ドラゴンクエストⅪ 復讐を誓った勇者   作:ナタタク

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第100話 斬鉄丸

光が収まり、目を開いたテバの目の前に広がるのは青空が広がるホムラの里。

今の燃えているような赤の混じった空とは違うその空の下、広場には数多くの武者が集結し、そこで家族や知人とあいさつを交わしている。

(ここって…もしかして…)

「あんた…」

「父ちゃん、父ちゃん…」

目の前には紅蓮のような赤い金属の刃と血のような赤い持ちての刀を背中に差した、鬼の面具で口元を隠した大柄の男がケイをやさしく抱き、涙を流すサキの頭を撫でる。

「父ちゃん…」

今も記憶に強烈に残っているその姿は今は亡き父親であるキジだ。

腰に差しているその刀は里に多大な貢献をした武者にのみ使うことの許される皆朱の太刀で、傅役としてハリマに仕え、ヤヤクに認められた武者である彼にふさわしいものだ。

「泣くな、ケイ。子供たちが見ておろう」

「けれど、人食い火竜と戦うんでしょう?もしかしたらと思うと…」

「大丈夫だ、私は死なん。必ず火竜の首を持ち帰る。だから、私が帰ってくるまでテバとサキを頼むぞ。サキも、テバと一緒に母さんを守ってやれ、いいな?」

「父ちゃん…」

鬼の面具のせいで表情をうかがい知ることはできないが、目は確かに笑っていて、サキの頭を撫でるキジからは鬼のような怖さが感じられない。

(そうだ、これが…父ちゃんとの、最後の…)

「皆の者!別れの…いや、再会のあいさつを済ませたか!!」

里の門の前には、鎧姿をしたハリマが立っていて、愛刀である黒の混じった刀身を持つ刀で、鋼鉄すらたやすく両断できることから斬鉄丸と名付けられ、里長に就任したばかりのキビマロに献上され、彼の死後に息子であるハリマが受け継いだ。

「これよりわれらは人食い火竜と戦い、再び里に安寧を与える!かつて、わが父であるキビマロは里を守るべく、精鋭とともに人食い火竜と戦い、命と引き換えに討ち滅ぼした!そして、多くの武者が炎の中に散った!われらの中には、私も含めて露と消える者もいよう!誰一人、帰ってくることができない可能性もあろう!!」

確かに、里を守るために戦い、死ぬことは武者にとっては誉といえるだろう。

相手が人食い火竜であればなおさらそうだろう。

「だが、我らの戦いを…生を…わが父が、人食い火竜と戦い、散っていった英霊たちが見ている!彼らが命を賭したことが無意味だったのか、彼らの戦いは…里を守る武者の信条は間違いだったのか…?いいや、違う!!英霊たちに、父祖の魂に意味をもたらすのは我々だ!我々の生が、戦いが、血が伝えるのだ!!彼らは決して間違っていないことを、真に誇るべき魂たちだということを!!ゆえに我々は戦う!勝利し、後世に伝える!我々の魂を!英霊たちの生きざまを!!それを伝えつくすまでは死ぬな!!生きて、人食い火竜の首とともに、里へ戻れ!!」

「おおおーーーーー!!!!」

ハリマにこたえるように、武者たちはそれぞれの得物を掲げ、勝鬨を上げる。

彼らにあるのは残していく家族への想いではなく、ただ人食い火竜と戦うことだけ。

奴を殺して、里を救うことだけを意識していた。

そして、ハリマを中心に武者たちは里を出ていく。

その後ろ姿をテバは家族とともに見守る。

(そうだ、そうだ…これが、父ちゃんとの最後の…)

こうして後ろ姿を、門が閉じる瞬間まで見つめることしかできなかった。

その時の後悔が彼の心によみがえる。

それを振り払うかのようにテバは駆け出す。

「父ちゃん、父ちゃーーーん!!」

何ができるかなんてわからないし、考えるつもりはない。

ただ追いかけたかったから走っただけ。

何度も父を呼びながら走っていく。

すると、足を止めたキジは振り返り、面具を外す。

その裏に隠れた笑顔がテバに向けられた。

「テバ、テバ…目を覚ませ、テバ…」

「う、うん…」

男の声が聞こえたと同時に急に視界が真っ暗になっていく。

重たく感じる瞼をどうにか開き、ぼやけた顔の輪郭を見ると同時に急激に意識が戻ってくる。

もう2度と見ることができないはずの若者の顔、兄のように慕っていた存在。

「ハリマ…様…」

「お前にも、お前の父にも…苦労を掛けたな」

「ハリマ様ぁぁ!!」

涙が浮かび、それを隠すようにハリマに抱き着いて涙を流す。

テバの頭を撫でたハリマの視線がエルバ達に向けられる。

エルバの手には魔力を失い、真っ黒なただの玉石となり果てた魔竜の魂が握られていた。

「旅の者よ、よく私の中にいる人食い火竜を沈めてくれた。おかげで、元の姿を取り戻すことができた。ようやく、人として死ぬことができる…」

「え…?」

死ぬ、という言葉に出そうになった涙が止まり、目を大きく開いてハリマの顔を見る。

人食い火竜と戦う前と何も変わらない容姿をしているのに、何かの冗談なのか。

ハリマは両手をテバの両肩に置き、ゆっくりと彼を離していく。

「私の中にある八咫鏡。あれは確かに私を真実の姿に戻してくれた。だが…まだ完全ではない。私の中には、まだ人食い火竜がいる。奴が目覚める前に、私が奴を道連れにする」

「そんな…魔竜の魂の魔力でも、八咫鏡を…」

「気にする必要はない。これが私の、我ら家族の運命なのだろう…」

人の姿に戻った時、そばに落ちていた八咫鏡。

血でぬれたその鏡を見た瞬間、母の末路を察した。

ヤヤクだけではない、人食い火竜に操られたとはいえ、守るべき里の人々を数多く殺してしまった。

たとえ完全に人に戻れたとしても、もはや里の人々に顔向けなどできない。

「テバ…許してくれ、お前の父を…キジを里に帰すことができなかった…」

「いいよ、そんなのいいよ!なんで、なんで…オイラ、こんなことにならないようにしたかった…。ただ、ハリマ様を助けたかっただけなのに…」

こんなことになるなら、人食い火竜のまま殺してしまえばハリマは楽だっただろう。

その結果として自分が人食い火竜となったとしても、そんなことはどうでもよかった。

喜びから悲しみへと変わる涙にぬれるテバをハリマは優しく見つめる。

「テバ…お前は、本当に幼いころの私と似ているな」

「え…?」

「とにかく無鉄砲なまでに一直線で、危なっかしい。だが、そんなお前から里の未来が見えた。お前が成長し、里一番の武者になった姿を見てみたいと思った…」

「ハリマ、様…」

ハリマは腰に差している斬鉄丸を鞘ごと外し、それをテバに差し出す。

託そうとしていることはわかっているが、だがテバは手を伸ばせない。

もしそれを手にしてしまったら、本当に目の前のハリマが死んでしまうのではないか。

だったら、受け取らなければ生きていてくれるのかと淡い期待をする自分に嫌気がさす。

「私は…結局キジのような誠の武者になることはできなかった。里を守ることができなかった」

人食い火竜となって母を死なせてしまい、守るべき里の民の一人であるテバにつらい思いをさせてしまった。

その原因を作ったのは自分のわがままだったこと、その償いをしなければならない。

「だから、テバ…お前が、私の代わりに、里を守り…キジのような誠の武者に、なれ…」

「ハリマ、様…」

震える手で斬鉄丸を受け取ったテバの手の中がずしりと重くなる。

そして、マグマの手前まで足を運ぶと、その場で短刀を抜く。

短刀に映る己の顔に一瞬人食い火竜の姿が映る。

再び自分に呪いをかけようとする前に、ハリマは短刀で喉を掻き切る。

「ハリマ様ーーーー!!」

意識がまどろむ中で、ふらりと体が揺れ、視界が揺れる中で後ろから自分を追いかけるテバの姿が見える。

その姿を見たハリマの顔に笑みが浮かび、彼の体はマグマの中へと消えていった。

「ハリマ…様…」

ハリマがいた場所に座り込み、彼が飛び込んでしまったマグマを見る。

もう彼の体はマグマの中で、どうやっても救い出すことなどできない。

「テバちゃん…」

暑い火山には似合わない悲しみが周囲を包み、シルビアがテバに声をかける。

テバはしばらくその場を離れることができなかった。

 

「炎と水、空、風…幾千幾万に住まう八百万の神々よ、どうかわれらが里長ヤヤク、そして多くの武者と民の魂にどうか安らぎをもたらし…。…命の大樹へと導かれんことを」

広場では生き延びた里の人々が集まり、真っ白な髪と細い体を真っ白な袈裟と頭巾で隠した神官の祈りの言葉を聞きながら目を閉じて死んだ人々の冥福を祈る。

その中にはエルバ達やテバ、サキ、ケイの姿もある。

人食い火竜が死に、もう2度と里を脅かすことはなくなった。

そのことを聞いても、だれ一人喜ぶものがいなかった。

祈りの言葉を終え、沈黙の中で神官がエルバ達の元へやってくる。

「勇者殿、この度は誠にありがとうございました。おかげさまで人食い火竜は永久にこの地から消え去りました…。失ったものは大きすぎましたが…」

「いいえ、ヤヤク様をお救いできず、申し訳ありませんでした…」

「これも、運命なのでしょう。神官である私が言うのははばかられますが、これを運命だというなら、神は里に残酷な使命を与えたのですね…」

「うむ…。ヤヤク殿、やり方は間違えておったが、彼女なりに里と息子を守ろうとしていた…。それで生まれた犠牲がある以上、認めるわけにはいかぬが…その思いだけは認めねばな…」

きっと、冥府の闇の中でハリマとヤヤクは望まぬ再会を果たしているころだろう。

その先に待っているのは何かはわからないが、何かしらの形で報われることを願うしかない。

「命の大樹が落ち、魔物が跋扈するようになってから、ヤヤク様は遺言を残されていました。新たな里長にふさわしきものが現れるまで、私が里長を代行することとなります。非才の身ではありますが、ヤヤク様らが命がけで守ろうとした里です。やれるだけのことはやりましょう…」

「そうだ、もうヤヤク様もハリマ様もいない…。我々はどうすれば…」

人食い火竜が去り、失ったものへの気持ちがひと段落したところで新たな不安が里の人々を駆け巡る。

彼女の遺言により、里長代行は決まっているが、あくまでも彼は一時的にその立場にいるだけ。

次期里長となるはずのハリマもすでにこの世におらず、里長にふさわしい人間が思いつかない。

「やはり、里はおしまいなのか…我々はもう…」

「ねえ、みんなどうして自分たちのことを自分で考えられないの?大人なのに」

サキの素朴な疑問、だがあまりにも耳の痛い言葉に里の人々は沈黙する。

里を守る武者も、里の民も、皆が里長であるヤヤクに頼り切っていた。

彼女たちが長として有能だったこともあるかもしれないが、それが彼らから自分でやるという意思を奪っていたのかもしれない。

「オイラたちは…託されたんだ。里の未来を…明日を」

ハリマから託された斬鉄丸と父親の形見の刀を握るテバの脳裏に2人の最後の姿が浮かぶ。

二人だけじゃない、死んでいった人々は皆、里の未来を願っていた。

そして、その里の未来を気付くことができるのは、彼らの願いをかなえることができるのは誰か。

「だから、今度はオイラたちで里を守っていこうよ!死んだヤヤク様とハリマ様、父ちゃんたちの分も!」

今の自分には2人の刀は重過ぎる。

それをかなえるだけの力はない。

だが、もしそれをかなえるための力を貸してくれる人がいるとするなら、話が変わってくる。

「そう、だな…。俺たちは、ずっとヤヤク様達を頼っていたよな…」

「ああ。あの子たちの言う通りじゃ…。今度はワシらで里を守ろう。死んだ者たちの分も…いつか再び生まれてきたときに、もっといい里になるように…」

テバの言葉から何かを感じ取った里の人々の表情がわずかながら明るくなる。

その様子を見た神父もまた、安心したように笑う。

「…どうやら、私の代行としての役目も長く続くことはないでしょう。勇者殿、こちらを」

「これは…」

紅葉を模した飾りがついた鉛製の鍵。

これが禁足地の、勇者の剣への道へとつながる鍵。

「勇者殿、この里にも火が灯りました。どうか、そのお力で世界にも…」

「ええ、わかっています」

鍵を握りしめ、ようやく勇者の剣まであと一歩のところまで来たことを実感する。

果たして、多くの犠牲の果てで手に入れる勇者の剣がそれに見合うものとなりえるのか。

それは禁足地へ向かわなければわからないことだ。

(それに、ウルノーガが警戒していたのもあるからな…)

これはテバが気を失っている間にハリマから聞いたことだが、ハリマが短期間で人食い火竜と化してしまったのは、そもそも人食い火竜が存在した原因はウルノーガにあるらしい。

人食い火竜を倒したあの時、ただ一人生き延びたハリマの前に黒ずくめで紫の肌をした魔導士が現れ、瞳を光らせた後で煙のように姿を消した。

その時はハリマ自身、大きく傷つき、精神的に追い詰められた中で見た幻覚とばかり思っていた。

だが、それによってハリマの中の人食い火竜の呪いが促進され、里を滅ぼしかけてしまった。

ハリマ自身はその魔導士の正体はわからないが、彼の話を聞く限りではウルノーガが正体だとみておかしくないだろう。

(だが…わからない。禁足地の場所を知っているというなら、奴はなぜそこを破壊しようとしないんだ…?)

 

ヒノノギ火山の奥深く、マグマであふれかえるその場所には中央にだけ足場となる岩があり、その上には真っ白なフードのついたローブを身にまとった男が正座している。

マグマの上には数多くの魔物の死体が浮かび、その多くが本来はヒノノギ火山やホムラの里周辺、さらにはサマディー国領には生息しない魔物だ。

「来るか…新たな星よ。この禁足地に。長年待った甲斐があったというものだ」

立ち上がったその人物は懐にある酒瓶を手に取り、グイグイとまるでただの水を飲んでいるかのように一気に喉を通していく。

内側からどんどん感じる熱を抑え、男は酒瓶を懐にしまう。

「さあ、参れ。私に見せてみよ。その剣を」

 


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