君の名は。〜bound for happiness(改)〜   作:かいちゃんvb

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第35話 三枝と四葉 前編

四葉と三枝の出会いは様々な方面に波紋を広げていた。

7月25日月曜日、四葉は学校の自習室にやって来て勉強をしていた。三枝は夏休みはバイトで忙しいらしく、次に一緒に勉強するのは水曜日ということになっていた。カリカリと英語の問題を解いていると、四葉の親友である二階堂咲が好奇の光を目に湛えて四葉に近づいてきた。

 

「どうしたの、咲ちゃん?そんなにニヤニヤして。」

 

「四葉ちゃん、三枝くんと付き合ってるんだって?」

 

咲は女子バスケ部に所属し、身長は170センチと、女子としては非常に長身の部類に入る。茶色がかったショートヘアと笑った時のえくぼが特徴的な、快活な少女である。性格は非常に社交的で、その情報網は広く、四葉の学年の交友関係を全て把握していると言われている。どうやら金曜日の四葉と三枝との出来事は、彼女の敏感なレーダーにすでにキャッチされていたようだ。

 

「何の話?」

 

「金曜日にここでイチャつく2人を見たっていう目撃情報があるんだけど?」

 

「三枝くんに分からない数学の問題を教えてもらってただけだけど?」

 

「それだけ?」

 

「それだけ。」

 

「ふ〜〜ん。」

 

咲は腕を組んで意味ありげな笑みを浮かべて頷いた。

 

「まあまだまだこれからだもんね。」

 

「何でそんなに私と三枝くんをくっつけたがるの?」

 

「それは正確じゃないわね。私の第六感が告げてるのよ。四葉と三枝くんは絶対にくっつくって。」

 

「はあ。」

 

「とにかく、私は応援してるから。あ、そうそう。この英語の問題教えてくれない?」

 

四葉は咲の疑問に答えてやった。

 

「ありがと〜。私って勉強は全然ダメだからさ。助かっちゃうな〜。」

 

「そういえば咲はどこ目指してるの?」

 

「明治学園。」

 

「あ〜、あそこの英語はやばいよね。」

 

「そ。だから四葉のことあてにしてるからね。」

 

「まあ、できる範囲で。」

 

「で、苦学生の三枝くんとは次にいつ会うの?」

 

「水曜日に一緒に勉強会。」

 

「そ。頑張ってね〜。」

 

咲は四葉の隣の机に座って勉強を始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

四葉と三枝の情報は、月曜日までに淡路島に行ったメンバー全員に伝わっていた。

 

「まだ様子見やな。」

 

月曜日の昼休み、三葉が堀川とミキにことの次第をぶっちゃけた。

 

「まだ自分の気持ちに気付いてないのね。」

 

「そうやね〜。」

 

三葉は三枝と会った後の四葉の楽しそうな表情をよく見ていた。勉強を教えてもらっただけであそこまでの表情はしないはずである。少なくとも、四葉は三枝と一緒にいることに安らぎや楽しさを覚えたことには間違いない。

 

「一回会ってみたいな〜。その三枝くんに。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

7月27日水曜日午前8時48分、四葉は三枝と勉強をするために学校の最寄駅で待ち合わせていた。学校の自習室ももちろん使用できるが、教えあいっこをするとなると声を出せる環境にいた方が良いという判断でこの日は駅近のカフェを利用することにしていた。待ち合わせは9時である。まだ三枝は来ていなかったため、四葉は自分が三枝をどう思っているかについて整理してみることにした。

 

もちろん、最初はただのクラスメイトと思っていた。クラスメイトになったのも今年が初めてである。ただ、すごいコミュ力だなと思っていたが。とにかく、その他大勢のクラスメイトの1人でしかなかった。何度か四葉と咲が属する仲良し女子グループに混じって話をしたことはあったが、2人で面と向かってということはなかった。

そして、22日金曜日に初めて言葉を交わした。噂に違わぬ人当たりの良さと巧みな話術、そして丁寧な解説で一気に三枝の世界に引き込まれた。わずか1時間弱の出来事だったが、まだまだ三枝と話していたいと思った。まだ"恋をした"と言い切ることはできないが、少なくとも、四葉が"ガキっぽい"と感じる他の男子とは一線を画す存在になったことは間違いないだろう。

 

その時、三枝が現れた。

 

「ごめ〜ん、待った?」

 

「ごめんって言わなくても、まだ集合時間になってないよ。」

 

「それもそうだね。じゃあ行こっか。」

 

2人はカフェを目指して歩き出した。

 

「それにしても宮水さん、随分大人っぽい私服だね。」

 

「う、うん。まあね。」

 

「誰か身近な人を参考にしてるの?」

 

「まあ、うちのお姉ちゃんを。」

 

「へえ〜、お姉さん居るんだ。大学生?」

 

「いや、8つ離れてるからもう社会人4年目だよ。」

 

「俺も姉ちゃんいるんだ。3つ上だけど、高卒で就職したから社会人3年目だね。」

 

「そうなんだ。」

 

そうこうしているうちに目的地のカフェに到着した。早速席について教材を広げる。

 

「バイトとか大変なんじゃないの?」

 

「まあこの夏は特にね。流石に受験期はバイトできないから、今のうちにお金貯めるんだ。そのお金とお母さんからの仕送りで8ヶ月耐えないといけないからね。」

 

「お父さんは?」

 

「僕が10歳の時に、交通事故でね。」

 

「…………。」

 

「そういえば宮水さんも面談に来てたのお母さんじゃないよね。お姉さん?」

 

「そう。お母さんは私が物心つく前に病気で。お父さんは東京には出てきてない。」

 

「どこの出身なの?」

 

「糸守。」

 

「……………。」

 

「まあでも今は幸せだよ。最近はお姉ちゃんの彼氏も優しくしてくれるし。」

 

「へえ。宮水さんのお姉さん、彼氏持ちなんだ。その彼氏さんは何歳?」

 

「今年から社会人。22歳よ。」

 

「そういえばさ、宮水さんは彼氏はいたことないの?せっかく美人なのに。」

 

「ん〜、なんかね〜。作ろうと思ったことがないかな。告白は何回かされたことあるけど、"一目見た時から好きでした。"っていうのがなんか嫌だったの。」

 

「そっか〜。"あなたに私の何がわかるの?"ってやつだね。」

 

「そうそう。」

 

「さーて、そろそろ始めよっか。」

 

「そうね。」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

9時20分に勉強を始め、12時から13時まで昼食を摂り、15時から15時30分までの休憩を経て18時までの7時間強にわたって勉強をした。

 

「ふ〜。疲れたね〜。」

 

三枝が取り組んでいた英語の参考書を閉じて大きく伸びをした。

 

「そうやね〜。」

 

四葉も大きく伸びをし、大きな欠伸をしながら返事した。

 

「あ、方言出てるよ〜。」

 

「もうめんどくさい。とにかく疲れた〜。」

 

「訛ってる宮水さんもなかなか新鮮だね。」

 

「そう?まあ普段は標準語モードに入ってるからね。」

 

「いや〜、良いもの見れたよ。」

 

「そういえば晩御飯はどうするの?」

 

「家でカップラーメンかな。」

 

「それならうちに来ない?今日お姉ちゃん残業あるから9時までは帰れないって言ってたし。」

 

「…………。」

 

「どうしたの?」

 

「うん、宮水さん、その………。非常に魅力的なお誘いだと思うんだけど………。花の女子高生が彼氏でもない男の子を部屋に上げるのはいかがなものかと思うな。」

 

「でも………。」

 

「虚勢は男の生きる道、だよ。今度はいつにしようか?僕は水曜日は基本的に空けてるから。」

 

「そっか。じゃあ、来週水曜日で。」

 

「じゃ、出よっか。」

 

2人は店を出て駅に向かって談笑しながら歩いた。そして改札を通り、ホームへ登る階段の前に着く。四葉と三枝が帰るのは逆方向だ。

 

「じゃあね、宮水さん。」

 

「うん。じゃあね。」

 

2人は別れた。こうして、2人の第一回の勉強会は幕を下ろした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「どうやったん?」

 

午後8時52分、職場から帰ってきた三葉が四葉に向かって最初に放った言葉がこれである。

 

「せめて"ただいま"が先じゃない?」

 

「細かいことは気にせんでええんよ。で、どうだったん?三枝くんとの勉強会は?」

 

「別に。普通やよ。」

 

三葉がこれ見よがしにため息を吐いた。

 

「何よ。なんか文句でもある?」

 

「そっか〜。まだやねんね。」

 

「何が?」

 

「四葉、自分に正直になるんやよ。お姉ちゃん応援してるから。」

 

「それって、私が三枝くんのことが好きやって言いたいん?」

 

「え?違うの?」

 

「三枝くんとはただの友達やよ。」

 

「ふーん。辛い辛い受験勉強を頑張ってきた割には楽しそうな顔しとるね。」

 

「してへんよ〜。」

 

「………まあ、そういうことにしとこっか。」

 

「はよ着替えてき〜よ。今日の晩御飯は肉じゃがやよ〜。」

 

「わかった〜。」

 

夏の蒸し暑い夜の空気の中、7月27日が終わっていく。果たして、四葉と三枝にはどんな未来が待っているのか。希望や願望を唱えられる者は多かったが、正確に予測し得る者は存在しなかった。


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