時は遡り、笛口親子が
「―――はあ~…ヤマ外した…」
溜息をつきながら歩く霧嶋は、あんていくのドアにかけられた『Close』の札を見て立ち止まる。
「今日休みだっけ…」
霧嶋はまあいっかと呟くと、ドアを開けた。
「おはようございまー…」
「トーカちゃん」
カウンターの奥に居る芳村が霧嶋に声をかける。
「あっ店長、やっぱいるじゃないですか表の看板逆でしたよ。それより聞いてくださいよ!試験のヤマが外れて」
「トーカちゃん…上に来てくれないか?」
芳村は真剣な表情で霧嶋の言葉を遮る。
「…?はい…」
芳村と霧嶋があんていくの2階の1室に入ると、そこには既にあんていくの店員である古間、入見、四方が沈痛な表情で待っていた。
「四方さんまで…何があったんですか?」
「…笛口さんとヒナミちゃんが
芳村の言葉を聞いた霧嶋は唇を強くかみしめる。
「…リョーコさん、ヒナミ…」
「彼らには決して手を出さないこと、いいね?トーカちゃん」
「でも…!」
「
声を荒げた霧嶋を四方が諫める。
「…だけど!」
「トーカちゃん、四方くんの言う通りだ。彼らに手を出してはいけない…みんなの安全のためにはそれが最善なんだよ」
「最善…?」
霧嶋は芳村を睨みつけた。
「仲間が殺されたのに黙って指咥えて見てるのが…店長の最善なんですか?」
「ああ、そうだ」
霧嶋は思い切りドアを閉めると、部屋を出る。
「…店長、いいんですか?」
古間が芳村へ問いかける。
「彼女にも色々と思うことがあるんだろう。今は1人にしてあげた方がいい。古間くんと入見さんは、四方くんから捜査官の画像を受け取っておいて」
「はい」
「重ねて言うが彼らには決して手を出さないこと、お客さんにも更に注意を促してあげてくれ」
部屋の中でこのようなやり取りが行われている間、部屋を飛び出した霧嶋はあんていくの裏口のドアにもたれかかって座り込んでいた。
「なんで、リョーコさんとヒナミが…」
憎々しげに歪んだ眼に覚悟の炎が宿る。
「店長も四方さんもやらないっていうのなら、私が2人の仇を討ってやる!」
翌日、霧嶋は四方からあんていくの店員全員に送られた画像を携帯電話に表示し、廃ビルの屋上に陣取って目的の捜査官を探していた。
霧嶋が捜査官を探すこと数十分。霧嶋の眼に高架沿いを歩く中年の男と、眼鏡を掛けた青年が映る。
「見つけた…」
霧嶋はそう呟くと、口元を歪め手にしていた携帯電話をしまいウサギのお面を身につけると、
「え…?」
間の抜けた声を上げて倒れる眼鏡の青年。
「うさ…お…お面」
霧嶋は返す刀で残った中年の男へ攻撃するが、霧嶋の死角から飛び出てきた大柄な男が中年の男を突き飛ばし、霧嶋の腕は空を切る。
「中島さんッ下がって!!」
霧嶋と相対する大柄な男の声に、中島と呼ばれた中年の男は尻もちをついたまま後ろへと這って行く。霧嶋はターゲットを目の前に立つ男へと変えると、男に格闘戦を仕掛ける。
「ぐっ!」
男も必死で応戦するが、いくら
直撃すれば必死の攻撃をギリギリのところで避け続ける男だが、彼には眼前の
「最悪のミスだ…!『アレ』を忘れるとは…ッ!」
小声でそう毒づく男。男の動きが鈍ったのを好機と捉えた霧嶋は驚異的な速さで男の懐に入り込み、腕を振るおうとした。しかし、その直前で霧嶋の死角からの攻撃により、霧嶋は吹き飛ばされてしまう。
霧嶋に攻撃を与えたのは蛇腹剣のような形をした武器、それを持つのはどこか狂気を感じる初老の男性だった。
「ダメだろう
「ま、真戸さんっ」
「まったく…男前が台無しだな。下等な
真戸と呼ばれた男は自らが吹きとばした霧嶋をゴミを見るような目で見下ろす。
「熱意は買うが冷静さを欠いてはならないぞ亜門くん。手本だ見てろ」
そう言いながら、真戸は手に持った蛇腹剣のような形をしたクインケを霧嶋に向かって振るう。それを間一髪で避ける霧嶋に、真戸はほう!と感心したような声を上げた。
「これを躱す奴を久々に見たよ!お見事、お見事…そういえばこの間殺したメスの
「テメエェ…」
真戸の言葉に歯をかみしめ怒りを燃やす霧嶋、今にも真戸に飛び掛かろうという直前、その動きが止まる。
「子供の方は逃がしてしまったが、見つかるのは時間の問題だ…両親の赫子から作ったクインケで子供を殺す…クク、その時が待ちきれないね」
「な!…ヒナミは死んだんじゃないのか!?」
思わず真戸に向かってそう叫ぶ霧嶋。
「なるほど、お前は奴らの知り合い、これが敵討ちとでもいうのか…クハハハハ!下等な
「答えろ!ヒナミは、雛実はお前らが殺したんじゃないのか!?」
「それを知ってどうしようと?貴様はここで死ぬというのに」
そう言いつつ、真戸はクインケを振るう。霧嶋はギリギリでそれを避け、真戸が振るったクインケはアスファルトで舗装された道路に大穴を開けてめり込んだ。
「糞が…」
彼我の戦力差を慮るに霧嶋が目の前の
「…フン、力量をはかる頭はあったか…」
あの
「―――しかし、ラビット…『羽赫』の
「店長!」
深夜、あんていくの扉を思い切り開けた霧嶋はそう叫ぶ。
「なんだい?トーカちゃん」
もう店は閉まっている時間の筈だが、芳村はカウンターの奥で皿を磨いていた。
「ヒナミは、ヒナミは生きてるんだ!」
「トーカちゃん…
熱くなる霧島に芳村は静かにそう言った。
「店長…」
「ヒナミちゃんを救いたいという君の気持ちは分かる。だが、
一瞬逡巡する霧嶋だが、すぐに決意したような目つきで店長の眼を真っ向から見据える。
「あります」
その言葉を聞いた芳村は少しだけ微笑む。
「ヒナミちゃんを救いたいなら命を懸けなさい。その代わり、私と「あんていく」のみんなが全力で君を守るよ。
芳村は一拍置いてから言葉を続ける。
「
その言葉に頷く霧嶋の顔は、さっきまでの焦ったような顔からどこか安堵したような顔になっていた。