少し変わった乙坂有宇 作:々々
「上手にテントを張りますね乙坂さん」
「ただ慣れてるだけだ」
今回見つかった能力者は『空中浮遊』だった。居ると伝えられた場所は近くの山だ。絆創膏を顔に付けた友利がドヤ顔で、目星を付けていたと言って雑誌を見せてくる。
記事のタイトルは『発見!フライングヒューマン!?』で、乗っていた雑誌はUMAを主に扱っているものだった。
これは早く捕まえなきゃ大変なの事になってしまうんじゃ無いのか? なんて僕の心配は見当外れなようで、友利と黒羽妹は「キャンプだー!」「BBQだー!」とはしゃいでしまっていた。本人は隠そうとしていたが高城も楽しみにしている感じが分かった。
「有宇おにいちゃーん! こっちもやってー!」
そして泊まりになる事は容易に想像できたので、歩未が一人になるから駄目だと友利に伝える。これまではどれだけ遅くなっても、歩未が寝る前には帰って来られたので良かったが今回はそれは無理そうだったからだ。
そうして帰ってきた答えが「なら、歩未ちゃんも連れて来ていいですよ」だ。来なくていいですと自宅待機を期待していたから、行かなければいけなくなったことに対しての面倒臭さ。それと予想してもいなかった返答が驚き。
友利達がキャンプ道具の準備をしている間に、僕が歩未を迎えに行き近くのスーパーで待ち合わせをした。
「乙坂さんすごいですっ!」
「こんな男でも頼りになるんすね」
「おい友利、一言余計だ」
大変なのはそこからだった。
◆
「キャンプなのですー!」
「今日は僕ら二人じゃないからはしゃぎ過ぎるなよ」
「もー、それくらい分かってるよ。それでそれで一緒に来る人って誰?」
「生徒会のみんなだよ」
「ってことは友利のおねえちゃんも?」
「あぁ」
「あの割烹着の人も?」
「高城のことか?あいつもいるぞ」
「他にもいるの?」
「とっておきがもう一人な」
「たのしみなのですぅー!」
荷物の入ったリュックを背負って歩道でグルグル回りだす歩未の頭を撫でる。ハロハロの熱狂的なファンでの歩未には、新しく生徒会に入って今日やってくるのが黒羽妹であることは伝えない。僕のちょっとしたサプライズで歩未をびっくりさせてやろう。
どんな反応をするだろうか。素直に好きなアイドルに会えることに喜ぶか、それとも嬉し過ぎて気絶してしまうだろうか。うん、どっちの歩未もかわいらしいだろうな。
「あれかな?」
歩未が指差した先には大きな荷物を持った人影が3つ。間違いない、あれだろう。一人走っていく歩未の後ろを追いかける。
一足早く三人との合流を果たした歩未は深々と頭を下げ、顔を上げるとそのまま後ろに倒れた。地面とぶつかる
「歩未! 大丈夫か!?」
何があったか分からず駆け寄る。友利の腕に抱かれる歩未を覗き込むと、僕がとてつもなく美味しいピザソース料理を作った時にしか見せたことのない笑顔をしている。
あと鼻から鼻血が出ている!
「はわわ! どうしちゃったんですぅ?」
「止血します!」
その場はパニックだ。鼻血を出す中学生に、初めてあった同級生の妹がいきなり鼻血を出して驚く元アイドル。その姿に興奮する男子高校生。そして歩未の止血に取り掛かる女子高校生。
何だこれは。
◆
集合場所のスーパーから少し離れたところに設置されている公園のベンチに歩未、柚咲、高城の三人がいた。鼻血を出した歩未を安静にするために場所を移動した後、残りの二人はもともとの目的であるスーパーに行った。
それからしばらくして歩未は復活したが、再び柚咲を見て鼻血を出したのはご愛嬌だ。
「やっぱり! おにいちゃんと友利のおねえちゃんは付き合ってるってことでいいんだよね」
「確かに仲はいいかな。私が生徒会に入ってからもずっと二人で話してることが多いもん」
「ですがあれは話というより口論ですよ」
すでに挨拶も終わり、すっかり柚咲に懐いた歩未は二人のことについて尋ねる。いつも自分にベッタリな
だがいつも会話を聞いている二人からすればなんとも言えない質問だった。生徒会室で真面目に書類仕事をしている時でさえ、記憶の違いやまとめ方の違いによって口論を始める。
それを仲がいいと言えば仲がいいが、男女の甘酸っぱいものでなく兄弟の口喧嘩ようなものだったりする。
「そう言えば今日。怪我をした友利さんを乙坂さんが連れてくるなんて事がありましたね」
「あれはびっくりしました!」
「ほぉ!有宇おにいちゃんやりますなぁ!」
どこか波長の合う三人は肉と野菜を大量に買ってきた有宇と友利がやってくるまで色々と話をした。
◆
テントを張るという慣れすぎて思考停止でできる作業は、この山に来るまでのことを思い出しているうちに終わってしまった。憧れの黒羽妹と会って鼻血を出す歩未、BBQは肉が命と
こんな山に来ているからか、その時はうるさいと思ったことも何だか楽しいことのように思えてきた。
この際だからさっきのBBQの事は一旦忘れよう。あんな肉まみれのBBQなんて僕はBBQだと認めない。何だよあいつらは、肉ばっかり食いやがって。歩未に悪い影響があるかもしれないだろう。
残った野菜は明日の朝のスープにもするか。
「ひえっ!まだ夏になってないから川の水が冷たいな」
「長く浸かっていると体が冷えてしまいますので、頭を洗い身体を拭いたら早く上がってしまいましょう」
食事を終えた僕らは、重い荷物を持って山に登ったり炭の煙を浴びて汚れた体を洗うために近くの川に来た。歩未たちはテントの近くでドラム缶風呂を使っている。
僕もこんな冷たい水よりも、温かいお湯を使いたかった。
「乙坂さんもそこそこ鍛えてるんですね」
「体育で無様な姿は見せたくないからな」
「あなたらしい理由で安心しました」
「というか、お前に言われても皮肉にしか聞こえないけどな」
体育で準備運動と称してする腹筋や腕立てなど、あれを何気なくこなすためには当然だ。そのために偶に家でもやっている。
だが、高城の身体は本当に鍛えぬかれた肉体だ。
「お前って着痩せするタイプなんだな」
「私の場合は能力を制御する過程で仕方なくなんですが」
高速移動は本当に痛そうだ。さっきも、川に入る前に当たり前だが服を脱ぐのだが、制服の下には衝撃を吸収するプロテクターを着ていた。
あんな目にも止まらぬ速さでぶつかったら自分に返ってくる衝撃は想像を絶するものに違いない。今思うとあのプロテクターだけで衝撃を殺せるのだろうか?高城の体を見たところ青痣や傷跡が見当たらない。
「まだ女性陣のお風呂は終わってないと思いますが上がりましょうか」
「そうだな」
経費で落としたスーパーで買ったバスタオルで体を拭く。
寝間着も制服でいいでしょと提案してきたが、シワがついたりしたら嫌なので適当にスーパーで見繕った。
「そういえば前々から気になってたんだが、お前と友利って付き合い長いのか? 高校の生徒会で知り合ったにしちゃ随分と連携が取れてるから気になってたんだ」
「私と友利さんの出会いですか? 中学2年生の時のことです。私は星ノ海学園附属中学に1年生の頃から通っていたのですが、その前にいきなり知らない人が私の家に来て……」
どうやら僕は地雷を踏んでしまったようだ。
高城に声をかけても話は止まらない。
◆
「ほんとーっに友利のお姉ちゃんは有宇お兄ちゃんと付き合ってないの?」
「何回もそう言ってるじゃないすか。歩未ちゃんの前で言うのも何ですがあたしはアイツが嫌いですし」
ドラム缶風呂は確かに気持ち良かったですが、楽しいのは最初の一瞬だけでした。憧れのドラム缶風呂に入れた満足感ですぐに飽きてしまいました。
男共にはそこそこ時間がかかるからすぐ帰って来んな、なんて言いましたがそんな必要はありませんでしたね。既に全員入り終わり、黒羽さんはバーベキューの残りの火で焼きマシュマロを作っています。
偶に聞こえてくる豪快な叫び声はあまり気にしたくないですね……。
あたしはテントで歩未ちゃんの濡れた髪をタオルで乾かしています。家では
普段なら乙坂有宇に引いてる所ですが、歩未ちゃんの満面の笑顔を見てしまうとなんでもやってあげたくなります。
あたしは兄にこんな表情を見せた事はあったでしょうか。もう忘れてしまいました。
「確かに有宇おにいちゃんは無愛想で生真面目で融通が効かなくて、ぜんっぜん女心を理解してないけど」
「妹にここまで言われる兄って」
「でもそれって有宇お兄ちゃんなりの優しさなんだ」
優しさ?
「有宇お兄ちゃん責任感が強いから、一回でも関わったら最後まで完璧にやらなきゃいけないと思ってるんだ。でも、そんな事できないって思ってるから人との交流を減らして今自分に出来ること出来る事、家族を守ることに専念してるの」
「…………」
「だから友利お姉ちゃんとか、ゆさりんとか高城さんがそんなの気にしないで、有宇お兄ちゃんと楽しそうにしてると歩未もうれしいのですー!!」
おまたせしました。
アマゾンプライムでCharlotte見れたので、続きかけました。