幼女がISに乗せられる事案   作:嫌いじゃない人

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 感想欄でいくつか寄せられた『結局ISに乗ってんじゃねーか』という疑問。
 実は前の話とこの話は、もともと一つの話だったのを文字数が多くなったため二つに分けたものです。しかしその結果として全く意図せず読者に疑問を残す結果になってしまいました。
 この話で種明かしですが、回答として納得いただけるものですと幸いです。


4. 狂気と条理

 研究員に言われた通りにターニャが進むと、建物内にある広い空間に出た。

 高さにしてビル三階分、前後左右の広さは3000㎡はありそうな、部屋と呼ぶにはあまりに広い場所。ターニャが入って来た方向を除いた四方の壁には窓も出入り口も無く建材同士の継目も見えない。

 振り返って見ればターニャが入って来た入口には重厚なシャッターが降ろされていた。その壁の上方にはこの場を見下ろすようにガラス窓がはめ込まれている。おそらくあの場所が研究員が言っていた管制室なのだろう。作業に従事している職員の姿は見えるが、あの研究員はまだ到着していないようだ。

 

 しばらくターニャが浮かんでいると、ようやくガラスの向こうに面長の顔が現れた。マイク越しにターニャに話しかける。

 

『それじゃ、とりあえず一旦地上に降りてください。歩行動作の確認から始めます』

 

「わかりました」

 

 ターニャは床に降りる。

 飛んだ後に歩く訓練をするのは順序としておかしいような気もするが、ISの場合は操縦者のイメージだけで操作できる飛行の方が自分の体より大きな手足を操らなければならない歩行よりも簡単なのだ。実際にはISの競技中にわざわざ歩く必要性がある場面はそうそう出てこない。しかし歩行時のような手足の装甲の制御ができなければ、例えば飛行している途中でトラブルが発生し墜落したときなどに対処することはできない。なので本格的な飛行より先に歩行訓練から始めるのは安全の観点からは一般的であった。

 

 床に降りたターニャが試しに歩いてみると確かに歩きにくい。最初の数歩はどうしてもぎこちなくなってしまう。

 

『コツとしてはパワーアシストを意識しすぎないことです。あとは初心に帰って大きく腕を振って歩くとかですね』

 

 段々と歩行に慣れていくターニャ。一度コツを掴めば、あとは自分の体の延長として自在に動かすことができた。

 しかしその中でターニャは違和感を覚え、その原因に気付く。

 

「…… すいません。問題が発生しました」

 

『! どうされました?』

 

「腕が曲がりません」

 

『…… はい?』

 

 ターニャは管制室からよく見えるように立って、自分の肘を曲げてみる。内側に曲げた右ひじは45°ほど傾けたところで止まった。これ以上は曲がらない。左側も同様だ。

 

 ISの装甲の形には、操縦者の肘や膝の先から覆うものと装甲の関節内部に操縦者の関節を収めるものがある。フェステの場合は後者だが、ターニャの肘関節がフェステのそれと噛み合わずスペック通りの可動域を発揮しないのだ。

 

『いえ! そんなはずはありません! ISには操縦者の体に装甲を合わせピッタリとフィットさせる機能があります。関節すら噛み合わないなんてことは……!!』

 

「最適化も形態移行もしていない非専用機ではコレが限度ということでしょう」

 

『そんな……! 操縦者の体格と機体が合わないなんて、これまでそんな報告は一度も受けてませんよ!』

 

「…… 失礼ながら、これまでISの運用に対象年齢の概念はございましたか?」

 

『あっ……』

 

「…… そういうことです。どうやら私にはIS適性はあれどIS操縦者としての適性は足らなかったようです。この仕事を降りろと言うのであれば残念ですがそのようにします」

 

 管制室の職員は思わぬ事態に慌て、どこかに連絡を取る。そして電話口とのやりとりの末、結論を出した。

 

『大丈夫です。操縦者の身体に負荷を掛けないという条件付きですが許可が出ました。何か痛みなどはありますか?』

 

「いいえ。痛みはありません」

 

『じゃあ次、本格的な飛行にいきます。PICとスラスターを併用した飛行をしてください。イメージしたスピード通りにスラスターの出力は自動調整されますので、あまりスラスターは意識せずにPIC機動と同じ感覚で、もう少し速度を出して飛ぶイメージをすれば大丈夫です』

 

「はい。…… 飛行、開始します」

 

 ターニャはまずPICでフェステを床から少しだけ浮かせ、空中での姿勢制御の感覚を思い出す。

 そして、上昇。

 

「…… うぉッ! っと」

 

 危うく天井に衝突しかけるが、なんとかPICによる減速が間に合い軽く手を着くだけで済んだ。

 よくよく見れば天井に直接触れているのではなく、間に不可視の何かが挟まっている。

 ハイパーセンサーがそれの正体を表示した。

 

 『エネルギーバリアーと接触。《硬質固定型》。衝突に注意』

 

「ほぉ」

 

 ハイパーセンサーに意識を向けぐるりとあたりを見まわしてみると、壁や天井だけでなくターニャが入って来た入口や管制室のガラス窓もバリアーで覆われていた。この中ならISでも思う存分動ける。

 ターニャは空間が許す限り四方八方を飛び回って、ISで飛ぶ感覚を確かなものにする。

 

(やはり速度は航空魔導士の比ではない。感覚的な共通項は多いが魔導士の感覚で飛ぶとスピードが出過ぎて危険だ)

 

『…… そのまま飛行を続けていてください。オート制御に慣れてきたら、PICとスラスターの制御を意識的に分けて操作するマニュアル飛行に挑戦してください』

 

「了解しました」

 

 

 

 

 

 ターニャに指示を出した研究員は管制室からその様子を眺め、舌を巻く。

 

「まったく、初めてISに乗ったとは思えませんねぇ。流石はIS適性A+といったところですか」

 

「いえ。IS適性は関係ないと思いますよ」

 

 研究員の言葉に反応したのは、試験場の各種機能を操作するオペレーター。彼女は役職としては研究員より下だが『ストラヴェルケ』本社から出向してきている人材であるためISに関する知識や経験は十分にあった。

 

「IS適性A+の娘でも最初は戸惑うことも多くありますし、逆に適性B程度でも彼女みたいに最初から乗り熟せる天才肌の娘もいます。以前一度見かけましたが、アレは適性とはまた別の才能です」

 

「成程、そういうものですか……」

 

「とは言え、流石に乗って十分でマニュアル制御は始めていませんでしたけど……。というよりもそもそも、そんなイカれた指示を出す人は本社には居られませんでしたから」

 

「え? 私間違えてました?」

 

「これでC-〇〇一一試験要員が怪我をしたら間違いなく責任問題です」

 

「なら大丈夫でしょう。危うげなく飛んでいますし」

 

「それは ――っ! 失礼!!」

 

 何かの異変に気が付いたオペレーターが慌ててコンソールを叩き始める。

 

「これは、ハッキングを受けています!」

 

「!! どこからですか!?」

 

「…… 発信源は主任の端末です」

 

「ああそうですか……。〇〇一一君」

 

 

 

 

 

『〇〇一一君。少し予定が前倒しになるかもしれません』

 

「はい?」

 

(『予定が前倒しになる』のは分かる。だが『かもしれない』とはどういうことだ?)

 

「トラブルが発生したのですか?」

 

『…… トラブルと言えばトラブルですが、平常運転と言えば平常運転です。柔軟に対応してください』

 

『二番ゲート開きます!』

 

 ターニャが状況を理解する間もなく、管制室の下、ターニャが入って来たのとは別の扉が開く。

 その奥には白衣を着用した女性が立っていた。

 西洋人にしても身長が高めのスレンダーな女性だ。年齢は二十代後半かそこらだろう。長い白髪をオールバックにして後ろで一本に束ねている。

 モデル体型の美人ではあるのだが、肌は荒れ化粧もせず、不健康と不摂生が容姿から滲み出ている。残念な歳のとり方をした美人といった雰囲気。

 そして何故か、肩にロケットランチャーを担いでいた。

 

 『《警告》ロックオンされています』

 

「…… は?」

 

 

 ロケットランチャーをロックオンした女性が口を開く。距離はだいぶ離れていたが、ISのハイパーセンサーはしっかりとその音声を拾った。

 

『避けるなよ、デグレチャフ』

 

 

 轟、と発射されたロケットランチャーは真っ直ぐにターニャに向かってきた。

 

「のわぁッ!!」

 

 当然、避ける。目標を見失った弾頭は試験場奥の壁にぶち当たった。しかしターニャの予想に反して爆発は起こらず、代わりに弾頭の中から現れた鉄杭がシールドを貫通する。

 試験場内にアラートが鳴り響いた。

 

『警告、警告。第一兵器試験場遮断シールドに損傷発生、遮断シールドに損傷発生。防衛システムをレベル2に移行。係りの者は所定の配置に――』

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことか教えていただきたい!」

 

 アラートを切り事態を収拾した後、ISを解除したターニャは面長の研究員とロケットランチャーをぶっ放した女性に食って掛かった。初対面で警告無しに攻撃されたのだ。怒って当然である。

 

「説明してほしいのはこちらの方だ! デグレチャフ、貴様何故避けた!? 避けるなと言ったろう!」

 

 しかし何故か、ロケットランチャーを撃ち込んだ方の女性も怒っていた。

 ターニャは訳も分からず研究員に尋ねる。

 

「失礼。こちらの脳みそ逝かれた御仁は一体どなたですか!?」

 

「それはですね ――」

 

「私か? 私はこのストラヴェルケAIWの兵器開発主任『アルベルタ・フォン・シューゲル』だ。分かったら命令に従いたまえ」

 

「……『シューゲル』?」

 

「そうとも。曽祖父の代からこのドイツに科学者として貢献してきたシューゲル家の末裔。それがこの私だ」

 

 ターニャは眩暈を覚える。クラリと自分の視界が傾くのを感じた。

 

「だ、大丈夫ですか? 顔が真っ青ですよ!?」

 

(シューゲル。…… よりにもよってあのシューゲルだと! 偶然か!? 否、現実逃避はよそう。間違いなく今世も前世の呪いを引き継いでいる。そう考えるべきだ)

 

「…… それで、いったい何故そのシューゲル博士は私にロケットランチャーを撃ち込んだのですか?」

 

「決まっている。私が開発したこの『シールド貫通弾頭』のISに対する有用性を調べるためだ」

 

「…… いまいち要領を得ないのですが」

 

「それは遅ればせながら私から説明させていただきます」

 

「なんだ!? まだ説明していなかったのかね!」

 

 怒るアルベルタ。しかし研究員は反省するでもなく不満げに愚痴をこぼした。どうやらこの尊大な態度は常日頃かららしい。

 

「それは説明する前に主任が ……んっンン! ええとそもそも何故〇〇一一君が呼ばれたのか、そこから説明していきます。事の始まりは、ストラヴェルケ本社に政府から『対IS用の一般兵装を造れ』とのお達しが下ったことです。それに応えるため設立されたのが ――」

 

「この『ストラヴェルケAIW』。私の仕事はその開発された兵器が実際にISに対し有効かどうか調べるためのやられ役。そういうわけですか」

 

「…… はい。その通りです」

 

「そうだ。大人しく撃たれたまえ」

 

 ターニャは何故自分が呼ばれたのかようやく理解した。兵器の試し撃ち役ならぬ()()()()()役など、誰もやりたがらないだろう。

 IS関連の仕事は一般的には非常に倍率の高い人気の職業だが、IS操縦者を目指す彼女たちがイメージするのは国を代表するアスリートや企業代表としての広告塔など華やかな職が基本。もちろん全員がそのような仕事に就けるわけではないが、それでもIS操縦者という人種はISという力の大きさ故かプライドが高い傾向にある。兵器の的役をやるくらいならばISにこだわらず、一般の職業で元IS操縦者という経歴を活かすというのがまっとうな道だ。

 

「わかりました。それが誰かが果たさねばならない仕事だというのなら仕方がありません。ですが、次回からは始める前に声を掛けてください。それと防護措置もこれまで以上に厳重にしてくださるよう」

 

「ISには『絶対防御』という操縦者保護機能がありますが ……」

 

「命綱が原理の解明されていないISのブラックボックスに含まれる機能では不安が残ります。それにこの女 ――」

 

 ターニャはアルベルタを指差す。

 

「―― この女はいずれ絶対防御を貫通する兵器を造るつもりに違いありません」

 

「はっはっはっ。よく解っているじゃないか。ISを倒すならば絶対防御の無効化は有効手段だからな。単純に当たれば倒せるというだけでなく操縦者に恐怖を与えることが期待できる。国防の手段、抑止力としてこれ以上のものは無いだろう!」

 

「一応言っておきますが、そのために命を捧げるつもりはありませんからね」

 

「それはまあ、実証できないのは残念だが仕方ないな。流石にデグレチャフ君に死ねという訳にはいかん」

 

(―― ん? ンンッ!?)

 

「い、今なんと!? 私の名前はC-〇〇一一ですよ!?」

 

「なに? まだ聞いてないのか? 生体研究所を出た遺伝子強化試験体の子供たちは識別番号とは別に名前を与えられることになっている。世に出るには戸籍を揃えねばならんし、番号をいちいち呼ぶのも不便だからな。君の名前も少し遅れたが、ついさっき決まった」

 

 シューゲルは小脇に抱えたバインダーから一枚の茶封筒を外し、ターニャに渡す。

 

「生体研究所から送られてきた、君の戸籍情報や世間向けの経歴をまとめたものだ。目を通して暗記するようにとのことだ」

 

 ターニャは封筒から書類を取り出す。そして戸籍の名前の欄を読んだ。

 

「そんな…… 馬鹿な」

 

 

 

 ―― Tanya・Degurechaff ――

 

 

 5文字の名前に11文字の名字。前世でよく見慣れた、自分自身の名だ。

 しかしまさか、現世でこの名を目にすることになるとは予想だにしていなかった。それどころか再び自分にこの名を与えられようとは。

 

「…… 一つ質問です。私の名前はどのように決められたのですか?」

 

「コンピュータによるランダムだ。否定的な意味を持たず、且つ既にある名前と被らないように考えられている」

 

 つまり人為的意図の介在する余地なく、この名前は付けられたということ。

 

 今度こそショックに耐えかねたターニャは、ガックリとその場に膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソックソッ! 存在Xめ! いったい何処まで人の生を弄んでくれるつもりだ!!」

 

 自室に戻ったターニャは荷物を投げ捨てベッドに倒れ込む。そして八つ当たりとばかりに枕をひたすらに殴りつけた。

 

「ドクトル・シューゲル? ターニャ・デグレチャフ? これでは前世の焼き直しではないか!!」

 

 枕から羽毛が飛び散り、ただの布に成り果てたところでようやくターニャの拳が止まる。

 

(…… 一旦落ち着こう。全てが全て前世の通りという訳ではない。そもそも世界観に差がありすぎる。ここは今一度状況を整理するべきだ)

 

 ターニャはベッドに横になりながら考える。

 今世と前世に不可解な共通点があることについて、ターニャは以前『神を騙る者の手を離れたことにより輪廻転生を経ずに生を受けた結果』だと仮定した。今日新たに発生した共通項も、この仮説を補強する根拠でしかない。そう考えれば取り乱すほどのことでもないと考えられる。

 それにアーデルハイト・フォン・シューゲルとの出会いはターニャが軍に入隊した後のことだ。事が順序通りに進むと仮定すればターニャが軍に入隊する可能性は低くなった筈。

 

(この世界はおおむね平和だ。研究所を出た私に与えられた役職はやや特殊とは言え民間の企業勤め。これから徴兵される可能性はかなり低い。そしてこの世界情勢において国家間で戦争が起こる確率は限りなくゼロに近い。…… いけるんじゃないか? これ)

 

 ターニャはガバリと起き上がった。

 考えてみれば何ら事態が逼迫(ひっぱく)したわけではなく、存在Xの暗躍を思い起こさせるオカルト的な出来事に遭遇したせいで、過剰反応を示してしまったに過ぎない。一種のアレルギー反応のようなものだ。

 

 そうと分かれば今からするべきことも決まっている。

 部屋中に散らばった羽毛を誰かに見られ精神異常者に間違えられる前に片付けなければならない。

 ターニャはベッドから降り、床に散らばった羽毛を一枚一枚拾い集めることにした。

 





 「実験しようぜ! お前が的な!」



 『アルベルタ・フォン・シューゲル』……本作のMAD枠。思い付きで自分の会社にハッキングを仕掛けたり、挨拶より先にロケットランチャーをぶっ放したりする少しヤバい人。幼女戦記でのキチっぷりにISの世界観がブレンドされるとこのように仕上がります。ご先祖様にアーデルハイトという名前の人がいるとかいないとか。その辺の設定とか世界観とかは全然決めておりませんので悪しからず。

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