少し変わった乙坂有宇   作:々々

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変化

  「我思う、故に我在り」

 

 そんな言葉がある。これはフランスの哲学者のデカルトの言葉だ。自分がどうしてここに存在しているのか、それを考える事自体が自分の存在を証明する。なんて考え方だったと思う。詳しくは知らない。

 僕はどうして自分は自分でしかなく、他人ではないのか、ずっと疑問であった。だから僕は『我』ではなく『他人』を思ってみた。

 

  「他人思う、故に我あり」

 

 僕が他人を思う事で、僕が自分ではなく他人となる。

 自分と他人の認識が重なる。

 重なって、自分の存在が変わっていく。

 

 

◆ 

 

 変化に気がついたのはふとした瞬間だった。

 何となく道を歩いている同級生、ただ同じクラスで勉強している名前も知らない奴を見ていた時だ。クラっと視界がブレ、次の瞬間いつもより視点が高くなっていた。

 訳も分からず横から知らない誰かに話しかけられてる内に再び視界がブレる。そうして次は視点が低くなっていた。

 視点が低くなっていた理由は単純で、僕が道路に座っていたからだ。そして少し前まで前方を歩いていた同級生グループはある一人に向かって「急に立ち止まってどうした?」と言っている。

 

 家に帰り、僕は何が起きたのか様々な実験をした。そうして僕は自分の異能の力を理解した。

 僕は他人に5秒だけ乗り移ることが出来る。

 きっとこれは僕が昔から思っていた事が表面に、目に分かるように現れたのだろうか。少しズレている気もするが、そこは問題ではない。

 問題なのは僕がこの力をどのように使うかである。5秒というのはその人に代わって何かをするとなると結構短い。ソレに自分と勝手の違う身体を動かすのは中々困難なものである。

 だから僕は視界をジャックする為にこの能力を使うのが最適解であると決断を下し、行動に移した。

 

 まず最初にしたのはテストのカンニングだ。

 自分で言うのも何だが、僕は頭が良くない。だから自分の成績を誤魔化すために、テストの丁度いいタイミングで相手に乗り移り解答を覚える。それを数回繰り返して自分の解答を完成させる。

 自分の努力なしに成績が上がることより心地いいものはない。僕はこの快感に一年間ハマってしまった。

 しかし、コレもすぐに終わりを迎えることになる。だってこんな張りぼては、ちょっと風が吹けばすぐに倒れてしまう。勉強を聞かれてもすぐ簡単には断れないし、答えられないと怪しまれてしまう。

 何より、僕がこんな能力を持ってると知られたら事だ。でも、それを恐れてカンニングを止めたら僕の成績は途端に悪くなる。まさしく僕は自分で自分の首を締めていたという事に気がついた。

 

 それから僕はカンニングを止め……ることは無かったが、その数を減らしていった。その分授業中に先生が雑談をしているような時に、勉強出来る奴らに乗り移りノートを見た。勉強できる奴はどんな風にノートを取っているのか。それが分かれば、ぼくも頭が良くなるのではないかと。

 結果は成功。段々と授業が分かるようになり、自力で問題も解けるようになっていった。だが、そうなる頃には時既に遅し。高校受験が目の前に迫っていた。

 親の居ない僕ら兄妹には親戚から生活費として幾らかお金が振り込まれるが、極めて最低限なものだ。高校に通うとなると、私立なら入学金と授業料が。公立だとしてもここの付近には無いので通学にお金がかかる。

 どうにかならないかと高校を調べて結果、家の近くにある私立陽野森高校に成績優秀者の入学金及び授業料免除があるという情報を手に入れた。

 

 それに気づいてからの時間は早すぎて覚えていない。歩未にご飯作りを任せっきりにしてしまったり、家に帰る途中にある塾に忍び込み、同じ陽野森高校受ける頭の良い人を探すのに熱を注いだ。

 結果は合格。

 僕にでも解ける簡単なものは時間をかけ丁寧に。難しいものは予めリークしておいた人に乗り移り答えを覚えて、自分の解答用紙に移す。僕の持てる力をすべて出し切ったこの作戦により僕は主席で陽野森高校に受かった。

 

 

 

 今思うとここから既に何かが始まっていた。

 僕が能力を頻繁に使っていたにも関わらず、高校1年生になるまで見逃されていたこと。

 どうしてそのタイミングで僕と友利が出会ったか。

 

 

 

 

 

「好きです! 私と付き合ってください!」

 

 いつものように放課後体育館裏に呼び出された僕は、これまたいつものように女子生徒に告白された。その子はショートカットヘアで、上目遣いで僕を見る目は少し涙が浮かんでいる。

 

「ゴメンね。僕は誰とも付き合うつもりはないんだ」

 

 僕は断られた彼女を見ても、何の感情も浮かばなかった。自分のことなのに他人事のようにしか感じられない。出来るだけ気をつけてはいるが、ついつい単調で感情が篭ってない様に聞こえる返事にも彼女は引き下がらない。

 

「一回一緒にお茶するだけでも! 最初はお友達からでもいいんです」

 

 僕の手を掴み、真剣な目付きで頼みこんでくる。

 どうしてここまで僕なんかに本気になれるのだろうか。確かに僕の顔は平均以上だと言うのは本当の事だし、能力を使ったが実力で勝ち取った主席というステータスもある。

 だがそれだけだ。目の前の子はクラスも違い彼女については何も知らない。その逆もまた同じで彼女も僕のことを知らない。それなのに好きだと言うのはおかしな話だ。

 

「僕は今の成績を維持するために睡眠時間を削って勉強してるんだ。残念ながら君のために時間を割けるほど余裕がない。それに、僕は妹と二人暮らしだから家事もしなくちゃならないんだ」

 

 嘘をつく時に大事なのは全てを嘘で繕わないことである。一部でもいいから、真実を混ぜることで嘘は真実味を増すことになる。今回の場合は「成績を維持するため」が嘘だ。

 

「そんなぁ……」

 

 目の前でポロポロと涙を流す彼女にハンカチを渡して僕は校門の方へと立ち去る。まだ高校生活が始まって一ヶ月も経っていない。だから後々、僕よりも絶対いい人が現れる。こんなにも立派に感情を表現でき、可愛らしいのだから案外あっさり付き合っていたりもするのか。

 

 

 

 

 その日の帰り。歩未から夕飯用の食材が足りないとメールを貰ったので、通学路にあるスーパーによって野菜などを買った。お菓子コーナを見ると「星座クッキー」なるものがあったので、星座が好きな歩未の為にそれも一緒に買った。

 そう言えば僕が高校生になってからまだ星を見に行っていないな。再来週からテスト期間に入ってしまうので、今週の週末のうちに山に行くのも良いかもしれない。キャンプという形になるので、ご飯はどうしようか。

 

 そんな事を考えながら再び帰路に着くと、建物と建物の間にウチの生徒が他校の生徒に絡まれている様子が目に入った。だからといって絡まれている生徒を助けるほど、僕は情に厚くない。

 意識を切り替えて、目線を前に向ける。自分には関係ない。ああいう奴らに絡まれてしまった人達の運が悪かっただけ。だから僕は関係ない。

 でも、でも。僕は見てしまった。僕に目線を向けている女子生徒に。絡まれながらも、小さな希望として僕を見つけた彼女に。

 だからどうした。彼女を助ける方法を考える。

 別に彼女に気があるとかそんなんじゃない。たとえ彼女が次席の白柳弓であったとしてもだ。

 僕が気にするのは世間体。彼女が明日学校で「乙坂有宇は私を助けなかった臆病者」なんて言い出したら、僕の完璧な生徒像が崩れさってしまう事間違い無しだ。それは困る。だから僕は彼女を助ける。立派な理由の完成だ。

 作戦は簡単。僕が乗り移って、その場を荒らす。その隙に彼女を逃がすだけ。

 一番近い建物に寄り掛かり、食材の入ったエコバックを道路に置く。もうひとつ手に持っていた学生鞄を肩より高く持ち上げ、その状態で能力を発動する。

 

「なんだっ!?」

 

 僕の体から力が抜けることによって鞄は地面に落ち、そこそこ大きな音を立てる。他校の奴らはそっちを見ることとなる。

 一番近い道路に近い奴に乗り移った僕は、白柳さんの目の前にいた男の顔面を思いっきり殴る。乗り移った奴のセンスがいいのか顔面にモロに入った気がする。

 殴った奴が殴り返そうとした所で意識が僕の体に戻る。再び乗り移るためその様子を見ると、中々ギスギスし始めている。

 自然と零れそうになる笑みを堪え、次は一番奥の男に乗り移る。先ほど殴った男の肩を叩き振り向かせ、逆の頬を殴る。そしてまた同じような時に意識が戻る。

 完璧に仲間内で喧嘩が始まったので、音を立てず静かにでも素早く白柳さんに近づく。さっき乗り移った際あと一人一緒にいることも分かっているので、それも考慮にいれて行動する。

 

「逃げるよ。友達の手を繋いでいてね」

 

 白柳さんの手を掴み、白柳のもう片方の手が別の一人の手を掴んでいることを確認して大通りに出る。角に置いておいた荷物を持ち上げ道を駆ける。

 後ろを向くと少し苦しそうな白柳さんと結構元気そうな少女A、そして追いかけてくる他校生達。彼らの追手から逃れるため、一度角を曲がった先にあった喫茶店の中へと僕達は入っていった。

 

 

「ありがとうございました!」

 

 逃げ込んだ喫茶店の大通りから見えない奥に僕らは座った。白柳さんは肩で息をしているし、僕もここまで走ることがなかったので喉が渇いた。隣の子は何故か目がランランと輝いている。

 店員を呼び飲み物を頼む。しばらくして飲み物がやって来る。各々が喉を潤す。ようやく落ち着きを取り戻した白柳さんは隣の子と、僕には聞こえない大きさで話をする。耳を凝らせば聞こえる気もするがそこまで気になるわけでもないし、小言で話すということは話を聞かれたくないというだろう。

 適当に店のメニューを眺める。個人営業の純喫茶であることと、頼んだジュースの美味しさから推測した通り値段が結構高い。ここじゃなくてファーストフード店の方が良かったか。

 歩未に帰りが遅くなるとメールをする。すぐに「わかったのですー!」と帰って来て、相変わらずだなと笑みを零す。二人には見えないようにだけど。

 

「「ありがとうございました!」」

「乙坂くんが通りかからなかったら私達……」

 

 顔を上げると目の前の二人が頭を下げお礼をして来た。女子二人に頭を下げさせる、なんていう光景は他の人から見たら僕が悪者になってしまう。

 

「気にしなくていいよ。それより顔を上げて」

「しかし!」

「せっかくの飲み物が温くなっちゃうから」

 

 渋々といった様子で僕の言葉に従う。

 これにて僕の危険は完全に取り去られた。

 

「それで二人はどうしてあんな所に?」

「それは……」

「アタシ達いつもの喫茶店で勉強しようとしてたんだ。その途中で近道があるってアタシが言ってあそこを通ったら、って感じ」

 

 言い淀む白柳さんに代わり隣に座るみっちょん(暫定)が話をする。普段あの通りを帰り道にしている僕だが、あんな所にあんな奴らがたむろっているのを見たことがない。どうして今日に限ってあそこにいたのだろう。

 

「でも私失礼ですけど驚いちゃいました。乙坂さんってもっと冷たい人だと思ってました。あっ! 乙坂さんを悪く言うつもりは無いですよ」

「弓はクールだって言いたいのかな?」

「そう! それ!」

「僕ってそんなに冷たく見えるかな?」

 

 心の中ではそれで合ってるよと思いながら、少し傷心していますみたいな顔を作って飲み物を飲む。心では全くそんなことを思ってもいない。優しくするのは歩未位なのだから。

 

「あの噂を耳にしてしまって」

「噂?」

「はい。えっと……」

「乙坂くんが交際の申し込みを断るのは人間が嫌いだから、って噂だよ」

 

 何だその噂は。全く持ってその通りじゃないか。

 

「確かに人付き合いは苦手かな」

「けど乙坂くんは私を助けくれました! 乙坂くんはいい人です!」

 

 学園のマドンナからいい人と評価されるのと同時に、17時を知らせる時報が鳴りこの場はお開きとなった。

 

 

 

「今日のご飯も美味しかったなのですぅー!」

「はい、お粗末さまでした」

 

 やはり自分の作った料理を美味しく食べてもえるというのは嬉しい。歩未と二人で食器を台所に運ぶ。今日は僕がご飯を作ったので食器洗いは歩未の仕事だ。

 

「有宇おにいちゃんはどうしてピザソースを使わないの? 昔からずっと好きなのに」

 

 乙坂家特製のピザソース。

 既に家には居ない母親が僕ら子供に美味しく野菜を摂取してもらおうと作られた、激甘のピザソースだ。昔からその甘さが癖になってはいるが、何でもかんでもピザソースで赤くするわけない。

 

「ああいうのは毎日使ったらありがたみが無くなるだろ。大切な記念日だとかそういうのを見計らって使うんだよ」

「そんなものなのかなー」

「まだ毎日が楽しいからそう言えるんだよ」

「有宇おにいちゃんは楽しくないの?」

「偶にくらいかな」

 

 学校で生活しているよりも家でこうしている方が何百倍もマシだ。素を出して歩未と話す、これが僕の中で最も幸せな時間だ。

 気付いたら親もいなく、家族は歩未しかいない。生活費を送ってくれている叔父もいるが会ったことは一度もない。

 

 やるべき予習復習を終え寝室へと姿を変える居間に布団を敷く。他人に乗り移ると体力的には何もないが、精神的に疲れる。今日もぐっすりかもしれない。

 布団にもぞもぞと入り歩未の部屋に目を向ける。ベランダへの窓が開いている。また天体観測をしているのか。あっ、そう言えば。

 

「あゆみー」

「なんでござるかー?」

「……夜なんだから静かにな」

「了解なのですぅー」

 

 その返事すら大きいのに本当に分かっているのか?

 話題はそっちじゃなかった。

 

「今週末クラスメイトと予定入ってるか?」

「入ってないよ」

「なら山に天体観測にでも行くか」

 

 言い終わるとすぐに腹部に鈍い衝撃がやって来る。痛くて叫びそうになるが、壁ドンが怖いので何とか我慢する。体鍛えようかな。

 患部を見ると目をランランと輝かせる歩未がギューと抱きついている。そこまで嬉しかったか。

 

「絶対! 絶対行く!」

「なら今日からどうすればいいか分かるな?」

「早く寝るでござるー!」

 

 テキパキと望遠鏡を片付け布団に入る。

 ぼくもそれを見届けてから眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 それはどこか懐かしくて、記憶の片隅から呼び起こされたような夢。

 

 場所は家の近くの河川敷。

 右手には僕の手を握る歩未の姿がある。

 

「ゆう! あゆみ!」

 

 僕ら二人の名前を呼ぶ誰か。

 その人の顔を見ようと顔を上げる。

 

 瞬間夢から目覚めた。

 




賢さ↑ シスコン度↑

多分続かない(感想しだい)

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