ロクでなし魔術講師と創世の魔術師   作:エグゼクティブ

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若干ソラさんが空気ですね。本格的に動くのはもうちょっとかかりそうです。


決闘

アルザーノ魔術学院の生徒は皆真面目な生徒ばかりだ。

誰もが魔法という崇高(・・)な奇跡に魅せられて学院の門を叩いたからに違いない。

 

何が言いたいかというと、この学院の生徒…というよりグレンの講義を受け生徒たちはいい加減、堪忍袋の尾が切れそうだった。

 

もちろんソラは除いてではあるが。

 

ここでグレンの職務について簡単に言及しておこう。

 

グレンはセリカの紹介によってアルザーノ帝国魔術学院の非常勤講師となったわけだ。セリカが職権乱用して学院長に無理矢理頼み込んだものの、これはまあいいだろう。

 

問題はその受け持つ授業だ。

 

科目が1つならまだよかったのだが、どうやら前任のヒューイという講師はグレンが赴任した2年次2組の担任というだけあって多くの授業を担当していた。つまるところ2年次2組の必修授業はグレンが行うこととなるわけである。

 

となればだ。

 

必然的に内容は全て自習になる。

そう、全てだ。

 

神話学や自然理学、魔導史学のように教科書を読めばおぼろげにでも理解できる教科なら良い。だが、黒魔術に白魔術、そして錬金術のように知識だけではどうしようもない実技科目まで自習というのは生徒からすれば我慢できないのである。

 

唯一、グレンをコントロールできると言っていいソラは毎時間自習になるたびに教室から出てどこかへ去っていくため期待はできない。

というよりも生徒たちも薄々ソラも問題児あることに気づいていた。

 

「いい加減にしてください!!!」

 

「はい、いい加減にやってます」

 

激情したシスティーナの言葉に相も変わらずヒラヒラと手を振って適当に返答するグレン。

 

「あなたはどうしてこの学院の講師なんかやってるんですか!?こんな授業をするならやめてもらった方がまだましです!」

 

「あー、そうだねー、そうしたいのはやまやまなんだが…」

 

グレンは『今度こそセリカに殺されるからな』という言葉を飲み込んで胸のうちに留めておく。

そんなグレンの気持ちなど知らないシスティーナはグレンのその気怠げな態度に余計に怒りのボルテージを上げていく。

 

「そんなにやめてあげたいなら助力してあげます!私は魔術の名門、フィーベル家の娘です。お父様に進言すればあなたが辞めることだって簡単に決まるでしょう」

 

「マッジか!! いや、持つべきものはいい生徒だな! よくやった白猫…いやほんとお願いします」

 

気怠げだった態度が一変、勢いよく飛び起き教壇をジャンプしてシスティーナの前に躍り出るとそのまま額を地面に擦り付ける。

 

土下座である。

 

この男にプライドというものは存在しないのかと唖然とする生徒たち。

だが、システィーナは違った。

 

「貴方っていう人は!!」

 

「システィ、ダメ!」

 

我慢の限界に達したシスティーナは自身が手につけていた手袋を力一杯グレンに向けて投げつける。雷が落ちるように勢いよく投げられたその手袋はグレンの頭上に勢いよく叩きつけられると弱々しい音を立てて床に落ちる。

 

教室にどよめきがおこる。

 

システィーナの一連のこの動作。

 

プライドなんてありはしないがグレンとて魔術師。手袋が自分に向かって投げつけられた意味をわからないはずがない。

この場にソラがいればまた別の展開があったかもしれないが、幸か不幸か、この時間彼は食育論に夢中だろう。

 

「私…フィーベル家次期当主、システィーナ=フィーベルは貴方に決闘を申し出ます」

 

「お前、自分が何言ってるか、わかってんだろうな」

 

いつもの気怠そうな目ではなく、魔術師…それも自分に自信がある者の目。

 

この目をシスティーナは知っていた。

 

いつもとは明らかに違うグレンにシスティーナは息を飲む。周りの生徒たちもグレンの変化に気づいたのか声を潜める。

 

「システィ! ダメ! 今すぐ手袋を拾って!」

 

唯一動きだせるルミアはシスティーナの真の友だからだろう。魔術儀礼…簡単に言ってしまえば決闘を意味するのだが、問題はその結果だ。

魔術儀礼では魔術において雌雄を決する。勝者が敗者に何を言おうと何をさせようと文句は言えないのだ。

 

故に、システィーナはもしも勝ったらこう望むつもりだったのだろう。

 

 

グレンの退職…と。

 

 

だが非常勤講師としてすでに1カ月は働くことが決まっているグレン。1カ月一杯ではなくなるかもしれないが、流石にすぐに退職とはいかないだろう。

 

「おいおい…何年生きてるか忘れたがセリカでもこんなことしないぞ。まあいい。ここで俺の実力を見せつけてやるのもいいだろう」

 

グレンは演技めいた仕草で手袋を拾うとシスティーナに嘲るような笑みを浮かべる。セリカがこの様子を見れば手で頭を抱えただろう。ソラが見れば無表情でグレンの頭をつつきながら『…無意味』と言っただろう。

 

教室内の全員がその自信と形相に息を飲む。

 

「いいぜ、その決闘受けてやるよ」

 

要は迫真の演技だった…ただそれだけのことだ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ルールを確認すっぞ〜」

 

さっきのやる気はどこへやら、いつもの講義のときの気怠そうな態度に戻ったグレンが油断大敵とでも言いたそうに顔を歪めるシスティーナを指差す。

 

耳をほじくってるあたり、やる気がないのは間違いない…のだが、グレンのことを全く知らないシスティーナからすると油断ならない。

 

なにせあのセリカが太鼓判を押す魔術師だ。

 

決闘の相手がシスティーナではなくとも同じような反応をしただろう。

 

「今回の決闘はショック・ボルトのみで決着をつけること。そのほかは全面禁止ですよね」

 

ショック・ボルトとは魔術師が使う魔術の中でも初歩的なもの。ダメージはないに等しく、直撃しても痺れが襲う程度の魔術。

確かに力量を測るためではないこの決闘には適していると言える。

 

「決闘のルールは受理側が決める…わかってます」

 

自分の実力はその程度のものではないと言いたげなシスティーナ。

グレンはそんなシスティーナの身体をジッと見つめる。

 

「よろしい、ルミアくん。それではフィーベル家の白猫くん。さて始める前に報酬を決めておこう」

 

いやらしく口元を歪めるとグレンはシスティーナの前に立ち耳元で囁くように口を開く。

 

「お前、俺の女になれ」

 

「なっ!?」

 

顔を青ざめる生徒一同。

いくら教師といえどこればかりは倫理に反する。だがこの決闘はシスティーナがグレンに叩きつけたもの。文句は言うことができない。

 

お互いに距離を取り向かい合う。

その距離は10歩程度か、ショック・ボルトのような3節程度の魔術ならば詠唱の速度が勝負の鍵となるだろう。

 

「ルミア…っ。これ…っ。なに?」

 

「あ、ソラくん」

 

そんな中、爪楊枝を使って音を鳴らしながら騒ぎを聞きつけてやってきたソラ。爪楊枝を口に咥えているあたり、やはり彼は食堂で食育論に夢中だったようだ。

 

本当に食い意地を張った食べ盛りの育ち盛りである。

 

因みにこれは余談だが、その食べっぷりから食堂のコックたちからは高評価を受けている。

ソラはルミアから大雑把に説明を聞くと呆れたような視線を今まさに詠唱を始めそうなグレンに向ける。

 

「落ち着いてる場合じゃないよ! 止めなきゃ!」

 

ルミアは未だに止めようとしているようだが、すでに賽は投げられた。今更どうしよもないことはルミア本人もわかってはいるだろう。

慌ただしいルミアを呆れた目でグレンを見つめるソラが手で制する。

 

「すぐ、わかる」

 

「え?」

 

ソラの言葉の意味をルミアはすぐに理解することとなった。

 

「ぉぉぉぉぉぉぉッ!?」

 

中庭に響き渡るグレンの絶叫の後に訪れるのは静寂。予想だにしなかった結果と言ってもいいだろう。

地面に倒れ伏して痺れていたグレンがむっくりと起き上がる。

 

「雷精よ・紫電…」

 

「雷精の紫電よ」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」

 

そして再びグレンの身体を雷が襲う。単純な話だ。グレンが行なっているのは教科書に載っている通りの3節による詠唱。

対するシスティーナが行なっているのはそれを略称した1節での詠唱。どちらが早く詠唱が終わるかなどわかりきっている。

ここの学院に通う生徒たちのほとんど…特に2年生ともなるとある程度のことは学んでいる。

 

「雷精よ・紫電…」

 

「雷精の紫電よ」

 

「アババババババ」

 

何度繰り返しても結果は変わらない。

あれだけ見栄を張って決闘を受けた手前、当然ではあるが…この男、相当悔しいらしい。

 

まるでゲームやアニメの主人公のようにボロボロになりながらも立ち上がり立ち向かっていく。

 

 

 

 

勝ち目はないが。

 

 

 

3節による詠唱の略称することなど才に秀でた者はもちろん、そのほかの生徒でも可能だ。

 

それこそ致命的(・・・)に魔力操作の才がない場合を除いて。

つまりそれがグレンなわけだ。

 

故に相手がシスティーナでなくともグレンは今この状況のようにやられていただろう。

 

「アホ」

 

「ソ、ラさん、刺さって…ます…あ、痺れ、てるから、痛、ない」

 

感電するグレンにどこから拾ってきたのは木の棒でつつくソラ。どうみてもシスティーナの勝ちだ。痺れてるのに以外と喋れるのは驚くべき神経とでも言うべきか。

 

その姿を見て、ざわめきが嘲笑へと変わっていく。才ある者が才なき者を見下すこと。それに年齢…歳の差などは関係ない。

 

優れているから見下す。

 

決闘は雌雄を決するというのはこういう結末になることが多い。ましてや学院で教師と生徒で行なったのだ。

 

「見損なったわ。あなたみたいな人を推すアルフォネア教授も一体なにを考えているのかしら」

 

冷たい目でグレンを見るシスティーナは一体どんな感情を抱いているのか。それは親友であるルミアですら、わからなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

その翌日のこと。

 

「なあ、システィーナ説明しろよ。魔術のなに(・・)が崇高なんだ?」

 

教室内は再び一触即発の雰囲気に包まれていた。当然、原因はグレンとシスティーナだ。いつものように自習にしていたところに不意にシスティーナがもらした言葉にグレンが食いついたのだ。

 

今までとは立場が逆と言ってもいいだろう。

 

『その男は魔術の崇高さ(・・・)をなに一つ理解していないわ。むしろ馬鹿にしてる』

 

この崇高という言葉にグレンは食いついた。グレンも魔術師だ。魔術を馬鹿にはしていない。だがシスティーナと違って崇高なものだとは思っていない。

 

真実を知らない子どもと現実を知っている大人との見解の違いだ。

 

まあ、自習なんて講義を繰り返されては馬鹿にしていると捉えられてもしかたはないのだが…。

 

「え?」

 

予想外の返答に答えられないシスティーナ。対してグレンはいつもの気怠そうな態度ではなく、真面目な表情をして問いかけていた。他の生徒たちも自習をしていた腕と頭を止める。

 

ソラも珍しくその場に残り、事の成り行きを見守っているが心なしか無表情ではないように思える。

 

「魔術はこの世界の起源、構造、支配する法則を解き明かし人がより高次元に至る道を探す手段よ」

 

「それで、高次元に至るとどうなるんだ?」

 

「それは…暮らしが豊かになるわ。苦労も少なくなる」

 

「それ、本気で言ってるのか?」

 

驚きをあらわにするグレンにシスティーナは親の仇を見るような目で睨め付ける。

 

人々の暮らしが豊かになる…確かに間違ってはいない。より高次元かどうかはさておき、まず間違いなく苦労も減るだろう。

魔法に頼ってしまえば道具の開発、運用、そして傷ならば医療までもこなせるのだ。

だが、魔術は魔術師にしか扱えない。才がないものはその恩恵を直接享受できるわけではないのだ。

 

「ならなぜ魔術師は一般人に秘匿する。自分たちは選ばれた本当の人間であり、一般人は人間ではないとでも言うのか?」

 

「そう言うわけじゃっ!?」

 

当然、そういう考えを待っている魔術師も少なくはない。それが一般人に魔術を秘匿している理由の一端とも言える。

だが、システィーナのような真っ直ぐな魔術師は微塵にも考えてはいない。

言い淀むシスティーナにさらに追い討ちをかけるべく、グレンは怪しく口元を歪める。

 

「いいか、現実を教えてやる。魔術が一番役に立ってるのは人殺しだよ」

 

「っ!!」

 

その言葉に教室が凍りつく。

 

「ふざけないでッ!!」

 

魔術に対して真っ直ぐなシスティーナにはどうしても我慢できなかった。

 

「はっ、ここで学んでんだ。お前らも知らないとは言わせないぜ。200年前の魔導大戦、40年前の捧神戦争。近年の外道魔術師の被害、知ってんだろ?」

 

講義のときは死んだ魚のような目をしていたグレンがまるで鬼のような形相でシスティーナを睨む。グレンとてシスティーナにいうべきでないことはわかっていた。

 

グレンにはシスティーナが眩しすぎた。

 

まだ何も知らなかったあの頃。

魔術が崇高で奇跡だと思っていたあの頃をシスティーナは思い出させるのだ。

 

システィーナとて、このまま突き進んでいけば嫌でも現実と直面することになる。

 

「でもっ!! 魔術は、魔術はそんなものじゃ!!」

 

「ここにいるソラだって被害者だ。有名だったもんな。外道魔術師に襲われたエアリアル崩壊の話。そのたった一人の生きの…ッ!?」

 

エアリアルの言葉を口にした途端にグレンとシスティーナに衝撃が走る。二人はそのまま力なく地面に倒れる。

 

二人は即座に理解したこれはショック・ボルトだと。

 

「グレン、それ以上、喋らない」

 

生徒たちも同様に理解できなかった。いま、何が起こったのか。詠唱は聞こえなかった。一節の詠唱すら聞こえなかった。

 

だがそれを行なったのが、ソラであることも他の生徒たちは目撃していた。

ソラの周りで小さな蝶のような何かが飛んでいるのを目にしたのは一部の生徒だけだった。


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