君の名は。〜bound for happiness(改)〜 作:かいちゃんvb
側に人の気配を感じて三葉は目を覚ました。
「ん……」
「あ、ねえちゃん起きた?」
「四葉………今何時?」
「4時15分。」
「おう………7時間も寝てたんか……」
「気分はどお〜?」
「だいぶんマシ。頭痛もとれた。」
「お、ええ感じやね。熱測ろうか。」
三葉は脇の下に体温計を挟む。
「お腹すいてへん?」
「大丈夫。」
「そうや、休憩時間見計らって会社に電話入れときよ。」
「そうやね。」
体温計が鳴る。
「37.2度。」
「だいぶん下がったな。明日からもう会社行けるな。そうや、今日どうする?お兄ちゃんちにもう一泊する?それとも一回ウチ帰る?」
「うーん、どうしようかな?」
「仕事に着ていくやつは昨日の洗濯してるから行けるし、パジャマも今から新しいの私が持ってくるから大丈夫やよ。泊まっていったら?」
「わかった。そうする。ごめんな、四葉。何から何まで迷惑かけてもうて。」
「そんな事ないよ、ねえちゃん。だからゆっくり治してよ。」
四葉はにっこり三葉に笑いかける。その笑顔を見て、三葉は四葉がもう子供ではないことを悟る。それは何より嬉しいことだ。
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日もかなり傾いてきた。西の空に明るみがまだ残っている6時半過ぎに瀧が帰ってきた。
「三葉〜、大丈夫か?」
「もうだいぶ元気になったんよ。もう一泊泊まっていい?」
「こっちは大丈夫だよ。ゆっくりして行きな。」
「お兄ちゃん、今日もうどんでいい?」
「オッケー」
「あっ、そろそろ会社休憩時間や、電話入れとかんと。」
四葉が昨日と同じ要領でうどんを湯がいている間に三葉は堀川に電話をかける。今は忙しいのでほとんどの社員が残業しているはずだ。
「もしもし?宮水だけど。」
<おっ、宮水。具合はどうや?声聞く感じやとだいぶマシになった?>
「もう明日から行けそう。迷惑かけてごめんね。」
<困った時はお互いさまや。これくらい迷惑のうちにも入らへん。とにかく今日の晩はよう食ってよう寝えや。じゃ、また明日元気な姿見せろよ〜>
「ありがとう、ミキちゃんと課長にもよろしく」
<おう、じゃあな>
三葉が電話を切るとちょうどうどんが出来上がったようだ。ダシのいい香りが漂っている。
「これが関西風のうどんなんやね。」
「ちょっと見た目は薄味に見えるけど、ちゃんとしっかり味がついててなかなかうまいんだよ。」
「そうやよ。昨日の夜にねえちゃんがくたばってた時に食べたんやけどね。」
「へぇ〜〜、じゃあいただきます!」
三葉は勢いよく麺を啜り、じっくり味わう。
「うわ〜〜、おいしい!」
その笑顔を見て、瀧と四葉は三葉の回復を確認し、一安心する。
8時半ごろに四葉は三葉のパジャマなどを引き揚げて撤収した。三葉も風呂を済ませ、四葉が夕方に持ってきてくれたパジャマに着替える。瀧が風呂に入っている間に早めに寝ようとおやすみの挨拶を瀧と交わしてベッドに潜り込んだはいいものの、今日はたっぷり寝たからか全く眠気が襲ってこない。仕方なく三葉は起き出してソファーでコーヒーを飲みながらくつろいでいた。しばらくそうしていると、風呂から上がってきた瀧が気配を忍ばせて後ろから三葉に抱きついた。
「ふぇっ、た、瀧くん!?」
あまりに突然のことに三葉は驚く。
「良かった、大したことなくて。本当に良かった。」
「だ、ダメやよ瀧くん。風邪伝染っちゃうよ。」
「いいんだよ、別に。三葉を感じていられるなら。本当に良かった。」
「そ、そんなに心配してたん?」
「当たり前だよ」
「…………嬉しい。」
「三葉………」
瀧は三葉の唇に自らの唇を重ねようとするが、三葉はその瀧の唇に人差し指を立てる。
「だーめ。風邪移しちゃったら私が心配しちゃうから。」
「そうだね。三葉慌てたら何しでかすか分からなさそうだし。」
「もー、からかわんといてよ。意地悪。」
「拗ねんなって。さ、一緒に寝よ。歯磨きしてくるから。」
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翌日、三葉は玄関先で瀧としばしの別れのキスを済ませ、瀧より少し早く家を出た。本当は三葉は瀧と一緒に行きたかったが、今日は瀧は営業の仕事で方面が違う上に時間も遅いということでこうなった。やがて三葉は職場にたどり着く。三葉の隣のデスクにはすでに堀川が座っていた。
「堀川君、おはよう」
「お、宮水〜。生きとったか〜。」
「はっ、この宮水三葉、おとといは完全に隠り世に行っておりましたが、おかげさまで完全復活しました!それよりありがとね、仕事のこと。」
「構へん、その代わり俺がぶっ倒れたらよろしくな。」
「ばっちこい!」
すると課長とミキも出社してきた。
「お、宮水。もう大丈夫なのか?」
「おかげさまで完治しました。ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。」
「気にするな。これがあと2週間遅かったら目も当てられないけどな。あ、そうだ。お前が出してた10月3,4,5日の有給申請、通ったぞ。」
「ありがとうございます!」
「三葉ちゃん、復活おめでとう」
「ミキちゃんこそありがとね。瀧くんに知らせてくれて。」
「どうだった?瀧君とのベタ甘病床ライフは」
「瀧くんと妹の優しさを噛み締められてとっても充実しとったよ。これで今日から頑張るぞ〜!」
「あ、訛った!」
「どこ!?」
こうして三葉は完全復活を果たした。
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時計の針を24時間ほど遡って5月26日。この日は同僚の宮水三葉が体調を崩して欠勤した。隣のデスクで勤務する同期でしかも最も仲の良い堀川浩平は課長に彼女の仕事の穴埋めを依頼された。
「よろしく頼むよ、堀川君。奥寺君と協力して、何としても遅れを出さないようにしてくれたまえ。病み上がりの宮水君に無理はさせたくないしな。
「この堀川にお任せあれ。」
自信を持って引き受けた堀川であったが、ミキとともに昼休みにはすでに音をあげていた。
「あー、午前中終わったのにまだ殆ど手つけてね〜」
「三葉ちゃん、どんだけ仕事できるのよ〜」
お互いに自分の業務を行いながらの作業ではあるが、この様子では夜中までかかるかもしれない。すでに魂が抜けかけていた堀川を絶望のどん底に叩き込む電話がミキのデスクにかかってきた。通話を終えたミキが申し訳なさそうに堀川に向き直る。
「ごめん、今急に得意先から呼び出し食らっちゃた。行って来るね。」
「嘘やろ!?」
時刻はすでに6時半を回っているがまだ三葉の分の仕事が7割以上残っている。優秀な同僚の穴埋めは想像を絶する辛さだ。
「あー、しんど!無理やろこんなん!奥寺ちゃんまだ帰って来おへんし!」
そうボヤいた所へ課長からの地獄のような報告が飛んで来る。
「あー、奥寺君なら用事がまだかかるそうだから終わったらそのまま上がるように伝えておいた。」
「マジですか!?俺は援軍なしでこれ片付けなあかんの!?」
「ぼやくな堀川。お任せあれって言っちゃったのは君だからな。」
ニヤニヤしながらすでに帰り支度を済ませた課長が傷口を容赦なく抉る。ぶうたれていると三葉から電話がかかってきた。負の感情を表に出さずに明るく応対する。明日は会社に来るようだ。この苦痛が連続しないことに多少安堵した堀川は仕事の山にダイブする。
全て仕上げた頃には時計は深夜1時を指していた。大きく伸びをして自販機に向かおうとすると、ファックスから一枚のメッセージが吐き出されていた。
<堀川君へ。私の明日に間に合わさなきゃならない仕事残しちゃったから片付けてくれない?私のデスクに放置してあるやつ、手当は弾むからよろしく♡ 奥寺>
「ジーザス!!!」
堀川はその場にへたり込んだ。
午前4時半。堀川のデスクにはついに終えた仕事の書類と飲み干したペットボトル紅茶の林が形成されていた。電車もないのでここで仮眠を取ろうとする。そして立ち上がろうとした時にデスクに太腿を思いっきりぶつけ、ペットボトルの中にまだ残っていた紅茶がぶちまけられ、前日に終えた自分の仕事の書類に染み込んでいった。
「…………。」
午前8時。ようやく全てが終わった。もう仮眠を取る時間もない。思いっきり伸びをしていると全ての元凶である三葉が出社してきた。本当なら思いっきり睨みつけてやりたいがそうもいかず、素直に気遣いの言葉をかける。
そうこうしているうちに通常業務が始まった。しかし、しばらくして目がクラクラしてきた。それでも何とか堪え続け、ついに定時を迎えると………
隣の席の堀川が定時を伝えるチャイムと同時に勢いよく机に突っ伏した。三葉が慌てて声をかける。
「わ、堀川君、大丈夫!?」
堀川のほっぺたをつついたミキが冷静にジャッジを下した。
「あら〜、こりゃ寝てるわね。」
「う〜〜、私じゃどうにもならへん〜〜。あ、そうや!瀧君経由で狩野さん呼ぼ!」
「狩野さん?それってまさか堀川君の彼女!?」
「そのまさかです。」
1時間ほどして狩野が現われる。
「浩平!もー全然起きひんやん」
「狩野さんすみません、ご迷惑をお掛けして。」
「いえいえこちらこそ。おいこら、帰るぞ〜!」
「ん…………ん〜〜」
半ば狩野に引きずられるように堀川は退場した。
「三葉ちゃん」
「どうしたの、ミキちゃん。」
「堀川君の彼女、結構美人よね。」
「瀧くんの上司なんよ。」
「そうなの!?……瀧君もあんな風に揉まれてるのかしらね」
「多分そうかも」
2人は顔を見合わせて笑い合った。こうして堀川の地獄の二日間は、どうも格好のつかない形で幕をおろした。