言者が手を叩くと同時に一気に時間が進み、ニズゼルファの周囲にはかつて、エルバ達が見た神の民たちが集結し、その戦闘には勇者の剣を手にしたセニカが立っていた。
「ローシュが死んだ今、もはやニズゼルファを完全に滅ぼすことはできぬ…。せめて、封印するして時間を稼ぐほかあるまい」
「ええ…。それが、今の私たちにできる精一杯…。これより、邪神の肉体を封印し、空へ閉じ込めます。皆様の力をお貸しください」
神の民に告げたセニカは時の王笏に己の魔力を籠め、ニズゼルファの肉体を巨大な魔法陣で包み込む。
やがて魔法陣は赤い球体へと変化していき、それがニズゼルファの肉体を閉じ込め、徐々に空へと挙げていく。
空に上がる赤い球体に向けて、神の民たちが手をかざし、魔力を送り込むと、球体に光で古代文字が刻まれていく。
「…邪悪なる神の肉体をこの星に封じる。その名はニズゼルファ。我々は為すべきを為すことができず、未来へこの負の遺産を残すことになった。だが、我らは願う。未来に生きる者たちがいつの日か、ニズゼルファを滅ぼすことを…。勇者の星に刻まれた文字だ」
勇者の星となったニズゼルファの肉体は空へと飛んでいき、やがてエルバ達が幼いころから見ていた赤い星へと変わっていった。
「終わったな、セニカよ…」
「いいえ、これは始まりに過ぎないわ。私たちはニズゼルファという闇を滅ぼすことができなかった。封印も、永遠に続くとは限らない。いつか必ず破られて、再びニズゼルファが世界を滅ぼそうとするでしょう。その時のために…やるべきことをやるわ」
「そうだな…。それが、今の俺たちのできることだな」
「ええ…。この勇者の剣は命の大樹におさめるわ。ロトゼタシアに再び危機が訪れるなら、その時に再び勇者が生まれる。その勇者に託すためにも…」
「そして、セニカは勇者の剣を命の大樹の中核に封印した。だが、セニカは聖地ラムダへは戻らず、各地を旅することとなった」
「それは、ニズゼルファへの備えのためなのか?」
「それもある。だが…それ以上に、彼女が求めたのはローシュ。再びローシュと会うこと。彼女はローシュと深く愛し合っていたからな。彼のことをあきらめることができなかったのだ…」
「…」
そのセニカの行動にエルバは言葉が出なかった。
きっと、その行動はかつて故郷を失った過去にとらわれ、復讐を選んだ自分と同じように見えたから。
古代図書館にたどり着き、そこでひたすらに過去の書物を読み続けるセニカの姿は時が流れるにつれて老いていく。
そして、再び景色が変わり、巨大な塔の前へと変わっていく。
その塔はエルバ達も見たことがないもので、門の上の部分には歯車のような紋章が刻まれていた。
そこへ背中に剣を背負い、杖をつくセニカが入っていく。
「ゼーランダ山よりも北にある地、岩山で覆われ、人が入ることが難しいこの地にはロトゼタシアが生まれてから存在する塔がある。この塔の役目はロトゼタシアの流れたときを記録することだ」
「忘れられた塔…昔、お父様から聞いたことがあるわ。本当に存在するのかはわからないと言っていたけれど…」
「実在するのだ。だが、その存在を知られることで悪用される可能性がある。故に岩山で周囲を覆い、結界によって行く手を阻んだ。故にニズゼルファもウルノーガも、この地に足を踏み入れることができなかった」
「なら、セニカ様はどうやってそれを…」
「破邪の秘法を使ったのだ。それで破邪の力を高めたトラマナを使い、結界を突破した。最も、それでも多くの輝聖石を使うことになり、セニカ本人も全ての魔力を使い果たすこととなったが…」
魔力を使い果たしたセニカは疲労に苦しみながらも塔に入り、ただひたすらに登っていく。
何物にも侵されていない聖域の中を進み続け、やがてセニカはその最上階へとたどり着く。
最上階の中央には淡く輝く黄金のオーブが祭壇の上に置かれていた。
これこそがセニカの望みをかなえるもの。
「時のオーブ…ようやく、たどり着くことができたわ。ローシュ…」
杖を手放し、剣を抜いたセニカはよろよろと時のオーブへと近づいていく。
「セニカ様は何をしようとしているの…??」
「時のオーブを破壊しようとしているのだ。これを破壊することで時の流れが乱れ、過去へと戻ることができる。最も、そのようなことは大いなる力を持つ者にしか許されぬがな。見よ」
願いを込めて剣を振るうセニカだが、オーブを守るように黄金のバリアが生まれ、それに接触しただけで剣は粉々に砕け散ってしまった。
この剣は決してどこにでもある剣ではなく、ヘビーメタルによって作られた聖剣である天命の剣だ。
勇者ではないセニカが時のオーブを破壊することは決して許されなかった。
「そん…な…」
粉々になった天命のつるぎを見たセニカがその場に崩れ落ちる。
ローシュに会いたいとひたすらに費やしたすべてが無駄だったのだと悟り、やがて限界を迎えた彼女はその場に倒れる。
彼女の肉体は時のオーブの光にさらされて徐々に変化していき、やがてそれは時の番人へと変わっていった。
「これが…結末…」
ニズゼルファを滅ぼすことができずに死んだローシュ、愛する彼と再会することが果たせなかったセニカ。
そして、ウルノーガへと変貌してしまったウラノス。
彼らの姿にエルバ達は何も言うことができなかった。
「そうだ…。あまりにも悲しい結末だろう。だが、これが真実なのだ」
やがて光景が元の部屋へと戻り、姿を消していたセーニャとベロニカが再び姿を現す。
二人もこの光景を見ていたようで、ベロニカは声を出すことができずに立ち尽くし、セーニャの目から涙がこぼれていた。
「セーニャ、ベロニカ…よくぞ、勇者の導き手の役目を果たしてくれた。感謝するぞい」
「ロウ様…ありがとうございます」
「あたしも、こんなことになっていたなんて、思わなかったけれど」
「いろいろ教えてくれたのはありがてえけどな、問題なのは…あんただ」
カミュの視線がここまで雄弁に語ってきた預言者に向けられる。
邪神のことについてはわかったが、まだわかっていないことが一つだけある。
「あんたは何者なんだ?ローシュのことは知っていて、しかも俺に預言だなんて言って、エルバと一緒に旅をするように仕向けた。ま、結果としてマヤを救うことができて、セーニャと出会うことができたって点には感謝するけどな」
彼のことを、いろいろと知っているであろうホメロスにはかせてもいいが、それよりも預言者本人に話させた方が信ぴょう性がある。
ニズゼルファと戦うことについては覚悟している。
だが、一つでも疑問が解消されないまま終わることが、何よりも預言者のペースに乗せられたまま話が終わることがカミュにとって納得がいかない。
「いいだろう、では…私の真実を話そう。ロウよ、シルバーオーブを出すのじゃ」
「わ、わかりました…」
預言者の言葉に従い、シルバーオーブを出すと、預言者の姿が銀色の光に代わってシルバーオーブの中へ消えていく。
やがて、シルバーオーブを中心に魔石を加えた鳥の頭のような飾りがついた杖へと変貌する。
そして、杖から放たれる光が生み出した姿にエルバ達の目が大きく開く。
「あなたは…」
「嘘、だろ…?」
「驚いたであろう、これが預言者の真の姿だ」