サイコなカネキケン   作:Crescent Moon

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合宿から帰ってきたらお気に入りが2倍くらいになっててびっくりしました。


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 カフカの有名な小説に、青年が大きな毒虫になってしまう『変身』という話がある。金木がはじめてそれを読んだのは小学5年生の頃。金木はその話を読み終わった後に自分が毒虫に変身する妄想をし、何故か心の奥底から興奮が湧き上がって来たのを覚えている。

 

 東京都20区のとある総合病院の一室。窓のすぐそばにある日当りのいいベッドの上に金木研の姿があった。病室に設置されたテレビからは『医師独断の臓器移植、問われる命の責任』という題で、金木に独断で利世の臓器移植を行った嘉納という医師の記者会見のニュースが流れている。

 

 金木自身は嘉納医師に感謝している。独断とはいえ、この臓器移植が無ければ金木は死んでいただろうし、1つを除けば、身体に目立った異常はない。

 

 だが、世間はそうとも言えない。即死とはいえ、その臓器移植はあくまで生前の本人の意思や遺族の意思で行われるべきだと主張し、嘉納医師はかなりのバッシングを受けている。

 

 「時間か…」

 

 金木はそろそろ検診の時間が迫っているのを確認し、診療室に向かうため部屋を出た。

 

 

 「調子はどうだい?金木君」

 

 診察室に着いた金木を嘉納が出迎える。世間からのバッシングのためか、顔には少しの疲れが見え眼の下にはうっすらとクマが見える。

 

 「身体自体には問題がないんですが、味覚が少しおかしいです」

 

 「味覚?」

 

 カルテを書いていた嘉納の手が一瞬止まる。

 

 「今までなら普通に食べれていたものが、急にまずく感じるようになりました」

 

 「うーん…、臓器は記憶を持っているともいわれるしね。過去に、臓器移植を受けた人物がその臓器の持ち主に似た行動をとり始めたという例もあるしね。まあ、事故と入院によるストレスからくるものという可能性もあるけど…」

 

 「そうですか」

 

 「どちらにせよ、免疫抑制剤をちゃんと飲み続ければすぐにまた大学に戻れると思うよ」

 

 「分かりました。ありがとうございます」

 

 診療室から病室へと戻った金木。しばらく本を読んでいると12時になり、看護士が昼食のトレイを持って現れた。

 

 「金木さーん、お昼ごはんの時間ですよ」

 

 金木の前に昼食のトレイを置く看護士。今日のメニューは白米に冷奴、豆腐の味噌汁、鮭の切り身、漬物である。金木の身体は手術後順調に回復しており、食事のメニューは至って普通のものになっていた。

 

 金木は箸を取り、鮭の切り身をゆっくりと口に運ぶ。口の中にいれた瞬間、なんともいえない生臭さが口いっぱいに広がる。金木は吐き出したいのを我慢しつつ飲み込む。

 

 手術後から、金木の味覚は大きく変化していた。鮭が生臭く感じるようになっただけではなく、味噌汁は濁った機械油の様で、豆腐は動物の脂肪を固めたような触感に代わり、白米に至っては口の中で糊でもこねくり回しているように感じるようになっていた。その他も水以外の全ての食べ物をまずく感じるようになっており、目覚めてから数日金木はほとんど何も口にせず過ごしていた。しかし、不思議に金木は空腹感を覚えることは無かった。

 

 「あらカネキさんもういいんですか?」

 

 鮭を一口だけ口にして箸をおいた金木を見て、看護士が声をかける。

 

 「…はい」

 

 「しっかり食べないと治るものも治りませんよ?」

 

 「食欲が無くて…」

 

 「何か食べたいものとかないんですか」

 

 「…喰種(グール)

 

 「え?」

 

 聞き返した看護士に何でもないですと言うと。金木はベッドに横になった。看護士は諦めたのかトレイを持って部屋を出て行った。

 

 夜。消灯時間を過ぎ、部屋が真っ暗になっても金木は備え付けの照明を使って本を読んでいた。本の題名は『変身』。

 

 「…僕も毒虫になるか…?」

 

 そう自嘲する金木の口元は歪んでいた。

 

 

 

 

 結局、金木は退院するまでの数週間をほとんど水だけで過ごした。しかし、空腹感は全く訪れずむしろ減っていくばかり、様々な食べ物を口にしたが、全てまずく感じるようになっており、金木はまともな食事をとる気を失っていた。ただそんな金木にも食べたいものがあった。人の肉だ。入院中外出は許されず、処理が面倒なため病院内で人を殺すこともできなかったため、金木は1ヶ月近く人肉を口にしていなかった。

 

 「喰種(グール)だったらもっといいんだけどな…」

 

 金木は気を失う直前に舐めた利世の血の味を入院中も忘れることは無かった。だが、喰種(グール)を食べるためには1つ問題がある。それは、喰種(グール)は戦闘力がとても高いことだ。

 

 そして、金木自身にもう1つの問題がある。味覚の変化だ。ほとんどの食べ物が口にできないほどまずく感じるようになり、人肉もその対象ではないという確証はないからだ。

 

 「取りあえず家に帰るか」

 

 家に帰れば食べきれなかった人肉を保存用に加工したものが残っていることを思い出した金木は、家までの道を歩く。

 

 そんな金木に永近からのメールが届く。

 

 『ビックガール行こうぜ!オレ様のおごりだ。』

 

 ビックガール。アメリカ発のレストランチェーンで、永近はここのハンバーグをこよなく愛している。加えてここのスタッフはかなり可愛い女の子が多く、永近は主にそっちメインで通ってたりする。

 

 「ビックガールか…」

 

 ビックガールは、他のレストランチェーンに比べ少し割高であり、手術前だったら喜んで了承したであろう金木だが、味覚が変化した現在ではハンバーグも食べれない可能性が高い上に、肉への味覚が変化していないとしても普通の肉よりも人肉を食べたい金木はこのお誘いを断ることにした。

 

 「まだ病み上がりだし遠慮しておく…っと」

 

 永近に断りのメールを送った金木は、家路を急ぐことにした。

 

 「久しぶりだな…この家も」

 

 家に帰ってきた金木は地下室へと向かい、冷凍庫の扉を開け、人肉の塊を取り出した。

 

 「確かこれは太ももの肉だったっけな」

 

 金木は人の肉の中でも太ももの肉が一番美味しい部位だと思っている。筋肉だけではなく、程よく脂がのっており、更にアキレス腱はコリコリしていて癖になる触感をしているからだ。

 

 金木は肉塊を台所まで運ぼうとしたが、肉塊を手にした瞬間金木の口の中から唾液が溢れだしてくる。金木は急いで肉を台所で解凍すると、調味料も何もかけずに口に詰め込んだ。

 

 金木の目から涙がこぼれおちる。今まで食べたどんな食べ物よりも美味しかった。かつて何人もの肉を食べてきたが、その中でも群を抜く美味しさだった。

 

 「今まで食べてきた人肉がくず肉だとしたら、これはまるでA5牛だ!」

 

 金木は涙を流しながら、肉をむさぼり続ける。

 

 「1ヶ月おいた肉がこれなんだ。新鮮な肉だったらどれだけ美味しいんだろうか…」

 

 そして、金木は1つのことを悟った。まずくてとても食べることのできない食事、空かない腹、今までよりもずっと美味しく感じる人間の肉。これらは喰種(グール)の生態と一致する。

 

 「利世さんの臓器を移植されたって聞いた時から予感めいたものはあったけど、僕は喰種(グール)になったのか…」

 

 普通の人間ならば、耐えられないであろう悲劇。だが、金木は笑っていた。

 

 「これで、もっと楽に人間を狩ることができる!しかも、喰種(グール)だって狩ることができるかもしれない!」

 

 もはや金木の頭の中には、人と喰種(グール)を食べることしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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