世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし   作:ひょっとこ斎

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第6手 小学6年生 その4

 小学生最後の春休み。

 学校がないので、昼過ぎに森下先生の研究会へ向かう。

 最近、ヒカルは私に負けるのが悔しいらしく、そこそこ真剣に囲碁に取り組んでいる。ふふふ、前世では私は付いて回るだけだったから、囲碁という世界でヒカルの視界に入っているのは、純粋に嬉しい。

 

「機嫌良さそうだな。いいことあったのか?」

「はい?」

 

 あまり聞き覚えのない声に反応して顔を向けると、そこには白いスーツ姿の緒方さん。

 

「こ、こんにちは」

「こんにちは。君は院生だったかな?」

「いえ、森下先生の研究会に参加させてもらってます」

 

 あれ、前にヒカルと一緒だったから声をかけてきたと思ったら、単になんとなく見覚えあるってだけなのかな?

 

「へぇ。じゃあ、進藤って奴もそこに?」

 

 キラリ、と眼光鋭く、値踏みするような視線。さて、困った……。

 

「いえ、ヒカルは特には……」

「誰にも師事せずアキラ君に勝った? それはそれは、興味深いな」

 

 その後も巧みな話術で情報を引き出される。

 海王に進学するという塔矢くんを引き合いに出されて、葉瀬中へ行くと言ったり。もちろんヒカルの秘密も、私の秘密も内緒だけど。

 

「じゃあ、そろそろ時間なので」

「ああ、引き留めて悪かったな。もし良かったら、塔矢先生の研究会に来てみるか? アキラ君もいるから、いい勉強になると思うぜ」

 

 意外な言葉に、若干の苛立ちが湧いて出る。

 

「ありがたいですけど……。ヒカルは行かないと思います。それに私は、ヒカルの付属物じゃないですよ。棋力も分からず研究会に誘うとか、失礼なんじゃないですか」

 

 私の言葉に緒方さんは驚いた顔を一瞬浮かべるも、すぐに苦笑へと変わる。

 

「きみを誘っただけで、別にそんなつもりじゃないが。森下先生の研究会に行ってるなら、棋力はそこそこ見込めるだろう。あの人の実力は確かなものだからな」

 

 恥ずかしー! うわ、勘違いして反発して。やらかしたぁー。

 あはは、えっとぉー。どうしようかな。

 

「ご、ごめんなさい。生意気なこと言っちゃって」

「ククク、いや別に。誰だって自分が軽んじられたと思うと苛つきもするさ。囲碁打ちなら特にな」

 

 あまり気にしてないみたい、助かった。って時間!

 

「あの、お返事は今度でいいですか?」

「そうだな。じっくり考えてくれていいよ」

 

 最後に挨拶をして、研究会に向かう。ふう、緊張したぁ。

 

「藤崎、緒方さんと知り合いなのか?」

「わっ」

 

 急に声をかけないでよ、和谷くん。

 

「あ、悪ぃ。なんか話し込んでたからさ」

「うん、ちょっと前に顔を合わせる機会があって。塔矢先生の研究会に誘われちゃったの」

 

 私の言葉に、渋い顔になる。そうよね。

 

「あー、森下先生、なんて言うかな」

「塔矢行洋のところに行くなら、うちは破門だー! かな?」

「あはは、似てた似てた」

 

 私の物まねで、和谷くんが笑う。

 森下先生は、塔矢先生が気に入らないみたい。同期で、自分より成績が上だから。でも塔矢先生は別格として、森下先生も十分な成績だと思うんだけどな。

 

 

 怒鳴られるかな、と思いつつ森下先生に相談すると、しばらく黙った後、口を開いた。

 

「まあ、藤崎ならどこに行っても馴染めるだろうし、相手も悪い顔はしないだろう。それに、俺に相談した結果断るとなれば、俺が狭量のようじゃねえか。いいから行ってこい」

「あれ? 塔矢門下になるなんぞ許さん! って言わないんですか?」

 

 あああ、せっかく許してくれたのに、和谷くんってば混ぜっかえさないでよ!

 

「ふん。だからこそだ。いいか、藤崎。塔矢のところで勉強して、ちゃんと情報を持ち帰ってこい! スパイってやつだ、スパイ」

 

 えー、大人げなくないですか。私が困った顔をしていると、白川先生がフォローしてくれた。

 

「ふふふ、素直じゃないですね。ああいうポーズを取っているだけで、藤崎さんの成長に繋がるから認めただけですよ」

 

 こっそりと耳打ちしてくれる。そっか、そうだよね。さすが白川先生。長く森下先生の弟子をやってるだけある。

 

「そこ、何か言ったか?」

「いいえ、別に何でもないですよ。さて、冴木くん、打ちましょうか」

 

 そうして塔矢先生の研究会の話は終わり、いつもの対局や検討へと移行していった。

 あとは、ヒカルへの説明と、どうするかの確認だ。

 

 

 夜、ヒカルの家に行き、ヒカルと打ちながら説明する。

 日によって、ヒカルと私が打ったり、私が佐為から指導碁を打ってもらったり、ヒカルと佐為が打つのを見たり。

 ヒカルは指導碁を嫌がる。本気で打つと実力差がありすぎて、まともな勝負にならない。置き碁も嫌がるし、案外めんどくさい。

 でも最近はヒカルも少し打てるようになってきたから、初手天元にしてみたり、普段と違う棋風で打ったりすると、なかなか楽しい。

 現代風の変わった打ち方をすると、佐為の食いつきが大きいらしく、次に佐為と打つ時にその打ち方をしろってヒカル経由で要望が入る。佐為と打てるほど慣れてないからヒカル相手で使ってるのにね。佐為は楽しそうらしいし、まぁいいか。

 

「ふうん。研究会ねぇ。俺はいいよ。佐為に打たせるわけにもいかねぇし」

 

 あー、って顔をしかめる。ああ、佐為がごねたんだね。でも今回は私もヒカルに賛成。塔矢先生たちの前で打つのは、佐為にしてもヒカルにしても、あまり良いことにならない気がする。

 

「そうだよね。そういえば、塔矢くんに勝った件、どう説明しようか」

「マグレだって誤魔化せばいいんじゃねえ?」

「うーん、それしかないかなぁ。じゃあ、現時点で私より弱いって言っちゃっていいよね?」

 

 私の言葉に、ヒカルが首をかしげる。何言ってんの? って感じ。

 

「当たり前じゃん、実際、お前に勝てないし。あーもー、やめやめ」

 

 こら、ちゃんと負けましたと言いなさい。子どもなんだから、もう。

 

「じゃあ、聞かれたら私より弱いって言うね。塔矢くんに勝った時のことは、よく分からないって言っとく」

「ん。でもその研究会? とか行くなら、あかりは中学の囲碁部は入らないのか?」

「えっとね。週に2、3回程度になっちゃうんだけど、それでいいなら顔を出したいな。駄目かな?」

「さあ? 筒井さんに聞かなきゃ分からないけど、いいんじゃねえの?」

 

 そっか、ヒカルが決めることじゃないね。入学したら、早々に聞いてみよう。

 

「ヒカルは大会に出て実戦を経験して、実力を付けないとね」

「まあ、そうだな。塔矢にもお前にも、勝たないとな」

「ふふ。がんばれ」

「うっわ、上から目線、むかつくなー」

 

 他愛のないやりとりが、今は楽しい。でも、そろそろ今後の方針を固めていかないとね。

 

 

 ヒカルとの対局も相談も終わり、私は自宅に帰る。

 ぼんやりと秀策の棋譜を並べながら、少し考え込む。

 前世では、ヒカルは大会に出て塔矢くんに負ける。その後、夏の間はネット碁を打っていて、夏休み明けしばらくして三谷くんに勝つ。その後に院生になるって宣言して、1月には院生になっちゃうんだ。

 あれ? ヒカルが院生になるって決めたの、12月になっていたような気が……。記憶違いかな、だいぶ前の話だし。12月だったら締め切り越えてて受けられないもんね。

 ともかく、1月に院生になった後、中学2年の夏にプロ試験合格。今から1年半でプロ? 今の実力を考えると、とんでもない話ね。あー、これは私も、院生になっておく方がいいかも。ヒカルと星のつぶし合いは嫌だけれど、ヒカルと同じ年度か、遅くとも翌年にはプロになりたい。

プロ試験の時期を考えると、7月から院生になるのが丁度よさそう。というか、5月の分は2月締め切りが過ぎているから間に合わない。

 ヒカルのネット碁のためにパソコンも欲しいんだけど、院生にしろ何にしろ、お金がかかりすぎる。今でさえ森下先生の研究会に通うお金を出してもらってるし、塔矢先生のところに通うとなれば、それもまたお金がかかる。早く稼げるようになりたい。囲碁のプロ、なれたらいいんだけど……。

 

「そう考えると、塔矢先生の研究会はありがたいかな。きっと実力アップにも繋がるし」

 

 何かと忙しくなりそう。でも、全部囲碁絡みっていうのが気になる……。大丈夫かな。

 どうなるか分からないけど、二度目の中学生活も楽しもう!


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