ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第102話 突入

薄暗い空をケトスは飛び、彼女はまっすぐに天空魔城に向けて飛んでいく。

本来は強力な闇のバリアに覆われ、中に入ることすらできない天空魔城。

だが、この闇のバリアを解除する手段は既にエルバ達の手の中にある。

「エルバ…頼むぜ」

「ああ…」

勇者の剣を手にしたエルバはそれを空に掲げる。

両手の痣が光るとともに剣からまぶしい光が発生し、光は黒々とした不気味なバリアを消滅させていく。

「やったわ!これで天空魔城に入れるわね!!」

「いや…構えろ!!敵が来る…!」

勇者の剣が再び生まれぬ限りは消えないはずだったバリア。

だが、やはりというべきか消えたときのための対策も取っていた。

スカイドラゴンやヘルコンドル、ガーディアンやハデスナイトなどの飛行する魔物たちが次々と現れ、ケトスの上にいるエルバ達に襲い掛かる。

「奴らを近づけるな!!」

「お任せください…マヒャド!!」

セーニャの魔力が周囲の水分を凍り付かせ、巨大な氷塊を生み出して接近してくる魔物たちに向けて降り注ぐ。

何匹かの魔物は氷塊に押しつぶされて地上へと落ちていくが、機動力のあるガーディアンなどはその隙間を切り抜けてなお接近を続ける。

だが、そんなガーディアンの1匹が側面の資格から飛んできた氷塊に直撃し、ドラゴンのみを残して乗り手が落ちていく。

氷塊の1つにカミュがレーヴァテインの片割れを突き刺し、魔力の鎖でつなげた状態で鉄球のように振るうというシンプルなものだが、それでも意表を突くには十分なものだ。

呪文で次々と魔物を落としていくエルバ達だが、ケトスは巨大なクジラで真下などの死角が多く、魔物の中にはケトスを落とすべくそうした箇所から攻撃を仕掛けてくる者も存在する。

「ケトスちゃん、大丈夫なの…!こら、そこをどきなさーい!!」

(私のことは何も心配いりません。このまま、天空魔城に向けて突き進みます)

「体当たりで天空魔城を叩き潰すことができたらよかったが…」

それでウルノーガを巻き添えにして倒すという考えが不意に浮かんだエルバだが、それは難しいことはすぐにわかった。

まっすぐ進む中で見えてきた天空魔城だが、若干紫の光の揺らぎが見え、両手の痣がうずく。

勇者の剣の力で消した闇のバリアだが、これはあくまで一時的で、再び生まれるのだろう。

「ある程度進んだら飛び降りるぞ!みんな、準備を!」

「飛び降りる!?嘘だろ…」

「あら、いいわね。面白そう!!」

確かに天空魔城の周囲には足場となる浮石などがあるが、もし着地に失敗したら地獄への道が待っている。

危険はあるが、手をこまねいていては再び生まれる闇のバリアによって封鎖される。

勇者の剣の力をもう1度使ってもいいが、その繰り返しにケトスが持つかがわからない。

 

「ふん…勇者の剣が新たに生まれたか。まったく、ロン・ベルクめ…厄介なことを」

黒いオーブからエルバ達の戦う光景を見つめるウルノーガはそばに立てかけてある魔王の剣を見る。

エルバが近づいてくるのに反応するかのように、剣は鈍い光を放っていた。

魔王の手に落ちたとはいえ、それでもかつてローシュによって生み出された勇者の剣の本質は失われていないのだろう。

「だが…計画通りだ。ホメロスよ、ガリンガは来ておるな?」

「ハッ、ウルノーガ様。奴は城門の守りに入っています」

一瞬で姿を現した奇術師の姿のホメロスが恭しく頭を下げ、ウルノーガに報告する。

ロトゼタシアを統べていた六軍王も既に4体が倒され、残るはガリンガとホメロス。

エルバ一人がかろうじてともした火が天空魔城を、ウルノーガを焼き尽くさんほどの勢いになりつつある。

「ウルノーガ様、私も参ります。ウルノーガ様には指一本触れさせませぬ」

「ほぉ…見上げた忠誠心だ。いささか勝手な真似をしてくれているようだが…」

「ええ…。しかし、私がウルノーガ様の覇道を阻んだことはありますまい」

口角を吊り上げ、すました顔で話すホメロスにウルノーガもにやりと笑う。

彼から感じるもの、劣等感、屈辱、そしてその先にあるであろう隠された感情。

それを感じたからこそ、ウルノーガはホメロスを手元に置いた。

そして、期待通りに命の大樹へと導き、この魔王の剣を生み出す手助けをしてくれた。

「ならば、よい…行くがいい」

「はい…では」

ひざまずいたホメロスの姿が消え、再び1人になったウルノーガは魔王の剣を撫でる。

魔王の剣から伝わる力、もうすぐ待ち望んでいた時が来る。

勇者の力を奪ったエルバが力を取り戻し、勇者の剣を生み出してここに来る時が。

(感じるか…ローシュ。貴様の子孫が我にさらなる力を与えるためにやってきているぞ。どうやら、貴様ら勇者の力はわれを高みへと至らしめるための踏み台として存在していたにすぎぬようだな…)

 

「さあ…今の私がなすべきことは為したぞ。グレイグ…」

真っ暗な廊下を進むホメロスの脳裏に真っ先に浮かんだのは袂を分かった男の姿。

勇者の盾となり、デルカダールを離れた彼もまた、ここにきている。

(来るがいい…そして、俺を裁いて見せろ。できるものならな)

 

「エルバ…」

明け方となり、ゆっくりと太陽の光が照らす中で、一人外に出ていたエマが女神像に祈りを捧げつつ、エルバの名を呼ぶ。

周囲では、目覚めた人々があわただしく動き出しているが、その喧騒がエマの耳に届くことはない。

「エマちゃん、どうしたんだい?こんなに朝早くに」

同じテントで過ごしていて、エマがいなくなっていることに気づいたペルラがエマの隣に行き、何も言わずにそれに祈りをささげる。

最近になって、ゆとりが出てきてこうして女神像に祈りをささげる時間を作ることができるようになった。

「夢を見たんです…エルバが空にいて、魔王と戦っている姿が…」

「そう…。私も同じ夢を見たよ。きっと、神様が教えてくれたんだね」

そのエルバの手には見たことのない、けれど暖かな光を放つ剣が握られ、勇者の痣が光っている。

夢で見たのは戦いに挑む光景だけで、その結末までが見えたわけではない。

だが、2人ともエルバが敗れるなど微塵たりとも思っていない。

(エルバ…さっさと魔王なんてやっつけて帰ってきなさい。大好きなシチュー…そして、大好きなエマちゃんが待っているよ)

(エルバ…頑張って。私も頑張るからね)

 

魔物たちの猛攻を耐え抜き、ケトスが天空魔城の真上に到達する。

ブレスや刃を幾多も受けたケトスの純白の体には傷がついていた。

(勇者様、ご武運を…)

「いくぞ、みんな!!」

エルバの声と同時に、7人は一斉にケトスから飛び降りる。

エルバ達は離れることのないようにそばにいる仲間と手をつないでいって円陣を組み、トベルーラで落下スピードの調整をしていく。

「これでもう…前へ進むしかないわね」

去っていくケトスとエルバ達を隔てるように闇のバリアが展開されていく。

おそらくそれはウルノーガを倒さない限り、解除することはできない。

「望むところだ…」

エルバも、もう引き返すつもりはなかった。

それはカミュ達も同じことだ。

(ウルノーガ…てめえには感謝するべきかもしれねえな。曲がりなりにも、マヤを救ってくれたからな。だが…それ以上に許せねえことをした。その償いをしてもらうぜ…)

(お姉さまの仇を討って、私は使命を果たします…)

(パパ…ナカマのみんな、見ていて…。ワタシたちの最高のエンターテインメイトを!)

(エルバとともに世界を救う。17年間の想いをすべて、ぶつけるわ)

(アーヴィン、エレノア…もう少しだけ待っていておくれ。すぐにエルバとともに帰るからな)

(ホメロス、ウルノーガ…。貴様らを倒して、すべてを終わらせてくれる!)

トベルーラを徐々に弱め、エルバ達は浮石の上に立つ。

そこから先にあるのはまがまがしい紫のオーラを放つ巨大な城。

エルバ達が見た中では一番巨大な城はデルカダール城だが、この天空魔城はそれを上回る大きさを誇っていた。

そして、正門であろうそれにはまるでエルバを挑発するかのように黒々とした勇者の痣を模したレリーフが大きく刻み込まれていた。

「野郎…まるでてめえがこの世界の勇者だと言ってるように見えるぜ」

「当然だ。この滅びゆく世界の行く末を定めるのはただ1人、ウルノーガ様のみなのだから」

「貴様…ホメロス!!」

グレイトアックスを構え、エルバの前に立つグレイグは門の前に発生する黒い瘴気を見る。

瘴気が晴れると、そこにはホメロスの姿があり、エルバ達を見た彼は恭しく頭を下げる。

だが、その表情は嘲笑ともいえるものであり、それがエルバ達の神経を逆なでる。

「ここは勇者の門、ウルノーガ様に抵抗する愚か者を阻む門であると同時に、客人となるべき者にその偉大なる力を示す場所。ここからの廊下の先にあるのは水晶の広間で、各地から集めた魔力のこもった水晶が飾られている」

「何かしら?私たちに案内でもするつもりなの?」

「貴様らの死に場所の名前を教えておいてやるのが慈悲だと思っただけだ」

「ホメロス!貴様の戯言を聞きに来たわけではない!われらを阻むなら、ここで貴様を…」

「そう焦るな、グレイグよ。ここで戦うのは私ではない。そろそろ来る頃だ…」

ニヤリと笑って空を見るホメロスは闇のバリアの中で青く光る彗星のようなものを見つける。

それは徐々に大きくなっていき、上空からビリビリとした圧迫感がエルバ達を襲う。

「みんな、伏せろ!!」

グレイグの叫びと同時にエルバ達は体を横たわらせ、両手で頭を抑える。

同時に大きな衝突音がエルバ達の耳に届くと同時に、激しい風が彼らを襲った。

地面に伏して、吹き飛ばされないように耐えた後で体を起こす。

そこには勇者の門に匹敵する巨大な体を持つ、海のような青い肉体と鎧をした人間のような姿をした魔物が立っていた。

深々とした切り傷の痕が残る胸部にはブルーオーブが埋め込まれていて、それが彼が六軍王の一人であることを物語っている。

「貴様ら…まずは誉めてやろう。よくぞ勇者の剣を再び生み出し、この天空魔城まで来た。うん…?」

魔物の視線がセーニャとともに起き上がったばかりのカミュに向けられる。

彼の姿を見たと同時に魔物はニヤリと笑う。

「ほぉ…貴様、まさか生きていたとはな。片目を切りつけるだけでは足りなかったか」

「片目を…ぐっ!」

「カミュ様!」

急に眼帯を抑え、苦しむカミュに駆け寄ろうとするセーニャだが、カミュが腕を伸ばして制止する。

一瞬強烈に感じた痛みの後で、たっぷりと呼吸をしたカミュはジッと目の前の魔物をにらむ。

「そういやぁ…てめえ、目の借りを返さねえといけなかったな」

「会ったことがあるのか?」

「ああ…お前らと合流する前、俺はこいつに捕まっていたのさ。どうにか逃げることができたが、その時にこいつと出くわした。どうにか逃げきれたが、片目がこのザマさ」

命の大樹が崩壊し、次に気が付いたカミュがいたのは洞窟の中の独房だった。

そこで預言者の助けを借りて脱出していったが、そんな中でそれに気づいた魔物の集団に追われ、指揮をしていたのが目の前の魔物だ。

おまけに自分がいた洞窟は地上ではなく、天空の古戦場のような空にあるどこかの浮遊島で、飛び降りることも不可能。

どうにか生きてその場を切り抜けるためにカミュがとった手段、それは己の記憶を代価とした強化だった。

預言者の力を借りて圧倒的な力を手に入れたカミュは消耗していく記憶の中で魔物たちを蹴散らしていき、最後に戦ったのがあの魔物だ。

だが、戦う中で記憶を使い果たしてしまい、強化が解除されたと同時に攻撃を受け、その時に片目を切られてしまい、そのまま転落。

どうにか一命はとりとめたものの、落下のショックと強化の代償は大きく、そのあとはエルバ達の知る通りの状態となった。

「私も、貴様に借りがある。あの時、ホメロス様から賜った鎧を壊してくれたな。そして、この胸に傷をつけてくれた。その報いを受けてもらう」

「ガリンガよ、見事に勇者を討ち取って見せよ。健闘を祈る」

「待て、ホメロス!!」

「待たぬよ…グレイグよ。勝てたのなら、中で会おう…」

再び紫の瘴気の中に消えたホメロスに唇をかみしめ、グレイグはグレイトアックスをガリンガに向ける。

ガリンガのブルーオーブが光ると、光の中から刃が上下にある長刀2本を交差させるように合体させたような形状の武器が出現し、それを握ったガリンガは右手でそれを振り回す。

「来るがいい…」

「俺たちは急いでいる…さっさと道を開けろ!!」

勇者の剣を抜いたエルバはそれ1本を両手で握り、ガリンガに向けて切りかかる。

正面からやってくるエルバを見たガリンガは武器を止め、右手だけでそれを握った状態で勇者の剣を受け止める。

普通の人間の何倍もの大きさを持つガリンガを前にしては、両手で切りかかったとしてもたやすく受け止められる。

だが、ビリビリと腕に伝わる感覚がやはりただの剣と人間のものではないことがわかる。

「ふっ…なるほど、ウルノーガ様め、泳がせておられたということか?」

「何…!?」

「おかしいと思わなかったのか?貴様がデルカダールでよみがえってから、確かに身の危険はいくつもあっただろうが、決定的な危機は数少なかっただろう…?」

「何が…言いたい!?」

「感謝してもらいたいものだな、ウルノーガ様の慈悲を」

これではらちが明かないと距離をとったエルバだが、ガリンガの先ほどの言葉は明らかにエルバの動きに影響を与えていた。

構えはするが、方に余計な力が入っている。

「貴様を殺そうと思えば、六軍王すべてを終結させればすぐに済ませることができた。勇者の力を失っていたころの貴様は少々人よりも力はあるだろうが、只人の領域を超えるものではなかったからな」

討ち漏らしたエルバを殺すというなら、それが最大の好機だっただろう。

デルカダール城に突入したのはエルバとグレイグのみ、やろうと思えばホメロスとゾルデの2人がかりで戦うこともできただろう。

だが、ホメロスはなぜか後退し、戦ったのはゾルデ1体のみとなった。

「そして、ゾルデとともにいたであろうホメロス様は勇者の生存について、我らには何一つ報告しておらぬ。おそらく、ウルノーガ様の指示なのだろうが…」

ガリンガがエルバの生存を知らされたのは昨日。

ホメロスから伝えられたとはいえ、それでもこうして闇のバリアが解除されるまで、勇者が復活したことを信じることができなかった。

だが、両手の痣が生み出しているであろう力と勇者の剣。

勇者復活を信じるに値する材料が目の前にある。

「だが…ウルノーガ様の天空魔城に乗り込み、力を蘇らせ、勇者の剣を手に入れた…。もはや見逃す余地はない…。わが手柄となってもらう」

武器が2本の長刀に分離すると同時に、右手の長刀には炎、左手の長刀には氷が宿る。

それらを同時に思い切りふるうと、長刀から離れた炎と氷が何度も拘束でぶつかり合うとともに衝撃波がガリンガの周囲に連続で発生する。

ガリンガが歩き出すと、それに追随するように2つのエネルギーは動き、衝撃波も継続する。

「近づけないなら…何!?」

衝撃波に対抗すべく、呪文を唱えようとしたエルバだが、その彼のすぐそばで衝撃波が発生し、大きく吹き飛ばされる。

「うおおお!?なんじゃ?!わしらの近くでも!?」

「よもや、この衝撃波がわが周辺だけとでも思っていたか…?」

確かに炎と氷の衝撃波は今もガリンガの周りで起こり続けている。

それを生み出すための魔力が放出されてから維持し続けていることだけでも脅威だというのに、ガリンガの意志でエルバ達にも起こすことができている。

そんな芸当ができる理由を伝えるかのように、彼の兜の中央に飾られているブルーオーブが怪しく光る。

「やはり、オーブを宿しているか!?」

「片目の礼だ!そいつは俺が取り返してやる!!」

ガリンガの死角となる背後へと走ったカミュは鎖でつながった片方のレーヴァテインを投げる。

鎖がガリンガの左手の長刀に絡みつき、それに引っ張られるように飛ぶ。

(そうだ…やっぱり、この衝撃波はこいつが操作している以上、死角には…!」

カミュに気づき、衝撃波を発動しながら振り返ろうとするガリンガだが、視界に入っていないことやカミュ自身のスピードによって衝撃波はなかなか彼を捉えることができない。

ならばと長刀についた鎖部分でそれを炸裂させるが、その前にレーヴァテインの鎖が消え、投げられた方の刃がカミュの手へと戻っていく。

「なるほど…この鎖、魔力で作られているか…。貴様だけの力ではないようだが…」

「あいにく、俺には魔力がそんなにねーからな!」

レッドオーブのおかげで増幅された魔力のおかげで、レーヴァテインの鎖を生み出すことができている。

魔力でできている以上、たとえ何らかの手段で斬られたとしても再び戻すことができる。

そして、レッドオーブに宿るラゴスがカミュを認めてくれているのか、手から離れたとしても戻ってくる様子をイメージするだけでこうして手元に戻ってきてくれる。

手元に戻り、再び鎖でつないだうえで一方を投げる。

ほかの六軍王と同じく、やはりオーブは彼らにとっての生命線。

衝撃波でわざわざエルバ達を動くことも止まることもできなくしているのは、少しでもブルーオーブを奪われる可能性を排除するため。

「カミュに少しでも注意が向かっている間に…ムウウウ!!!」

カミュのおかげで衝撃波がある程度収まり、ロウはさっそく両手に聖なる魔力を宿す。

今の自分の最大火力であるグランドクロスによって兜を破壊してブルーオーブを取り戻す。

「そこじゃあああああ!!!」

発射された聖なる魔力がまっすぐガリンガの頭部に向けて襲う。

だが、それが接触する寸前にブルーオーブが青い光を放ち、なぜか最初から存在しなかったかのようにグランドクロスが消滅してしまった。

「何…じゃと!?」

「今、確かにロウちゃんのグランドクロスを消しちゃったわ!?」

「私に魔力は通用せん」

「マジ、か…!」

エルバ達の中で唯一ガリンガと交戦した経験のあるカミュだが、彼がブルーオーブの力を使ったのを見たことがなかった。

ブルーオーブの光はグランドクロスだけでなく、レーヴァテインが生み出した鎖にも及んでいて、その魔力を消滅させていた。

「グリーンオーブが周囲の魔力を吸収していたが、ブルーオーブは消すことに特化しているのか…」

「どちらにしても、厄介だぜ。こいつは…!」

グリーンオーブの時は周囲から魔力を吸収する特性上、その魔力を利用されるうえにこちらは呪文が使えなくなる状況が生まれてしまった。

それと比較すると、ただ消すだけなので、利用されることのないブルーオーブはまだマシなのかもしれない。

だが、ブルーオーブを奪う手段が物理攻撃で兜を破壊することだけになった。

「ならば、俺が…!」

あの衝撃波が襲うと考えると、勇者の盾である己が道を切り開くべき。

グレイグは盾を構えてガリンガに向けて走る。

「グレイグか…ホメロス様から話は聞いている。ならば、正面から貴様を打ち破ってくれる」

「何…!?」

本来ならすぐにでも襲ってきていいはずの炎と氷の衝撃波がこない。

ガリンガがしていることは両手の長刀にそれぞれ炎と氷の魔力を集中させることだ。

何か恐ろしい一撃を放とうとしていることを感じたカミュは少しでも気をそらそうと爆弾を投げつけるが、ガリンガに接触する前に長刀から発生する魔力の余波を受けて爆発し、彼にはその衝撃が及ばなかった。

「むう…!!」

正面から堂々と打ち破る自信のある一撃。

それはおそらく、デルカダールの盾だけでは受け止めきれない。

盾を正面に向けつつも、右手に握るグレイトアックスを両手で握る。

「うおおおおお!!」

「受けよ!デルカダールの将軍よ!!我が一撃!氷炎爆砕波を!!」

大きく振りかぶった炎と氷の長刀を同時に振り下ろし、グレイグとぶつかり合うと同時にその場を中心に激しい爆発が起こる。

近くにいたカミュは吹き飛ばされ、エルバ達も激しい爆風で身動きが取れない。

「グレイグ!!」

「この一撃は…!!」

炎と氷の魔力を融合させた一撃。

ロウの脳裏に浮かんだのはそれによって生み出すことのできる呪文が浮かぶ。

熱エネルギーと冷気エネルギーという相反する2つのエネルギーは本来融合しても消えるだけで意味がない。

だが、高い魔力を持つ者は生み出した2つのエネルギーを融合させ、かつ消えるギリギリのところで調整することで破壊のエネルギーを生み出し、それを攻撃に転用することができるという。

ウラノスが生み出したグランドクロスに並ぶ呪文で、ローシュとセニカが協力して生み出した呪文、メドローア。

「く、ううう…!」

「ほぉ、さすがは勇者の盾を名乗るだけのことがある。この一撃を受けたとしても立っていることができるとは…」

長刀を上げたガリンガが見たのは、そのメドローアに匹敵するであろう一撃を受けたにもかかわらず、立ち続けているグレイグの姿だった。

オーブの力で生み出されたグレイトアックスとデルカダール最強の騎士の証といえるデルカダールの盾と鎧は伊達ではないようで、大きなヒビや傷がついてはいるものの、それでも形を保ち続けている。

そして、グレイグ自身も全身に大きなダメージを負い、切れた額や口から血が流れてはいるものの、それでも立ち続けている。

(体中が痛むが…やられていない…)

グレイグ本人はこの一撃でもう動くことができず、倒れるだけのダメージを覚悟していた。

だが、それだけの一撃を受けたにもかかわらず、予想に反してダメージを受けていない。

「グレイグ…貴様、何をした?」

ガリンガの問いかけにグレイグはその答えを準備することができない。

彼も、マジックバリアやスクルトで守りを固める準備をしていなかったのだから。

思い浮かぶことがあるとしたら、レッドオーブに宿るネルセンが生み出した奥義であるパラディンガード。

ありとあらゆるダメージを軽減させるにとどまらず、無傷を受け止めることのできるその守りはアストロン以上の防御力があるとされている。

邪悪の神との戦いの中でその奥義を生み出したネルセンが神の一撃を受け止めて隙を作り、ローシュがとどめの一撃を加えることで勝利を収めたという。

だが、ネルセンがそれを成功させたのは一度だけで、それがどのような奥義であったのかは伝承すらされていない、ローシュ戦記の中だけに存在する幻の奥義であり、デルカダールでも細々と研究される程度で現在では存在が疑問視されている。

もしかしたら、不完全とはいえそれをやったというのか。

それを考えたいところだが、それは戦った後でもできる。

グレイグは傷ついた体をベホイムで無理やり癒し、その中でマルティナが大きく跳躍する。

「グレイグに目がいきすぎなのよ!!これで…!!」

足に込めた闘気を兜を破壊してブルーオーブを取り戻す。

既に鎧化で守りを固めているため、反動への対策は問題はない。

「よし、これならば…!」

「ふん…!」

ブルーオーブが取り戻されるかもしれないという状況なのに、ガリンガは鼻で笑う。

そして、手にしていた2本の長刀のそれぞれ下半分が外れると、外れた2本がまるで意思を宿したかのように宙を舞い、マルティナを襲う。

「何…!?こいつは…!」

「武器を自在に操るなど、たやすいことだ」

2本の刃への対応のために、長刀を手にしたマルティナは兜への攻撃をあきらめる。

刃を受け止めたと同時に地上へ落ち、着地するもそれが2本の刃から解放されたことを意味していない。

おまけに2本の刃はそれぞれ炎と氷の魔力を宿しており、暑さと寒さの相反する周囲の空気がマルティナから体力を奪っていく。

「くっ…姫様…!!」

最低限の回復のみを済ませたグレイグは立ち上がり、グレイトアックスをふるって旋風を起こす。

旋風が刃を落とすことはできないものの、それでもある程度動きを鈍らせることができる。

これでマルティナの全力の蹴りをぶつけることができれば、破壊できる可能性がある。

そのことを考えたガリンガは2本の刃を長刀に戻す。

「この程度か?この程度ではまだまだブルーオーブには及ばんな」

戦いが始まってからろくにその場から動いた形跡がないにもかかわらず、カミュ達3人がかりでもオーブを取り戻すことができなければ手傷を与えることすらできていない。

(こいつ…強い)

「ふん…せっかくだ。お前たち全員が戦えるようにしてやろう」

そうつぶやいたガリンガは2本の長刀を地面に突き刺し、両拳をぶつける。

すると彼の魔力と共鳴したのか、2本の刃がそれぞれ巨大な炎と氷塊へと変貌し、すぐにその姿は一気に巨大化したと思ったらガリンガと似た姿へと変貌を遂げた。

「自分の武器で分身を作ったじゃと!?」

「さあ、もっと私を楽しませて見せよ」

分身とともに、ガリンガがそうつぶやくと同時に素手の状態でその場から歩き出す。

分身はそれぞれ先ほどまでガリンガが持っていた奇怪な長刀2本を持っていた。


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