RWBY~俺は死にません~   作:傘花ぐちちく

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あらすじ 
チームが決まった! 次にやることは……?


三話守る力、その意志

 一年生最初の授業であるポート教授のグリムに関する講義は、彼の体験に基づく大変興味深い(・・・・・・)内容で構成されていた。つまり大体は自慢話である。

 

 最初の十分はまだ良かった。グリムに関する基本的な呼び名、ハンターの心構えと使命、戦うべき(グリム)。ある意味で導入には適していた内容だ。

 

 恰幅の良い教授は動く度に腹が上下に揺れ、多くの生徒は眠りの淵へ誘われたり、落書きに熱中していた。ポート教授の話はあのワイス・シュニーでさえメモをとっていなかったが、ムラクのような奇特な人間はメモをとっていた。

 

 ムラクには彼の若かりし頃の体験に思うところがあったようだが、残念ながらそれでも彼の話に何かを見出す人物は希少だ。

 

「――そして、私はヒーローとして村に迎えられたのだ」

 

 ポート教授が一礼して、話が終わる。話の区切りを察した生徒は、寝ぼけ眼で他のもっと有益な話を期待していた。

 

「今の話はつまり、真のハンターとは高潔で、信頼を寄せられ、屈強かつ教養があり、賢くなければならないのだ!」

 

 ムラクは今挙げられた要素を連々と書き込んで、尚且つ屈強の所だけはなまるで囲っていた。

 

「さて、君たちの中でこれらを満たしている者はいるかね?」

「私はあります! 先生」最前列のワイスが手を上げて力強く言う。

「では見せてもらおう」

 

 ワイスがバトルドレスとダスト搭載多機能(マルチアクションダスト)レイピア――【ミルテンアスター】を取りに行っている間、ポート教授は課題について幾つか言及し、教室の奥の部屋から人と同じくらい大きな檻を引っ張ってくる。檻はガタガタと何かが暴れ回っており、グリム特有の赤い目が光っていた。

 

 ワイスが白いドレスを身に纏い、檻から距離を取って構える。ポート教授は掛けられた錠を、戦斧を使って切断した。

 

「やっちゃえ、ワイス!」ヤンが拳を上げて応援。

「頑張れ」ブレイクはチームRWBYの小さな応援旗を振っている。

「イエー、チームRWBYの代表だ!」

 

 ただ、ルビーの応援にだけは「集中させてくれません?」と突っかかる。ワイスは授業を集中して聞かないルビーに対して――仕方ない部分はある――お冠なのだ。

 

 檻からボーバタスク(イノシシ型)が飛び出し、戦闘が始まる。ミルテンアスターを落としてしまうミスやちょっとした言い合いがあったものの、無事にボーバタスクをひっくり返して弱点の腹を攻撃し撃破した。

 

 戦いが終わると時間が来たので解散。ムラクはチームの人間と次の教室へ向かう。

 

 他の授業は気象学や歴史、模擬戦に戦闘技術やレンジャー知識等など、ハンターが身に着けるべき知識の基礎が詰め込まれていた。

 

 今年開催されるヴァイタル・フェスティバルで行われるトーナメントに向けて、参加者の募集と戦闘訓練の講義もある。ムラクは勿論ヴァイタル・フェスティバルトーナメントに出るつもりであったが、リーダーのライムは消極的であった。

 

 ムラクは深く聞かないが、どのみち戦闘訓練はあるのだから徐々に説得していこうと考えていた。

 

 だが、彼の専らの関心事は勉学ではなく、女の子であった。

 

 昼休みになると生徒は一斉に食堂へ移動を始め、ムラクは何よりも真っ先に――ヤン・シャオロンの元へ足を運ぼうとするが、チームメイトが呼び止める。

 

 ムラクにとってヤンだけは特別だ。赤いチェックスカートとソックスの間の絶対領域、主張の激しい胸部――というのは、授業中に見つけた新しい魅力だ。

 

 一目見て惚れたのだから彼女についてもっと知りたいと思うのは当然だろうが、入学したばかりの今はそれよりも身近な相手を優先すべきであった。

 

 チームRWBYとJNPRはチームぐるみでの付き合いがあるらしく、ジョーンはチームに気を使いながらワイスにアプローチを掛ける事が出来る。その点、ムラクは地盤が固くなかった。

 

「まずは足元からッ……畜生、勢いってやつは何時も盤石なやつの味方だ!」

「何を言ってるんだお前は」

「こうなったら、デート大作戦だ!」

 

 ムラクが山盛りの食事をかっ喰らいながらチームメイトに力説するが、反応は悪い。

 

「キミ、いい加減現実をみたほうが良いよ」

 

 キザ男エレファンスが十数席離れたチームRWBYを指差す。

 

 何をやっているのかとムラクが目を凝らせば、男子生徒がヤンに話しかけてあしらわれていた。

 

 彼はお前もああなると言いたかったのだが、ムラクには全く伝わっていなかった。

 

「否、当たり前だ。向こうの都合があるだろうに」

「じゃあ、何時話しかけるつもりなの……?」紅一点のライムが突っ込む。

「……いつかだ。暇な時とか」

「暇な時って?」

「…………野菜うま」

 

 現実逃避を始めるムラク。チームの三人は道は遠いと、顔を見合わせた。

 

◆◆◆

 

 兎に角全方面にアピールをするという事が方針として決まるやいなや、ムラクは授業で積極的に発言し、何にしても一番乗りでやろうとしたがった。

 

 結果、ワイスにライバル意識を持たれるのは計算外であっただろう。

 

「よろしく頼みますわ」

「こちらこそよろしく」

 

 闘技場と呼ばれるハンター同士で戦う訓練を行う場所で、ワイスとムラクは相対していた。

 

 グリンダ・グッドウィッチによる戦闘訓練――ヴァイタル・フェスティバルトーナメントの参加者が希望する――の最初の授業で、生徒達はそのルールを教授されていた。機器によって計測され、緑色で表示されるオーラ量のバーが、どちらか一方でも赤いバーになったら終了という単純なルール。あとは常識的なルール。

 

 戦う生徒は基本的にルーレットで決められるが、今回は立候補した二人の心意気を買うということで選ばれた。

 

「やれやれー! ワイスー!」ヤンはノリノリで拳を突き上げ

「頑張って」ブレイクも旗を振って

「やっちゃえワイスー!」ルビーも応援する。

 

 一方、ムラクのチームはと言うと、全会一致で負けるという結論になっていた。体格差――約六十センチ差、体重は三倍以上――はあるものの、鈍そうだし相手はあのシュニー家のお嬢様だからだ。

 

「わたくし手加減はしませんわよ?」

「上等ッ、それでこそ鍛えた拳が冴え渡る!」

「では両者――」

 

 グリンダの声で二人が構える。

 

 ミルテンアスター(レイピア)の切っ先を向けるワイスは、背中に手を伸ばして双剣(・・)を構えたムラクを信じられない物を見るような目で見る。

 

「ちょっと、あなた拳って――「始め!」もう!」

 

 ムラクが矢を放つように右手の剣を大きく引き、中腰のまま両脚を前後に大きく開く。彼の脚が床を押し出した瞬間、ヴークゥ・フンのパワージャッキが作動、床のタイルが爆散して突き出した剣が風を切る。

 

(なんて速さっ――!)

 

 ワイスは巨体に見合わぬ速さに虚を突かれ、横っ飛びして回避する。真横を駆け抜けた暴風に衝撃の大きさを感じると、後ろから攻撃を仕掛けるべく振り返る。

 

 ミシッ……!

 

 ワイスにはそれが骨の軋む音だとついぞ分からなかった。ムラクは凄まじい運動エネルギーを強靭な脚力で受け止めて急停止、反転して右の剣をミルテンアスターに叩きつけた。

 

(そして馬鹿力!)

 

 ムラクは息もつかせぬ猛攻を仕掛けるが、ワイスは強風を流す柳が如く二振りの連撃を凌ぎ切る。

 

(攻撃は単調――ですがこのパワー、圧されれば飲み込まれますわ!)

 

 ムラクが短剣を突き出すとワイスは敢えて剣身で受け止め、後退しながら切先を地面に突き立ててミルテンアスターに内蔵された氷のダストを解放。ムラクの足元を凍らせて機動力を奪う。

 

「氷だとォ!?」

 

 ワイスからムラクへ道のように魔法陣が連なり、更に周囲を取り囲むように現れる。

 

「一気に――」

「来いッ、俺の全力を以って受け止める!」

 

 ワイスは魔法陣を滑る度に加速して急接近、動かないムラクをミルテンアスターで薙ぎ、空中に展開された魔法陣に着地(・・)。ムラクを中心とした魔法陣の間を跳ね回り、跳躍の度に斬り付けて反撃の隙を与えない。

 

 ムラクが野性的な直感を頼りに両手の剣で何とか攻撃を流すものの、防げなかった斬撃がオーラ量を確実に減らしていく。

 

「やっ!」

 

 ワイスが直上から背中目掛けてミルテンアスターを突き付けて背部に大きな衝撃を与える。

 

(速いッ! 飛び回る野生の狼を思わせる動き、捕らわれた足、何とも分かりやすい磔刑の準備よッ!)

 

 氷に足を掴まれて動けないムラク目掛け、背後から一直線に突っ込んだワイス。瞬速の一撃は受け身も身じろぎも出来ないムラクの胴を強かに打ち抜いて、そのままワイスは真横を駆け抜け――

 

 ――刹那、裏拳がワイスの顔面に叩きつけられる。

 

「ぐふっ!?」

 

 ワイスは予想だにしなかった衝撃に足から身体を投げ出して転倒。ルビーが指を開いて顔を覆う程の光景だ。

 

 ワイス自身のスピードと人外の筋力によって産み出された攻撃は、一瞬だけ彼女の意識を吹っ飛ばす。如何にオーラの守りがあろうとも、痛みは伝わる。

 

 その間隙に背中の鞘へ剣を仕舞い、ムラクは右膝を持ち上げてそのまま爪先を真上に、微動だにせず直上に向けると、大地の奥深くに根付く様に振り下ろす。

 

 ズゥン……!

 

 床を叩いた巨人の鎚は肉体に響く程の振動を生み出し、床板を文字通り(めく)り上げて地上に大波を作り出した。

 

「当てれぬのなら、最広(さいこう)の一撃を見舞うのみッ!」

 

 二門のバーニアが火を噴き、左足のパワージャッキが足を跳ね上げて目にも留まらぬ一歩を踏み出した。そして大地から突き上げる衝撃を体の中心から――

 

「――この右腕で放つッ!!」

 

 砲弾が着弾したかのような轟音と共に、豪腕が目の前に作り出した床板の大波を瞬時に打ち砕き、無数の礫と化してバラ撒く。瞬間的な弾丸のスコール、防御手段がなければ即座に敗北が決まるであろう豪雨だ。

 

 だが、ワイスはダストで氷の殻を形成して防ぎ、石の雨が止んだ瞬間に飛び上がって魔法陣を足場とする。

 

 が、ムラクのバーニアはまだ火を噴かせたばかり。その加速はやっと始まったばかりであり、既にムラクは天井への着地(・・)を済ませていた。

 

「……いない? 一体何処へ――」

 

 一瞬だけムラクを見失ったワイスだが、耳が轟音を立てるバーニアの音を捉えていた。けれども、ムラクが直上にいると気付いた時、彼の上腕部はワイスの身体に激しく衝突していた。

 

「そこまで!」

 

 ブザー音が鳴り、ワイスが床に落ちるとグリンダ女史の制止が入る。ムラクはそれを見越して若干離れた場所に着地。爆音と埃を巻き上げて小さなクレーターを作った。

 

 舞い上がった土煙やら破片やらは、グリンダが乗馬鞭を一振りすると元の場所に戻って、戦いの前の状態に修繕する。ワイスの無事を一瞥して確認すると、端末を弄って上のスクリーンに映像を出す。

 

 ワイスとムラクの顔写真の下に、赤く短いバーと緑色の長いバーがスクリーンに表示されている。

 

「皆さん、今シュニーさんのオーラが赤色まで減少しました。トーナメント形式の試合や公式試合では、オーラが赤色まで減ると失格になります」

 

 ワイスが頭を抑えてよろよろと立ち上がる。

 

 一方のムラクはどこ吹く風で立っており、攻撃の痛みなど欠片も感じていなかった。

 

 単純に、ムラクの勝因は隙ができるまで耐え忍ぶことが出来たからだ。そもそも、彼は幼少の頃に山脈西部の大森林で生活しており、オーラでの防御技術が同世代より頭一つ飛び抜けていて当然といえば当然。ついでに並外れた身体能力もその一員を担っている。

 

「ありがとう。ヒヤヒヤ(・・・・)した試合だった」

「ええ、笑えないジョークをどうも。次は絶対勝ちますわ」

 

 ムラクの差し出した手を取ってワイスは立ち上がり、二人は壇上から退く。

 

「まだもう一戦できる時間がありますね。折角です、希望者は……」

 

 パラパラと手が挙がる。

 

「では、カーディン。対戦相手は……」

 

 指名されたカーディン・ウィンチェスター――オールバックにした茶髪の、目つきが悪い青年――の相手は、厳正なルーレットの結果ジョーンに決まった。

 

「ええっ、オレ?」

「ふふ、頑張って。ジョーン」

 

 驚くジョーンの背中をピュラが押す。

 

 そして彼らが壇上に上がる頃、ムラクは上機嫌でチームメイトの元に戻っていた。初勝利の味は格別であるらしい。

 

「トーナメントに出る決意はできたかな? 我らがリーダー、ライム・ボレリオスよ」

「あの……どうだろう、まだみんなの力が分かってないし、ヴェイルの代表として戦うんだよ?」

 

 捩れ角の女ファウナス、ライムは何か浮かない顔をしている様だった。ムラクやチームの男二人と目を合わせず、俯いている。

 

「ま、やりたくないなら仕方ない。気が向いたら言ってくれ」

「しかし、まぁキミ、随分と荒っぽい戦い方だねぇ。エレガントさに欠け「喧しい」

 

 エレファンスの指摘は何一つ間違ってはいない。オーラによって強化された身体能力での戦闘に耐えうる床を、一歩動く度に破壊し、あまつさえ武器代わりに使うなど前代未聞だ。

 

 破壊的で、荒々しい。それが平和を祝う祭り(ヴァイタル・フェスティバル)に相応しいのかどうかと言えば、ジェットコースターの様な危うさがあるだろう。今が平和な時代だから認められるのか、もしくは平和な時代だから認められないのか。

 

 何れにせよ、ムラクが道を外さない限りは安全である。

 

◆◆◆

 

 何事もない生活が一週間ほど続いた後の昼。

 

「どうして今日もあの男(ムラク)と戦わなければいけなかったのですか!」

「ワイス、仕方ないじゃん。ルーレットだったんだからさ」

「ヤン、わたくしはまた! あの技術もへったくれもないのに負けたんですのよ!?」

 

 ワイスがスパゲッティのフォークを片手に、先程の授業の戦闘訓練について反省なのか愚痴なのか分からない言葉を延々と溢している。

 

 それを聞かされるチームRWBYとJNPR(ジュニパー)の面々は、二つの意味で堪ったもんじゃなかった。本を読んでいるブレイクは我関せず、といった風であったが。

 

 空気が悪いのは別にワイスの愚痴が悪いものだからではなく、JNPRのリーダージョーンが頬杖をついて浮かない顔で、食べかけのポテトをジッと見つめているからである。

 

 彼の問題はこのチームのメンバーなら誰でも知っていた。もしかしたら他の生徒も知っているかもしれないが、それはそこまで重要なものだった。

 

「ジョーン、大丈夫なの?」

 

 ルビーが落ち込んでいるジョーンを心配そうに見つめていると、彼の隣りに座っているピュラが話しかけた。

 

「えっ? ああ、もちろんだよ! 何で? ははは……」

 

 ジョーンは触れられたくない話題を出されて動揺を隠せないが、それでも取り繕う。いつの間にか七人全員の目が集まっているのに気付いて、乾いた声で笑いながら誤魔化す。

 

 ジョーンも誤魔化しきれていないことに薄々気付いているが、ピュラに本題(・・)を切り出されてもひた隠す。

 

「あなた、学校が始まってからずっとカーディンにちょっかい(・・・・・)をかけられてるでしょう」

「カーディン? あれは……ただの冗談だって! ふざけるのが好きなんだ、分かるだろ?」

「カーディンは、いじめっ子だよ」ルビーが断言する。

 

 荷物ははたき落とされ、小突かれ、挙句の果てにはロケット推進装置付きロッカーに詰められて飛ばされたのだ。

 

「あはは……そんなに遠くなかったよ」

「ジョーン、もし助けが必要なら私たちに相談して」

 

 ピュラはジョーンを心配するが、彼は何かの負い目を感じているかのように、頑なに拒絶した。

 

「あいつの足をへし折ってやろう!」ノーラが励ましの言葉を掛ける。

「みんな、本当に大丈夫だから……。それに、カーディンは俺だけじゃなくてみんなにやってるよ」

 

 反論に似た諦観か。

 

 実際、カーディン()は最悪な事に手広くちょっかいを掛けており、ファウナスも人も問わない。相手は大抵、弱い奴か揉め事を起こさない奴。ファウナスの場合はより差別的な発言が含まれるが。

 

 それにカーディン単独ではなく、ガラの悪そうな取り巻き三人を加えた計四人でやっていることもある。

 

「あっはははは! 見ろよ巻き糞が飯を食ってるぜ! はっははは!」

 

 四人分の嘲笑に新しい罵倒。とうとう次の被害者が出たのかと思えば、彼らが嘲っているのはチームLEMNのライムだ。

 

 ライムは渦巻状の後ろに曲がった角が特徴的であり、それと彼女の茶色い髪の色を揶揄(やゆ)して「巻き糞」と言ったのだ。

 

「酷すぎる、あんなの我慢できないわ」

 

 ピュラの憤りは尤もで、ファウナスはいつ彼に何をされるか分からない不安も抱えていた。

 

「カーディン!」

 

 だから、ムラクは真っ直ぐにカーディンの方へ向かい、座る彼の視界を塞ぐように直立する。ムラクはどうすればカーディンが、もう何もしない(・・・・・)と誓うのか分からなかった。

 

「今すぐに、謝罪しろ」

 

 義憤に立ったが、ひねり出した言葉はこれだ。

 

「何だよ、ただの冗談だぜ? なぁっ!」

 

 見下されるのが癪に障ったのか、威圧するような声を出して立ち上がる。カーディンの身長は高い方だが、ムラクと比べれば一回り小さい。

 

 二人共戦闘訓練の後なので武装が整っており、周囲の一年はこの睨み合いが発展しないことを切に願っていた。……特にムラク。

 

「その言葉、心を殺すと思い知れ! 撤回しないのなら……」

「気持ちワリィな、何マジになってんだよ」

 

 ――ダンッ!!

 

 タイルの破砕音。一拍遅れてカーディンが床に叩きつけられた。

 

「がァッ!? て、テメェ……」

 

 願いは届かなかった。ムラクの怒りは他の誰かの予想よりも早く発露したのだ。彼は左足をバネの様に跳ね上げ、ハイキックを側頭部にぶち込んだ。

 

「何てこと……止めますわよ!」

 

 ワイスは大慌てで二人の仲裁に入ろうとする。当然だ、あの凄まじい馬鹿力で頭を蹴られたら、オーラどころか頭が吹っ飛んでもおかしくない。……死ななきゃ何やってもいいのだ。

 

 だが、それよりも素早くピュラが動いた。

 

「大丈夫よ、彼、攻撃にオーラを込めてないわ」

 

 カーディンが立ち上がって、ストレートをムラクの顔面に叩き込む。顎に入った痛打だが、ムラクはよろめきもせずに受け止めると即座に殴り返した。

 

「――ぶん殴る!」

「舐めるな!」

 

 守りも固めずに殴り合い、子供の喧嘩の様に拳を相手に叩きつける。

 

 ヒートアップした二人の殴り合いは徐々に熱気を帯び、カーディンは手加減の枷が外れていく。ムラクは防御の瞬間にオーラを高め、過激になる攻撃を防ぎ、黄色に揺らめく被膜がムラクの身体を包む。

 

 オーラで力は増しても体重は増えない。オーラ無しの人間にしてはやけに限界突破したムラクの膂力(りょりょく)にカーディンは終始圧されっぱなしであり、そのせいかウケた。

 

 彼らを取り囲むように野次馬たちが集まり、好き勝手に野次を飛ばす。

 

「行け―! やれー!」

「ノーラ、あまり煽らないでください」

 

 巨大な鉄塊を纏うムラクとカーディンの殴り合いは見世物としては十分であったが、食堂での騒ぎとしては大きくなり過ぎた。

 

 野次馬の中にグリンダ・グッドウィッチ先生が割って入ると、生徒はモーゼが割った海となり、彼女を二人の前に導いた。

 

「何をやっているのですか!」

 

 怒号が鳴り響くと人混みが素早く引いて、食堂がシンと静まり返る。グリンダのセンブランスが床を瞬く間に修復し、周囲の人間にまで怒りがひしひしと伝わってくる。

 

「殴り合いにしては随分と興が乗っているようですね」グリンダの毒が飛ぶ。

「……怒りに悦を見出すはずもなし、されど返す言葉はございません」

 

 カーディンはボコボコと頭を殴られたせいか、まだふらついていた。

 

「二人とも頭を冷やすべきね、じっくりと」

 

◆◆◆

 

 グリンダはカーディンに反省文を提出するように言いつけ、ムラクを別室に呼び出した。先に手を出したのはムラクであり、グリンダは入学早々に問題――しかも暴力沙汰――を起こした彼から話を聞かなければならなかった。

 

 二人は椅子に腰を掛けて机を挟み、事情を話し合う。

 

「……それで、あなたは友人(ファウナス)への差別的発言に憤ったわけですね」

「……ファウナスに限った話ではありません。カーディンがこれ以上誰かの誇りを傷付けるのであれば、俺は同じことをしていたでしょう」

 

 ムラクにとって「誇り」とは誰かに授けられた物で、()と置き換えても良い。

 

 彼には名付けの親はいても、受肉させた親はいない。「愛の結晶」たる身体を貶められる事は、ムラクにとって見逃す訳にはいかないことだ。

 

 「愛」を傷つけられることは精神的な支柱を腐らせる行為であり、それは命を奪うよりも残酷な事だ。誰かに授けられる事の無かった愛なき生活(サバイバル)でさえ、ムラクは自分を愛し、積み重ねを「誇り」としたのだ。

 

 故に、憤った。

 

 グリンダは深く息を吐いた。

 

「ムラク……少なくともあなたはハンターになるためにビーコンに来たはずです。このような事を起こしに来た訳では無いのでしょう」

辛苦(しんく)に冒される者を捨て置けと言うのですか!? あの悪行を放っておけと!?」

「手段を選びなさい、と言っているのです」

 

 グリンダは落ち着いた声にムラクはハッと我を取り戻し、謝罪した。それからグリンダは懇懇と話し始める。

 

「ハンターは社会的に高い地位を確立しています……ご存知ですね?」

「……はい。養父がハンターでした」

「それが何故だか理解できますか?」

 

 ムラクはたっぷり一分間考えて、

 

「グリムを退治できて、強いからです」と答えた。

「そうです。付け加えるのなら、ハンターは人類の守護者として力を使うべき時と場所を(わきま)えています。あなたとは違って」

「……」

 

 一拍置いて、グリンダは語気を強める。

 

「彼らは護るべきものを傷つけない、そして常に手段を模索し続けている。……今は平和な時代です、力の使い所を誤ってはいけないわ」

「……では、俺はどうすればよかったのですか? この手を、どのように振るえばよかったのですか!?」

 

 ムラクがドンと机を叩く。解決できない問題、答えの出せない問。怒りで手を上げても、気持ちは晴れ晴れとしたものではない。心の中で渦巻くやるせなさに歯を食いしばり、握った拳は皮膚に痕を残すほど強い力で爪を立てる。

 

 ムラクが森に居た頃、そして養父に育てられていた頃、障害というものは大抵握り拳で解決できたのだ。

 

 田舎の小さい戦士養成学校(コンバットスクール)では常に空腹だったため、ビーコンにいる今よりも付き合いが悪かった。悩み事は大抵晩のおかずや鍛錬の仕方、隣のばあちゃんが腰を壊さないか等の他愛もないものばかりだ。

 

 何が正しいのか分からない。自分が一体何をするべきなのかが分からないのだ。誰にどのようにして手を差し伸べるのか、ムラクには選択肢が僅かしか見えなかった。

 

(カーディンを止めなければ、ライムもジョーンも悲しみを背負っていた……アイツを止めずにどうやって守れというのだ! 弱い者をどうやって――)

 

 スッ、と硬い拳にグリンダの手が重ねられる。ムラクが顔を上げれば、グリンダの鋭い目は幾分か穏やかに見える。

 

「あなただけでは決して答えは出ないでしょう。ですが、ここはビーコン・アカデミー。側にはハンターになろうとする友人がいるはずです」

「……はい」

「彼らは誰かを守るために巣立っていきます。そうであるのなら、あなたがするべきことは友人を守ること(・・・・・・・)ではないでしょう。……最善を尽くすように」

 

 グリンダはそう言って話題を切り上げると、ムラクに部屋からの退出を促す。

 

「それともう一つ。ムラク、反省文とあなたの答え(・・)を、レポート用紙二枚にまとめて提出しなさい」

「……分かりました、先生」

「よろしい。もうすぐ次の授業です、遅れないように」

 

 昼休みの時間がガッツリと削られたため、ムラクは若干の空腹を感じながら移動した。

 

 

 放課後になるとチームLEMNの四人は部屋に集合していた。

 

「それでは、あのカーディンをぶん殴ってくれた友にKANPAI!」

「……調子のいい男め」

 

 エレファンスは祝勝会?のオレンジジュースをコップになみなみと注ぐと、乾杯の音頭をとった。

 

「祝うことじゃない、俺は抜ける」

 

 部屋を出ようとするムラクに声が投げ掛けるも、それを振り切る。

 

(俺は……どうすればいい?)

 

 ムラクは一人でトボトボと寮の廊下を歩く。

 

 助けを求める者を救う――決意に揺らぎは無いが、その拳には迷いがあった。誰に振るい、誰に差し伸べるべきか。

 

 あてもなく歩いていると、曲がり角で女性とぶつかりそうになる。

 

「おっと、申し訳ない……ヤン」

「おお、ムラクじゃん。……どうしたの?」

 

 偶然出遭ったのは、ヤンだった。

 

「ヤン……君に話したいことがある」

「オーケー、今度ストロベリーパフェ奢ってよ? 噂の美味しいヤツ」

 

◆◆◆

 

 二人が来たのは校舎にある屋外の広場だ。

 

 放課後の今は丁度夕日のオレンジが空を朱に染め、二人の横顔を照らす。

 

 ムラクは備え付けられたベンチの埃を払ってヤンを座らせると、隣に腰掛け、一語一語をよく考えてから話し始める。

 

「ヤンに、聞いてもらいたいのは……悩み事なんだ」

「もしかして、昼の事?」

「そう。俺がカーディンをボコボコにした、アレ」

「久々にスカッとしたよ、気に喰わないのをボコった気分」

 

 ボコったことがあるのか、というのはさておいて、ムラクはそれに同意を示さない。

 

「あぁ……そうさ、でも殴ることはやり過ぎた」

「グッドウィッチ先生に言われたの?」

 

 ヤンはムラクの悩みに鋭いようだ。ただ、ムラクもムラクで言われた当日に悩んでおり、バレるのは時間の問題だっただろう。

 

 ムラクはグリンダに言われたことをあらかた話すと、ヤンに聞いた。

 

「俺は、誰を守ればよかったんだ?」

「それは……あのファウナスの子に話したの?」

「……いや、ライムにはまだ」

「だったらさ、ちゃんと話し合ってからの方が、分かることもあるんじゃない? あたしは……そういうの分からないかな」

「!!」

 

 雷に打たれた様にムラクの目が見開かれる。そのまま勢い良く立ち上がってヤンの手を取り、握手をする。ムラクが握れば容易に潰せそうな柔らかい手の平だ。

 

「ありがとう……気付かなかった。こんな単純なことに」

「いいっていいって、その代わり奮発してね」

 

 彼女はやんちゃな笑みを浮かべてウインクし、景気づけにムラクの背中をバンバンと叩く。

 

「……ヤンは」

「ん?」

「ヤンは本当に素晴らしい女性だ。出会えて嬉しいよ」

「えっ、いやぁ、それほどでも」

 

 ヤンは若干照れており、少し頬を赤く染める。ムラクはそれを真に受けていないと思い、自分の嘘偽り無い本心を伝える。彼の養父曰く、思いは真っ直ぐに伝えろ、である。

 

「からかってない、本当にヤンのことが好きだ」

「……え?」

 

 ヤンの呆けた顔を見て、踏み込みすぎたと即座に判断したムラクは早口で捲し立てる。

 

「今日はありがとう、お礼は今度に日曜にさせてくれ。九時に商業区の駅で待ってるよ。それじゃあ」

 

 ムラクが立ち去った後、ベンチに一人残されたヤンは、扉の影から飛び出したルビーワイスブレイクの三色団子に驚愕する。

 

「ちょっとみんな、まさか見てたの!?」

「お姉ちゃんが連れて行かれたから、何事かと思って」ルビーがしれっとした顔で言う。

「大丈夫よあたしの可愛いルビー! お姉ちゃんはどこにも行かないからねー!」

「ぐえっ、ちょっと苦し、やめっ」

 

 姉妹が取っ組み合う最中、ワイスは呆れたように踵を返し、ブレイクは少しだけ興味アリげにヤンを見ていた。

 

 一週間後、チームRWBY初の尾行ミッションが開始された。

 

 




※食堂でいじめられてるのヴェルヴェットちゃうやん!しかもコレ一週間後!?マジ!?……アクの強いのが一人混じればこうなるやろ(ハナホジー
チームRWBYとは多分レポート課題とかで仲良くなると思うんですけど(名推理)
※漫画版はどうなの?……時系列がわからんのでコレで処理しまふ。
※カーディンぶっ飛ばして解決でいいじゃん……マサツグ様じゃないんだから(ドン引き)みんなグリムと戦える程度には強いんですよ?
※グリンダ先生の漫画ルートは?……ボコボコ殴る子供並みの喧嘩で、技も糞もない上に既に発散してると分かったのでただの反省文だけです。
※身体を貶められる事って、さんざんデカイとか言ってんじゃん……侮蔑が込められているかどうかは声色とかで分かるんでしょ()
知らない人から変な顔で「ブーブブッブブブウ!」って言われたらムカつくのと一緒。
※グリンダ先生のOHANASIタイム……RWBYの魅力は、教師が正に知識を授けるのに相応しい人格であり、且つ導くのに適した助言を送れることです。彼らにはOTONAの資格があると思います(小声)

※個人的考察ポイントその2……グリンダ先生は怒ってばっかだけど、それって問題の現場での話なんですよね。フードファイト、二期の終わり、出番が限られるため非常に怒りやすい性格のように思えますが、その根底にはビーコンへの深い愛が散見できますし(特にセンブランス関連のアレ)、生徒が己の実力を見誤らないように冷静であります(S1E11)。少なくとも理由なしに生徒を突き放す人とは考え難いですね。多少の嫌味めいた毒はあっても生徒を思ってのことですからね。ドM兄貴には物足りない内容だと思います。

※KANPAI……BANZAI!
※ヤンがヒロイン?……本家には夫婦しか居ません(半ギレ)バンブルビーとかフリーザーバーンとか見とけよ見とけよ

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