ロクでなし魔術講師と創世の魔術師   作:エグゼクティブ

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精霊の騒めき

アルザーノ帝国魔術学院、その屋上は人知れず人気がある。見渡しは良く、夕方になれば綺麗な夕日が一望できるため告白スポットとしても人気があるようだ。

だが今日は生徒の姿は見当たらず、屋上にいたのは黄昏ている一人の教師だった。

 

グレン=レーダスだ。

 

「ったくソラのやつ俺にまでやりやがって…いや、当然か。あいつの前でエアリアルの名を出しちまった」

 

セリカからの忠告された禁止用語、エアリアル。

ソラがセリカに保護されたとき、彼はすでに様々なものを失っていた。記憶を失わなかったのは幸いなのか、それとも不幸なのか。いっそ忘れてしまったほうがソラのためになるのではないかとグレンは考えていた。

ソラの大体の事情をグレンはセリカから聞いている。もちろん、一部の情報は省かれている。

 

「ほらみろ…魔術なんてろくなもんじゃねえ。あれがもたらすのは、悲しすぎる結末と永遠に終わらない負の連鎖だ」

 

それでもシスティーナの言ったこともわかっていた。そうであって欲しいと願っていた。言葉は違っていても最初の願いは似通っていた。魔術は崇高で奇跡で美しいものだと思っていた。

 

それを変えたのはやはり現実だった。

 

現実を経験し絶望した自分に彼らは眩しすぎる。

 

『この仕事、向いてねえや』

 

心の中で決心を固めると、懐からこの数日間であたためつづけた封筒を取り出す。

その中身はもちろん辞表だ。

なんとなく、こうなることはわかっていたのだ。

 

「ん?」

 

帰ってひとまずセリカと話し合おうと思い帰ろうとしたときだった。西館の一室…魔術実験室でカーテンが閉められたのが見えた。

この時間に授業などあるわけがない。かといって、生徒による魔術実験室の個人使用は原則として禁止されている。実験失敗によってなんらかのアクシデントが起こったとして一生徒では対応できないからだ。

 

「彼方は此方へ・怜悧(れいり)なる我が(まなこ)は・万里を見晴るかす」

 

片目を閉じて紡がれるのはアキュレス・スコープと呼ばれる遠見の魔術。3節詠唱で詠唱された魔術は正しく起動し、瞑られた片目にその光景が映る。

 

しかしながらカーテンが閉められたせいで中の様子は見ることができない。

 

「仕方ねえ…行ってみるか」

 

グレンは両手を組み上に伸ばして大きく伸びをすると、いつものような気怠そうな態度で屋上をさっていった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

同時刻、ソラは何をするでもなく暇つぶしに学院内を歩き回っていた。授業はもう終わっているため他のクラスの授業を見学に行くなんてことはできるはずもない。溜め息を吐くと教室に戻って自分の席に着く。

 

全ての授業が終了しているため、教室の中にいるのはソラただ一人。

 

二人の口論に介入してしまったことは後悔していない。あのままいけばどちらにせよシスティーナにしろ生徒にしろ誰かが手を出していただろう。

 

だが、自分がやったことは…。

 

「一応、規則違反になるわけだ」

 

「セリカ」

 

扉が開き中に入ってきたセリカがソラに向かって口を開く。セリカとていずれソラが問題を起こすことはわかっていた。早いか遅いか、ただそれだけの問題だ。

 

「よりにもよってグレンが言うとは…予想外だったが、あいつも今は堕落した身だ。ここは刺激が強すぎたか」

 

セリカはソラの隣のルミアの席に座ると肘を机に立て手に顔を載せる。

 

「グレン、変わる?」

 

ソラとてグレンのことはよく知っている。彼が何に絶望し、何があって居候の身になっていたのか。境遇は同じでもソラとは違う理由で彼は絶望した。

もともとソラは魔術とは無縁の身…昔は魔術なんて自分とは関係ない遠い存在だった。

 

そんなソラが今となっては…。

 

無表情で黒板を見つめるソラをじっとセリカが見つめる。

 

「ここで、変わらなければそれもう無理だろうよ」

 

「そう」

 

セリカの言葉に機械じみた口調で返すソラ。こんな口調ではあるがちゃんと考え、ちゃんと感情を込めていることをセリカは知っている。

 

しばらくの間2人は沈黙していた。

 

どれくらい経っただろうか。体感的に言えば15分は経ったと錯覚する程度か。ソラが突然目を大きく見開く。

 

周りには奇妙な蝶のような形をした精霊。

 

「…後で、セリカ」

 

そのまま席を立ちセリカに小さく手を振るとソラは教室から出て行った。

 

「魔術は人をより高次元の存在に…か。悲しいな」

 

呆然と呟いたセリカのその言葉にどんな意味があったのか。それは本人にしかわからない。

 

◆ ◆ ◆

 

ソラが精霊に導かれて向かった先は魔術実験室と呼ばれる部屋。そこでソラは魔力を感じ取った。精霊が騒めくほどの綺麗で、純粋で、美しい魔力。

無表情ながらその瞳はキラキラとしていて、まさに年相応な少年がそこにはいた。

 

魔術実験室の中に入る。

 

そこにいたのは黒髪の教師と金髪の少女。

 

「よお、ソラ。やっぱ感じ取った(・・・・・)か」

 

「ソ、ソラくん!?」

 

グレンとルミアだった。

 

二人の目の前には流転の五芒星が描かれた魔法陣。

その魔法陣からは暖かな光がキラキラと煌めき、蝶の形をした精霊が飛び交う。

通称、魔力円環陣。

別に何か大層なことが起こる代物ではない。この魔法陣の上を流れる魔力を可視化し学ぶための魔法陣だ。

 

精霊たちがソラを見つけたのかソラの周りへ殺到する。

すると魔法陣から光が消える。どうやら通っていた魔力が枯渇したようだった。

 

「ソラくん、どうしてここに?」

 

「綺麗な、魔力」

 

「え?」

 

ルミアの質問に到底答えとは言えない返事を返すとソラは魔力円環陣を確認する。

その姿を見て思いついたようにグレンはソラの肩を叩く。

 

「ちょうどいいや。ソラ、お前も久しぶりに魔力円環陣やってみろよ」

 

「??」

 

「お手本になるわけがないが、見せれるくらい(・・・・・・)にこいつのこと気に入ってんだろ」

 

「ん」

 

状況についていけずに小首を傾げるルミア。ソラはルミアとグレンを一度ずつ見ると魔力円環陣、その中心(・・)へと移動する。そしてすぅっと息を吸い込み、ゆっくり吐き出すのと同時に魔力円環陣に魔力が流れる。

さらに先ほどとは段違いな数の精霊がソラと魔力円環陣の周りを飛び交う。

 

七つの光と魔力円環陣に注がれた水銀の光、そして周りを飛び交う精霊が織りなす幻想的な光景。

 

その光景にルミアはもちろん、自分でやらせたグレンでさえも言葉を失う。

ルミアに至ってはソラが魔力円環陣を無詠唱で起動させたことなど完全に忘れ、この光景を目に焼き付けていた。

幻想的な光景だ。だが、ルミアにはそれ以上に光り輝く魔力円環陣の中心で瞳を閉じて立つソラのその姿が、神秘的に見えて仕方がなかった。

 

この場にシスティーナがいたならばさぞ興奮しただろう。だが、悲しいかな…システィーナがもしもいたならばソラもグレンも見せようとは思わなかったはずだ。

 

「この魔法陣を組んだのはお前だよ、ルミア」

 

「え?」

 

突然としてグレンからかけられた言葉。

その言葉にルミアは今日何度目かわからない疑問を浮かべる。

 

「確かにソラが魔力円環陣の中心で魔力を流せば幻想的な光景が広がるさ。だが、今回は一段と違う。見慣れたはずだった俺でさえ言葉を失っちまった。それだけ、お前が構築した魔力円環陣は出来が良かったってことだ」

 

ルミアはグレンから目を離し、再度魔力円環陣の中心で魔力を流すソラに視線を移す。

しばしの沈黙の後、ルミアが口を開く。

 

「先生って本当は魔術がお好きなんですね」

 

「…なんでそうなる?」

 

「だってほら、今の先生とってもいい顔してますよ」

 

思わず言葉に詰まるグレン。

確かにソラに魔力円環陣を起動させろと言ったのは悪ノリのようなものだった。

 

楽しかった…のかもしれない。

 

「そりゃ、ソラ限定だわ。俺は魔術が大嫌いなんだ、ソラは知らねーがな」

 

だが、グレンはその自分の感情を皮肉めいた口調で否定する。

 

「ふふ、そうですか」

 

ルミアは気づいていた。グレンが完全に否定していないことを。要は今のようにソラが魅せる光景には心踊っているということだ。

 

「先生、システィには後で謝ってあげてくださいね」

 

「なんでだ?」

 

「システィにとって魔術は今は亡きお爺様との絆を感じられる大切なものだからです」

 

真っ直ぐな瞳でルミアはグレンを見つめる。

 

「そうか。…一つだけ聞かせてくれ。お前らなんでそんなに魔術にこだわるんだ。授業のときにも言ったが、噂程度で現実は知ってるんだろ?」

 

「グレン先生。私は魔術を真の意味で人の力にしたいと思っているんです」

 

そう言えるのはやはりルミアが子どもだからなのか。だが、現実を知り社会の歯車として人を殺し、腐りきった大人よりも未来がある。ルミアの視線は良くも悪くも真っ直ぐ。ルミアだけではない。システィーナにしろクラスの連中にしろ、ほとんどのものがこの目をしている。

 

「難しいなんてもんじゃねえぞ」

 

「それでも魔術は私たちが生まれる前から既に存在しています。ならば今を生きる私たちがすべきことは考えることだと思うんです」

 

精霊が騒めく。

魔力円環陣の中心で魔力を流してソラがセリカと話をしていたときのように目を見開く。ルミアが魔力を流したわけでもない。ルミアの言動に精霊が騒めいたのだ。

 

「考えてもどうしようもない。周りに流されるだけだ」

 

「そうかもしれません。それでも私はそうでありたい。例え未来の私がどうであっても今の私のこの気持ちだけはそうでありたいんです」

 

「……そうか」

 

諦めたように苦笑いを浮かべるグレンにルミアも微笑みかける。その光景を黙って見ていたソラもまたいつぶりかわからない笑みを浮かべる。

 

「お、ソラが笑ってやがる」

 

『笑うときは可愛らしく笑うもんだ』

 

ルミアは不意にセリカの言葉を思い出した。なるほど、年相応というよりは確かに幼い笑い方をするものだ。

指摘されてソラの表情は元に戻る。照れているのか僅かにむすっとしている。

 

そのときだった。

 

魔術実験室に轟音が響き渡ったのは。

 

 

 

「お腹すいた」

 

ソラの食い意地が一瞬にして雰囲気をぶち壊した瞬間だった。


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