幼女がISに乗せられる事案   作:嫌いじゃない人

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 お気に入り件数3000突破です。実は3話投稿時点で2000近く行っていたのですが、当時はまだ話数も少なくどんなストーリーか判明しない内に件数ばかりが伸びていったので、投降した話に対する『評価』というよりも、これからの『期待値』の現れとして受け止めておりました。
 あれから伸びること更に1000件。少しはその期待に応えられていれば良いな、と思っております。


10. 虎穴に入る

 ドイツ陸軍駐屯地にある演習所三号棟。その廊下をターニャは歩いていた。格好は他の訓練兵の私服に倣って、ラフなTシャツにデニムパンツ。肩にはナップザックを引っ掛けている。

 目指す先にあるのは、訓練兵用の男女共同の更衣室。その扉の前に立って耳を澄ませると、中から人の気配がした。

 事情のあるターニャとしては他の誰よりも先に顔を出したかったのだが、ここへ来る途中で憲兵に掴まってしまったために想定していた時刻より大幅に到着が遅れてしまった。辛うじて五分前行動が維持できているのは僥倖だろう。

 

 ターニャは扉を開ける。

 更衣室にいたのは十名ほどの女性たち。着替えている途中で下着姿の者もいれば、既に服装を整え支度を完了している者もいる。

 その全員が、入室したターニャの方を向く。視線はすぐに逸らされるも、ターニャは彼女たちの瞳に興味以上の感情が込められていることを認識していた。

 

 

 彼女たちが抱いているであろう気持ちは、ターニャにも想像がつく。

 この部屋にいるターニャ以外の女性は、大勢の志願者の中から厳しい審査を勝ち抜いた選抜組。対するターニャは自身の希望で特別に設けられた枠に入った、いわゆる裏口選考である。当然肩を並べるのに良い気持ちはしないだろう。

 だが自ら志願して此処へ来た以上、自身へ向けられる悪感情もある程度は許容できなければならない。ターニャは覚悟を決めながら、割り当てられたロッカーの中にナップザックを放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 さかのぼること数週間前、ターニャの耳にあるニュースが飛び込んできた。

 

「『ブリュンヒルデ』、ですか?」

 

「ええ。ISの特別講師としてドイツに来るとかで」

 

 C-〇〇〇一への見舞いを終えた後、ターニャは研究所職員のカールとお茶をしていた。場所は研究所内にあるカフェスペース。

 どうやら彼は研究所を出た後も度々顔を出すターニャのことを気にかけているらしく、見かける度に声をかけてくれる。ターニャとしては邪険にする理由もない。半ば恒例行事となっているお茶の席も、どちらから誘ったともなく始まったものだった。

 

 ちなみにこのカールという男、低い物腰からしてターニャはヒラの研究員だと認識していたが、実は次期室長をも目されるトップエリートであった。危うく彼への対応を間違えかけたターニャだったが、これ自体は嬉しい誤算である。規律にうるさい軍人は無理でも研究者が相手ならば懐柔も可能。仮に相応の立場にいるカールから同情を買い親睦を深めることができれば、ターニャにとって重要となる情報を漏らしてくれるかもしれない。

 

 現に彼の口から出た今の話は、ターニャの興味を引くものだった。

 

「それはすごい。織斑千冬をコーチに迎えたいという国は多々あると聞きますが、彼女はその申し出全てを断っているとか。交渉を担った方は表彰されるべきでしょう」

 

「いや、それには少し混み入った事情があってね。端的に言えばドイツ軍はブリュンヒルデに対して貸しがあったんだ。今回はそれを使ったらしい」

 

「"貸し"ですか!? あのブリュンヒルデに!」

 

「ああ。前回のモンドグロッソの決勝で織斑千冬が棄権したのは覚えているかい?」

 

「もちろんですとも。あれはかなり大きなニュースでした」

 

 ISの世界大会『モンドグロッソ』、第二回大会。その決勝戦に出場するはずだった日本の代表操縦者『織斑千冬』が、決勝の直前に突如姿を消した事件。

 当然のことながら関係者は真っ青になった。IS競技は非常に人気の高いコンテンツであると同時に国威を示す場でもある。その最有力優勝候補が決勝を棄権したとなっては、当然受けうるバッシングは並みのスポーツ選手の比ではない。

 しかしそのカリスマ性によってか千冬本人はあまり叩かれずに済み、ネットなどでは棄権した理由についてさまざな憶測が立てられた。

 

「あの事件の真相なんだが、実は彼女の弟さん、織斑一夏くんが誘拐されていたんだ。彼女は試合をあきらめてISで救助に向かった」

 

「なるほど、『人質説』が正解でしたか」

 

 他にも、『イタリア陰謀説』『IS委員会暗躍説』『腹痛説』『巨大隕石迎撃説』などがある。

 

「そう言えば世間の憶測でも結構いい線いってたのが多かったね。事件の真相が伏せられたのは委員会の不祥事の隠蔽もそうだけど、バッシングの矛先が弟さんに向かないようにっていう理由が大きかったと思う。そしてその時、ドイツ軍の諜報部が捉えていたとある情報が弟さんの救出に役立ったらしいんだ」

 

「…… そこまで情報を把握しているのでしたら、むしろ事前に誘拐を防げなかったことを責められてもおかしくないのでは?」

 

「僕は政治のこととかあまり詳しくないけど、別にそれがミスや怠慢の結果じゃなければいいんじゃないかなぁ。噂だとブリュンヒルデは公明正大な人らしいし、本人が感謝の意を表してるんだから大丈夫だろ」

 

「それはまあそうですが。しかし、貴重な織斑千冬(ブリュンヒルデ)への貸しをISパイロットの技量向上のために使うとは、上も新編の特殊IS部隊に相当入れ込んでいるようですね」

 

「ああ、っと……。そのことなんだが、実は彼女を呼んだのにはもう一つ別の理由もあるらしいんだ」

 

 カールがここへきて声を潜める。ターニャはテーブルから少し身を乗り出して小声で訊ねた。

 

「…… と、言いますと?」

 

「以前君と手合わせをしたラウラのことは覚えてるね。彼女のナノマシンのことは聞いてるかい?」

 

「はい。任務に支障をきたすレベルでの副作用が生じているとか」

 

「厳密には副作用ではなくナノマシン本来の機能が暴走しているだけだけどね。実はそのラウラにえらく固執している軍人さんがいて、今回ブリュンヒルデを呼んだのも彼女ならラウラのことを復帰させられるんじゃないかって目論んでいるらしいんだ」

 

「…… 分からないですね。ナノマシンの治療に特定の人間、それも科学畑でない人の手が必要などとは」

 

「いや、これについては信憑性が高いよ。以前ここにラウラの目が治るのかどうか例の軍人さんが聞きに来たときには廊下まで声が聞こえてきてたからね。僕だけじゃなくていろんな人が知っている"噂"さ」

 

「…… 大変、興味深いお話ですね。すいません。急用を思い出しましたので今日はこれでお暇させていただきます」

 

「それじゃあまた。今度はAIWでの話を聞かせてくれよ。イカれた開発者の話は仲間内でもウケが良いんだ」

 

「それでは次回までに話のネタが増えないことを願っておりますよ」

 

 

 

 

 

 ターニャは空の紙コップを捨て、カール研究員に別れを告げる。その頭の中では既にある一つの計画が立案されていた。

 

 ナノマシン『ヴォーダン・オージェ』の暴走を克服する方法を、入手する計画である。

 ターニャにとって眼球に注射されたナノマシンの暴走は他人ごとではない。むしろ両目に施されているという点ではラウラ以上に危険な状態ともいえる。

 ナノマシンの暴走を未然に防ぐ術、或いは暴走しても抑え込む方法を入手することは正に死活問題。ラウラに対して治療が施されるというのであれば、この機を逃す手は無い。

 

(……しかしどうする。"ナノマシンの暴走が不安だから"と掛け合ったところで上が取り合う筈もない。ボーデヴィッヒと同列に扱ってもらうのはそもそも無理があるな。それならばシンプルに織斑千冬に近づいてみる方針でどうだ。私のIS適性はA+。……試してみる価値はあるな)

 

 

 

 

 後日、十分に計画を練ったターニャはシューゲル博士に、軍の特殊IS訓練への参加を所望している旨を伝え頭を下げた。マッドへの頼みごとなど反吐が出るが、軍への直接的なかかわりを持たないターニャにとって今回頼れるのは彼女しかいなかったのだ。

 断腸の思いをした甲斐もあって、数日後には再び大佐への面会が許される。

 そこでターニャに与えられたのは『幼少期におけるISとの接触による影響の調査』という御役目。

 これはターニャが訓練への参加を頼み入る上で、当然軍にとってもターニャを受け入れるメリットがあるということを表現するために盛り込んだ方便である。内容としては『総稼働時間が重要視されるISを、学習・適応能力が高い幼少期に稼働することで同じ時間稼働した一般操縦者と比べ適正値や同調率の大幅な上昇が見込めるか否かを確認する』というもの。大佐が用意した席はこれを丸々参考にしたモノだが、大佐も当然これが建前だとは理解しているはず。つまりターニャの年齢や非軍籍という制約以上にターニャのIS適性を評価してくれたということに他ならない。

 

 

 

 

(―― 大見得を切って大役を買って出たのだ。半端な結果は許されない)

 

 

 

 

「総員整列!」

 

 青空の下の訓練場。号令に倣い十四人の女性と二人の少女が横一列に整列する。今回の訓練に向け選別された彼女たちは若くして将来のエースを見込まれている。その動きに全く乱れはない。

 

 そして彼女たちの前に、一人の東洋人の女性が現れる。

 

「まずは初めましてだ、ドイツ軍人諸君。私が今日から諸君の教官を務める織斑千冬だ」

 

 ターニャから見た織斑千冬は、想像していたよりごく普通の女性だった。

 だがその普通の女性が大勢の初対面の軍人を前にして一歩も引かず、それどころか上位者たる教官として振る舞うは姿は異様の一言。

 

 織斑千冬の挨拶は更に続く。

 

「―― あらかじめ言っておくが、私の教えを受けたからと言ってすぐさまISで世界最強になれるわけではない。諸君らは皆志願してここへ来たと聞いている。もし手軽に強くなる方法があると夢見ている者がいたら直ちに立ち去りたまえ」

 

 千冬の問いかけは、覚悟を決めて志願した訓練兵にとってはあまりに今更のことだった。内容だけ聞けば侮辱されたも同然。

 だがその言葉と同時に千冬から放たれた殺気と威圧が、訓練生に自身の考えが甘かったと錯覚させる。訓練生の中には、自らの身体が勝手に下がろうとするのを必死に堪える者もいた。

 

(……違うな。殺気を全員が臆さないレベルのギリギリに抑えているのか)

 

 厳しい言葉と裏腹に、千冬は誰も落とす気は無いようだ。前世で全く逆のことをやろうとして悉く失敗したターニャとしてはその器用さは羨ましい。

 やがてその威圧も治まる。

 

「よろしい。ひよっこなりに覚悟はできているな。さて、私は諸君の上役である国との取引でここへ来ている。私が振るう裁量についても折り合い済みだ。故に訓練の方針、形式は全て私に従ってもらう。異論は無いな、ハルフォーフ」

 

「はっ!」

 

 横列の左端に立つクラリッサ・ハルフォーフ中尉が答える。彼女は今回の訓練期間に限定して兵隊長に任ぜられていた。主な役割は訓練兵の総括と織斑千冬の補佐役である。

 

「よろしい。ISは道具であると同時に信頼すべきパートナーであり、肉体と精神の延長でもあるというのが私の持論だ。だからこそ、その二つを鍛え、より自由に制御しなければならない。そこに近道など存在しない。私の訓練はレンジャーのように泥臭いと覚悟してもらおう。―― ではまず各々限界まで身体を追い込むことから始めようか。俗に言う準備体操というやつだ」

 

 

 

 

 

 

 

 五時間後、訓練を終えシャワを浴びたあと私服に着替えたターニャはベッドに倒れ込む。

 

「…… 疲れた」

 

 訓練初日、千冬が課した訓練は世間が抱いている華やかなIS操縦者のイメージとは真逆、隊の半数が吐くまで徹底的に肉体を酷使する悲壮極まるものだった。

 それは体の小ささゆえに大きな負担を強いられるターニャも同じ。千冬は一切手加減しない。

 

(あれほど避けねばならないと思っていた軍隊にまさか自分から足を突っ込む羽目になるとは……。いや、まだ大丈夫。私は軍人ではないはずだ)

 

「ふん。軟弱者め」

 

 それでも遺伝子操作の恩恵か、隊全体で見ればターニャはまだマシな方。そして同じく遺伝子強化個体であるラウラはそれ以上の余力を持て余しているようだった。単純な身体能力においては遺伝子強化素体としての品質の差が如実に表れる。

 ちなみにターニャとラウラは訓練生用の兵舎で同室を割り当てられた。訓練期間中は共同生活を歩むことになる。

 

 

 確かに彼女の言う通り、寝仕度もせずにベッドに横になるのは情けない。ターニャは起き上がるが、とはいえ夕食も摂り歯も磨いた後であるため、あと就寝前にすることと言えば寝巻に着替えることくらい。

 事実、ラウラは既に就寝用の服装へ着替えている。

 

「…… あの、中尉殿?」

 

「なんだ」

 

「中尉殿はそのお姿で眠るつもりなのですか?」

 

「もちろんだ」

 

 そう答えるラウラの服は軽装ながらあらゆる箇所に武器をしつらえた完璧な軍装である。到底安眠は望めそうにないが、ラウラにとってそれはさほど重要なことではない様子。

 

「軍人たる者、如何なるときとて戦地同然の心構えを意識しなければならない。夜襲に備えるのは基本中の基本だ。それよりおかしいのは貴様の格好だろう」

 

 ターニャがカバンから取り出したのは、ごく普通のツーピースのパジャマ。

 

「そんなだぼついた服で襲撃されたらどうするつもりだ。まさか貴様、研究所で習った事を忘れたか!」

 

「あーハイそーですねー」

 

 たぶん研究所でそう教えた人もそんなつもりはなかっただろう。

 もしかしたらラウラは少し天然なのかもしれない。だがターニャは彼女の新たな一面の発見などに全く興味は無い。

 

 明日も朝早くから訓練が始まる。

 ターニャはいつもより少し早く、寝床についた。




 千冬登場。

 ターニャちゃんはあれほど嫌がっていた軍に自ら関わる羽目に。今のうちに言っておきますが、黒兎隊加入ルートではないのでご容赦ください。

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