幼女がISに乗せられる事案   作:嫌いじゃない人

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 プロローグに引き続きターニャの一人称です。一人称の文だとその人物視点からの情報だけ書けばいいので楽ですが、ターニャのような秀才キャラの場合、作者の脳みそが追いつきません。


1. 新しい世界、懐かしくもない自分

 やあ、諸君。

 ターニャ・フォン・デグレチャフ改め遺伝子強化試験体C-〇〇一一だ。

 

 再再誕から凡そ七年と数ヶ月。

 そこそこ成長した私は赤子の頃よりか動ける範囲も広がり、この世界の様子や自身が置かれた立場を知ることが出来た。と言うより教えられた。

 

 この世界は私が日本のサラリーマンとして人生を謳歌していた前前世の世界とよく似ていた。魔法という不可解な存在ではなく科学技術が発展し、極一部を除けば地名や国名も共通している。

 しかしこの世界と私がこれまで経験してきた世界とには大きな違いがあった。時代が二十一世紀でも統一歴一九〇〇年代でもない。それよりずっと先の未来の世界なのだ。

 当然だが、科学技術は驚くほど発展している。

 流石に昔の絵本で見たような未来型都市の様なものは無く、街並みや人々の暮らしは私が基準とする『現代』と大差はない。それでも思いがけないところで未来の到来を実感することがある。

 身近なところでは例えば、空中に浮かぶディスプレイ。初めて見たときは驚くと同時、開発者に宙に浮かした意味を問いただしたくなった。

 インフラなどの社会的な大きな変化では、温暖化やエネルギー問題が衛星軌道上での太陽光発電及び無線送電技術により解消したことなどが筆頭に挙げられるだろう。他にもいくつかの国で海上都市の建設が進み、某大国は十年も前に火星への有人着陸に成功。ナノマシンや再生医療による治療は一般化し、しかもほとんどの先進国家で保険が利く。

 

 そしてこの世界の科学技術を語るうえで外せない物が一つ。

 

 『インフィニット・ストラトス』。通称『IS』と呼ばれるマルチフォーム・スーツの存在だ。

 それがどういう物か、端的に述べるならば『航空魔導士に超音速戦闘機と自走砲と装甲車両を足して割らずに良い所取りした変身アイテム』である。いや、ふざけてはいない。量子格納なる技術で小さなアクセサリーが全身を覆うパワードスーツに変貌するのだ。傍目から見ればニチアサの変身シーンにしか見えない。そしてそれが従来の戦闘機や戦車をバンバン撃ち落とせるという。

 正にトンデモ。

 表向きは宇宙開発用のパワードスーツとして開発され、現在はISを用いた競技用の設備として研究されているという話ではあるが、その実はまあ私が先に申した通りの兵器である。一応『IS運用協定』、通称『アラスカ条約』によりISの軍事利用は禁止されているが、軍人や政治家がこんな玩具を放っておくはずがない。軍事転用は時間の問題だろう。

 更に補足するとこのIS、女性にしか扱えない。それが如何なる理由によるモノかは開発者である篠ノ之束にも分からないらしい。ちなみに彼女、開発者であると同時に唯一の生産者でもある。なんでもISの中枢部位たる『ISコア』の製造法を知るのは彼女だけ。その彼女はコアを467個生産したところで失踪ときている。何がしたいのかは知らぬが467というのがISの現存数の上限というわけだ。

 

 

 

 さて、ここまでがこの世界の概要。

 ではこれから私の身の上について語ろう。

 

 再三の自己紹介になるが私の名は『遺伝子強化試験体C-〇〇一一』。正確には数ある遺伝子強化試験体のうち『C-〇〇一一』という識別番号が私という個体に割り振られただけであり、名と呼べるものは持ち合わせていない。

 そしてその『遺伝子強化試験体』とはその名の通り、遺伝子の配列を人為的に操作し優れた存在として生み出された個体のことを指す。この場合の『優れた』とは"人に優しくできる"とか"器が大きい"といった意味ではなく、"兵士として最適化された能力を持っている"ということである。かつては兵士が畑で採れる国もあったが今日では兵士は工場から出荷されるらしい。

 

 ではそんなSF染みた蛮行を犯した国はいったい何処だというのか? 驚くなかれ共産圏ではない。

 ドイツである。ライヒでも帝国でもない、あのビールとソーセージとジャガイモのドイツだ。

 

 それ故、初めて自分がどういった存在か知ったとき、私はとんでもない世界に来てしまったと思った。

 なにせ私の記憶の中でのドイツとは過去の大戦に対する反省の姿勢を示し、若干リベラルに寄っていたとはいえ十分理性的と評価できる国家体制を築いていた国なのだ。それが再び目にした時にはデザインチャイルドなどという倫理に唾吐く所業を断行している。

 この世界は大戦か、さもなくば終末に向かっているに違いない。世紀末も斯くやという気持ちであった。

 

 しかし世界は平和だった。

 勿論、完全な平和ではない。中東では紛争が絶えず、南方大陸もといアフリカでも内戦が頻発。小規模テロリズムも珍しくないが、しかし巻き込まれない限りにおいては対岸の火事。先進国民の感覚においては十二分に平和の範疇だと言えよう。

 

 ではいったい何がこの国をここまでの凶行に走らせたというのか。私はそのことで連日、幼児の皺の少ない脳みそを働かせ悩み抜いた。

 だが、その理由はなんてことのないものだった。要は価値観の相違なのだ。

 かつて私がいた『現代』では科学の恩恵を全面的に甘受しつつ、一方でその暴走を恐れる風潮が確かに存在していた。地球の温暖化や公害の歴史、資源の枯渇に冷戦時核競争の恐怖、そして何より科学・産業の発展の果てに人類の展望が望めないことへの閉塞感がその空気を作り出していたのだ。日常では意識はしていなかったが、娯楽作品のテーマとしても度々登場していたことを考えれば人々の無意識下にどれほど強く根付いていたのかは容易に想像できよう。

 しかし、この世界ではそれが無い。

 『科学的・技術的に可能であるならば何を躊躇う必要があろうか』『もし問題が発生したならば、新たな科学技術で解決すればいいだろう』。それがこの世界においてはごく一般的な考え方なのだ。

 一見して乱暴な考え方の様にも思えるが、よくよく考えてみれば私が駅のホームから突き落とされた直後に存在Xに抗議した内容と方向性としては同じである。延長線上の、発展形とでも表現すればいいだろうか。存在Xが耳にすれば創造主の威厳も剥がれ落ちる勢いで憤怒を露わにするだろう。それはそれで愉快ではある。

 

 

 さて。そんな世界を背景に生み出された私であるが、生活そのものは前世の孤児院より遥かにマシなものだった。食事の栄養価は高く住環境は常に清潔が保たれている。人攫(ひとさら)いに怯える必要もない。

 不満があるとすれば未来への展望だろう。

 私の立場は遺伝的に強化した人間を兵士として有効に使えるかどうかの試金石。カテゴライズするならば実験動物である。

 

 私と同じように遺伝子操作によって生み出された子供たちは、この研究所には私を含め9人いる。

 まず、私より数年ほど先に生まれた第一世代の子供たちが三人。識別番号はそれぞれC-〇〇〇二、〇〇〇五、〇〇〇六。以前はもう一人いたが体調不良により姿を消した。

 残りは私を含めた第二世代の六人だ。第二世代は第一世代から得られた実験データを基に遺伝子操作を加えている。番号は私のC-〇〇一一から始まりC-〇〇一三、〇〇一四、〇〇一六、〇〇一七、〇〇一九と続く。

 識別番号が飛び飛びなのは、遺伝子合成時点で番号が割り振られたため。()()は誕生しなかったか、もしくは規定値までの発育が望めなかったかのどちらかだ。

 

 不思議なことに、この子供たちの髪色は私を除く全員が輝くような銀色だった。私一人だけが前世と同じ金髪。どうやらこの銀色の髪というのが遺伝子強化素体の特徴であるらしく、私の髪色は研究所の研究員たちの頭を大いに悩ませた。

 ついでに言うならば、髪色だけでなく顔や身長まで、私の姿形は前世そっくりだった。身長については、前世では伸びない理由は幼少期の栄養不足と考えられていたが、今世で栄養を十分に取っても身長は前世の通り低いまま。

 これらを偶然の一致で片付けるのは明らかに無理がある。研究員にとっては『髪の発色に異常アリ』『身体の成長に遅れが見られる』程度の認識であったが、私としては転生と同じくらい困惑する出来事だった。毎日鏡を見るたびに『ああそういえば自分は昔こんな顔だったなぁ』とアルバムを開くかのような感想を抱くのだ。ごくまれにそれがきっかけとなって前世の記憶がフラッシュバック、一時的に記憶が混濁することだってある。油断するとドイツ語にライヒ訛りが出てしまい、誤魔化すのに苦労した。

 

 

 

 だがこのことから『次の転生は無い』と宣告されたはずの私が今世を歩んでいる理由について、ある仮説が立てられる。

 存在Xの言を信ずるに、現世にて涅槃に至れなかった俗人は創造主の手によって転生させられる。しかし輪廻転生を担当するはずの創造主は死んだ私を既に見放していた。ならば私の魂はどうなるのか? 妥当なところでは消滅だろう。或いは何もない空間を永遠に彷徨うのかもしれない。だが現に私は前世そっくりの姿でこの世界にいる。それならば逆に『転生は無い』という存在Xの言葉をそのままに受けとめてはどうか。つまり『転生』無しでの『次なる生』である。この場合存在Xが行ったことはシンプルに職務放棄だが、そう考えれば今の私の実情と辻褄が合う。

 

 辻褄は合うのだが、同時に受け入れ難い仮説でもある。

 この研究所で私が使用されている実験にはまず間違いなくドイツの軍が関与している。そして私自身、遺伝子操作によって軍人の適性の高い個体として生まれた。

 もし仮にだ。私に当てはまっている『非転生』という異常要素が私自身の身体だけでなく『生』という概念そのものに係っているとしたらどうだろう? つまりは軍人としての人生。普通に考えれば徴兵制もない時代に幼子が将来軍に徴集される心配などする必要は無い。だが先の二つの事情を考慮すれば、何かの弾みに軍人となってしまうこともあり得ないと言い切れないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから何だというのか。

 もし誰かがその予定調和を運命と称するならば私はそいつの尻を蹴飛ばしてやる。私の人生を決めるのは与えられた環境と能力と自由意志であり、それが全てだ。

 私は断固として軍人にはならない。軍人としての経験は前世でお腹いっぱいだ。職務内容として承服しかねる。そしてそれ以上に、存在Xの行いによって―― 例え今私の身に降りかかっていることがヤツの意図するところでないとしても、私の自由意志が侵され続けることが我慢できない。

 故に私は絶対に軍人にはならないことをここに誓う。多少の不便不自由は覚悟の上。

 存在Xの蛮行に対する私の人の尊厳を賭した挑戦は未だ終わっていないのだから。

 

 

 

 ついでに宣言するならば、私は絶対にISには乗らない。なんかアレ演算宝珠に似てるし、関わったらいけない感じがすごいから。

 絶対、絶対にだ。

 

 

 




 タイトルでフラグ回収をネタバレしていくスタイル。

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