魔法少女リリカルなのは  二人の黒騎士(凍結中)   作:孤独ボッチ

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 結構、小刻みに語り部が変わります。
 
 では、お願いします。



第40話 足止め

              :美海

 

 夜天の魔導書が遂に完成した。いや、させられてしまった。

 少しは備えて、はやてを行かせる積もりだったけど、問答無用だけじゃなく、精神状態が

よろしくない状態で行かせる羽目になった。

 

 紫の光が消え、虚無が収まると、そこには前世で見た奴が立っていた。

『すみません。折角、協力して頂いたのに…』

 念話だった。

 怪訝な顔で相手を見る。

『本来なら、ナハトヴァールに権限が委譲されるまで、暫く余裕があるのですが…。今回は

貴女がいるからか、もう身体を動かす事が出来ないのです。辛うじて割り込みを掛けて

いますが…。長く持ちません』

 沈んだ声が響く。

『謝るのは、まだ早いでしょ。身体は動かせなくとも、はやてに声を掛ける事は出来る

でしょ?声を掛け続けろ。一緒に戦うんだ。そうすれば、あとは私がなんとかする。前回

に比べれば、まだマシだ。最悪、一歩手前。まだ、盤上は引っ繰り返せる』

 前回は到着したら、完全暴走状態だった。

 虚無とも言うべき、全てを飲み込むものが噴き出していた。

 先程、噴き出していたものだ。

 あの剣は、それに飲み込まれてしまった。思い入れのある剣だったんだけどね。

 笑顔で私に渡してくれた物だ。英雄に相応しい剣を造ったからと。

 結局は、どんな縁が引き寄せたのか、聖剣や魔剣が何本か手に入ってしまい。

 あまり、使用する機会はなかったが、式典の時には欠かさず身に付けていた。

 

 あの剣の落とし前はキッチリ付けてやる。

 

 バルムンクは今の状態だと、使用すれば被害がデカい。

 精々、ナハトヴァールの尾を斬るのに使えるくらいだ。剣閃だけで斬れるくらいの代物

だし。

『…分かりました。主と共に精一杯戦いましょう。後を頼みます』

『承知』

 念話が途切れる。

 ああ。何一つ、誰一人救えなかったヤツだけど、私も精一杯やるさ。

 私はバルムンクを血中に戻すと、樹冠剣レーベンを血液中から選び出し、構える。

 生命を象徴する剣であり、虚無の性質の逆属性の剣である。万が一の時は、ある程度

打ち払う事は、出来る筈だ。

『敵対行動を確認。排除実行します』

「最初から、その積もりだっただろうが!!」

 夜天の魔導書の意志ともいうべき、管制融合機の姿を借りたナハトヴァールが機械染みた

声で、左腕に付いたパイルバンカーのような武器を構えた。

 視線を動かさず、味方の動きを探る。

 なのは達はそれぞれ敵と相対中か。暫くは自分達で何とかして貰おう。

「いくぞ?亡霊の手先」

『排除』

 私は剣を構えて接敵し、向こうも高速でパイルバンカーを突き出した。

 

 激突。轟音と閃光が辺りを包み込んだ。

 

 

              :ノルド

 

 最近の私は安眠出来ない日が続いている。

 それもこれも、闇の書…いや、クライド・ハラオウンの所為だった。

 ムカつく胃を押さえ、薬を呷る。

 

 今でも夢に出てくる光景が頭を過ぎる。

 

 闇の書の封印し、護送する旨が報告された時の事だ。

 本来なら、グレアムがする筈だった報告が、クライドの口から為された。

 しかし、報告はついでに過ぎなかった。

 本命は告発だった。

 闇の書の捜査の過程で、最後のピースが揃った。

 もう私への捜査は止まらない。

『以上が、管理局が闇の書、いや夜天の魔導書の暴走を利用した証拠です。不正の証拠も

程なく揃うでしょう。貴方も本局長官であるならば、自らの罪を明らかにすべきだ』

 そう目の瘤を取り除くのに、私は1度、闇の書を利用した。

 簡単だった。

 適当に餌をやれば、ある程度暴走時期をコントロール出来る。

 あとは、時期を測るだけだった。

 機械染みた騎士は、餌を何の疑いもなく闇の書に与えていた。

 お誂え向きだったのだ。

 だが、その餌を調達していた絡繰りをクライドに掴まれた。

 出された証拠は、多少は私の不利になるだろう。

 押さえられたのは、使っていた屑共だ。屑の証言など、どうとでもなる。

 こんなものは、幾らでも握り潰せる。

 だが、そこから私が行う不正に足が付いてしまった。

 屑共は、身の安全の為に私の会話を盗聴・録音していたのだ。

 その証言から調べられれば、身の破滅だ。

「分かった。だが、身辺を整理したい。時間をくれ」

『本局に着くまでに、済ませる事をお勧め致します。護送任務は、私がする事にしました。

私を始末すれば、とお思いになるでしょうが、証拠はどうあっても残ります。夜天の魔導書

の中に』

 どういう意味なのか分からなかったが、詳細に調べ上げたこの男の事だ。

 何か証拠を保管するすべでも、発見したのかもしれない。

「分かっているよ。私も男だ。無様な真似はすまい」

 通信を切り、天を仰ぐ。

 どうする?ヤツを始末するのは容易い。しかし、ヤツの握る証拠、協力者を全て潰す必要

がある。

 正直、アイツ等を追い詰め過ぎたのだろう。

 これは牽制であり、脅しだ。

 問題は脅しがハッタリであるかどうかだ。

 考え込む。

 

 どれ程、時間が経ったか気が付くと、通信が新たに入っていた。

 通信に出るとサウンドオンリーの画面が表示される。

『失態だな、ノルド。本来なら見捨てるところだが、お前はまだ使える。今度だけは助けて

やろう。だが、次はないと思え』

 評議会の方々からの通信。

 管理局最高権力者。

 その方々に今回の事が知られた。生きた心地がしなかった。

 しかし、今回は助けてくれるという。

 ならば、答えは1つしかない。

「申し訳もございません。よろしくお取り計らい願います」

 私は机に額を擦り付けんばかりに、頭を下げた。

 

 程なく、クライドの乗る戦艦・エスティアが()()で轟沈した。

 通信障害で遠距離通信は出来なかったようだ。

 私は、クライドが集めた資料の始末を命じた。

 評議会の方が手配してくれた人員は、よくやってくれた。

 誰も疑問の声を上げなかったのだから。

 

 通信が入り、私は現在に意識を戻す。

 私は通信に出た。

『た、大変です、長官!!これをご覧下さい!!』

 アースラに送り込んだ特別チームの責任者だった。

 責任者は、私からの返事など待たずにウィンドウを切り替える。

 

 そこに映っていた者は、悪夢で見慣れた男だった。

「ク、クライド・ハラオウン!?…馬鹿な…」

 あの日のまま、まるで年を取っていない。

 悠然と空中にあった。

 呼吸が苦しくなる。心臓が悲鳴を上げる。

 痛みに耐えられず、机に倒れ込んでしまった。

『ちょ、長官!!、誰か!!』

 無能の馬鹿が騒ぐ声を、遠くに聞きながら、私の意識は闇の落ちた。

 

 亡霊は私を逃がす気はないらしい。

 

 

              :なのは

 

 護衛の片割れの人が、赤いドレスの女の子と一緒に遠ざかっていく。

 だが、私達は後を追えなかった。

 目の前に現れた人達によって。

「私?」

 心の中の声が、信じられずに思わず口に出してしまっていた。

 微妙に違いはあるけど、その人は私そっくりだった。

 髪型はショートだし、バリアジャケットの色も違う。最も違う点は左手。物凄くごっつい

左腕と手を全て覆う手甲が付けられている。

「いいえ。申し訳ありません。自分の姿やら本名だとか、色々忘れてしまっているのです。

 決して馬鹿にする意図も、挑発の意図もありません。姿形がないと不便ですので、貴女

の外見をお借りしました。悪しからず」

 目の前の私が淡々と間違いを正してくれる。

 意外に話し合いが出来そうな感じかな?

 私より、なんか理知的な感じが…。

「残念ですが、私は命令により貴女を倒さねばなりません。話し合いには応じかねます」

 私は心を読まれたみたいな言葉に、ドキッとした。

「私の事はシュテルとお呼び下さい。短い間でしょうが」

 シュテルの手からレイジングハートとは違う、でもどこか似た槍が出現する。

 静かな闘気。ヴィータちゃんの燃えるような闘気と、まるで違う。

 それだけで、私も話し合いは出来ない事を知った。

 私は大きく息を吸い込み、吐き出す。

「高町なのは。私も負ける訳にはいかない!!」

 私もレイジングハートを構えた。

 相手が尋常な相手でないのは分かる。でも、私は諦めたりしない。

「では、いざ尋常に…」

「「勝負!!」」

 奇しくも私達の声が重なる。

 

 シュテルが展開した火炎弾と私の魔力弾が同時に放たれ、弾が正面から衝突し、爆発

した。

 

 

              :フェイト

 

 私の目の前で、火の玉のようなものが人型になっていく。

 完全に人の姿となると、それは私だった。

 私とはバリアジャケットや髪の色とか、微妙に違うけど。

 一番違うのは手に持った大剣。

 あの身体で、軽々と持っている。

 その私のそっくりさんは、大袈裟な動きで私を指差す。

「私はレヴィ!!ものすごっっく強い…何だっけ?まあいいや、兎に角、物凄く強い女

だ!!お前を倒す!!」

 本人は格好よく決めた積もりみたいだけど、なんだろう、物凄く残念な感じが…。

「……」

 私の無言に、そっくりさんことレヴィが真っ赤になって怒る。

「仕様がないだろ!!覚えてないんだから!!長い間に忘れちゃったんだよ!!私だって、

こんな子供の身体嫌だよ!!もっと、ナイスバデーだった筈なんだよ!!多分…」

 そうなのかな…。やってる事も、言ってる事も子供っぽいけど…。

 私の態度に、地団駄を踏んでるレヴィ。

「ホントなんだから!!ねえ!シュテルんって、聞こえないか」

 向こうでは、もうなのはとなのはのそっくりさんが撃ち合いを始めていた。

 大剣でレヴィは自分の肩を叩く。

「まあ、すぐ死ぬヤツだし、いっか。気に入らないヤツからの命令だけど、それこそ

仕様がない」

 大剣を私に向けた瞬間、レヴィの身体から殺気が立ち昇る。

 この子…。

 実戦を幾つも経験した人、特有の強力な圧力。

 この子は本気で殺す気だ。私を。

 冷や汗が流れる。

 でも…。

「死なないよ。私が勝つから」

 バルディッシュを構える。

「生意気だね。アンタ」

「私はフェイト。フェイト・テスタロッサだよ」

「どうでもいいよ。死にな!!」

 

 互いに高速で大剣と戦斧が打ち合わせられる。

 衝撃が、周囲に伝わり全てのものが震えた。

 

 

              :飛鷹

 

 なんでいるんだ!?

 どうして、ここでクロノの親父が出てくるんだよ!?

 俺の頭は混乱していた。

「ふむ。私を知っているという事は、管理局員かい?」

 穏やかな声でクライドさんが、話し掛けてくる。

「いや。違いますけど」

 混乱していたが、穏やかな問い掛けに思わず答えてしまった。

 クライドさんが不思議そうな顔をする。

「ああ、俺、クロノの…知り合いなんで」

 友達ってのは、嘘になるよな。そこまで親しい訳じゃないしな。

「成程、息子の知り合いだったか。まあ、呑気に話している時間は、残念ながらないようだ」

 クライドさんは、既に他で始まっている戦闘に目を遣る。

 そっくりさんとそれぞれ戦闘に突入している。

 違いは分かるけど、紛らわしいな。

 でも、時間がないっていうと…。

「すまないが、私も今は守護者の身でね。命令に逆らえないんだ。手加減も出来ない」

 クライドさんの気配が変わる。

 穏やかなイケメンから、戦士の顔に変わる。

 やっぱり、そうなるか…。

「でも、1つだけ訊かせて下さい」

「なんだろう?」

 クライドさんがデバイスの杖を取り出し、構える。

「俺が勝ったら、クロノやリンディさんの元に帰れたりするんですか?」

 俺の言葉に、クライドさんが寂しそうに微笑んだ。

 そして、無言で首を振った。

 そこまでのご都合はなし、か。

「僕が死んだのは事実だからね。それは変えられない。因果が終われば、役割も終わりだ。

気を遣わせてしまって、申し訳ない」

 俺も黙って首を振った。

 余計な事、訊いちまったな。

「勝ちますよ。せめて、その因果が終わるように」

 俺は決意を籠めて、クライドさんに剣を向けた。

「残念だよ。君とは、こういう形ではなく、別の形で会いたかった」

 俺も気持ちは同じだが、これ以上は言葉を無用だろう。

 何より、これ以上喋ったら、余計な事をもっと口走りそうだ。

 

 俺とクライドさんは、まるでこれから模擬戦でも行うように、向かい合って礼をする。

 俺とクライドさんの魔法が、同時に構築完了し放たれる。

 

 手加減抜きの殺し合いは初めてだが、俺は意外と自分が落ち着いている事を感じながら、

 クライドさんに向かって行った。

 

 

              :レティ

 

 俄かに、艦隊運用部が騒がしくなる。

 ノルド長官が倒れたという報が、ここまで届いたのだ。

 艦体管制室に、非常事態宣言を示す警報が鳴り響く。

 緊急通信で命令が下される。

『今現在、動けるアルカンシェル搭載艦は、出撃準備に入れ!!闇の書の暴走が始まった!!

繰り返す。闇の書の暴走が始まった。アルカンシェル搭載艦は、出撃準備が整い次第、97管理

外世界へ事態の収拾に当たれ!!以上』

 出れるだけって、それ程多い訳じゃないけど、97管理外世界の被害を無視する気なの!?

 まともな指示ではないのは、確かだ。

「レティ提督…」

 部下が私を伺うように見る。

「準備だけは進めなさい。私が確かめます」

「「「了解!」」」

 部下が敬礼と共に、作業に取り掛かる。

 私は素早く立ち上がると、管制室を後にする。

 長官が倒れたタイミングで、非常事態宣言。何かが起きている。

 ごめんなさい。リンディ。情報は間に合いそうにないわ。

 でも、私に出来る事はやるから。

 

 司令部に急ぎ足で向かう。

 司令部の中に入ると、自分達の作業に追われ、誰も私に気付かなかった。

 メイ司令が、ウィンドウを見ながら、部下に怒鳴り散らしている。

 彼は長官の腰巾着で有名な男だ。

 私は、メイ司令に近付いていく。

「祟り神め!手段を選ぶな!!事態の収拾が出来れば、管理外世界の被害など安いものだ!!」

 祟り神?その言葉に引っ掛かるが、先にやる事がある。

「メイ司令。今の発言は問題があるのでは?管理局員のセリフとは思えませんよ」

「レティ提督…。今は緊急事態なのだ!!余計な口を挿むな!!」

 メイ司令が激昂して、私に怒鳴り散らす。

 私は反論を口にしようとして、言葉が出なくなった。

 ウィンドウには、よく知る人物が映っていたからだ。

「クライド君!?」

 祟り神。メイ司令は彼を見て、そう言ったのだ。

 彼の存在が、今回の無茶苦茶な指示の原因の1つなのは、間違いないだろう。

「さて、司令。詳しい事情を説明してい頂けますか?」

 メイ司令は、ウィンドウを乱暴に切ると、目を泳がせる。

「君は、今緊急事態だと理解しているのか!?闇の書の暴走が始まっているのだぞ!!」

「その割に、貴方はクライド君…クライド元・提督を気になさっているようですが?」

 闇の書の暴走が気になるなら、そちらを映像を監視している筈だ。

 にも関わらず、彼が見ていたのは闇の書の暴走と関係が薄そうなクライド君の映像。

「命令の根拠を別室で、是非お聞きしたいですわ。出来ないと仰るなら、艦隊の手配の手を

止めざるを得ませんね」

 私の言葉にメイ司令が、青筋を浮かべる。

「貴様!!」

「現地の魔導師達がベストを尽くしているうちに、説明下さいますか?それとも、彼が何か

語るのを待ちますか?」

 メイ司令が言葉を詰まらせる。

 私は笑顔で外を示した。

 メイ司令は、手を止めてこちらを見ている部下を睨み付ける。

「手を止めるな!!」

 メイ司令は私を押し退けるように、司令部を出て行った。

 私はその後を追って歩き出した。

 

 出来るだけ、役に立ちそうな情報を取らないとね。

 

 

              :リンディ

 

 これ程、動揺した事はない。

 そう断言出来る出来事だった。

 アラートが鳴り響き、私は頭を切り替えるとブリッジに急いで向かった。

 ブリッジでその映像を私は見た。

 もう、写真でしか見られない夫の顔を。

「アナタ…。どうして…」

 頭のどこかで、冷静な部分がアースラ艦長としての責務を果たせと訴えるが、私は指示を

出す事が出来なかった。

 ブリッジメンバーは夫の顔を知っている者ばかりだ。

 私が呆然と立ち尽くしている理由も、承知している。

 こんな事ではいけない。

「艦長!アルカンシエル搭載艦が、こちらに応援に向かうとの事です」

「分かりました。現地魔導師のサポートと観測を怠らないように」

 私はどうにかそれだけ言えた。

「「「了解!!」」」

 今のところ、管理局の切札。暴走に備えているのは分かるけど、動きが早いわね。

 

 私は映像の中の夫に、チラリと視線を向けた。

 

 

              :ユーノ

 

 クライド提督の私物は、意外に早く届けられた。

 それは、万年筆。

 ロッテさんが連絡を取ってくれて、忙しい筈のアリアさんが届けてくれたので、早かった

らしい。事態を重く見て、アリアさんが届ける事になったという。

 どうあれ、早ければそれだけなのは達に重要な情報を伝えられるんだから、問題ない。

 

 僕は早速、検索を開始する。

 クライド提督の痕跡を。

 未整理で放置されていた事が、吉と出たみたいだ。

 流石に、時間が経って探り難くはなっているけど。

 探す為の糸は、なんとか追える。

 アリアさんとロッテさんが、護衛として左右を固める。

 糸は下層に伸びている。

 僕がその事を言うと、2人は苦い顔になった。

「封印区画とかじゃないといいんだけどね」

 アリアさんが不穏な単語を口にする。

「あの…封印区画って?」

 下へ移動しながら訊いてみる。

 知らないと困る事もあると思う。何せ、そこに行かなきゃいけないかもしれないんだし。

「無限書庫自体未整理なのは、知ってるでしょ?発掘調査はしてるんだけど、下層の奥になる

と、それ自体が魔力を持って悪さをしたりする魔導書とか、呪書とか、曰く付きの書があって

ね。ここを造った人も何を考えたのか、入れるだけ入れて扉で封印してるのよ」

 アリアさんが苦い表情のまま説明してくれる。

 何それ、怖い。

 他にも守護のゴーレム、亡霊、怖い書が仕掛けた罠が満載で、発掘は命懸けらしい。

 この2人をもってしても緊張する場所らしい。

 怖いから、ここで失礼しますって訳にはいかない。

 僕達は覚悟を決めて、糸を追ってドンドン下の階層に下りて行った。

 

 嫌な予感というのは、大抵の場合当たるものだよね。

 糸は、下層の封印された区画の向こうに伸びていた。

 やっぱり、そうなりますよね。

 僕は2人を振り返る。

「大丈夫。こんな事もあるかもしれないから、マスターキーを借りて来たから」

 あるんだ。マスターキー。

 アリアさんが、魔力の籠ったカードを翳すと、扉が嫌な音を立てて開く。

 が、暗がりからゴーレムが雪崩れ込んでくる。

「スティンガースナイプ!!ロッテ!!」

 アリアさんの魔法が螺旋を描きゴーレムの先陣を砕く。

「合点だ!ニャァーーー!!」

 ロッテさんが物凄いスピードで、アリアさんが撃ち漏らしたゴーレムをまるで舞でも舞う

ように、ステップを踏み蹴り砕いていく。

 拳を撃ち込めば、他のゴーレムを巻き込んで吹き飛んでいく。

 強い!!

 2人の連携の前に待ち構えていたゴーレムは、全滅してしまった。

「早く、クライド君の残したものを回収して、戻らないとね。いくら私達でも、スタミナも

魔力ももたないよ」

 ロッテさんが珍しく真剣な表情で言った。

 アリアさんも同意して頷く。

 僕も異論はない。

 ロッテさんが前、アリアさんが後を固める形で扉の奥へと向かった。

 

 立て続けに、物騒なものに襲われ、罠が発動する。

 僕達の後ろには残骸が山のように浮いている。

 2人も額に汗が流れている。

 どれだけ時間が経ったか、分かり難い。

 そして、遂に糸の先を見付けた。

「流石、クライド君。こんなところに隠されたら、見付けようなんて思わないだろうね」

 辿り着くのも、2人くらいの強い力も持った人間じゃないと、厳しいだろうね。

 怖い書物を退かしていくと、書架が壊れて空間が出来ていた。

 そこに書物が何冊も突っ込んであった。

 書物を全部取り出していく。

 

 僕達はすぐさまそれを取って、急いで封印区画を後にした。

 帰りもキッチリ何故か襲われたんだけどね。

 

 

              :クロノ

 

 例のアミューズメントパークに到着して、容疑者を待ち構える。

 艦長の魔法は、今も継続している。

 精霊が僕に容疑者の接近を教えてくれる。

 相変わらず、この魔法は反則だな。

 到着の報告は、艦長や飛鷹達に入れてある。

 魔法は使わずに、侵入しているので見付かり難い筈だ。

 相手はどんな存在か分からないから、当てにはならないが。

 前回、ここに来た時に警備システムを確認しておいたのが、役に立った。

 容疑者を誤魔化す役に立つかは、まだ分からないけど。

「アミティエ。大丈夫なのか、本当に」

 僕はまだ本調子とは程遠い感じの、アミティエに声を掛ける。

「ええ。大丈夫です」

 全く大丈夫ではなさそうだが、これ以上言っても聞かなそうだ。

 僕は1つ溜息を吐く。

 2人の使い魔は、気配も感じさせずに隠れている。

 アルフの方には不安があったが、おそらくリニスの方がなんとかしたのだろう。

 この2人は、師弟関係になるそうだしな。アルフも大人しく言う事を聞いたのだろう。

 僕とアミティエ。リニスとアルフでコンビを組んで隠れている。

 

 ジッとその時を待つ。

 もしかして、気付かれているかもしれない。色々な不安が過るが、それを飲み込む。

 そして、遂にその時がきた。

 

 容疑者の2人が永遠結晶(エグザミア)のある部屋に入って来た。

 

 

              :キリエ

 

 あの悲鳴が耳にこびり付いて離れない。

 仕方なかったとはいえ、罪悪感は拭えなかった。

 私も大切な人達を救いたいから、余計だった。

 自分の大切な人達を助ける為に、他人の大切な人を犠牲にする。

 自分がとんでもない悪人になったような気がした。

「キリエ、気に病まないで。仕方なかったなんて言わないけど、これが終わったら、みんな

救われるから」

 イリスが、気落ちしている私を気に掛けて声を掛けてくれる。

「ありがとう」

 私は弱々しく微笑んで礼を言った。

 そう、もうすぐだ。これが済んだら、あの子に謝ろう。許してくれないと思うけど…。

 大切な人達を取り返す手助けくらいは、出来ると思うから。

 永遠結晶(エグザミア)のある施設が見えて来た。

「行こう!」

 私はイリスを追い抜いて、施設の前に降り立った。

 イリスが文句を言いながら、後から降り立つ。

 

 中は静まり返っていた。

 まあ、当然だけどね、()()()()()()()()()

 永遠結晶(エグザミア)のある部屋まで、問題なく到着する。

 でも、私達は立ち止まる。

 焦ってはいけない。

「イリス。どう?」

 管理局がここを見張っている可能性は、十分にある。寧ろ、待ち構えていると考えるべき

だろう。なのに、この静けさ。

 イリスはニッコリと笑う。

「隠れてる人達。出てきたら?もうバレてるわ」

 私は臨戦態勢を取り、視野を広く持つ。

 すると、執務官と使い魔が出て来た。

 それに…お姉ちゃんも。

「流石に、正体不明だけあって、気付かれたか…」

 執務官が口を開く。

 正体不明?お姉ちゃんから聞いてないの?

 私はお姉ちゃんを睨み付ける。

「よく私の前に顔を出せたよね!?裏切った癖に!!」

 お姉ちゃんは、首を振った。

「それはイリスから聞いた事でしょう。私に訊かないんですか?」

 お姉ちゃんの顔に苦悩の色はなく、ただ淡々としていた。

「訊く?今更何を訊く事があるの?何故、裏切ったか訊けって!?」

「当然でしょう。貴女と私は捜査官として働いてきました。一方の主張のみを聞いても、

真実は見えてこない。知っている筈です」

 今更、捜査官ごっこをやれって?

 私は鼻で嗤う。

 お姉ちゃんはそれを無視して、言葉を続ける。

「私は裏切ってなどいません。逆に訊きましょうか?父さんが、あの父さんが、いくら

私達の世界が危機だからといって、人を踏み付けにする事をよしとする人でしたか?」

 お父さんは…思い出そうとして、思考を止める。

 誤魔化しだ。ただの時間稼ぎに過ぎない。今すぐに裏切り者を始末するんだ。

 お父さんも最初は悲しむだろうけど、納得してくれる筈だ。

「今、思考にブレーキが掛かりませんでしたか?」

 私の怒りの表情に、お姉ちゃんは冷静に指摘した。

 そうだ。お姉ちゃんが淡々としている時は、人を観察している時だ。

「……」

 私は言おうとした言葉を忘れてしまった。

 それ程、驚いたと言える。

 確かに今、お父さんの事を思い出そうとしたら、別の感情に塗りつぶされたような気が

する。今も感情が制御出来ない。怒りや戸惑いがごちゃ混ぜになっている。

 頭のどこかで、これ以上考えるなと言っている。

 考えるな?言っている?

「父さんがイリスの計画に賛同した時、寝ていましたか?それとも立っていましたか?」

 思い出そうとする。頭が痛い。

 戸惑ってイリスに縋るように視線をやると、イリスは見た事もないような醒めた顔で、

私を見ていた。どうして?何か言ってよ!

「父さんの病状はどうでしたか?最後に話したのはいつです?」

 思い出せない。どうだった?

「私はそのくらいで思い出したんですけどね。貴女は、それ程にイリスを信頼しているの

ですね」

 お姉ちゃんは、悲しそうにそう言った。

「父さんは、もう私達が管理局に入った時には、寝たきりで話が出来る状態じゃなかった

でしょ?」

「っ!?」

「計画に賛同した時の父さんは、どうでしたか?」

 答えられなかった。

 だって、そんな記憶、実際なかったんだから。

 父さんは、確かに寝たきりで、生命維持装置に繋がっていたんだから。

 それを思い出した。

「貴女…なの?イリス…」

 私は信じられない、いや信じたくない気持ちでイリスを見る。

 

『私は、貴女だって凄いと思うよ!』

『キリエだったら、出来るよ!自分を信じて上げて!少なくとも、ここに貴女を信じて

いるものがいるよ!』

 

 いつだって、励ましてくれた。唯一認めてくれていた。

 

「はぁ~。私と同じ方法とる?普通。ま、いいか、ここまで来たらもう要らないし」

 

「え…?」

 私の間の抜けた声が、虚しく響く。

 イリスは、ニッコリと笑った。いつものように。

「貴女は本当によくやってくれたわ。まあ、イライラさせられる事も多かったけど、概ね

満足いく結果だったわ。ありがとう」

「嘘…よね?何か事情があるんでしょ?チャンとエルトリアを救ってくれるんだよね?」

 イリスは笑顔から一転、白けた顔になった。

「アンタのそういうところが、嫌だったのよ。イチイチ肯定してあげないと進めない。

アンタ見てると、誰かを思い出して吐き気がするのよ」

 イリスは嫌悪感に満ちた表情で、手を差し出した。

 そこに、黒い球体が形成される。

「回避!!」

 執務官が警告の声を上げるが、私は動けなかった。

「キリエ!!」

 お姉ちゃんの声が、どこか遠くから聞こえた。

「それじゃ、さよなら」

 黒い球体から、鋭い槍が空間を埋め尽くす程、放たれた。

 やけに、切先が遅い。身体は動かないのに、時間だけはゆっくりと迫ってきていた。

 

 ああ…。イリスに見捨てられたんだなぁ。

 

 裏切られたのに、涙が一筋流れた。

 

 衝撃が身体に襲い掛かる。

 壁に叩き付けられる。

 

 意識が一瞬遠のいたけど、いつまで経っても死が訪れない。

 私は目を開けた。

 けど、そこには、信じられない光景が広がっていた。

「キリエ…。無事です…か」

 お姉ちゃんが、私に覆い被さるように私を護っていた。

 遠くに飛ばされたお陰か、身体が粉々になるような事はなかった。

 でも、お姉ちゃんの身体には、黒い槍が幾つも貫通していた。

 私に刺さらなかったのは、お姉ちゃんが身体で槍を止めてくれたからだった。

「どうして…?」

 裏切ったのに。嫌ってたのに。どうして、護ってくれるのよ…。

 お姉ちゃんは微笑んだ。

「妹を護る…のに、理由…が要りますか?」

「馬鹿だよ…」

「お互い様です」

 黒い槍が引き戻される。

 視界が回復すると、辺りは瓦礫の山だった。

 イリスが永遠結晶(エグザミア)の前に、立っているのが見える。

 永遠結晶(エグザミア)に球体の鍵が吸い込まれる。

 

 そして、轟音と共に永遠結晶(エグザミア)が崩れ落ちた。

 

 ユーリが地面に落ちる。

 が、そこに異様な物が浮いていた。

 白い機甲の翼というべきもの。

 それを見て、イリスは涙を流した。

「お帰りなさい。私の魄翼。やっと私の元へ戻ってきたね…」

 機甲の翼も、喜ぶように震えた。

 

「うっ…ううん…」

 地面に落ちた衝撃でユーリが目を覚ましたようだった。

「あら、お目覚め?」

 ユーリはイリスをボンヤリと見る。

「あ、貴女は?」

 ユーリがそう言った瞬間、黒いバインドがユーリを拘束する。

「そうだったわね。()()()()()()()()()()()()()()()()()。安心して、すぐに

思い出させて上げるから」

 イリスは残忍な笑みを浮かべて、楽し気に嗤った。

 イリスが私の方を振り返る。

「無事だったんだ。ご愁傷様ね」

 まるで踏み潰した虫が、死んでいなかったかのような声で言った。

「ああ!生き残ったご褒美にエルトリアは救ってあげる。魄翼を使ってね」

 私はどういう顔をしていいのか、分からなかった。

 ただお姉ちゃんを抱き締めていた。

「そう!所謂、安楽死ってやつね!」

「っ!!」

 まだ、イリスの言葉にショックを受けている自分が情けなかった。

「ごめんね。これ、壊す事、滅ぼす事しか出来ないの。でも、貴女には散々役に立って

貰ったし、チャンスを上げるわ」

 イリスが私の方へ歩いてくる。

 私の目の前で立ち止まると、私に顔を近付けてくる。

 私は咄嗟にヴァリアントを取り出し、拳銃形態にして構える。

「私を撃てたら、安楽死は止めて上げる。でも、出来なかったら…分かるわよね?」

 私が構えた拳銃を掴んで、イリスは自分の眉間にピタリとポイントする。

「っ!!」

 私の手が震える。

「さあ、撃って御覧なさい。さあ!」

 震える指でトリガーに力を籠めようとする。

「うわぁああぁぁぁぁぁーーーーーー!!」

 

 私の腕が地面に垂れる。

 イリスの手には、ヴァリアントザッパーのみが残される。

「貴女のお姉ちゃんは、出来たわよ?やっぱり、ダメね。貴女」

 イリスは興味を失い、背を向けてユーリに近付いていく。

「待たせたわね、ユーリ。始めましょうか」

 イリスがユーリに手を伸ばした。

 だが、その手はユーリに触れる事はなかった。

 高速で回転して飛んできたハルバードに阻まれたからだ。

 瓦礫にハルバードが突き刺さって止まる。

「しぶとい獣ね」

 忌々しそうにイリスが視線を送った先には、使い魔が2人立っていた。

「確かに…、主の言う通りですね。貴女、不快ですよ」

「奇遇ね。私も不快だわ。もう決着が付いているのに、まだやるなんて」

 ハルバードが使い魔の手に戻る。

「私では残念ながら貴女に勝てないでしょう。ですから、時間稼ぎさせて貰います」

 イリスは鼻で嗤うと、機甲の翼に触れる。

「どれ程、稼げるかしらね?」

「必要なだけに決まってんだろ!!外道が!!」

 もう1人の使い魔が吠えた。

 

「仕様がない獣ね。少しだけ、遊んであげる。試運転くらいにはなってね?」

 

 

              :クロノ

 

 瓦礫の下敷きになったか。

 身体が動かない。

 死んだという訳ではない…と思う。

 周囲は暗いし、身動き1つ取れない。

 魔法で脱出するしかないが、どうも上手くいかない。

『〇〇〇〇〇〇との血縁を認められるが、守護者筆頭の不在の為、格納出来ません』

 何?どこからだ?

『肉体の生存を確認。強制送還を開始』

 何を言っているんだ?

 

 僕の身体は、突然何かに弾き飛ばされたように打ち上げられた。

 

 意識が覚醒してくる。

「なんだ?今のは」

 

 そんな事を考えている場合じゃないな。脱出だ。

 執務官としての責務を果たさなければ。

 

 

              :はやて

 

 鳥の鳴き声。

 それに気付いて、私は目を開けた。

 見慣れた天井が目に飛び込んでくる。

「悪い夢でも、見たんやろか?」

 身体の調子が今日は矢鱈ええな。

 体を起こすと、部屋のドアがノックされる。

「もう起きとるよ!」

 扉が開かれる。

「せやったら、サッサと下りてこなあかんやろ。朝ご飯、出来とるよ」

 そこには、写真でしか見る事の出来ない人が立っとった。

「お母ちゃん?」

 お母ちゃんは怪訝な顔で私を見てくる。

「寝惚けとらんと、早う支度しい」

 お母ちゃんはそう言うと、扉を閉めた。

 

 ベットの傍を見ると、見慣れた物がない。

 車椅子や。どこいったんやろうか?

 無意識のうちに、私はスルリとベットから出て立ち上がっとった。

「あれ?…車椅子?なんで私、そんなもん探しとったんやろか?」

 

 ああ。学校に遅刻してまうわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回は、4人の戦闘にケリを付ける積もりです。
 おいおい、と思った方すいません。

 次回は戦闘だらけになる予定です。
 難しい戦いになりそうです。私がですが。

 次回も気長に待って頂ければ幸いです。

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