世の中に たえて光のなかりせば 藤の心はのどけからまし   作:ひょっとこ斎

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第1手 プロローグ

 まずはじめに思ったのは、自分がどうなっているかよりも、お母さんが若いということだった。顔からしわがなくなっていて、私の年と、それほど変わらないくらいかな?

 どういうことだと混乱して声を出すと、凄まじく舌っ足らず。何これ、どうなってんの。

 

 

 20をいくつも越えていた私が、何の因果か子どもの頃に戻ってしまった。いわゆる逆行という奴だ。何の因果というか、失恋のショックかな……。

 子どもの頃、それこそ幼稚園児の今からずっと好きだったヒカル。なぜか急に、碁に夢中になって、一緒に行動する機会が減った。中学生のうちにプロになって、何年かするとタイトルホルダーになり、よく塔矢くんと争っていた。

 そんな碁にどっぷりはまり込んでいたヒカルだったからか、幾度となくアプローチしても、効果もなく。今思うと、アプローチの仕方が弱かったかもしれない。

 20代後半になった頃、ヒカルは見知らぬ誰かと結婚した。

 

 もし、それが一般の女性なら。複雑ながらも素直に諦められた。ヒカルの好みだったんだろう。でも、結婚相手が碁のプロだって言うのだから、やるせなさが凄かった。

 もし碁のプロになれていたら、私が横に立てたのかな、とか。ヒカルが碁にはまった時、もっと真剣についていけば良かったのかな、とか。

 でも調べたら、碁のプロになるのは非常に難しく、特に女性はプロになった後の対局でも不利だと学んだ。

 それでも、ずっと思っていた。昔に戻れたら。未だにいじましく碁の勉強をしていたのは、未練なんだろう。

 

 そんなわけで、理由はまったく分からないし、もしかしたら死ぬ前に見ている走馬灯のようなものかもしれないけど。戻ったからには、精一杯今を生きる。そして、ヒカルの横に……!

 まず手始めに、何故ヒカルが碁に夢中になったか考えよう。

 私のように大人になった後に逆行した? ――ううん、碁をやり始めた後も、全然性格とか変わらなかった。大人から戻っていたら、あんな馬鹿な行動は取れなかったと思う。手がスマホを探したりもなかった、今の私みたいに。

 じゃあ、なんだろう。行動をひとつずつ振り返る。虚空に向かって叫んだり、何もない空間を見て驚いたり。

 そして何より、今まで一度も碁に触れてなかったのに、塔矢くんに勝った。そう。ヒカルは小学生の頃、塔矢くんに勝っているのだ。そのせいで中学生の時に、塔矢くんと囲碁部で対局して、怒鳴られている。

 中学生の時、徐々に強くなっていったのは、ずっと一緒にいた私が一番よく知っている。

 そして、塔矢くんがマグレで勝てるような中途半端な強さじゃないのは、プロになってからの成績を見るまでもない。

 

 どういうことだろう。ええと、ヒカルの中に別人がいて、その人が塔矢くんに勝った?

 分からないけど、私がこうやって人生を巻き戻るくらいだ。幽霊がいて、ヒカルに取り憑いてもおかしくない。

 そう、そうだ。思い出した。ヒカルのお爺ちゃんの蔵で碁盤を見て倒れて、そこからだった。綺麗な碁盤だったのに、染みが見えるとか言って。

 そう仮定すると、色々なものが見えてくる。確実じゃないけれど、その考えで動いていこう。バタフライ効果については、考えても答えは出ないし、最低限、気を付ける程度。というか以前と同じなら、私はヒカルと結婚できない。そんなのヤダ。

 

 

 藤崎あかり、5才。ヒカルより先に強くなります。

 ……タイトルホルダーになるヒカルに、後から追い抜かれるのは分かっているけど、挑戦者になれるくらい強く。


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