「うん…?最強の呪文?」
柔らかな日差しが差す広場で、ファナードが幼いベロニカの質問に反応する。
今、ファナードはベロニカとセーニャの2人だけを呼び出して呪文を教えている最中だ。
来るべき時に、2人が勇者の助けとなるために。
「はい、今までの授業の中で聞いた呪文は確かに強力なものもありますけれど、もっとすごく強い呪文もあるでしょう!?もちろん、禁呪法はなしで」
「うむう…確かにあるのはあるのじゃが…」
学びたいという意欲は評価できるが、果たして今の段階でその呪文のことを教えるべきか否かをファナードは迷っていた。
セニカの生まれ変わりであるベロニカとセーニャは同年代の少年少女と比較するとはるかに呪文の才能に恵まれている。
ベロニカは魔法使いが使う攻撃呪文、セーニャは僧侶の回復・補助呪文と優れているものは分かれているが、ファナードの見立てでは2人の才能は拮抗としているといえる。
実際、大人でも習得の難しい呪文を使いこなす様子も見せており、ベロニカの成長スピードも速い。
「確かに…ある。その呪文は遠い昔に理論そのものは生まれたのじゃが、セニカ様が現れるまで確立することのなかった最強の呪文。じゃが、セニカ様は片手で数えることができる程度しか使うことがなかったものじゃ。なぜか…わかるかの?」
「ええっと…それだけ、使うのが難しいから…?」
「それもある、じゃが…過ぎた力は身を滅ぼすものじゃ。それが己の身一つだけで済めばよいが、多くの場合は身近なものや周囲のものをも巻き込み、破滅させる。それゆえにセニカ様はその呪文を…すべてが終わった時、禁呪法として封印することも考えておった。その呪文はすべてを崩壊させる爆発を引き起こし、大陸をも消滅させる恐れがある」
「大陸って…」
「そうじゃ、今この場でその呪文を放ったとすると、おそらくはこのドゥーランダ山は消滅することとなるじゃろう。それほどの破壊力を持つ呪文なのじゃ」
ファナードは懐に手を入れ、その中にある古びた巻物を出し、2人の机の上でそれを広げる。
巻物にはその呪文によってもたらされた悲劇が描かれており、その呪文が暴走したことによって島一つが吹き飛んでいく光景だ。
「なんだか…怖いわ…」
その話を聞いたベロニカの手が震えているのがセーニャには見えた。
あれほど呪文を覚えることに熱中し、強気で覚えた呪文を使うベロニカが怖がるとなると、それはよほどのことといえる。
「その呪文は唱えた者のすべての魔力を一瞬のうちに解き放つことで発動する。故にその魔力を制御するだけの精神力が求められる。その制御に失敗した結果がこの巻物の光景なのじゃ。すべてを終えたセニカ様は未来のためにとこの呪文を伝承してくださったが、使用は来るべき時が来るまで禁じられておる」
だが、その呪文を使わざるを得ないときがくる。
かつての勇者ローシュが生まれ変わるのと前後するように、セニカの生まれ変わりとして生を授かった2人。
これはその呪文の封印を解けという啓示なのかはファナードにはわからない。
「う、ん…」
「セーニャ、おい大丈夫かよ?」
「カミュ、様…」
ゆっくりと目を開けたセーニャの目に、傷を負いながらも心配そうに自らを見つめるカミュの顔が映る。
彼の顔を見て、手を借りてどうにか立ち上がったことでセーニャの記憶がよみがえる。
「お前、無茶しすぎなんだよ。いくら魔力があるからって、限界があるだろ?」
セーニャが意識を失ったのは回復呪文の乱用による精神力の消耗だ。
ウルノーガとの激闘で傷ついた仲間たちを治療して回り、その結果として気を失ってしまった。
それがどれだけの時間なのかはセーニャにも、戦っているエルバ達にもわからない。
わかっているのは、まだ決着はついていないということだ。
「おおおおおおお!!!」
休息に降下しながら振り下ろした勇者の剣と水竜の剣が魔王の剣とぶつかり合う。
光る刃に宿った力がぶつかり合うと同時に拡散してウルノーガを襲う。
後ろへ距離をとるウルノーガだが、そのマントと鎧には少なくない傷ができていた。
「くそ…これでも、か…」
禁足地でロン・ベルクが使ってきた剣技の1つであるノーザングランブレード。
それから派生した剣技である、受け止められたと同時に宿したエネルギーを拡散させて直接攻撃する。
二代目ロン・ベルクが編み出したロン・ベルク流剣技の1つ、ノーザンブリザード。
勇者の剣を手に入れ、そこから修業を重ねて習得した技が決定打とならないことに舌打ちする。
一方のウルノーガはいまだに音を上げずに戦い続けるエルバ達の姿を見て、笑みを見せる。
こうして戦う時間が流れれば流れるほど、一つ、また一つと命が消えていくのだから。
「うおっらああああ!!!」
「この一撃で、倒れるがいい!!」
グロッタの町の前に広がる草原には多くの魔物の死体が転がり、ガレムソンをはじめとした闘士たちはボロボロになりながらも奮戦する。
かつてシルビアと組んでいたマスク・ザ・ハンサムの仮面はひび割れ、血と傷に満ちた手でもどってきたブーメランを握る。
ベロリンマンも分身を出すだけの力は残っておらず、できるのは持ち前の怪力であがくことだ。
「みんな…まだ、戦えるよな!!」
「ベロベロー…あたり、前…」
「負けられないさ…この町のためにも…」
ブギーによって作られたカジノ、失われた闘技場。
だが、ここには闘士たちが刃を交え、誇りをかけて戦った記憶がある。
そして、彼らを応援し、見守ってくれる人々がいる。
だからこそ、戦える。
闘士たちが戦意を高める中で扉が開き、一人の男が出てくる。
「お前は…!?」
「やぁ、俺の獲物はまだ残っているかな?」
彼の姿を見た闘士たちは闘技場に上がるような雰囲気でこの血なまぐさい場所にやってきた彼に驚きを隠せなかった。
「な、何をしてやがんだ!?お前!!」
「そうよ!あんたは中で教会を…」
「教会ならミスター・ハンとデルギンスが守ってくれる。心配いらないさ。それに…!」
上空から奇襲しようと急速に接近してきた赤い目のヘルコンドルの顔面を彼の拳が襲う。
一撃で顔面が粉々になり、頭部を失った胴体が無残な姿を地表にさらす中で男は拳を鳴らす。
「子供たちがおびえていて、闘士たちが命がけで戦っているんだ。それなのに、いつまでも寝ているわけにはいかないからな!!」
「ちっ…だったら、遠慮はしねえよ…きっちり働け、ハンフリー!いや…チャンピオン!!」
「魔物どもを町に入れるなぁ!!弓兵、撃てぇ!!」
暗闇に閉ざされたソルティコの橋の前に築かれた砦から放たれる矢が上空から攻めようとする魔物たちを撃ち落とし、騎士たちは端から町に突入しようとする魔物たちに剣を振るう。
魔物たちの攻撃に備えて砦づくりなど、可能な限りの準備をジエーゴが主導で行ったおかげで今は魔物が侵入することはないが、砦も騎士も、いつまでも持つわけではない。
際限なく襲ってくる魔物たちに対して、騎士たちは疲労を増していき、中には討ち死にする者もあらわれる。
シルビアが連れてきたパレードのメンバーの中にはまだ戦死者は出ていないが、それでも傷を負い、町に戻って集中治療を受ける者もいる。
「やべえな…準備はしていたとはいえ。魔王め、ここで総攻撃をかけようって腹積もりか…」
傷が回復したばかりのジエーゴは自室に飾られている鎧兜を身に着け、2本の剣を腰に差す。
今、彼が恐れているのは海からの攻撃だ。
ソルティコには海戦のノウハウが乏しく、軍艦のような大それたものもない。
せめてインターセプター号が残っていれば少しはましだが、既に沈没している。
「グレイグ、ゴリアテ…てめえらも戦っているんだろう?てめらの帰る場所は守ってやるから、さっさと終わらせて帰ってきやがれ!!」
「対魔結界はこのまま維持を!住民の避難にはあとどれだけ時間が!?」
「あと20分です!!」
暗闇に包まれたクレイモランにも、例のごとく魔物たちが襲来する。
クレイモラン城下町と城はクリスタルのような輝きを持つ障壁によって包まれていて、上空から侵入しようとする魔物たちはそれに触れた瞬間、氷の彫像と化して地面に落ち、粉々に砕け散る。
城の地下では魔導士たちが巨大なクリスタルといえる魔石に祈りを捧げ、自らの魔力を送り込んでいた。
これはリーズレットが作り出したもので、長期化するウルノーガとの戦いに備えたものだ。
本来は何度かテストを重ねてから運用する予定だったが、このような不測の事態が発生したことでのんきにテストをするわけにはいかなくなってしまった。
当然、これだけ広範囲に展開する障壁を維持するには大量の魔力が必要で、魔導士たちの魔力も無限ではない。
そのため、ローテーションを組んで維持できる態勢は整えているものの、それでもいずれは疲労が限界を超える。
その時のために兵士たちはいつでも前線に出て戦う覚悟を固めるべく、それぞれが愛用する武器を研ぐ。
「シャール様!巨大な魔物が接近中!」
「巨大な魔物…??」
「巨人です…!山のような巨体の魔物です!!」
城の屋上に設置されている見張り台にいる兵士が望遠鏡で見た魔物。
暗闇の中で目を凝らしてみたその魔物は牛のような顔をしていて、その姿はクレイモランの古文書にも伝わっている。
魔竜ネドラとともにクレイモランを荒らし、ローシュによって討伐されたとされる魔物、ブオーン。
「厄介ね…あの魔物の拳を受けたら、この結界はもたないわ」
「リーズレット、どうにかならないのですか?」
「どうにかするわ…。そうしなければ、みんな死んでしまうんだから」
ブオーンを復活させるだろうことはネドラと実際に戦った時から薄々と感じていた。
広場まで出たリーズレットは杖に光を宿し、それで魔法陣を作り始める。
「今ある魔力でどこまでできるかわからないけれど…召喚するわ。氷の大地を砕く象を…!」
だが、これを召喚するには魔力が足りない。
城に保管されていた魔石を魔法陣の適度な位置に配置させていき、それで足りない魔力を補う。
魔法陣が起動すると同時にブオーンの正面に強い光が発生する。
そして、ブオーンに匹敵する大きさを持つ、氷の城というべき見た目の象が現れた。
「さあ…出番よ。マンモデウス。おあつらえ向きの相手と勝負させてあげるんだから…全力でやりなさい…!」
「はあああああ!!!」
サマディーの砂漠で、城門に攻撃を仕掛けようとしたドラゴンの首にファーリスに剣が突き刺さる。
既に騎士たちの攻撃でボロボロだったそのドラゴンはこれが致命傷となり、力尽きる。
「はあ、はあ、はあ…」
剣を抜いたファーリスは手にこびりつく生々しい感触が忘れられない。
狂暴な魔物とはいえ、こうして自らの手で命を奪う行為に抵抗を感じてしまう自分がいるのが感じられた。
命の大樹が落ちてから、ファーリスも何度も騎士たちとともに砂漠に出て、魔物を討伐してきたが、それでもやはりこうした行為には後味の悪さを感じる。
「けれど…そうだとしても!!」
「ファーリス王子!!」
騎士の声が聞こえたと同時に、ファーリスの体が大きな影に覆われる。
振り向くファーリスが見たのは自身の倍以上の体格をした甲冑姿の魔物、悪魔の騎士。
その手に握る巨大な斧がファーリスに向けて振り下ろされる。
悪魔の騎士から感じるプレッシャーと不意打ちによって、ファーリスには逃げるだけの力がない。
だが、斧が振り下ろされる前にどこからか飛んできた斧が悪魔の騎士の首に深々と刺さる。
急所を受けた悪魔の騎士の手から斧と盾が落ち、グラリとその場にあおむけに倒れた。
「まだまだじゃな、ファーリスよ。ここは戦場じゃぞ」
「父上!?」
城門から出てきたファルス3世の今の姿は彼の体格に合わせて作られた鋼の甲冑姿で、がら空きになった右手に背中にさしている槍を握らせる。
ファーリスにとって、甲冑姿になった父親の姿を見るのは初めてのことで、最初に声だけでも聴いていなかったらギリギリで父親だとわからなかったかもしれない。
「陛下!なぜここへ!?」
「お戻りください!王は城で…!!!」
「何を言う!国民が不安に耐え、勝利を信じて城で待ち、騎士たちは国を守るべく戦って居る!わしとて王ではあるが、騎士でもある!城で寝ているわけにはいかん!!」
恰幅のいい体には不釣り合いといえる槍さばきを披露するファルス3世は接近する骸骨騎士2匹を粉砕する。
初めて見る全力で戦う父親の姿に一瞬見とれるファーリスだが、彼の言葉を思い出して、すぐに気持ちを切り替える。
(父上が戦っている。弱い僕にどこまでできるかわからないが…できる限りのことをやって見せる!!だから…頑張ってください、シルビアさん、グレイグ将軍、エルバ…!!)
「はあはあはあはあ…」
「クッ…!」
刃を交え、呪文が連鎖し、紋章の光が走る。
それが何度も何度も繰り返され、時が流れ、天空魔城の王宮はがれきの山と化していた。
エルバ達は皆、負傷と疲れの色にまみれ、エルバとグレイグ、シルビア以外はもはや立つことさえままならなくなっていた。
「ふ、ふふふ…よもや、これほどまで長く我と戦えるようになるとは思わなかったぞ、ローシュの生まれ変わりよ」
ウルノーガも例外ではなく、体中に切り傷ややけどができ、無傷な個所を探すのが難しい。
そして、何よりも息切れしている様子がある。
「はあはあはあ…化け物だぜ、こいつはよぉ…」
「ああ…だが、無敵じゃないってことが…よくわかる…」
満身創痍になっているのはお互い様。
気の遠くなる我慢比べ、だが時間をかければかけるほどロトゼタシアは闇に覆われていく。
その中で失われていく命がある。
(もう…これしか、ありません。私にできるかわかりませんが…)
気絶しているときに見た、あの呪文の夢。
その呪文を放った代価は大きい。
だが、それでも何もしないわけにはいかない。
「カミュ様、皆さま…!」
「セーニャ…」
「時間を…少しだけ、時間を稼いでください…」
「いいのね?セーニャ」
セーニャを何をしようとしているのか、ベロニカにはすぐにわかった。
ベロニカの魂が宿るブルーオーブが光を放ち、やがてそれが徐々に小さくなっていく。
そして、小さくなったブルーオーブを中心に青い翼を広げた鳥をモチーフとしてスティックが現れる。
「時の王笏よ、やって見せるわよ…2人で!!」
「お姉さま…はい!!」
「ったく、何をするのかわからねえが…信じるぜ!!」
カミュの拳に力が宿り、同時にレーヴァテインの炎が勢いを取り戻す。
「そう、ね…ロウ、様…!」
「うむ…まだまだ若い者には負けん…!!」
マルティナの手を借りてようやく起き上がったロウは絶え絶えとなっていた呼吸を整え、体内の魔力の流れを戻していく。
「ウルノーガ…お前と戦って、少しだけ…わかったことがある…」
「何…?」
「お前、怖いんだろう…?これが…」
勇者の剣を突きつけたエルバはそれに対するウルノーガの視線を見る。
一呼吸置いたことで、ここまでの戦いの中で感じていた違和感がようやく確信となる。
その言葉を聞いたときに見せたウルノーガの表情のわずかな凍り付きをエルバは見逃さない。
「戦っていて感じた…。お前の視線が向いているところを。お前の目は俺と対峙するとき、いつもこの剣に…勇者の剣に…そして、俺の痣に向けられていた」
本来ではありえない両手に宿った勇者の痣の存在もあり、それに警戒しているのはわかる。
だが、それでも戦うのはエルバ本人であり、エルバ自身の動きを見るのであればそこに目を向けるのは不自然だ。
エルバの視線は今度はウルノーガに宿る勇者の痣に向けられる。
「命の大樹でお前は俺から勇者の力を奪った。そして、奪った勇者の力は魔王の剣になった勇者の剣と一緒にお前の中にある。ある意味ではお前も勇者かもしれないな」
あくまでも、勇者の定義をローシュが宿していた痣を手にしている者に限定するのであれば、エルバの言葉は正しい。
だが、セレンが見た勇者とは決してそれだけの存在ではない。
そうであれば、命を賭してエルバを逃がしてくれるはずがない。
「ええ…そうね。あいつは怖いのよ。勇者の力がね」
「ベロニカ…?」
エルバのそばに突然現れた青い光を放つベロニカの幻影。
彼女は強大なウルノーガに指をさし、口を開く。
「まぶしすぎるのよ。自分では決して手に入れられない力を持っている人が身近にいると特にね」
きっと、それを持つ相手が刃を向けるべき敵であるとするならば、そんな感情をわくこともなかっただろう。
だが、そんな存在がもし仲間にいたとしたら。
それも身近で、しかも近しい存在だとしたら。
その存在のまぶしさを感じれば感じるほど、己の影を自覚せざるを得なくなる。
「きっと、あいつもそう。そのまぶしさに耐えられなかった。みじめに感じた。だから…敵に回るしかなかった。そうしなきゃ、自分が自分でなくなってしまうから…。そうよ、ウルノーガ。あんたはホメロスと一緒よ」
ベロニカの指摘にウルノーガの顔が下に向く。
完全に視線がエルバから外れているが、それでもエルバは攻撃しようという気にはなれなかった。
彼から感じるプレッシャーが戦っているときと何も変わらないから。
だが、ウルノーガの体が震え始める。
そして、クククと笑い声を出し始める。
「ククク…そうだ、その通りだ!クハハハ、ハハハハハハ!!」
左手で顔を覆い、大笑いし始めるウルノーガ。
そんな彼の表情をエルバ達は見ることができない。
「なぜ我が奪ったはずの勇者の力を!なぜ…いまだにわれの手の内にあるはずの勇者の力が再び貴様に宿る!!なぜ、こうも決して手に入らぬはずの力をたやすく手にする姿を我に見せる!?」
「ぐうう!!」
暴風ともいえる勢いでエルバに切りかかるウルノーガ。
その勢いに押されるエルバはどうにか刃を受け止めるのが精いっぱいで、腕全体に感じるしびれにかみしめて耐える。
あの余裕に満ちていたはずのウルノーガが初めてあらわにしたであろう感情。
その爆発がウルノーガの力をこれまで以上に高めているように感じた。
(ああ…そうだ。奴はいつも、いつも我に見せつける。誇るのでもなく、謙遜するでもなく、自然に見せる。それが…それが我を逆なでする…)
「馬鹿ね…ウルノーガ!あんたが怖がるべきなのはエルバと勇者の剣だけじゃないのよ!!」
「離れてください!皆さん!!」
「何!?」
セーニャの声が響くとともに、エルバと、彼を援護しようと接近しかけていたグレイグ達も下がる。
彼らの後退によって、ようやく感じることのできたビリビリとした空気の震えとそれを通じて感じる魔力。
今、彼女が放とうとする呪文が何かがすぐにわかったウルノーガの目が大きく開く。
既に時の王笏にはセーニャが放出した魔力のすべてが蓄積されている。
「(セニカ様…どうか私に…私たち姉妹に力を!!)マダンテ!!!」
すべての魔力を解き放つ最強の破壊呪文を唱え、時の王笏から解放された魔力がウルノーガの前で炸裂する。
爆発系の最上級呪文であるイオグランテとは違う、あまりの温度と魔力の凝縮によって青と紫の輝きを見せながら放たれる爆発。
その威力は周囲のガレキを薙ぎ払い、周囲の建造物や浮遊物をも吹き飛ばしていく。
「ぐ、ううううう!!!」
「なんて、破壊力の呪文なの!?」
少しでも気を緩めると自分たちまで吹き飛ばされかねず、それぞれが己の武器を地面にさし、力を籠めることでかろうじて抑える。
爆発の光の中で、ウルノーガがどのような状態になっているかはわからない。
プレッシャーを感じようとしても、今はマダンテの余波に耐えることに精いっぱいだ。
「すげえ呪文だぜ…さすがだな、セーニャ…」
「はあ、はあ、はあ…はい…」
カミュに褒められ、その場に座り込んだセーニャが笑顔を見せる。
生まれて初めて使った呪文を使ったとき、特に戦闘時にそうした呪文を使ったときに感じる倦怠感は大きいが、今回のマダンテから感じるそれはあまりにも大きい。
体中から魔力が根こそぎ使われた感じがして、下手をすると気を失いかねないほどの疲れだ。
「これまでの呪文…ならば、ウルノーガも…」
「いや…まだだ。まだ、生きている」
ロウの言葉を即座に否定したエルバは淡く光る2つの痣を見る。
痣に宿る勇者の力が教えてくれている。
魔王に奪われた力はいまだに生きていると。
煙が風と共に去り、そこには肉と骨が露出するほどの深々とした傷を負ったウルノーガの姿があった。
魔王の剣もひび割れており、満身創痍であることが目に見えている。
「ぐ、ぬうう…ぬかったわ。セニカの生まれ変わりよ…。よもや、マダンテなどを使うとは…」
「あの呪文の中を生きていたとは!?だが、今のやつならば…!」
もう立っているだけでやっとで、攻撃する力も残っていないであろう今のウルノーガであれば、一気にとどめを刺すことができる。
だが、異様なのはそれでもなお、油断さえさせてもらえないプレッシャーだ。
「認めよう…。勇者の力が恐ろしいことを。認めよう、貴様らの力を…」
再び目の当たりにすることになったあまりにもまぶしい力。
それ故に感じてしまう。
必死になって手に入れたこの力があくまでも模造品であることを、盗んだ宝石をただただ飾り付けているだけの虚飾にすぎないことを。
「だが…それ故に貴様らに負けるわけにはいかん。光と闇のすべてを御するためにも!!」
そう叫ぶウルノーガの勇者の痣が光り、その光が魔王の剣に宿る。
彼の手から離れた勇者の剣が天空を舞った後で、彼の心臓を正面から貫いた。
「な、なに!?」
「魔王の剣で…まさか、自殺を!?」
「フフフ…忘れたか…?この刃で命の大樹を切ったことを…。この刃には、命の大樹の力が宿っているのだ!!うおおおおおおお!!!!」
魔王の剣に宿るすべての力をその身に宿したウルノーガの肉体が魔王の剣ともども闇の球体へと変質していく。
そして、闇の球体がゆっくりと上昇していき、その中から紫の骸骨でできたドラゴンと骸骨となった巨大なウルノーガが姿を現した。
ウルノーガとドラゴン、両者の額には勇者の痣が刻み込まれていた。
「奴め…!勇者の力だけでなく、命の大樹の力のすべてをも取り込んだというのか!?」
「感じる…感じるぞ!!これが、ロトゼタシアに命をはぐくんだ命の大樹の力!?世界を創造する力!!」
「まずいぞ…足場が!!」
ドラゴンとウルノーガの咆哮とともに王の間部分が完全に崩壊していく。
エルバとロウはトベルーラを使うことで空中で移動できるが、それができないカミュ達となぜかセーニャも落ちていくしかない。
「カミュ、セーニャ!!」
「マルティナ、グレイグ、シルビア!!」
「セーニャ!?どうしたってんだお前はベロニカの力を受け継いだんだろ!?なら…」
「カミュ様…今の私には、魔力が残っていません」
「ないって…まさか、あの呪文のせいか!?ああ、なんてこった!!」
こうなったら自分もベロニカにトベルーラを教えてもらうんだったとひどく後悔するカミュだが、もうどうにもならない。
このままでは5人仲良く落ちていくことしかできない。
(そんな…ここまでなの…!?)
(何か…何か方法はないの?!)
(死ねぬ…まだ、死ねぬ!俺たちは!)
(せめて…せめて、セーニャだけでも!!)
(お姉さま…!)
(…マ、マぁ…)
「え…?」
セーニャの脳裏に不意に、小さな赤ん坊の声が響く。
それと同時に手にしている時の王笏のブルーオーブが再び光り、その光がセーニャ達5人に宿ると同時に落下が止まる。
「これは…トベルーラ!?」
「そう!これでみんなトベルーラが使えるわ!セーニャも、魔力が回復してる!さっさと戻るわよ!!」
「ベロニカ…へっ、お前…おいしいところをとっていきすぎなんだよ!!」
「うるさいわね!さっさと行きなさい!!」
「そうね…いくわよ、みんな!!って、あらら…トベルーラって、こんなに難しいのかしら?!」
さっそくエルバ達の元へ戻ろうとするシルビアだが、初めて使うトベルーラにまだ慣れておらず、若干不安定な動きを見せる。
若干呪文に心得のあるシルビアとグレイグはまだいいが、問題は呪文を一切習得していないマルティナだ。
突然魔力が使えるようになった変化に追いつけないであろう彼女だが、空中にポツリ、ポツリと残っている浮石を足場に見立て、跳躍していく形でトベルーラのやり方を自分なりにかみ砕いていく。
武闘家としての修行の一環として行った、わずかな足場から足場への飛び移りとそれによる登山。
その要領がこの場で確かにマルティナの中でできていた。
「どうしたんだ?セーニャ、急がねえとエルバと爺さんが!!」
「え、ええ…!」
若干遅れる形になったセーニャもカミュにせかされて上昇する。
九死に一生を得る形になったセーニャだが、このことには違和感を覚えていた。
(お姉さまが助けたと言っていましたが、本当なのでしょうか?それに、あの声は…)