君の名は。〜bound for happiness(改)〜 作:かいちゃんvb
昨日はせっかくのお盆休みをぶっ潰して模試を受けてきました。イマイチでした。泣きそうです。
では、本編スタートです!
その日、都内のとある大手アパレルチェーンの本社ビルに猛ダッシュで駆け込む一人の女性がいた。彼女は6階の自分の部署の自分の机に着くと、壁掛け時計を見上げ、今の時刻が8時58分であることを確認した。セーフだ。ほっと一息つく彼女に隣の机の主から声がかかる。
「宮水が遅刻ギリギリなんて珍しいこともあんねんな。いつも30分ごろには来るのに。セーフやったとはいえちょっとお粗末やな。」
遠慮なく彼女こと三葉をぶった切ったのは三葉と同期入社の男性社員、堀川浩平である。関西出身の彼は東京には大学時代から出て来ているのに関西弁がまだ直らない。いや、直そうとしてしない。8年前に東京に移った時から標準語の訓練をして今では滅多にボロを出さなくなった三葉とは大違いだ。そんな関西人であることを隠そうとしない浩平がまじまじと三葉を見つめている。
「…………なんか嬉しいことでもあった?」
「えっ」
「顔、めっちゃにやけてんで」
「………嘘!?」
三葉は自分の頬に手を当てる。確かに口角がつり上がっている。どうやら今朝瀧と出会えたことが余程嬉しいらしい。何してんだ、私。
「ひょっとして……男?」
「そ、そんなことあらへんよ!」
「あ、訛った。」
「そんなこと無いわよ!!」
「誰も言い直せとは言うてへん。」
「とにかく違うからね!」
「はいはい、分かった分かった。」
そう言って堀川は仕事に戻った……ふりをして考え込んだ。
(宮水ってあんなに満開の笑顔するような奴やったっけ?どっちかと言うとふとした時に影を見せる、仕事ができて人当たりのええ、美しさと気配りの上手さを兼ね備えた大人の大和撫子やと思うてたのに。今まではちょっと高嶺の花というか、近寄りがたい雰囲気を纏ってて、ようモテた割に男の影なんか全くちらつかせる気配すら見せへんかったんやけどなあ。まぁ、今までのなんかうわの空なあいつよりは今の方が見てて安心できんねんけどな。)
三葉は社内の独身男性社員から絶大な人気を誇っている。今までに告白した男性社員の数は両手足の指の数では足りない。だが三葉はその誘いに全く首を縦に振らなかった。上司も、今年で26歳を迎える彼女の行く末に気をかけていた。なんとかいい男性を見つけて結婚してほしい。もちろんその思いは堀川も同じである。しかし、そもそも男と仲良くなるどころか、堀川が先程指摘した近寄りがたい雰囲気のため、こうして普通に会話できる男性社員は堀川1人であった。そんな堀川と噂が立たない理由を語るには、堀川と三葉のこれまでを振り返る必要がある。
ーーー堀川と三葉は新人研修の班が一緒であった。仕事のできる三葉と堀川はなるべく一緒にしておきたいという上司の判断から、研修後も同じ部署に放り込まれて3年間隣同士の机で仕事をしてきた。その中で2人が仲良くなるのは当然の流れと言えたが、堀川が三葉を女としてではなく、1人の友人として接していることは誰の目にも明らかだった。というより、三葉に思いを寄せる男性社員から余計な恨みを買いたくなかった堀川が、そのように意識して三葉と接した。そんな堀川に三葉も徐々に信頼を置き、今では彼と対等な友人として、良好な関係を築いていた。顔面偏差値は中の上ながらも、仕事もでき、部下思いでもある堀川は上司同期部下問わず、彼を知る全ての社員に信頼されていた。女性人気もそこそこ高いにも関わらず三葉を含め女性社員の誰とも色恋沙汰に発展しないのは、彼には大学時代から付き合っている一歳下の彼女がおり、たまにいちゃいちゃしたメールのやり取りをしている所を多くの社員に目撃されているからである……。
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その日の三葉は微妙に変だった。仕事は相変わらず早いのだが、たまに手を止めると、ニヤニヤしながら何かを考えている。そんな三葉に痺れを切らした堀川は思い切って昼休みに誰もいない屋上に呼び出してもう一度カマをかけてみることにした。春の柔らかな風が屋上を吹きすぎていく。そんな清々しい陽気の中、堀川は何でもない世間話の流れで唐突に核心を突く問いを投げかけた。
「で、仕事の手を休める度にニヤニヤしながら何を考えてたんや?朝に告白でもされたんか?それとも逆?」
「ふぇっ!?た、立花さんとはそんな関係やない!」
「………相手の男の名前は立花と。」
「ち、違うわよ!」
三葉は慌てて否定するが、堀川からすれば正解と言われているようなものだ。そして三葉が本音を言う時の癖を指摘してやる。
「ダウト。さっき方言出てた。」
「む………」
三葉は早々に白旗を上げることにした。堀川の詮索を逃れることは不可能だ。堀川に何かを追及されるのは初めてであったが、隠そうとすればするほど見破られる。(実際はボロが出ている。) それに、堀川は信用できる男だ。ひょっとしたら何かを思い出すヒントをくれるかもしれない。三葉は腹を括った。
「分かった。降参するからちょっと話聞いてくれない?」
「その話って今朝がらみ?」
「そう」
「よっしゃ、まず今朝のことの確認な。いくつか質問するけどええか?」
「よし来い!」
「今朝、立花という男と会うた。」
「うん」
「初めてか?」
「初めてのはずなんだけど、会ったことがあるような気もする。」
「つまり?」
「会った記憶はないけど、彼を見ると凄く懐かしい感じがする。まるでずっと前から知っていたのに忘れてたみたいな………。変かな?」
「かなり変。んで、会った経緯は?」
三葉は今朝の出来事を話す。
「側から見たら相当ヤバイな。でも相手も一緒で自分を探してその階段に行き着いてたと。」
「うん。」
「ちょっと話変わるけどええか?」
「なに?」
「お前って今までずっと何か探してたん?」
「えっ………」
「違うか?」
「多分そう………だと思う。」
「なら安心や。多分その探しもんはその立花っていう男や。」
「ほんとに!?」
「知らんけど」
がくっと膝から力が抜ける。
「嘘。ジョーク。」
「何なんよ、もー!」
「訛った」
「何なのよ、もー!」
「訂正せんでええからな。……でも良かった。」
「えっ、何が?」
「お前、めっちゃ今楽しそう。」
「えっ………」
「入社してからずっとお前と一緒やったけど、今までのお前はずっとどっかうわの空やった。何かを探しとった。心の底から人生楽しんでなかった。楽しんですらなかったかもしれん。
そんなお前のことずっと心配してたんや……。ほんまにお前は幸せになれんのか?人生このまんま過ごしてええんか?……っていつか聞いたろうと思ってた。でも今のお前見てたら、大丈夫やって思える。今のお前は、人生楽しんでる。」
「気付いてたんだ……」
「何年お前の友達やってると思ってんねん。」
「3年……」
「ごめん、そこ答えるとことちがう。」
「…………はい?」
「俺ら長い付き合いやろっていう常套句。……とにかく、その立花との出会いを大切にし。話聞いてる限りではお前も立花も答え見つけてへんねやろ。この運命って言いたなるような偶然、二度と起こらへんで。」
「分かった。今晩早速会って話してみる。」
「そうしい。……宮水にもやっと春が来たか。」
「春って何なんよ。」
「訛った。」
「春って何なのよ。」
「直さんでええから!」
三葉は、堀川に感謝した。堀川に打ち明けたのは正解だった。こんなにズバリと自分の心の迷いを指摘して吹き飛ばしてくれるのは、高校からの親友2人、祖母、妹、そして堀川くらいしかいないだろう。
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そして、三葉にとって激動の1日も夕方になり、三葉は早速堀川の提案通りに瀧にメールを打つために、携帯を取り出した。
明日8/15は終戦記念日なわけですが、原田眞人監督の終戦を描いた映画「日本のいちばん長い日」が面白いですね。昭和版も見たいな〜。ちなみに原田眞人監督の作品では「突入せよ!あさま山荘事件」も好きです。
<次回予告>遅刻ギリギリで出社した立花瀧は教育係である狩野に目ざとく変化を発見され、尋問を受ける羽目に陥る。瀧はこのピンチを乗り切ることができるのか?
次回 第3話「狙われた瀧」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。