ポケモンの言葉が理解できるんだがもう俺は限界かもしれない 作:とぅりりりり
ジムリーダー対抗戦! ~入場~
「いい天気だね……」
「うん……」
穏やかな午後の日差し。その中でアクリと一緒にいる。
柔らかな膝枕と頭をなでてくるアクリの手が妙に心地よい。
――何もしたくない。もう全部アクリがなんとかしてくれるし俺は何もしなくていいじゃないか。
「おねむ、なの?」
「うん……」
「そっか……じゃあ二人が戻ってくるまではねんね、して……いいよ……」
「うん……」
そういえばなんで今二人だけなんだっけ……。思い出せない。考えようとすると頭が痛いし、なにより霧の中にいるみたいで億劫だ。
「……かわいい……ハツキかわいいよ……」
「うん……うん?」
「いいよ、何も考えないで。ミーはずうっとそばにいるよ。大丈夫だよ」
そっか、じゃあ何もしないでいいや。
【ハツキー! 正気にもどれー!】
【すてんばーいすてんばーい】
あれ、なんかエモまるとふぅこがやりあってるな……まあどうでもいいか……。
「ふふふふふ……ハツキだぁいすき。ずっと……ミーを頼ってね……」
「うん……」
俺幸せだなぁ。アクリが全部してくれるって、なんて幸せ……しあわ……し…………?
――はっ!?
もやもやした思考が唐突に晴れて鮮明になった自分の状況に、思わず呼吸が早まる。
アクリに膝枕されているがその直前の記憶が曖昧だ。何があった? ていうか俺なんかさっきまで何考えてた?
ちらりとアクリの顔を見上げると穏やかな顔のアクリの手が俺の腕に伸びてくる。導かれるままに浮いた手はアクリの背丈の割に豊満な胸に押し付けられる。
「――――あばっ」
「男の人って、こうすれば嬉しい、でしょ」
好きです嬉しいです脳内もギンギンです。
どうしてこうなった? 真面目に前後の記憶がないせいでなんでこうなっているのかさっぱりだ。
むにむにと柔らかな感触でまたぼんやりしてしまいそうになる。だめだ正気を保て。
するとぼんやりと俺の脳内に囁きかけてくる悪魔の囁きが形となって現れる。やばい、幻覚まで見えてきた。
『いいじゃないの~。そのまま身を委ねてしまえば何も考えずに幸せになれるんだもの。それの何がいけないっていうのぉ』
くっ、俺の空想上の存在だけあって異様に悪魔の姿が似合うなオチバめ。本人も若干言いそうなのが腹立つ。意地悪く笑うオチバの姿がデフォルメされており、自分の幻覚ながら再現度が高い。
『駄目よハツキ君……堕落した関係は後々不幸にしかならないわ』
すると今度は天使姿のレモさんが現れる。俺のイメージが見事に出ていてなんというか、ちょっと自分の脳内戦争なのにコントみたいだ。
『いい? 自立してこそ対等の関係になれるの。おんぶにだっこじゃ自分を見失っちゃうわ。正気に戻って……!』
さすが大天使レモニエル。いいぞもっと言え。
『それの何がいけないのぉ? お互いそれで幸せならよくない?』
『え、でも……』
負けるな、大天使レモニエル。悪魔オチバに呑まれちゃ駄目だ。負けるな俺の良心と自制心。
『幸せのあり方なんて人それぞれ……まさか他人にそれを押し付けるつもりなのかしらぁ』
『え、いやそんなつもりじゃ……』
くそ、この悪魔、もとい俺の邪心強い。
『いいじゃない! 不健全! 不道徳! ふしだらな関係! この世は堕落に満ちてるわぁ~』
『う、うぅ……で、でも……』
『まあまあ、お堅いことはよしてほら、ね……?』
『きゃあー!』
悪魔オチバに天使レモさんは敵うはずもなく、俺の脳内から消滅して堕落を推奨する思考だけが残った。
なんか、もう、面倒だもんな……。
撫でられるの気持ちいい……おっぱい最高。もう俺の人生はアクリがなんとかしてくれる――
「ハツキ君! しっかりしてね! ほら、いくよ!」
「え~い」
ぽかぽか日向ぼっこを満喫していたところに急に謎の液体が入ったお椀を口に押し当てられ、抵抗する間もなく口から喉へとその緑色のどろりとした液体が流れていく。
「がっ、げほっ!? な、なん――にっが!?」
「よかった、正気に戻ったようね……」
むせ返っていると安堵したように胸をなでおろしているレモさんがすぐそばにいることに気づいて今の状況が益々わからなくなる。
「ど、どういう状況ですかこれ……」
まだ口の中が苦くて時折咳き込んでしまう。水をもらって口内を潤すがまだ苦味が消えない。
「覚えてない? あの二人組の使った薬品をもろに浴びちゃったハツキ君がおかしくなっちゃって、このままだと人に言われるがまま従っちゃう人形状態って状況だったから急いで私とオチバさんで解毒するために薬草取ってきてたのよ」
待ってほしい。なんでナチュラルにそんなやばい薬品の解毒方法知ってるんだレモさん。いやおかげで俺が正気に戻れたしいいんだけどこの世界のレンジャーはそんなにやばい薬の対処法も学んでるのか?
「アクリちゃんにはハツキ君がちゃんと正気でいるために声かけ続けてってお願いしてたのよ。おかげでちゃんと間に合ってよかった。薬が回っちゃうと困るから連れ回すわけにもいかなかったしね」
アクリ、俺を見ろ。目を背けるな。ふぅこもだ。お前らちゃっかり俺を洗脳しようとしてたよね?
オチバはくすくす笑いながら「よかったわねぇ」と他人事のように言う。そうだ思い出した。俺オチバを庇って薬品もろに吸ったんだった。この野郎、お前のせいじゃねぇか。
「さて、念のため休憩をとったら出発しましょう。町までそう遠くないしね」
白服コンビの対処はもう済んでいるのかレモさんは相変わらず頼りになる。俺の最後の希望だ。オチバは相変わらずクソだしアクリはちょっとたまに怖い。
本当に、この旅大丈夫なんだろうか……。もうだいぶあの旅立ちから時間は経つが一向に不安は消えないのであった。
――――――――
もうすぐ着く町であるテトノシティは都会というほどではないが、多くの人で賑わっている観光地で、船も出ている。他地方へ向かうならここにくるのが手っ取り早い。
町の入口に近づくにつれ、やけに人が多いような気がして心がざわつく。人が多い、つまりポケモンも多いわけで――。
「はーい! ジムリーダー対抗戦を観戦する方はこちらになりまーす!」
入り口で案内の人が看板を掲げながら人を誘導している。ジムリーダー対抗戦、という言葉に俺たちは揃って首を傾げた。
「あ、旅の人ですか。今日から3日間、新しく完成したバトルフロンティアのお披露目が行われているんですよ」
チラシを手渡され、読んでみると開催セレモニーでアマリト地方からジムリーダーを招いてこのイドース地方のジムリーダーとの対決を行うイベントが開催されるらしい。
1日目、今日の夕方からジムリーダーの紹介と施設のオープン記念のパフォーマンスバトル。
2日目の明日にジムリーダー対抗戦本番。
そして3日目にはバトルフロンティアの施設挑戦解禁と閉会式。
だいたいこんな感じの日程で、内部には出店もあるらしく、かなり力の入ったイベントだ。
「へぇーすごい! アマリトジムリーダーっていえば強者揃いで有名なんだよ」
チラシを覗き込むレモさんが関心を示す。アクリもチラシの下部をやけに見ており、一応興味はあるようだ。一方オチバは無表情で俺から一歩距離を取る。いつもおかしいが今日は特に変だ。
「せっかくだし見ていく? 明日がメインだけど開会はこれからだし」
「俺も興味あるんですけど……人……人が多いんだよなぁ……」
興味は当然ある。というか俺だって別にポケモンバトルには興味あるのだが周りに人が多いとどうもストレスがたまる。
というかこれだけ人がいるのに席は確保できるんだろうか。
アクリが携帯をいじりながら「行こ」と手を引くのでとりあえず4人で会場の方へと向かった。
会場の入り口の受付は人手ごった返しており、恐らく中の席はもう立ち見くらいしかない。その様子を見てレモさんは残念そうな顔をする。
「あー、さすがにこれだけのイベントだしそりゃそうだよね……」
「まあ中継もあるみたいだし俺らはおとなしくポケセンで……」
あきらめムードでいるとアクリが特別受付の方に一人で向かい、止める声も聞かず受付の人間と何か話だす。あれは恐らく関係者用か裕福層の特別席っぽいのだが……。
しばらくして戻ってきたアクリに「ほら、ポケセン行こうぜ」と声をかけるとドヤ顔で首から下げる入場証を4つ手にしていた。
「ええっ!? ちょ、ちょっとそれどうしたの!?」
レモさんは声を大にして驚き、俺は理解が及ばなくてぽかんとしてしまう。オチバも目を丸くしながらその入場証を見つめる。
「ミーは……このバトルフロンティアのスポンサー会社の……仕事、してるから……といっても、外注だけど……関係者優待で入場できる……」
薄々思っていたけどアクリってとても身分が高い人間では?
にしても4人分もらえるとかどんなコネだよそれ。
「一応……社長の知り合い……というか……スポンサーのシリウスカンパニーって……知ってる?」
「えーと……なんか大きい会社だよな」
時々シリウスカンパニーの商品は見かけるがどんなところかまでは知らないため漠然とした答えになってしまう。ゲームで言うシルフカンパニーくらいに思っていた。
「あそこ……小さい会社時代から……社長がミーのデザイン、気に入ってくれて……結構融通してくれる……」
突っ込みどころが多すぎて整理できない。シリウスカンパニーって新興会社なのか。ていうかアクリ何歳の頃だよそれ。
「あ、思い出した! シリウスカンパニーってクコ地方でここ3年ほどで成り上がった会社だっけ。超ホワイトで志望者の倍率がすごいって聞いたことある。しかも社長ってまだ若いって。確か創立時は社長が15歳とかで雑誌とかでよく特集組まれてたし」
「社長……目の付け所が……人と違って……面白い、から……」
一般市民の俺には遠い世界の話すぎてちょっと何言ってるのかわからないです。
そんな上の世界の話をされたけどとりあえず入場してみるとぎゅうぎゅう詰めの席ではなく、程よく落ち着いて見れるような観戦席が並んだエリアに出た。ぐるりと見渡すとドームの円状に溢れんばかりの人が詰まっている。
「ちなみに……社長が……気を利かせてくれたから……ミーたち、ここ泊まれる、よ」
「よくわからないけど俺達は社長さんに会ったら頭を下げないといけない気がする」
どうやら3日に渡るイベントなのでフロンティア内部のホテルの宿泊権もついてくるらしい。至れり尽くせりで申し訳なくなってきた。
「すごいねー! しかもこの角度だとモニターもよく見えるし!」
レモさんくらい素直に喜べるようになりたい人生だった。急に甘やかされると不安になってくる人間なんです俺は。
【すげー! めっちゃ広いなー!】
エモまるも俺の肩ではしゃいでいる。やっぱり広いフィールドとか好きなんだろうか。まあポケモンもそれぞれなので一概にいえないんだけど。
「はあ……」
オチバがやけに気の抜けたため息をつくのでどうかしたのかと見てみるが物憂げな様子でフィールドを見つめているだけで何もわからない。
「どうしたんだよ」
「いえ……さすがに向こうからは見えないといいなぁって」
「ん? 何が?」
聞こうとしたその時、開幕を告げるブザーが鳴り響き、そのまま俺たちも着席するとスポットライトに照らされた露出が多めのかわいい女性がマイク片手にゴチルゼルとともに宙に浮きながら現れた。
『イドース地方最大の施設、バトルフロンティアの開設を記念して行われる一大イベント! ジムリーダー対抗戦、前夜祭! ジムリーダーズの紹介及びデモンストレーションの解説を務めさせていただきますはこの私! 今をときめくメルティちゃんです!』
きゃぴきゃぴしたアイドルといったところだが恐らくゴチルゼルの力で人を引きつけるパフォーマンスをしながら施設の様子が映るモニターを示す。
パチンと指を鳴らすと同時にモニターが切り替わり、8人分のシルエットが映し出された。
『それでは今宵、アマリト地方よりお越しになられたジムリーダーズをご紹介!』
その声を合図にフィールド中央がのステージが煙とともに開いて中から8人の人影が浮かんでくる。モニターが8人のシルエットの一人をクローズアップすると煙の中から着物姿の男が現れた。
『クールな拳に込めるは熱い闘志! ワコブシティジムリーダー・ケイさん!』
気だるそうな眼鏡の着物男。モニターに表示されたのは格闘タイプの使い手ということとシルエットが色づいた写真へと変わったもの。プロフィールが切り替わったのはアップになった男の顔で、すごく面倒そうな表情をしていた。
次いで飛び出てきたセーラー服のような姿をした少女。
『水も滴る浜辺のセーラー少女! ハマビシティジムリーダー・ナギサさん!』
水タイプ使いの情報が表示され、アップになったカメラに可愛らしく笑顔を向けくるりと回ってみせる。先程の着物男のときより歓声が多く、人気のほどが伺えた。
『不気味に微笑むゴーストレディ! レンガノシティジムリーダー・リコリスさん!』
次に出てきたのは黒いゴシックドレスの女性。ゴースト使いであり、前髪とヴェールで顔を隠したその人は一礼すると妖艶なオーラをまとい、カメラに薄く笑ってみせた。その瞬間、オチバの肩が僅かに揺れる。
知っているのか、と聞こうと思ったが次の紹介が始まったのでタイミングを逃してしまった。
『大地とともに生きる穴掘り名人! グルマシティジムリーダー・コハクさん!』
ポニーテールの女性が作業着らしきものを肩に羽織って現れ、カメラに馴れ馴れしくピースしてみせる。褐色肌に薄めの髪色でとても印象に残る人物だ。地面タイプ使いということもあってか健康的な体つきをしている。
そして、次の紹介に切り替わったところでさっきまでとは比較にならないほどの黄色い声が上がる。
『才色兼備、乙女の味方、花の貴公子! ラバノシティジムリーダー……キャアアアアアッ! アンリエッタ様ー!』
現れたのは超美形のイケメン――いや、胸があるので女だ。一言で表すならば王子様。そんな気品ある人物はカメラがアップになるとウインクして更に会場を盛り上げる。声の大半は女なのだがちょくちょく男の歓声も聞こえてくるので人気のある人物なんだろう。草タイプ使いということらしいがあんまり顔とタイプが結びつかない。
『輝く叡智、ミスタージーニアス! アケビシティジムリーダー・オトギさん!』
先程までの派手なパフォーマンスとは打って変わって控えめに現れた男は小さく笑うだけだ。眼鏡をつけた理知的な人物だが表情が読めない。いかにもという感じだがエスパー使いらしい。
『寡黙な電流、迸る職人魂! ロードネシティジムリーダー・イヅキさん!』
続く人物も派手さや盛り上がりがなく、嫌々という様子が隠しきれていない。だるそうに現れ、鬱陶しそうにゴーグルの位置を直している。最初はがねタイプの使い手かと思ったがどうやら電気タイプらしい。
『そして最後はこのお方! 元アマリトチャンピオンにして最強の代名詞とも謳われた鋼鉄の女傑、ユーリ様です!』
その人物を見た瞬間、思わず息を呑んだ。
風で揺れるミディアムヘアは覚えのあるブラウンカラー。小柄で、少年か少女に見える背丈。中性的で人を引きつける整った顔立ち。不機嫌そうな目はやはり覚えのある緑色。
鋼タイプのジムリーダー。その幼くも風格ある人物。覚えがあるのも当然だ。
――そう、オチバに瓜二つだったのだから。
アマリトジムリーダーは新新トレの方のキャラなのでそちらもよろしくね。イドースジムリーダーは次話。合わせて16人とか作者は多分マゾ。
今回の話はしばらくジムリーダー同士のバトルばかりなのですが別に名前は無理して覚えなくても大丈夫です。とりあえずハツキたちが観戦してるって感じでお楽しみください