限りなく現実に似た世界で   作:気分屋トモ

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やぁ、友人に以前コーヒー片手に作業してる姿が社畜みたいって言われた気分屋トモです。受験シーズンは皆眼が腐ると思います。
初めに言っておきます。当初の予定と違いすぎてもはや別物になった所為で彼女の出番はまだ先になりました。すんません。次回はきっと出るはずです。
また、何故か色々書いていたらいつの間にか字数が前回よりも少しだけ増えました。何故だろう、一回に書き込むスピードが段々上がっている気がする……。現実逃避能力だけ妙に身についてきた今日この頃です。
そんなこんなで書き上げた第四話です。それでは、どうぞ。

~追記~
加筆修正しました


一人でない彼らの夜は長く、暖かい

 雪ノ下と語り合って少し経った真夜中。本来なら俺達は寝るべき時間ではあるが、今日に限ってはそういう訳にはいかない。なので現在、俺達三人は宿のリビングで今後の話について話し合っている。

 

「――それで、悪いんだがキリハにはしばらく俺達が一人でも戦えるように指導して欲しいんだが……頼めないだろうか?」

 

 テーブルを囲うように設置されたソファに座ったまま、目の前に座ったキリハに俺は頭を下げる。

 

「キリハさん。私からもお願い出来るかしら。出来ればその、彼を守れる、くらいには……強くなりたいの」

 

 キリハの隣近くに座る雪ノ下も、俺と同じように頭を下げてお願いする。年下に頼るのは情けないかもしれないが、この世界は実力が全て。知識や技術も乏しい俺達は知り合いのいないこの世界では彼女に頼る他ない。

 

「私は大丈夫ですよ。だからその、顔を上げてくれませんか?」

 

 キリハがそう言うので俺達は顔を上げる。見てみれば、彼女は笑顔で俺達二人を見てくれている。

 

「私からもお願いします。もしよろしければ、お二人とも私とパーティを組んで頂けませんか?」

 

 ……本当、良い子だな、この子は。彼女が頭を下げてこちらへそう提案してくれるのを見て、俺は内心そう思う。

 

「あぁ、喜んで。よろしく頼む、キリハ」

 

 だから、彼女の求めているであろう答え方で俺はその提案に乗った。

 

 だが、雪ノ下はそれが出来なかった。

 

「あの……ごめんなさい。パーティとは何かしら? 別に今から催しものをやる訳ではないのは分かるのだけれど……」

 

「……え?」

 

 俺とキリハの声が被る。当然だ、流石に予備知識無しにこのゲームをやっているとは思っていなかったからな。それも、雪ノ下だし、何なら俺より詳しいと思ってたからな。

 

「……すまんキリハ、出来ればこの世界の常識的な部分を雪ノ下に教えてやってくれないか?」

 

 再び俺はキリハに頭を下げる。何か俺、今日頭下げてばっかだな。男の矜持とか欠片もないが、何かそれはそれで悲しくなるな。

 

「あ、はい、それは良いんですが……雪ノ下、さん? は今回がこの手のゲームは初めてですか?」

 

「えぇ、初めてよ。何しろ、姉に無理矢理押しつけられてこのゲームを始めてしまったから」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 キリハが雪ノ下のプレイ動機を聞いて驚いているが、あぁ、と俺は内心雪ノ下がゲームを始めた理由を聞いて納得した。だって魔王だよ? 従わなかったら何されるか分かったもんじゃねぇからな。大方、弱味につけこんで押しつけたのだろうな。

 

 ただ、一つだけ。何故あの人がこのゲームを雪ノ下に薦めたかが分からない。大抵は面倒事を持ってくるあの人だが、それには何かしらの理由があってのものだ。まぁ、その大抵は面白半分なのだろうが、それでも時々こちらの嫌な部分を暴くように、何もかも知ったような行動を取るから本当に面倒なのだ。

 

 しかし、それなら今回のような事態が起こりうることも想定していただろうにと、俺は思うのだ。傍から見れば前代未聞の大量殺人事件の渦中に放り込まれた訳だが、彼女なら何となく、こうなることが分かっていたんじゃないかと、俺の感がそう告げるのだ。いや、流石にあの人も全知全能ではないことは分かってはいるのだが。……どうも腑に落ちない。

 

 今は考えても仕方ないかと、俺はその思考を頭の片隅に放置して話を続ける。

 

「雪ノ下、お前プレイヤーネームは何て設定した?」

 

「ユキノよ。そういえば、貴方はハチ、だったかしら? 何故本名じゃないのかしら、偽装谷くん?」

 

 雪ノ下は俺の質問にいつもの調子で返す。そう、現実と同じように、いつも通りに、だ。

 

「……この通り、コイツはこの手のネットにおける知識が欠落している。多分、ハンドルネームとかも分からんはずだ」

 

「その様ですね……。あと、ハチさんっていつもこんなこと言われてるんですか? もしかしてM……」

 

「違うからな? コイツが毒舌なだけで俺は望んでないし喜んでもないからな?」

 

 あらぬ誤解を招く前に俺は食い気味にキリハに説明する。いや、確かにもう慣れちゃったけど俺は断じてMじゃないからね? 内心傷つくことだって一杯あるからね?

 

「ちょっと、流石に話に置いていかれるのは不服なのだけれど、浮気谷くん?」

 

 プクッと軽く頬を膨らまして不満を言う雪ノ下。何、君フグか何かなの? 怒ると膨れちゃうやつなの? 可愛いんでどうぞ続けて下さい。

 

「悪かったよ……まぁ、こんな感じだ。一応キリハには言っておくが、俺の本名は比企谷だ。コイツが勝手に罵倒用に変換してるだけだから気にしなくて良いぞ」

 

「はぁ……そうですか」

 

 納得……してもらえたのだろうか。少し怪訝な様子でこちらを見られるが、多分大丈夫だと思いたい。雪ノ下さんはそろそろ俾睨するの止めて欲しいのですが。段々気温が下がってる感じがして俺気が気じゃないんですけど。

 

「と、とにかく頼めるか? 取りあえずで良いんだ。頭はかなり良いからすぐ覚えるぞ」

 

「人を勝手に子供扱いしてくれるかしら? 私もそれなりに勉強はしたのよ」

 

「ほう? じゃあキリハ、いくつか質問してやれ」

 

 俺は現状どれだけ雪ノ下がネットについて知っているかという興味本意でいくつかキリハに質問させる。

 

「えっと……じゃあ、何故ハチさんをリアルネーム、なのかな……で呼ぶんですか?」

 

「彼の名前だもの、それで呼んではいけない理由はないじゃない」

 

 あぁ、やっぱそこについてはそういう解釈なのか。確かに、それを知らない人間からしたら、本名を呼ばない方が不思議なのかもしれない。俺の場合はリアルも本名で呼ばれることが少ないからあんまり気にしてないけど。

 

「……基本ネットにおいてはリアルの身元がバレないように基本はプレイヤーネームで呼ぶのがルールです。もちろん、相手全員がリアルの知り合いとか気の置けない人間だとか、状況によって左右はされますが」

 

「そ、そうなの……」

 

 雪ノ下よ。驚いているようだが、それくらいは中学生でも知ってることなんだぞ……。

 

「では次に。このゲームは俗にMMORPGと呼ばれるゲームですが、その特徴をどれだけご存じですか?」

 

「えっと……Massively Multiplayer Online Role-Playing Gameの略だったかしら。大規模多人数同時参加型オンラインRPGと書かれていたけど、とりあえず多くの人間が介在するゲームと思えば良いのかしら?」

 

 あぁ、そこは一応調べたのね。正式名称は俺も覚えてはなかったが、やっぱ何の略か気になるよね。ソシャゲあんまりやらないから聞き慣れなかった単語だったし、雪ノ下ならなおのことだろう。

 

「大体そんな感じです。RPGの基本として、特徴を上げるならレベルと呼ばれる概念が存在しますが、これは郊外に発生するモンスターを倒すことで経験値を獲得していくことで上がります。レベルが上がればステータスが上昇したり、新たなスキルを習得出来たりします」

 

「スキルというのはどんなものかしら」

 

「色々あります。個人的にオススメなのは敵の位置と数がある程度把握出来る《索敵》とかがあります。他にも純粋にステータスを上げるスキルだったり、《リジェネ》と呼ばれる自動回復スキルもあったりしますし、攻撃時にもソードスキルと呼ばれるものを使うことで相手に多大なダメージを与えられることも出来ます」

 

「そう、色々あるのね……量によっては全部覚えられないかもしれないわね」

 

「全部は流石に厳しいですね……私でも自分が使えるスキルくらいしか把握してませんし。あ、あと他にも《料理》スキルや《鍛冶》スキル、《釣り》スキルなど戦闘に関係ないものも多数存在しますし、他にも――」

 

 そこからのキリハの説明は語ると長いので割愛させてもらう。俺も分からないことがないとは言えないので話は一応聞いていたが、キリハの話が思ったよりマイナーな方向に進むことも多々あったため、俺も途中いくつか指摘することとなった。キリハの常識、多分ヲタクのそれだわ。目がまたしいたけみたくなって爛々と輝いてるんだもの。雪ノ下がちょっと引いてたぞ。

 

 だがまぁ、それを差し引いてもキリハの説明はやはり為になるものだったと思う。基本的にボッチを貫いてきた俺にはパーティはまだしもレイドとか全く分からんからな。キリハ自体もあんまり参加はしていなかったようだが、やはり経験者がいるのといないのとでは違うことがよく分かる。ボスを押しつけられた時の話とか俺みたく目が死んでたからな。何かあったんだろう、深くは聞かない。

 

「そろそろ切りましょうか。明日もありますし、出来れば睡眠時間は削らないようにしとかないといけませんし」

 

 キリハの言葉で俺は時計に目を向ける。気がつけば、あと一時間で日付が変わろうとしていた。確かにそろそろ寝ないと明日の戦闘にも響くだろう。HPゼロ=死の世界で、油断するようなことは出来ないからな。

 

「そうね……そういえば、部屋はどこかしら?」

 

 ふと、雪ノ下がそんな疑問を口にする。思えば、部屋の位置とか全然把握してねぇな。ちゃんと三部屋あるのだろうか。

 

「あ、それなんですが、ここプレイヤーが泊まれる部屋が一つしかないんですよ。お風呂とかどうしますか?」

 

 ピシッと、何かに亀裂が入った気がした。え、今何て?

 

「あの、キリハさん? まさか一部屋に全員で泊まる気なのかしら?」

 

 雪ノ下も俺と同じなのか、顔には冗談であって欲しいという思いが浮かんで見える。

 

「え、駄目でしたか? 三人までなら泊まれて、なおかつ安く済むし、お風呂も付いてるんでかなりお得だと思ったんですが……」

 

「いえ、お得とかそういうことではないの。もっとこう、ほら、色々とあるでしょう?」

 

「色々……あぁ! ここタダで牛乳飲めますよ! しかもバフ付きです!」

 

「いえ、だから違うの……そうじゃないの……」

 

「え、違うんですか……もしかして、私と泊まるのが嫌、とか?」

 

「そういう訳でもないの! 決して、貴方が嫌とかそういう訳じゃないわ」

 

「そうなんですか、良かった……」

 

「あぁ、遠回しに伝わってない……」

 

 雪ノ下が暗に俺が一緒に泊まることを言おうとしているのが分かる。ありがたい、正直俺からは言いにくいところではあったからな。

 

 しかし、この娘、中々に鈍感であった。あの雪ノ下が頭を抱えて困っている。この姿を見るのは由比ヶ浜の料理の依頼の時以来じゃなかろうか。そう考えると、キリハも中々に問題児である可能性がある。ソースは俺ら。揃いも揃って性格に難有りだからな。

 

 ふと、雪ノ下の方を見れば俺に助けを求める視線を送っていた。それも、若干涙目で。雪ノ下さんこの一日で何かメンタル弱くなってません? 普段とのギャップも相まってそろそろ可愛さが天元突破しそうなんですが。

 

 仕方ない、意を決して俺が彼女に説明するとしよう。

 

「あのなキリハ、普通は女の子は一緒の部屋に男を泊めるべきじゃないんだ。だから、出来れば俺だけは他の宿にだな……」

 

「は、ハチさん、一緒に泊まってくれないんですか?」

 

 俺が部屋に泊まれないと説明しているとキリハは何故か悲しそうな顔でこちらを見てくる。ちょっと、そういう顔したら断りにくくなるから止めて! そろそろ俺のメンタルが死んじゃう! 良心が物凄く痛い!

 

「いや、流石に女の子と一緒に泊まるのはな……何かあったらマズイし……」

 

「ユキノさんとお付き合いしてるハチさんなら何もしないって信じてます! もしユキノさんに出すとしても私は見ないフリしておきますので安心して下さい!」

 

「ちょっと待ってくれ、今なんか聞き捨てならんことを言われた気がするんだが」

 

「ちょっと待って、今とても聞き捨てならないことを言っていた気がするのだけれど」

 

 キリハのとんでも発言により俺と雪ノ下の抗議の声が見事に被った。いや、君とんでもないこと言ってるの気づいてる? お陰で俺と雪ノ下の顔が同じくらい真っ赤になったんですが。

 

「え、お二人は付き合ってるんですよね?」

 

「え、いや、その……」

 

 雪ノ下と同時に、俺はその純粋な視線を送るキリハから目を逸らす。言えない、さっき告白したばっかだって言えない。しかも付き合ってくれとか一言も言ってないけど、ほぼプロポーズみたいなこと言っちゃった所為で関係性分かんなくなってるなんてとてもじゃないが言えない。

 

「ん、んんっ。そこは良いんだ、そこは。それより、俺が部屋に泊まることについてだが、やっぱり美少女二人の部屋に泊まるのは良くないと思うんだが……」

 

 誤魔化すように俺は思いついた言葉をそのまま口に出す。そして、それをすぐに後悔した。

 

「び、美少女……」

 

「わ、私もですか……?」

 

「あぁ……話が進まねぇ……」

 

 どんどんと状況がカオスになっていく……。俺はきっと顔真っ赤だし、雪ノ下は首元まで真っ赤になってるし、俺の発言の所為でキリハまで少し照れている。こんな状況ハーレム物のラノベでしか見たことないんだけど。本当誰かどうにかしてくれません? 僕はもう疲れたよ、パトラッシュ……。

 

 逃げよう。うん、逃げよう。逃げればきっと、道はある。そう思った俺は踵を返して宿を出ていこうとする。

 

「ん?」

 

 しかし、逃げるべく前に出した足は、何かに服を引っ張られた所為で止まる。振り返ってみると、キリハが俺に近づいて俺の服の裾を掴んでいるようだった。

 

「その、どうしても駄目ですか……?」

 

 行かないでくれと、そういう思いが伝わってくるような視線で俺に問うキリハ。その時に、一つ気づいた。

 

 震えているのだ。キリハが掴む、華奢な手が、小さく震えているのだ。

 

 俯く彼女の顔は見えない。けれど、何かに怯えるように震えていたのは伝わってきた。その姿が、かつて家出をした時の小町と、不思議と重なって見えた。

 

 多分、彼女も怖いのだ。俺達を手助けしてくれると言ってくれた彼女もまた、俺や雪ノ下と変わらぬただの子供なのだ。それも、俺達より年下だ。怖がらないはずがない。

 

 雪ノ下の方を見る。彼女もキリハの様子に気がついたようで、どうするかと問う視線を送ってきていた。

 

 ……断れねぇな、これは。瞑目して、頭をかく。それだけで、どうやら雪ノ下には伝わったらしく、俺と同じように瞑目して、由比ヶ浜に好きにしてくれと言う時と同じように、こめかみに手をやる。すまんな、雪ノ下。

 

「……分かったよ。泊まるから。取りあえずそんな顔するのやめろ」

 

「あっ……」

 

 ポンとキリハの頭に右手を置いて軽く撫でてやる。雪ノ下とはまた違った、髪の柔らかさが伝わってくる。何で女子ってこんな髪サラサラなんだろ。

 

「……気持ちいい」

 

 キリハを見てみればどうやら満足して頂けたようで、先程とは打って変わって眩い笑顔が咲いていた。

 

「……ズルいわ」

 

 ボソッと、雪ノ下が何か呟いていたが、よく聞き取れなかった。まぁ、多分気にするようなことではないはずだと、それに関してはスルーすることにした。

 

「……つー訳で、すまんな雪ノ下。お前と一緒の部屋になるわ」

 

 正直、さっきのこともあって出来れば一人で寝たかった。ほら、現在進行形で黒歴史作っている訳ですし? 誰もいない所でとりあえずある程度発散させたいんですようん。いや本当、今日は心労が絶えない日だ。

 

 まぁ、キリハがそんなことを知るはずなく、彼女は今俺に撫でられてご満足らしい。……明日になって殴られたりしないよな?

 

「……元々私達が色々世話になるんだもの。文句は言えないわ」

 

「だな。じゃあほれ、風呂にでも行ってこい。俺はここに居るから」

 

「あっ……」

 

 俺はそう言ってキリハから撫でていた手を放す。キリハが何やら名残惜しそうに俺の手を見ている。何、そんな気持ちよかったの? 小町しかしたことないからよく分からんな。

 

「覗いては駄目よ、覗き谷くん。もし覗いたらハラスメントコードで貴方を監獄にぶち込むわよ」

 

「いや、覗いてもないのに既に犯罪者扱いすんのやめてね? あと知ったばかりの強力なシステム乱用するんじゃありません。今の状況だと割とシャレにならん」

 

 いや本当、ハラスメントコードとかあるの全然知らなかったわ。ただ、感情を読み取ることも出来るこのゲームなら冤罪はなさそうな所は安心する。よく考えたら、俺さっきから雪ノ下抱きしめたり、キリハ撫でたりとか、普通に触っちゃってるからね。気づいたら投獄とか笑えない。

 

「行くわよ、キリハさん。この男が犯罪を決行する前にさっさと済ませましょう」

 

「え、一緒に入ってくれるんですか!?」

 

 キリハが雪ノ下の発言に驚いて、思わずそんなことを口にする。俺も、雪ノ下が自らそんなことを提案するとは思ってなかったので少し驚いた。由比ヶ浜とかが一緒に入ろうと駄々をこねて渋々一緒に入る姿は想像つくんだけどな。

 

「……二人でいる方が貴方も気が紛れるでしょう? 嫌なら別に良いけれど」

 

「そんな! 嫌だなんてとんでもないですよ! ……へへへ、一緒にお風呂……」

 

「フフフ……行きましょう。彼も疲れているでしょうし、私も疲れたから早く寝たいわ」

 

「はい!」

 

 どうやら、一緒に風呂に入るのは彼女なりの気遣いらしい。姉妹のようにじゃれ合う二人を見て、俺は思わず笑みが零れる。

 

 仲良く風呂に向かった二人を見届けた俺は、そこそこ広い部屋で一人となる。気を抜けばすぐにでも寝てしまいそうな程に疲れてはいるが、どうやら俺にはまだやることがあるらしい。

 

「で、さっきからそこに隠れてるのは誰なんだ?」

 

 雪ノ下達が消えた方向とは反対の、先程俺が逃走を試みた出口の方を向いて、俺はそこにいる誰かに声をかける。

 

「……驚いたナ。まさかオレっちの気配がバレるとは思わなかったゾ。いつから気づいてたんダ?」

 

 扉を開けて出てきたのは、フードを被った少女だった。キリハと同じくらいの大きさの彼女だが、彼女からはキリハと同じような雰囲気が感じられる。多分、元ベータテスターだろう。

 

「……さっき部屋を出ようとした時だ。扉の方に誰かいる気配がしたんでな。鎌かけてみた」

 

 もし誰もいなくても、その時は一人勝手に悶えれば済む話だしな。だが、俺の視線に関する鋭敏さはこちらの世界でもどうやら健在らしい。ボッチを舐めるなってことだな。

 

「……まぁ、キーちゃんの知り合いっぽいしナ。名乗っておこうカ」

 

 その少女はそう言うと被っていたフードをあっさりと脱ぐ。

 

「オレっちはアルゴ。お兄さんの予想通り、元ベータテスターの一人だヨ。ベータの時から《鼠のアルゴ》って情報屋で通ってるんダ。個人的にはオネーサンって呼んでくれると、オネーサンは嬉しいゾ?」

 

 金褐色の髪に幼さを感じさせるような丸みを帯びた童顔。そして何より、両頬に描かれた三本の線が、彼女の通り名である鼠を彷彿とさせる。

 

「いや、呼ばないから……というか、情報屋?」

 

 聞き慣れない単語に俺は思わずオウム返しをする。キリハのネット講座では出て来なかった言葉だったからな。

 

「そうダ、情報にオレっちが見合ったと思った情報料をくれれば大抵のことはキチンと裏を取って情報を売る。クエスト情報から人間関係まで何でもナ。それがオレっちの仕事サ」

 

 言われて俺は彼女の重要性について考える。この世界において、彼女のような存在は恐らく重宝すべきものだろう。同じベータテスターであるキリハでも、きっと彼女程の知識はないだろうし、必要な時に情報を知る術として彼女とのパイプを持つことはこれから攻略をしていく中で必ず必要になるはずだ。

 

「ここにはキーちゃんに会いに来たんダ。そしたら、面白い人もいるもんだから、是非()()してみようと思ってナ」

 

 お話。彼女がそう言った瞬間、俺の警戒心が急速に高まった。その感覚は、あの厄介なあの人と似たような何かを感じさせた。

 

「……一応言っておくが、俺らは別にキリハに害を加えるつもりはないぞ。あと、必要以上に喋って情報を与えるつもりもない。恥ずかしい情報を売られたくないからな」

 

 この感覚は、普通に会話しているように見せて、色々と腹の中を探られる時と同じだ。あの人のような恐怖は感じないが、少なくとも油断していたら必要以上に喋るように誘導されてしまうだろう。情報を売る彼女に、その対応はあまり芳しくないはずだ。

 

「……ふーン。なるほどナ。お兄さん、意外とガードが固いんだネ」

 

「アンタの上位互換みたいな人によく腹の内を探られてたからな。気を悪くさせたなら謝るぞ」

 

 表面はあくまで平静を保っているように見せる。そうすることで、少なくとも相手に優位にさせることは避けられる。因みにあの人の場合最初から優位にいるんで足掻いても無駄に終わることが多い。それ駄目じゃん。

 

「ニシシ、別に良いヨ。信用は金では買えないからナ。その反応が本来当然だヨ」

 

 アルゴは笑いながら俺の返事にそう答える。ふむ、とりあえず悪印象は抱かせずに済んだかな?

 

「でも、お兄さんとお話したいのも本当だヨ。だから、信用を得る為に一つだけなら情報をタダで売ってやる。オレっちが情報をタダで売るなんて、珍しいんだゾ?」

 

「……何で俺と?」

 

 俺の疑問の声に、うーんと悩むように腕を組んで、アルゴは何と言おうかと考えていた。その仕草は、本当に何を言おうか迷っているようだった。

 

「……キーちゃんが信用してる理由が知りたいから、カナ。キーちゃん、ベータ時代から強かったからボス戦とかでレアアイテムほとんどかっさらちゃってナ。周りから結構敬遠されてたから心配だったんダ」

 

「アイツ、そこまで強かったのか……」

 

 思えば、俺とクラインを指導してくれた時に見せてくれたものは無駄を感じさせない動きであった。それを考えれば、ベータ時代にそれなりに強かったのも頷ける。

 

「でも、お兄さん達のことは何だか信頼してるっぽいからナ。純粋な興味もあるし、これからキーちゃんに鍛えてもらうんダロ? ならきっと強くなるだろうし、今のうちに有望株に投資しておこうかなってナ」

 

「確かに鍛えてもらいはするが、強くなるかは別問題じゃないか? 本人のセンスも関わってくるみたいだし、俺が有望な人材になるとはとても思えんが……」

 

「それならそれでいいんダ。単純にキーちゃんと仲良くしてくれる人間として接すれば良い話だからナ。でも、そうなる気はないんダロ?」

 

 アルゴは言いながらこちらに近づき、俺の顔を覗き込んでくる。ペースどうこう以前に、可愛い少女が目の前に居るということが恥ずかしくなって、反射的に顔を背ける。

 

「ニシシ、意外と初心だね、お兄サン。二人も美少女を侍らしてるもんだから、てっきり慣れてると思ったんだけどナ」

 

「いや、別に侍らしてなんかないぞ? 成り行きでそうなっただけで、普段の俺は至高のボッチだ。そこは譲れん」

 

「よく分からんところで拘るんだナ……」

 

 俺の発言にどうしようなもない奴だと言わんばかりに肩を竦める。解せん。俺のどこを見てそんな人間だと思ったんだ。

 

「まぁそれは良いんダ。どうする、お兄サン? 今ならお姉さんのスリーサイズ、教えてあげても良いゾ?」

 

 アルゴは俺をからかうように胸を寄せながらそんなことを言ってくる。いや、そこまで寄ってないんすが……ってそうじゃない。

 

「別にそんな情報は要らん。それより、一つ頼みたいことがある」

 

「つれないナー、誰に対しても言う訳じゃないんだゾ?」

 

「いや、知らんけど……」

 

 アルゴはいかにも不貞腐れてますといった感じでブーブー文句を言っている。その仕草はどこか、知り合いのあざとい後輩を彷彿とさせられる。

 

「材木座義輝という人物を探して欲しい。居ないなら居ないで別に良い。ソイツがこの世界にいるかどうかが知りたい」

 

「特徴とかはどんなのダ? リアルネームは本来タブーだから、プレイヤーネームが分かれば一番良いんだケド」

 

「それは確認してないから分からん。ただ、見た目で言えば典型的なヲタクっぽい奴だ。熊みたいにデカくて、眼鏡をかけてる。あと、俺以外の奴なら大抵は話しかけられただけでキョどる」

 

「良いゼ、材木座だったカ? お兄さんの名前を出せば相手は分かるカ?」

 

「あぁ、比企谷の名前を出したら多分通じるはずだ。あと、プレイヤーネームだが、多分剣豪とかそんな感じの名前をそのまま入れてると思う。それで探せるか?」

 

「もちろんダ。伊達に情報屋やってないからナ。多分明日には見つかるゾ。何か言っておきたいこととかあるカ?」

 

「なら頼む。一応、知り合いだからな。強くなったら会おうと言っといてくれ」

 

 それに、アイツにこれを紹介してもらわなかったら俺は雪ノ下と和解することは多分出来なかったからな。アイツのことだ、きっと寂しがってるだろうし、俺が居るってだけで持ち直してくれるはずだ。

 

「ニシシ、素直じゃないんだナ」

 

「ほっとけ」

 

「分かったヨ。じゃ、鼠のアルゴの名に懸けて、その知り合いを探してきてやるヨ。んじゃ、オイラのこれ、登録しといてクレ」

 

「呼び方の統一は出来ねぇのか……? で、何これ?」

 

 コロコロと呼び方を変えるアルゴに疑問を抱いていると、俺の目の前に突然ウィンドウが表示された。

 

「フレンド登録だヨ。居場所が分かったからって一々報告すんのも手間ダロ? だから、見つけ次第メール送る為に登録しといてクレ」

 

「フ、フレンド、だと……!?」

 

 あれか、ネット上だからということで比較的簡単に繋がりを持てる上に、ゲーム毎に何かしらの恩恵を得ると言われるあのフレンドか? ゲームですら出来たことのないフレンドを、まさかこんな場面で頼まれるとは……。

 

「お兄さんは心を得たロボットか何かかヨ……ほら、お兄さんだって効率が悪いのは好きじゃないダロ?」

 

「まぁ、そうだが……」

 

 何でそんなことがバレちゃうんですかね。あれか、溢れ出る俺のボッチとしてのオーラがそれを物語ってるのか。それなら納得だ。だが、気のせいだろうか、目から汗が……。

 

 結局俺は、アルゴから送られたフレンド申請を承諾した。これにより、俺のフレンドの欄に初めて名前が書きこまれた。

 

「んじゃ、オレっちはもう行くヨ。キーちゃんによろしく言っといてくんねーカ?」

 

「会わないで良いのか?」

 

「多分、そのうちまた来るからナ。今じゃなくても良いんだヨ」

 

 アルゴはそう言うと元来た方向へと帰っていく。多分、これから材木座を探しに行ってくれるのだろう。デスゲームになったばかりの世界で、あの振る舞いが出来る彼女が、ふと心配に思った俺は、扉を開けて出て行こうとする彼女に声をかけていた。

 

「おい、アルゴ」

 

「出来ればオネーサンって呼んで欲しいもんだナ。どうかしたカ?」

 

 振り返りながら、俺にお姉さん呼びをちゃっかり求めてくる辺り、やはり雪ノ下さんに近い何かを感じる。実はリアルで知り合いだったりしないよな?

 

「まぁ、何だ……。外、暗いから気をつけろよ。そんだけだ」

 

 いつもの癖で、俺は顔も見ずにぶっきらぼうな言い方をする。

 

 俺がそんなことをするのが意外だったのか、アルゴはこちらを見て少し見て固まっている。そして、少しだけ笑う。

 

「ニシシ、分かった、気をつけるヨ。それならお兄さんも、恥ずかしい告白はもうちっと人が来ないような場所でやるのをオススメするヨ。中々カッコいいセリフだっだゾ?」

 

「なっ!? お前、まさか聞いて……!?」

 

「んじゃ、良い夜を。"本物"が欲しいお兄さん♩ にゃハハハ!」

 

 俺が抗議の声を上げる前に、アルゴは大声で笑いながら部屋を出て行った。あの野郎、次会った時に絶対仕返ししてやる……。

 

 しかし、まさか聞かれていたとは思わなかったな……何か恥ずかしさがぶり返してきた。というか、人は来ないんじゃなかったのかよ、キリハ……。

 

「はぁ……」

 

 俺はその場で項垂れる。どうやら俺は、最初から彼女には踊らされていたらしい。最後にあんなこと言うとか、絶対確信犯だしな。本当、マジで陽乃さんの知り合いなんじゃないか? 精神的なダメージの与え方がそっくりだ。

 

「何を辛気臭い顔をしているのかしら、腐り目谷くん」

 

「ん? あぁ、雪ノ下……」

 

 ふと、顔を上げると、そこには頬を赤く染めた雪ノ下が立っていた。風呂上りだからだろうか、綺麗な黒髪がまだ少し濡れていて、普段は見られないような艶めかしさを醸し出していた。その姿を直視出来なくて、俺は思わず目を背ける。

 

「お風呂空いたのでもう入っても大丈夫ですよ~」

 

 雪ノ下の後ろからは同じようにまだ髪を濡らしたキリハがこちらに向かってきていた。そうか、もうそんなに時間が経っていたのか、気がつかなかったな……。

 

「あ、あぁ、じゃあ俺も入ってくるわ」

 

「えぇ、そうしなさい。言っておくけど、私達が入ったお風呂のお湯だからといって飲んでは駄目よ? 変態谷くん」

 

「俺を何だと思ってやがる……というか、そういう発想に行き着く方がよっぽど変態じゃねぇのか?」

 

 俺でなくともそんなモン飲むほど欲求不満じゃねぇだろ、普通。どっから湧いてくるんだ、その発想は。

 

「い、良いからさっさと入って来なさい! あと、間違ってもそこのソファで寝るとか言い出さないことね」

 

「え、いや、そんなことする訳ないだろハハハ」

 

「せめて目を合わせてから言いなさい……考えていることがまる分かりよ?」

 

 いや、むしろ何で俺の考えてることが筒抜けなんだよ。何、エスパ―なの? 何で俺の周りには俺の考えてることが分かる女子ばっか集まるんだよ。気が休まらんわ。

 

「やっぱり仲良いですね、お二人とも」

 

「どこを見て言ってるんだよ……」

 

「どこを見て言っているのかしら……」

 

「ほら、そういう所です」

 

「……はぁ」

 

 溜息すらも被った俺らのやり取りを見ながらキリハは微笑んでいた。これ以上はムキになっても無駄だと悟った俺は大人しく風呂へ向かうとする。

 

「……疲れてるんでしょう。長湯はあまり良くないから、早く上がりなさい。私達はもう寝るわ」

 

「え、でも雪ノ下さん……」

 

「行くわよ、キリハさん」

 

「あ! 待って下さいよ~」

 

 雪ノ下の発言にキリハが何か言おうとしたところで、雪ノ下がそれを遮って寝室へと向かいだした。キリハはそれに姉を追う妹のように着いて行く。一体何を言おうとしたのだろうか? まぁ、考えても分からないか。

 

 そんな思考と、ついでに今日の疲れを洗い流す為に、俺は再び歩いて風呂場へと向かう。一応言っておくが、お湯には浸かってないし、飲んでもいないからな!

 

 

 

 

「……で、これはどういう状況だ?」

 

「……キリハさんの要望よ。貴方も素直に従いなさい」

 

 風呂から上がり、さっさと寝ようと思っていた俺を寝室で待っていたのは、今日一番の笑顔を咲かせるキリハと、何かを諦めたような顔をした雪ノ下の姿だった。

 

 それも、一つの大きなベッドに枕を三つ並べて、その内の二つを二人が占領している状態でだ。他のベッドには、一つずつ置いているはずの枕がなかった。

 

「……キリハ、出来れば俺にも分かるようにこの状況を簡潔に説明してくれ」

 

「その、私兄か姉と一緒に寝るのが夢でして……もし似たようなことが出来るならって雪ノ下さんにお願いしたら、ハチさんもきっと引き受けてくれるって言っていたので……よろしければ三人で一緒に寝たいなぁって……」

 

「……雪ノ下?」

 

 どうやら、この状況を容認したのは先程から一向に目線を合わせないようにしない雪ノ下だったようだ。俺はその真意を問う為、目を合わせてくれるまで雪ノ下の方をずっと見つめる。

 

「……貴方と一緒よ。あんな顔で頼まれた、断れる訳がないじゃない……」

 

 どうやら雪ノ下も、俺がキリハに頼まれた時のような顔でせがまれたらしい。由比ヶ浜もそうだが、頼み事にちと甘過ぎやしませんか、雪ノ下さんや。さっき断れなかった俺が言うのもなんだけどさ。

 

「……分かったよ。恩人の頼みだ、快く受け入れよう。俺はどこで寝れば良い?」

 

 俺の了承を聞いたキリハはこれまた嬉しそうにこちらを見ては顔を綻ばせている。あぁ、改めて思うが、この笑顔は反則と思うくらい眩しいな。

 

「その、右側に……」

 

「ん、了解」

 

 俺は素直にキリハの言うことを聞いてベッドに腰かける。反対側に雪ノ下がいるから多分川の字で寝たいんだろうな。俺はされたことはないが、小町が昔両親にねだっていた光景をそれでふと思い出す。

 

「……意外、ではないわね。貴方も大概なら断らないものね」

 

「どっかの部長さんと同じでな。それに、俺は相手が気分を害さないかが心配なだけで、別に嫌って訳じゃないからな」

 

「……そう。良いことを聞いたわ」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いいえ、何も」

 

 ボソッと、雪ノ下が彼方を見ながら何かを呟いた。その呟きは小さ過ぎて、よく聞き取れなかった。聞き返しても答えてはくれなかった為それ以上は聞かない。

 

「じゃあ、そろそろ寝ましょうか。体力の消耗がない分、精神的に今日は疲れたわ……」

 

「同感だ……出来ればこんなことは今日限りにして欲しいくらいだ」

 

「フフフ、そうですね。では、寝ましょうか。灯り、消しますね」

 

 キリハがスクロールで何やら操作すると、部屋の電気が消える。窓のカーテンが閉まっていない為に、昏くなった部屋には月の光が差し込んでいる。

 

 俺達は布団を被る。キリハの要望で三人が一緒に寝ているから少し手狭だが、それを望んだ本人は満足そうだ。こちらは女子特有の甘い匂い理想が持っていかれそうだというのに。

 

「……すみません、無理を言って。私、実は怖くて、ずっと不安だったんです」

 

 ポロッと、キリハは前置きもなくそう呟いた。その声音は、元ベータテスターとか、俺達の恩人だとか、そういうが一切関係なく思えるくらいには、幼くて、弱々しいものだった。

 

「貴女はまだ私達より子供なのだもの。私達でも泣く程怖がるのだから、それは仕方ないわ」

 

 キリハの方を横目で見てみれば、雪ノ下はキリハの頭を撫でながらそう語りかけていた。その目は、慈愛に満ちた聖母のようで、彼女がキリハをどれだけ心配しているのかがよく分かる。

 

「でも、やっぱりベータの時のことを知っている分、私が引っ張らなきゃって……だから、出来るだけ隠そうと思ったんですが、やっぱりきつかったみたいで……色々と嫌なことばかり思い浮かんできちゃいまして……」

 

 キリハは優しい女の子だ。多分、これから困っている人を見つけたら、きっと迷わず手を差し伸べるのだろう。自分が辛くても、他人を想えるからこそ、そうやって行動出来る。現に、今日会ったばかりの俺達の面倒まで見てくれるように。

 

「……まるでどこかの誰かさんみたいな考えね。ねぇ、比企谷くん?」

 

「何でそこで俺に振るんですかねぇ……」

 

 雪ノ下の方をチラリと見やる。月の明かりで見えたその顔には、悪戯が成功した時ような笑みが浮かんでおり、多分暗に俺のようだと言いたいのが伝わってくる。

 

「……そこの彼も、貴方のように一人で抱え込む癖があるのよ。そして面倒なことに、彼には一人で解決する策を考えつく悪知恵と、それを完遂してしまう嫌な能力があるの」

 

「ちょっと? 面倒なことにって酷くない? もっと言い方なかったのん?」

 

「黙ってなさい、バカ、ボケナス、八幡」

 

「八幡は悪口じゃないんだけどなぁ……」

 

 というか、しれっと名前呼びしていることについてはあえて突っ込まない。多分、今意識したら話の腰を折りかねないからな。

 

「……そうなんですか?」

 

「えぇ、本当よ。それも、基本的には彼が報われない形で事が終わっているの。見ている側からしたら堪ったものじゃないわ」

 

「……悪かったよ」

 

 さっき改めて言われたからな。流石に、ある程度は自重するつもりだ。……多分、ある程度しか出来んと思うがな。

 

「……確かに、それで救われる人も居る。現に、私も、私の親友も、他の人も……彼に救われた。けれど、大抵の人は、彼の行いに気づかない。……私も、彼の行いに気づけなかった所為で、彼と、大切な親友と、ギクシャクしてしまって、そのままこの世界に来てしまったのだけれど……」

 

 そこまで言って、彼女は撫でるのを止めると、その手を彼女の手へと持っていき、優しく握った。キリハは握られるとは思っていなかったのか、言葉に出来ずに混乱していた。

 

「……貴方には、私達のようになってほしくないわ。見ず知らずの私に手を差し伸べてくれるような貴方には、私達と同じ道をたどってほしくないの」

 

「ユキノさん……」

 

 雪ノ下の言葉に、キリハは困惑している。多分、彼女の言葉にどう返したらいいのか分からないのだろう。

 

 キリハは多分、俺達と似た人種だ。本人は仲良くしたいと思っていても、周囲がそうではなくて、一人になってしまったタイプだ。そしてそれは、俺や雪ノ下のように、あまり信頼できる人間がいない人間の、当然の帰結とも言えるかもしれない。

 

 でも、キリハはまだ完全にはこちら側には来ていない。年は分からないが、見た目から考慮すれば恐らく中学生くらいだろう。俺や雪ノ下のようには、まだ諦めることが、割り切って生きることが難しい年齢なはずだ。

 

 だから、多分雪ノ下は俺達のようになって欲しくないと、そう思って彼女に語りかけているのだろう。変わろうとしている彼女だからこそ、俺達のようになる前にどうにかしてやりたいと、そう考えたのかもしれない。

 

「……だから、いつか。自分ではどうしようもないと思った時は、迷わず私達を頼ってはくれないかしら。私達は、貴方の依頼なら全力で手伝うわ」

 

 ね? と、視線だけ向けていた俺に雪ノ下はウインクを飛ばしてくる。だから、何でそこで俺に話を振るんですかね……。貴方が色々と言っちゃうもんだから、こちとら恥ずかしくて仕方ないんですけど。

 

「……あぁ。お前が救いを求めるんなら、手伝ってやらんこともない……色々世話になるしな。ギブアンドテイクだ」

 

 恥ずかしさを紛らわす為に、俺は彼女達の方も見ずにぶっきらぼうに返す。

 

「あら、お得意の捻デレかしら?」

 

「おい、それ誰から聞いた。小町か? 小町なのか?」

 

「誰でも良いじゃない。捻デレ谷くん」

 

「あのなぁ……」

 

 しかし、雪ノ下の方はお見通しだったようで、俺の発言にそんな返しをしてくれる。背中越しでも、彼女が微笑んでいるが伝わってくる。

 

「……頼っても、良いんですか?」

 

 そう呟く彼女の声は、やはりどこか遠慮がちなものだった。

 

 その態度が、あまりにも意外に思ってしまった俺は、彼女の方を見ながら、思わず軽く吹き出してしまう。見れば、雪ノ下も同じだったようで、彼女も口元を抑えて笑いを堪えていた。

 

「え、ちょ、どうしたんですか?」

 

「いや、悪い。現在進行形で俺達に頼ってるから、あんまり気にしてないのかと思ってな。気を悪くしたなら謝る」

 

「あっ……」

 

 俺は笑ってしまったお詫びに、先程名残惜しそうにしていたことを思い出したので、俺は寝返りを打ってキリハの方を向くと、再び彼女の頭を優しく撫でてやる。

 

「お前くらいの子供はな、素直に誰かに甘えたって良いんだ。今までは誰も頼れなかったのかもしれないが、これからは……その、俺達を頼ってくれても良い。俺達は、決してお前を見捨てたりはしない」

 

 雪ノ下がやっていたように、俺も出来るだけ優しく彼女に語りかける。似合わない行為ではあるが、彼女を宥める為の処置だと思って割り切ろう。

 

「出来ないことは出来ないでも良いんだ。何でもかんでも自分で背負い込もうとすると、いつか壊れちまうからな。面倒なら投げ出しても良いし、嫌なら逃げたって良い。逃げることは、別に悪いことじゃない。だから、困ったら俺達に任せろ。代わりに、お前には別のことを頼むがな」

 

 逃げちゃ駄目なんて理論は強者にしか通じ得ない。誰も彼もが頑張ったところで、出来ないことは絶対にある。雪ノ下が姉のようになれないように、由比ヶ浜が木炭みたいなクッキーや一撃ノックアウトなハンバーグしか作れないように。俺が、中々人を信用することが出来ないように、どうにもならないこともきっとある。

 

 だから、そんな時こそ、他人を頼るべきなのだろう。ないものを補うように、互いに支え合う為に、人との繋がりは、あるのだ。まぁ、未だにそれが出来ない身としては、自分で言っていて耳の痛い話ではあるけれど。

 

「あら、今更ながらご丁寧に自己紹介かしら?」

 

 からかうように雪ノ下はそんな言葉を投げかけてくる。しかし、コースが甘いぜ雪ノ下。それくらいなら俺は余裕で返せるぞ?

 

「お前の自己紹介でもあるな。俺と同じで、いつぞや勝手に色々と背負い込んで体調崩したの、忘れてはないぞ?」

 

「ぐっ……あれは悪かったと思ってるわ。でも、貴方は数も質も違うじゃない」

 

「良いんだよ。だからこその持論だからな。経験のない人間の言葉なんて一番信用ならんだろ? だからこそ、その手の経験が豊富な俺の発言は信用に足るんだよ」

 

「それはきっと誇るべきものではないわ……」

 

 はぁ、と溜息を吐いてこめかみを抑える雪ノ下。勝った……。でも何故だろう、全く勝った気がしない。

 

「プッ……アハハハ!」

 

 俺達がいつもの他愛のない言い合いをしていると、何かが吹っ切れたように、キリハが笑う。やっと元気が出たのか? だとしたら俺の目論見は成功したと言えるだろう。やっぱり俺の勝ちだな。

 

「……気が晴れたか?」

 

 俺はそう言って撫でていた手を放す。雪ノ下も、キリハを握っていた手をそっと放していた。まぁ彼女を顔を見る限り、もう大丈夫なはずだろうしな。

 

「はい……ありがとうございました。ユキノさんも、ハチさんも。何か吹っ切れました」

 

「そうか、そりゃ何よりだ」

 

「えぇ、どういたしまして」

 

 キリハのお礼を俺達は普段通り受け取る。気遣いとか、そういうのが一切ない、純粋な受け答えだ。

 

「それで……もし、よろしければ、これからもお二人を頼っても良いですか?」

 

「もちろんよ、キリハさん」

 

「おう、頼れ頼れ」

 

 そして、改めて頼まれた彼女の依頼を、俺達は快く受け入れた。

 

「それじゃあ早速……眠るまで、手を繋いでいてくれませんか?」

 

 キリハが改めて頼んだ願いは、俺達より年下の少女らしいささやかなものだった。

 

「それくらいなら……なぁ?」

 

「えぇ、喜んで引き受けるわ」

 

 そうやって目を合わせた俺達は打ち合わせした訳でもなく、二人で彼女の両手で包み込んでやる。二人の少女の手を握るなんて思ってもみなかったが、その柔らかさと温かさに、こちらの方まで心が暖まるような気がして、不思議と動揺はしなかった。

 

「エへへ……何か、お兄さんと、お姉さんが出来たみたいです」

 

 当の本人は大層嬉しそうだ。俺なんかで良いのなら、これからもこんくらいのことをするのは吝かではないなと思ってしまうくらいには、彼女の笑顔は魅力的だった。もちろん、天使的な意味で。

 

 そんなキリハを見て、俺と雪ノ下の顔も綻ぶ。案外、三人で寝るのも悪くないらしい。

 

 

 

 

 その後、俺達は一言も発することもなく眠りに就いた。その時ばかりは、この世界が恐怖に満ちた世界だとは微塵も感じなかった。

 

 それはきっと、三人が見た夢がこの世界よりも綺麗なものだったからかもしれない。




いかがでしょうか?
前回といい、今回といい、誰だよお前感が駄々漏れな八幡です。キリハなんてハーレム野郎なキリトの面影なんて欠片もないですね。もはやオリキャラの域。でももう気にしない、可愛いければ何でも良いんだ(開き直り)
アルゴとの邂逅にキリハとの同衾イベント、書いてて楽しかったけど宣言ガン無視で書き上げた辺り気分屋の名に恥じない自由奔放ぶりだと思う。いや、本当すんません。次回はきっと出ますんで(明確にしないのは保険)
意見・感想等、お待ちしております。

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