ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない   作:とぅりりりり

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影に潜むはゴーストタイプ

 

 

「レモンちゃんどうしたのかしらねぇ」

「さあ……」

 電話の内容を聞かれたくなかったんだろうがあんな顔をするほどの相手とは誰なのか。

 腕をぎゅっと掴んでくるアクリにやんわりと離れるように手を添えるが通じない。地味に歩きづらいんだけど。

「ポケモンセンター行く前にお買い物しとく?」

『スケッチブックの予備買いたい』

 ポケモンセンターの手前にあるフレンドリィショップの前で立ち止まるとアクリがスケブにそう書いてオチバとともに中に入る。そうやって文字書いて無駄遣いするからいけないんじゃないんだろうか。

「別に普通に話せるんだから喋れよ」

 隣にいるアクリにそう言うと微妙な顔をした後に小さな声でぼそぼそと言う。

「妹に……『姉さん、声、ガマゲロゲみたい……気持ち悪い……』って言われたからできるだけ喋らないようにしてた……」

「本当にそれ妹に言われてんのかよ」

 罵倒もいいところだ。なるほど、それなら喋りたくないのもまあうなずける。

「気持ちはわかるけど別に変な声でもないし普通に喋ろうぜ」

「いや……気にはしてないんだけど……筆談の方が早くて楽だから……癖になって……」

「お前に繊細な心を求めた俺が馬鹿だったよ……」

 妹に馬鹿にされて筆談が楽って思えるのメンタルが強すぎて俺には真似出来ねぇ。

「でも……筆談も筆談で……妹が『いちいち文字読むの面倒だから……やめて……』って怒るし……」

「お前の妹、単純に難癖つけたいだけだと思うぞそれ」

 兄弟姉妹なんて今も前世もいないのでよくわからないが間違いなくアクリのところは姉妹仲が悪い部類に入ると思う。問題はアクリ本人があんまりそう思っていなさそうなところだが。

「そういえばオチバは兄弟とかいたりするのか?」

 回復アイテムを見ていたオチバに声をかけると「え、ああ……そうね……」と曖昧な返事だけが返ってくる。

「なんだその反応」

「おと……妹ならいたわよ」

「会いたくねーの?」

 父親とは最悪だろうが妹なら会いたくても不思議ではないだろう。アクリみたいな関係を除くとして。

「私が今更しゃしゃり出てもあっちも迷惑でしょうしねぇ……仲はよかったけど、巻き込むのもなんだかんだで気がひけるのよ」

 とにかく、追われてる現状をどうにかしないと無理、と言って話題を打ち切られたので買うものを手にレジで会計を済ませるとまだほかにも買うつもりなのか棚を見ている二人を確認して一旦店の外へと出る。店内も混んできたし邪魔になるだろう。

 先にポケセンへ向かってもいいが店の外で待っていたほうが追いついたレモさんとも合流できそうだしと壁に寄りかかりながらぼーっとしているとエモまるがボールから出てきて声をかけてくる。

【ボール買わなくてよかったのかー】

「……捕獲とか苦手だし」

 小声で、独り言のように呟いてエモまるに答える。実際にエモまる以外相手にするのすら結構ストレスなのに野生を捕まえるなんてあんまり考えたくない。

【俺だけだと対応できねーし買っとけよー。俺がいなくなったらどうすんだよー】

「はいはい」

 心配はもっともだがレモさんがいるしアクリも手持ちは偏っているみたいだが普通に戦えそうだし、何より手持ちが増えると食費とかもろもろの出費が増える。よくゲームで手持ちが6匹とか基本だけど俺の財布事情を考えるに常に6匹とか無理だ。

 ふと、なぜか悪寒がして、周囲を見渡してみる。視線は感じない。

【ハツキ、影だ!】

 エモまるの声で自分の影を見ると笑っているのがわかる。

 しまった、と動きかけて抗えない睡魔と、体の気だるさから何もできないまま体が傾いて意識が途切れていった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 買い物を終えたアクリとオチバが店内にハツキがいないことを悟って店の外に出るが見当たらない。

「あら、先にポケセン行ったのかしらぁ」

「……」

 アクリがきょろきょろと見渡して、ふと、足元を見ると路地裏の片隅に見えたそれに気づいて駆け寄り、オチバもそれについていくとそれが何かに気づいて二人共ぎょっとする。

「ハツキのエモンガちゃんよね?」

「……うん」

 目を回してボロボロになったエモまるを拾い上げてげんきのかけらを与えたアクリは、エモまるが目を覚ましてえもえもと何かを伝えようとするのを真剣に聞き入っている。

「何言ってるか……わからないけど……ハツキに何かあったのは……間違いない、よね」

「一瞬しか離れてないのにハツキだけ狙うなんて……」

「あれ、まだポケセンにいってなかったの?」

 後ろから声をかけてきたのはいつもと変わらない様子のレモン。電話が終わって追いかけてきたのだろうがオチバとアクリしかいないことに怪訝そうに目を細める。

「ハツキ君は?」

「それが……」

 残されたエモまると姿を消したハツキ。それを聞いてレモンはなんとも言えない渋い顔を浮かべながらフライゴンをボールから出した。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 反省した。俺はやっぱり他にもポケモンを増やすべきだ。

 そもそも前世の現代日本と比べてこの世界は明らかに危険なのはわかっていたのになぜ舐めプみたいに一匹縛りにしているんだ俺。食費よりも命が大事に決まっている。馬鹿じゃないのか。

 

「いやー、やっぱ雑魚で助かったー」

 

 どうも雑魚です。あの時、さいみんじゅつで気絶した気を失ったあと、どうやら白服女のサディにお持ち帰りされたようで命の危険を感じている。

 縄で縛られてるし、エモまるは当然のようにいないし、目が覚めても自分の影になんかいるしもうだめだ詰んでる。

「ピーの言うとおりにしたらマジで上手くいったわー。さすがピー」

「じゃあ迎え撃つ準備をするからな」

 銀髪の男、最初にオチバを追っていた男も当然のようにいてせめて遺書を書かせて欲しいと切実に思う。これ無理だろ。生還できる自信がない。

「よお雑魚。気分はどうだ?」

「最悪」

「最高だってよ! 聞いたかピー」

 会話が通じないの怖い。なんかこう、ぞっとする。

 気だるさが消えない、なぜか息苦しい。しこれ絶対影に入り込んでるやつのせいだよな。このまま衰弱死とかも否定できない。

「あんまりそれで遊ぶんじゃないぞ。というか暇ならこっちを手伝ってくれないか」

「暇じゃねーし。雑魚と戯れるのに忙しいから」

 なんで俺、こんなに雑魚雑魚連呼されないといけないんだろうか。前世でなんか悪いことでもしただろうか。

「なー、足一本だけー」

「ダメだ」

 物騒な会話が聞こえてくるけど聞きたくねぇ。

 ただ、サディはこの男といると昨日のような凶悪さはまだなく、言ってしまえばマシに見える。ストッパーのような存在なのかもしれない。

 だからといって今自分の身が危ないことに変わりはないのだが。

【きしししっ! びびってるぜこいつ~】

 影から体を浮かび上がらせたのはにやにやと笑うゲンガー。当たり前のように影に入り込んでいるがこんな技あったっけ?

「あ、ゲンガー。ちゃんと入ってろよ~」

 サディがゲンガーの頭をぐいと押して影に戻そうとし、ゲンガーが【えー】と不満の声を上げる。

【飽きたー。飯ー。呪うぞー】

「あー? 腹減ってんの? しょーがねぇな。ピー、なんか食えるものある?」

「僕の荷物の中に携帯食料なら」

 リュックかなにかをごそごそと漁るサディと、不満そうなゲンガーが小石を蹴っ飛ばしてサディを待つ。見つけた食料……というかぱさぱさした栄養食だ。腹は膨れるかもしれないがこう、ゲンガーは露骨に悲しそうな顔をする。

「んじゃゲンガー。これやるから見張りよろしくなー」

味気のない栄養食を渡されてしょんぼりしたゲンガーは二人を見送りながら俺の影の上でもくもくとそれを食べ始める。

 二人の気配が完全に遠くなりしん……と静まり返った空間でぱさぱさしたそれを食べ終えたゲンガーがぼやく。

【俺のことこきつかいやがってー。ちくしょー】

 ゲンガーはあまりサディに懐いてないんだろうか。ずっとブツブツと不満を垂れ流しており、俺を見張るという仕事も適当のようだ。

「……なあ、お前さ」

 ゲンガーに声をかけるときょとんとした顔でこちらを振り返って首を傾げてくる。

「今の主人が不満なら俺に協力してくんね?」

【……うん? んん? お前、もしかして俺の言ってることわかってる?】

 ここでバラして大丈夫か一瞬だけ不安だが、言葉を理解するという点はポケモン側にも結構なメリットのようでもしかしたら裏切ってくれないかなーという淡い期待があった。

 うまいこと釣れるなら逃げるチャンス。どうせ拒否されても主人に言葉は通じないから多分大丈夫だ。

「うん、まあわかる」

【マジかー。え? 何、逃げたいの?】

「当たり前だろ」

 今もなんか生気っていうか何か吸われてる気がしてけだるいし、命の危機しか感じない。

【うーん、まあ別にいいけど】

「頼む! 一緒に逃げるならお前の言うこと聞いてやるから!」

【ん~……美味しい飯が食いたい】

 ちょっと悩んでいるようだがこれなら釣れる気がする。

「少なくとも今の主人のところで悪さするよりはいいはずだろ?」

【……そっかぁ。じゃあ協力するぜ】

 

 

 

――――――――

 

 

 ゲンガーを買収して慎重に抜け出そうと洞窟を抜けるために進んでいく。

 拠点なのか洞窟には至る所にあの二人が仕掛けたであろう罠の痕跡があり、時折ゲンガーが罠の場所を教えてくれる。懐柔できてよかった。

【こっち出口だぜ】

 二人や他のポケモンの気配はない。このまま外に出て、場所にもよるが人のいるところへ逃げれば――

 

「何してんの?」

 

 背後からの声にゲンガーとともにびくりと肩があがり、振り返ると笑っていない笑顔のサディと面倒くさそうな顔をしたピーがいた。

「ゲンガー? な~にしてんのかなぁ」

 紫色が真っ青になるほど焦るゲンガーが取った行動は一つ。

 即座に俺から離れてサディへと体をこすりつけた。

【ちょ、ちょっとしたジョークだってばぁ~。俺がサディを裏切るわけないじゃ~ん】

 ゲンガーが露骨に不機嫌そうなサディに擦り寄り、手のひら大回転ぶりにはもう呆れを通り越して感心する。

「……へぇ? お前、いい度胸してんじゃん」

 不機嫌さを隠さないサディはそんなゲンガーを見下ろし、一瞬ピーの腰にあるボールを見る。

「カラマネロ?」

 突然、ピーの手持ちであるカラマネロがボールから飛び出してゲンガーとハイタッチするとピーに何か伝えようと触手を伸ばした。

「は? いきなり何――」

 不思議そうな顔をしていたピーの顔が一瞬にして真剣な目つきへと変わり、俺の胸ぐらをつかみあげて壁に押し付けられる。

 

「こいつの処遇は変更だ。これは本物だ」

 

 本物、という言葉にさっと血の気が引いていく。サディの方はよくわかっていないのかゲンガーの額をぐりぐりとしている。

「本物ぉ? 何が?」

「あの人が欲しがっていた『ポケモンとの会話ができる人間』だよ」

 バレた、というかチクりやがったなあのゲンガー。

「お前だけがポケモンと意思疎通できると思い上がってるんじゃないか? テレパシーでそんなことくらいわかるんだよ」

服で首が締まり、息苦しさでむせるとピーはカラマネロの触手が足に伸びてきて逆さまに吊られてしまう。

「人質作戦どーするよ」

「いったんこいつを――」

 次の瞬間、激しい爆発が出口と思われる方から聞こえてきて爆風も僅かにだが届いてくる。

「うわ、もうバレたのかよ!?」

「だがこっちには――」

 洞窟の天井を突き破って何かが飛び降りてきて、命の危険を感じるが幸いかそれとも意図的にか俺に落石が当たることはなく、俺を捕まえているカラマネロの上それは飛び降りてきた。

「ハツキを、返せ!」

 小さいがはっきりと怒気を込めたその声はアクリだった。ダダリンにつかまって一緒に入ってきたのかダダリンから飛び降りてドーブルを繰り出す。ダダリンの下敷きになったカラマネロはヘビーボンバーをもろに食らって動きが鈍っている。

「じゃまー! いわなだれ!」

 ドーブルが大量の岩を降らせ、悪党二人はそれを避けるために後ろへ回避する。岩で通路が塞がれて二人の姿が見えなくなったところでアクリはハツキに駆け寄る。

「ハツキ、だいじょうぶ?」

「あ、ありがとう……」

 ちょっとアクリの目が怖かったとか言えない。ダダリンに潰されたカラマネロはまだ瀕死になっておらず、怒りを露わにしながらこちらを睨んだ。

【よくもやってくれたなぁ!】

 つじぎりでダダリンを狙うがダダリンはその巨体に反して素早く動いて、カウンターのようにパワーウィップを叩き込み、カラマネロは戦闘不能となる。

 それと同時にいわくだきかなにかで岩が破壊され、怒り狂った二人が姿を表した。

「はぁー! いい気になってんじゃねーぞこの雑魚どもぉ! ゲンガー、シャドーボール!」

「アマージョ! ふみつけ!」

 サディのゲンガーとピーのアマージョが襲い掛かってくるがそれを防ぐのはダダリンと、いつの間にか現れたジュゴンだった。

「マメル、ふぶき!」

 アクリではない指示の声が響き、ゲンガーとアマージョはダブルノックアウトで悪党二人は歯ぎしりする。

「ハツキ君、無事?」

 凛とした立ち姿のレモさんが現れ、俺とアクリを庇うように立つ。危ない、惚れそう。

 レモさんの肩からエモまるが飛び降りて俺の肩へと移動すると驚いたような顔をして言った。

【心配したんだぜー!? 大丈夫か、俺のいないところで騙されたりとかしてないか?】

「俺が信用できるポケモンはお前くらいだよ……」

 人間どころかポケモンすら不信になりそう。

「ダンク、マメル、二人を連れて外へ――」

 ダダリンとジュゴンへのレモさんの指示を遮るがごとく羽音が至近距離で聞こえる。アクリが即座にドーブルで攻撃するがかわされ、その正体がテッカニンだと気づいたときにはレモさんは顔をしかめた。

「ほんっとうに早いの好きね、あなた」

「速攻でケリつけるのが気持ちいいんだよ!」

 サディの指示でテッカニンのかげぶんしんが出現し、たくさんのテッカニンに囲まれるとレモさんは鬱陶しそうに舌打ちする。

 アクリが別のドーブルを出してレモさんに「任せて」と言うとレモさんは無言で頷く。

「まっは、でんげきは」

 数あるかげぶんしんの中から的確に電撃が撃たれ、テッカニンのかげぶんしんはその衝撃でか消えてしまう。

 その瞬間、ピーがレモさんを直接狙っていることに気づき「レモさん!」と叫ぶと目をすっと細めたレモさんがピーと対峙する。バトルでいくら有利でも男と女じゃ――

 

「甘い!」

 

 受け流すように迫ってきた腕を掴んだかと思うとそのままピーの体が宙に浮いて地面に強く叩きつけられる。

「トレーナーを狙うこと自体は悪くない手だけれど、それは鍛えているトレーナーには悪手にしかならないことを覚えておきなさい」

 呼吸一つ乱さず投げ飛ばしたであろうピーなんとかを見ると体を強く打ったからか苦しそうにむせていた。

 

 もう全部レモさん一人でいいんじゃないかな。

 

「油断したな――!」

 倒れたピーが勝ち誇ったように呟くと同時にレモさんの背後――影から現れたヌケニンがレモさんを襲った。

 

 

 




活動報告にてイラスト置いておきました。いつもありがとうございます。
ついでにこちらも活動報告で2作合同のキャラクターアンケートしてます。もしよければ気軽にぽちっとしていただけますと嬉しいです。

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