ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない   作:とぅりりりり

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殴りたい、この笑顔

爆発地点に走りながら向かっていると双眼鏡で様子を確認していたレモンさんが突然フライゴンを出して飛び上がった。

「犯人っぽいの見つけたから先に行くわ! 二人共、来る時気をつけて!」

 そこまで遠くないのでその現場らしき場所で飛び降りてフライゴンをボールにしまう様が見える。アグレッシブというか、もう、レモンさん一人でいいんじゃないかな。

「そういえば、アクリ。お前バトルできる? 俺エモまるしかいないからほとんどあてにしないでほしいんだけど」

【俺一匹でもやればできるぞ! 舐めんな! あっでも、岩はぶつけないで! あと寒いの!】

 まあなんかエモまるそこそこレベルは高い方だけどさ。

 さすがに走りながら文字を書くのは面倒なのかアクリは少し悩んだ素振りを見せたかと思うと無表情で答えた。

「そんなに、強くはない」

 まあ絵描きみたいだしそこらへんは期待しすぎるのも酷だよな。

 走り続けて呼吸が乱れてきたアクリに合わせて現場へ向かうとレモンさん……そして白服女とオチバがいた。

 レモンさんはともかく、片や自分を散々ボコした凶暴女。片や恐らくだが自分をハメた女。すごい、帰りたい。この場にいてもいいこと一つもなさそう。いる者すべてを不幸にしそうなオーラしかない。

「あ、さっきの雑魚男! 尻尾巻いて逃げたと思ったらわざわざ会いに来るとかしゅしょーなやつじゃん!」

「うるっせぇ! 帰れ白服女!」

 何が殊勝だ。会いたいどころか見たくもなかったわ。

「んぁ? 誰が白服女だ。俺にはサディって名前があるんだ。様つけろ。はい、サディ様。はい、復唱」

 首を傾けのろのろと自分が囲まれた状況を悟った白服女ことサディは気だるそうに首をぐるりと回す。

「はあ、なんか、寄ってたかって俺をボコろうなんてとんだ悪党だぜ。辛いなぁ、辛いなぁ……」

 ひんしになったエンニュートをボールに戻すと圧倒的に不利であるにも関わらず笑いを押し殺したかのように肩を震わせた。

「――投降する気はなさそうね?」

 レモさんが険しい表情でサディを睨む。レモさんには彼女の表情が見えているのだろう。俺とアクリは背中しか見えないせいでいまいち悟れない。

「いやぁ……ほんと……そこのクソ女を見失うのは惜しいけどさぁ……仕方ない、仕方ない……ピーの野郎も捕まったし、せめて俺は逃げ切らねぇとなぁ。そうだそうだ、とーぜんの義務ってやつだ」

「逃げられるとでも――」

 レモさんがフライゴンに指示しようとしたところで大きく地面が揺れ、サディ以外はバランスを崩す。

「とっておきの置き土産だ! ()()()()()()()()()()! せいぜい1日でも長生きできることを願うんだな!」

 何かに気づいたレモさんの視線に釣られて俺もそちらを見るとひんしだったマルマインの近くにダグトリオがおり、このじしんの原因だとわかる。

 そして、ひんしだったマルマインはいつの間にか復活しており、ダグトリオが地面に潜ったのを確認してから強く光った。

 

 ――そう、だいばくはつである。

 

 

 

 

 

 結論から言うと一応、全員深刻な怪我を負うことはなかった。

 オチバの方はレモさんのポケモンのまもるでなんとか庇いきり、俺の方はアクリのドーブルのまもるでやり過ごしたのだが周辺はもうめちゃくちゃで更地と化していた。

「逃がしちゃったかぁ……うーん……まあ、無事だったしよしとしましょう。立てる?」

 レモさんがオチバに手を差し伸べるが少しだけぼんやりとしていたオチバは反応が遅れ、数秒置いてからその手を取る。

「ちょっと厳しいかしら。みっともないことは承知だけどお助け願える?」

「ええ、このままロレナシティまで一緒に行きましょう。……まあその前に、ちょーっとつかまるかもしれないけど」

 気まずそうにちらりと視線を向けた先から足音がする。

 ロレナシティ方面、ガーディを連れた警察と、レンジャーが大挙して押し寄せ、現場にいた俺ら4人は根掘り葉掘り事情を聞かれることとなった。

 

 

 

――――――――

 

 

 3時間後、ロレナシティに足を踏み入れた俺たちは疲れを知らないレモさんを横目に疲労の色を濃く映していた。

「さーて、まずはポケモンセンターね! ハツキ君、それで大丈夫?」

「とりあえずは……」

 本当ならもっと本部とかで長時間の事情聴取とかされるんだろうが、現場にいたのがレモさんだったこともあり、かなり早く解放された。

 曰く、レモさんはかなり優秀なレンジャーらしく、同業者からも評判なので証言がはっきりしていることと、わざわざ爆発騒ぎを起こす理由もないということから同行者である俺らも解放されたのだ。

 レモさん、実は結構すごい人なのでは?

「フレイヤ、もう少しお願いね」

 足が痛むオチバを乗せたフライゴンを気遣うがフライゴンはすごく不機嫌そうな顔をしている。

「……なんか、すごく機嫌悪そうなんですけど」

【なんかこの女やだ】

 フライゴンがそうぼやくが俺にしか言葉が通じないのでレモさんは「なんでだろう……疲れた?」と不思議そうにしている。一方オチバは慣れているのか察した様子で頬に手を当てて呟く。

「嫌われちゃったわぁ」

 やっぱり何か呪われてるんじゃないか? フライゴンのこともよく知っているわけではないので何とも言えないがレモさんの手持ちすら拒否反応を示すとは。

 ポケモンセンターについて、一応手当てはもうしてるのであとは安静に、と再度レモさんに注意されたオチバは「はぁーい」と本当にわかってるのか微妙な声で頷いた。

 そして、さっきから無言のアクリを見るとなぜかオチバをじっと見ている。無口というか喋るのが面倒らしいけど声をかけたほうがいいんだろうか。

「アクリ、ここまで付き合ってくれてありがとな。もう大丈夫――」

「一緒にいる」

 さりげなくお別れしよう作戦は無理でした。口数は少ないのに確固たる意思を感じる。

「というか、離れる方が、危険かも、だし……」

 アクリがじっとオチバを見るとやや険悪な雰囲気が漂う。俺だけ離れたい。

「んー、そうねぇ。顔覚えられちゃったものねぇ。ごめんなさいねぇ」

 まったく悪いと思っていない謝罪はもうこの際どうでもいいので去り際にあのサディが言っていた言葉を思い出す。

 

『全員顔を覚えたからな! せいぜい1日でも長生きできることを願うんだな!』

 

 もしかしなくても、これ、俺まで狙われる対象に含まれたのでは?

「ちなみに私のせいで死んだ人はそこそこいるからみんながんばってね」

「おま、お前さぁ! ほんっとふざけんな!」

 怪我人であるにも関わらずオチバの胸ぐらを掴み上げると気の抜けた「あらあら」という声と、止めようとするレモさんの腕が伸びる。

「ちょ、ちょっとハツキ君! やめなさいって」

「レモさんでもこいつのせいで俺らまで――」

 アクリが裾をくいくいと引っ張るので振り返るとポケモンセンター中から視線を向けられていることに気づいてすっと冷静になる。やばい、これどう見ても俺が悪人にされる図式だ。

「ひ、ひどいわ……いきなり掴みかかるなんて……」

 さっきまでのクソみたいな態度はどこへ、いかにも被害者面したオチバが片方しか見えない目をうるませてうつむく。うつむきながら肩を震わせてまるでかよわい少女アピールだ。

 

 いるかもわからない神様、俺をこの世界に転生させたのはまだ許そう。ポケモンの言葉が理解できるのもまだ許す。だからオチバを殴れる権利をくれ。

 

 ていうかよくみるとうつむきながら笑ってんじゃねぇかこの女。サディが俺の出会った最悪の女ランキング1位かと思ったけど今はぶっちぎりでオチバだ。不動の1位になりかねない。

 世間の目はどうあがいても女に有利に働く。明らかに向こうが悪くても俺が手を出した時点で負けなのだ。もうやだ。

【な? 嫌な女だろ】

【ほんとにな】

 肩にいるエモまるとレモさんのフライゴンがうんうんと頷く。そうだな、お前らの野生の勘は正しかったよ。手持ちだけどな。

「と、とりあえず二人共落ち着こう? ねっ?」

 大天使レモさん。こんなやつ庇わなくてよかったと思います。

「色々あったけど、たしかに今お別れするとさっきのやつらがまた襲ってきたら困るし、とりあえずこの町にいる間は一緒にいましょう? ハツキ君、大丈夫?」

「大丈夫ですが俺、図書館で調べ物したいんですよ」

 元々この町に来たかった理由がそれだし、それさえできればあまり長居するつもりもなかった。

 さすがに今日はボロボロというか疲れたので休みたいが。

「じゃあ、今日はもうセンターで休んで、明日みんなで行きましょう。不安なこともあるかもしれないけど明日にでも相談しながら決めればいいわ」

「はぁーい、そうするわぁ」

「ミーも、それでいいよ」

 すごい……レモさん以外厄い女しかいない……。いやアクリは厄ではないんだけどなぜかたまに距離が近いっていうか露骨っていうかこう、あれだ……。そんなにするならはっきり言って欲しい。そしたらこっちも応えるなりなんなりできるんだけど。

 

 旅に出た時はもうこの世界での実家に帰りたくないと思ったけど、この人生で初めて実家に帰って一人になりたいと切実に思う。

 

 

 

――――――――

 

 

 ぶすくれた様子で苛ついたように指でトントンと机を叩く男にサディは声をかける。

「そんなに怒るなよピー」

「お前があそこで助太刀に入れば僕は捕まらずに済んだんだが!?」

 銀髪赤目の白服男は苛立ちながらサディに言う。

 森で手分けしてオチバを探していた二人だったが男がオチバを見つけた後、なぜか合流しなかったサディに対して怒りを隠しきれない様子だ。

「だいたい結局その後一人になってあの女を捕まえそこねるとか馬鹿だろう! 馬鹿、大馬鹿、ヤドンの方がまだ賢いわ!」

「ヤドンのしっぽ美味しいじゃん」

「そういう話をしてなああああああい!!」

 ダンダンと机を叩く男にサディはけらけらと笑ってパソコンを立ち上げる。

 二人がいる場所はいわゆる秘密基地のようなもので必要最低限のものしか置いていない。パソコンと調理用の鍋、あと保存食やタオルなどだ。

「いいから旦那に連絡しよーぜ。お前が釈放されたのも旦那のおかげなんだろ?」

「ああ…………だから気が重いんだ。何を言われるかわかったものじゃない」

 呑気そうに映像つきの通話するために準備するサディとは対照的に男は頭を抱え、その時を待つ。

 コールしてしばらくすると映像は映らないが通話が繋がった。

『どの面下げて報告しに来た?』

「申し訳ありません! 申し訳ありません! あと釈放の根回しありがとうございました!」

 土下座せん勢いで机に頭を打ち付ける男を見てサディは声を出して笑い、二人の上司であろう人物は無言で威圧した。

 さすがにサディも怒っているのが伝わったからなのか笑うのを止めカメラに向き直る。向こうにはこちらの様子が映っているのだから。

『素材は足りてないんだ。別に役に立たないならそっちでお前らを役立てるだけだが?』

「以後気をつけるのでどうか! どうかそれだけは! ほらサディ! お前も頭を――」

『……ピートレクト、サディ。あまり無様な失敗報告をするなよ。引き続きあれを捕獲するのが任務だ』

 謝罪されるのも面倒だとばかりにピートレクトの言葉を遮ると、ある意味度胸があると言えば聞こえがいいが無謀な疑問をサディは言い放つ。

「ていうか旦那。こっちもう一人増やしたりしてくれないの? 絶対に捕まえたいならその方がいいじゃん」

 ピートレクトが真っ青になりサディの口を塞ぐが重いため息が通話越しに聞こえ、ピートレクトは内心(もうやだ)と呟く。

『人手が足りないと言っているだろう。今動かせる駒はお前らくらいしかいない。時がきたらお前らもこちらにきて本格的にやることがある。その前に、捕まえろと言っているんだ。ヤドンのほうがまだ物分りがいいぞ。なぜ1から10まで説明しないとわからないんだ』

 上司の声は明らかに苛立ちが滲んでおり、ピートレクトが頭を下げながらカメラ越しに懇願する。地味に上司と同じたとえをしていることにみんな思うことが同じと微妙な気持ちになっていた。

「ほんっとうに申し訳ありません……僕からもよく言っておくのでサディの馬鹿の発言はお気になさらず……」

『もう切るぞ』

 ぷつりと通話が切れ、サディがあくびをしながらクルマユのように毛布に包まるとピートレクトは笑顔で激怒しながらサディの両頬をつねった。

「なにふるんらよー」

「馬鹿! 大馬鹿! ヤドン以下! あの人に変なこと言ったらお前がまずいんだぞ! 僕がいなかったら――」

「でもピーがいつもなんとかしてくれるじゃん?」

 信頼しているといえば聞こえがいい。丸投げしているといえばろくでもないサディの物言いにピートレクトは何度目かわからない頭痛に頭を抑えた。

「……お前、僕が死んだら絶対生きていけないな」

「え~? ピーってしぶといから大丈夫大丈夫。ちゃんと戻ってくるってわかってから捕まっても放置したんだし」

「そういうのいらないから助けろ!」

 妙な信頼関係を築く白服の二人は今日の出来事を振り返り、少しだけ真剣な表情になる。

「あの女は捕まえるにしても……ほかの3人は絶対に始末する。思いっきり見られたし、ていうか収まりがつかないし」

「レンジャーの女は敵にするには危険過ぎると思うが。あれはかなり強いぞ」

 ピートレクトが地面にレモンを模した絵を描きながら対策を考えてみるが手の内が明らかでない以上、ぶつかるのは得策ではない。

 二人してろくに歯が立たなかったレンジャーことレモンに頭を悩ませる。一人ならダメでも二人なら――と考えるがそれで二人共負けたら笑いものだ。

「逆に、雑魚男ともう一人よくわかんないチビ女は余裕だと思うんだよねー」

 今度はサディが地面にピートレクトより上手くハツキとアクリの絵を描き、少し離れた場所にオチバを描く。自分より絵が上手いサディに少し嫉妬しつつもピートレクトは話を続ける。

「サディ、あの女、一人で行動すると思うか?」

「しないでしょー。だって寄生しないとなんもできないじゃん。()()()()()()。ピーもそういうアバズレ女だってよーく知ってるだろ」

 自分が助かるためにたくさんの人間を踏み台にして、今も逃げ続けるオチバをせせら笑う。なんせ、ポケモンに好かれないのだ。自分がバトルで強くなることも絶望的である。

「……ならその3人と行動すると? たしかにまとめてどうにかできるがその分、レンジャー女が近くにいるという問題が増えるぞ」

 レモンの絵の横に『要警戒』と書き、ハツキとアクリには『たいしたことない?』と書き足したピートレクト。それにサディは当たり前のように答える。

「なら()()()()()()()()()とればいいだけじゃん」

 ハツキの絵の横に『ひとじち』と書いて、サディは笑う。

「せっかくの追加玩具だ。楽しまないと……」

 やや危ない目になったサディの額を指で弾いたピートレクトはため息をつく。

 サディは放っておくと軽く発狂したようにおかしくなる。それを制御できるのはピートレクトだけだった。上司にも、それができない。要は外付けのストッパーだ。

「一人で突っ走るな。お前が遊ぶのは止めないが僕がいることも忘れないで動け。いいな?」

「はいはい、ピーは相変わらずうるさいねぇ」

 描いたハツキの絵……特に顔の部分を重点的に木の枝で抉り削るサディ。

 ピートレクトは今後のことを考えながら胃が痛くなるのをおさえられず、慣れたように胃薬を呷った。

 

 

 

 




サディの手持ちはとにかく素早いポケモンばかりです。少なくとも最低でも全員S種族値110は越えてるが基準。この言葉の意味がわからない人はとにかくすばやいポケモンが好みなんだなぁくらいに思ってください。次あたりで話のメインがようやく出ます。
あと1話で微妙に抜けている描写があったので加筆しました。

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