君の名は。〜bound for happiness(改)〜 作:かいちゃんvb
明けて7月17日午前6時47分、前日に醜態を晒した宮水三葉の意識を覚醒させたのは、その要因ともなった二本の缶チューハイがもたらした二日酔いの頭痛であった。
「う〜〜〜〜、あったま痛い………。」
思い瞼を開けると、すぐ目の前に少し汗ばんだ瀧の背中があった。
「あれ?あたし……………!!!」
二日酔い特有のぼんやりした頭に昨日の夜の痴態が徐々に蘇ってきた。辛うじて暴発しそうになった叫び声を口腔に閉じ込める。
(わっ!私!勝負下着までつけてあんな格好して!"襲え"って言うてるようなもんやん!)
「ん………」
どうやら瀧も目が覚めたようだ。
「あれ?三葉起きてたんだ。」
「き、昨日はごめん!!」
「あー、三葉めっちゃエロかったよ。」
頭を掻きむしりながら瀧は無意識に、しかしピンポイントで三葉の羞恥心を抉ってゆく。
「もう!そんなん言わんとってよ!」
時間が経つにつれて鮮明に思い出される痴態を振り払うように顔を真っ赤に染め上げて大声を出すのが精一杯な三葉であった。
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ご飯と味噌汁と焼き魚という、純日本的なあっさりした朝ごはんを空腹を訴える胃に流し込んだ一行は、水着に着替えて宿から徒歩数分の浜辺に出た。天気は快晴とは言い難いものの概ね晴れており、真っ青な空に夏特有の大きな雲がいくつも流れていた。その雲を避けて降り注ぐ陽光が、瀬戸内海の少し暗めの色の海面と薄橙の砂浜に燦燦と照りつけていた。堀川の情報通り、200メートルほど続く砂浜には一行を除けば15人ほどしか居なかった。まさしく絶好のロケーションである。
午前中はそれぞれが気ままに海水浴を満喫していた。瀧と三葉と四葉は水を掛け合い、百合子と浩平と高木と司は泳ぐ速さを競い、勅使河原夫妻は少し沖で浮島型の浮き輪に乗ってそれらを見守り、その側でドーナツ型の浮き輪に乗ったミキが勅使河原夫妻と話をしていた。
午前11時30分になって皆の小腹が空いてくると、野中夫妻がおにぎりを20個とウインナーやフライドポテトなどのおかずを大盆に乗せて持ってきてくれた。
「お!楽しんどるな!おにぎりの中身はシャケかカツオか昆布か梅干しや。また3時ごろなったら腹の足しとスポーツドリンク持ってきたるわ。」
「ほんまに何から何までありがとうございます。」
大盆を受け取った浩平が皆を手招きして少し海から離れたところへ誘導する。そこで百合子が持参したブルーシートを敷いて食事となった。少し塩を強めに効かせたおにぎりは絶品で、30分もかからずに全て食べ尽くしてしまった。
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「みんな食い終わったな〜。」
百合子が立って音頭をとる。
「ほんなら右のほう見て!」
全員が右を見る。そこにはビーチバレー用のネットが張ってあった。
「察しついたと思うけど、今からビーチバレーしたいと思います!」
「「おーー!!」」
「ボールちょっと硬いけどそんな痛ないから、みんなで楽しんでいきましょ〜〜!」
「「イェーーイ!!」」
皆もノリノリである。
「まービーチバレーのガチの経験者はこん中にはおらんと思うから、ルールはインドアに即してやります!ネットは224センチ、25点の2セット先取で。ルール分からんかったら私か堀川に聞いてな〜〜。じゃあ男女分かれてグッパして〜〜。」
こうして浩平・瀧・高木・ミキ・四葉チームと百合子・克彦・司・三葉・早耶香チームに分かれた。
堀川と百合子による短時間のレクチャーとアップがてらのパスも終わってそれぞれコートに散らばり、午後1時、浩平チーム・瀧のサーブで試合は始まった。アンダーハンドから放たれた山なりのサーブが克彦の所へ飛ぶ。
「よいしょ!」
克彦が受けたボールが三葉のところへ飛ぶ。
「三葉さん!こっち!」
百合子が右手を上げてボールを呼ぶ。三葉渾身のトスは少し乱れたものの百合子のスパイク可能範囲であった。鞭のようにしなる百合子の右手から放たれたスパイクは高木の構えていた両手を簡単に弾き飛ばした。
「いって〜〜!!」
「高木、大丈夫か?」
「あの人マジで女かよ……。」
今度は百合子チーム・早耶香のサーブが瀧の所へ入る。瀧のサーブレシーブは四葉の所へ飛ぶ。
「さて、挨拶といきましょか。四葉ちゃ〜〜ん!!」
「はーい!」
運動神経の良い四葉が上げたトスは堀川のポイントのど真ん中に来た。
「いただきぃ!!」
身長181センチ、最高到達点310センチ(バスケゴール305センチ)の高さから放たれたスパイクは前衛にいた克彦が一歩も動けないまま、その克彦の真横に、侵入角約70度で叩きつけられた。
「こんなん反則やろ!!」
あまりもの威力に克彦が抗議の声を上げる。
「しゃあないなぁ。次は腕狙ったるわ。」
「やめてください!マジで腕もげますって!!」
「あははは!心配すな。次からは百合子にしか打たんから。」
そして浩平がサーブに下がる。ボールを右手に乗せて高々とそれを投げ上げた。ジャンプサーブである。
「百合子、いくで〜〜。」
呑気な声とは裏腹に放たれたサーブが百合子に向かって一直線に飛んでいく。百合子は体の右側に来たボールを理想的なレシーブ体勢でその両手に当て、そのボールは完全に勢いを減らされてふらふらと百合子チームのコート内に上がった。
それを早耶香がトスをして今度は克彦のところへ上がった。
「おりゃ〜〜!!」
「甘いぞ、てっしー!」
克彦の右手にジャストミートしたボールだったが、ブロックに飛んだ瀧の左手に当たって勢いを弱められてチャンスボールになる。それをミキがレシーブし、すっかりセッターが板に付いた四葉が再び浩平にトスを上げる。百合子がすかさずブロックに飛ぶが、浩平はそれを見てボールを真ん中の3本の指で柔らかく相手コートに押し込んだ。先ほどのような強打を警戒した百合子チームは誰も反応できず、ボールは百合子の真後ろに落ちた。
「これが真のフェイントや。それにしてもみんな上手いな〜〜。もうちょっとグダるかと思ったわ。」
「早耶香は中学んときやってたし、三葉も女子の中では運動神経ある方からな〜〜。」
そんな克彦の述懐を完全に霞ませるほどのカミングアウトがミキの口からなされた。
「私も中高とバレー部だったしね。」
「マジ!?」
初耳だったのか、司も驚いた顔を見せる。
「さーて、宮水〜〜。ゆるいのやるから取れよ〜〜。」
「え〜〜!」
浩平のアンダーサーブが三葉に飛ぶ。三葉のレシーブはそのまま浩平チームのコートに入る。それを四葉がレシーブし、浩平がトスを上げる体勢に入った。
「立花〜、行くぞ〜〜。」
瀧の所へトスが上がる。瀧はタイミングを計ってジャンプをし、思い切って腕を振り抜いた。しかし、ボールを叩く感触が瀧を襲うことは無かった。
「あれっ?」
ボールは瀧の右手のわずか上を通過してコート外に落ちた。
「アホ〜〜、手に当てんか〜〜い。」
「瀧、だっせーぞ!」
両チームから爆笑が上がった。次の百合子チームのサーブは百合子である。
「おい、後輩!そんなお前に名誉挽回のチャンスをやろう。受けてみよ!」
百合子はジャンプフローターサーブを放った。瀧は予測した落下点で構える。
「立花!前や!」
「えっ!?」
無回転で放たれたサーブはネットの上を過ぎるとゆらゆらと揺れながら急速に落ちた。瀧は何とか体を前に伸ばして食らいつこうとするが、ボールが地面に接する方がはるかに早かった。
「これがウチの奥義、無回転ジャンプフローターや!」
「後輩を勇気付けようとしてると見せかけてポイント取りに来よったな。しかも俺あれ取んの苦手やしな〜〜。」
続いても百合子のサーブである。再び放たれたジャンプフローターサーブは低い弾道から今度は伸びて浩平の腕を弾いた。
「悪い!高木くん、カバーして!」
エンドライン付近に飛んだボールをを高木がカバーし、四葉が相手コートに返す。百合子チームは司がボールを取って早耶香がトスアップした。ボールは百合子の打ちやすいポイントに上がる。狙いはもちろん浩平である。
しかし、ジャストミートしたそのボールは一枚の壁に阻まれた。ボールはそのまま百合子の真横に叩きつけられた。ドシャット(ブロックされたボールがそのままアタッカー側コートに落ちることをシャットアウトといい、ドシャットはその強調版。キルブロックとも。)である。そして、澄ました顔で瀧とハイタッチをしていたのは、ミキであった。
((これはおもろなってきたな!))
浩平と百合子は同時にそう思った。
未だに"浩平チーム 3-3 百合子チーム"、戦いはまだ始まったばかりである。