幼女がISに乗せられる事案   作:嫌いじゃない人

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 今回から三人称。いわゆる『日常回』というヤツです。


2. C-〇〇一一の日常

 午前六時。起床の放送が流れるより早くターニャは目を覚ます。

 それは同室の子供たちも同じだった。皆一様にベッドから下りシーツをピンと整える。支給された真っ白な寝巻から支給された真っ白な活動着に着替えたら廊下に整列だ。

 そこで体調や備品の不備などがあれば申告するが、それらは滅多に発生しないのでいつもただの点呼で終わる。当然9人しかいないので一瞬で終わり、終わったら食堂へ移動。朝食を摂る。

 食事を済ませ歯を磨いたら、教室に移動。

 

 

 子供たちはここで二手に分かれる。生まれた時期の異なる第一世代と第二世代では、学習カリキュラムの進捗具合も当然に異なるためである。

 ターニャ含む第二世代が集められたのは座学用の教室。そこでターニャはいつもと同じように、勉学に励む。

 

 そこで習うのは当然、普通の小学校で扱うような内容ではない。一般的な知識や学問も扱うが外の学校とはスピードが違うため、年齢的には小学校低学年ほどの子供たちのクラスでも内容は既に高校生と大差なかった。

 そしてその他にも、人の脳を活性化させるIQテスト、倫理学、法律学、人体の精細な構造、普通に生きていては使わないような乗り物の操縦方法なども習う。

 

 正直なところ、ターニャは授業内容のレベルの高さに驚いていた。遺伝子操作によって知能を高められた子供たち向けた教育であるため、僅かにでも取り上げた事柄は完全に理解した(てい)で次の内容に進むからだ。過去三回キャンパスライフを送り学んできたターニャだが情けないことに授業を聞き流せるだけの余裕はない。精神年齢だけが成熟し切った状態で子供と同じ内容を必死になって学ぶのは屈辱的に思えるかもしれないが、ターニャはむしろ学んだこと全てが即座に理解でき血肉として身に付いていくことに快感を得ていた。ターニャ自身の頭脳も遺伝子操作の恩恵により前世、前前世以上に知能が増していたためだ。前の前の世で自分がコンプレックスを抱いていた天才たちが見ていたのはこの景色だったのだな、などと考えてしまうターニャは色々と複雑な気分だった。

 

 

 適度に休息時間を挟みながら座学を三時間ほどした後は、運動の時間だ。また移動し、今度は室内の運動場に向かう。

 室内運動場はマシントレーニングや器械体操のための第一運動場と格闘術を学ぶ第二運動場がある。今日使うのは第二運動場だ。

 

 第二運動場には四角い枠で囲われた組手用のスペースがいくつもあり、そこで二人の子供たちが向かい合い順々に手合わせをしていく。合図が出たら交代だ。

 

 

 『時間です。交代してください』

 

 

 放送の合図が流れ、ターニャの相手が代わる。対戦相手はターニャより上背のある若干釣り目の少女。識別番号はC-〇〇一三。皆と同じ銀色の髪はシンプルなおさげにまとめている。

両手には硬質ゴムでできた模擬専用の大型ナイフが逆手に握られていた。

 対するターニャは無手だが、防刃仕様という設定の手袋を両手にはめている。

 

 二人ともついさっきまで別の対戦相手と戦っていたはずだが、既にその呼吸を整え、静かに合図を待ち相対していた。

 

 

 『始めてください』

 

 

 放送と同時にターニャが仕掛ける。安直なほどに真っ直ぐに敵の武器に手を伸ばしその刃を掴み取ろうとする。当然に、〇〇一三―― 13番はそれを許さず、掴みに来たその手首を刃で撫でようと斬り返す。そして二人の右手が互いに相手を無力化するために衝突するその瞬間に、両者がその軌道を変える。お互いの動きを予測し牽制した末の攻防は、互いの手首の尺骨同士をぶつけるだけに終わった。しかし両者に痛みが走るその瞬間にターニャは足技を放っていた。ノーモーション、相手の死角の中で予備動作を帰結させる不意打ちのローキック。完璧なタイミングと間合い、当たるかに思われた一撃だが、地上スレスレでむなしく空を切る。後退では避けられない蹴りが躱されたのは敵が跳んで避けたため。常人離れした体のバネと獣染みた瞬発力が13番の格闘戦における強みだ。体勢の制御が困難になる空中への回避は通常は悪手とされるが彼女においてはその限りではない。だからこそターニャは空中の彼女に直接攻撃はせず―― 下手に手を出せば上空を地の利とした彼女のナイフの餌食になる―― 振り抜いた蹴りの威力を活かし体勢を下げた回転蹴りを敵の脚に向け繰り出す。普通なら当たるそれすら彼女は空中で脚を畳み小さく丸まることで回避、さらにそのまま元の体躯から考えられないほど小さく丸まり―― 爆発。否、爆発するかのようにナイフを構えた両腕を抜き放った。全身をバネのようにして蓄積したエネルギーによる高速かつ予測困難の斬撃。ターニャは蹴りの体勢からさらに体を下げほとんど寝転ぶようにして頭上の斬撃をやり過ごし、跳ね起きの要領で空中で腕を伸ばし切った敵に三連撃目の蹴りを喰らわせる。13番の巧みな重心移動によってかターニャの脚に手応えは無い。だが体勢は崩せた。

 その隙にターニャは起き上がり距離を取って呼吸を整える。

 

 「……やるじゃない、チビ」

 

 「〇〇一三、君がどこでそのような汚い言葉遣いを覚えてくるのか、私はつくづく疑問だよ」

 

 「あら、チビと言われては腹が立ったのかし――!!」

 

 

 ギンッ!

 

 

 言葉の途中、〇〇一三は眼前に迫った〇〇一一の掌底を咄嗟にナイフを交差させて受け止めた。

 

 「ひ、人が喋ってるときに攻撃するなんて!!」

 

 「失礼」

 

 先の攻防では連続して蹴りを出したターニャよりも空中での姿勢制御に筋肉を酷使した13番の方が消耗している。ターニャとしては会話に付き合って彼女の回復を待つ義理は無い。

 ターニャが使ったのは、敵の瞬きの瞬間に動き出すことで相手の隙を衝く格闘術の秘伝技。秘伝と言っても研究所の講義で取り扱った内容であり、子供たちは皆習得し対抗策も講じている。その程度のものでしかない。にもかかわらずターニャの不意打ちが成功したのは完成度の高さ故。〇〇一一には〇〇一三の獣染みた瞬発力や他の個体の様な近接格闘戦における特別な強みが無い代わり、誰にでもできる技能を誰よりも突き詰め習得していた。

 

 掌底を受け止められたターニャはそのままナイフの刃に掴みかかる。

 

 (―― させないわよ!!)

 

 ターニャが掴んだのは十字に重ねたナイフの交差点。13番は両のナイフを同時に退くことでその手から逃れ、腕が開いたその隙を狙ったターニャの逆手の突きを膝の蹴りでガードする。が、あろうことかターニャはその蹴りつけた膝の皿を掴んだ。

 

 動きを読まれた。そう気づいた時には13番は既に体勢を崩され宙に浮いていた。

 

 いくら遺伝的強化によって筋肉の質を上げていても細身のターニャに人一人を簡単に持ち上げるだけの力は無い。相手の力を利用して返す、合気の技だ。

 13番は倒れながらももう片方の脚で蹴り飛ばそうとするが、それよりも早くターニャは13番の右手に回る。すかさず13番はナイフで斬りつけた。しかしターニャはそれを指で挟むように片手で受け止め、そして落ちてきた彼女の背をへし折るように下から膝で迎え撃った。

 

 

 「―― カハッ!!」

 

 

 肺から空気を強制的に吐き出させられた13番は落下の衝撃で我に返る。眼前にはターニャの掌。折り曲げた2本の指を左右の眼球に宛がう、いつでも両目を潰せる形だった。

 

 「…… さっさと退きなさいよ」

 

 「それは降伏 ――」

 

 「ハイハイ降参です。負けました! ほら退いて」

 

 〇〇一三の降伏によりこの勝負は〇〇一一の勝ちだ。それによって電光掲示板に点数が表示される。この点数はあくまで勝負ではなく判定のためのモノ。『無傷での降伏達成』ボーナスを含めターニャに5点加点される。

 ターニャは13番に手を貸し助け起こそうとするが彼女はその手を払いのけ自ら立ち上がった。

 この研究所の子供たちは普段は大人しく皆一様に物事に反応を示すが、体を動かすとき、特に組手等で誰かと対戦する時だけ各々の性格が強く出る。ターニャはこの現象を遺伝子操作によって闘争心を強化したことによる弊害だと考えていた。それがターニャ自身には表れないのは、金髪と同じく遺伝子異常か若しくは前世で培われた自制心によるものだろう。

 

 「っ痛ー。せ、背中が……」

 

 「すまんな加減し損ねた。中断の申し立てをして医務室へ行くか?」

 

 「冗談。私の背骨はそんな脆くないわよ。時間も限られてるしさっさと第二戦いきましょ」

 

 ローテーションで行われるこの組手は交代か休憩の合図があるまで何戦でもしていいことになっている。

 

 「いいのか? 疲れたなら休むべきだ。2分くらいの休息なら監督役も見逃してくれるぞ」

 

 「嫌よ。先週もそう言って勝ち逃げしたじゃない。ほら開始線まで戻って」

 

 「いいだろう。君がそのつもりなら、疲労が溜まったその―― !!」

 

 振り返った瞬間、ターニャは首と上体を左へ反らす。その右頬を黒いナイフが掠めた。13番が投擲したのだ。

 

 

「―― 油断ならないな。そもそもアリなのかこれ」

 

 

 ゴムの刃が撫でたターニャの頬が蚯蚓腫れのように赤く染まる。摩擦熱による火傷だ。

 

 「アリでしょ。『両者が所定位置に立ち』『向かい合った』状態なんだから。ほら、点数見てみ」

 

 確かに電光掲示板の得点は〇〇一三に1点ついていた。彼女の言う通りルール上は問題なし、ということなのだろう。

 

 「いいだろう。君がそのつもりならこちらとて手段は択べないな」

 

 「あら? 怒った?」

 

 「いや。よしんば怒っていたとしてもそれは十八番(おはこ)を奪われた自分の情けなさに対してだ。君に対して向けるとすれば八つ当たりだな」

 

 「それを『怒ってる』っていうのよ。それじゃあもう一戦、いきましょ」

 

 今度は13番から、空いた左の手を背に回すフェンシングスタイルで攻撃を仕掛ける。

 ターニャは真っ直ぐにその突撃を見据え、迎撃で応えた。

 

 

 

 

 

 「…… あー疲れた」

 

 「口数が多いな〇〇一三」

 

 「そうかな? そうかも。みんな運動してるときみたくもっと話せばいいのに」

 

 

 

 

 

 運動の後は昼食を挟み再び、再び座学の時間が始まる。

 激しい運動、昼食ときての座学だ。普通の子供なら睡魔に負けるところだろうが、訓練された遺伝子強化素体ならなんとか耐えられる。

 

 それを凌ぎ切ればまた運動の時間。今度は体力、筋力の強化を目的としたトレーニングを主軸に進めていく。

 使うのは第一運動場か研究所裏手の屋外運動スペース。

 

 今日の午後の運動は屋外での持久走だった。

 まだ成長半ばの子供たちの中でも一際小柄なターニャには、純粋な身体能力の差が出る持久走は最も苦手とするものだった。それでもターニャは必死に集団の後ろを付いて走る。ここで最下位としての評価は免れずとも可能な限り失点を減らせば座学や近接格闘術の採点でカバーできるからだ。

 

 夕食を済ませた後は短いが自由時間が与えられる。とはいえ研究所に娯楽らしい娯楽は無い。

 そのため子供たちの殆どはこの時間、図書室の様な書簡室を訪れる。

 この部屋の蔵書にはかなりの種類があり、子供向けの絵本から児童向けの小説、図鑑から専門書まで幅広く揃えられている。ちょうど地域図書館の蔵書を小さな図書室レベルの冊数まで厳選した感じだ。

 

 今のターニャにとっては正に宝の山だった。歴史や文化、法律や最新の科学技術などを知ればこの世界での立ち回りに役立つだけでなく、かつてない次元での経済理論の書などは純粋に興味をそそられる。だが知識欲の赴くままに手に取るわけにはいかない。ターニャは他の子供たちがどのような本を読むのか傾向を見極めながら、まんべんなくジャンルを網羅し読みたい本を探していく。

 

 今日ターニャが手にしたのは主に時事問題を扱っている週刊誌だった。温室育ちの子供たちへの配慮か文字が所々黒塗りで読めなくなっているが、それはあくまでも元の週刊誌を知らない子供への対策であり、凡その内容を予想できるターニャからすればさほど苦ではない。怪しまれない程度にパラパラとめくった後に、ターニャは別の本を物色しに向かった。

 

 (……おっ、IS関連書籍か、珍しいな。内容は…… 少し古いがこんなものだろう)

 

 ミサイルや戦闘機、軍艦などの兵器に関する本は男女問わず子供たちに人気だ。遺伝子操作による趣向の偏りか教育の影響か、理由は分からないがその中でも特に人気なのがISだった。元々冊数が少ないこともあってなかなか回ってこない。

 書簡室からは各々一冊だけ本を借り出せるようになっている。今回ターニャはそのISの本を選んだ。

 

 

 本を抱えて寝室に戻り、薄汚れた活動着から真っ白な寝巻に着替えたらすぐに消灯だ。

 ターニャ含め完全に体力を使い切った子供たち明りが消えると共に泥のように眠りにつく。

 

 

 

 

 肉体的には過酷だが、予定調和という意味では平穏な一日。他の子供たちは何一つ疑問を抱かずに過ごすなか、ターニャは周囲をよく観察しこの日常の意味を考えながら生きてきた。

 ターニャが推測するに、やはり()()には第一・第二世代の子供たちを軍人として直接活用するつもりは無いようだ。少なくともそれが主目的ではない。可能性として一番高いのは新世代の遺伝子強化素体作成のためのデータ収集だろう。強制的に兵役に駆られないのは喜ばしいことだが、不安なのはその新世代が誕生した後で役目を果たし終えた子供たちの処遇だ。子供一人に投じてきた莫大な費用を考えればそう簡単に廃棄はされないだろうが、ここから手放しで解放されるとも思えなかった。軍人としてもう一度生きるのも御免だが実験動物としての一生も当然許容できない。

 

 ターニャは自分の価値を高めるために訓練で結果を残しながら、脱出することを常に頭の片隅で考えていた。運動や自学に必死に取り組むのはそのための準備という側面もある。頭脳や精神面で老獪(ろうかい)であっても幼子の肉体は大きな制約だ。ある程度の成長も待たねばならない。

 

 

 

 

 

 

 そうして誕生から七年以上たったころ、ターニャに転機が訪れる。

 …… つまりそれまでに体の成長は間に合わなかったのだ。

 

 

 

 




 とりあえず最初の連続投稿はこれで最後です。八月中にUAを伸ばしたくてこんな勢いで投稿してしまいました。なんか色々すみません。

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