限りなく現実に似た世界で   作:気分屋トモ

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初めてましての方、知ってる方、どうも気分屋トモです。
以前から書きたかったクロス物第一位なSAO×俺ガイル。展開がようやく思いついたので連載し始めました。
内容は大体あらすじを読めば分かると思います。適度に 八雪で癒し癒されつつデスゲームをクリアしていくでしょう。
それでは、第一話をどうぞ。

~追記~
加筆修正しました


彼はこうして、仮想世界へと足を踏み入れる

 欲しいものがあった。

 

けれど、俺にはそれが何なのか、ついぞ分からなかった。

 

 ただ胸に残る後悔だけが、真っ白な紙についてしまったインクのように滲んでは消えない。

 

 俺は、一体何が欲しかったのだろうか。

 

それを、この世界で問い続ける。

 

 

 

 

「リンク・スタート」

 

 ある休日の正午、俺こと比企谷八幡はとある世界へ足を踏み入れた。

 

 世界初のフルダイブ型VRMMORPGとして世界中の興味を惹き付けた《ソード・アート・オンライン》、通称SAO。

 

千人限定のβテスターの抽選には約十倍もの応募が押し寄せ、初回ロットの一万本は即日完売となる程、その人気は凄まじいものだった。

 

 俺もこのゲームを手に入れる為、βテスターの抽選に応募した一人だ。残念ながら外れてしまったものの、後の製品版は親父に買って貰えるように小町に土下座をしてまで頼み込んだ結果、無事手に入れることが出来た。俺は今後一生、小町に頭が上がらないな。

 

 俺がそこまでしてこのゲームを手に入れたかったのは何故か。

 

それは、俺が弱かったからだろう。

 

 凍りついたあの部屋から、紅茶の香りのしないあの部室から。俺は逃げたのだ。可能性に賭けきれず、俺は彼女達から離れてしまったのだ。

 

話し合えば掴めたかもしれない。そんな仮定に縋ることが、俺には出来なかったのだ。だから、逃げ出したのだ。

 

 このゲームを知ったきっかけは、材木座からのメールの内容を見ては消す作業を行っていた時だ。一応、本当に困っていれば助言くらいしてやらないといけないからな。

 

しかし、材木座のメールは、ある期間から俺をとあるゲームに誘うものとなっていた。小説書けよと思ったが、それどころではないものが出たのだと言う。

 

それが、SAOだった。

 

『我と共に、剣と共に在る世界へと旅立たんか?』

 

 そして、剣豪将軍という名がとうとう実現するのだと、材木座はそう言っていた。それに関してはどうでも良いが、結果的にゲーム自体には強く心惹かれることとなった。

 

現実とは違う、もう一つの現実。そこなら、或いは――。

 

 かくして俺は、SAOを行うにあたって必要となる道具を揃えるべく、俺は小町に土下座することを誓った。妹に土下座するとか絵面的には最悪だが、俺にはこうする他に資金を得る方法が本当にない。

 

 そして、そんなどうしようもない兄の願いを、小町は聞き入れてくれた。条件として、修学旅行からの出来事全てを(つまび)らかにされたが、背に腹は変えられなかった。そんな俺に、小町は何も言わなかった。

 

 そうして手に入れたのが、今被っているヘルメットのような頭部装着型ディスプレイ、通称HMDと呼ばれるVR装置、ナーヴギアだ。

 

 数年前からVRがどうだのこうだのと騒がれていたが、どうしてここまで急激に成長した物になったのが気になった俺は、その製作者について調べた。

 

 茅場晶彦。天才量子物理学者にして、ナーヴギアの基礎設計者。後に狂気のマッドサイエンティストと名付けられるのだが、この時の俺はまだ知る由もない。

 

『これはゲームであっても遊びではない』

 

 メディア嫌いな彼が出演した記事で放った言葉。俺はこれを聞いた時、これれ彼のこのゲームに対する真剣さが最も現れた言葉なのだと思った。

 

 確かめたい。天才が本気を出した世界。その先には、何があるのか。

 

 もしかすれば、この世界にあるのかもしれない。求めてやまなかった"本物"は、ここにあるのではないかと。期待はしないと決めた俺の心は、そんな希望に再び縋ろうとしていた。

 

 俺はナーヴギアを被り、旅立つ。

 

 《welcome to the sword art online!》

 

 ソードアートオンラインの世界へ。

 

 

 

 

 歓迎するような言葉が表示されたと同時に、俺の目の前を様々な光が駆け抜けていく。その光景は俺がぼっちであり続けていた間に得た言葉でも、言い表せるものがないほど綺麗で、美しいものだった。

 

 そして、開けた視界には俺と同じくログインして来た人々がこの世界に来れた実感を得て仲間とおぼしきプレイヤーと喜びあっていた。

 

 そう、そこは人々の未知と好奇によって喜びが溢れる場所、第一層《はじまりの街》だった。

 

「おぉ……」

 

 SAOの世界のあまりの出来映えに俺はしばらく固まっていた。

 

 とても仮想空間とは思えない。景色、動作、感触。その全てがナーヴギアから送られる信号だと分かっていても、誰がここまでのものを想像出来ようか。

 

 数十秒程経って俺はようやく意識を取り戻す。驚いた、まさかここまでの物を人が作れるとは。つくづく、天才というのは凄いと思う。

 

 さて、いつまでもぼうっとしているのは少し勿体ない。適当に武器を買ったらこのゲームの醍醐味である〝剣技(ソードスキル)〟とやらを使いに行こう。

 

 SAOではソードアートと名付けられた通り、剣が主に自分達の扱える武器であり、魔法という曖昧なものには一切手を出さないスタイルを取っている。

 

武具は全てレベルではなく強化値で表され、また使うことによって上がっていく熟練度に応じて強いスキルや派生スキルを習得することが出来るようになる。条件が特殊なエクストラスキルなんてものもあるらしい。

 

 あと、システムアシストという都合の良いものがあるらしい。ソードスキルを使用する際にはそのシステムが働き、ステータスに応じた動き以上のものが出来たりするのだそうだ。運動が得意でない人間でも動けるようになる嬉しい設定だな。

 

 男なら誰でも憧れたであろう剣を自由自在に操ることが出来る。それだけでも俺の心は踊る。材木座が推す理由も、今なら分かる。

 

 興奮な冷めない内に、取りあえずは武器を買うとしよう。だが――

 

「武器屋ってどこなのん?」

 

 ――俺は文字通り、右も左も分からない状況だった。

 

 俺は雪ノ下程の方向音痴ではないものの流石に初めて来た場所のことなどは全く分からない。マップの見方もよく分からないためマップもあてにならない。

 

 そして、ぼっちである俺は他人に話しかけるという選択肢は選ぶことが出来ない。故に、自分で手当たり次第探すしかないのだが、もし要り組んだ場所にあるのならかなりの時間を消費することになるだろう。しかし、それでは非効率だ。あれ、これ詰んでね?

 

「仕方ない……あれだな」

 

 俺はリアルで培えた特技、人間観察を使用して手慣れてそうなプレイヤーを探し出そうとする。

 

 ここで一つ、素人と経験者の違いを見分ける方法を教えよう。それは、動き方だ。βテスト参加者をβテスターと呼び、これを経験者としよう。素人は、俺のように製品版から入った新参者だ。

 

素人は経験者に比べて基本的に知らないことが多い。当然だ、経験が違うからな。

 

 だから、見分けるのはプレイヤーの行動だ。経験者は、素人とは違ってある程度のことを()()()()()()()をとる。武具屋の位置とか、モンスターの狩場とか、そういうのを知っているからこそ出来る、()()()()()()()が取れるのだ。

 

 だから、経験者はまず間違いなく迷いない行動を取るだろう。後は、それを何とか見つけ出せば良い。

 

「……アイツっぽいな」

 

 黒い服装の長身で、スラッとした人物が、街を見てすぐ走り出した。動きも早い。間違いなく、経験者だ。

 

俺はソイツの跡をつけるように走り出す。誰かの後を追うのが得意な能力が、まさかこんな形で活かせる日がくるとは……嬉しくねぇ。

 

 そんなことを思いながら彼を追っていたが、ふと気づく。動きがかなり速いだけでなく、道の進み方が効率的なのだ。多分彼は、βテスターでも中々の手練れなのかもしれない。敏捷極振りの俺だからこそ追いつけるが、油断すればすぐに見失うだろう。

 

「ッ! 誰だ!?」

 

 しかし、そう思った矢先、何を思ったかソイツはピタリと足を止める。それに合わせて俺も物陰に隠れる。まさかバレたのか? だとしたら何故だ?

 

 何事かと身構えながら様子を窺っていると、ソイツは振り返って見えないはずの俺に話しかけるように声を出す。

 

「そこにいるのは分かってます。大人しく出てきて下さい」

 

 ……おかしいな。リアルではステルスヒッキーとまで言わしめた俺が追跡ごときでバレるとは。まぁ、俺しか言ってないしな。普段視認されないから。何それ悲しい……。

 

 ん? というか、何か口調が女っぽいんな。俺、男だと思って追尾したんだけど……もしかして、詰んだ?

 

 とりあえず俺は、禍根を残さないよう素直に物陰からソイツの目の前に出ていくことにした。両手を挙げて、戦う意思がないことを示しながら。

 

「ヒッ!?」

 

 しかし、彼女は俺を見た瞬間、反射的に()け反った。流石にそこまで露骨に引かれるとクるものがあるんですが……。俺、ゲームだから眼腐ってないはずなんだけどなぁ……。

 

「だ、誰ですか、貴方は……?」

 

 いかん。このままで冤罪をかけられてしまう。何とか説得せねば……コミュ症だけどいけるか? 初ログインで黒鉄宮はゴメンだぞ?

 

「すまん。その、俺はビギナーでな。生憎仕様がよく分からないんだ。たまたまβテスターっぽいお前がいたから後を付けさせてもらったんだ。不快にさせたなら謝るから、どうか通報とかはしないでくれ。女性とは分からなかったんだ……」

 

 俺は素直に事実を端的に述べていく。しかし、言葉を重ねれば重ねるだけ不審者感が増していく気がするのは何故だ……。

 

「へぇ、ビギナーなんですか! 凄い隠蔽能力だったから、てっきりβで恨まれた人なのかと思いましたよ!」

 

 しかし、そんな不安は杞憂だったようだ。むしろ、俺の追跡能力が高いことを褒めてくれている。というか、よく見たらちゃんと胸あったわ。黒くて分かりにくいな……。

 

「あ、あぁ……そんなにか?」

 

 あと、そんな無邪気に追跡が手慣れてると言われてもあまり嬉しくはないんだよな。(こじ)れないだけマシだけど。

 

 それから彼女は少し考えるポーズを取ったかと思うと、思いついたように人指し指を立てた手を顔の横に動かす。そして、思わぬ提案を提示した。

 

「良かったら少しの間一緒に行動しませんか? これから武器屋に行くつもりだしパーティーなら経験値ボーナスもつくから効率が良くなるんです。貴方にも損はないんじゃないかなぁって……。嫌なら別に良いんですけど……」

 

「え、良いのか?」

 

 正直意外だった。まさか自分をわざとではないとはいえ、追跡してた相手を誘うだと? 余程のお人好しか、何か裏が……いや、何だろう。何か引っ掛かる……。

 

 俺はもう一度彼女を見る。青に近い黒髪を腰の辺りまで伸ばし、端正に設定された顔が彼女を可愛らしく見せる。まぁそこは実際はどんな顔、なんて想像すればどうということはないか。

 

 そこでふと、俺は一つ気づいた。

 

「ど、どうですか……?」

 

 ……何かめっちゃ眩しい。

 

 いや、そんな期待に満ちた眼差しを向けられても困るんですが。何、君ボッチなの? 友達いなくて寂しいの? それなら君はボッチの風上にはおけないな。何様だお前は。

 

 まぁ脳内の茶番を終わりにして考えよう。至高のボッチたる俺の経験上、多分コイツはリアルではボッチ、それも本人はボッチを苦手とするタイプなんだろう。でなければ、わざわざ俺を誘う必要もないし、俺が悩んでいるのに気づかずに眼をシイタケにしたりしない。

 

 加えて彼女が提案したものの理由には"効率が良いから"とか"損はない"とかが入っていた。自らの案の利点を挙げることでしか採用されないを知っているからこそのものだな。ソースは俺。……何か悲しいな。

 

 なんか若干親近感湧いたわ。しかも俺も効率的な考えは嫌いではない。ただなぁ……彼女、女の子なんだよなぁ……。

 

「いや、その……」

 

 俺がいや、と言った瞬間、彼女はシュンと目に見えて落ち込んだ。やめて! そんな悲しい顔をこっちに向けないで! 罪悪感で死んじゃう!

 

 ……仕方ない。ゲームと割り切って、彼女と接しよう。

 

「……出来れば頼めるか? かなりの初心者だからそうしてもらえると助かる」

 

 俺の言葉に、今度は彼女は花が咲いたように綻ぶ。ちょっ、眩しい! 純粋過ぎて眩しいです!

 

「じゃ、じゃあ!」

 

「あぁ、ハチだ。よろしく頼みゅ」

 

 ……最後の最後で噛んでしまった。折角噛まずに言えたと思ったのに! ここ一番で噛みやがった!

 

「フフッ、キリハです。よろしく頼みましゅ!」

 

 しかし、それはどうやら相手も同じだったようで。彼女また、一番大事なところでお噛みになられた。

 

 沈黙が生まれる。眼が腐った男は更にを眼を腐らせて、可愛らしい彼女は顔を真っ赤にして。

 

 この状況、どうしたものか……。

 

 

 

 

 結局その後、復活した彼女の申し出により、イマイチ空間でのフリック操作が慣れない俺は、彼女指示通りに従いフレンドとパーティの登録をすることが出来た。

 

一応、相手の中身が男だと思い込んで接してはいるが、正直遠慮なしに近づいてこられると落ち着きませんので出来れば離れて欲しいですはい。背も高いから顔近づきやすいの分かってる?

 

 また、同じように俺のように彼女を追いかけてきた男、クラインが何やかんやで加わり、俺達は結局三人で狩りをすることになった。クラインが聞いたことで分かったが、彼女はリアルでも女らしい。男だと思っていたことは黙っていよう。

 

 そこから少し進み、俺達は今、街から少しだけ離れた草原の上で狩りを行っている。

 

キリハ指導の下のお陰で、中々効率が良い。そこを褒めると、本人は効率的なものが好きな所為でリアルは友達が出来ないのだとごちる。まぁ、アイツらって感情に生きてるしな。馬が合わないのも仕方ないだろう。

 

 俺の武器はキリハに見繕ってもらったダガーを使っている。名前は忘れたがこの街の中では一番良いものらしい。他のも使ってみたが、リーチが長いものはイマイチ感覚が掴み辛かったので、こうなった。

 

 向かう相手は、フィールドに住み着く猪みたいなモンスター、《フレンジーボア》だ。この猪がそこら辺に大量出現(ポップ)しており、初心者でも狩りやすい場所となっているそうだ。やっぱり経験者がいると効率が良くて捗るな。これは助かる。

 

「そー……れっと!」

 

 石を野球のように振りかぶって投げると、それは近くにいたボアの体に見事直撃する。それにより、相手の注目、用語的には《ヘイト》がこちらに向いた。他にも《タゲる》とか色々用語を教えてもらったが、それはまた今度おさらいするとしよう。一遍で何個も覚えられるか。

 

「フッ……!」

 

 俺は地面を思いきり蹴ってボアへ向かう。能力値を基本AGI(敏捷)に極振している所為か、随分と動きが軽くて面白い。普段は出来ないようなことが出来るのは、やはりVRの強みだな。 

 

「よっと!」

 

 俺は近くにいたモンスターに近づきソードスキルで首を切断する。どうやら切り方によってこういった表現がされるらしいのだが、初バトルでそれをさらりとやってのけた俺をキリハはただ苦笑いするだけだった。いや、俺も出来るとは思ってなかったんだけど?

 

 倒したモンスターがポリゴンになるとレベルアップの表示がされた。ぶっ続けでやっていたからか、俺のレベルは6まで上がっていた。

 

「お前さん、中々エグいことしやがるな」

 

「しかも確実にクリティカルを狙える技量はビギナーレベルじゃないですね」

 

 モンスターを倒した俺に、そう言って笑いながらクラインとキリハが近づいてくる。

 

「え、出来ると思えば出来るんじゃねぇの?」

 

 俺はただモンハンでも何でも首や頭といった所はダメージ量が多かったりすることから優先的に狙ってただけだ。巨人だってうなじが弱点だし。少し違うか。

 

 それに、やろうと思えば出来るのがこの世界の良いところだと俺は思っている。現実ではあり得ない高速移動や跳躍などはもちろん、鮮やかなスキルを自分で実現させられるシステムアシストのお陰で、このゲームの自由度は今までのゲームの比ではない。茅場の天才具合がよく分かる。

 

 しかし、それは別として俺のやっていたことはビギナーにしては異質らしい。キリハはいえいえと顔の前で手を振りながら答えた。

 

「普通は敏捷や器用を余程上げたりとかしない限り連続でクリティカルは狙えないんですよ。ハチさんがビギナーってのが未だに信じられないくらいです」

 

 その様子からどうやらキリハは本当にそう思っているらしい。ゲームだと分かっていても、最早反射的な俺の観察能力で、相手を逐一疑ってしまうのは問題だな。相手に失礼だし、気を張る俺自身も疲れる。

 

 まああちらさんはそんなことは露知らず、って表情だがな。相手が勘繰り深くない方がこちらとしては助かる。同時に申し訳なく思うがな。

 

 因みに、ハチというのは俺のハンドルネームだ。本名を弄るのが基本だが、その場合ヒキガエルやヒッキーなど、非常に不名誉な名前ばかり浮かぶので、この際簡略化してしまおうと考えた結果だ。うん、案外悪くない。

 

「そんなもんなのかねぇ……」

 

 俺はダガーをしまいながら生返事を返す。

 

 ふと、何かを思いついたようにクラインは口を開く。

 

「つーかハチよぉ、お前なんで俺より攻撃力のないダガーであんな威力が出せるんだ? 俺なんか何回もやらなきゃ死にやしねぇのにハチは大抵一発か二発だろ?」

 

 そう言ってクラインは先程鞘に納めた見やる。まあ、確かにクラインの場合何回も斬らなきゃ死なないが……。

 

「それはお前がソードスキルを上手く使えてないだけだろ。あと、攻撃が浅い」

 

「仕方ねぇだろ! 今までのゲームと違って身体も動かすんだからコツ掴むまで難しいんだよぉ!」

 

 クラインは少し大袈裟にジェスチャーを取る。キリハの説明がありながらどうやらまだ完全修得には至っていないらしい。まぁ、斯く言う俺もそんなに上手いとは言えないがな。

 

「まあその辺はキリハに教えて貰え。ベータテスター様なら、きっと分かりやすく教えてくれるんじゃねぇの?」

 

 ムッ、と私不機嫌ですと言いたげにキリハは頬を膨らませる。え、何それ可愛い。今度小町にやってもらおうかな。多分嘲笑か呆れが帰ってくるな。

 

「ハチさん、勝手に押しつけないで下さいよ。いや、別に教えるのは吝かではないですけど」

 

「ならお前が教えてくれ。適材適所って言うだろ? 俺は教えるのは苦手なんだ」

 

「確かにな! お前さんはそういうの苦手そうだな!」

 

 そう言ってクラインは大声で笑う。コロコロとよく表情が変わる奴だ。キリハもつられて笑っている。

 

 ひとしきり笑い終えるとキリハは俺達に問いかける。

 

「まだ狩りを続けますか?」

 

 ふと、周りを見渡せばログイン時とは異なり綺麗な夕陽がこの幻想的な世界をより際立てるように輝いている。この世界がゲームだなんて、にわかに信じがたいと思う程に。

 

 時刻を確認すると五時から長針が三分の一程回る頃だった。

 

「ったりめぇよ! ……と言いたいとこだけど」

 

 ぐぅーと腹の音が聞こえ、クラインは腹を抱える。

 

「腹減ってよぉ、一度落ちるわ」

 

「こっちの飯は空腹感が紛れるだけだからな。仕方ない」

 

 クラインがそう言うとキリハは少し残念そうな顔をする。

 

「そうですか……」

 

「おうよ! 五時半に出前も取ってるからな!」

 

「用意周到なことで」

 

「ハチさんはどうするんですか?」

 

「俺か?」

 

 本音を言えば、俺は別にどちらでも良いのだが小町もやりたがってるだろうし、ここは流れに乗るべきだろう。

 

「悪いが俺も落ちさせてもらう。妹もこれをやりたがってるだろうしな」

 

「え、ハチさんも妹がいるんですか?」

 

「え、キリハにも妹がいるのか?」

 

 これはもしや……数少ない妹談義が出来る相手かもしれん! これからも仲良くしようかな。

 

「その妹さんとやらは一体おいくつで!?」

 

「貴様に妹はやらんッ!!!」

 

 俺が恐らく初めて出したであろう大声に二人は少したじろぐ。

 

 やべぇ、反射的に否定してしまった。まあ、別にコイツらとも会う機会は特にないし問題ないか。

 

「何というか……」

 

「お前さん……」

 

「シスコンですか?」

 

「シスコンか?」

 

 二人はというと息ぴったりに、そして同時に、二人はドン引きして同じことを呟く。

 

「違う、シスコンではなく妹想いなだけだ」

 

「どこが違うんだよ!」

 

「異性の対象かそうでないかの違いだ。例を挙げれば某千葉兄妹みたいなのはアウトだ」

 

 アイツら凄いからな。街中で告白するわ友人達にそれを伝えるわでかなりの人間巻き込んだからな。俺はああならぬよう専業主夫でいようと思いました。

 

「まあとにかく落ちるから。今日はありがとうな、キリハ」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 俺はそれだけ言ってログアウトしようとすると、キリハは俺に手を振ってくる。何か、何から何まで可愛いらしい子だったな。

 

 そう思いながら、俺はログアウトボタンを押そうとする。

 

 しかし、俺はそれを行うことが出来なかった。

 

 一度、キリハに確認する。

 

「なあ、キリハ」

 

「どうしたんですか? ハチさん」

 

 これが、もし俺の確認ミスであるならば笑い事で済ませられる。

 

 だが、そうでなかった場合。俺は、もしかするととんでもない事件に巻き込まれたのかもしれない。

 

「ログアウトボタンは、どこにある?」




いかがでしたでしょうか?
不穏な空気で始まるのはよくあることです。
本格的に攻略し始めるのは四話くらいになりそうです。(予定)
どうぞ、気長にお待ち下さい。
二話は日付が変わってから、三話は二週間後に投稿予定です。

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