少し変わった乙坂有宇   作:々々

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書き溜め投稿はエタリそうだったので中止です。


崩壊

 私は貴方の悲しむ顔が見たいんです。

 

 私は貴方の絶望に沈む顔が見たいんです。

 

 私は貴方の壊された顔が見たいんです。

 

 私は貴方の全ての表情(かお)が見たいんです。

 

 おかしいですか?

 可笑(おか)しくないですよね。

 だって可怪(おか)しいのですから。

 

 だからまだ挫けないでください。

 

 全てを知って、全てを悟り、絶望し、泣き、叫び、挫け、それでも良ければ笑って私に会いに来てください。

 

 その時私は生きた意味を知るのだから。

 

 私は待ってます。

 

 乙坂さん。

 

◆ 

 

 歩未が友利達に恐かったと言った悪夢の内容を聞き取る事には成功した。その内容はは具体的ではなく抽象的なものだったが、そのまま友利に伝える友利は納得したように頷いた。

 

「それが歩未ちゃんが見た夢の内容ですか。正直言ってあまり良くないかもしれません」

 

 昨日出た熱が微熱と言えるほどなった。学校に行けるようではあったが、心配なので今日は歩未を家に置いてきた。見た感じ元気で、いつもの1.5倍体を持て余しているようにすら感じた。だがそこは心を鬼にして、もし学校で体調を崩したら駄目だろと説得して今日も休ませることに成功した。

 その際に夢の内容もちらっと聞いた。詳しく聞きすぎて神経質になっても悪いし、眠れなくなっても為にならない。

 

「何かあるのか?」

 

 僕が尋ねると高城と黒羽妹が目を伏せる。友利は一度深呼吸をしてから口を開く。

 

「昨日、貴方がいない間に能力者を見つけたと報告があり場所を教えてもらいました」

「へぇ、そいつとは接触できたか?」

「はい。その可能性があるかも、と思える対象には会って話をする事が出来ました」

 

 どうしてこんなに勿体振る言い方をするのだろうか。何か問題でも起きたのだろうか。前の能力者の時から友利の調子が悪そうだったから、もしかしたらそうなのかもしれない。

 

「能力の名前からどれくらいの規模のものか分からないのでまずは様子見、ということであたしたちの中で一致しました」

「よく分からない名前だったのか」

「そういう事ではありません。名前は至ってシンプルです」

 

 確かに黒羽の件のときに伝えられた『発火』と能力。名前がシンプルで、僕は最初はライター程度の火力だと思っていた。それが部屋全体を燃やすものだとは思わなかった。あれが規模的にも能力の強さ的にも一番大きいだろう。

 『念写』も『念動力』も『浮遊』も、小さな紙にしか写せなかったし非生物にしか掛けられなかったり制御できなかったり、あれこれ制限が付いていた。

 『発火』の弱点と言えば、おそらく黒羽姉のセンスが無きゃ使いこなせない事と延焼しない事だ。延焼しない事は寧ろ利点と言えるかもしれないが。

 

「能力は『崩壊』」

 

 だからこそ、この能力の危険性がはっきりと分からない。周りすべてを壊し尽くし災厄をもたらすのか、はたまた対象は手のひらサイズのもののみ、などと制限がついているのか。

 

「確かに下手に手を出して大惨事になったら大変だからな。それで、何処にいたんだ?」

「ここです」

 

 指差すのはいつもずぶ濡れになってやってくる男が、僕らに能力者の場所を示す際に使われる地図。能力発動に必要な条件である水を頭から被り、滴る水を能力者がいる所に垂らす。

 水は時間が経ったら乾くため、男が帰ったあとに赤ペンで×印を付けている。脇に書かれている日付が昨日のものを探し出す。

 

「学生寮か……」

 

 星ノ海学園に併設された学生寮。中学生と高校生が住む寮、男子女子の違いなどの理由で学校中心としてだいたい同半径円状に立ち並んでいる。僕達兄妹はどちらかと言えば中学生に近い家族兄弟向けの部屋数が多い寮に住んでいる。

 

「ここって」

「はい。乙坂兄妹が住んでいる所です」

「僕達の近くにいるっていうのか?」

 

 能力に目覚めるのは思春期になってから。この大前提を元にしても、中学生が多い僕達の住んでいる寮に能力者が居てもおかしくはない。寧ろ普通だと言っても構わない。僕だって目覚めたのは中学三年生だ。

 

「乙坂さん」

「なんだよ友利。的外れな事を言ってはないだろう? それともなにか変な点があったか?」

「これを伝えられたのはお昼です」

「それがどうした?」

「昨日は平日です。平日の昼に寮に居て、尚且つ能力が発症しうる年齢の人がどれ位いますか?」

 

 平日の昼間にそんな奴がいるだろうか。それは不登校な学生か、もしくは……

 

「病気で学校を休んだ学生……」

「そうです。つまりは」

「そんな! 嘘だっ!」

 

 恐ろしい程頭が冴え一つの結論に至る。

 歩未が能力に目覚めた、なんてこと信じたくない。

 

「嘘だ!」

「あたし達もそう望んでいます。……この言い方は適切ではないっすね、望んでいました」

「……………」

「今日確認してみた所、あなた方の住む寮で学校を休んだ人は歩未ちゃん以外居ませんでした」

 

 言葉が出ない。

 思考が纏まらない。

 

「ここからはあたしの推測になりますが、話してもいいですか」

「……あぁ」

「あたし達の能力は外部からの衝撃、能力を使おうと思う心だったりストレスだったりをトリガーとして発動するものだと思われます」

 

 黒羽さんは違いますが、能力発動の条件が二人なのでどちらに発動権があるかは分かりません。と、今回は無視するらしい。

 

「何が言いたいかと言うと、強い感情が表に出ないような生活をしばらくの間続ける必要があるかもしれません」

「と言うと?」

「学校に行くのを暫くの間控えることを勧めます。学校は楽しい物ですが、その分様々な人と出会い知らない間にストレスが溜まりますから」

 

 その事を伝えたら歩未はどんな顔をするだろうか。毎晩ご飯の時に楽しげに学校での事を伝えてくれる光景を、もしかしたら二度と見れないのか。

 だがそれと同時にもし歩未に何かがあったら嫌だ、という感情も生まれる。

 

「だ、だけど何も昨日急に能力に目覚めた訳でもないだろ? 今までだって能力を持ちながら、普通に生活出来てたじゃないか!」

「それはそうですが……もしもがあったら大惨事になりうるかも知れないんですよ」

 

 分かってはいるが、でも……。

 

「これからずっと、と言うわけでもありません。信頼できる人、あたしの兄に病院を紹介してくれた人が能力に対する薬を開発したと連絡がありました」

「だから、それまで我慢しろって言うのか?」

「そこまでは言ってません。こちらでも、何かしらの方法を探し援助したいと思います。これはあたしだけで無く、生徒会の全員の気持ちです」

 

 友利がじっと僕の目を見つめる。

 これまで顔を背けていた二人も、僕の方を真っ直ぐ見つめている。

 

「……分かった。なんとか歩未を説得してみる」

「ありがとうございます。まぁ、貴方が嫌だといった所で既に手は打ってあるのでどうしようもないのですが」

 

 これまで生徒会室に充満していた堅苦しい空気が、友利の一言で霧散する。ケロリと、とんでもない事を意地悪な顔で言ってきた。

 

「は?」

「既に寮や校長には連絡していたので、もし乙坂さんが歩未ちゃんに学校に行く事を許可しても学校で返されますし。その後の安全も寮の方で準備をしてもらっていました」

「おい」

 

 なんだよこいつは。少し見直したと思ったら、いつも通り腹案を持っていやがった。まぁそれもそれで今は落ち着く要因になっているのは否めないが。

 

 その時だった。ポケットの中で携帯が震えた。

 なんだと思って見てみたら、画面には中学校の電話番号が映し出されていた。

 

 

「暇なのです〜。熱があるって言っても37℃も無いし、有宇お兄ちゃんは心配しすぎだよ」

 

 歩未は体を持て余していた。

 なんて言ったって昨日一日、ずっと布団で横になっていたのだ。熱が上がったりはしたものの、あまり高くならなかったこともあり体力が有り余っているのだ。

 

「学校行きたいなぁ」

 

 思い浮かぶのは昨日来てくれた友達だ。転校初日から話しかけてくれて、『あゆっち』『のむっち』と呼び合うようになった野村だ。

 早く来てね、と言ってくれた。その言葉を思い出すと、どうしても学校に行きたくなった。

 

「もう熱もないのになぁ」

 

 熱を測っても全然高くない。

 これはもう学校に行くしかない! そう思ったら行動は早かった。ボサボサになった髪を直す。いつもは有宇にやってもらっているため、少しばかり跳ねていたりする。一日ぶりに制服を着る。

 

「隠密でござる〜‼」

 

 コソコソとバレないように部屋を出る。鍵を締め、エレベーターではなく階段を使って管理人にバレないように出る。管理人室に居る管理人にバレないように、屈み込み管理人室の小窓の下を歩く。

 

 だがここで大きな壁が立ちはだかる。

 寮と外との境界である自動ドアだ。突然人影もなく自動ドアが開いたら、管理人も直接こちらを見に来るだろう。更に自動ドアの外側には監視カメラが付いている。そこに映るのも不味い。

 

 そんな時だ。外から宅配便の制服を着た背の小さな女性がインターフォンで管理人室とやり取りをする。ペコリを頭を下げると、自動ドアが開いた。

 配達人は大きな荷物で死角になっていて、歩未の事は見えなかったようだ。閉じそうになる自動ドアに体を滑り込ませて、そそくさと寮から離れていく。

 

 

「はい? 歩未が学校にいる?」

『私は直接見てはないんですけど、隣のクラスの先生から教えていただきました』

 

 どうしてだ? 歩未には家にいるように言ってある。友利達も管理人や学校に言って対応してある。

 

「歩未の事は校長先生から聞きましたか?」

『歩未ちゃんのことですか? ……いえ、校長は何も言っていなかったと思います。』

「そう……ですか。歩未の事教えていただきありがとうございました」

 

 通話を切る。

 気付けば体が勝手に走り出していた。

 

「どうしたのですか?」

 

 ドアの付近にいた高城に腕を引っ張られる。鍛えてるせいか、振り払おうとしても振り払えない。

 

「歩未が中学校に居るんだよ‼」

「なっ! それは本当ですか?」

「どうして僕がこんな嘘をつくんだよ! さっさと離せ‼ 嫌な予感がするんだよ!」

 

 虫の知らせというか、肌がピリつく。早く行かなければ取り返しの付かない事になってしまいそうな予感がする。

 まだ腕は振り払えない。

 

「兄が妹の心配をしなきゃ、何をするってんだ!」

「あたし達も行きます」

 

 高城の力が緩み、腕を振り切る。乱暴にドアを開け生徒会室を掛け出る。階段を転びそうにながらも急いで駆け下り、うち履きのまま学校を出る。

 

「こちら高等部生徒会! はやく……」

 

 後ろから友利の大声と三人の足音が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓がバクバクと音を鳴らす。

 中学校まで走った体は、降っている雨でずぶ濡れになっているにも関わらず熱を持っている。

 

 疲れた身体は酸素を求めている。

 なのに、どうして。うまく呼吸が出来ない?

 

 校庭から見る中学校の校舎は屋上に近い所から罅が入っている。理解が出来ない、理解が出来ない。

 罅が大きくなると次に校舎が崩れ始める。罅の始まりだった所は一番先に崩れる。

 

「まって」

 

 声が漏れる。

 

「まって」

 

 手を伸ばす。

 

「待てよっ!!」

 

 崩れた所に人が見える。

 距離なんて関係なくてまるで目の前で見ているような、そんな錯覚に陥ってしまう。

 何も出来ないまま落ちて行く人。

 歩未が落ちて行く。

 

 校舎の崩壊は想像よりも遅い。だけど、歩未だけが重力に引っ張られる。

 

 

 

「あ゛あ゛ああァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 


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