君の名は。〜bound for happiness(改)〜 作:かいちゃんvb
第21話 やさしさに包まれながら
波乱に次ぐ波乱の連続だったゴールデンウィークが遠い過去のように思える。ゴールデンウィークからおよそ2週間。宮水三葉は充実感とそれをはるかに上回る忙しさの中毎日を過ごしていた。以前の三葉ならあまりにもの忙しさに押しつぶされていたかもしれない。どんなに良くても疲労困憊だっただろう。しかし、今の三葉には瀧という心の支えがいる。そしてそのことが三葉を内側から輝かせていた。
激務に次ぐ激務であるにも関わらず、笑顔を弾かせながら一生懸命勤務する三葉の姿に、多くの男性社員は癒され、同時にハイエナとなっていた。多くの社員が三葉にアタックしていくが、幸せそうな笑顔であっさり断られる。どこだ、俺の三葉さんを奪ったどこの馬の骨ともしれない奴は。そんなきな臭い空気が休憩時間に立ち込めるようになっていた。一方でこの空気を憂慮する男性社員もいる。既婚者と堀川である。ある時、堀川は三葉に話しかけた。
「おい宮水。」
「なに?」
「お前最近えらい元気やな。立花君とは順調なんか?」
「最近は忙しくてなかなか会えないけど、瀧くんが支えになってくれてる。ちょっと理不尽に当たってもうても底なしの優しさで受け止めてくれる。だからこれくらい平気。」
「なら心配なさそうやな。でもちょっと気いつけや。最近独身男性社員の空気がピリピリしてるからな。」
「ピリピリ?」
「気づいてないんやったらええわ。邪魔したな。」
「えっ?気になる〜〜」
「お前さっき一回なまったったぞ〜」
「嘘!?」
堀川の心配をよそに時間はいたずらに流れ、独身男性社員のボルテージが日に日に高まっていく。このままでは何か良からぬことが起きるかもしれない。とはいっても送り狼が出現したり、しつこく三葉を飲みに誘ったりする程度だが、遅かれ早かれ三葉は瀧しか見ておらず、瀧と三葉の間に付け入る隙など1ミリもないことを証明しなければならないだろう。堀川は機会を待った。そして、ついにそれはあまりいい形ではなかったが、何がともあれ5月25日水曜日に転機は訪れたのである。
その日の三葉は朝から変だった。少し顔が上気し、少し唇が青ざめている。それに少し仕事のペースも落ちている。堀川が昼休みに体調不良を疑って訊いてみたが、大丈夫の一点張りで聞く耳を持たなかった。しかし堀川も馬鹿ではない。三葉が体調不良であることは明白だ。しかしそう簡単に休むわけにもいかないというのも分かる。あまりいいアイデアが思い浮かばず、悶々としているうちに三葉の容態は悪化した。時折ブルっと震えるようになった。悪寒がするのだろう。さらに頭をしょっちゅう抑えている。見かねた堀川は既婚者である上司に相談することにした。
「課長。」
「なんだ、君らしくなく真剣そうな表情で。」
「さらっとディスられた気もしますが敢えてスルーしましょう。実はお願いがあります。」
「言ってみたまえ。」
「こんなことを頼むのは筋違いも甚だしいかも知れませんが、宮水に明日一日の欠勤を命令してください。」
「確かに朝から体調が悪そうだが……」
そのやり取りを聞いていたミキも加勢する。
「彼女、お昼に何も食べていません。これから悪化するやつです。さっきどさくさに紛れて額を触ってみたんですが結構熱かったです。彼女を欠くのは大きな損失ですが、これから先の前期総決算の時期にぶっ倒れでもされるとそれこそ大迷惑です。」
「確かに最近休日も返上して働き詰めだったからな……よし、宮水に欠勤を許可してやろう。だが、彼女のことだ、無理して出勤してくる可能性が高くはないか?」
堀川がいかにも人の悪い笑みを浮かべて答える。
「こういう時こそ宮水の彼氏の出番ですよ。課長も宮水を見る独り身の男の視線のヤバさが気になってるでしょう。」
「なるほど、迎えに来てもらうことで合法的に奴らに彼氏の存在を見せつけることができる、という訳だな。」
課長も口角を吊り上げる。
「彼への連絡は私がします。連絡先を知っているので。」
「奥寺君、頼むよ。」
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17時過ぎ、立花瀧は仕事を終えて帰途に就こうとしていた。その時、急に携帯から着信メロディが鳴る。電話を取ると、意外な人物からだった。
「はい、立花です。」
「瀧君、元気してる〜?」
「奥寺先輩!元気してますよ。どうしたんですか、急に。」
「あなた、三葉ちゃんに最後に会ったのいつ?」
「月曜日ですね。どうかしたんですか?」
「実は今朝から体調悪そうなの。」
「えっ!?」
「だからさ、迎えに来てくれない?時間は大丈夫?」
「三葉の職場にですか?」
「ええ。場所は分かる?」
「一応。わかりました。すぐ行きます。」
瀧は急いで三葉の会社へ向かう。就活に失敗しまくった瀧とは無縁のどでかい社屋に入っていく。受付に向かうとすでに来意は伝わっていた。エレベーターで6階に上がり、ドアが開くとドアの前でミキと堀川が待ちかまえていた。
「あら瀧君早かったのね。」
「彼女のピンチに颯爽と駆けつける彼氏。イイねえ。」
「三葉は大丈夫なんですか?」
「まだ撃沈してはいないから大丈夫よ。その前にちょっと相談があるのよ。ちょっと付いて来てくれない?」
「わかりました。」
瀧は応接室に通される。中には中年の男性が1人いた。
「君が宮水君の彼氏の立花君か。噂通りなかなか男前じゃないか。私は宮水君の上司の数藤だ。」
「どうも、三葉がお世話になっています。」
「実は君に2つばかり頼みたいことがある。」
「なんでしょう。」
「1つ目は明日宮水君を出社させないことだ。まもなく前期総決算が始まって忙しくなる。この際だから事前に1日休暇を与えたいんだ。だが彼女のことだ。無理を押してでも出勤してくる可能性が高い。」
「わかりました。三葉を家から出さなければいいんですね。で、2つ目といのは?」
「実はね、ここ最近の独身男性社員の宮水君へのアプローチが半端ではなくてね。実害がある訳ではないが彼女も迷惑だろうし何よりフラれた後の空気がピリピリして非常にやり辛い。ここは彼氏である君に1つ男を見せて欲しいと思ってね。」
「要するにカッコよく宮水を連れ出せっちゅうこっちゃ。」
「いや〜、三葉そんなにモテモテなんですか?」
「玉砕者の数は都道府県全部合わせても足りないんじゃない?特に瀧君に出逢ってから表情の陰が取れて株価跳ね上がってるしね。」
「…………上手くできるかはわからないですけど、微力を尽くします。」
「それでこそ男やな。」
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やはり、相当体調が悪いのかもしれない。今日は朝から頭が痛いし、昼からは寒気もして来た。堀川に一度昼休みに聞かれた時は大丈夫と答えたが、昼食も満足に食べれていないし、文字を目で追っていると徐々に酔うようにもなって来ていた。仕事も捗らず、すでに定時を回っているものの、頭がぼーっとしてさらにペースを遅らせる。今の三葉はまさに失神一歩手前であった。
そこに、1人の会社では見知らぬ男が入って来た。誰かと思って目を凝らして近づくと、なんと瀧ではないか!?
「三葉、大丈夫か?」
「私、夢でも見とるん?」
「奥寺先輩に電話もらった。三葉が朝から具合悪そうだって。上司の人に許可もらってるから帰るぞ。」
「えっ、でも仕事が……」
「堀川さんと奥寺先輩で片付けてくれるって。ハイ、荷物まとめる!無理しないで帰るぞ〜」
「……来てくれてありがとう、瀧くん。」
「どういたしまして。どうする?俺んちにするか?」
「うん。」
2人のラブラブなその姿を目撃した独身男性社員は続々と自分との差を思い知っていった。まずイケメンである瀧に顔では勝てない。さらに何より、瀧の方が若いのに人間が完成されていた。その優しさで体調不良である三葉を包み込んでいた。三葉のことを第一に考えて行動しており、当の三葉も安心して瀧に全てを委ねている。自分などが勝てる相手ではとてもない。以後、三葉に言い寄る独身男性社員の数は激減した。喧嘩でもしたらその時は俺が掻っ攫ってやるという物騒な捨て台詞を心の中で唱えながら……
2022年5月25日。この日の三葉の体調不良は周囲に多くの影響を及ぼしていく。だが、それを知る由もない本人はフラつく足をしっかり踏みしめて、それでも頼りないから瀧の小脇に抱えられながら、黄昏時の道を歩いていく。