君の名は。〜bound for happiness(改)〜   作:かいちゃんvb

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第39話 家族になろうよ

2022年8月12日午後3時35分、普段着に着替えた俊樹と三葉が正対した。珍しく俊樹に対して強気な三葉に、四葉も一葉も驚きを隠せない。

 

「どうしたんだ、話というのは。」

 

先に微妙な空気に耐えかねた俊樹が口を開く。

 

「お父さん、あのね、その……………今まで色々ごめんなさい!」

 

三葉が猛烈な勢いで頭を下げた。

 

「き、急にどうしたんだ?」

 

俊樹は急に自分に謝罪を申し入れてきた三葉に対して驚きを隠しきれない。

 

「うん…………私ってこんな歳していつまで経っても子供のままなんだって思ってさ。それに…………こっちの方がメインの理由なんだけど……………。」

 

「何だ?言ってみなさい。」

 

「か……………か………………」

 

「か?」

 

三葉は顔を真っ赤にしながら、それでも今まで俊樹が聞いたことの無いような大声で叫んだ。

 

「彼氏ができました!!!」

 

「かっ、彼氏ぃ!!?」

 

俊樹は思わずテーブルに手を叩きつけて腰を半分浮かせた。一葉も大きく目を見開いている。今までの帰省ではそんな気配を一切見せなかったし、見合い話を振っても素っ気なく"まだ私、そんなこと考えられへん。"の一点張りで彼氏を作ろうという気概すら感じられなかったのに、である。

 

「本当なのか?四葉。」

 

俊樹は取り敢えず同居している四葉に問いただす。

 

「え、えっと………、ついでに私も。」

 

俊樹はそれを聞いて完全に沈黙し、その場にへたり込んだ。一葉は「おやまあ」と言いながらそそくさと台所へ向かう。顔を真っ赤にして下を向き続ける娘2人を前にして2人の口から出た衝撃のカミングアウトが事実であると腹を括った俊樹は、少し気持ちを落ち着かせてから2人に向き直った。

 

「四葉。」

 

「はい………。」

 

「受験の方は大丈夫なのか?」

 

「彼氏が苦手科目教えてくれるから。」

 

「そうか。………それで三葉。」

 

「はい!」

 

三葉は呼びかけにビクンと肩を弾ませた。

 

「幸せなんだな?」

 

「うん………。」

 

「………なら言うことはない。」

 

「でもなんで………?」

 

「顔を見れば分かる。今年の正月とはまるで表情が違う。」

 

俊樹は席を立って自室に向かおうとする。しかしそれを三葉が呼び止めた。

 

「お父さん!」

 

俊樹は足を止めた。

 

「今まで色々とごめんなさい!」

 

俊樹はしばらくは微動だにしなかったが、再び歩を進めながら言った。

 

「構わん。それに、俺も詫びを入れないとな。申し訳なかった。」

 

それを聞いて三葉の瞼を熱いものが乗り越えた。そして三葉は老いて少し小さくなった父の背中に抱きつく。

 

「…………重い。」

 

俊樹はそう言いながら首から回された三葉の腕をどけると、今度こそ自室へ向かった。しかしその足元には、三葉のものではない水滴が落ちた跡が、畳に刻まれていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

日が暮れて夜になった。宮水家のテーブルには孫娘2人の帰省を待ちわびていた一葉による豪勢な料理が所狭しと並べられている。

 

「それでも赤飯はちょっと気が早いんじゃないかな〜?」

 

一葉が用意した赤飯に少し呆れながら三葉がツッコミを入れる。

 

「良いじゃないか。縁起物なんだ。」

 

珍しく俊樹が三葉の言葉に反応した。しかし表情は未だに硬い。

 

(ま、流石にもうちょっと時間はかかるかな………。)

 

四葉は不器用な父親を横目に見ながら味噌汁を啜った。

食卓に微妙な沈黙が降りる。しかし、以前までは常に四葉が暗い雰囲気の食卓を盛り上げようとしていただけで、家族団欒とは言いがたい状況だった。だが今は違う。宮水家の一人一人が、誰にも気を遣わない自然な空気の中での食事に、宮水家の再結集を実感していた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

8月13日午前11時05分、瀧の家に来訪者があった。

 

「しばらくだな、瀧。」

 

「お帰り、親父。」

 

「なんだ、三葉ちゃんはいないのか。残念だなあ、楽しみにしてたのに。」

 

「今帰省中だってこの前メールで言っただろ。まだ50代なのにもうボケ始めてんの?」

 

「なんだなんだ?久々に帰ってきてやった父親に対して随分な言い草じゃないか。それにどこでそんなギャグセンス身につけてきた?」

 

「………まあ関西人の友達が増えたからじゃない?とりあえず上がれよ。」

 

「そうさせてもらおう。」

 

玄関先でのそんなやり取りを経て、瀧の父である立花龍一が赴任先の九州から息子の顔を見るために東京にやってきたのである。そして龍一は荷物を置き、瀧特製の冷製パスタを食べながら2人の交際の進捗状況についてあれこれと質問を飛ばす。

 

「結局最後まで行ったのか?」

 

「まだだよ。」

 

「そうか。ところで四葉ちゃんは元気にしてるのか?」

 

「元気だよ。それに最近彼氏できたしね。」

 

「何だと!?くそ、何処の馬の骨とも知らん奴にうちの四葉は……」

 

「おい!三葉たちのお父さんならともかく何で親父がムキになってんだ!?いや一応三葉とは添い遂げたいよ!それは否定しないけど!!」

 

「ならいいじゃないか。それに……」

 

「娘がいないから一回言ってみたかったとか?」

 

「お前エスパーか?」

 

「それに俺一回その彼氏と会ってるし。感じのいい子だったよ。」

 

「いやしかしこの目で確認するまでは………」

 

「引っ張りすぎだ!いい加減にしないと四葉に嫌われるよ。」

 

「むっ………。」

 

「はあ………何の話だよ………。」

 

瀧は呆れ口調だったが、その目は笑っていた。

 

「それにしても瀧、また料理の腕を上げたな。この冷製パスタ美味かったぞ。」

 

「まあ三葉に作ってやんなきゃいけないから下手なもの出せないしね。」

 

「よし、腹ごしらえもしたし、そろそろ行くか。母さんの墓参り。彼岸の時以来だから色々報告することも多いしな。」

 

「そうだね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それで、その三葉の彼氏っていうのはどういう男なんだ?」

 

8月13日の昼下がり、仮設住宅のダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた俊樹は唐突に台所で洗い物をしている三葉に向けて言い放った。

 

「急にどうしたん?」

 

「いや、単純にどんな男か気になってな。」

 

「名前は立花瀧くん。私は瀧くんって呼んでる。優しくてかっこよくて料理が上手くて………とにかくハイスペックなんよ。」

 

「いつ会えるんだ?」

 

「"あの日"に合わせてこっち来るんやって。」

 

「"あの日"に?」

 

「まあ話すと面倒やねんけどね。」

 

「そうか………。」

 

その時、宮水家のインターホンが鳴った。三葉が玄関に迎えに行くと、克彦と早耶香が来ていた。

 

「てっしーとさやちんやん。どうしたん急に?」

 

「一葉さんと俊樹さん私と克彦の結婚式きてへんやろ?だから挨拶を兼ねて報告に。」

 

「そういえばそうやったね。ちょうどお父さんダイニングにおるからちょっと待ってて。おばあちゃん呼んでくる。」

 

 

ダイニングのテーブルが4人掛けだったので三葉と四葉は客室へ引っ込んだなか、克彦と早耶香は通り一遍の挨拶を終えた後に一葉の質問責めにあっていた。もちろん話題は新郎新婦そっちのけで三葉と四葉の彼氏に関するものである。

 

「まあ三葉と瀧に関しては、もはや運命の赤い糸で結ばれてるっちゅう感じですわな。三葉には瀧しかおらんし、瀧にも三葉しか見えとらん。」

 

「四葉ちゃんの方に関しては、最近なったばっかりでまだまだこれからかなあって感じですけどね。でもお似合いやと思いますよ?」

 

「そうかいそうかい。俊樹さん、あんたの娘2人はなかなか男を見る目があるようね。」

 

「いや、まだ実物を見るまでは………。」

 

「あら、ここへきて親バカかい?」

 

「そんなことは………」

 

「ええんよ、私も二葉があなたを連れてきたときはこれはどうしたものかと思った。それでもまあ二葉の幸せそうな表情を見ると全て忘れて、この恋路を応援してやろうっていう気になったもんや。

………それで今、三葉はあの頃の二葉と同じ幸せそうな顔をしている。それだけでいいじゃないのかい?」

 

それを言われて俊樹は押し黙った。

 

「まあそんなに慌てなくても10月にこっちに来るんでしょう?その時でもええと思うけど。」

 

そう言って一葉は楽しそうにコロコロと笑った。その表情には、確かに俊樹が愛した3人の女性〜妻の二葉と娘の三葉と四葉〜の面影が、確かに見て取れた。

 

8月13日、瀧は三葉の表情を変化させた、その事実によって、少なくとも一葉には宮水家の一員として認められつつあるようだった。


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