霊夢がこのすばの世界に行くそうです   作:緋色の

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バニル、甦るため倒し方不明。このすばで一番のチート。


第十二話 その巫女仮初めなり

 ゆんゆんが我が家に居候することになって間もなくにダクネスは帰ってきたんだけれど……。

 以前にも増して難しい顔をするようになり、ちょくちょく溜め息を吐いている。

 実家に戻ってから何があったのか。

 それと溜め息が鬱陶しい。

 ダクネスと二人きりになった時に私は苛立ちを隠さずに聞いた。

 

「ダクネス、何があったか知らないけど溜め息鬱陶しいわよ」

「す、すまない……」

 

 自覚はあったのか、ダクネスは申しわけなさそうにしながら謝る。

 だけど私は謝ってほしくて言ったわけじゃない。

 手元のお茶を飲んで、冷めた紅茶をただ見つめるダクネスに言った。

 

「何があったか言いなさい」

「いや、これは当家の問題で」

「この家で悩んでるならこの家の問題よ」

 

 私の言葉にダクネスは浮かない顔になる。

 溜め息こそしてないが、鬱陶しい。

 こいつとパーティーを組んでから数ヶ月経ったけど、ここまで鬱陶しいのははじめてだ。

 いつもは変態性を遺憾なく発揮して気持ち悪いと思わせてたのに。

 まるで普通の人みたいに悩んで鬱屈としている。

 この数日、あえて見逃してきたけどそろそろ限界だ。

 ダクネスは自分が原因で苛立たせてると理解してるようで、体を小さくして、私をチラチラと見てくる。

 空気が重い。

 喧嘩をしてるわけでもないのにこんな空気になるなんて。本当に腹立つ。

 

「そこまで思い詰めるほどの悩みなら、この家や私達にも面倒なことをもたらす。いいからさっさと吐きなさい」

 

 何かを言おうとしたダクネスを睨む。

 言いわけとかそんなのは聞きたくない。

 悩みを言えばいいだけだ。

 それなのにダクネスは言えないとばかりに首を振って……。

 

「さっさと言いなさいよ! こらあ!」

「おおあおおお!?」

 

 ダクネスの胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせて前後に激しく揺らす。

 喋らないなら喋らせる。

 激しく揺らされたダクネスは……!

 

「何だろう、これ悪くない……! もっとお願いします!」

「あんたって子は、あんたって子は!」

 

 上気した顔で、鼻息荒く、嬉しそうにおねだりしてきたばかを私はより強く揺らした。

 目的を見失いそうになるが、頑固として何も話そうとしないダクネスを床に転がす。

 

「んあっ!」

 

 変態は嬉しそうに短い悲鳴を上げた。

 乱暴にされることを好むダクネスらしいと言えばダクネスらしいが……。

 私は空気を引き締めるべく深く呼吸をした。

 そして、怒りをぶつけるように見下ろす。

 ふざけていたダクネスは、私の視線は怖かったのか、まるで子供のように目を逸らした。

 

「はやく言いなさい。言っとくけど、言うまでどこにも行かせないからね」

 

 腕を組み、ダクネスを冷たく見下ろす。

 はじめこそ何も言わずにいようとした。

 だけど、私がずっと見下ろしていると、悟ったような顔になって口を開いた。

 

「デストロイヤーを覚えているだろ?」

「ええ」

「細かいことは省くが、奴の通ったところに穀倉地帯などがあってな。それでかなりの被害額が上がったんだ」

 

 それがどう関係してくるのか。

 私はソファーにどかっと座り、頬杖をつきながら床に正座するダクネスを見つめる。

 

「それを私の家が負担したのだが、金額が金額でな。借金をすることになったんだ」

「借金? お金ならデストロイヤーのがあるでしょ」

「いや、そこは問題じゃない。問題なのは借りた相手が悪名高い領主で、返せなかったら奴の息子と結婚しろと言われてな」

 

 それなら事情を話してくれたら、みんなデストロイヤーの報酬を使ってって言うと思うけど。

 大した問題には思えない。

 私の視線に気づいたダクネスは首を振って答える。

 

「既に婚約をしているのだ。これは金を貸す際の条件と言われてな……。金額が大きいから断ることはできなかったし、何より父は、領主の息子は高く評価していてな。借金の件がなくても乗り気なのだ」

「面倒なことになってるわね」

「うむ。レイムの言う通り借金を返したとしても婚約は解消されないだろう。全く、どうして私があんな男と結婚しなくてはならないのだ」

 

 と愚痴るダクネスに私はダスティネス家について思い出す。

 評判はよかったから、ダクネスの父は人格者だと思うのよね。

 そのお父さんがよく思ってるなら悪い人ではないはずだけど、今のダクネスはどうしようもない男に捕まったと嘆いている。

 もしかしてお父さんが見抜いてないだけで本当は極悪な男とか?

 ダクネスはドンと床を叩き、怒りを言葉にする。

 

「その男はな? 部下が失敗したらなぜ失敗したのか一緒に考えようと言い、怒らないのだ。むしろ部下に向き合い、優しく対応するというどうしようもない男でな」

「最、悪? まともじゃないの」

 

 そんな優しい上司とか羨ましい。

 私なんか癖があるだけで優しくない連中に囲まれてたわよ。

 ダクネスの謎の怒りはまだ続いた。

 

「どこがだ! その男は父親の悪政に進言して軌道修正している。善政を敷くために日々勉学に励み、また最年少で騎士に叙勲されている。その上悪い噂もない完璧な男だ」

「それの何が悪いのよ」

 

 本当に何がだめなのか。

 それでだめなら、どんな男がいいのか。

 少なくともダクネスのお父さんが気に入るわけがわかった。

 しかし、私はダクネスのことを何もわかってなかった。

 こいつがどうしようもない変態というのをすっかりと忘れていた。

 

「何が? ばかかレイム! 善政などは私や私の父がやっていればいい! 貴族なら貴族らしくいやらしい目で私の体を見ていればよいのだ!」

「はあ……」

「部下の失敗を責めないだと!? 頭がおかしい! 失敗したメイドを片っ端から抱いて孕ませるぐらいのことをするのが貴族だろうが!」

「……」

「そんなだめ男と結婚しなくてはいけないという私の気持ち、わかってくれるな? 異性にまだ興味が出てないお子様のレイムでもわかるだろ?」

「いや、わかりたくないんだけど。何というか、そのままにしておいた方がいい気がしてきたわ」

 

 というか私が異性に興味ないっておかしくない?

 私だってこういう男と付き合いたいという規準ぐらいは持っている。

 

「あんた、私をお子様って言うけど、そんなことないわよ。私だって付き合う男の最低ラインぐらいはあるから」

「ほう。どんなものか聞かせてもらおうか」

「多くは求めないわよ。私が守らなくてもいいぐらい強ければいいわ。そうね。一人で魔王の幹部と戦っても勝てる程度はほしいわね」

「いや、ハードルが高すぎるだろ」

 

 ダクネスにこいつもうだめだ、みたいな目で見られたが、それは私が向けてやりたい。

 お前みたいな変態と一緒にしないでもらいたい。

 

「いちいち守らなきゃいけないなんて面倒じゃないの」

「しかし、それだと相手が見つからないぞ」

「その時はその時ね」

 

 弱い男しかいない世界が悪い。

 私は自分の最低ラインを下げるつもりはない。

 

「変なところで男らしいな」

「そんなことないわよ。私はいつだって恋する乙女よ」

「恋する? 血に飢えたの間違いじゃないのか」

 

 こいつは私の何を見てきたのか。

 純情可憐で有名な私を捕まえて失礼ではないか。

 この街に来た時の私は右も左もわからず、一緒に来た奴が役に立たなくて泣き出してしまった。今思えば異世界ということで不安が爆発したのね。我ながら恥ずかしい過去よ。そんな私がいてたまるか。

 

「とにかく婚約の件はどうにもならない。……まあ、私も貴族の娘だ。いつかは結婚しなくてはならない時が来るのも事実。父の認める男と結婚できる、そう考えて納得するさ」

「借金ならいつでも言いなさい。デストロイヤーの報酬は渡すから」

「しかし、あれは皆の……」

「あのね、みんなのってことはあんたの分もあるでしょうが。山わけしたら数億エリスになるでしょ」

 

 借金ぐらい余裕でしょ。

 私の話にダクネスはふっと笑い、いつもの微笑みを見せた。

 

「わかった。いよいよとなったら渡してもらう」

「今すぐでもいいのに」

「もう少し頑張らせてほしい。まだその時ではないと思うんだ」

 

 無駄に頑固なところを見せて、ダクネスは私の正面に座る。

 話をするまで鬱陶しかったダクネスはどこにもいない。これでゆっくりとお茶が楽しめる。

 

 

 

 最近、キールのダンジョンからおかしなモンスターが出現しているという噂が上がっていた。

 そのモンスターは動くものにくっついて爆発するだけで、他に攻撃手段は持ち合わせていない。

 だけど自爆攻撃は厄介なものなので、それだけでも脅威的とのこと。

 アクセル最強の冒険者であり、経験値のためなら殺戮の限りを尽くすと恐れられてる私に調査依頼が来るのは当然のことと言えた。

 他にも多くの冒険者がこれに参加している。

 なぜか検察官のセナも同行していた。何でも彼女が今回の依頼を出した人であり、一通りの指揮権を持っている。

 寒い中を、ゆんゆんを含めた私達は進んでいた。

 隣を歩くセナに話しかけられる。

 

「問題となってるモンスターはおそらく召喚されていると思われます。召喚魔法陣を封印し、召喚者を倒すのが目的なので、爆裂魔法でダンジョンを崩して完了と考えないで下さい」

「閉じ込めたらはやいと思うけど」

「術者がテレポートで逃走する可能性もあるので、確実に討伐するためにもお願いします」

 

 経験値の足しになるならやるわよ。

 道中はモンスターに襲われることもなく、キールのダンジョン前に到着した。

 このダンジョンは駆け出し冒険者がダンジョン探索の練習として訪れる場所で、雑魚モンスターしか生息していない。

 当然その程度のダンジョンだからとっくの昔に探索し尽くされていて、金目のものはない。要するに私と無縁のダンジョンだ。

 そのダンジョンの入り口から見た目は悪くない仮面を着けた人型のモンスターが出てきていた。

 あれが自爆するモンスターね。

 なぜ自爆するのかわからない。そもそもあんなモンスターを使って何をしようってのかしら?

 空気の塊をぶつけてみると爆発した。

 外なら余裕で対処できるけど、ダンジョンの中は狭いと聞いたことがあるから、内部に潜入してからは回避にも限界が来る。

 まあ、とっておきの究極奥義で無効化するだけなんだけど。

 あんなモンスターにやられることはない。

 次々とモンスターを蹴散らしながらそんなことを思う。

 そんな中でダクネスはモンスターを持ち上げる。

 

「何してんの?」

 

 当然モンスターは自爆するのだが……、ダクネスは持ち前のとんでも防御力で何ともない様子だ。

 軽く煤がついた程度で、ダメージは皆無に近い。

 えっ、無傷なの?

 ダクネスの防御力にセナとゆんゆんを含む冒険者達はドン引きの表情を見せた。

 本人は何事もなかったように私達に向き直り。

 

「私なら何ともないようだ。私が先頭になって盾となろう」

 

 凄くいいことを言ってるはずだけど、本心を予想したら幻滅してしまう。

 とはいえ、ダクネスを先頭にさせるというのは悪くない案なのも事実だ。

 ダンジョンには私とダクネスが潜ることに決まった。他の三人はここで待機し、もしもダンジョンからモンスターが出てくるようなら退治してもらう。

 他の冒険者達もダンジョンに潜入する人を決めたところで、私達はダンジョンへと入る。

 光の魔法で内部を照らしながら進む。

 例のおかしなモンスターは当然のように湧いていて、そいつらを倒しながら進む。

 ボンボン爆発するものだから、ダクネス以外は抱きつかれないようにと警戒している。

 一方ダクネスはというと。

 

「見ろレイム! 私の攻撃が必中だぞ! ああ、ここまで決まるのは……、なんて気持ちいいんだ!」

「当たらないの気にしてるならスキルとりなさいよ」

「断る」

 

 こいつ。

 本気でイラッとした。

 ダクネスは周りが見えていないのか、変なモンスターを切り捨てながら進む。

 そのせいで後方との距離が開いてしまう。

 私は何も考えずに突っ走るダクネスのあとを追う。

 

 どんなに自爆されてもあまりダメージを食らってないダクネスの頑丈さにいよいよ恐怖を覚えてきた私だったが、気づけばダンジョン深くまできていたらしい。

 行き止まりに到達した私達の前には、変なモンスターをつくる大柄な男がいた。

 その男は変なモンスターと同じ仮面を着けていて、こいつが原因なんだとわかった。

 見た目は紳士的で、仮面を除けば、おかしな点は邪悪な気配ぐらいだ。

 正直仮面と気配がなかったら貴族ですと言われても違和感がなさそう。

 その男は私達に気づくと、モンスターをつくる手を止めた。

 

「ほう、こんなところまでわざわざ来るとは。ここまで来るのに我輩お手製の人形がいたであろうに」

 

 男は立ち上がると声高らかに名乗った。

 

「我が名はバニル! 諸悪の根源にして元凶! 魔王軍の幹部にして、悪魔達を率いる地獄の公爵! この世の全てを見通す大悪魔である!」

 

 経験値が出てきた!

 バニルは私達を見ると不敵に笑う。

 その笑いは人間に寒気を感じさせるものがある。

 私は、というよりもダクネスは酷く警戒して大剣を構えている。

 そんなダクネスにバニルは何でもないように話す。

 

「まあ落ち着け。免れられぬ結婚に、好みでも何でもない男に柔肌を好きにされるなどと思いながらも興奮している娘よ」

「ししししししてない! でたらめを言うな! レイム、私はそんな変態じゃないからな!」

「どうでもいい」

「んっ……!」

 

 こいつの変態っぷりは今はどうでもいい。

 目の前のバニルに集中しないと。

 何をしたのかわからないけど、どうやら心と記憶を読んでるっぽいわね。

 

「我輩は汝らと戦うつもりはない。魔王の幹部などと名乗りはしたが、実際は結界維持のための何ちゃって幹部である」

「だが、貴様は大悪魔なのだろう? ならば我ら人間を滅ぼそうと考えていたり」

「ふむ。これだから神の教えは無条件に正しいと考える頭空っぽな信者は困る」

 

 バニルは手遅れだとばかりに、どことなく憐れむような雰囲気で顔を左右に振る。

 これにダクネスは悔しげに睨みつける。

 そんなダクネスを笑い、バニルは語る。

 

「我ら悪魔族は人間の悪感情を糧としているのだ。それなのにどうして人間を滅ぼさなくてはならぬ。そんなことをしたら飢えて死んでしまうではないか。むしろ我輩は人間が一人増えたら喜んで踊り、一人死んだら悲しむであろう」

「そうなんだ。じゃあ何でそれで街の住人を攻撃していたの?」

「住人を? ああ、なるほどそういうことか。我輩はこれでダンジョン内のモンスターを駆逐していたのだが、どうやら駆逐したのに気づかなかったために外へ出ていたのであろう。ならばこれはもういらぬな」

 

 つくりかけの人形を土に戻す。

 どうやら本当に私達を攻撃するのが目的ではなかったらしいけど、でも何でここに来たのかしら?

 私はそれを聞いてみることにした。

 

「あんた、何でここに来たのよ」

「我輩がここに来たのは、ベルディアを倒した者について調査するためと働けば働くほど貧乏になる店主に会うためだ。……しかし、我輩は昔からダンジョンがほしくてな? この地に来た時にたまたまこのダンジョンを見かけて、ダンジョンの持ち主と話し合いをしたら譲渡してもらえたので、こうして住んでるわけだ」

 

 調査とかはどこ行ったんだろう?

 幹部の仕事さえも放り出してる感がするバニル。

 もう放っといていい気がしてきた。

 バニルは私達とやり合うつもりはないとばかりに普通にしているが、ダクネスは相変わらず警戒したまま問いかける。

 

「ダンジョンを手に入れてどうするつもりだ」

「よくぞ聞いてくれた。長く、永く生きてきた我輩にはいつからか破滅願望が芽生えた。どうせ破滅するならば、破滅の瞬間に極上の悪感情を食して滅びたいと思った。そこで我輩は長年考えてきた。どうやったらその最高のシチュエーションをつくれるのだと」

 

 静かに、それでいて重々しく語るバニルに私とダクネスは思わず聞き入る。

 

「そこで我輩は思いついた! 我輩に相応しいダンジョンをつくり、そこで我輩を滅ぼすほどの凄腕冒険者を待ち構えようとな! 各部屋には我輩の部下を待機させ、更に苛烈な罠も仕掛ける! 幾度の挑戦の果てにとうとう我輩のいる最奥へと到達する冒険者!」

 

 想像して相当興奮したらしく、バニルは身振り手振りで熱弁する。

 

「その冒険者に我輩は言うのだ。我輩を倒し、富と名誉を手にしてみせよと! そしてはじまるのだ! 我輩と冒険者の最後の戦いが……! 熾烈極まる戦いの末にとうとう敗れる我輩。すると我輩の背後に宝箱が現れ、冒険者は喜びの顔で宝箱に駆け寄り開ける」

 

 それでどうなるの?

 気になる!

 バニルはたっぷりと間を置いて。

 

「スカと書かれた紙が一枚入っているだけの宝箱に、呆然自失となる冒険者の至高の悪感情を味わいながら滅び去りたい」

「なあレイム、こいつはここで滅ぼした方がいいと思うのだが」

「エグいこと考えるわね」

 

 語り終えたバニルは満足そうにしていた。

 話すだけでも相当楽しいのか、かなり満足した様子を見せている。

 

「まあそういうわけだから帰るがよい」

「それはできないな。我々は貴様を討伐するように言われている。言っておくが、私の隣にいるのは例え大悪魔でも平気で滅ぼせる奴だ」

「ほう? それはまた愉快なことを。ふむ。先ほどはお主を見たからな、次はそこの小娘を見るとしよう」

 

 バニルは私をじっと見つめ……。

 何を見たのか、面白そうに笑い出した。

 

「フハハ! フハハハハハハハハハハハ!! なるほど、なるほど。確かにその小娘ならば納得がいく。面白いことに己のやったことも、与えられた名も忘れているとは! フハハハハハハハハハハハ!」

 

 本当に何を見たの?

 教えてほしいんだけど!

 わかってるみたいだからボッコボコにして聞き出そう。やっと私も思い出せるわ。

 

「今はまだ我輩が倒すべき対象でないようだから殺しはせぬが、物騒なことを考える貴様には目にもの見せてくれるわ!」

「話さないならボッコボコにするわ。話すなら討伐するまでよ」

「り、理不尽だ……」

 

 なぜかダクネスがそんなことを言った。

 まあいいや。

 こいつは大悪魔と言ってたし、夢想封印でちょちょいのちょいよ。

 そう思ってたらバニルはいきなり攻撃を仕掛けてきた。けれど私は華麗に回避する。

 不意打ちにしては随分とお粗末だと思ったら、目的は違ったらしい。

 バニルは、空気になりそうだったダクネスに仮面を投げつけた。

 ダクネスの顔に仮面がぺたりと張りつくと、何とダクネスの体がバニルに乗っ取られた。

 

「フハハハハ! さあ、仲間の体を持つ我輩とどう戦うか見せてもらおうか!」

「『ファイアーボール』!」

「(ああんっ!)。ええい! 変な声を出すな!」

 

 流石ダクネス。その硬さは尋常ではない。

 直撃したのに、あまりダメージを負っていない。

 一応上級魔法並みの威力はあるのにね。

 これは厄介だ。

 

「まさか仲間に容赦なく攻撃するとは思いもしなかったわ。…………なぜか感じる喜びの感情。どういうことなのだ……」

 

 それがダクネスよ。

 

「非情な娘だな。全くこれだから……。(レイム、私に構わず倒せ!)。むっ。抵抗するか。しかし、抵抗すればするほど貴様には耐えがたい苦痛が(な、何だと!?)フハハハ。そうだ。もっと恐れ……なぜ喜んでいる?」

 

 ダクネスの性癖を知らないバニルは戸惑う。

 どんな時でも自分を貫く。それがダクネスという騎士だ。

 流石ダクネスね。

 

「そんないいものでないわ! ええい、光や聖属性に耐性があるから選んだが、まさかここまで頭のおかしいクルセイダーだったとは……」

 

 ダクネスを解放すると思ったが、どうやら目的があって選んだようなのでそれはなさそうだ。

 バニルは周りを見ると。

 

「貴様とやり合うには、ここは狭すぎるな」

 

 大剣を引き抜くと、ダクネスと違って正確に私に振るった。

 まともに受け止めることはできそうになかったため、体勢を低くしてかわすと、バニルは私の横を素早く駆け抜けた。

 

「ダクネスよりずっとはやい!」

 

 鎧やら何やらで重いダクネスでも、バニルの手にかかれば素晴らしくはやくなるみたいだ。

 私はバニルを追いかける。

 弱点が仮面なのは察しがついてるけど、私が本気で攻撃したらいくらダクネスでも無事では済まない。

 中々難しいけど、最悪ダクネスもろとも倒す。

 そうこうしてる内に私達と一緒に潜ってきた冒険者達がいるエリアに差しかかる。

 バニルは彼らの間を通りすぎて、追いかけないとと思った冒険者達は私についてくる。

 

「おい、何があったんだ?」

「ダクネスの体が乗っとられたのよ。相手はバニルとかいう幹部よ」

「「「幹部!?」」」

 

 まさかの大物にみんなは驚愕した。

 

 

 

 バニルに体を奪われたダクネスは地上に到達したところで、アクアに破魔の魔法を撃ち込まれたが、しかしバニルは何ともなさそうであった。

 少しダメージをもらった程度なのは、あれか、ダクネスの体だからね。

 無駄に頑強ね。

 

「挨拶もなしに退魔魔法とは……! これだからアクシズ教徒は困る。うむ。アクシズ教徒は困ったものだな!」

 

 あっ。あいつアクアの正体に気づいてるわね。

 アクアはバニルを煽るように笑う。

 

「プークスクス。悪魔とか人の悪感情にしがみつかないと生きられない寄生虫じゃない。そんな害虫に挨拶って。ゴキブリに挨拶する人間とかいないわよ」

「ほほう。害虫、か」

 

 ダンジョンから出てきた私達とアクア達に挟まれているのに、バニルは自己紹介をはじめた。

 

「我が名はバニル。魔王軍の幹部であり、この世の全てを見通す大悪魔である!」

 

 何で自己紹介?

 呆気にとられる私達に、というよりはアクアに向かってバニルは見下すように言った。

 

「大悪魔である我輩は、挨拶の仕方も知らぬアクシズ教徒と違ってこのように挨拶をこなせるのだ。害虫でもできるものを貴様はできぬのか」

 

 最後に鼻で笑った。

 わざわざアクアを煽るために自己紹介をするとは。そんなにアクアが嫌いなのかしら。

 これにアクアはキレて魔法を唱える。

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「ぬるいわ!」

 

 アクアの放った魔法を素早く回避した。

 もうあれダクネスの体じゃない。

 見事な動きだ。

 あれを見ると、ダクネスの体は本当は凄いんだと思えた。

 しかし、ダクネスの体だから攻撃は当たらないと思い込んだ数人の冒険者が攻撃を仕掛ける。

 バニルは全てを見切り、

 

「ぐっ!」

「がっ!」

「つええ!」

 

 恐ろしいほどの強さを発揮して、冒険者達を蹴散らした。

 あまりの強さに他の冒険者は恐れを抱き、攻撃を躊躇する。

 

「(ああ、悪いとは思うが、私の体でここまで圧倒できてるのは嬉しい……!)」

 

 何嬉しそうに言ってるのかしら、あいつ。

 それにしても困ったわね。

 

「本気出したらダクネス死んじゃうし。手加減しても倒せないし」

 

 夢想封印も、アクアの魔法を見るにそこまで効果はないだろう。

 バニルがダクネスの体を使うだけであそこまで強くなるとは思わなかったわ。

 予想していなかった事態にみんなが戸惑う中、私の話を聞いたアクアは何でもなさそうに。

 

「死んでも生き返らせることできるわよ?」

「本当に?」

「ええ。体がちゃんと残ってたら蘇生魔法使えるもの」

 

 復活させられるのか。

 それならどうとでもなるわね。

 よし。

 

「ダクネス、今から悪魔ごとあんた倒すけど、アクアが復活させてくれるから安心して!」

 

 オオカネヒラにスキルとセイバーを纏って。

 私が本気なのを見ると、

 

「フハハハ! まさか仲間ごと我輩を斬ろうというのか? しかし、蘇生魔法があると言っても仲間を殺すことになるのだぞ! 貴様に耐え(レイム、気にせずにやれ! 私が悪魔を逃がさぬようにする!)まさか、まだ抗えるとは驚きよ。しかし、それもここまで!」

「許可出たから斬るわね」

「……貴様はもう少し躊躇することを覚えた方がいい」

 

 悪魔にそんなこと言われても。

 何はともあれこれでダクネスを倒すことができる。

 いくら硬いダクネスでも私の攻撃を耐えるのは無理だろう。

 私が一歩踏み出すと……。

 

「だ、だめよ! いくら蘇生できるからって殺すのはまずいって!」

「そうですよ! 他に方法がありますって。例えばほら仮面だけを斬るとか」

「足止めとかそういうのはするから。だから、ねっ?」

 

 みんなが止めに入る。

 仮面だけを斬るのは案としてはいいだろうが、バニルを相手にそこまで器用なことできるかな?

 殺すよりはいいけど。

 

「仮面だけをね……。できるだけそうしてみるわ」

 

 みんなはほっと胸を撫で下ろしたけど、無理ならダクネスもろとも真っ二つよ。

 話も決まったところで、私は斬りかかる。

 ダクネスの大剣なら楽に切り裂けると思っていたが、結果は真逆であった。

 

「フハハハ。残念であったな。スキルには装備品にも影響を与えるものがあるのだ。この娘の防御スキルは装備品のレベルを高めている」

「うわっ! 本当に面倒臭いわね」

 

 道理で斬れないわけだ。

 あいつドラゴンより硬いのか。

 思わぬ事態に私が驚いていると、バニルが仕掛けてきた。

 あのダクネスとは思えない動きでどんどん攻撃を繰り出す。

 一撃一撃が重い。

 それもそのはず。

 体重や身長の差だけでなく、ダクネスは重い鎧を着こんでいるのだ。しかも筋力のステータスは私よりずっと高い。

 対して私は刀しか装備してない。

 重さに差がありすぎるのは当然と言える。

 そんなダクネスの一撃が、私より重いのは必然であった。

 軽い攻撃と重い攻撃、ぶつかり合ったらどちらが負けるのかは語らなくていいほど。

 

「ダクネスの体もちゃんと使われるとここまで凄いのね」

「不器用すぎて普段全く役に立たない娘の体といえど、我輩にかかればこんなものよ。さて、貴様はまだ人間故に殺しはせぬが、離脱してもらおうか!」

 

 ダクネスの硬さで器用に立ち回られるとこんなに苦労するとは……。

 刀が通らない……。

 上級魔法を食らってもけろっとしてる壊れ性能といい、こいつ本当にどうなってんの?

 

「(ああ。私があのレイムを追い詰めてると思うと……嬉しい)」

 

 何言ってるのあのばかは!

 いや、本当に困るわね。

 私の攻撃は、本来の威力の半分、いや最悪二割三割かもしれない。

 相手がダクネスの体を使う悪魔なだけでここまで苦戦するなんて……!

 だけど動けなくなったらおしまいでしょ。

 

「させぬ!」

 

 氷漬けにしようとしたら、バニルが体当たりを噛ましてきた。

 回避も間に合わず、私は大きく吹っ飛ばされた。

 木に背中を強く打ちつけ、口から大量の空気が飛び出た。

 

「けほっ」

 

 上手く呼吸ができなくなる。

 それに体が滅茶苦茶痛いし……。

 何か最近苦戦ばっかりしてる気がする。

 デストロイヤーの時もしてたし。

 まさかダクネスが私の天敵だったとは……。

 

「これで終わりだ! (ああ、何てことだ、私がレイムに勝ってしまう!)」

 

 まあ、夢想天生すれば終わりだけど。

 突き出された拳は私を通り抜けて、後ろの木に直撃し、めり込んだ。

 

「すり抜けるだと?」

「『氷縛結界』!」

 

 私の魔力が注がれた氷の魔法札、十数枚がバニルの周りに散らばり、一枚一枚から氷が縄のように伸びて絡みつく。

 全身を縛られたバニルはどうにかして抜け出そうとするが、強力な結界を破ることは叶わなかった。

 

「あの一撃で貴様を落とせなかったのが敗因、か。フハハハハハ!」

 

 バニルはダクネスの体からはなれられない。

 クルセイダーの体を利用することで、神聖な力を克服することができている。はなれてしまえば私かアクアに浄化される。

 動けなくなってしまえば、バニルは手詰まりになるということ。

 

「さて、あんたを真っ二つにするわ」

「フハハハハハ! 忘れたのか? この娘のスキルは装備品にも影響する。それは当然仮面にも影響しておる。我が仮面は呪われた装備品扱いになるからな。いったい何度やれば貴様の攻撃、は……」

「そうね。だから、次の一撃で決めるわ」

 

 バニルから笑いが消える。

 今発動したセイバーは普段よりも多くの魔力を込めてある。

 莫大な魔力は空気を震わし、周囲の景色を陽炎のように歪める。

 尋常ならざる魔力の気配を発している。

 木々の葉が恐れているように震え、気のせいか地面すら震えている気がした。

 

「フハハ。何たる魔力、何たる魔力だ! そして、何というごり押し! 面白い、実に面白いぞ! 博麗の巫女!! フハハハハハハハハハハ!!」

 

 バニルが最後の最後で高笑いをする中、私はバニルの仮面だけを切り裂いた――。

 

 

 

 大悪魔バニル。

 それは先日私が倒したモンスター。

 ダクネスの体を乗っとることで、私を追い詰めるというとんでもないことをした奴だ。

 そいつの賞金はダクネス達に任せて、私はウィズの店へ来ていた。

 あの悪魔は貧乏店主に会いに来たと言っていた。おそらくそれはウィズのことだろう。

 まあ、報告する必要なんかまるでないだろうけど、たまにはウィズの淹れたお茶が飲みたいので、ついでに報告しに来た。

 扉を開けて、中に入ると。

 

「素直でない巫女ではないか。どうした、そんなばか丸出しの顔をして」

 

 仮面にⅡの文字がついた大悪魔バニルがいた。

 何で生きてるのこいつ。

 この前仕留めたのに。

 

「あっ、霊夢さんじゃないですか。聞きましたよ。あのバニルさんを見事に倒したそうですね」

「いや、生きてるじゃん」

「貴様に滅ぼされたのは事実だ。ここにいるのは復活しただけのことよ」

 

 復活できるのね。

 あの時倒したのは水の泡なんじゃ。

 また倒すべきなのかな?

 

「おっと。倒す必要はなかろうて。我輩、貴様に滅ぼされた時点で幹部ではなくなっているのでな。今はどこにでもいる善良な市民であると宣言しよう」

 

 考えを読まないで、考えを。

 あー、もう、面倒臭いから放っとこ。倒してもまた復活しそうだし。

 バニルはガラクタを私に見せると。

 

「これなんかおすすめだが、お一ついかがかな?」

 

 ガラクタを押しつけてきた。




やっと終わりました。
遅くなってすいませんでした。

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