君の名は。〜bound for happiness(改)〜 作:かいちゃんvb
では、本編スタートです!
月曜日。学生も社会人もみんな自分の行くべき場所への足取りが重くなるものだが、その大原則を無視するかのように張り切って瀧は職場へ向かっていた。もう、迷いはない。三葉というかけがえのないものを見つけたから……。心を覆っていた霧が晴れ、大人の余裕と落ち着きを醸し出し、一週間前の彼からは考えられないほどの輝きを放っている。人は、身に纏う雰囲気を変えるだけで大幅に周囲の反応も変わる。そんな瀧の変化にいち早く気づいたのは狩野だった。
「何かいいことでもあった?」
「ええ、まあ。」
狩野は内心狼狽える。普通はあたふたするもんやろ!……が、一応冷静を装い、質問してみる。
「教えてくれる?」
「昼休みにでも、じっくりお話します。取り敢えず仕事しましょう、狩野先輩。」
どうした立花瀧。お前はこんなに大人な感じではなかったはずだ。狼狽しながらも狩野は仕事に手をつけ始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
変わったのは三葉も同じである。会社に着いて荷物を降ろした三葉の顔を堀川が変なものでも見るように覗き込む。
「どうかした?」
「お前……まさか例の立花っちゅう男とデキた?」
堀川はカマをかける。三葉のことだ。まず慌てふためく。その後の台詞が全てを物語ってくれる……はずだった。
「うん、まあ。」
堀川は唖然とする。もちろん彼女の宣言に対してではなく、彼女の態度に対してだ。何だ、この余裕は。表情から影が取れただけにとどまらず、さらに人間的に磨きがかかっている。この週末何があった?
「写真はあんのか?」
三葉はスマホを操作し、四葉たちにも見せたツーショットを堀川に見せる。
「ふーん。優しげでシュッとしてて、なかなか男前やん。」
「シュッと?」
「…………ちょうどええ標準語見つからへんわ。」
「…………。」
「それにしてもさ、出会って一週間も経ってないねんで。ほんまに言うてる?」
「うん。」
幸せそうな笑みを崩さず答える。それを見て、堀川は安堵した。瀧だからこそ、三葉をここまで変えることができたのだ。もう心配することはない。最後まで三葉は瀧と2人で駆け抜けて行くのだろう。納得した堀川は仕事の話題に転じた。
「せやせや。今週末で伊丹先輩産休に入るやろ。」
「うん。」
伊丹とは三葉と堀川と同じ部署の一年先輩の女性社員で、昨年結婚しており、すでにお腹が膨らんできていた。
「ほんで千葉支店からヘルプ来るらしいんやけど、俺らと同い年やからって言うて、3人で組ますみたいやねん。」
「そうよね。もともと伊丹先輩と3人で組んでたしね。」
「これがなかなかやり手らしいで。」
「男の人?」
「女らしい。名前はまだわからんな。でももう引き継ぎ作業にも入らなあかんし、明日明後日ぐらいにはご対面できるやろな。」
「楽しみやね。」
「訛った。」
「楽しみだよね。」
「そこは直らんのかい!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昼休み、以前の尋問にも使用された給湯室で瀧と狩野が密談を行なっている。
「あんたら会うて一週間経ってないやん。」
「そうなんですけど、なんか、もう離したくないんです。」
「きっとウチらが思ってるより深いところで繋がってんねんやろな……。そうや、あんたの彼女の写真見せてえ。」
瀧は奥寺たちに見せたツーショットを狩野に見せる。
「あんた、一つだけ聞いてええか?」
「どうぞ。」
「こんなべっぴんが今まで1人も男作らんかったん?」
「らしいです。」
「世の男は何をやってんねや……」
「山ほど告白されたらしんですけど、何かしっくり来なかったそうです。で、俺を見た瞬間、この人しかいないって思ったそうです。」
瀧は照れ笑いしながら説明する。自分で振っといて何なんだが、のろけとんちゃうぞ、このヤロー!
「幸せになりや、あんた。」
「もちろんです。」
堂々と宣言した瀧の姿は、狩野より年下だとは思えないほど、大人の余裕を醸し出していた。もう何も心配はいらない、と狩野は判断する。おそらく瀧には三葉しかおらず、三葉には瀧しかいないのだ。完全に他人の入る隙などない。これから2人でどこまでも歩いて行くのだろう。
「ほんで仕事の話やねんけどさ、この度うちの上司がなかなかやりがいのある仕事を持ちかけてきた。」
「そうなんですか?」
「建築界若手のスーパールーキー、勅使河原建設の勅使河原克彦や。」
「マジですか!?」
「しかも驚いたことに、あんたを名指しで指名やで。」
「嘘!?」
「マジや。どうやらうちの上司と勅使河原建設の社長さんが長年の付き合いらしくて、その話し合いに私もついて行ってんけど、うちらの相談の席にたまたま居合わせてな。ちょうど今年の新入社員の話してて、あんたが入社試験で書いたデザインが机の上に放り出されとってん。それを見た勅使河原がこいつと仕事させてくれって言うたんや。」
「いつの話ですか?」
「金曜や。ウチらおらんかったやろ。」
「そうでしたね。」
「水曜日、1回目の話し合いや。一応ウチもついて行くけど、あんたの初仕事や、一発気合い入れてやり。」
「はい!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかし当日、狩野は突然入った仕事によって来れなくなってしまった。昼過ぎに仕事を上がり、仕方なく1人で待ち合わせ場所のカフェに向かう。狩野がチョイスしたお洒落なカフェに入ると、明らかにこの場の雰囲気にそぐわない、ガッチリした体格で丸刈りの青年が恐らく慣れていないのだろう。妙に堅苦しげにスーツを着て窓際の席に座っていた。店員に予約していると告げると、案の定その男の席に誘導された。席に着き、挨拶を交わしながら名刺を交換する。
「どうも、勅使河原建設の社員の勅使河原克彦いいます。」
「こちらこそ、株式会社○○○○の立花瀧です。本日はどうぞよろしくお願いします。」
克彦が何か変なものでも見たような表情でこちらを見てくる。
「あの〜、どうかなさいました?」
「いや、何でもあらへん。こっちの話こっちの話。」
瀧は克彦の訛りに疑問を持つ。これって確か糸守の訛りじゃ……。
そう考えながら克彦の方を見ると、何かを得心した表情で頷いている。何があったかは知らないが、先へ進めるしかない。
「私のデザインをご覧になったそうなんですが……」
「せやせや、あんたのデザイン、えらい気に入ってな。何かこう、俺の故郷を思い出させる何かがある気がしてな。」
仕事の話は順調に進み、ひと段落する。ここで瀧は一目見たときから抱いていた感想を口にしてみた。
「あの……変なことを言うようで何なんですが……」
「何や、言うてみい。」
「俺たち、どこかで会ったこと、ありませんかね?」
「奇遇やな、わしもそない思っとった。」
克彦は考え込む。その眼差し、ちょっとした仕草をどこかで見た覚えがある。そして、思い至った。
(狐憑きモードの三葉か……?)
そんなはずはない。と言い聞かせながら、三葉の彼氏を品定めする。写真で見た通り、整った目鼻立ちに優しさを感じさせる大きな瞳。誠実な物腰にふとした時に見せる気遣い。
(三葉、ええ男引っ掛けたな……)
ここで瀧から声が掛かる。
「勅使河原さん。」
「何や。」
「勅使河原さんの出身って糸守ですか?」
「何でそう思う?」
「糸守出身の知り合いと訛りがそっくりだったので。」
「まあ、その通りや。」
瀧の中で全てのピースがはまる。出身は糸守、瀧の顔を見た時の反応。さっきからの品定めするような目線。そこから導き出されるのは……
「勅使河原さん、三葉のことをご存知ですね。」
「……バレたか。」
「では俺を名指しにした理由も……?」
「それはちゃうな。お前のデザイン見てお前を選んだけど、三葉の彼氏やって知ったんはそれより後や。」
「なら良かったです。」
「三葉の言うてた通りや。何かお前が年下には思えん。まるで同級生みたいや。」
「俺も勅使河原さんが年上には思えなくて……」
「かまへん。ちょっとタメ口にしてくれ。何かこそばゆいわ、敬語使われると。」
「わかったよ。……てっしー。」
「お、いいねえ。これからも仲良くしような、瀧。」
「こちらこそ!」
こうして、どちらの記憶にもないが、時を超えて2人は再会したのである。共に店を出た2人は連絡先を交換し、克彦が無理矢理瀧の肩を組んで歩き出す。そんな2人を、桜を散らせる春風が追い越していく……
<次回予告>三葉の元にやって来た産休の社員のヘルプ要員は意外な人物であった。一方、克彦に捕まった瀧はある場所へと招待される。互いに覚えていないが、着々と再会が為されていく。
次回 10月16日月曜日午後9時3分投稿 第11話「クロスする出会い 中編」
瀧と三葉の物語が、また1ページ。