世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし   作:ひょっとこ斎

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第9手 中学1年生 その3

 賭け碁をやった翌日は森下先生の研究会だったので、一日空けて水曜に理科室へ行くと、ヒカルと三谷くんが打っていた。上手く説得できたみたい。でも筒井さんが不審そうな顔をしているけど、大丈夫かな。

 

「三谷くん、囲碁部に入ってくれるの?」

「まあ、一応な」

「俺も院生試験受けるから大会には出られなくなるけどさ、時々打ちに来るからさ」

 

 ヒカルの言葉に、三谷くんが笑う。

 

「お前、俺に勝てねえのに院生になる? なれるわけねーじゃん」

「確かに、院生ってとんでもないところだからね。海王に勝つより難しいかも」

 

 筒井さんも話に混ざるけど、確かに現状だとヒカルが院生にはなれない。でも、囲碁を始めて半年ほどで、三谷くんに負けるとはいえ五分に近い。私が今の三谷くんくらい打てるようになったの、随分経ってからなのに。

 ヒカルが凄いのは間違いないけど、それを引き出せる佐為が凄いのかな。

 

「藤崎は院生にならねえの?」

「私、今月院生試験を受けるの。通ったら、来月の7月から院生よ」

 

 日曜は基本的にずっと院生研修日だから、大会を見に行けるのは、今回が最初で最後。

 

「まあ、お前なら通るんだろうな」

「一緒の先生に教えてもらってる子が既に院生で、棋力は私とそう変わらないから、私も多分大丈夫。もちろん油断はしないけどね」

「へえ。じゃあ次はお前打ってくれよ」

 

 三谷くんの言葉に、チラリとヒカルの様子を窺う。ヒカルは私と三谷くんを気にした風もなく、筒井さんに声をかけている。

 

「じゃあ、筒井さん打とうぜ。筒井さんって目算得意だよね。普段、目算ってどうやってんの?」

「そうだね、大まかに言うと……」

 

 今、三谷くんに負けたのは全然引きずってないみたい。1つのことに集中すると周りが見えなくなるのは昔から。ヒカルらしくて、そういうところも魅力なんだけどね。

 そんなわけで、三谷くんと指導碁を始める。前に八目半負けた時に本気で打ってなかったのも分かってるみたいだけど、とりあえず二子で打つ。三谷くんは前回より無理な手が少なくなってる。でも、攻撃的な棋風は変わらない。

 筒井さんからヨセと目算、三谷くんから地の荒らし方を教わって、佐為から読みの深さを学んだら、ヒカルは院生試験もすぐに突破するだろう。

 

「ねえ、筒井さん。大会前に加賀さん呼べないかな?」

「加賀も大会前だから、難しいかも」

 

 多分、加賀さんの実力は海王とさほど変わらない。仮想とはいえ、相手の実力を知るのは良いことだと思ったんだけど。

 まあ、まだまだヒカルも三谷くんも、海王に勝てるとは思えないけどね。

 

 

 昨日は三谷くんが入部してから、初めて4人揃ったせいか、遅くまで打っていてヒカルの家には行けなかった。

 今日は早めに終わったので、家に荷物を置いて着替えてから、すぐに家を出る。

 目的地はすぐ近く。

 

「こんばんは」

「あかりちゃん、いらっしゃい。ヒカルー! あかりちゃんよーっ! あかりちゃん、お菓子とか食べる?」

「お邪魔します。えっと、お菓子食べちゃうと、晩ご飯食べられなくなるから」

「そう? じゃあ飲み物だけ。紅茶でいい?」

「うん、ありがとうございます」

 

 ヒカルのおばさんと挨拶して、ヒカルの部屋に向かう。

 お湯を沸かしてくれていたみたいで、すぐに紅茶を持ってきた。おばさんが部屋を出て、すぐに対局を始める。今日は、最初に私とヒカルが打つ。

 

「あかり、もうすぐ院生かぁ」

「うん。大会と被らなくて良かったわ」

「いつ?」

「大会の一週間前。ねえ、ヒカル。佐為って私たちとしか打ってないでしょ?」

「ああ、まぁな。でも打たせるわけには行かねえからなぁ」

 

 ヒカルがため息とともに難しそうな顔をしている。

 

「ひとつ提案があるんだけど」

「ん、何?」

「インターネット碁とかどう?」

 

 そう。先週、和谷くんからインターネット碁の話を聞いて、これだー! って思った。

 前世では、大人になってから一人で碁会所は行きにくかったし、急速なインターネットの普及で、パソコンは当然、スマホでもインターネット碁を楽しめた。

 あれなら匿名で打てるし、佐為も打てるんじゃないかな。

 

「インターネット碁? 何それ?」

「パソコンを使って、世界中の人と対戦できるの。パソコン買うと高いから、どこかでできれば良いんだけどね」

「へえ。それって、バレる心配ねえの?」

「うん。登録時にパスワードとか入れるから、パソコンが変わっても大丈夫だし、匿名だから大丈夫よ」

 

 個人情報の入力もないから、なんとでもなる。

 と、いきなりヒカルが耳を押さえた。

 

「わっ。……わーった、分かったからちょっと黙って」

 

 ああ、佐為が叫んだのね。打てるなら打ちたいよねぇ。

 ヒカルも大変だろうけど、佐為が他人と打つところを見るのも、絶対に勉強になる。

 

「佐為のやつ、分かってないくせに打てるって聞いただけで大騒ぎだ」

「お金、私も少し出すから、一度ネットカフェで試してみない?」

 

 お小遣いのやりくり大変だけど、どうにかしよう。

 甘い物を絶つわけにはいかないけど、安く済むようなものを選びつつ頑張ろう。そう、脳は糖分を必要としているの。決して甘い物が食べたいだけじゃない。うん。……お菓子、出してもらっても良かったかも。

 

「そうだな。試しに行ってみるか」

「決まり。明日は私が無理だから、明後日でいい?」

「一人でもいいよ。適当に行ってみるから」

 

 ヒカル、結構一人で動くタイプよね。私はずっと、後ろから追いかけてる。

 

「でもヒカル、インターネット碁の打ち方とか分からないでしょ?」

「適当にやるよ。っていうかお前も、知らないだろ?」

「森下先生の研究室で話を聞いて、試したことあるよ」

 

 話を聞いただけで、試したのは嘘。ちょっと古いから慣れない部分もあるかもしれないけど、なんとかなると思う。

 明後日、一緒に行く約束を取り付けて、私とヒカルの対局後に、ヒカルと佐為の対局も見届けてから、家に帰った。

 

 

 2日後、学校でヒカルと話していると、もう行ったって言われた。ちょっと待って、どういうこと?

 

「だから、三谷の姉ちゃんがネットカフェでバイトしててさ。タダでやらせてもらえたんだ」

「ふうん。それで、どうだった?」

 

 そういえば、三谷くんのお姉さんがバイトしてたね。すっかり忘れてた。

 

「最初はちょっと戸惑ったけど、まあ囲碁やるだけだし、なんとかなったよ。誰とやっても連戦連勝。外国のやつからさ、プロですか? だってよ」

「そこらのプロより強いもんね」

 

 そこらのプロどころか、佐為に勝てる人なんているのかな。塔矢先生でもかくや、ってくらい強いもん。

 佐為の強さで盛り上がって、今日もネットカフェに行く約束をする。

 

「ただし。三谷くんや筒井さんから見たら、部活サボってネットカフェで対局してるんだから、ずっとやってるのは良くないよ。大会終わるまでは、週に1回くらいの方がいいと思うの」

「あー、まあな。っていうか佐為に打たせるだけじゃなくて、俺も三谷に勝たねえと」

 

 確かに。目の前に身近な目標があるのは、悪くないね。

 

 

 その日はヒカルに付いて行って、横からネット碁を観戦する。

 相手は玉石混交で、だいたい私より弱いけど、たまにもしかしたら負けるかも、って相手もいる。ネット碁自体が、まだあまり洗練されてないから、勝てば勝つほど段位が上がるとかもなく、フリー対局がメイン。

 どんな相手でも危なげなく勝利を掴む。

 

「今日はこの辺かな」

「あら、終わり? 勝てたの?」

「へへ、連戦連勝!」

「へえ、凄い。彼女に良いところ見せられたのね」

「彼女ぉ? そんなんじゃねーよ。ただの幼なじみ」

「へえ。ふうん」 

 

 ヒカルは否定したが、三谷くんのお姉さんはニヤリと笑う。

 私の顔を見たら、一目瞭然よね。真っ赤になってる自覚あるもん。顔熱い。

 その後も少し会話をしていたけれど、私は挨拶するだけでせいいっぱいだった。

 他人の恋を応援するのは楽しいけど、自分のことになると冷静でいられない。当然といえば当然。佐為が、囲碁のために幽霊になったのと似ていて、私はヒカルのために逆行した。それくらい執着してるってことだから。

 それにしては、すっかり囲碁漬けだけど、そこはしょうがない。将を射んとすればまず馬を射よ。この場合、ヒカルが将で囲碁が馬。何かおかしいけど、そんな感じ。

 

 

 そんなこんなで日が経って、院生試験の日がやってきた。


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